今回は少し短めのものを
その夜、風間ファミリーの面々は秘密基地に集まってた。
話題はもっぱら千信館の面々の話題だ。
「あ~あ、悔しいなぁ。もうちょっとだと思ったんだけどなぁ」
「次こそは自分が勝負するぞ! 今日の犬との勝負を見てわかったが、相手にとって不足なしだ」
「我堂鈴子も強かったけど、私は葵冬馬にならんだ柊四四八にびっくり」
「へぇ、京がほかの人に興味をしめすなんて意外だね」
「ダメなんだよ! 私の中では大和×冬馬が鉄板だったのに、新たな鬼畜眼鏡、四四八の登場で大和×冬馬×四四八の三角関係……ハァハァ」
「やめてください京さん、(俺の精神が)死んでしまいます」
「S組に入ったのはあと世良って奴か」
「いや~、噂だと病気か何かで2年間眠ってたんだって、だから俺らより2歳年上…あの近所の綺麗なお姉さんっぽい感じいいなぁ。よぉし! 彼女にアピールするために取り敢えずプロテインを飲もう」
「そういうのは耳早いよね、ガクト。どっから仕入れてくるのさその情報」
「ああ、大体ヨンパチだな、明日までに全員のスリーサイズまでは調べてくるって言ってたぜ」
「スリーサイズっていえば、2-Fにいらした真奈瀬さん、でしたっけ? 良いスタイルされてましたね」
「まゆっち~、おめぇも負けてねぇぞぉ~」
「そ、そんな、恥ずかしいですよ松風」
「なんという自画自賛……恐ろしい子」
「自画自賛だなんて。違いますよ、今のは松風が言ってただけです」
「そうだぞ~、ヤマト。あんまりまゆっち虐めんな~」
「お、おう……」
「あれ? そういえばキャップは? 今日バイトだっけ?」
「ああ、キャップなら大杉と話してやっぱり鎌倉行きたくなったらしくて5限の途中で鎌倉向かって出発してった」
「どうりでみないとおもったら、ただのサボリじゃなくて鎌倉いってたのね」
「流石キャップ、あきれるほどの行動力……」
鎌倉なら近いから仮に自転車で行っても明日の学校までには帰ってくるだろう……たぶん……
「モロはあのちびっこい龍辺だっけ? とゲームしてたな、うまいのか?」
「いや~、龍辺さんうまいなんてもんじゃないよ、PSvataのスーパー神座大戦をスグルと3人でやったんだけど僕もスグルもボコボコ。ベイつかって三騎士に無双できるって相当強いよ。携帯ゲームだからそれなりにラグあるはずなのに、0フレコンボミスんなかったしね」
「へ~、んじゃこんどみんなでゲーセンとか行ってみるか」
「いいんじゃないかな、喜ぶと思うよ。龍辺さん鎌倉好きだけど大きいゲーセンがないって嘆いてたから」
「鎌倉観光地だしね……」
「そういえば、一番怖そうだった鳴滝。意外にもというか思えば最初から雰囲気似てた感じだけど、ゲンさんとなんか話してたよね」
「ダメだよ大和! そんなんじゃ葵冬馬だけじゃなく、ゲンさんまで鎌倉漢にかっさらわれちゃうよ!私の中の第二の鉄板 ゲンさん×大和にも間男鳴滝が登場……こちらもゲンさん×大和×鳴滝の三角関係が……じゅるり」
「京さん、それってあの…あの…」
「業が深すぎるぜ……京」
「京、まゆっち引いてるからそのへんにしとこうね」
「はーい」
ふと、今まで会話に入らずに一人、思案に耽っている百代に気づきやまとが声をかける。
「どうしたの姉さん、何か考え事?」
「あ、うん、ちょっと……な」
そういって見るとはなしに一子の方をチラリとみた。
一子がいると、話しづらいことなんだと察した大和は、
「なぁ、ワン子。テストも終わったことだしクッキーのポップコーンだけじゃさみしいからなんかお菓子買ってきてくれよ。お金渡すから好きなの買ってきていいよ」
「え!ほんと!!いくいく!!」
犬耳がピンッ!と飛び出るほどに喜びを表して大和から3千円を受け取った。
「む、ずるいぞ。自分も好きなお菓子を買いたい」
「んじゃ、クリスもついてってよ。半分づつな」
「やった、了解だ」
「ついでにクッキーもついてってくれない? 喧嘩するといけないからさ」
「なんだよなんだよ、ぼくのポップコーンいらないって言ったくせにさ」
「ね、クッキー。マスター(一子)についていくのがクッキーのお仕事なんだから、わがまま言っちゃダメでしょ」
「む~、京に言われちゃしょうがないな、今回だけだよ」
そう言って、2人と1体は買い出しに出かけていった。
「気を使ってもらって悪かったな」
「いやいや、ワン子がいたらちょっと話しづらかったのかなぁと思ってさ」
「ん~、まぁ、話しづらいというか、聞きづらいというか……うん」
何かを決心したように百代は由紀江に向き直る。
「なぁ、まゆまゆ。我堂鈴子の率直な印象を聞かせてくれ。あの最後の身のこなしも含めて」
「え? 私ですか? えっと……」
どう言おうか迷っていた由紀江だったが、百代の真剣な目を見て意を決したようだ。
「多分、最後の一子さんの攻撃を避けた身のこなしが本当の実力なのではないでしょうか。その前までは本気を出さないで技術だけで戦っていたように感じました」
「ふ~ん、やっぱりそうかぁ」
「うげ、あの長髪そんなに強いのか。あ~、そうなるとやっぱ水希さん一択だなぁ~」
「いや、多分あの水希ってやつも、というか、あの千信館の全員が全員かなりやるとみてるんだが。まゆまゆはどうだ?」
「私もそう思います。そしてその中でも――」
「柊四四八が別格か……」
「ええ、うまく隠してるようですが、なんというか他の6人とはランクというか、格が違う感じがします。なんとなくなんですけど……」
それを聞いて百代がニヤリと壮絶な笑みを浮かべる、元が美人なだけにとても怖い笑顔だ。
「ふふふ……そうか、やっぱりそうか!いやー、最近歯ごたえのない奴らばかりだったからな。いや、楽しみだ。本当に楽しみだ!」
ザワザワと百代の長い黒髪が動き出す、抑えきれない闘気が漏れ出しているのだ。
そんな百代を見て由紀江は気付かれぬように目を伏せた。
自分は川神百代が好きだし尊敬もしている、強く、自信にあふれ、武神と呼ばれ憧れを受けている身にもかかわらず年下の自分なんかにも気軽にせっしてくれて、さらに美人で何より友人が多い……
ただ、この戦いに対するスタンスはやはりなじめない。
自分も武士娘だ、『武』を用いた試合や戦いが嫌いなわけではない、だが、そこには自分を高めたり、お互いに高め合ったりという理想や目標があってこそのものだと自分は思っている。戦いのための戦い、自分の力をただ使いたいだけの試合、そういう快楽主義的な百代のスタンスを自分はどうしても受け入れられない。
そういう意味では今日、我堂鈴子の見せたものは由紀江にとって衝撃的だった。
一撃一撃の鋭さや、最後の一手を決めるために立てた戦術、そして外からみていいた自分ですら見失いそうな疾さで一子の一撃を躱したあの身のこなし等の能力、技術的な部分はもちろんだが、なによりあの戦い方から透ける戦いに対する心構えが由紀江の胸を打った。
一子への攻撃は全段人体の急所を狙っての攻撃だ、と、同時に鈴子自身はよほどのことがない限り自らの急所を一子に晒すことはなかった。最後の奇妙な構えも、伸ばした腕への攻撃を警戒するなら利き手でない左の腕でやったほうが効果的だとも感じたが、おそらくそれでは左胸――心臓を相手に近づけてしまうため、それなら利き手を失ったほうがいいという天秤が働いたのではないだろうか。
つまり、利き腕、急所を攻撃されることを常に意識しているし、どうすれば自分が少しでも長く戦えるかを想定している。鈴子自身がしたように相手も一撃必殺の急所を狙うことが当たり前の戦いが彼女にとっての――もしくは千信館にとっての当たり前の戦いなのかもしれない。
仮に鈴子――いや、千信館の全員は何かしらの卑怯な罠にはまったとしても相手のことを糾弾することはないのではないか、むしろそれを想定してなかった自らの未熟を恥じる、そんな気がするし、さらに言うならそんな無駄なことは考えずに、まずはその状況をどうすれば打破できるかを考えるのではないだろうか。
試合ではなく死合、勝負ではなく戦闘、それを常に心がけた日常。そんな極限状態の中で、自分の出来ることを最大限発揮して狂わず意志を持って相手を倒す、それが仲間のためになると信じて……
そこまで考えて由紀江はブルリと体を震わせた。
どうしたらそんなことをなんの違和感なくニュートラルに考えられるようになるのだろう、身体的な能力と違い、心構えや精神的な強さは今までの経験が大きく左右する。どのような経験をすれば自分と同じような年であの様な境地に到れるのか……同じような経験を自分がしたら狂わずにいられるだろうか……
そんなことを考えていると、大和が声をかけてきた。
「どうしたまゆっち? なんか黙っちゃって。自分なら勝てるかなぁとか考えてる」
「いやいやいやいや、滅相もない!あの人たちは本当に強いです……本当に……」
「まゆっちがそこまで言うなら、本当に強いんだろうなぁ。ちょっと見てみたいかも」
「いや……それは……」
本気のあの人たちの前に生半可な気持ちで立ったら、おそらく唯では済まない。物理的な意味だけでなく、精神的な意味で。もしかしたらもう2度と立ち上がれなくなるかもしれない――
「安心しろ大和、私が奴等の本気を引き出してやるさ」
――それが、たとえ武神・川神百代であっても……
だから、次に発せられた大和の言葉はまんま由紀江の気持ちだった。
「でも、あんまり無理しないでね姉さん。油断大敵だよ?」
「あー、大和ぉ、誰にものを言ってるんだぁ」
「いや、心配くらいさせてもらってもいいじゃん」
「そうだな。可愛い弟の声援があれば100人力かもな~」
「なんだよ、適当だなぁ」
「私は大和の応援があればパワーアップできるよ、物理的に」
「京は特別だろ」
外から一子とクリスの声が聞こえる、この話題もこれで終わりだろう。
しかし由紀江は心配でしょうがなかった、まだそんなに長い時間を過ごしたわけではないが、この大好きな空間が仲間が千信館のために崩れてしまうのではないか、と。
しかしそんな思いは口には出せない、だから由紀江は決意する。
もしそんなことになるならば、この場所は仲間は自分が守るのだと、固く……固く……
頑張れまゆっち
お付き合い頂きましてありがとうございます