戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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二話同時投稿です。
どちらから読んでいただいても大丈夫です。

こちらは「川神学園サイド」となります。


第五十六話 重 ~巨兵~

「絶対に1対1になるなっ!! 周りを見てフォローし合えっ!!」

 クリスのよく通る声が、戦場に響き渡る。

 

「マルさんは右翼へ、崩れそうだっ!!」

「了解ですっ! お嬢様っ!!」

 

「大和は弓隊の指揮を頼むっ! タイミングは任せたっ!」

「わかったっ!」

 

 クリスが最前線に立ちながらも的確な指示を出してくれているおかげで、持ちこたえられている。

 だが、少し、少しづつだが、ずりっ、ずりっ、と前線が押し込まれ始めている。

 

 皆、力の限り奮闘している。

 だが、数が違いすぎる。

 未だに校門からは次々にブラッククッキーが入り込んできていた。

 広さや、前回来た量を考えて、こちらには裏門の二倍近い人数が投入されている……が。

 その人数も、けが人の搬送により、半分近くまで減っていた。

 

「弓隊っ!! はなてぇっ!!」

 大和の合図で京をはじめとする弓隊が一斉に矢を放つ。

 その矢を受けて、ブラッククッキーが次々に倒れるが、その間隙をすぐさま、別のブラッククッキーが埋める。

 

「くそっ!!」

 大和が思わず悪態をつく。

「クラウディオさん!」

 大和が横にいるクラウディオに声をかける。

 

「申し訳ありません、裏門も同じタイミングで大群が押し寄せたらしく、手一杯のようです。我堂様と龍辺様のお二人でなんとか食い止めている状況です」

 クラウディオの言葉に、大和は唇を噛む。

 援軍は現状では難しい。

 あるとしたら外で戦っている項羽だろうが、この数が押し寄せているのだ、外に単騎ででている項羽がこちらに戻ってこれるかはわからない。

「――わかりました」

 再び悪態を付きそうになる口を、無理やり塞いで、大和は頷く。

「倉庫に、矢はまだ残ってましたか?」

「ほぼ残っていないと思われますが、若干なら」

「じゃあ、それ全部持ってきてください。あと硬球でもなんでもいいです、遠距離で攻撃できるものを持って、2階から力のある人は援護をおねがいします」

「確か忍術部に手裏剣と苦無があったはずです、手配いたしましょう」

「お願いします」

 クラウディオに指示を出すと、大和は再び前を向く。

 目には相変わらず夜中の海のように、黒いブラッククッキーの大群がうねっていた。

 

 大和は震えそうになる身体を、歯を喰いしばって止めると、

「キャップ!! 下駄箱に弓の予備があるから、弦が切れた人にわたしてあげて!!」

「しゃあ、了解!」

 指示を出す。

 

 クリスとマルギッテが前線で踏ん張っているのがわかる。

 

 校門から、また、ブラッククッキーの一団が投入された。

 

 ずりっ――

 戦線がまた少し、後退した。

 

 

―――――

 

 

「らあっ!!」

 鳴滝はマガツクッキーに向かって、真正面から突撃していく。

 突撃せざるを得なかった。

 

 少しでも攻撃に隙間ができると、マガツクッキーはブラッククッキーを校舎内へと投入しようとした。

 弓隊の牽制程度ではその動きを止めることはできない。

 故に、鳴滝は絶え間無い突撃を余儀なくされていた。

 

 ぶうん、という超重量の物体が振るわれる音ともにマガツクッキーの鉄拳が鳴滝に叩きつけられた。

「があっ!」

 その鉄拳を鳴滝は、腕を上げて足を開き、受け止める。

 凄まじい衝撃が鳴滝の全身を襲う。

 しかし、その痛みに耐えて、鳴滝は、

「らあっ!!!」

 拳を打ち抜く。

 

 鉄の砕ける音ともに、マガツクッキーの右足が吹き飛ぶ。

 しかし――

 瞬時に、破損部にブラッククッキーが群がり、傷が修復される。

「ちぃっ!」

 そして次の瞬間には、足の止まった鳴滝に大量のブラッククッキーが襲いかかり、鳴滝の動きを止めた。

 そんなふうに硬直した鳴滝に、

 ぶうん――

 マガツクッキーの超重量の一撃が叩き込まれる。

 

「ぐっはっ!」

 鉄拳を喰らい吹き飛ぶ鳴滝。

 先程から、同じことを続けている。

 もちろん、校舎内へのブラッククッキーの投入を阻止するため、ということもあるが、仮に、そのことがなくても鳴滝は真正面からぶつかっていっただろう。

 なぜなら、鳴滝はそれしか出来ないからだ。

 真正面から、真っ直ぐに、太く、重く。

 それが鳴滝淳士なのだ。

 

 しかし、そんな鳴滝の一撃が決定打にならない。

 腕の一本、二本砕く程度の破損では直ぐに破損部分を修復されてしまい、意味がない。

 それ以上の、それこそ頭を吹き飛ばすかのような一撃を叩き込まなければならない。

 最速の疾さで。

 最高のタイミングで。

 最良の部分を打ち抜く。

 そんな絶無のような機会を求めて、鳴滝は突撃を繰り返す。

 

 吹き飛ばされた鳴滝は、二本の足で立ち上がる。

 

 不意に異物感を感じて、口に上がったものをべっ、と吐きだした。

 地面に落ちたものは赤く染まっていて、舌には鉄の味が広がっている。

 その赤い中に白い塊が一本混じっている。

 鳴滝の奥歯が折れていた。

 

 動かすと攻撃を受け止めた左腕が、ずきりと痛む。

 少なくてもヒビが入っているだろう。

 だが折れてはいな、まだ動く。

 

 鳴滝はマガツクッキーを睨みつける。

 

 マガツクッキーは無表情でそこに佇んでいる。

 

「らああああっ!!!!」

 鳴滝は再び真正面から突撃していく。

 

 また、はね返された。

 

 

―――――

 

 

「はあああああああああああああっ!!!!」

 裏門では鈴子が一迅の疾風となって駆け抜けていた。

 広い戦場、無機質な機械の敵。

 鈴子の力が最大に発揮される状況で、その期待通りに縦横無尽に疾走する。

 

 絶え間なく無尽蔵に押し寄せてくるブラッククッキーを、切り裂く。

 穿ち、削り、抉り、断ち切る。

 両腕の負傷があって尚、この状況での我堂鈴子は圧倒的だった。

 マスタークラスが来るであろうと読んで、主力の多数は表門に配置されている。

 人数で言ったら裏門は表門の半分程度の人数で、表門と同じ数のブラッククッキーを相手にしている。

 

 その数の差を埋めているのが、鈴子。そして歩美だ。

 

「ほらほら、足元お留守だよぉ!! GUNG-HO!! GUNG-HO!! GUNG-HO!!」

 校舎の入口に一人陣取った歩美が、味方が崩れそうになる部分を的確に見抜いて援護射撃をする。

 この二人のおかげで、表門よりもさらに圧倒的に数的不利な裏門がブラッククッキーの侵入を許していない。

 

 そんな中で、鈴子が歩美の元に降り立つ。

「まったく……ゾロゾロゾロゾロ、まるで台所に出てくる黒い害虫ね」

 敢えて固有名詞を出さないあたりに、その生物に鈴子が個人的な嫌悪を抱いているのがよくわかる。

「ホントにねぇ、どっからでてくんだろうね」

 鈴子の言葉に、歩美が頷く。

 

「でも――」

「うん、でも――」

 鈴子と歩美は前を見ながら、

「あと、少しの辛抱よね」

「うん、あと少しの辛抱だよね」

 同じ言葉を口にした。

 

 鈴子も歩美も信じている。

 栄光がこの大群を止めてくれることを、一片たりとも疑っていない。

 ならば自分たちは、彼らが帰ってくる場所を全力で守りきればいい。

 

「ねー、りんちゃん」

「うん?」

「わたし達ってさぁ、いい女だよね」

「はぁ?」

 歩美のいきなりの言葉に、鈴子が(ほう)けた顔をする。

「だって、みんなが帰る場所を守るために、必死になって戦ってるんだよ? 古風な女、昔ながらの大和撫子! って感じじゃない?」

「ゲーム漬けのあんたが、昔ながらの大和撫子ねぇ」

 鈴子が呆れたように歩美の顔を見た。

 

 そんな時、

「我堂さん! 前線が!!」

 冬馬の声がかかる。

 

「おしゃべりは終わり、行くわね」

「うん」

 鈴子は前線に行こうとしたとき、振り向きざまに、

「さっきの話だけど、あんたはともかく、私は間違いなく、純然たる大和撫子でしょうね」

 先ほどの歩美の話題に答える。

「えーー、それは純然な大和撫子に謝ったほうがいいと思うよー」

「はぁ? じゃあ、これが終わったら誰が一番、大和撫子か多数決で決めましょうよ」

「いいよー」

「逃げんじゃないわよ!」

「OKー」

 鈴子は歩美の返事を聞いて、飛び出していった。

 

(私が勝つに決まってるじゃない! 私に投票しなかったら皆、承知しないんだから!!)

 

 鈴子はそんなことを考えながら、ブラッククッキーへと突っ込む。

「はあああああああああああああああっ!!!」

 そして、裂帛を響かせながら旋風と化す。

 

(だから! だから!! みんな生きて戻ってきなさいよ!! 淳士も、大杉も、柊も、水希も、生きて帰ってこなかったら全員奴隷にしてやるんだから!!!)

 

 鈴子は疾風になって戦場を駆ける。

 仲間が帰ってくるまで、いつまでだって戦う覚悟だ。

 100体だろうが、1000体だろうが、食い止めてみせる。

 

 包帯が巻かれた両腕がズキズキをいたんでいる。

 薙刀を持つ握力が落ちている。

 

 それでも鈴子は動くのをやめない。

 前しか見ない。

 後ろは歩美が守ってくれる。

 他の仲間が、食い止めてくれる。

 

 鈴子は単騎、ブラッククッキーの大群に躍り出た。

 

 裏門のブラッククッキーの数は一向に減った気配がなかった。

 

 

―――――

 

 

「――ぐっはっ」

 もはや何度目かわからない程の拳を受けて、校舎の壁に叩きつけられる。

 慣れることのない痛みと衝撃が、鳴滝を襲う。

 

 全身が悲鳴を上げていた。

 身体中の骨が軋んでいた。

 

 呼吸が荒い。口で呼吸をしているからだ。

 ごー、ごー、という自らの呼吸音が鳴滝の耳に届いている。

 何度目かの拳を腕の上から顔面に入れられたとき、鼻の軟骨が折れたかなにかして、 鼻血が止まらなかった。

 鼻をかんでもすぐにドロドロの血が溜まってしまい、それ以降、鼻で呼吸ができていない。

 

 腹の横のあたりが柔らかかった。

 下の肋が折れているのであろう。

 

 左の拳が拳の状態から、開かない。

 常に全力で握りこんでいたため、その状態で硬直してしまっている。

 

 内臓のひとつふたつは腫れ上がっているのであろう。

 肉体の中に、幾つもの熾火(おきび)(とも)っているかのように熱を持っている。

 

 額には汗と血でバンダナ越しにべったりと髪がはりついており、その血が乾きかけてどろどろになっている。

 

 満身創痍という言葉ですら片付けられないほどに、鳴滝は傷ついていた。

 

 それでも鳴滝は、前を、マガツクッキーを睨みつけている。

 否――、

 前を向いているが、鳴滝はマガツクッキーを見てはいなかった。

 

 鳴滝はマガツクッキーの向こうに、かつての自分を見ていた。

 邯鄲で何もできずに、寝ていた自分。

 怪士に目の前で仲間を倒され、一糸も報いることができなかった自分。

 鳴滝はそんな自分と、戦っていた。

 

 俺がやらなきゃ、だれがやる。

 俺がやらなきゃ、ダメなんだ。

 今度こそ――

 今度こそ――

 俺が――

 俺が――

 俺が――

 

 朦朧とした意識の中でそんなことを考えながら、鳴滝は一歩、踏み出そうとして――がくり、と膝をついた。

 

「――なっ!」

 鳴滝は敵に何かされたのかと周りを見るが、何もない。

 足に目をやると、両足がガクガクと痙攣していた。

 身体が、筋肉が、骨が、限界だと鳴滝自身に告げていた。

 

「くっそ!! ふざけんな!! ふざけんなぁっ!!」

 鳴滝は吠えながら、自分の足を拳で叩く――痛みも何も感じない。

 

 鳴滝は一歩も動けなくなった。

 

 それを確認したかのように、ずしん、とマガツクッキーが始めて歩を進めた。

 一歩、一歩、ゆっくりとだが確実に校舎へと歩を進める。

 

 またか、またなのか!

 俺はまた、何もできないままで終わるのか!

 ざけんな! ざけんな!! ざけんな!!!

「ざっけんなあああああああっ!!!!」

 鳴滝が慟哭する。

 

 しかし、その慟哭にも、鳴滝の身体は応えてはくれなかった。

 

 ずしん。

 また一歩、マガツクッキーの歩が進んだ。

 

 

―――――

 

 

 ずしん……ずしん……

 阻むものがなくなったマガツクッキーがゆっくり、ゆっくりと校舎に向かって進み始めた。

 ゆっくり、ゆっくりだが、それが死刑宣告のカウントダウンの様で、校庭にいる生徒達の心を削っていく。

「弓隊!! 放てぇっ!!!」

 大和が大声で弓兵に号令をかける。

 ありったけの矢がマガツクッキーに放たれるが……マガツクッキーの歩みは止まらない。一歩一歩確実に校舎へと歩を進めていく。

 

「くっそおおおおおっ!!!」

 ここまで来て、ここまで来てなのか。

 大和が慟哭する。

「くっ……耐えろ!!! 皆、耐えるんだっ!!!」

 崩れそうな前線でクリスが檄を飛ばすが、ずりずりと全体が押し込まれていくのを止める事が出来ない。

 

 くそ! くそ!! くそ!!!

 届かないのか。

 ここまでやっても、届かないのか。

 悪魔の挑戦に自分達は屈してしまうのか。

 

 違う!

 違う自分が心の中で叫んだ。

 断じて違う!!

 また別の自分が胸ぐらをつかむ。

 自分達が諦めてどうする。まだ、皆戦っているのだ。

 仲間達が帰ってくる場所を、守れないでどうするというのだ。

 百代に、柊に会わせる顔がないじゃないか。

 死力を尽くして戦ってくれた、弁慶に、辰子に、与一に会わせる顔がないじゃないか。

 

 心を折られるな! 前を向け!!

 歯を喰いしばって! 立ち上がれ!!

 諦めたら終わりだ。

 唱え続けろ! 叫び続けろ!!

 まだだ! まだだ!! まだだ!!!

「まだだああああああああっ!!!!!」

 大和は力の限り叫んだ。

 

「前線はクリスとマルギッテを中心に小さくまとまれ!! 弓兵は壁際まで後退して援護しろ!! 歩けない怪我人は2人以上で運び出せ!! 裏門からの援護があるまで諦めるなぁッ!!!!」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!!!!』

 

 生徒達から最後の雄叫びがあがる。

 力の限りの最後の咆哮。

 

 その咆哮の中に、

「鳴滝ィーーーッ!!!」

 鳴滝を呼ぶ声が重なった。

 

 その声は頭上から降ってきた。

 

「――」

 鳴滝は自らの名を呼ばれた声の方向を向く。

 そこには、

「源……? 島津……?」

 校舎内の殲滅に向かったはずの、二人の仲間が立っていた。

 

「鳴滝ぃ! 今行くぞ!!」

「ぬあっはっはっは! 助っ人参上!!」

 忠勝とガクトは屋上に立っていた。

 忠勝とガクトは屋上のフェンスを乗り越て、へりの部分に離れて立っている。手には バレーボールに使うネットであろうか、太い網の様なものを二人で端を持って立っている。

「てめぇ一人で戦ってるわけじゃねぇんだ! 諦めんな!!」

「ふん! 俺様が来たのだ、逆転といこうじゃないか!!」

 そう言うと、忠勝とガクトは頷き合う。

「行くぞ! 島津!!」

「任せろぉ!!」

「なっ! 馬鹿か、テメェら!!」

 鳴滝は二人が何をしようとしてるのか気が付き、声をかけるが、その時には既に二人の身体は宙を舞っていた。

 

「オオオオオオオオオオオッ!!!」

「フンヌウウウウウウウウッ!!!」

 忠勝とガクトはネットを持って屋上から何の躊躇もなく力いっぱい地面をけって、飛び降りた。

 狙うのは真下に見える、マガツクッキー。

「しゃあああああああっ!!!!!」

「ぬううううううううっ!!!!!」

 そして、流石に頭上からの攻撃は予想していなかってのであろう、見事に二人の持ったネットはマガツクッキーの頭に覆いかぶさった。

 二人とも筋肉質、二人合わせて150キロ以上はあるであろう体重が屋上から落ちてきて圧し掛かったのだ、流石のマガツクッキーも、ぐらりと上半身を揺らす。

 

 しかし、そこまでだった。まだ、足りない。

 

 その時、

「ぬりゃあああああああああああっ!!!!」

 鳴滝の横を通り抜け、一つの肉の砲弾がマガツクッキー目掛けて疾走していった。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

「長宗我部!!」

 その正体を認識し、声を上げる鳴滝。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 長宗我部は雄叫びをあげながらマガツクッキーへと一直線に向かっていく。

 途中ブラッククッキーが襲いかかるが、止まらない。

 自らの鋼の筋肉と、全身に塗ったオイルを頼りにマガツクッキーに向かって疾走する。

 そして、

「ぬらああああああああああああああああっ!!!」

 頭上の二人の為にバランスを崩したマガツクッキーに辿りついた長宗我部は、足に両手をかけて力を込める。

 止まった長宗我部にブラッククッキーが群がるが、力を込めるのをやめない。

 再び、マガツクッキーがぐらりと揺らぐ。

 

 しかし、それでも、まだ……まだ、ひと押し足りない。

 

 そこに、

「おいっ!!! デカブツっ!!!!」

 最後のピースが現れた。

 

「面白れぇことしてんじゃねぇか……俺も混ぜろよ」

 鳴滝が声の方に目を向けると、校門に板垣竜兵が不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 タンクトップからむき出しになっている腕はいくつもの傷があり、ズボンも所々、破けている。極めつけは、気付いているのかいないのか、腰に力尽きたであろうブラッククッキーがぶら下がっていた。

 竜兵は学園には避難してきていない、いつもたむろっている裏通りで襲いかかってくるブラッククッキーと一人、戦っていたのだ。

 

「なあああああああああああああああっ!!!」

 なんの打ち合わせもなく、竜兵はマガツクッキーに突撃していった。

 状況から判断したのか、それとも本能がそうしろと叫んだのか、いずれにしても竜兵は前を阻むブラッククッキーを蹴散らしながら、長宗我部とは逆側の足に辿り着く。

「なああああああああああああああああっ!!!!!」

 竜兵は野獣に吼えながら、マガツクッキーの足を全力で持ち上げる。

 

 忠勝とガクトが上からバランスを崩し、長宗我部と竜兵が足を持つ。

 マガツクッキーの巨体が、ついにバランスを崩し尻もちをついた。

 

「鳴滝!」

「鳴滝!!」

「デカブツっ!!」

「鳴滝ッ!!!!!」

 

 忠勝たちの呼び声に、

「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」

 鳴滝は咆哮で応えた。

 

 何をやってるんだ、鳴滝淳士! 

 何を寝ている、鳴滝淳士!! 

 叫べ! 絞り出せ!! 燃やしつくせ!!!

 何でもいいから掻き集めろ。

 集めて、集めて、燃やしつくせ。

 燃やして、燃やして、力に変えろ。

 この後、一滴の力だって残らなくていい。

 立てなくたって、へたりこんだって、反吐を吐いたってかまわねぇ。

 全身の筋肉が、この肉体が、この意識が、ちぎれ飛んでしまっても構わない。

 そんなもの、忠勝たちの覚悟に比べれば糞みたいなもんだ。

 忠勝達は自分を信じて、決死の突撃を成功させた。

 これに応えなくて、何が仲間だ。

 

 立てない? なめんなっ!!

 

 力がでない? ざけんなっ!!

 

 骨が逝ってる? ふざけんなっ!!!

 

 こんなもんじゃねぇ……

 

 鳴滝淳士は、こんなもんじゃねぇ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!!

 

 一本気な程の自己愛が、鳴滝の能力(ユメ)を爆発させる。

 

 全身に力を(みなぎ)らせて、

「らああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」

 鳴滝は咆哮を轟かしながら突撃する。

 

 次の一擊で終わらなかったら?

 これで自分の拳が砕けてしまったら?

 残ったブラッククッキーは?

 

 懸案事項は山とある。

 

 鳴滝はそれらを、

 

 知らねぇ!

 わからねぇ!!

 くだらねぇ!!!

 

 全てを切って捨てて突撃する。

 

 二の太刀など頭の片隅にも置いてない。

 

「島津!!」

「おう!!」

 鳴滝が懐に入った瞬間、忠勝の合図で忠勝とガクトがネットから手を離して飛び降りる。

 

 鳴滝が渾身の一歩を踏み込んだ。

 そこだけ、()()()()()()()()()()()()()()()、ずぶりと、鳴滝の足が地面に沈む。

 

「らああっ!!!!!!!!!」

 その重さの全てをのせて、鳴滝の拳がマガツクッキーのボディーに穿たれた。

 

 ガツンッ――

 

 という凄まじい音が、校庭に響き渡る。

 その後、ガシャンという音と共にマガツクッキーの上半身が、下半身から10mは離れた位置に落ちる。

 鳴滝の一撃によって、マガツクッキーは真っ二つに砕けていた。

 そして次の瞬間、マガツクッキーは黒い粒子になったかと思うと大気に溶ける様に消えていった。

 

「かああああああっ!!!!」

 鳴滝が勝利の雄叫びを、天に向かった上げた。

 

「やった……やったぞ!! 鳴滝達がやってくれた!!!」

 大和が声を上げる。

 そして、

「いまが勝機だ!! 押し返せぇっ!!! 」

 クリスが絶妙のタイミングで檄を飛ばす。

 怒号を上げながら生徒達がブラッククッキーを押し返す。

 

 最後の力を振り絞った生徒達の押し上げが、遂にブラッククッキーを校門付近まで押し返したその時――

 

 ブラッククッキーの動きが止まった。

 

 一体が動きを止めたかと思うと、それが伝播するように次々に糸が切れた人形のように、ブラッククッキーは地面に倒れ伏し、次の瞬間には黒い粒子となって大気へと消えていく。

 

「これは……いったい……」

 クリスの言葉に、

「ったく……おせぇぞ、大杉……」

 鳴滝が小さく笑いながら独り言のように呟く。

 

「大杉達がやってくれた? ってことは、もうブラッククッキーは動かない? 勝った……のか?」

 大和の呟きが、生徒達に伝播する。

 

「勝った……勝ったぞ!!」

「やった!! 終わったんだ!! 終わったんだ!!」

「ぐすっ……うわーん、私、生きてるよぉ……」

 ざわめきがどんどんと大きくなる。

 

 ざわめきはうねりとなって、ついには歓声になる。

 

 そして何処からともなく、

(えい)! (えい)!! (おう)!!!』

(えい)! (えい)!! (おう)!!!』

 勝ち鬨が上がった。

 

 勝ち鬨を熱いシャワーのように浴びながら、鳴滝はようやく校庭に腰を落とす。

 そんな鳴滝に、

「よう、やったな」

 忠勝が近づいてきた。

 

「ああ……お前たちのおかげだ……助かったぜ」

 鳴滝は立っている忠勝を見上げながら礼を言う。

「いったろ。別に、お前一人で戦ってるわけじゃねぇんだ。俺達は勝つために当然のことをしたってだけだ」

 忠勝は鳴滝の言葉にそっけなく返す。

「ふふん、俺様が来てからの大逆転――これはクリスマス告白ワンチャンあるな!」

「うむ! これも筋肉の導きだな!!」

 ガクトと長宗我部の言葉は、どこかずれている。

「デカブツ、てめぇを()るのは俺だ。あんなガタクタにやられてんじゃねぇよ」

 竜兵は凄みを帯びた眼で、鳴滝をギロリと睨む。

 四者四様。まるで噛み合っていない。

 しかし、そんな奴らが自分の通る道を開いてくれた。

「くっ……くはは……はは」

 そんな事実に、鳴滝は声を出して笑う。

 

「ん?」

「ぬ?」

「む?」

「あん?」

 鳴滝の笑い声に四人が怪訝そうな顔で一斉に鳴滝を見る。

「何がおかしいんだよ」

 四人を代表するように忠勝が、鳴滝に問いただす。

「いや、別に……お前らも馬鹿だが……俺も大馬鹿だと思ってな」

 そう言って鳴滝は顔を上げる。

「ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ考えたが……ガラじゃねぇ……こうやって、思いっきり、ぶつかってきゃあ良かったんだな……」

 そんな鳴滝の言葉に、

「なんだ、ようやく分かったのかよ。確かに大馬鹿だぜ」

 忠勝が答える。

「ふん」

「はっ」

 鳴滝と忠勝が小さく笑い合う。

 

 誰からともなく拳が持ち上がる。

「ふん!」

「はっ!」

「ぬん!」

「むん!」

「へっ!」

 鳴滝、忠勝、ガクト、長宗我部、竜兵の拳が輪になる。

 

 そして、

 ごん、

 と、小さく、しかし力強く、五つの拳が合わさった。

 

 川神学園全体から勝ち鬨の声が上がっている。

 誰しもが死力を尽くした戦いに終止符が打たれた。

 

 川神学園での死闘の幕が、降りた。

 

 

 

 




鳴滝はズタボロになってから、輝く!(持論)

時間軸が同じなためにこのような形を取らせていただきました。

鳴滝の司る一字がよくわからなかったので「重」の一文字。
でも、栄光の「忠」と合わせると韻が踏まれていて、個人的にいいかなと思ってます。

全国の百合香お嬢様がこれを読んで、「ヒャホーイ!」と喜んでいただけたら幸いです。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。

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