戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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二話同時投稿となります。
どちらから読んでいただいても大丈夫です。

こちらは「研究所サイド」となっています。


第五十六話 忠 ~凶獣~

「ったく、ファック!  ファック!! ファァック!!! キリがねぇったらありゃしねぇぜ!!!」

 ステイシーはマシンガンのマガジンを交換しながら悪態をつく。

 隙間なくステイシーを取り囲んでいるブラッククッキーはまるで減る様子がない。

 

「ちぃっ……昔の戦場だってこんな……」

 口に出した瞬間に、

 しまった――

 と思った。

 しかし、そう思ったときは、既に遅かった。

 

 自らのトラウマが、ずくりずくりとせり上がってきた。

 硝煙と血の匂いが蘇る。

 仲間たちの悲鳴が蘇る。

 気分がずんずん、ずんずんと沈んでいく。

 

――ファック! ファック!! ファック!!! よりによってこんな時に、ふざけんな!!!!

 ステイシーは自分で自分を叱咤する。

――いつでもいい、でもいまはダメだ!!

 しかし、抵抗むなしく気分がどんどんと落ちていく。

――ファック! ファック!! ファック!!! 誰でもいい、助けてくれ。こんな時、助けに来てくれるのがヒーローだろう。

 そんな、なんの意味もないコトが頭をよぎる。

 

 しかし、その時、自分の思考にはっ、と我に返る。

 

――そうだ、いるじゃないか、自分専用の無敵のヒーローが!!

 全員ギリギリで戦っている。李だって、あずみだって、今目の前で奮闘している由紀江だって本気の本気だ。自分だけが本気にならないなんて、全然ロックじゃない。

 

 そう考えて、ステイシーは自分を捨てる決意をした。

 

「やってやるぜ、ご機嫌ロック!!!」

 ステイシーはトラウマで砕けそうな心を奮い立たせ、ポケットからイヤホンを取り出し強引に耳に詰め込む。

 

『私のマイヤミ』の激しいビートが流れ込んできた。

 

――さぁ、来てくれ来てくれ、私専用の無敵のヒーロー。

 AメロがおわりBメロ突入する。

――ロック星からやってきて、目の前の敵をやっつける。

 Bメロも終わりサビに入る。

――私の気づかないうちに、すべてを片付け去ってゆく。

 サビが後半に突入する。

――無敵のヒーロー、その名も――

『私のマイヤミ』の一番が終わる。

 

「ウルトラァァァァァァァァ、ロォックッ!!!!!」

 ステイシーの野生が炸裂した。

 

 むごたらしい戦場でトラウマを負ったステイシーが作り上げたもうひとつの人格。

 精神と肉体、そして心のリミッターを外して無心で暴れまわるもうひとつの人格。

 それがステイシーの奥の手、『ウルトラ・ロック』。

 

「フゥッ……はぁ……あぁ、久しぶりだこの感じ。何も痛くない、何も辛くない……だから……」

 そう言ってギロリとブラッククッキーの大群を睨みつけると、

「何も……怖くなぁあい!!!!!」

 叫びながら、ブラッククッキーの大群に飛び込んでいった。

 

 素手。

 マシンガンを捨て去り、素手のステイシーが縦横無尽に暴れまわる。

 右へ左へ、無軌道な軌跡でステイシーが動き回る。

 そのあとにはブラッククッキーの無残な残骸が山のように積まれていた。

 

「ハハハハハハ! スゴイスゴイ! お客さんがいっぱいだ!! いいぜ、今から最高のライブやってやるから!! 寝るんじゃねぇぞっ!!!!」

 ステイシーは狂ったように笑いながら、ブラッククッキーをなぎ倒していく。

 

 そんな時、

「うん?」

 鋭敏になったステイシーの感覚が、いけ好かないヤツの気配を感じとった。

 

「あぁ? てめぇ、もしかしてそんなとこに居やがんのか?」

 ブラッククッキーを砕きながら、ステイシーがメイン制御室のある建物を睨みつける。

「ククク、ハハハハ。OK! OK! ここの観客全員かたしたら、最後はてめぇを沈めてやるぜ。首洗って待ってろよ――」

 そう言ってステイシーは天を仰ぐと、

 

「桐山ァァァァァ!!!!」

 

 叫ぶように咆哮を上げた。

 

 リミッターを外し、一匹の獣となったステイシーの暴走は、獲物を狩り終わるまで止まらない。

 

 

―――――

 

 

 桐山と栄光が対峙している。

 それなりの広さがあるが、ソファやテーブルといった物が所々にあるため、実際よりも動ける範囲は狭い。

「しゃっ!」

 桐山は息を吐きながら前に出る。

 前に出ると同時に、身体を折って右手を床についた。

 右手を支点に桐山は回転した。

 左足が跳ね上がり、踵が、栄光の頭部にむかって、斜め下から駆け抜けていく。

「くっそ」

 栄光は身体ごと後ろに下がりながら、通常ではありえない軌道で迫る踵を回避する。

 ――が、

 それで桐山は止まらない。

「ふっ! しゅっ!」

 手を交互に床につきながら、桐山の身体が回転する。ほとんど逆立ちの状態から次々に桐山の足が栄光に襲い掛かっていく。

 カポエイラだ。

 アフリカから奴隷として連れてこられ、両手を鎖で繋がれた人間たちの間から生まれた足技を主体とする打撃格闘技。

 雇い主にバレぬように、歌と踊りに姿を潜ませて刻まれるカポエイラ独特のリズムは捌きにくく、避けにく。

 

 栄光は桐山の連続した攻撃を大きく距離を取りながら躱している。

 戟法が得意でない栄光は、身体能力の強化による回避などが苦手だ。

 透の解法によって攻撃を見ることはできる。読むことはできる。

 しかし、攻撃を読めたとしてもそれを紙一重で躱すという芸当ができない。

 身体がついていかない。というコトだ。

 故に必要以上に距離を取る。

 距離を取りながら栄光は桐山を見る。文字通り見透かすように。

 そして桐山の胸の中心あたりに一層黒いモヤのようなものが固まっているのを見てとった。

 

 おそらくあれが、核。

 四四八をして「解法の化け物」と言わしめた栄光だからこそ見極められた、敵の急所。

 

 攻撃力は必要ない。

 さわればいい。

 崩の解法を込めて、桐山のモヤの部分をさわれば終わる。

 ただ、しっかりと崩の解法を相手に流し込むには()れる程度ではだめだ。ちゃんと相手にさわらないといけない。

 掌。

 掌をしっかりと桐山の――恐らく神野の仕込んだであろう核のある胸に押し込む。

 栄光はその機会を伺っている。

 

 ほぼ逆立ちのまま攻撃をしていた桐山の足が、地面についた。

 次は通常の状態から攻撃を仕掛けようとしているのかもしれない。

――ここだ!

 栄光は、そう思った。

 絶え間ない攻撃が一瞬止まった、ならば、行くしかない。

 別に最高のタイミングで最高の一撃が必要なわけではない。一瞬……ほんの一瞬の隙間を付ければそれで終わる。その隙間があるならば、行く。

「オオオオッ!!!」

 栄光は雄叫びを上げながら、両腕を上げて頭を防御しながら桐山に突っ込んでいく。

 

――蹴りがくるならこい!

 

 栄光はそう思ってる。

 頭に蹴りを受けて意識を吹き飛ばされる以外なら、どんな蹴りでも受ける覚悟をしている。

 たとえそれで骨を砕かれようと、内臓を傷つけられようと、桐山の胸に触れられる。そうすれば制御室へ向かう障害はもうない。

 どんなに痛かろうと、肉体的な痛みなら――耐えられる。

 そんな覚悟をもって、桐島の懐に飛び込んだ。

 

 重力を消失しながら桐山の懐に飛び込んだ栄光が、右手を伸ばす。

――(さわ)れる!!

 と、思った瞬間、桐山の身体が、すうっと後ろに下がった。

 栄光の掌がギリギリ届かない位置で下がっていく。

――罠!!

 そんな言葉が栄光の頭をよぎった瞬間、栄光の突き出した右手の手首が桐山によって掴まれた。

 桐山は栄光の右側に身体を動かしながら栄光の手を、くんっと引く。

「しまっ――!!」

 その引手によって栄光はぐらりと前にバランスを崩してしまう。

「しゅっ!」

 バランスを崩した栄光に桐山は長い足を振り上げて、膝の裏側で栄光の腕と首を絡め取り、頭と腕をロックすると、そのまま体重をかけて倒れこもうとした。

 

――首が、折られる!!

 栄光の背にぞわり、と恐怖がふきぬける。

 死の恐怖……ではなかった。

 死の恐怖がないわけではない、しかしそれ以上の恐怖が栄光に襲い掛かっていた。

 栄光が感じた別の恐怖。

 

 それは敗北することへの恐怖だった。

 

 自分がここで死ねば、暴れまわるブラッククッキーを止めるすべはなくなる。

 それは川神学園の、戦真館の敗北を意味する。

 自分のせいで、仲間が負ける。

 こんな自分を信じて各所で奮闘している仲間たちが負ける。

 こんな自分を信じて研究所の前で身体を張っている後輩が負ける。

 こんな自分を信じて一番の大役を何の躊躇もせずに任せてくれた四四八が負ける。

 

 栄光にとって敗北は、死ぬことよりも恐ろしかった。

 

――勝てるのならば、死んでもいい。

 そう思った。

――死んでもいいが、負けない。

 そんな矛盾した思考が頭をめぐる。

 死が敗北につながるなら、どんなに無様でも逃げ回れ!

「アアアアアアアッ!!!」

 栄光は倒れこむ途中、目の前に絡みついてる桐山の足に思いっきり噛みついた。

「――っ!!」

 思わぬ反撃に、桐山のロックがわずかに緩む。

 その隙間で首を動かし、栄光は桐山の体重を肩で受け止める。

――だんっ、

 と床に人が倒れる音と共に、

――ごきり、栄光の身体から嫌な音がする。

「がああああああああああああああっ!!!」

 栄光の叫び声が響き渡る。

 しかし、叫びながら栄光は自分が叫んでいる事実に感謝した、肩から送られてくる熱さと痛みに感謝した。

――オレはまだ生きている。

 叫びながら、栄光は地面を這うように桐山から距離を置くと立ち上がる。

 先ほど音がした右腕は肩からダラリと垂れ下がり、左腕より明らかに長くなっている。

 折れているのか、外れているのか。とにかく栄光が激痛に襲われているのは想像に難くない。しかも、もう右腕は使えない。戦況は圧倒的に不利だ。

 しかしそれでも栄光の目は死んでな。

 否、先ほどよりも苛烈に燃え上っている。

 

――死んでもいい。死んでもいいから、勝つ。

 

 漠然としたものが言葉となり、栄光の胸に覚悟となって降り立った。

 

 桐山が立ち上がる。

 

 後ろのディスプレイのカウントは『1:00』を切っていた。

 

 

―――――

 

 

「クッキーダブル烈風斬!!」

 クッキーはビームサーベルで『×』字を書くように振るうことで、飛びかかってきたブラッククッキーを数体まとめて斬り捨てた。

 ホールに残ったクッキーは、次々に襲いかかってくるブラッククッキー達を斬り伏せている。しかし、ブラッククッキーの数は一向に減るようすがない。左右の扉から無尽蔵にわいてきている。

「ぬう……これではキリがないではないか……クッキー・パニッシャー!!」

 クッキーは呟きながらも、クッキーベーゴマにエネルギーを込めてビームサーベルで打ち出す。打ち出されたクッキーベーゴマは複雑な軌道を描いて次々にブラッククッキーをなぎ払っていく。

 

 間隙をぬってクッキーは左右のドアに目を走らせる。

 ブラッククッキーが入ってくるドアは、一定間隔で閉開を繰り返していた。

 おそらく一度に入るとホールがいっぱいになって身動きが取れなくなる事を危惧してのことだろう。

 

「ならば――」

 

 クッキーはホールの中央に躍り出るとタイミングを図る。

 その瞬間を狙って大量のブラッククッキーがクッキーに襲い掛かる。

 クッキーは自らの描いたシナリオを達成するために、エネルギーを温存して、ブラッククッキーの攻撃を無防備にその身に受ける。

 

 片足がもがれ、片腕が砕かれ、頭の半分がカメラごと潰された。

 それでもクッキーは動かなかった。

 

そしてホールがブラッククッキーで溢れそうになったとき、扉が閉まる。

 

「いまだ!! 体内電気!! フルパワーーーーーッ!!!!」

 

 クッキーは扉が閉まった瞬間を狙い、自分の体内にあるエネルギーを高圧電流に変換してホールいっぱいに解き放った。

 ホール内のブラッククッキーは内部回路を破壊され次々に倒れていく。

 同時にブラッククッキーが入ってきていた扉の開閉機能も、高圧電流で焼き切れる。

 

 ブラッククッキーの攻撃を敢えて受けていたのもこのためだ。

 左右の扉を確実に同時に閉めるために、ブラッククッキーの数を減らさず残しておいたのだ。

 

 30秒近く電流を放出していたクッキーは、全身から煙を上げながら、ガクリと倒れこむ。

 

「くっ……」

 

 しかし直ぐにビームサーベルを杖として、立ち上がるとバーニアを吹かして宙に浮く。

 片足が取れているためこうしないと進めないのだ。

 バーニアも一本は使い物にならないらしく、宙に真っ直ぐに浮くことができずにフラフラと揺れていた。

 それでもクッキーは栄光のくぐった扉を進む。

 

「まっていろ、兄弟たち……こんな悲しいことはもう、終わりだ。私が、私が、助けてやるぞ……」

 クッキーはうわ言のように呟きながら、メイン制御室を目指す。

 

 ホールには大量のブラッククッキーが物言わぬ残骸となって崩れ落ちていた。

 

 

―――――

 

 

「じゃああっ!!」

 釈迦堂の攻撃を由紀江が躱す。

 捌いて、躱して、()なす。

 気の(ねり)はやめていない。

 一瞬の気のゆるみで霧散してしまう様なそんな不安定なモノを一滴一滴、こぼさぬ様に溜めていく。

 そんな時、釈迦堂が今までみせなかった動きをし始めた。

 由紀江からある程度距離をとると、指でリングを作り出す。

 そして――

「けあっ!!」

 そこに気をためたかと思うと、リング状の気の塊をいくつも飛ばしてきた。

「くっ――!!」

 由紀江は身体を(よじ)って躱そうとするが、如何せん数が多い。覚悟を決めて、身体の中心部を守り、他の部分はバランスが崩れないように最小限の動きに留める。リングの幾つかが由紀江の足や腕を切りつけて取りすぎていく。

 切りつけられたところがパックリと切り開き、血が溢れてきた。

 

 溢れた血が制服を汚しながら地面にむかっ向かって垂れていく。

 

 まだ、傷は浅い。

 しかし、これが続くとまずい。

 釈迦堂はおそらく、由紀江が何かを狙っているということに気づいたのであろう。

 気づいたからこそ安全策をとり始めたのだ。

 大きく距離をとっての遠距離攻撃。

 相手が大技を狙っているのであれば、非常に有効な手段だ。

 

「けあっ!!」

 再び釈迦堂がリングを飛ばす。

「くっ!!」

 またも躱しきれずに今度は腰と頬に傷がつく。

 血が流れ、白い制服を赤く染めていく。

 12月、陽の光がないこともあり気温も一桁。

 血とともに体外に温度が流れ出していく。

 冷たくなり、動きが鈍くなりそうな自らの身体と思考を、由紀江は歯を食いしばって繋ぎ止める。

 

――なにか……なにか切っ掛けがないか。

 

 このままの状態が続けば、じわりじわりと由紀江の体力は奪われ続けてしまう。しかも、仮に気を溜めきっても、こうまで距離がひらいていると狙うべき一撃を回避されてしまう可能性もある。

 かと言って、この現状で踏み込んこともできない。

「くっ……」

 由紀江は唇を噛む。

 が、すぐに、首を振り今考えたことを打ち払った。

 

 かつて戦った柊四四八の言葉が甦ったからだ。

 

『剣筋に思考をのせて、踏み込みに心を足せ! それでも足りなきゃ魂を賭けろ!! お前の後ろには仲間が控えているんだぞ!!!』

 

 そうだ! そうだ! 何を呆けているんだ、黛由紀江!!

 自分は仲間達と共に戦っているんだ。

 仲間を信じて今ある全力だす。

 

 勝利のために、今考えうる最大限を尽くす。それ以外は考えない。

 

「ほおぉぉぉぉ……」

 乱れた呼吸を練り直し、由紀江が再び気を練り始める。

「けあっ!!!」

 釈迦堂の遠距離攻撃は絶え間なく続いている。

 

――もう少し、もう少しだ。

 執拗な釈迦堂のリングによる遠距離攻撃を傷つきながらも、由紀江は全身に力を、気を、巡らせはじめる。

 感覚を鋭く、細く研ぎ澄ませる。

 

 この短時間の溜めで、この技が成功したことはない。

 しかしそれでも、勝つためには、やらねばならない。

 

 由紀江が狙うは、黛流の秘奥義。

 その名は『涅槃寂静』。

 

 

―――――

 

 

「しゅ! しゃっ!!」

 先程とはうって変わって、桐山は今度は地面を蹴って空中に飛び上がり、飛び蹴りを中心に攻めてきている。

 距離を大きくとって逃げる栄光を追うために、距離を稼ぎやすいジャンプを多用している。

「しゃっ!!」

 空中で腰をひねり、両足を交互に旋回させるように連続して攻撃してくる。

 ジャンプが終わり空中から落ちても、すぐに足を踏み切り今度は常に空中にいるような形になっている。

「くっ!! つっ!!」

 追いすがる桐山のナイフのような切れ味の蹴りを、栄光は右手をダラリと垂らした状態で逃げている。

 右腕の感覚がない。

 身体を翻すとき、右腕がぶらんと視界を通り過ぎるのを見て未だ自分に右腕があるということを認識する。

 

 栄光は待っていた。

 

――もう少し、もう少しのはずだ。

 その待ちわびている瞬間が来ることを。

 その瞬間のために、今、自分は耐えているのだ。

 

 そして、その時が来た。

 

 ピー、という機械音と共に、ディスプレイに『OPEN』の文字が浮かぶ。

 そしてその一瞬あと、ビクともしなかった大きな扉が音もなく開いた。

 

「しゃああ!!」

 栄光は身を翻して、その扉に入ろうとする。

 桐山に背中を向けることも厭わない。

 この中のメインコンピュータにある神野の残滓を壊すこと。

 その役割以外、栄光の頭にはなかった。

 

 扉に向かおうと、栄光が地面をけろうとしたとき。

「しゅっ!!」

 桐山が足元のテーブルを栄光に向かって蹴った。

 蹴られたテーブルは地面を這うように栄光に向かっていく。

「がっ!!」

 テーブルが勢いよく栄光の足に当たり、栄光がバランスを崩して倒れる。

――そこに、

「しゅっ!!!」

 桐山が飛び込んできた。

 

――めきり。

 

 桐山の左足が栄光の左足にめり込んだ。

「がっああああああああああああああっ!!!」

 肩の時と同じ痛みが、足から全身に駆け巡る。

 靭帯がちぎれたか、骨が折られたか。どちらにしても治療をしなければ立つことすらままならないだろう。

 

 とどめを指すべく、桐山がゆらりと立ち上がる。

 

 そしてすうっ、と足を持ち上げる。

 必殺の踵を栄光の脳天に叩き込もうと、足をあげる。

 

 右手と左足を負傷している栄光に、桐山の踵を防ぐ手立てはない。

「くっそおおおおっ!!!」

 栄光の目には扉の中で青白く光る、大きなコンピューターのディスプレイがうつっている。

 その中にドス黒い何かがうごめいているのもわかっている。

 

――くそっ! くそっ!!

 あと少しだっていうのに。

――畜生! 畜生!!

 オレはやっぱりこの程度なのか。

「ちっくしょおおおおおおおおおっ!!!」

 栄光の慟哭にも何も感じることなく、桐山その足を振り下ろそうとした。

 

 その時――

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 猛烈なスピードでラウンジに何かが飛び込んできた。

 その物体はそのスピードのまま桐山にぶつかっていく。

「くっ!!」

 桐山は急遽目標を飛来してくる物体に変えて足を振り下ろす。

 ガン――という、硬いものを蹴った音がする。

 しかし、その物体は止まらずに桐山にぶち当たっていく。

 

「大杉!! ゆけぇ!!」

 

 ぶつかってきたのはクッキーだった。

 よく見るとクッキーも片足と片手は取れていて、頭の端がえぐり取られてむき出しの機械が見える。二つあるバーニアも一つが壊れているらしく火を噴いてない。

 それでも最後のエネルギーを振り絞り、クッキーは桐山を拘束して栄光に道を作った。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 栄光はクッキーに雄叫びで答えた。

 

 残った右足に力を入れて、解法を込める。

 これが終わったら、一滴の力も残らなくていい。

 そう思いながら、栄光は扉の中に飛び込んだ。

 

 飛び込んだ瞬間、中にいたブラッククッキーが次々に栄光に飛びかかる。

 栄光は避けない。

 まっすぐディスプレイを目指す。

 負傷している肩に足にブラッククッキーが飛びかかる。

 なくなったと思っていた激痛が全身を蝕んだ。

 歯を食いしばる。

 

――こんな痛み、どうってことねぇ!!

 

 なぜなら栄光は、本当の痛みを知っているから。

 自らの弱さが招いた痛みを知っているから。

 それに比べれば、怪我の痛みなど、屁でもない。

 

 飛びかかってきたブラッククッキーを引きずりながら、駆ける。

「ゆけ……大杉!! ゆけぇ!!! 私の弟たちを止めてくれぇ!!!」

 クッキーの声が背中を押した。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 栄光は雄叫びを上げながら、全ての力を振り絞る。

 

 そして――

 

「うっぜぇんだよ!!! このストーカー野郎がぁっ!!!!!!」

 栄光はディプレイの中の黒い塊に、自らの額を力の限り叩きつけた。

 

 ばりん――

 

 ディスプレイの壊れる音がする。

 しかし、それだけではない。

 何か決定的なものを栄光の頭突きが壊した音でもあった。

 

 一瞬の静寂のあと、栄光に襲いかかってきたブラッククッキーが糸の切れた人形のように次々に地面に倒れ始めた。

 そして次の瞬間、黒い粒子になったかと思うと大気に溶けるように消えていった。

 

 栄光はそれを見ながら、座り込む。

「へへっ……やってやったぜ、ざまぁみろってんだ……」

 まったく勝者のポーズとしては締まらないが、なんとも自分らしいと栄光は心の中で笑う。

「やったぜ、皆……やったぜ、四四八……」

 栄光は天井を見上げながら、満足そうにつぶやいた。

 

 しかし、その栄光の前にひとつの影――桐山鯉が迫ってきていた。

 

 

―――――

 

 

 周辺を取り囲んでいたブラッククッキーが一斉に動きを止めた。

――大杉先輩! やったんですね!

 由紀江の心に闘志が灯る。

 血が減り緩くなった握力を気力で奮い立たせて握り込む。

 

 大杉先輩は、約束を守ってくれた。次は自分の番だ。

 

 度重なる釈迦堂のリングによる攻撃で由紀江の服は大きく血で汚れている。

 更にその状態で動き回っているため、傷自体は小さいながらも出血はかなりの量になっている。

 実際視界がボンヤリとし始めている。貧血の症状が出ているのだろう。

 

 これ以上は命に関わる。

 

 故に由紀江はピタリと動きを止めた。

 それに合わせて釈迦堂も動きを止めた。

 

 気も、力も、感覚も、ギリギリに引き絞られた弓矢のようにピンと張り詰めている。

 

 仲間の助けもない。

 ブラッククッキーの介入もない。

 純然たる1対1。

 

「ひゅううう……」

 口からゆっくりゆっくり息を吐く。

 

――見ろ、見極めろ。この一刀、外すことは許されない。

 

 そんなとき釈迦堂が爪先に体重を乗せた。

 前に出るという動きではない、ただの重心の移動。

 しかしそれに由紀江は反応してしまった。

 

 由紀江は唇をかんだ。

 思わず、動いてしまった。

 釈迦堂という使い手がこのような動きの達人だと分かっていたのに、動いてしまった。

 動いた瞬間に、誘われたのだとわかった。

 しかし、わかったからといって、もう止まれなかった。

 前に出るしかない。

 どうするか、どうしたらいいのか。そういうものは、もう念頭にはなかった。

 前に出たからには、渾身の一刀を釈迦堂刑部に叩き込む。

 これしか考えなかった。

 

「じゃあっ!!!」

 釈迦堂が見計らったように拳を放つ。

 川神流・禁じ手 富士砕き。

 正拳突きにマスタークラスの力全てを乗せた、釈迦堂最凶の一手。

「黛流・秘奥義――」

 由紀江も足を踏み込むが、動かされた分、刹那のタイミング遅れている。

 

「じゃあっ!!!」

 釈迦堂の邪気をまとった拳が迫る。

 由紀江の白刃が放たれる。

 

――例えこの拳が穿かれようと、この一刀、振り抜いてみせる!!!

 

 そんな覚悟とともに、

「涅槃寂静ォォーーーーっ!!!」

 由紀江は刀を振り抜いた。

 

 刹那の交差。

 一瞬の静寂。

 

 由紀江の刀は釈迦堂の胴を穿っていた。

 釈迦堂の拳は由紀江の鼻先に触れる寸前で止まっていた。

 

 黛流の神速の一刀が、マスタークラスの拳を凌駕した。

 

 ずるり、と力が抜けるように釈迦堂が地面に崩れ落ちる。

 

「はっあ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 それと同時に由紀江も、荒い息を吐きながらガクリと膝を付き、刀で自らの身を支える。

 何度も、何度も、深呼吸を繰り返したあと、ようやく左右を見わたす余裕が出来た。

 

「あれ? ステイシーさん?」

 周りを見わたすと、一緒に戦っていたステイシーがいないことを知る。

 気配をたどってみると、

「研究所?」

 制御室のある建物に入っていったようだ。

 

「そうか……まだ、終わってないですものね」

 研究所にはまだ敵が残っているのかもしれない、ブラッククッキーは止まったが栄光たちが無事だという保証もない。

 

「大杉先輩……今、いきます」

 自分に勇気をくれた先輩と再び笑い合うために、由紀江は傷ついた身体を引きずりながら制御室を目指した。

 

 

―――――

 

 

 桐山をバーニアの勢いによって壁に押さえつけていたクッキーだが、遂にエネルギーが尽き、バーニアの勢いが弱まった所を見図られ桐山を逃してしまう。

 次の瞬間、後ろに回り込んだ桐山の靴底がクッキーを壁にたたきつける。

 壁と靴底に挟まれ、べきりとボディーに亀裂を入れられ崩れ落ちるクッキー。

 

 クッキーが動かないのを確認した桐島はゆっくりと制御室へと向かっていく。

 

「マ……マテ……」

 クッキーはノイズのかかるカメラ越しに見える桐山に向かって手を伸ばそうとするが、動かない。

「オオス……ギ……」

 クッキーは桐山の向こうでぐったりと力なく壁にもたれかかって座り込んでいる栄光の名を呼ぶ。

「ニゲ……ロ」

 届かぬとは解っていても、言葉がこぼれる。

 ブラッククッキーの停止はクッキー自身も確認した。

 自分の弟達を止めてくれた恩人に、今、最大に危機が訪れようとしているのに、自分の身体が動かない。

 動く動かない以前に、第二形態でいる事が既に奇跡と言っていい状態なのだ。

「ニゲロ……ニゲテ……クレ」

 無駄な事とは知りながら、クッキーは言葉を紡がずにはいられなかった。

 

 

 ゆっくりと近づいてくる男を他人事のように眺めながら、栄光は――そういや漫画とかで出てくるイケメンの死神って、こんな感じだなぁ――という様な事を他人事の様に考えていた。

 手足が一本づつ動かない。

 それ以前にありったけぶちまけた為、今、一滴の力だって残っちゃいない。壁に寄り掛かっていなければ恐らく座っている事も出来ない。

 

 オレ、死ぬのかな――

 

 不思議と怖さは感じなかった。

 多分それは自分の役割を全うできたからだろう。

 あとは信じる仲間達に任せておけば何の心配もない。

 クリスマスパーティーに出れないのは寂しいが、まぁ、こればっかりは許してもらおう。

 そういえば由紀江ちゃんとハイタッチの約束もしていたが……難しそうだ、というかこの手足ではハイタッチどころの話ではない。

 

 死神が一歩、一歩、近づいてくる。

 

 怖くはない、怖くはないが、イケメンに黙って殺されるというのも何だか癪なので、栄光は最後の抵抗を試みた。

 

 無事な左手を上げると中指だけを突き出して、口を開き大きく舌を出す。

 

「オレ達の勝ちだっ!! ざまぁみやがれっ!!!」

 

 見てるかどうかもわからない、これを仕掛けたヤツに思いっきり悪態をついてみせる。

 

 桐山の足がすぅ、と持ち上がった。

 

 

 クソ! 動ケ!! 動ケ!! 私ノ身体!!

 最早スピーカーすら動かない状況で、カメラだけが桐山と栄光を映している。

 何故ダ! 何故、動カナイ!!

 言葉にならない声で慟哭する。

 このまま栄光が止めてくれなかったら、ブラッククッキーはこの川神だけでなく、日本を蹂躙していたかもしれない。

 そうなればクッキーシリーズは破壊と混沌の象徴になっていただろう。

 自分達は人の為に創られた存在だ。

 人のために創られた自分たちが、人に害をなす象徴になるとは、なんと悪魔的な皮肉だろうか。

 それを止めてくれたのが栄光だ。

 クッキーシリーズの未来を救ってくれた人間を助けられずして、なにが、人の為のロボットであろうか。

 私ガ! 私ガ、助ケルノダ! 我等ノ恩人ヲ! 私ガ! 私ガ!!

 クッキーが強く、強く、思った時――異変が起きた。

 

『人間ヘノ好感度ガ規定値ヲ超エマシタ。第四形態ヘノ変形ガ可能トナリマス』

 

 クッキーのメインシステムに見慣れないメッセージが表示された。

 間髪いれずにクッキーが発光し、輝きだす。

 

 次の瞬間、今までクッキーが倒れていた所に、一人の少女が立っていた。

 

 所々にロボットである名残をつけながら、紫色の髪をした少女は目を開いた瞬間に桐山と栄光の間に身を躍らせた。

 

 

 桐山の踵が振り下ろされた、その時、

「クッキーホワイトシールド!!」

 桐山と栄光の間に飛び込んできた少女の展開するシールドによって、桐山の踵が防がれる。

「クッキー? え? クッキー??」

 死の覚悟すらしていた栄光は、予想もしていなかった乱入者に目を丸くする。

「はい、私はクッキー第四形態です」

 クッキー4は桐島の蹴りを止めながら、栄光に答える。

「第四って……いや、変わりすぎっしょ! てか、3すっ飛ばしてない?」

「でも、そうなんです」

「そうなんですって……」

 あまりに予想外の展開に栄光は、今までの状況も忘れてツッコミをいれる。

 

 そんなやり取りの最中、このままでは(とど)めをさせないと判断したのか、桐山は一旦飛びのき栄光とクッキー4から距離を取る。

「大杉さんは、私がお守りします!」

 そう言ってクッキー4は桐山の前に立ちふさがった。

「お守りしますって……君、戦えるの?」

 可憐な少女のような容姿のクッキー4にむかって栄光が問いかける。

「無理です! 私は自発的に人に危害を加えられないようにできていますので」

「ちょっ!!」

 まさかの返しに仰け反る栄光。

 

「ですが――」

 桐山がナイフのように鋭い蹴りをクッキー4の顔めがけて放つ。

 ギンッ、という耳障りな音とともに、桐山の蹴りが見えない壁に阻まれているようにクッキー4に届く直前で止まった。

「ですが、お守りすることはできます!!」

 今しがた飛び込んだ時と同じようにシールドを展開して桐島の攻撃を弾き返す。

 

「それに……」

 そう言って、クッキー4はチラリとラウンジの入口に目を向ける。

「援軍が来てくれました」

 

 栄光がその言葉に釣られてラウンジの方に目を向けたとき、

「……桐山ぁぁ……ッ!」

 通路の向こうから、桐山の名前を呼びながら超速で近づいてくる者がいることを確認する。

 

 そして――

「桐ィ山アアアァァァァァァァァァッ!!!!!!!!」

 一匹の獣と化したステイシーが、咆哮とともに飛び込んできた。

 

「――!!」

 その気に反応して振り向く桐山。

 そこに、

「させません!!」

 クッキー4が更にシールドを展開して桐山の動きを止める。

 一瞬、桐山の身体が硬直した。

 しかし、その一瞬が命取りとなった。

 

「ヒューーーーーーッ!!!!!」

 全速力で駆けてきた勢いそのままに跳躍し、ステイシーが桐山の顔面に自らの膝を叩き込む。

 めきり、とステイシーの膝が桐山の顔面にめり込んだ。

 仰向けに倒れる桐山。

 ステイシーはトドめとばかりに、倒れた桐山の顔面を躊躇なく踏みつけた。

 

 びくん、と一度だけ痙攣をして、桐山は動かなくなった。

 

「Woooooooooooooooooooッ!!!!!」

 ステイシーが桐山を踏みつけたまま勝利の雄叫びを上げる。

 

「お……終わったのか?」

 あまりの急な展開に呆気にとられたように、栄光は口をポカンと開いていた。

 

 そんな時、

「大杉先輩! 皆さん!」

 由紀江がラウンジに駆け込んできた。

 駆け込んできたといっても、どこか足元がおぼつかないし、全身いたるところに血が流れ出ているのがわかる。

 由紀江の激闘を想像するには十分すぎる姿だった。

 

「――っ!! 大杉先輩……っ!!」

 由紀江は割れたディスプレイの下で力なく座り込んでいる栄光の姿を見て息を飲む。

 由紀江の姿も激闘を思わせるが、栄光の方が凄惨だ。

 右手と左足は力なく伸びきって、額からは血が流れ、それが胸にまで伝っている。満身創痍という言葉がこれほど当てはまる状態もないだろう。正直動いていなければ死んでいると思われても不思議ではない状態だ。

 

 しかし、そんな栄光から出てきた言葉は、

「よっ、お疲れ、由紀江ちゃん」

 いつものような軽い挨拶だった。

 

「――っ!!」

 そのいつもどおりの栄光の声を聞いた瞬間、由紀江の瞳から涙が溢れた。

「まぁ、お互いこんなナリだけどさ……勝てたな」

「――」

 栄光の言葉に、由紀江は口を抑えてただコクリと頷く。

「どんなにカッコ悪くても、最後に勝った奴がカッケェんだよな」

「――」

 両眼にいっぱい涙を溜めながら由紀江はコクリ、コクリと頷く。

 

 すっ、と栄光が左手を持ち上げる。

「立てねぇからさ、ハイタッチってわけにはいかねぇけど、これで我慢してくれな」

「――」

 頷きながら由紀江は、その手に一歩一歩近づいていく。

 

「お疲れ、由紀江ちゃん」

 栄光がニカリと笑って言う。

「……お疲れ……様でした……大杉……先輩……」

 その笑顔に、涙をあふれさせながら由紀江が答える。

 

 そして、

 ぱん。

 と、小さい音を立てて、二人の手が重なった。

 

 弱々しくハイタッチというには勢いのないタッチ。

 

 しかし、熱く、重く、様々な想いのこもった手合わせ。

 

 自分はこの瞬間を、一生忘れないだろう――

 

 由紀江は心の中でそんなことを思っていた。

 

 

 




栄光はボロボロになってから、輝く!(持論)

時間軸がほぼ同じなため、このような形をとりました。

戦真館でも屈指の人気を誇る栄光。
全国の甘粕大尉がこれを読んで「バンザーイ!」と言ってくれたら幸いです。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。

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