戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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目指せ週一投稿。
目指せ年内完結。
(書く事で自分を追い込むという手法)


第五十五話~切迫~

 山がそびえていた。

 天然の山ではない。人工の山。

 鉄くずを、ガラクタを、積んで積んで積み上げた、人工の山。

 鳴滝はそんな山の前に立っていた。

 マガツクッキーは、そこにただ立っている。

 しかし高層ビルが、巨大なタワーがあるだけで自然を威圧するように、周囲の風景を一変させてしまうように、マガツクッキーの存在は余りに圧倒的だった。

 そしてマガツクッキーの足元には、大量のブラッククッキーが従者のように整然と並んでいた。

 

 鳴滝は一歩、足を踏み出す。

 ブラッククッキー達が反応する。

 鳴滝はさらに一歩、踏み出す。

 マガツクッキーも反応する。

 

 マガツクッキーの腕がギリギリ当たらないであろう間合いの外で鳴滝が構える。

 足を開き、左手を前に出し、右拳を腰にあてる。

「コオオオオオオオオオオっ!」

 身体を沈めながら、大きく大きく、息をする。

 周りの空気を吸い込み、身体の中で燃やす。

 燃やして燃やして、力にかえる。

 かえた力を身体中に溜める。

 細胞の一つ一つが弾けそうになるくらいに、パンパンに力が溜まった瞬間に、

「らあっ!!!」

 溜めた力を使い、後にある足を思い切り踏み切った。

 鳴滝の身体が一気にマガツクッキーの間合いに入り距離を詰める。

 

 鳴滝の突撃合わせて、マガツクッキーの右腕が音を立てて振るわれる。

 超重量の鉄の塊であるマガツクッキーの文字通りの鉄拳。

 例えるならば高層ビルの解体に使う破壊鉄球。そんなものが、鳴滝めがけて振るわえた。

 しかし、鳴滝は怯まない。

「らあっ!!!」

 迫りくる鉄球めがけて己の拳を叩きつける。

 

 ガキンとも、ゴキンとも聞こえる、とにかく硬いもの同士がぶつかり合う大きな音が響き渡る。

 鳴滝とマガツクッキーが互いに拳を突き出した形で止まっている。

 拳と拳がぶつかり合っていた。

 上から振り下ろされるマガツクッキーの拳を鳴滝が下から迎え打ったという具合だ。

 双方がピタリと止まっていた。

 

 しかし、次の瞬間、

「らあっ!!!」

 鳴滝が吼え、逆の拳を繰り出す。

 マガツクッキーも同じく逆の拳で迎え打つ。

 

 再び硬いものがぶつかり合う音が響き渡る。

 鳴滝とマガツクッキーは再度、拳をぶつけ合う形で止まる。

 

――互角。

 

 鳴滝とマガツクッキーの力と強度は互角。

 しかし、ここはいうなれば戦場だ。純粋な1対1の勝負ではない。

 つまりこの勝負を決する要因となるものは、本人達の実力だけでなく、それ以外に起因する可能性も高い。

 

 機械音を響かせながら周りにいたブラッククッキーが一斉に、鳴滝めがけて飛びかかってくる。

「させねぇ!! 弓隊!!」

 それを見た、忠勝が絶妙のタイミングで京をはじめとした弓隊に指令を出して鳴滝に飛びかかっていたブラッククッキーを迎撃、または牽制する。

 

「ちっ!」

 鳴滝はその援護でできた隙を使い、後ろに大きく飛びのいてマガツクッキーの間合いから出る。

 その瞬間ブラッククッキーも動きを止める。

 

 飛び退いた鳴滝は自らの拳を見つめる。

 拳の部分は赤くなり、未だにジンジンとした痺れを感じる。

 鳴滝は手を開いて、拳を一気に握りこむと、

「かああっ!!」

 と、天に向かって息を吐く。

 そして、首をゴキリと鳴らすと、

「やるじゃねぇか……」

 そう呟いた。

 

 マガツクッキーと鳴滝淳士。

 ブラッククッキーと川神学園。

 現状互角の勝負を繰り広げている。

 

 しかし、その均衡は早くも崩れようとしてた……

 

 

―――――

 

 

 栄光とクッキーは研究所の通路を地面を滑るように突き進んでいる。

 既に透の解法は解いていた。

 九鬼のセキュリティを一々気にしながら慎重に進むよりも、ここまで来たら一分、一秒でも早く目的を達した方がいい、そう言う考えからだ。

 

 通路では数体のブラッククッキーと鉢合わせたが、栄光の解法とクッキーのビームサーベルによって退けている。

 

 栄光は風火輪と崩の解法を使い飛ぶように駆けながら、クッキーはバーニアを使い文字通り飛んで進んでいた。

 

「なぁ! クッキー、目的地まであとどれくらいだ?」

 隣に飛んでいるクッキーに栄光が声をかける。

「もう半分は過ぎた! 次のホールを越えればすぐだ!」

「了解!!」

 クッキーの言葉に頷いて、栄光が勢いよくホールに飛び込もうとした時、

「待て!! 大杉!!」

 クッキーの言葉に思わず栄光がブレーキをかけて、ホールの入口で止まる。

 

 次の瞬間、栄光が飛び込んでいたであろう位置に、一筋のレーザービームが放たれていた。

 何かを溶かす様な音と共にレーザーが床を焼く。

「あっぶね……あれは」

「あれは対テロリスト用のトラップだ。通常は相手を痺れさせて動きを止める目的で使われるのだが……こちらもリミッターが解除されているようだ――」

「そう……か……でも、来るってわかってりゃ、オレのキャンセルで防げるぜ」

「確かに……だが、そう簡単には行かせてもらないらしい……」

 そう言ってクッキーがホールに目を向けると、其処には横にある扉から大量のブラッククッキーがホールになだれ込んできた。

「ちっ……そうだよな、そう来るよな」

 それを見た栄光が舌打ちをする。

「ちゃっちゃと片づけて通り抜けようぜ! クッキー!」

 栄光が隣のクッキーに声をかけると、

「いや……大杉、お前は先に行くべきだ」

 そう言ってクッキーは一歩、ホールへと踏み込んだ。

「お、おい!」

 踏み込んだ瞬間、レーザーが降り注ぐと思い、栄光は慌てて声をかけるが、ホールのセキュリティは動かなかった。

 

「私はもともと、ここで創られた。故にセキュリティにも登録されている。私に限れば、ここでどんなに暴れようとも九鬼のセキュリティは作動しない!」

 クッキーはそう言いながら、ビームサーベルをすらり、と抜き放つ。

「ここでどれだけのブラッククッキーが出てくるかわからない。ならばここは私に任せて、大杉は先に行くべきだ!」

「クッキー……」

 クッキーの言葉を聞いた栄光は、クッキーの無表情な横顔を一瞥する。

 クッキーは自律機能を兼ね備えてはいるが、機械だ。

 その感情のように見えるものは高い演算機能によってもたらされているものにすぎない。が、しかし。栄光は今のクッキーの横顔に自分達と同じような、確かな覚悟を感じた。

「わかった、頼むぜクッキー」

 栄光は力強く頷く。

「おう、任せておけ」

 クッキーも大きく頷く。

 

「これは制御室の扉のセキュリティを解除するプログラムを組んだものだ。少々時間がかかるが、これを制御室の横の端末に入れれば扉は解除される」

 そう言ってクッキーは一本のUSBを栄光に渡す。

「サンキュー、クッキー」

 栄光はそれを受け取ると、右手でしっかりと握りしめる。

 

「ならば……ゆくぞ!」

「OK!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 クッキーがバーニアを全開にしてブラッククッキーの大群に斬りかかる。

「クッキーー!! ダイナミックッ!!!」

 群がってきたブラッククッキーを一刀のもとに蹴散らす。

 一瞬、道が開ける。

「しゃああ! どけどえぇ!!!」

 クッキーの開いた道を解法で全身を覆った栄光が駆け抜けた。

 降り注ぐレーザーも栄光の足を止める事は出来ない。

 滑るように栄光はブラッククッキーをすり抜けてホールを出ていく。

 何体かのブラッククッキーが後を追おうとするが、それより一瞬早く、クッキーが栄光の出ていった扉の前に立ちふさがる。

「お前達の相手は、私だ!!」

 クッキーはそう言ってビームサーベルを構える。

 

「大杉……私の弟達を救ってやってくれ……」

 誰に言うでもなく、クッキーが小さくつぶやく。

 クッキーは解っている。今、目の前の彼ら――ブラッククッキーがしている事は、彼らの本意でない事が。

 自分達、クッキーシリーズはもともと人を助ける為に創られた存在だ。

 それが今は人に害をなすだけの存在になっている。

 操られているとはいえ、その後悔はどれほどのものだろうか……

 これは自分がクッキーシリーズのパイオニアだからこそ感じる感情。

 だからこそ、止めねばならない。

 その為に自らの弟達と戦う事になったとしても。自分達クッキーシリーズの存在意義の為に。

 

「来いっ!!」

 クッキーの声にブラッククッキーが反応し、襲いかかる。

 それを迎え打つ、クッキー。

 

 先ほどの一撃でついたものだろうか、クッキーの顔に一筋のオイルがつたっていた。

 それはまるでクッキーが流した一筋の涙のようにも見えた。

 

 

―――――

 

 

 釈迦堂刑部。

 噂は由紀江も聞いたことがある。

 川神院の師範代でありながら、素行の悪さにより野に下った達人。

 川神院在籍時には百代の師範をしていた時もあったという。

 その事実だけでも相当の実力者――マスタークラスであることは間違いないだろう。

 

 互いに息を整えた後、どちらともなく、つうっと前に出た。

「りゃあ!」

「きゃしゃあ!」

 次の瞬間、互の裂帛の気合とともに、刀と拳が交差した。

 由紀江の刀は釈迦堂の脇を通って空を切り、釈迦堂の拳は由紀江の頬を掠めて外れていた。

「りゃあ!!」

「きゃしゃあ!」

 再び裂帛の交差。

 互いに攻撃と回避を同時に行う。

 由紀江の刀は釈迦堂の肩口を通って外れ、釈迦堂の拳は由紀江の脇を抜けていた。

 常人には一枚絵の連続にしか見えないやり取り。

 そんなやり取りを、5合程続けたのち、二人は前に出たとき同様、どちらともなく後方に飛び退いた。

 

「ふぅ……」

 由紀江は息を吐く。

 ピリピリとした、神経をすり減らすが如きやりとりだったが、ついていけた。

 これならば戦える。

 

 由紀江がそのような分析をした時、釈迦堂が身体を前に倒すようにして、すぅっと近づいてきた。

 あまりに自然な動きからの前進。

 由紀江の反応が一瞬遅れる。

「けあっ!」

 釈迦堂が奇声を発しながら速度を上げた。

 ぞくりと、由紀江の首筋の毛が逆立った。

 顔に風を感じた。

 風圧のようなものが、ぱあん、と由紀江の頬を打ったのだ。しかし、それは本物の風ではない。今、まさに、由紀江の顔面に、釈迦堂の拳か足が当てられようとしたのだ。

 その瞬間、由紀江は大きく後方に跳んでいた。

 しかし釈迦堂都の距離は変わらない。

 由紀江が後方に飛ぶのと同じ速度で、釈迦堂が前に出てきたのである。

 さらに由紀江は動いた。

 動き続けるしかない。

 動かなければ、釈迦堂に捕らえられてしまう。

 それ程までに釈迦堂の攻撃は苛烈だった。

 二度、三度、四度――釈迦堂から逃げながら距離を保つ。今の状態で釈迦堂の間合いに入る訳にはいかなかった。

 

 そんなとき釈迦堂の左足が跳ね上がった。

 距離がある中での上段蹴り。

 セオリーとは余りにかけ離れた攻撃。

 故に由紀江は“ここだ”と思った。

 踏み込むならば、この瞬間。

 考えて動いたわけではない。

 考えたときには、すでに身体が動いていた。

 

「てりゃっ!!」

 由紀江が刀を突き出して一歩踏み込んだ。

 その時――

 ざわり、と自らの右半身に虫が這い回るような悪寒を感じた。

 由紀江は踏み込んだ一歩を途中で止めて、力の限り身をひねる。

 この緊急回避はもはや本能――そういってもいいものだった。

 

 次の瞬間、既に跳ね上がっていたはずの釈迦堂の左足が由紀江の右下から肩をかすめて宙に向かって伸びてきた。

「くっ!」

 由紀江は思いっきり地面を踏んで後方に飛び退く。

 かすめた肩の制服の部分がハサミで切り取られたかのように綺麗になくなっている。

 この程度で済んだのは、運が良かったというべきだろう。

 完全に読み負けていた。

 釈迦堂の動きは、読んだはずだった。

 如何にマスタークラスといえど、ここまで綺麗に読み負けるほど由紀江と釈迦堂に実力差はないはずだ。

 だとするならば、何かの“技”か、それとも“術”か……

 どちらにしても、二度目の幸運に身を任せるほど、由紀江も愚かではない。

 

――次で見極める。

 息を整えながら、由紀江は決意する。

 

 釈迦堂は由紀江の様子をゆらゆらと身体を揺らしながら見ていたが、つうっ、と、左に動き始めた。

 それに合わえて由紀江も向きを変えていく。

 そして、

「きぃっ!」

 釈迦堂は奇声と共に速度を上げた。

 由紀江の左に回り込む動きを止め、次に右に回ると見せかけて、回らずに顎を蹴り上げてきた。

 由紀江は動かない。

 顎の先すれすれのところを、釈迦堂の右足が天に向かって駆け上っていった。

 フェイント。

 当てる気のない蹴りだ、由紀江の反撃を狙っている。

 だから由紀江は動かなかった。

 それでも、今回のはわかった。

 だが、先ほど釈迦堂が使った技ではない。

 違う。

 よく見ろ、よく見ろ、見極めろ!!

 

 そこに――

「きゃしゃああ!」

 再び釈迦堂が声を上げた。

 その時、由紀江は見た。

 釈迦堂の肉体の中に動くものを。

 それは“意”だ。

 自分たちが慣れ親しんだ言葉で言うなら“気”である。

 それが、釈迦堂の肉体を動いて、由紀江にぶつかってくるのを。

 左足。

 左足が跳ね上がって、顔面に向かって深々と突き刺さってくる――そう思った。

 

「喝ぁーーーっ!!!」

 

 由紀江は雄叫びを上げた。

 雄叫びを上げることで、耐えた。

 動いてしまいそうな身体を、本能を強引にねじふせた。

 声を上げなければ、本当に動いてしまっていたであろう。実際には動いていない左足を避けるための動作をしてしまっていたいことであろう。しかし、実際には釈迦堂の左足は動いてなかった。

 幻の左足を避けるために動いていたなら、間違いなく、次の瞬間に本物の足によって、今度こそ自分の頭は蹴り潰されていたことだろう。

 釈迦堂は微細な気を敢えて見せることで、相手に身体を使わない本能に訴え掛けるフェイントを使っていたのだ。

 攻撃しようとすると気はどうしても出てしまう。上級者はそれを読み合って仕掛ける。

 由紀江も気を読むことができる実力者であるからこそ、嵌った。

 常に闘争に身を置いていた釈迦堂だからできる芸当と言えるかもしれない。

 

「さあっ!!」

 釈迦堂の術理を見破った由紀江は反撃に移る。

 由紀江の隙を狙い叩き込もうとした右足を浮かせていた釈迦堂へ、由紀江は斬撃を繰り出す。

「があっ!!」

 始めて由紀江の刀が、釈迦堂を捕えた。

 斬撃を受けて後退する釈迦堂に追撃をかけようとした由紀江の前に、ブラッククッキーが割り込む。

「くうっ!!」

 それを一刀の元に切り捨てるが、既に釈迦堂は体勢を立て直して構えをとっていた。

 

 再び開始の間合いで対峙して、

「ひゅうううう……」

「きぃぃ~~~……」

 互いに息を吐く。

 術理は見破った、が、未だ敵陣で囲まれている状況に変わりはなく由紀江の不利は変わらない。

 

――ならば。

 由紀江は一つの決意をする。

 賭け、と言ってもいいかもしれない。

 由紀江は今までよりも、大きく息を吸うと、

「ほおぉォォォォ……」

 呼吸の仕方を変える。

 大きく大きく息をしながら、力を身体の(うち)(うち)へと、溜めていく。

 身体の底へ底へと、気を練っていく。

 

「じゃああっ!!!」

 由紀江の気の動きに反応して釈迦堂が飛びかかる。

「ふぅっ!」

 由紀江は釈迦堂の攻撃を呼吸を止めないままに躱す。

 

「じゃあ!!」

 釈迦堂が打つ。

「ふぅっ!」

 由紀江が躱す。

「じゃあっ!!」

 釈迦堂が打つ。

「ふぅっ!!」

 由紀江が躱す。

 釈迦堂の連続した攻撃を、由紀江が躱し続ける。

 由紀江は回避の途中も呼吸を止めない。

 力を貯めるのをやめない。

 気を練るのやめない。

 だが、まだだ。まだまだ足りない。

 黛流、神速の一撃を放つには、まだ足りない。

 故に、由紀江は力を溜めて、気を練る。

 

「じゃああっ!!!!」

 釈迦堂の攻撃は鋭さと勢いを増しながら由紀江に降り掛かってくる。

 

 少しでも足を踏み外したら一気に敗北という名の奈落へと落ちる。

 そんな綱渡りの戦いへ、由紀江は自ら一歩、足を踏み出した。

 

 

―――――

 

 

「隊列を乱すな! けが人は後ろに下がり補充の人員を急げ!!」

 クリスのよく通る声が校庭に響き渡る。

「あのデカブツの半径5メートルには絶対入るな!! 鳴滝の援護は弓隊だ!! 剣道部と空手部は弓隊に絶対敵を近づけるな!!!」

 忠勝の指示が校庭を駆ける。

 数で圧倒的に劣っている川神学園側が、校庭での戦況が一進一退という状況で踏みとどまれているのは、鳴滝がマガツクッキーを一人で押さえているのと、クリス、忠勝の二人がうまく指示を出して学園側を統率しているからというのが大きい。

 もちろん学園側の生徒たちも、川神大戦、模擬戦と団体戦の機会が多く、指示に従うことの重要性を知っているというのもあるが、それでもやはり現場で動ける優秀な指揮官であるクリス、忠勝の存在は大きい。

「弓隊の矢が心もとない! これを渡して来たら倉庫からありったけもってきて!」

「クリスの左舷の負傷者は歩けないみたい! 君が担いでそのまま体育館へ! たのんだよ!!」

 現場に優秀な指揮官の存在があるため、大和が全体の戦況をみて、援軍、補給を迅速に行えているという側面もある。

 だが逆に言えば、このクリス、忠勝、鳴滝、大和という4人の奮闘によってギリギリ互角を保っている。

 

――そして、その均衡が崩れる。

 

「ん?」

 それに一番初めに気づいたのは対峙をしていた鳴滝だった。

 ブラッククッキーが今までにない動きを始めたのだ。

 ブラッククッキーの一団がマガツクッキーの右手近くに集まりだしている。

「あれは……」

 その異変に、大和も気づく。

 そして瞬間、最悪のシナリオが頭によぎり、よぎった時には既に叫んでいた。

「鳴滝ぃーーー!! マガツクッキーを止めて!!」

 言いたくないが、言わなければいけない。

 言えば自らの考えたシナリオが本当になりそうだから。

 しかし、言わなければならない。

 外れてくれとも思うが、ここまで来てそんな甘い考えは、既に持ち合わせていない。

「あいつら、()()()()()ブラッククッキーを送り込むつもりだ!!!」

 大和は力の限り叫んだ。

「ちいっ!!!」

 大和の言葉を聞いた鳴滝が状況を理解してマガツクッキーに突撃しようとしたとき、大量のブラッククッキーが行く手をふさぐ。

「邪魔だぁっ!!!」

 拳の一閃。

 鳴滝がブラッククッキーを蹴散らす。

 しかし足止めは完了されてしまった。

 

 ぶうん、とマガツクッキーが腕を振る。

 掌に数体のブラッククッキーを乗せて。

 

 マガツクッキーの掌から放たれたブラッククッキーは宙を飛び、川神学園の屋上に降り立った。

 

 ぶうん、ぶうん……二度、三度とマガツクッキーの腕が振るわれる。

 その度に新たなブラッククッキーが川神学園の屋上に投入される。

 

「くっそっ!!」

 大和が唇をかむ。

 自分が気づくのがもう少し早ければ、と後悔しかけるが、頭を振ってそれを消す。

 それを考えるのは、あとだ。

 いまは、この現状をどう打破するかを考えろ!

 

 現状、戦える人材は全てこの校庭と裏門に集約されされている。

 体育館の警備に何人さいているがこれを動かすわけにはいかない。

 裏門に伝令を出してもその間にブラッククッキーは校内を進むだろう。

 最悪の結末はブラッククッキーが体育館に侵入して、避難民に被害が出る事だ。

 現状を分析するに、1対1でブラッククッキーに勝てて、尚且つ臨機応変がきく少数精鋭をこの校門から送り込む、これが最善手。

 つまり人選は――

「源さん!!」

 大和は答えが出た瞬間に、

「源さんは、ガクトと長曾我部君をつれて校内に侵入したブラッククッキーの掃討に!! 源さんの部隊は今後クリスの指示にしたがって!!」

 叫んでいた。

 

「おう!!」

「了解だ!!」

 指示の意図を理解した忠勝とクリスから了解の合図が来る。

 

「行くぞ! 島津! 長曾我部!」

「おう、まかせとけ!」

「ふん、一体残らず粉々にしてくれる」

 忠勝の声がけにガクトと長曾我部が答える。

 そして忠勝が校内に入ろうとした時、

「源ォ!!」

 鳴滝が忠勝に声をかけた。

 忠勝がそちらを向くと、

「頼むぞ。もう入れさせねぇ……」

 鳴滝がマガツクッキーを睨み付けたまま言う。

「ああ、頼んだぜ……」

 忠勝はそう言って校内に入っていく。

 しかし忠勝の頭には一抹の不安が広がっていた。

 声をかけてきた鳴滝の目に、自分たちのコトがまるで映っていないように見えたからだ……

 

 鳴滝がマガツクッキーを射殺さんばかりに睨み付ける。

 犬歯をむき出しにして歯を喰いしばっている。

 怒りで、全身が沸騰しそうになっているのがわかる。

――俺が止めていれば。

 そんな怒りが渦巻いていた。

 敵に対する怒りも、もちろんある。

 しかし鳴滝の身を焦がしているのは自らの不甲斐なさへの怒り。

――また俺は同じ失敗をするのか。

 そんな思いがよぎる。

――んなこたさせねぇ!!

 そう叫ぶ自分がいる。

 

「がああああああああああああああっ!!!!」

 怒りを込めて、鳴滝が咆哮する。

「がああああああああああああああっ!!!!」

 怒れ、猛ろと自らを鼓舞する。

 

 鳴滝は怒りを力に変える。

 四四八あたりに言わせれば、過度の怒りは戦いには不要だというかもしれない。

 しかし不利だとか有利だとか、そんなことはどうでもいい。

 薪になるものなら何でもいい。

 今あるありったけを力に変える。

 それが怒りでも、後悔でも、屈辱でも、何でもいい。

 とにかくありったけを掻き集めて燃やす。

 ありったけの力を拳に込める。

 

「らああああああああああああああっ!!!!」

 鳴滝は咆哮を轟かせながらマガツクッキーに突撃する。

 ブラッククッキーが行く手を阻むが、蹴散らしながら進む。

 マガツクッキーの右拳が振り上がる。

 鳴滝の足がだんっ、と地面を叩く。

「らああああああああああああああっ!!!!」

 鳴滝は足首を、腰を、肩を、手首を、駆動させて右拳を打ち抜いた。

 

――ガツン!!

 校庭に響き渡る様な音を響かせて、再び鳴滝の拳とマガツクッキーの鉄拳が激突した。

 

 一瞬の静寂の後、べきりという音と共にマガツクッキーの拳に(ひび)が入る。

 そしてその(ひび)は徐々に大きく広がり、腕にまで浸食し、遂にはマガツクッキーの右腕を砕いた。

 

「なにっ!?」

 しかし次の瞬間に声を上げたのは鳴滝だった。

 マガツクッキーが腕を砕かれるのを見るや否や、周りにいたブラッククッキーが次々に腕の砕かれたマガツクッキーの右肩に張り付き始めた。

 そして張り付いたかと思うと、ブラッククッキーは黒い粒子になって形を変える。

 一体、また一体と、ブラッククッキーはマガツクッキーに融合するように張り付いていく。

 そして遂には鳴滝が砕いたはずのマガツクッキーの右腕が再生してしまった。

「くっ!!」

 あまりに事に目を見開く鳴滝。

 その1秒の半分もあるかないかの隙にブラッククッキーが群がる。

「しまっ――」

 ブラッククッキーの群れに拘束される鳴滝。

 そしてそこに――

「がはっ!!」

 破壊の鉄拳が飛んできた。

 群がったブラッククッキーごと鳴滝を薙ぎ払うように、マガツクッキーの腕が振るわれたのだ。

 全長10mはあろうかという鉄の塊から繰り出される一撃。それをまともにくらった鳴滝は、そのまま校舎の壁にまで吹き飛ばされて、壁に激突すると放射線状に壁に亀裂を刻みながらめり込むことでようやく止まることができた。

「ぐっ……げはっ」

 めり込んだ壁から身をおこし、地面に立った鳴滝は胃からせり上がるモノをそのまま地面にぶちまける。

 胃の中のものを全て吐いた。

 身体全体が軋みをあげている、特に腹の中では、はらわたを獣に齧られているような激痛がのたうっていた。

 

「鳴滝っ!」

 大和が鳴滝に声をかけたと同時に、

「大和! あれを!!」

 クリスから声がかかる。

 その声に振り返る。

 

 そこには黒い海が広がっていた……

 

「なっ……」

 大和の口から思わず声が漏れる。

 

 その光景はまさに黒い悪夢だった。

 校門から、いままで相手にしてきた数の倍はいると思われるブラッククッキーが津波のようになだれ込んできたのだ。

 

――どうする! 今の感じだと鳴滝を援護をしなければならない。だが、この数のブラッククッキーを抑えて同時に鳴滝の援護をするというのは正直不可能に近い。主力の一角である忠勝達を欠いているというのも痛すぎる。クリスの指示だけでは細かい所での動きが難しい……どうする、どうする……

 

 大和の沈黙に、

「直江ぇーーっ!!」

 答えたのは鳴滝だった。

「俺のことは気にすんな! あのデカブツは俺が何とかする!! てめぇはこれ以上校舎にあのガラクタ達を入れねぇことだけ考えろ!!」

 先ほどの一撃で傷が付いたのだろう、血まみれの顔で叫ぶ鳴滝を見て大丈夫だとは到底思えなかったが……現実として細かい動きができないのであれば、自分たちはこの黒い悪夢たちを押し返す事に全力を傾けるべきだ。

 大和は鳴滝に向かって大きくひとつ頷くと、

「戦える人は全員前へ!! 隊列は横一列!! 弓隊は奥の敵を狙って!! 前線の指揮はクリスに任せる!!」

 大声で指示を出す。

「了解だ!! いいか皆!! もう一体たりとも校舎に入れるな!! いくぞっ!!!」

 大和の命を受けたクリスが前線に躍り出ながら味方に激を飛ばす。

 

 『オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!』

 生徒たちから雄叫びが上がる。

 

 それを見た大和が息を吐く。

――大丈夫だ、まだ皆の戦意は衰えていない。

 ほっとするのも束の間、別の思考が頭をよぎる。

――だがそれはいつまで続くだろうか。

 そんな考えたくもない未来。

 いま川神の皆を支えているのは、いうなればランナーズハイのような勢いだ。

 この勢いが止まったとき。

 それはこの戦線の崩壊を意味する。

 震えそうになる自分の身体を、大和は強引にねじ伏せて前を向く。

 そこには相変わらず、ブラッククッキーの大群による黒い海が広がっていた。

 

――学園を守る為の死闘が始まった。

 

 

―――――

 

 

「ここ……か?」

 ホールを抜けた栄光は大きな扉のある、比較的広い部屋にたどり着いた。

 ソファや向こうにはコーヒーメーカー、自動販売機などが置いてあるところを見ると休憩所やラウンジの様な場所らしい。

 そしてその目の前にある大きな扉の上に『メイン制御室』というプレートが掲げられていた。

 栄光はその扉に手をかけ思いっきり力を入れてみるが、びくともしない。

「やっぱ、これ使うしかねぇよな」

 そういって手に握りこんでいたUSBを見つめる。

 

 扉の横にはパスワード入力式の開錠装置があり、その下の部分にUSBの差し込み口がある。

「ここ……だよな」

 そう呟きながらUSBを差し込んだ。差し込まれたUSBはピカピカと点滅を繰り返す。するとパスワードが映し出されるであろうディスプレイに『5:00』という数字が現れて直ぐに『4:59』に減り、そのまま数字が減り続けていった。

 おそらく5分後に開錠が完了するという意味なのだろう。

 

「5分か……ちっくしょう……なげぇな……」

 栄光はその数字を見て唇を噛む。

 この瞬間も川神のいたるところで仲間たちが奮闘している。それを考えると5分という時間を待つことが非常にもどかしい。

「頼む……早く……早く終わってくれ……」

 栄光は祈るようにカウントダウンが映るディスプレイを見つめる。

 

――その時、

 ぞわっ、

 と、栄光の首筋に寒気がはしる。

 

 感じた時には、既に、栄光は頭を思いっきり下げていた。

 

 ダンッ!!

 と、先ほど栄光の頭があった壁に靴底が叩きつけられる。

「くっそ!!」

 栄光は相手も見ずにそのまま転がるように横に移動する。

 栄光の頭を狙った人物は、壁を蹴った反動を使い、腰を中心に空中で一回転しながら足を入れ替えると栄光を追うように逆の足で蹴り上げてくる。

「なあっ!!」

 栄光はこれも転がるように避けて、地面を蹴り、ソファにダイブするように飛び込んで距離をとった。

 そして、そこでようやく顔を上げて襲撃者の顔を見る。

「あんた……九鬼の……」

 そこには燕尾服を寸部の狂いなく着こなした青髪の青年、桐山鯉が立っていた。

 

 英雄が研究所の異変を察知して送りこみ、連絡が途絶えた先発隊。

 その先発隊を指揮していたのが桐山だったのだ。

 いつもは柔和の中に鋭いものを潜ませている桐山の瞳は、今、紅く染め上がっていた。

 

 するり、するり。

 桐山が長い足を使って独特のリズムを刻む。

 するり、するり、するり。

 時折、手を地面に触れさせながら、踊るように桐山の身体が動く。

 

 脚。

 栄光は脚を見ている。

 先ほどの攻撃も桐島は脚のみを使っていた。

 おそらくそういう(たぐい)の格闘技、というか流派なのだろうと栄光は考えている。

 純粋な1対1のタイマンのようなものは、解法を操る栄光にとって一番不得手なシュチュエーションである。

 特に桐山の様に純粋に自らの身体と技のみを武器とする相手は非常に相性が悪い。

 

「でも……やるしかねぇよな! 勝つしかねぇよな!!」

 栄光は敢えて声を出して、自らを鼓舞する。

 

 桐山の後ろにかすかにディスプレイが見える。

 

 ディスプレイの数字は『3:00』を指していた……

 

 

 




まえがきで書いたように、
できる限り週1更新、年内完結を目指していきたいと思ってます。
予定ではあと6~7話で完結予定です。

なんとか最後までよろしくお願いいたします。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。

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