戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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う~ん、詰め込みすぎたかなぁ


第五十四話~火蓋~

 九鬼総合研究所。

 川神が誇る巨大な工業団地の一角を占める、九鬼の頭脳とも呼べる場所だ。

 川神は縦に長い土地で、川神駅などの商業や住宅の中心は七浜などに近い、川神の南側に位置しており、逆に工業団地は都内などにもアクセスがいいように、川神の北側を占めている。

 車でくればそうかからない道のりだが、主要な道路はブラッククッキーの配置が多く、逆に時間がかかるという判断で、栄光、ステイシー、由紀江、クッキーの3人と1体は徒歩でここまでの道のりを進んできた。

 

「先ほどすごい数のブラッククッキーが出て行きましたね……」

 研究所を目の前にした住宅の物陰に潜みながら、由紀江が誰に言うともなく呟いた。

「さっきした定期連絡によるとアタッカーの内の2人、鍋島直とルー・イーは討ち取ったらしいから、最後の攻撃に出発したってとこだろうな」

 由紀江の言葉にステイシーが答える。

「じゃあ、つまり……」

「うむ、今が狙い時……ということだな」

 栄光の言葉を、クッキーが引き継いだ。

 

「かといっても、敵の本拠地だし。何より九鬼のセキュリティは生きてる。何もしないで気づかれずに潜り込むのは不可能だ」

 ステイシーの言葉を聞いた、由紀恵が、

「大杉先輩の透……でしたっけ? その能力で潜り込めませんか?」

 そう栄光に聞いてきた。

「できねぇってことはねぇと思うぜ。ただ、4人まとめてってのは難しいし、神野の仕掛けを壊すにはどうしても崩の解法に切り替えなきゃいけないのを考えると、忍び込むってのは難しいかもな」

 栄光は由紀江の問いかけに腕を組んで答える。

 

「ならば答えは簡単だ、研究所に潜り込みメインコンピューターを破壊する組みと、足止めをする組に分けて行動するということだ」

 現状をまとめるように、クッキーが言う。

 

 一同が黙り込む。

 

 理屈で考えるなら、そのとおりだろう。

 しかし、ここは敵の本拠地といってもいいところだ。

 先ほど大群が出て行ったとは言え、この中には夥しい数のブラッククッキーがいるであろうことは容易に想像できる。

 それにおそらくマスタークラスである人物もここにいるであろう。

 その中で4人という人数を分けるというのは自殺行為にも等しい。

 突入する班であっても、足止めをする班であっても、危険極まりないミッションであることは誰の目にも明らかだ。

 

「でも、それしかねぇなら、やるしかねぇよな」

 そう言って栄光がゆっくりと立ち上がる。

「はい」

 その言葉を受けて、由紀江も立ち上がる。

 ステイシーもクッキーも立ち上がる。

 

「班分けですね、大杉先輩は突入班に入ってないといけないですが、もう一人は……」

「クッキー、あんたが行きな」

 由紀江の言葉にステイシーが答える。

「私はコッチの方は管轄外だから、研究所の中の構造はわからねぇ。あんたのメモリーには研究所の地図はいってんだろ」

「了解した、大杉の道案内は請け負おう」

 クッキーは力強く頷く。

「じゃあ、足止め班は……」

「ステイシーさんと……私ですね」

 栄光の言葉に由紀江が答えた。

 

「由紀江ちゃん……」

 栄光が由紀江に声をかけようとしたとき、

「――大杉先輩」

 それを遮るように由紀江が栄光に声をかけてきた。

「大杉先輩、私、大杉先輩にお願い事があるんです。聞いてもらっていいですか?」

「え? お、おう、全然オッケーだけど……なに?」

 由紀江の不意の言葉に栄光は戸惑いながらも頷く。

 

「また……また、勝利のハイタッチしていただけませんか? 私、ああいうのもの凄く憧れていて、ハイタッチ出来たとき、とっても嬉しかったんです……だから、もう一度……」

 由紀江はそう言って恥ずかしそうに小さく笑う。

 

「あぁ、わかった……しようぜ、勝利のハイタッチ!」

 それを聞いた栄光は力強く頷く。

 

「その為には……」

「えぇ……その為には……」

 そう言って二人は同時に息を吸い込むと、

「絶っ対、勝とうな!」

「絶対、勝ちましょう!」

 同時に力強くいい放つと、頷きあった。

 

「行こうぜ、クッキー」

「メインコンピューターのある制御室は目の前の一番大きな建物だ」

「了解」

 栄光がクッキーに触れると、二人の姿と気配がすぅ……とかき消える。

 栄光が透の解法を展開したのだ。

 

 たっぷり一呼吸分間を置いたあと、

「じゃあ、私達も行こうか」

「はい」

 ステイシーがいって、由紀江が返事をする。

 

「派手に暴れまわってやろうじゃねぇか!! ロックン・ロール!!」

「はい!!」

 ステイシーがマシンガンを構え、由紀江が刀を構える。

 

 そして、

「らああああああああああああッ!!!!」

「はああああああああああああッ!!!!」

 二人は敢えて気合い裂帛を轟かせながら、研究所へと踊り出た。

 

 二人が研究所に足を踏み入れた瞬間、至るところに佇んでいたブラッククッキーが、一斉に襲いかかってきた。

 

「らああああああああああああッ!!!!」

「はああああああああああああッ!!!!」

 それでも二人はスピードを緩めずに一気に中央を突破する。

 

 自分達は此処にいると誇示しながら進軍する。

 

――大和さん、皆さん、伊予ちゃん……私、勝ちます!!

 

 強い決意を胸に、由紀江は終わりの見えない戦いへと身を投じた。

 

 

―――――

 

 

「はーい、ちゃんと一列に並んでくださいねー。いっぱいありますから焦らなくても大丈夫ですよー」

 真与は自分の身体よりも大きな鍋を前に、大きな声を上げていた。

「はいはーい、熱いから気を付けてくださいねー」

 千花が真与の隣で、その鍋から茶碗に豚汁を注いでいた。

 川神学園の体育館で豚汁の炊き出し行われていて、避難民や学園の防衛にあたっている生徒たちに振舞われてた。

 今は12月24日。いくら設備が整っている川神学園の体育館とはいえ、この広さでは空調もなかなか行き届かない、そういう意味では、振舞われている豚汁の様な暖をとれるモノはとてもありがたい。

 現に先ほどまで不安そうにしていた避難民の人々も、豚汁の入った茶碗を持ちながら会話をし始めていた。

 

「成程、流石は大和君。温かいものは確かに身と心を癒しますね」

 この豚汁の指揮をとった大和のもとに、冬馬がやってきて大和をほめる。

「人の心を萎えさせるのは、寒さ、暗さ、ひもじさ……暗さはどうしようもありませんが、寒さとひもじさを同時に解消できる素晴らしい案だと思いますよ」

 冬馬の言葉に近くにいたクラウディオが柔和な顔で頷いた。

「ありがとう。でも、これ発案したのは俺じゃないんだ」

「へぇ、んじゃ、どこのどいつよ」

 大和の答えに、準が意外そうに反応する。

「龍辺さん」

 大和はそういって、向こう側で自らの顔のサイズと同じぐらいあろうかという丼ぶりを両手で抱えてふーふーと豚汁に息を吹きかけている、小柄な少女に目を向けた。

 

 少し前の体育館の雰囲気は、御世辞にもいい雰囲気だったとは言い難かった。

 鍋島とルーを倒し、ブラッククッキーの大軍を迎撃した瞬間は熱気ををびていたが、避難してきた川神の人々や、負傷者の治療にあたりながら時間が過ぎていくと、どうしても不安がせり上がり、それが感染していってしまったのだ。

 鍋島と李がアタッカーの内の2人だと仮定しても、アタッカーのマスタークラスはあと一人残っているし、敵の拠点へと向かっていった者達から、勝利の連絡は入ってきていない。武芸に携わっている人間はまだしも、現在は学園の生徒も含め一般人が大勢を占めている、12月ということもあり空調だけでは補えきれない寒さも相まって、かなり危険な状態になっていた。

 そんな状態を危ないと思いながらも、決定的な何かを思いつかず大和が頭を悩ませていた時に話しかけてきたのが、歩美だった。

 

「ねぇねぇねぇねぇ、直江くん、直江くん」

「え? あ、龍辺さん、何?」

「ちょっと直江くんに頼みごとがあるんだけど……いいかな?」

「う、うん、俺に出来る事なら」

「ありがと! えっとね、直江くんにご飯を用意してもらいたいんだよねぇ」

「え? 食べるものならあそこに……」

 歩美の言葉に大和は体育館のまわしを見渡す。

 体育館のいたるところに大きなお皿が用意されており、その上にはおにぎりやサンドイッチといった手軽に食べられる軽食の様なものが大量に用意されていた。

 しかし、それらは今、あまり手を伸ばされていない。

「あー、ごめんごめん、ちょっと言葉が足りなかったね。温かいのが欲しいんだよね、温かいの、出来ればシチューみたいのがいいかなぁ」

「シチュー?」

「そそ、こういうさ、なんとなーく、どんよーりしてる時って、身体の芯からあったまるもので元気だそー、みたいな?」

「なるほど……そうか、シチューか……うん、いいかもしれない。でもシチューだと時間かかるかな……」

 大和は歩美の言葉に頷きながら、アイディアを並べる。

「シチューっぽいものだと、あと、カレーとかスープとか……あと、豚汁……とかかな?」

 そんな大和の呟きに、

「豚汁! それだよそれ!!」

 歩美がパチリと指を鳴らしながら大和にむかってウインクする。

「そうか、豚汁か……うん、うん、そうだね、そうしよう。家庭科室もつかえるし。うん、急げば30分くらいでも出来るかもしれない。確かパーティ用の豚肉があったはず……葵に聞いてみるか……」

 歩美の言葉を聞いて、大和が頭の中で計画を立てる。

「んじゃ、直江くん、豚汁たのんだよー」

 そう言って、歩美は来た時と同じようにトテトテと大和のもとから去っていった。

 

「ってな感じさ」

 事の顛末を大和から聞いた面々は、一様に頷く。

「龍辺さんは頭がいいのでしょうね、勉強が出来るという意味ではなく、頭の回転が早いという意味で」

「柊様とはまた違った形で“頭のキレる”お方ですな」

 冬馬やクラウディオが歩美を褒める。

「まぁ、当然だな! ロリだからな!!」

「ロリは関係ねぇーだろ、ハゲー」

 準と小雪の会話は……平常運転だ。

 そんな周りの声を聞きながら、大和は肝心な時、何でもない様に核心を突く歩美の言葉に畏怖に近いものを感じていた。

 

 歩美発案の豚汁で活気を取り戻した体育館の一画で、鳴滝が一人、もくもくと目の前の皿に山盛りになっているおにぎりを口に運んでいた。

 先だっての襲撃で表門のブラッククッキーの大群の殆どを歩美と二人で撃退した鳴滝は体育館に戻ってくるやいなや、ゴロリと寝転び休息に入っていた。

 そして、ついさっき不意に起きたと思ったら、目の前にあったおにぎりの山に手を出し始めたのである。

 大きな手で山のようにあるおにぎりの中から無造作に一つつかむと、口に入れ、むしゃり、むしゃりと咀嚼してのみ込む。のみ込んだら、次のに手をのばす。その速度は一定で早くもなく、遅くもない。しかし、休まない。次々に鳴滝の口の中におにぎりが消えていく。

 鳴滝は食べている間、目を閉じている。いや、本当に閉じているかは解らないが、傍から見たら閉じているように見える。故に表情があまりない。まるで岩が食事をしているかのようだった。

 もしかしたら、食事という事自体が見当違いなのかもしれない。次の戦いに備えて力を貯める……その為だけに食べ物を身体の中に入れている、鳴滝の食事の様子はそのように見える。

 

 そんなふうに皿に手を伸ばし続けていた鳴滝の手に、コツンとおにぎりとは違う感触が当たる。

「あん?」

 その感触を確かめる為に顔を上げると、そこには湯気の立った丼ぶりを二つもった忠勝が立っていた。

「なんだよ?」

 鳴滝がぶっきらぼうに忠勝に声をかける。

「豚汁、てめぇの分だってよ」

「あ? 別にいらねぇよ」

「俺ぁ、頼まれただけだ。いらねぇなら頼んだヤツに返してこい」

 鳴滝の無愛想な言葉にもひるみもせずに、忠勝が返す。

「誰だよ?」

「我堂だよ」

「ちっ……鈴子のやつか……よけいな世話掛けやがって……」

「んで、いるのか、いらねぇのか? いらねぇなら断ったって俺が我堂に返してくるぜ」

「んなことしたら、後でなに小言言われるかわかったもんじゃねぇ……よこせ」

「ほらよ……ったく、最初っから受け取っとけよ」

「ちっ……」

 忠勝から丼ぶりをうけとった鳴滝は、礼も言わずに豚汁をかき込み始めた。

 それを見た忠勝も、おもむろに鳴滝の横にどかりと座ると同じく豚汁を食べ始める。

 二人とも無言で丼ぶりを掻き込んでいる。

 

「……美味いか?」

 不意に忠勝が鳴滝に声をかけた。

「あ? あ、あぁ……」

 鳴滝は忠勝の問いかけに気のない返事をする。忠勝の方を一瞥すらしない。

「この白味噌、不二川の奴が持ってきた本場京都のやつらしいぜ」

「あぁ、そうかよ……」

 続けてされた忠勝の投げかけにも、鳴滝は適当に返す。

「豚肉は九州の黒豚、熊飼のイチオシだってよ」

「……ふーん」

 忠勝は気にせず言葉を続ける。

「ネギはお前ら……」

「おい……」

 さらに続けようとした忠勝に流石に鳴滝もイラついたらしく、声を出した。

「……お前ら千信館のある鎌倉の鎌倉野菜……」

「だからなんだってん――」

 しびれを切らして鳴滝が初めて丼から顔を上げて忠勝の方に振り向こうとしたとき、鳴滝の頬になにか木の棒のようなものを押し当てられた。

「……あん?」

 鳴滝が冷静になって見てみると、それは忠勝の箸だった。

 忠勝は自らの箸の柄の部分で鳴滝の頬をついたのだ。

「いったい全体なんだってんだ」

 その箸を払いながら鳴滝は忠勝をギロリと睨む。

「そらこっちのセリフだ、テメェこそ一体全体どうしちまったってんだ」

 忠勝は鳴滝の凄みも受け流して、逆に問い返す。

「俺? 俺がどうしたって?」

 忠勝の問いにわけがわからないといった感じで、鳴滝が聞き返した。

「おめぇ……川神に来たばっかの時みてぇになってるぜ」

「あ?」

「張り詰めすぎてパンパンになってるって言ってんだよ」

「――ッ」

 忠勝の言葉に、鳴滝がピクリと反応する。

「何気負ってるか知らねぇけど、オメェ、何の為にモモ先輩とあそこまでド突きあったんだよ」

「源……」

「それに、そんな感じで食べられてちゃ、握り飯も可愛そうだ。これは戦えない生徒たちが自分たちも何かできなかって、必死こいて作ったもんだぜ、それをゲームの回復アイテムみたいにポンポン食べられちゃあなぁ……」

「……」

 鳴滝は黙って、忠勝の言葉を聞いていた。

「こりゃあ、親父の受け売りだけどよ……『食』っていう字は『人』を『良』くするって書くらしいぜ。人を良くしないものは、食べてるって言わねぇんだってよ」

 そう言って忠勝は山の上から一つおにぎりをとって、鳴滝に差し出すと、

「だからよ、しっかり『食べて』やれよ」

 そう言った。

「……ふん」

 鳴滝はバツが悪そうにそのおにぎりを受け取ると、一口で口の中に放り込む。

 行為としては先ほどと同じだが、幾分さきほどよりも噛み締めてる、そんなふうに見えた。

 

「……ぶほっ!!」

 しかし、次の瞬間、鳴滝は口に放り込んだおにぎりを吐き出しそうになる。

「お、おい、鳴滝?」

 鳴滝の急変に忠勝が慌てて声をかける。

 だが今の鳴滝に、忠勝の言葉に答える余裕はなかった。

 味覚をしっかりと覚醒させて食べたおにぎりから送られてきた味は、到底おにぎりからは出てこないであろうと思われる、強烈な甘味であった……しかも尋常じゃない甘味だ。

「ぐっふ……」

 しかし吐き出すわけにもいかず、鳴滝は目の前にあった丼ぶりを抱え込むと、のこりの豚汁と一緒に、おにぎりにあるまじき甘味を暴力的なまでに発散させていた口の中のものを流し込んだ。

「はー……はー……」

「おい、大丈夫かよ」

 荒い息を吐く鳴滝に忠勝が声をかける。

「ったく……なんだってんだ……握り飯の中に甘くて、柔らかくて……なんだありゃマシュマロか?」

 鳴滝の感想に、

「ああ、そういやS組の榊原の奴がさっき何個か握り飯作ってたから、それかもな。あいつマシュマロ常備してるし……まぁ、災難だったな」

 忠勝が思い出したように答えた。

「てめぇ……わざとじゃねぇだろうな……」

「んな面倒なことするかよ……」

 鳴滝に睨まれるが、忠勝はどこ吹く風といったふうに返す。

 

「まぁ、災難だっただろうけど……ガスは抜けたんじゃねぇか?」

「あ?」

「オメェ、さっきまでホントに岩みたいだったぜ。いろいろ背負ってんだろうけどよ、俺達もいるんだ、一緒にこんなナメた真似してくれた奴をぶん殴ってやろうじゃねぇか」

「源……」

 鳴滝自身、戦真館の仲間はもちろん、川神学園の人間を信じていないわけではない。

 しかし、先の邯鄲の夢において怪士に遅れをとり、最終決戦に立ち合えなかった不甲斐なさは、未だに鳴滝の胸の奥で燻っている。

 故に、なんとか自分の力で……という気持ちが先走り、それが外に漏れてたのかもしれない。

 そう言う意味では、声をかけてきた忠勝だけでなく、豚汁を忠勝に渡してくれと頼んだ鈴子もおそらく鳴滝の様子を心配して、忠勝にその役を託したのだろう。

 

 まったくなんとも――

「お節介が多いこったぜ……」

 鳴滝は小さく笑いながらそう呟いた。

「だったら、そんな心配かけさすんじゃねぇよ」

 その呟きを聞いた忠勝が、鳴滝に言う。

「あぁ、悪かったな」

 そんな忠勝の言葉に、鳴滝は素直に謝った。

 鳴滝は自分の中にあった何か、大きく硬いものが軽くなった気がした。

 否、軽くなってはいない。重さはまだ自らの腹の中に溜まっている。溜まっているが、動きづらくはない。重心が定まり落ち着いた、そんな気がした。

「悪かったな」

 鳴滝は再び同じ言葉を口にした。

「別に……おれは何もしちゃいねぇよ」

 鳴滝の言葉に恥ずかしくなったのか忠勝が視線を外してそっぽを向く。

「ふん、相変わらずだな」

 その様子を見た鳴滝が小さく笑う。

「あ? テメェに言われたくねぇよ」

 それを聞いた忠勝が鳴滝に言い返す。

 

「……」

「……」

 

 一瞬の沈黙のあと。

 

「ふんっ!」

「はっ!」

 

 二人は同時に視線をそらすと、丼ぶりに残った豚汁を互いに掻き込み始めた。

 二人共視線を合わせない。

 しかし、その口元は二人共かすかに笑っているように見えた。

 

 そんな時、扉を勢いよく開けて一人の従者が文字通り転がり込むように体育館に入ってきた。

 

「おい! そんなに慌ててどうした? 深呼吸したあとで構わんしっかり報告しろ」

 それを見た英雄が駆け込んできた九鬼の従者に声をかける。

「すー……はー……すー……はー……ありがとうございます、英雄様」

 九鬼の従者は何回か深呼吸すると、英雄に礼を言う。

「うむ! それで、どうしたというのだ」

「はい……」

 英雄の言葉に従者は一瞬言葉につまるが、意を決したように報告を開始した。

 

「只今、偵察隊の定期連絡が入りまして、現在ブラッククッキーの大群が川神学園に向けて進軍を開始したとの事です! その数、先だっての襲撃の二倍以上!!」

 

――ざわり。

 

 体育館全体がざわめいた。

 川神学園防衛の最後の決戦が開かれようとしていた。

 

 

―――――

 

 

 コッ、コッ、コッ。

 

 四四八は自らの靴が鳴らす足音だけを耳にしながら、九鬼の本社ビルへと通じる地下通路を歩いていた。

 ここまで来るために街を突っ切ってくる際、ブラッククッキーの襲撃は受けたが、この通路に入ってから敵からの襲撃の気配はまるでない。

 それどころか、物音一つしなく、怒声、剣撃、大声が飛び交っていた外とは別の世界に迷い込んだかのような錯覚さえ受ける。

 

 コッ、コッ、コッ。

 

 そんな静寂に包まれた通路を四四八は一人、歩いている。

 敵の気配どころか、人の気配すらない。

 しかし、それを補って余りあるほどの巨大な気配が、自らの向かう先に存在していることを四四八は感じている。

 

 そして長い、長い通路を抜けた先に、その気配の主が立っていた。

 

 対峙して始めて四四八が感じた印象は――巨木。

 並大抵の巨木ではない。

 数千年の時を過ごし、嵐にも、地震にも、あらゆる災害に屈することなく、ふてぶてしいまでに太く、大きく地面に立っている、もはや森と同義の存在にまで成長した巨木。

 そんな巨木――ヒューム・ヘルシングは黒く変色して、そこに佇んでいた。

 獅子の鬣のような見事な金髪も、今は黒く染め上がり、眼は紅く発光し、口から吐き出される息さえも、黒かった。

 

 ヒュームはただ、立っている。

 巨木がだたそこにたっているのと同じように無造作にたっている。

 

 だが、その存在感は圧倒的であり、威圧的であった。

 樹齢千年以上の巨木がただたっているだけで他者を圧倒するように、ヒューム・ヘルシングもただ立っているだけで、圧倒的な存在感を放っていた。そして多少の武芸に通じたものであっても、彼のもとにたどり着くことなくへたり込んでしまうであろうと思われるほどの威圧感を、ヒュームは樹木が光合成をするかのように自然に周囲に発散していた。

 

 これが本気のヒューム・ヘルシングの自然体なのだ。

 

 そんな圧倒的な威圧感を真っ向から受け止めて、四四八はヒュームの前に立つ。

 

 四四八は自らの首を差し出す覚悟をしている。

 それはこの戦いで、ということではない。

 この戦いのあと、自分たちの責を問われたとき被害を受けた人々に報いるために、自らが身を賭す覚悟をしている。

 故に、目の前の人物に謝罪の言葉を掛けるのも、今ではないと知っている。

 

 四四八は印を結んで、(しゅ)を紡ぐ。

――地・水・火・風・空(オン・アビラ・ウンケン・ソワカ)……

 四四八の双眸が翠色に燦然と輝きだす。

 

「……ヒュームさん」

 四四八がゆっくりと旋棍を構える。

「しゅぅぅぅぅぅ……」

 その闘気に反応するかのようにヒュームが大きく息を吐く。

 

 それを見た四四八は、すぅ……っと息を大きく吸うと、

「戦真館! 柊四四八!! 推して参いりますっ!!!!」

 裂帛を轟かせ、駆け出した。

 

「ジャアッ!!!!」

 その動きにヒュームが反応する。

 

 直後、巨大な二つの気が、九鬼本社ビルの前で激突した。

 

 柊四四八が最強に挑む戦いの幕が今、切って落とされた。

 

 

―――――

 

 

 川神百代はつい数時間前に、普段と変わらぬ様子で妹と共に出て行った門を見つめていた。

 川神に象徴とまで言われる川神院。

 その窓口である門は一種の観光スポットにもなっている。

 しかし、いつもは朱に染まっている門は今、おどろおどろしいまでの黒色で染まっていた。

 洗脳された鉄心の影響が、外部にまで及んでいるということだろうか。

「……寺のみんなは……無事みたいだな」

 気配を感じた百代が呟く。

 

 川神を突っ切ってきた時も、この川神院の前に立った時も、川神の修行僧には出くわしていない。敵に操られているかとも懸念したが、どうやらそういうわけでもなさそうだ。

 気配を感じ取るという情報だけが頼りだが、どこか川神院の奥にまとめて閉じ込められているといったところだろうか。

 

 そして、その百代の予想は当たっていた。

 

 川神院の修行僧達は川神院の一室に閉じ込められている。

 一般人よりも精神操作に耐性のある川神院の修行僧達を操る時間を惜しんだ神野が、取り敢えず邪魔をされないようにと一箇所にまとめて閉じ込めてあるのだが、それは川神院の一番奥の部屋となっており、そこにたどり着く為には……

「……じじぃ」

 百代はその途中に鎮座する、桁違いに大きい気配に向けて呟いた。

 家族のように過ごしている修行僧の皆を助けたいという気持ちはあるが、その前に鎮座している鉄心がそれを許すとも思えない。

 

 ならば、選択肢は一つしかない。

 

 生きながらにして伝説的な存在となっている祖父を打倒し、川神院を取り戻す。

 

 百代は一つ大きく深呼吸をすると、意を決して、歩み始めた。

 

 見慣れた景色の見慣れない雰囲気の中を、百代は歩いていく。

 

 今、百代の中には様々な思いが渦巻いていた。

 こんな状況にした神野という悪魔への怒り――もある。

 あんな悪魔にみすみす操られている鉄心への悔しさ――もある。

 本気の鉄心と戦えるという興味――もある。

 自らが負けた時に家族は、仲間はどうなってしまうのかという恐怖――もある。

 そして言葉にはできない奇妙な感覚、違和感――と言っていいものもある。

 戦いの前にこんなに心が渦巻いたことはない。

 かつての自分は戦いの前、良くも悪くも、何も考えてはいなかった。

 

 この状況がいいか悪いか、自分では判断できない。

 だがそんなことを考えている今の自分のことが、百代は嫌ではなかった。

 これが今の自分なら、そのままひっくるめて受け入れてやろうという気になっている。

 様々な思いが渦巻いてはいるが、心は不思議と凪いでいた。

 おそらくそれは、腹をくくっているからだろう、と百代自身は感じている。

 自らの中の獣が猛っているのがわかる。

 同時にその獣を御している自分がいることもわかっている。

 とにかく今ある全てをぶつける、そういうことだけを百代は決めている。

 

 鉄心の強さは、理解している。

 おそらく自分が一番、理解している。

 だからこその決断。

 全身で、全霊で、全力で、鉄心と向き合う。

 

 ゆっくりと進めていた歩みはついに、鍛練場で止まることになった。

 

 鍛練場には百代を待ち構えているかのように鉄心が静かに佇んでいた。

 

 鍛練場の中央に、鉄心が胡座をかいたまま宙に浮かんでいる。

 その周りに纏う気が黒い。

 常に手入れを怠らなかった純白だったはずの髭が黒い。

 そして常に着用している袴までもが、黒かった。

 

 見慣れすぎた人物の、見慣れない様相。

 先程まで渦巻いていた感情が、ふつふつと煮えたぎり百代の身体を熱くしていく。

 

「じじぃ……」

 百代はつぶやくと同時にぎりりと、拳を握り締める。

 

「じじぃ――」

 同じ言葉を繰り返し、百代は歯を食いしばる。

 

「じじぃっ!!!!」

 三度目は声を張り上げて、鉄心を睨みつける。

 

 その声に反応したのか、

「喝ァーーーーッ!!!!」

 鉄心は両目が見開いて、黒い闘気を発散させた。

 

「じじぃぃぃーーーッ!!!!!」

 百代はそれに応えるように、溜め込んだ気を一気に発散しながら鉄心に向かって飛びかかる。

 

 初撃のぶつかり合い。

 それでも二人の闘気の激突で、鍛練場の大気は揺れ動き、閃光のような爆発を起こす。

 

 次の瞬間、爆発のせいか互いに衣服から小さな煙を上げながら、鉄心と百代は始めの位置に戻り視線を交わす。

 

「じじぃ――私は今日、じじぃを助けるために、じじぃを超えるッ!!!!」

 

 川神百代が伝説に挑む戦いの幕が、切って落とされる。

 

 先ほど百代が感じていた違和感は、鉄心と対峙したとき、大きく決定的なものになっていた。

 

 しかしその正体を、百代は今だ、掴めずにいた。

 

 

―――――

 

 

 川神学園の周辺は夥しい数のブラッククッキーが埋め尽くされていた。

 空からこの様子をみたら、黒い何かが学園を取り囲んでいるのではなく、黒い何かの中に、ぽっかりと学園が浮かんでいる。そんなふうに見えたかもしれない。

 

 従者部隊からの報告を受けたあと、大和、冬馬、英雄、クラウディオが相談して現状戦力を裏門と表の校門にわけた。

 現在、ブラッククッキーの大群に隠れ、マスタークラスがどこにいるか把握できていない。

 故にどちらにマスタークラスの強敵が来ても対応できるように、部隊構成をした。

 

 主な戦力としては、先ほど鍋島の襲撃を受けた裏門には、英雄を指揮官に、冬馬、晶に火傷を癒してもらった鈴子、そのフォローで歩美、あずみ、準、小雪、心、京極、亜巳、天使、腕を癒してもらった李も参戦している。

 4人の見立てで今回、マスタークラスが襲撃する可能性が高い思われている表の校門には、忠勝を指揮官として、大和、鳴滝、長宗我部、ガクト、クリス、マルギッテ、キャップ、京、戦えないが伝令役としてクラウディオが配置された。

 弁慶、辰子、与一、一子は先の戦いで負傷や力を使い果たし、今回の戦いには参加できない。

 晶は両軍からの負傷者を一挙に請け負うことになると思われるため、体育館にその他の衛生班と共に待機。

 項羽はスイスイ号という機動力と、単体でも戦える戦闘力を兼ねているということで、外からの遊撃と救助民の有無の確認、その保護が役目とされた。

 

 グラウンドを挟み、忠勝たちはブラッククッキーと対峙している。

「まさか、お前とこうやって肩を並べて戦うことになるとはな」

 長宗我部がとなりに立っている鳴滝に声を掛けた。

「ふん」

「次会う時も敵どうしでぶつかり合うと思っていたんだが……」

 長曾我部のそんな言葉に、

「つまり! 筋肉は引かれあったということだな、うん!!」

 ガクトが一人ウンウンと頷きながら納得している。

「なんだそりゃ……」

 あまりの突拍子もないガクトの返しに気の抜けたような顔をする鳴滝

 しかし、そんな鳴滝をよそに長曾我部は、

「なるほど、確かにそういうことか……」

 と腕を組みながら頷いていた。

「おい……おまえら真面目にやれよ……」

 そのやりとりを聞いた忠勝が呆れたような声をかける。

 

 その時、

「動いた!!」

 大和の鋭い声が響く。

 

 深夜の海のように、黒く広く広がっているブラッククッキーが一斉にグラウンドに雪崩込んできた。

 

「さっきより怪我人も一般人も多くいる! 学園には一匹たりとも入れんじゃねェぞ!!」

 忠勝の檄に、

『オオッ!!!!!!!!!!!!!』

 戦闘に参加している者たちから声が上がる。

 

「いくぞぉっ!!!! 突撃ぃッ!!!!」

 忠勝の言葉を合図に、川神の生徒たちも一斉にブラッククッキーへと向かっていく。

 

「この戦いが終わったら、四国のご当地サイダーで乾杯といこうじゃないか!」

「俺様はプロテインでもオーケーだ!」

 長宗我部もガクトもそれぞれ鳴滝に声をかけて駆け出していく。

「ったく、勝手なことばっか言いやがって」

 そう呟く鳴滝の口元はかすかにほころんでいた。

 

 鳴滝の前にも無数のブラッククッキーが襲いかかってきた。

 それを見た鳴滝が深く呼吸を始める。

「コオオオオオオ……」

 そこらじゅうの空気を根こそぎ吸い尽くさんばかりに深く呼吸する。

「コオオオオオオ……」

 ブラッククッキー達はもうそこまで来ている。

 急いではいる。急いではいるが、慌てない。

 その呼吸で、鳴滝は全身に力を溜める。

 温度を上げる。

 粘度を上げる。

 圧力を上げる。

 細胞の一つ一つがパンパンに膨れ上げり今にもはち切れそうになった瞬間、鳴滝は一歩足を踏み出した。

 フットワークを使うようにつま先から踏み込む一歩ではない。

 踵から、足の全体でしっかりと地面を踏みつける。

 

「らあっ!!!」

 鳴滝が拳を振るった。

 踵で生み出した力を、足首、ふくらはぎ、膝、腰、背、肩、肘、手首を通して拳に伝えた一撃は、飛びかかってきた無数のブラッククッキーをまとめて粉々に砕いた。

 

「らあっ!!!」

 鳴滝はさらにもう一歩、逆側の足を踏み出して、先程とは逆の拳を振るう。

 その一撃で、次のブラッククッキーのまとまりも粉砕する。

 

「かああっ!!!」

 鳴滝が鋭く息を吐く。

 かかってこいと、言っている。

 俺に向かって来いと、咆哮する。

 

 その意に反応してブラッククッキーが群がるように鳴滝に集まってくる。

 

 学園防衛の最終決戦の火蓋が今、切って落とされた。

 

 

―――――

 

 

「せやあっ!!!」

 由紀江は日本刀を鋭く振り、飛び込んでくるブラッククッキーをまとめて一刀のもとに切り伏せる。

「ヘイ! ヘイ!! ヘイ!!! テメェ等みたいなファックなガラクダ共はスクラップになって、リサイクルされちまいな!!!」

 ステイシーが両手にもったマシンガンをブラッククッキーの群れに向けて掃射する。

 

 いうなれば、敵の本拠地だ先ほどブラッククッキーが出て行ったが、それでも大量という言葉では表せないほどのブラッククッキーが、由紀江とステイシーを取り囲んでいる。

 

「ったく、キリがねぇな」

 ステイシーがマシンガンのマガジンを交換しながらボヤく。

 由紀江とステイシーは栄光とクッキーが入っていったであろう正面玄関の扉を背にして戦っている。

 今のように少人数で大群を相手にするのであれば、通常ならば一箇所にとどまらずに分散して戦うのがセオリーなのだろうが、由紀江とステイシーの役目は、栄光達が挟み撃ちになら無いようにこの扉を守ることだ。

 

 したがって形勢は非常に厳しいと言わざるを得ない。

 

 そんなことはステイシーもわかっている、わかっているが、愚痴の一つもこぼしたくなるくらいに、周りを囲んだブラッククッキーの数は尋常じゃなかった。

「いつまでやればいいのかねぇ」

 ステイシーの口から再び愚痴が溢れる。

 いつまで、それは栄光とクッキーが研究所内の防衛網をくぐり抜けて、メイン制御室を破壊するまでだが、それはいつになるかわからない。二人が途中で敗北する可能性も、低くはない。

 独り言のような愚痴だったが、その言葉に由紀江が反応した。

 

「勝つまでです!!」

 由紀江の力強い声が響いた。

「勝つまで、続けるんです」

 自らに言い聞かせるように、再び由紀江が繰り返した。

 

――栄光がブラッククッキーを止めるまで、戦い続けるのだという決意。

 

 その言葉を聞いたステイシーは一瞬、驚いたような顔をしたが、次の瞬間ニヤリと笑い、

「いいねその言葉! ロックじゃねぇか!!」

 マシンガンを構える。

 

「んじゃ、勝つまで続けるぞ! ロックンロール!!」

「はい!!」

 その言葉を合図に、再び銃撃と剣撃がブラッククッキーに向けて放たれた。

 

 その時、今までまるで感じられなかった巨大な気が、ステイシーの頭上に現れた。

 

「ステイシーさん!!!」

 由紀江が鋭く叫ぶと、ステイシーの身体を思いっきり蹴って強引に吹き飛ばす。

「のわっ!」

「きゃしゃあ!」

 ステイシーが歩幅一歩分後ろに動かされた瞬間、獣の様な奇声をあげながら今までステイシーいたところに人が落ちてきて、その足で地面を抉りとっていた。

 そこにステイシーがいたら、頭をごと潰されていたかもしれない。

 この人物はおそらく気配を完全に消して、研究所の建物の上から襲撃してきたのであろう。

 

「はあっ!!」

 由紀江は落ちてきた人物に向かって刀を凪ぐ。

「きいぃ!」

 再び獣の様な声を上げながら、その人物は由紀江の刀を靴の底で受け止めると、由紀江の力を利用して身体をうかせて、距離をとることに成功する。

 

――そこには、瞳を赤く染めた釈迦堂刑部がたっていた。

 

「サンキューな……なるほど、ここのラスボスの登場ってわけか」

 ステイシーの言葉に由紀江も、

「強いです……攻撃の直前まで気を感じることができませんでした」

 声を固くする。

 

 しかしそれも、一瞬だった。

 由紀江はすぅっと息を吸うと、

「あの人は、私が御相手いたします」

 そう、宣言するように言い放った。

 

「出来るのか?」

 ステイシーが問いかける。

「わかりません……でも、やるんです!!」

 由紀江が答える。

「いいね、黛由紀江! アンタ、ロックだよ!!」

 由紀江の答えを聞いたステイシーは、

「ガラクタの相手は私に任せな! 一体もとおしゃしねぇよ!!」

 そう言ってマジンガンを乱射し始めた。

 

 由紀江は刀を正眼に構えて、釈迦堂を見据えている。

 釈迦堂は特に構えもせずに佇んでいる。しかしその猛獣の様な眼光が、由紀江を射抜いている。

 

 ひゅううううう……

 由紀江が口をすぼめて息を吐く。

 きぃぃぃ~~~~……

 釈迦堂の口から奇声が漏れる。

 

「ひゅっ!!」

「きぃっ!!」

 二人の闘気が交差する。

 

 黛由紀江の絶対に負けられない戦いが、今、切って落とされた。

 

 

―――――

 

 

 グラウンドでは一進一退の攻防が続いていた。

 否、押しているのは学園側だ。

 もともと防衛側の方が有利と言われる中で、さらに鳴滝が獅子奮迅の活躍をしている。

 現在グラウンドの半分より先にブラッククッキーは侵入できないでいた。

 

 そんな時、()()()()()()

 地震――ではないことは、その揺れが断続的で規則正しいことでもわかる。

 

 ずしん、ずしん。

 

 揺れとともに、なにかとてつもなく大きなものが動く音も聞こえる。

 

 そして――()()()()()()()越えながら一体の巨大なブラッククッキーが姿を現した。

 

「なっ!!」

 それを見た大和が息を飲む。

「まさか……あれは……」

 隣にいたクラウディオが驚愕の表情を顔に浮かべる。

「クラウディオさん、あれはなんなんですか!」

 大和が慌てたようにクラウディオに問いかける。

「おそらく……としか言えませんが、あれは汎用高機動型兵器・クッキー5を模して作られたもの、だと思われます」

「汎用高機動型・クッキー5?」

「はい、未だ設計段階でオリジナルのクッキーにもその機能は搭載されてはいませんが、データは研究所に存在しています」

「それを見た神野がブラッククッキーをこねくり回して創り出した……あまり聞きたくないんですけど、強さはどれくらいのスペックなんですか?」

「一般人の搭乗により、マスタークラスと戦える性能にしてあります」

「……一般人が搭乗しない場合は?」

「メインコンピューターによってリミッターの設定がなされます」

「メインコンピューターが乗っ取られている場合は」

「……おそらくリミッターは解除されたものと思われます」

 クラウディオの言葉にヤマトは唇を噛む。

 

 拠点攻略にこれほど適したモノもないだろう。

 純粋にその10m近い巨体だけでもまず攻撃手段がない。

 純粋に考えれば遠距離攻撃なのだろうが、装甲を見るに生半可な弓矢や銃器などものともしないだろう。こちらの対抗手段として挙げられるのは与一か歩美ぐらいなものか。

 そして、与一はいまだ体育館で意識を失っており、歩美は裏門の攻防に回ってしまっている。

 

 そして次に防御。

 あの巨体から繰り出されるパワーは如何程のものだろうか。

 普通に考えて、絶対に当たってはいけない。

 クリスや一子程度ではいつか捉えられてしまうだろう。

 マルギッテの防御は旋棍を中心に、受けに回るからダメだ。

 一発も当たらずにスピードで翻弄するという意味ならば、由紀江、鈴子、水希、義経くらいの疾さがないと無理だろう。

 由紀江は研究所、鈴子は手負いでしかも裏門にいる、水希、義経は神野との戦い……

 故に、大和は唇を噛む。

 人選を誤った。と。

 ここまで戦闘が進んだ中、主力の交換は不可能だ。

 

 そんなとき、大和の横からのそりと巨大な岩が動く。

 

「安心しろ……あいつの相手は……俺だ」

 鳴滝が巨大なブラッククッキー――マガツクッキーを睨みつけながら言い放つ。

「鳴滝……」

「お前は源と一緒に、あのデカブツの周りにほかの奴が入らねぇように指示出しとけ」

「……うん、わかった」

 鳴滝の言葉に大和は頷く。

 鳴滝がマガツクッキーに向かって歩みをはじめる。

 

「鳴滝ィ!!」

 そんな鳴滝の背に忠勝の声がかけられる。

 鳴滝がそちらを向くと、忠勝は何も言わず自らの胸、心臓のあたりをどん、と拳で叩く。

――忘れんな、俺達もいる。

 そんな意味だろうか。

 少なくても鳴滝はそうとった。

 そして鳴滝は、

――わかってる、まかせろ。

 そんな意味を込めてドン、と自らの胸を拳で叩く。

 

 二人は同時に視線を外す。

 もう、振り返らない。

 

「いいぜ、デカブツ、相手にとって不足はねぇ」

 

 鳴滝は規格外の戦闘兵器にむけて、一歩、また一歩と歩みを進めていった。

 

 

 




 今回も様々な場面をまとめて書いてみました。
 色々な方が予想をしてくださいましたが、不明なマスタークラスは、釈迦堂とマガツクッキーです。
 八命陣の敵キャラをお望みだった方は申し訳ございません。

 なんか、書いているうちに量が増えていって、果たして年内完結できるのか、自分でもわからなくなってきましたが、確実に話は進んでますので頑張っていこうと思ってます。

 お付き合い頂きまして、ありがとうございます。

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