戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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え?モンハンですか?やってますが何か?
(訳:遅くなってホントにごめんなさい)


第五十三話~酔龍~

「せいっ、やっ!」

 裂帛の気合いと共に放たれた一子のしなやかな蹴りが、飛び込んできたブラッククッキーの首に決まる。

 現在一子は素手。薙刀は先ほどからの連戦に耐え切れず、根元から折れ曲がり向こう側に転がっている。

 それでも一子は折れずに戦い続けている。

 

 一子はかつて経験したことのない大量の敵との戦いの中で、感じている。

 ああ、この時のためにあったのか、と感じている。

 何をか――稽古が、である。

 ここにきて一子の身体を支えているものは二つだ。

 一つは心。

 川神を仲間と共に守りたいという、心。

 ルー師範を救いたいという、心

 その心が一子を支えている。

 そして二つ目は何か。

 

 それが稽古だ。

 

 毎日何キロ走ったのか。

 毎日何時間薙刀を振っていたのか。

 毎日どれだけ川神院で打ちのめさせれたのか。

 毎日どれだけの反吐(ヘド)を吐いたのか。

 毎日どれだけの悔し涙を飲み込んだのか。

 

 全てが今、自身の糧になっていることを一子は実感していた。

 

 身体は疲れている、ヘタれいる。が、まだ動ける。

 身体は傷つき、弱っている。が、まだ戦える。

 

『一子ォ! 足の先まで神経をとどかせテ。相手にぶつかるのは足の先なんだからネ!』

 尊敬する師であるルーの声が頭に響く。

――はい!

 一子は心の中で答え、同時に口からは掛け声を放つ。

「ていっ、やっ!」

 掛け声とともに一子は回し蹴りを放った後に、着地した足をさらにもう一度伸び上げ、振り上げた足を踵から勢いよくブラッククッキーの頭上に叩き落とす――川神流 天の槌。ルーから教えられた一子の得意技の一つだ。

 

『ワン子!! 相手から一瞬でも視線をそらすんだ、相手の視線と気配は常に感じて蹴り上げろ!!』

 心の底から大好きな姉である百代の言葉がよみがえる。

――はい!!

 再び一子は心の言葉に答える。

「せえぃ!」

 天の槌でブラッククッキーの頭を破壊した一子は、打ち下ろした足を再び踏切り、バク転の要領で足を振り上げながら一回転して、横にいるブラッククッキーの顎を打ち上げる――川神流 鳥落とし。俗に言うサマーソルトだが、この技は百代から教わったものだ。

 

『一子や、この技は非常に危険じゃ。じゃが、お主なら使い場所を間違えず使えると信じておる……よいか、この技のポイントは手ではなく、足元じゃ。足の指先から踏み込んだ力を身体全体を通して、手まで届かせる。拳でなくても構わん、掌でも十分効果がある』

 親愛なる義父・鉄心の教えが思い出される。

「はいッ!!!」

 最後は心の言葉を裂帛として放つ。

 鳥落としのバク転を綺麗に着地した一子は、そのまま膝を曲げて衝撃を残すと一歩大きく踏み出し伸び上がると同時にブラッククッキーの胴に掌を持ち上げるように叩きつける――川神流 蠍撃ち。これは鉄心が初めて教えてくれた、一歩間違えれば相手を普通の生活に戻れなくする程に危険な技だ。

 

 川神一子が過ごしてきた一日、一分、一秒が糧となっている。

 川神一子が経験した、一つ一つが糧となっている。

 

 一子は止まらない、動き続ける。

 一子が亀だとしたら、向こう側でルーと戦っている鈴子は新幹線、最終目標である百代はロケットだろうか。

 それでもいい、それでもかまわない。

 亀だろうがなんだろうが、歩き続ければ、いつかは彼女たちが通った地点を通過する。

 肝心なのは歩み続ける意志と覚悟だ。

 だから、一子は動き続ける。前へ、前へ……

 まずは、ルーを助けるところまで、たどり着く。

 その為の歩み、止められない、止めるわけがない。

 

「やあっ!!」

 終わりが見えずに襲い掛かってくるブラッククッキーを一人で奮闘しながら、一子は動き続ける。

 それが、ルーを救うことになると愚直に信じ、一直線に、真っ直ぐに。

 それは見るものが見れば輝くようにうつったかもしれない。

 

 この戦いの中で光るのは川神一子の(イクサ)(マコト)なのだ。

 

 

―――――

 

 

「はあっ!」

「ひゅッ!」

 鈴子の掛け声と、李の吐く息が重なる。

 ルーの左右から薙刀とワイヤーが同じタイミングで襲い掛かった。

()ァッ!」

 ルーはその左右の攻撃を、身体をぐにゃりとしならせて躱す。

「せいっ!」

「つッ!」

 鈴子と李は続けざまに攻め立てる。

 今度は若干の時間差をもって、薙刀と苦無がはしる。

()ィイッ!!」

 この連携を、ルーは思いもよらない形でさばいて見せた。

 

「ちょっ!」

 ルーは先に来た薙刀の一撃をかわすと、身体をクルリと回転させて鈴子の間合いに入ると、なんとそのまま鈴子に寄りかかるように身体を預けてきた。

 そして、そのまま鈴子に体重を預けると、足を浮かせて回転させ、襲い来る苦無を蹴りで叩き落とした。

「もうっ!!」

 鈴子がルーの身体を跳ね除けようといたときは、既にルーは自ら地面に降り立って、二人から飛びのき距離をとっていた。

 相変わらず、身体はゆらりゆらりと、揺れている。

 

「まったく……やりづらいったら、ありゃしない!」

 鈴子が毒ずくと、

「私もこれ程の酔八仙拳の使い手とまみえるのは、初めてです……」

 李も顔をしかめる。

 

 例えるならば宙に浮いた羽毛だろうか。

 ふわりふわりと掴めずに。

 ゆらりゆらりと逃げられる。

 かと思うと烈火のような一撃が、獲物を捕らえる蛇のように急所目がけて襲い掛かってくる。

 するする、ゆるゆる、ふらふら、くらくら……およそ戦いには相応しくない形容詞の付きそうな動きをしながら、刹那の瞬間に伸びてくる必殺の一撃。

 なんともやりにくく、そして……至極、エゲつない……。

 

「さてと……どうしたもんかしら」

 鈴子の思案に、

「……私が、足を止めます」

 李が答えた。

「でしたら、私が切り込みます」

「はい、お願いします」

 互いに迷いのない言葉。

 どちらが何を、どうやればいいのか、互いに最善手を提案しそれに対して返す。

 その土台にあるのは――信頼。

 互いのを信頼しているからこそ、任せるべきところを、任せられるのだ。

 鈴子は切り込むといった、具体的な事を李は問わない。

――鈴子が作った隙で標的の足を止める。それが李の役割であって、過程は関係ない。

 李は足を止めるといっていた。どうやってと、鈴子は問わない。

――鈴子が考えるべきはルーを捕捉し隙を作り出すこと。そうすればあとは李の役目だ。

 互いが互いの実力を信じているからこそ生まれる連携。

 それは即興であっても、熟練のプレイヤーが奏でるジャズの様な調和を生み出すことができるのだ。

 

――つっ、と鈴子が動き始める。

――すっ、と李が気配を消す。

――ぬるり、――ゆらり、とルーが反応する。

 

 トン、トン、トン、とリズムを刻むように、鈴子が左右にステップを踏みながら動き出す。

――トントントントン。

 鈴子の刻むリズムが、だんだんと小刻みになっていく。

――トントントントントン。

 鈴子の刻むビートが、心臓が早鐘を打つかのように高まっていく。

――トントントントントントントン。

 鈴子のリズムが最高潮に達したかと思われたと同時に、鈴子の身体がフッっと掻き消える。

 

()ィィッ!」

 次の瞬間、ルーは自らの後ろに向かって腕を振る。

 ルーの腕が鈴子の()()を切り裂さいた。

 マスタークラスのみがなし得るであろう、予知にも似た読みの境地。それすら凌駕するほどに、高めた鈴子の迅の戟法。

 一陣の風の様に凛子はルーの周りを踊り、舞う。

 そんな鈴子という名の疾風の中でルーは風に運ばれる羽毛のようにふわりふわりと身体を動かしながら、そのゆったりとした動きとは裏腹に、余りの速さに生まれてきた鈴子の残像を悉く打ち消していく。

 その狙いが、徐々に徐々に、鈴子に近づいていく。

 鈴子は全てわかったうえで動き続けている。

 そして遂に、ルーの腕が鈴子を捉えるかと思われたその時、鈴子は手に持った薙刀を思いきり地面に突き立てて、その柄を中心にポールダンスのダンサーの様にクルリと身体を回した。

 その動きでタイミングをずらされた、ルーの腕が鈴子の鼻先をかすめながら飛んでいく。

 それを目で追いながら、鈴子は回転の勢いそのままにルーに膝をぶつける。

「――っつう!!」

 今まで鈴子が溜めに溜めてきた疾さがそのまま乗った一擊。無論、鈴子の身体も無事ではないが……

 攻撃直後の刹那の瞬間を狙われ、ルーの身体が初めてグラついた。

 

「――シッ!!」

 その隙を逃さず、李がどこからともなく、すぅと現れるとルーに向かい苦無を投げつけた。

 ルーはそれを体勢を崩されながらも、上半身を大きく動かして苦無を躱した――李の()()()()に。

「――ッ!!」

 避けた苦無がルーの影に突き刺さった瞬間、ルーの顔に動揺が走り足がピタリと待った。

 

――影縫い。

 古来より日本の忍びが使っていたという忍術の一つ。

 実際は暗示の類の技だが、李が使ったのはもっと単純だ。

 李が投げた苦無には、九鬼が医療用に制作した特殊な瞬間接着剤――接着剤は元来医療用に開発されたものだ――が衝撃と同時に半径1メートルに広がるようになっている。

 この苦無が刺さった半径1メートル以内にいる物体は、瞬間的にその場に固定されることになる。

 現代の技術が生み出した、現代版の影縫い。

 鈴子の不意の一擊と、李の虚を突いた術理でルーに一瞬だが、完全な隙ができた。

 

「せええいっ!!!」

 その隙を逃さず鈴子が薙刀の一撃をルーに叩きつける。

「がっ!!」

 その一撃で吹っ飛ぶルー。

 それでも鈴子の一撃を喰らいながらも靴を脱ぎ捨て身体を浮かせ、李の影縫いから脱出したのはまさにマスタークラスの所業だろう。

 しかし、それでも大きく飛ばされ決定的な隙を晒したのも事実。

 

「――終わらせて――いただきますっ!!」

 

 そこに李が追撃をかける。

 この時、李の心にはある一つの決意があった。

 おそらくこの時の李の決意による変化は、仮にステイシー等のごく親しい人間が近くにいたとしても感じ取るのは難しかったであろう。

 いや、もし親しい人間がこの場にいたら、尚一層、隠業の奥底にその変化は隠されたかもしれない

 それ程までに微妙で、しかし重要な機微。

 

 だが、それを感じ取った者がそこにいた。

 

 何故その者がその機微を感じ取れたのか――それは李と同じ(たち)を持っていたから。

 大雑把にまとめてしまえば、同類ということだ。だからこそ、その者――鈴子は李の機微を感じ取った。

 そしてそれを感じた鈴子がとった行動は、

「――なっ!」

 李が止めを刺そうと追撃をかけようとした時、ルーと李の間に身体をねじ込み、李の止めが届く前にルーに一撃を放ったのだ。

「っせあ!!」

 強引な割り込みからの、強引な一撃。

 故に威力も十全とはいかず、鈴子の一撃を腕で受け止めたルーは吹き飛びながらも、両足で着地し体勢を立て直した。

 

 距離が空き、再び開始の時と同様にルーと二人は向き合った。

 

 鈴子はルーを見ていた。

 しかし李はルーを見ずに、鈴子の後ろ姿を見ていた。

 李には先ほどの鈴子の行動が、まったく理解ができなかった。

 

――なぜ自分の動きを邪魔したのだろうか。

 

 李と鈴子は即興のコンビである。

 したがって、意思疎通がうまくいかずお互いがお互いの動きを邪魔してしまう可能性はもちろんある。それに、今回に関しては完全に李の独断。故に、鈴子が図らずも自分の攻撃時に割り込んでしまったということは考えられなくもないのだが、やはり李は違うと感じた。

 鈴子は明確な意図があり、李の攻撃を止めた。

 李はそう感じていた。

 

「何故――私の攻……」

「ダメですよ、李さん」

 李が鈴子の行動を問おうとした時、鈴子が李に言葉をかぶせてきた。

「え?」

 自分の発言を覆われて、思わず問い返す李。

「それは、ダメですよ、李さん」

 そんな李に、鈴子は再び同じ言葉を重ねた。

「……ダメ……とは?」

 思わぬダメ出しに、李は再び鈴子に問い返した。

「私……李さんがさっき何考えたか……わかっちゃうんですよ。だから、ダメなんです」

「え?」

「同類……って言い方はあんまりいい響きじゃないんですけど……まぁ、つまりはそういうことです」

「いや……すみません、言っておられる意味がよくわからないのですが……」

 革新的な部分をぼかした鈴子の言葉に李が眉をひそめる。

「……正直、自分のトラウマみたいなものなので、あまり言葉にはしたくないんですけど……」

 李の言葉に鈴子も言葉を濁すが、意を決したように口を開く。

 

「李さん……李さんは、ルー先生のことを“殺す覚悟”がありますよね」

 

「――ッ!!」

 鈴子の言葉を聞いた李の顔に驚愕の色が浮かぶ。

「なにも、はなから殺そうと思っているわけじゃないのは知っています。だけど、結果として……一歩届かずに……そんなことが重なってルー先生の命を消してしまったとしても、李さんはそれを背負う覚悟をしてますよね……という意味です」

「どうして……」

 鈴子の言葉があまりに核心を突いていて、李は思わず言葉を詰まらせる。

 

 暗殺者に育てられ、幼い頃から暗殺を仕事として生業にしてきた、李静初。

 彼女は知っている。

 人間のどこの部分をどうすれば、静かに、速やかに目標の命の灯火を消せるのかを。

 

 殺すという事柄について特別な感情を持てない

(たち)である、我堂鈴子。

 彼女は思っている。

 殺人とは、肉体の重要器官をある一定以上破壊すれば生命活動は止まるという、ただの方程式であると。

 

 互いに、殺人という作業において稀有な才能を持つ二人。

 二人とも血に対する嫌悪感はない。

 故に、なろうと思えば阿修羅になれる

――だが。

――だが、しかし。

「でも、それじゃあ、ダメなんですよ」

 鈴子が先ほどと同じ言葉を繰り返す。

 

「李さんの気持ち……というか、覚悟みたいなものとても良くわかるんです。でも、ダメです。今回は……ダメなんです。ルー先生を殺しちゃ、ダメなんですよ」

 鈴子はの言葉は李に語りかけると同時に、自分ににも言い聞かせているようだった。

 そして、

「ここでルー先生を殺したら、私達の負けなんですよ!」

 強い瞳で言い放った。

「我堂様……」

 

「仮にルー先生を殺してしまっても、もしかしたら皆は私たちを責めないかもしれない……いや、多分責めないと思います……だけど、川神先輩は、川神院の人たちは、そしてなにより一子は自分を責めます、悔やみます。そして、私達もそれを忘れないのでしょう……それは全っ然! ハッピーエンドじゃない! そんな妥協案みたいな結末、この戦いでは選んじゃダメなんです!! それを選んだら、あのキチキチ気持ちの悪い笑い声をしてるモテなさそうなストーカー男の思う壺なんですよ!!」

 鈴子が初めて、李の顔を見て語りかける。

「甘っちょろくても、生温くても、今の私たちはご都合主義みたいなハッピーエンド以外認めちゃいけないんです」

 そして

「だから、李さんが覚悟したその気持ちは、絶対に実行しちゃ、ダメなんです……」

 鈴子は三度(みたび)同じ言葉を繰り返した。

 

 鈴子の言葉が途切れると李は、

「申し訳ありません、確かに私が浅はかでした……」

 そう言って、小さく鈴子に頭を下げた。

「甘い……と、思いますか?」

 頭を下げた李に鈴子が問いかける。

「甘い……とは思います……そして、難しいな、とも思います……ですが……」

「ですが?」

「ですが……そのお考え、私は素敵だと思います」

 そう言って、李は小さく微笑んだ。

「ありがとうございます。李さんならそう言ってくれるんじゃないかって思ってました」

 その微笑みを見た鈴子も小さく微笑む。

 

「しかし……」

 李は笑みを消すと真剣な顔で、このやり取りの間にも攻撃をしてこず、向こう側でただ二人の成り行きを静かに見ているルーに視線を投げる。

「しかし……そうなりますと、再びあのルー様から一本取らねばならなくなりました。同じ手は通用しないでしょうし……なかなか骨が折れそうです」

 そう言って李は眉をひそめる。

「でも……それでも、やらなければならないんです」

「はい」

 鈴子の言葉に、李が頷く。

 二人の気の動きに反応したからだろうか、ルーの身体がゆらりと動き始める。

 

「李さん、これ……」

 鈴子はルーから視線をそらさずに、自らの右手で李の右手に触れる。その手には何もないように見える。

「コレ……は……」

 しかし鈴子の右手に触れられた李は、驚いたように目を見開いた。

「使ってください」

「――わかりました」

 鈴子の短い言葉で全てを察したのだろう、李は確信を持って頷いた。

 そして、二人は小さく頷き合うと、

「せえやっ!!」

「はあっ!!!」

 ルーに向かって突撃した。

 二迅の風が絡まりあうようにルーという名の羽毛に躍りかかる。

 

 疾風の中で舞う不規則な羽毛を再び捕らえる事が出来るのか、鈴子と李の最後の挑戦が始まった。

 

 

―――――

 

 

 身体には粘り気の強い、泥のような疲れが蓄積している。

 身体には重い、石のような痛みが蓄積されている。

 疲れの為であろうか、痛みの為であろうか、身体の所々が熱い。まるでそこだけ火で炙られている……否、内から昇ってくる熱なので身体の中に火が点っているかのようだ。

 溜まりきれば身体の全てを動かなくするであろう、そんな確信が一子にはある。

 それでも一子は動いている。

 鈴子と薙刀を合わせた瞬間から今まで、一時の休みなく、動き続けている。

 一子を支えているものは鍛錬だ。

 今までの鍛錬があったから、動けている。

 そしてもう一つ。

 

 それは――心だ。

 

 肉体を鍛えるためには、心を磨く必要がある。

 心を磨くためには、強い肉体が必要になる。

 身体だけではない、心と身体、二つを鍛えるのが本当の鍛錬だ。

 その鍛錬を一子は一日も休まずに続けてきた。

 心と身体は不可分だ。分けることなど出来ない。

 身体が萎えれば、心が萎える。

 心が萎えれば。身体も萎える。

 

 身体が死ななければ、心は死なない。

 心が折られなければ、身体は挫けない。

 明らかにスペック以上の身体の負荷を、一子の心が、想いが支えている。

 意識は――既に所々途切れている。

 しかし、身体に染みついた反復練習がその間も一子の身体を動かしている。

 

 足を踏みしめ。

 関節を駆動させ。

 相手を打つときは必ず、撃ち抜く。

 

 倒したブラッククッキーの数はだいぶ前から数えるのをやめている。

 ただ、ただ、目の前にいる人形を歯を食いしばりながら倒していく。

 目の前にいる敵を、一つ一つ、一歩一歩、確実に……。

 

 華やかさはまるでなく、泥臭く鈍重……だが、その確かな足取りは確実に進んでいる。

 

 ルーが引き連れてきたブラッククッキーは既に10体を切っていた。

 しかし、その事実に一子は気づいていない。

 一子はただ一歩、一歩進んでいる。

 亀のように遅く、しかし、止まらず、確かな一歩を踏み出し続けている。

 

 ついに残存のブラッククッキーの数が、片手を切った。

 

 

―――――

 

 

「はあっ!!」

「しっ!!」

 ルーに向かっていってから、何度この同時攻撃の連携を試みているだろうか。

 一歩。

 一歩、届かない。

 突風に舞う羽毛のように。

 疾風にもてあそばれる花弁のように。

 ルーの動きが捉えきれない。

 

 しかし、だからといって、休まない。休めない。

 休んだら、ルーからの攻撃を許してしまう。

 故に、二人は延々と攻め続けている。

 一つ間違えれば根底から瓦解するような、綱渡りでしかも即興の連携を鈴子と李は延々と続けている。

 

「はああっ!!」

 鈴子の裂帛の斬気が迸る。

「しゅっ!!」

 李の精密な一撃が疾る。

 それら全てを、ルーは身体を揺らし、そらし、捌き、回転させて躱している。

 絡み合う三者の動きは、まるで演舞の様だった。

 己の中の全てを絞り出して舞う、壮絶な演舞だ。

 

「ひゅううう……」

 そんないつまでも続くかと思われていた三者の演舞のなか、不意に李が今までと違う息を吐く。

 口をすぼめ唇を尖らせ、笛のような息を吐く。

「しゅうう……」

 鈴子はその呼気に、同じく息を吐いて答える。

 

 次の瞬間、鈴子と李はルーを挟むように位置取り一気に距離を詰める。

「はあっ!!」

「しっ!!」

 鈴子の薙刀と、李のワイヤーが閃く。

()イィッ!!」

 ルーは今までと同じように、それを身体を捌いて避ける。

 

――読まれているな。

 と、李は感じている。

 何がか。

 それは自分の暗器の位置。

 暗殺とは戦いではない。むしろ戦いを起こさないことが、優秀な暗殺者の定義。

 したがってこのように、長時間にわたって同じ相手と戦う事というのは、まずない。

 暗器には全て有効な使い方があり、使い処がある。

 もちろんいろいろな動きにカモフラージュをかけるが、この様に長時間、同じ相手と戦うとどうしても自らの身体の何処にどの様な暗器が設置されているか相手に悟らせてしまう。

 たとえば、右手を振れば苦無が、左手を振ればワイヤーが、といった形だ。

 しかも相手はマスタークラスの使い手。

 そこに楔を打ち込むのならば、先ほどのように道具の力を最大限に使い、自らもぎりぎりの動きをする必要がある。

 

「はっ!!」

 李は先ほどまでなら攻撃がかわされた後は、距離をとりつつけん制に移っていたが、今回は一気にルーとの間合いを詰めた。

「はっ!!」

 李は右手を振るい、複数の苦無を放つ。

 ルーはそれを回転して躱し、さらに李との間合いを詰めてきた。

「はっ!!」

 李はそれには構わず、さらに一歩踏み出して、左手を振る。

 ワイヤーがルーを襲う。

 ルーは再び身体を回転させて、躱すと同時に、距離を詰める。ルーの間合いに李が入った。

()イィッ!!」

 間合いに入った途端、ルーが鋭く腕を振り、そこに発生した気弾が李へとぶつかる。

「くううっ……はあっ!!」

 李はその気弾を左腕で受け止めると再び右手を振るう。

 再び苦無が飛ぶ。

()イイィッ!!!」

 李が傷つきながらも放った至近距離の苦無を李は身体を捻って躱した……直後、

「――っ!!」

 ルーの顔に驚きの色が浮かぶ。

 李は躱したはずのルーの右半身を右手から出ているであろう()()()()()()で拘束していた。

 

『使ってください』

 そう言って渡されたモノを、李は見る事が出来なかった。

 何故ならそれは鈴子が()()()()()()()創ったから。

 形の創法で創りだした透明のワイヤー。

 何かは解らなくても、手触りでそれが何であるか李は理解した。そしてそれをどう使うかも、理解した。

 踏み込んだのも、所在がばれている暗器を使い続けたのもこの一瞬の為の布石。

 力では負けている。

 先ほど受けた気弾の影響で左腕はダラリと垂れ下がって、力が入らない。

 故に拘束は一瞬だろう。

 だが、その一瞬を作りだすことに、李は成功した。

 

「はあああああああっ!!!!」

 その一瞬を逃さずに、鈴子が拘束されていない左側から疾風の様に突っ込んでくる。

「バースト・ファイヤーーー!!」

 ルーは左手のみを使い、鈴子に向かって李と同じように拳の形をした熱線を放つ。

 シャッターを融解させた熱の光線。

 まともにくらえば循法や解法が苦手な鈴子では恐らく耐え切れないであろう強度。

 だが、この一瞬を逃せば勝機は遠のく。

 したがって、鈴子のとるべき行動は一つしかなく、また、鈴子に躊躇もなかった。

 

「はあああああああああああっ!!!!!」

 鈴子はその熱線に向かいスピードを上げる。

 そして薙刀を地面に突き立てると両腕をクロスして灼熱に飛び込んだ。

「――ッ!!!!」

 熱にうたれ、喉が渇き、悲鳴も上がらない。

 初めに熱線を喰らった両腕が文字通り焼けている。

 が、通常ならば喰らった瞬間に焼けるはずの鈴子の両腕が一瞬。まさに刹那と言える間のルーの熱線を防いでいた。

「あああっ!!!!」

 速さの世界に身を置く鈴子にとって、その一瞬で十分だった。

 腕に巻かれている()()()()()()をふり捨てると、熱線を掻い潜りルーの懐にたどり着いた。

 これも鈴子が創法で創りだした、見えない耐熱布。

 

 創法は万能ではない。

 ありえないものは作れない。

 だが、あり得るモノなら作り出せる。

『見えないワイヤー』はイメージが容易い。

『見えない耐熱布(アスベスト)』も博学の鈴子ならばイメージできる。

 

 問題は最後の攻撃が何で来るかということだっだった。

 ルーの今までの攻撃を見ていて、打撃なら問題ない。

 気弾も避けられる。

 竜巻も切り裂ける。

 そう選択肢をつぶしていったとき、熱線だけが今の自分だけでは防げなかった。

 だから、備えた。

 何が来てもいいように、何が来ても李の創りだした勝機を逃さないように。

 

「終わりにしましょう、ルー先生」

 懐に飛び込んだ鈴子が静かに言った。

 そして耐熱布を巻いていたとはいえ、大きく火傷のついた両腕をだらりと垂らしたまま、鈴子は大きく足を踏み切り、ルーの顎に膝を叩きこんだ。

「――がっ!!」

 ルーの身体が大きくのけぞる。

 そこを飛び上がったそのままに、鈴子が両足でルーの左腕を拘束する。

 

 ルーの揺れが初めて完全に止まった。

 

「終わりにしましょう、ルー先生……」

 鈴子がルーの耳元で先ほどと同じ言葉を呟き、

「彼女が……一子が来てくれましたよ」

 そう続けた。

 

「やあああああああああああああ!!!!!」

 

 その呟きが終わるか否かのタイミングで、四人目の裂帛が鳴り響く。

 

 鈴子の突き立てた薙刀を携えて、川神一子がルーに突っ込んできた。

 

「一子!! アンタの戦の真(ココロ)見せてみなさい!!!!」

 鈴子の檄が飛ぶ。

 

――駄目だよ一子! 一撃目は相手の防御を崩すんだ、防御を見極めて間を通すように薙刀を振るんだヨ。

――もっと早く!! これは二連撃じゃあないんダ。二撃で一つの攻撃なんダ。

――飛び上がるときは、魚が水面を跳ねるような意識を忘れちゃだめだヨ!

――打ち下ろすときは鋭く!! 持ち上げすぎるから、二撃目が遅くなるんだヨ!!

――そうダ!! その感覚忘れちゃだめだヨ!!

――大丈夫、一子は頑張ってるからネ。努力はね報われるんだヨ。

 この技を教えてくれたルーの言葉が頭を駆け巡る。

 一子が習得している、唯一の川神流の奥義。

 

――絶対アタシが助けます。

 

――ルー先生。

 

――ルー先生!!

 

――ルー先生!!!!

 

「これがアタシの――」

 一子の身体がルーの懐に潜り込む。

 

「川神流奥義 (アギト)オオォォッーーーッ!!!!!」

 

 つがいの一撃がルーの顔面に直撃した。

「ぐっ……ふ……」

 ルーの口から呻き声がこぼれる。

 

 静寂があたりを包み込む。

 

 一瞬の間をあけて、ルーの身体からダラリの力が抜け、地面に倒れた。

 次の瞬間、ルーの身体のいたるところから黒い粒子が地面に零れだし、蒸発するように消えていく。

 

 そのあとには、いつものように濃緑の拳法服を着たルーが倒れていた。

 

「ふぅ……」

 それを見た鈴子が息を吐く。

「鈴子! ルー先生は! それに鈴子の両腕も……」

「一気に聞かないでよ、疲れてるんだから……さっきの見てたでしょ、ルー先生はもう大丈夫よ」

 そういって鈴子はそっと腕を持ち上げてみた。

「っつぅ……痛いって事は大丈夫ってことね。私自身の回復で応急処置ぐらいはできるし、私の方も学園で晶に直してもらえればたぶん問題ないわ」

「そう……よかった……よかった……」

 一子は噛みしめるように鈴子の言葉を聞いていた。

 

「お疲れ様、一子。あなたの(マコト)、見せてもらったわ」

 それを見ていた鈴子は一子に言った。

「今、握手が出来ないのが残念だけど……ルー先生を取り戻したのはあなたの一撃よ、自信を持ちなさい」

「……鈴子」

「その心があれば、あなたは絶対強くなれる。それはたとえ武の道じゃなくなったとしても、あなたの強さは変わらない。もっと自信をもっていい」

 そんな鈴子の言葉に驚いた表情を浮かべた一子だが、

「ありがとう……ありがとう、鈴子」

 その言葉の意味を理解して、鈴子に礼を言う。

 一子の瞳には微かに涙が浮かんでいた。

「そ、そうよ! なんせ、私が保証したんだから。ちゃんと強くならないと承知しないわよ!」

「うん、うん――」

 顔を赤くした鈴子の照れ隠しの言葉にも、一子はただ大きく頷く。

 

 そんな中、向こうから李がやってきて、

「怪我の治療もあります、そろそろ学園に戻りましょう」

 そういった。

「はい! あ、ルー先生は私が運びます!」

 李の言葉に、一子が元気よく答える。

 学園にたどり着いたら、一歩も動けないかもしれない。

 それほどまでに疲れているが、この役は自分がやるべきだと一子はおもっ思っている。

「御言葉に甘えさせていただきます。私も我堂様も腕を負傷してますから、そうしていただけると助かります」

 一子の言葉に李が頭を下げる。

「あー、そうと決まれば早くいきましょう。腕がヒリヒリしてしょうがないわ。晶の奴、あとなんか残したら承知しないんだから」

 鈴子がブツクサと言いながら立ち上がった時、

 

「そうですね……火傷だけに熱っち(アッチ!)にある学園で、早く治療してもらいましょう」

 

 李が口を開いた。

 

 一瞬の静寂が訪れる。

 その後、

「プッ! ハハハハ!! 李さん何それ、駄洒落ですか?」

「ちょっ!! ははは、李さん、不意討ちすぎですよ!! はははは」

 一子と鈴子が同時に笑い出した。

 

「ハッ!? ウケたッ!! これが、これが“間”なのですね……今のタイミング忘れないようにしなけば……フフフ、いい勉強が出来ました」

 

「ハハハハハハ」

「はははははは」

「フフフ……」

 

暗く沈んだような商店街の真ん中で、少女たちの明るく、軽やかな笑い声が遠くまで響いていた。

 

 

 




遅くなって申し訳ございません。
まえがきに書いたようにモンハンやってたのですが、
ちょっとそれだけではなくて、この作品のクオリティに対してちょっと考えるところがありまして……

まぁ、その辺は完結後にもし気が向いたら活動報告にでも書くかもしれません。
とても個人的な事なのでw

ルー戦の終了です。
絡ませたかった鈴子&李、鈴子&一子を絡ませることがようやくできました。
年内完結目指して、頑張っていきます。

お付き合いいただきまして、ありがとうございます。

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