戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

54 / 65
第五十二話~巨石~

「アメフト部とラグビー部は前にでろ!! 一列に並んで隊列を乱すなぁっ!!」

 裏門での戦場の中、英雄の怒号が響き渡る。

「おい!! 二階の弓道部は奥の敵を狙え!! 校舎に来る敵を少しでも減らすんだっ!!」

 逆側では忠勝が大声で叫んでいる。

 大和はけが人が増えたこともあり、校舎内でけが人の救助と全体の指示回っている。

 後ろから全体を見て、薄いところに戦力を回すのは大和の役目だ。

 

 各所で川神の生徒たちが奮闘している。

「ふんぬううううううううううっ!!」

「ぬおおおおおおおおおおおおっ!!」

 左翼と右翼の重量級のラインにガクトと長宗我部がそれぞれいなければ、ブラッククッキーの突破を許していたかもしれない。

 

「シュッ!!」

 校庭を縦横無尽に駆け回り、味方の崩れそうなところを的確に援護していくあずみの働きがなければ、既に数体の侵入をゆるしていたかもしれない。

 

「まだだ!! まだまだ、まだまだ!! お前たちの力はそんなものではないだろうっ!!」

 彦一の言霊がなければ、既に生徒達の戦意は衰えていたかもしれない。

 

「大和の近くにはっ! 行かせないっ!!」

 なにより裏門の前で漏れた敵を(ことごと)く、一矢にて屠り続けている京の力は絶大だ。

 

 それぞれの奮闘があって、尚、戦況は――五分。

 ブラッククッキーは圧倒的な数で校舎を攻め落とそうと進軍を続けている。

 

 誰もがギリギリのところで踏ん張っている。

 故に、何かのきっかけで戦況がガラリと傾くということを、皆が理解していた。

 

 その鍵を握るのは――鍋島正。

 

 そこに現在、相対しているのは――板垣辰子。

 

「辰子っ!! やっちまいなっ!!」

「気張れよっ! 辰ねぇ!! そんな奴ワンパンだぜっ!!」

 ブラッククッキーと戦っている亜巳と天使が、辰子に向かって声をかける。

 

「あああああああああああああああっ!!!!!!」

 その声に答えるように、辰子がバス停を振り上げる。

 

 裏門の戦局を左右する戦いの幕が切って落とされた。

 

 

―――――

 

 

「あ! マルさん、与一はどうだった?」

 地上に降りたマルギッテをクリスが迎える。

「――お嬢様……それは……」

 マルギッテが言葉を濁す。普段ではありえない事だ。

 しかし、意を決したようにマルギッテは口を開いた。

 

「那須与一は……要救助民を庇って負傷していました」

「えっ!?」

 マルギッテの言葉に驚くクリス。

「じゃ、じゃあ早く手当と……それからここを離れな――」

「それでも――」

 マルギッテがクリスの言葉を遮る。これも、通常では考えられないことだ。

「それでも、那須与一はここから川神学園を狙うと、言っていました」

「……」

 マルギッテの言葉を、クリスは黙って聞いていた。

「お嬢様、私は――」

「じゃあ――」

 マルギッテの続く言葉にクリスが言葉をかぶせる。

 

「じゃあ――与一の狙撃を援護するのは自分たちの役目だな」

 クリスはマルギッテの目を見ながらそう言った。

 

「はい――その通りです、お嬢様」

 マルギッテはクリスの言葉に頷く。

 

 今回の与一の負傷。色々な遠因があるが……大きな原因としては自分にあると、マルギッテは思っている。

 マルギッテは今だリミッターである眼帯をつけていた。

 ブラッククッキー自体が単体ではそれほど大きな驚異であるとは認識しなかったこと、いつ来るかもしれないマスタークラスとの戦いに備えて……理由はいくつもあるが、この場にて本気を出さなかったという事実に変わりはない。

 その意味では、マルギッテの言葉だけで、あの与一の目を見ずに、与一の覚悟を見てとったクリスの方がよほど腹を据えてここにいる。

 おそらくクリスは与一の負傷は自らのせいだと思っているだろう。

 自分が不甲斐なかったからだ、と。

 

 そうではない、と言ってあげたい。

 全てはこのマルギッテ・エーベルバッハの不徳の致すところだと、言ってあげたい。

 

 しかし、そこに意味などない。

 むしろ、親愛なるクリスティアーネ・フリードリヒの覚悟を(けが)すだけだ。

 ならばどうするか。

 自分は軍人だ。

 軍人は行動で示す。

 自らの失態は、自らの行動で取り戻す。

 

Jaaaaaaaaaaaaaaaaッ(ヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアア)!!!!」

 マルギッテは眼帯をむしり取りながら雄叫びをげる。

 自らの(うち)の獣が猛るのがわかる。

 

「来るぞっ!! マルさんっ!!」

 通りの向こうから無数の気配と足音が近づいてくる。

 先ほど攻めてきた数の、2倍……いや、それ以上はいるかもしれない。

Kom(来い) eine Puppes(人形ども)ッ!!」

 マルギッテはブラッククッキーの群れを睨みつける。

 

「行くぞ! マルさん!! この拠点絶対に守りきるッ!!」

Jawohl(了解です)っ!! Prinzessin(お嬢様)ッ!!」

 二人は視線を合わせると、武器を携え同時に飛び出した。

 

 金色(こんじき)の主人と赤き猟犬は、漆黒の大群にへと身を躍らせた。

 

 

―――――

 

 

 マンションの屋上。右肩の治療を終えた与一は左手一本で弓を持ち、狙撃の場所を探す。

 そしてココだと確信したところで立ち止まり、弓を構える。

 

「おい、坊主――」

 構えた与一が不意に、物陰に隠れている少年に呼びかけた。

「え? え? ボク?」

 いきなりの言葉に驚きを隠せず、与一に喰ってかかった少年はポカンと口を開ける。

 そんな少年の驚きなんぞ気にもせず、与一は少年の方に視線すら向けず言葉を続ける。

「テメェ、強くなりたいって言ったな」

「う、うん」

 与一の言葉に少年はかろうじて頷く。

「姉ちゃんたち守れるくらい、強くなりてぇって言ったな」

「うん!」

 今度は強く、頷いた。

「どうやったら強くなれるか、知ってるか?」

「うっ……ううん……」

 一転、弱々しく少年は首を振る。

 

「……戦真館と川神学園だ」

「え?」

「戦真館か川神学園、どっちでもいい、どっちでも強い奴らがいる」

「そこに行けば、強くなれる?」

 会話が始まって初めて少年の方が、与一に問いかけた。

「そいつは、テメェ次第だな……だがな、その二つには“本当に”強ぇ奴がいる。何かを守りたいんなら、ただの強さじゃダメだ。“本当に”強くなんなきゃいけねぇ」

「……」

 禅問答の様な与一の答え。おそらく少年は半分も理解してないだろう。

 しかしそれでも、

「行く」

「ん?」

「ボク、その学校行く! それで絶対、ネェちゃん達、守れるくらい強くなるんだ!」

 少年は強く与一に宣言した。

 

 その言葉に初めて与一は少年の方へと視線を向けると、

「そうかよ、じゃあ気張れよ、坊主」

 そう言うとニヤリとニヒルに笑った。

「うん!」

 与一の言葉に、少年は強く、強く頷いた。

 

「おい! 坊主っ! またここも戦いになる。大事な姉ちゃん達、そこで、しっかり守ってろよ!!」

「うん!」

 与一の言葉に、少年は物陰に戻り身を隠す。

「頑張れよ! ツンツン頭の兄ちゃん!!」

 物陰から聞こえた少年の声に、

「ツンツン頭は余計だろ……」

 与一は苦笑する。

 

 物陰が静かになったのを確認すると与一は大きく一つ深呼吸をすると、矢を一本、左手に持った。

 そして、左手一本で弓と矢を持ち上げると、矢の柄と弓の弦を()()()()()()、引き絞った。

 

 弓の向きは縦ではなく、横。

 ボウガンの様に腕と顔を一直線になるように構えて、口で弓を引きしぼる。

 

 弦の張りに負けて唇が切れ、血が滲む。

 

 それでも与一は構わず弓を引き絞る。

 

 与一の猛禽類の様な瞳は獰猛な色をたたえながら、鍋島を補足していた。

 

 

―――――

 

 

「あああああああああああああああっ!!!!」

 辰子は手に携えたバス停を振り回しながら、鍋島に襲い掛かる。

「くあっ!!」

 触れれば人の身体など紙くずのように吹き飛ばせそうな一撃を、鍋島は手近にいたブラッククッキーをむんず、と掴むと襲い来るバス停にぶち当てる。

 ぶち当たったブラッククッキーは粉々にはじけ飛ぶが、辰子の振るったバス停も同時に弾かれる。

「かあっ!!」

 その隙に、鍋島は一歩踏み込むと岩石の様な拳を辰子の身体にぶち当てる。

 めきり、辰子の中の何かが音を立てる。

 筋肉が切れたかもしれない。

 骨に亀裂が入ったかもしれない。

「ああああああああああああああああああああっ!!!!」

 しかし、その程度で板垣辰子は止まらない。

 腹のそこから雄叫びをあげながら、再びバス停を振るう。

 鍋島が懐に踏み込んだ為、最適な間合いではないが、気にせず振るう。

 思いっきり。

 力の限り。

 

「がああっ!!」

 バス停が鍋島の右肩にぶち当たる。

 しかし、鍋島はびくともしない、逆に打ち込んだバス停が「く」の字にねじ曲がっている。

「かあっ!!」

 今度は鍋島が、御返しとばかりに足元に転がったブラッククッキーを掴むと、一気に振り上げ叩きつけるように辰子の頭上に振り下ろす。

 辰子の頭に激しくぶつかり、バラバラに砕け散るブラッククッキー。

 しかしその一撃を喰らった辰子は、頭から血を流しながらも頭を微動だにせずに鍋島をにらみ続けていた。

 

「ああっ!!」

 今度は辰子の血まみれの額が、鍋島の顔面に突き刺さる。

「かあっ!!」

 鍋島は辰子の頭突きを受けながらも、左拳を辰子の脇腹にめり込ませる。

 

「ああっ!!」

 辰子が打つ――鍋島が受ける。

「かあっ!!」

 鍋島が打つ――辰子が受ける。

「ああああっ!!!」

 辰子が耐えて――打つ――鍋島が受ける。

「かあああっ!!!」

 鍋島は倒れず――打つ――辰子が受ける。

 

 校庭に肉と肉がぶつかり合う音が響き渡る。

 校庭に骨と骨がぶつかり合う音が響き渡る。

 がつん、がつんという重い響きが、軋みが響き渡る。

 

 そんなやりとりを何度繰り返していただろうか、辰子はその中で小さな、小さな違和感を感じ始める。

 何がどうという、具体的なことはまるでわからない。

 しかし、辰子の本能が“何かが違う”と叫んでいた。

 辰子は百代以上に、本能の戦士だ。言葉を選ばなければ獣といってもいいかもしれない。

 獣は相手の弱みを見つけ、攻める。

 辰子の獣の如き本能が気づき始めていた、鍋島のある一箇所を攻めるとき、鍋島が僅かに嫌がる素振りを見せるのを……

 辰子にはそこが何処なのか、具体的にはわかっていない。

 わかっていないが、感じたならばそこを攻める。

 辰子自身はそんな思考すらしていない。

 本能の赴くままに、相手を倒すために、力の限り、自らの目いっぱいを叩き込む。

「ああああっ!!!!!」

 辰子は握り締めた拳を感じたままに全力で振るう。

 

 辰子の拳は、弁慶が決死の一撃を入れた鍋島の顎へと振るわれた。

 

 

―――――

 

 

「たあっ!!」

「ハアッ!!」

 二人の口から裂帛の気合が発せられるたびに、レイピアが煌き、旋棍(トンファー)が振るわれる。

 二人合わせて、既に50体近いブラッククッキーを破壊している。

 

 しかし、一向に減る気配がない。

 どこからともなく次々にわいてくるようだ。

 

 そんな中、再び与一の気に反応したのか、壁をよじ登るブラッククッキー。

「させませんっ!! トンファー・シュートっ!!」

 マルギッテが片手の旋棍(トンファー)を投げつけ、壁にへばりつたブラッククッキーを破壊する。

 片手になったマルギッテめがけて無数のブラッククッキーが襲い来るが、

「はああっ!!」

 クリスが横から尖突を閃かせ援護する。

 

 ブラッククッキーが屋上を意識する割合が多くなってきている。

 クリスもマルギッテも与一が気を練っているのがわかる。

 

――勝負の時は近い。

 

 クリスとマルギッテはそう確信している。

 意思はないが、ブラッククッキーも何かを感じて屋上に向かおうとしているのだろう

 

「マルさんっ!!」

「ええ!! させませんっ!!」

 クリスとマルギッテは声をかけ合うと、再びブラッククッキーの群れへと突撃していく。

 

 金色と赤色はまるで一匹の獣であるかのように、漆黒を飲み込んでいった。

 

 

―――――

 

 

「ああああっ!!!!!」

 辰子の拳が鍋島の顎に迫る。

 その時、何かを感じたのか数体のブラッククッキーがいきなり辰子に向かって飛びかかってきた。

 ブラッククッキーが辰子の身体を拘束する。

「――っ!!!!」

 いきなりの外からの干渉に動きを制限される辰子。

 それでも拳は振り抜いた。

 しかし、ブラッククッキーの拘束の為、渾身の一撃は鍋島の身体を僅かに揺らすだけにとどまった。

 

「うわああああっ!!! はなせええええっ!!!!」

 辰子は身体を思いっきり伸ばして、ブラッククッキーの拘束を跳ね飛ばす。

「バカっ! 辰子っ!!」

 亜巳からそんな怒声が飛んだ時には、辰子の身体に、鍋島が辰子が跳ね飛ばしたブラッククッキーを空中でつかみ力任せに叩きつけてきた。

「ぐあっ!!」

 身体の緊張が解けた一瞬の隙を付いた一擊。

 辰子の身体がぐらりと揺れて、膝をついた。

 

「辰子ッ!!」

「辰ねぇっ!!」

 亜巳と天使の声が飛ぶ。

 

――戦況が傾いた。

 

 誰もがそう思った瞬間。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

 金色の砲弾が、鍋島と辰子のあいだに割って入ってきた。

 

 

―――――

 

 

「……けい! ……ん慶! 弁慶っ!!」

 弁慶は自らを呼ぶ声で目を覚ました。

 ぼやけた視界が徐々にはっきりしてくると、自分を心配そうに覗き込んでいる大和の顔が見えた。

「……大和?」

「あぁ……よかった……気がついて」

「――!! 鍋島さんは!? ――っつう……」

 状況を思い出して、身体を起こして大和に問いかけるが、左腕に痛みがはしる。

「弁慶! 無理しちゃ駄目だよ」

 顔を歪める弁慶の肩を大和が優しく抱きとめる。

「戦況は五分かな……みんな頑張ってくれてる。鍋島さんは今、辰子さんが戦ってる」

 大和がゆっくり自分も確認するように弁慶に説明する。

「辰子が、鍋島さんと?」

「うん」

「そう……か」

 

「ああっ!!!!!」

「があっ!!!!!」

 その時、辰子と鍋島の咆哮が響き渡った。

 

「じゃあ……私もいつまでもこんなトコで寝てらんないねっ!」

「ちょっ! 弁慶」

 勢いをつけて立ち上がる弁慶に大和が慌てて声をかける。

「ありがと、大和……でもさ、私は立ち往生の武蔵坊弁慶なんだ。敵が立ってるうちは寝てるわけにはいかないよ」

 左腕は……痛みはあるが動かないという事はない。弁慶は晶の能力(ユメ)に舌を巻くと同時に、感謝をした。

「弁慶……」

 大和は心配そうに弁慶の名を言う。

 しかし、止める事はなかった。

 弁慶の瞳に映る意志が、かつて義経が鍋島に向かっていった時の瞳と被ったから。

 

 与一は絶対に、狙撃を諦めてない。

 生まれた時から一緒にいる弁慶は、その事を確信として感じている。

 義経は帰ってくる場所を弁慶に任せて、水希と共に行った。

 弁慶にはその期待に応える、使命がある。

 

 寝ていられない。いられるわけがない。

 

 弁慶は更に自らを奮い立たせるため、大和に最後のひと押しを任せる。

「ねぇ、大和……」

「え?」

「明日さ……ちょっと、話したい事があるんだ……付き合ってくれない、かな?」

 弁慶は大和に背を向けたまま問いかけた。

 弁慶の胸は跳ね上がるほどに脈打っている。

「え? ……う、うん……わかった」

 戸惑いながらの大和の了解の言葉を、弁慶は噛みしめるように聞いていた。

「ありがとう……だったら……」

 

 その言葉を聞き終わった弁慶は、すぅと息を吸うと、

 

「――ちゃんと帰ってこないと、駄目だよねっ!!!!」

 

 鋭く叫びながら、無残に壊れた校舎の門から戦場へと躍り出る。

 

「弁慶っ!! 絶っ対、勝てよっ!!」

 大和の声を背中で受け止める。

 弁慶は左腕を振り上げて大和に応える。

 

「後は、任せたからねっ――」

 弁慶は走りながら呟いた。

 誰に向けての言葉だったのだろうか。

 恐らく、誰でもない、川神の為に戦う皆に向けての言葉。

 これを使えば恐らく自分は立てないだろうという確信があるから……

 

 それでも弁慶は躊躇なく切り札を切った。

「――金剛ォ――纏身ッ!!!!」

 

 武蔵坊弁慶の奥の手。

 武蔵坊の仁王立ちが元になっているであろう、窮地の時の瞬間的で爆発的パワーアップ。

 身体の中からみしりみしりと力が湧いてくる。

 効果が絶大であるからこその、リスク。

 同時に、身体がぎしぎしぎしぎしと悲鳴を上げる。

 

――もつか……もたないか……否、もたせてみせるっ!!!!!

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

 爆発的な気の高まりに反応して襲い来る、無数のブラッククッキーを物ともせずになぎ倒しながら、金色の闘気を纏った弁慶は鍋島正に向けて疾走する。

 

 弁慶は、鍋島と一撃を喰らって膝をついた辰子の間へと身を躍らせた。

 

 

―――――

 

 

 弓身意――通常、弓技にはこの三位一体が必要とされている。

 即ち、弓力、身体、心の三つ。

 

 しかし、現在の与一にはこの中の“身体”の部分が圧倒的に欠けている。

 ならばどうするか……

 可能な限り“身体”を使った上で、足りないものは他の二つで補うしかないではないか。

 

 与一は“矢を目標に当てる”という目的に必要のないものを排除し始めた。

 

――肩が痛い、痛覚。

 いらねぇ、邪魔だ、ほっておけ。

 

――口の中の鉄の味、味覚

 知らねぇ、馬鹿か、無視しとけ。

 

――下から聞こえる剣撃、聴覚。

 うるせぇ、かまうな、捨てておけ。

 

 こんなことを考えている余地すら、邪魔くさい。

 

 今必要なものは何だ。

 

――視覚。獲物を見ろ、目を離すな、(まばた)きすら許されない。口でつがえているから距離感が違うことを忘れるな。

 

――嗅覚。湿気を嗅げ、呼吸は鼻のみ、小さくしろ。空気を吸うたび大気のコンディション測ることを忘れるな。

 

――触覚。風を感じろ、全身で思考し、誤差をなくせ。風の強さ弱さだけでなく、風の先を読むことを忘れるな。

 

 ほかに必要なものはあるか……

 あるのなら考えろ。

 ないのなら忘れろ。

 あるかもしれない、ないかもしれないという思考自体、邪魔だ。

 思いついた限りありったけかけて、矢を放つ。

 それ以外のものに、いまの那須与一にとって価値などない。

 今の自分はただ弓から矢を放つ為だけにいる存在だ。

 

 いつ来るかもわからない一瞬の為に、那須与一は那須与一であることを捨てる。

 仲間のためにという一念のみを残し、那須与一は弓と一つになった。

 

 

―――――

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 弁慶が、膝をついた辰子と鍋島の間に割って入る。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 戦略も躊躇もなく弁慶は一気に鍋島の懐に飛び込むと、疾走した勢いそのままに 鍋島にぶつかっていった。

 踏み込んだ瞬間に、鍋島の拳が飛んでくるが――気にしない。

 真正面から受け止める。

 如何にマスタークラス鍋島正の拳といえど、一発二発で止まるほど、今の弁慶は甘くない。

 

 しかしそれでも鍋島は瞬間的なパワーアップだけで勝てるほど、甘い相手ではない。

 

 鍋島は拳を出して、体勢な不十分なところに弁慶の体当たりを受けて、二、三歩後ろに下がったが、すぐに重心を前にかけると、弁慶との力比べを五分の体勢にする。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

「くおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

 額をぶつけあわせ、全身の力で互が互を押し返す。

 二人の力に負けて、地面がベコリと凹み、ぶつかりあう闘気のために二人の周囲に静電気のようなものが視認できる。

 

「辰子ォッ!!!!」

 そんな一瞬の気の緩みも許されない中、弁慶は相棒に叫ぶ。

「あんたは、そんなもんじゃないだろうっ!!!!」

 弁慶の言葉に、ピクリと辰子が反応する。

「私等二人で決めるんだっ!! 出来るだろ!!」

 確信にも近い弁慶の投げかけ。

 

 そして、

「いくよッ!! 辰子ォッ!! ダブルッ!!!!」

 弁慶は、相棒との連携の合言葉を投げる。

 

「あああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 弁慶の言葉に反応して辰子の喉から雄叫びを上げながら立ち上がる。

 

 そして、

「ラリアットォッ!!!!」

 何回と繰り返した、二人の連携の合言葉を返した。

 

 弁慶は鍋島の腹を蹴りながら一瞬だけ距離を離すと、右腕に力を込めて再び鍋島に突撃する。

 逆側から、辰子が同じく右腕にありったけの力を込めて突撃している。

 二つの力の奔流が鍋島を挟み込む。

 

「がああっ!!!!」

 鍋島はかつて鳴滝がしたように、二つの力の奔流を両手を広げて受け止めた。

 鍋島の右手は弁慶の右腕を、鍋島の左手は辰子の右腕を受け止めていた。

 

「まだだ……」

「まだまだ……」

 しかし弁慶と辰子は、

「まだだっ!!」

「まだまだっ!!」

 そこで止まりはしなかった。

 止められて尚、弁慶と辰子は両足に力込めて押し込む。

 ありったけを込めて、押し込む。

 乾いたタオルから数滴の水を絞り出すように、身体の底から、力の滴を絞り出す。

 

「まだだっ!!!」

「まだまだっ!!!」

 弁慶と辰子が押し込む。

「がああああああっ!!!!!」

 鍋島が耐える。

 

「まだだっ!!!!」

「まだまだっ!!!!」

 弁慶と辰子の足元が抉られる。

「がああああああああああああっ!!!!!」

 鍋島のコートが力に負けてはじけ飛ぶ。

 

「まだだぁぁっ!!!!!!」

「まだまだぁぁっ!!!!!」

 鍋島の腕が折れ曲がり、弁慶と辰子の腕が鍋島にぶつかった。

 

――再び、鍋島の頭が跳ね上がった。

 

 

―――――

 

 

 再び跳ね上がる、鍋島の頭。

 与一は鍋島を睨みつけたまま、口を離して、矢を放つ。

 

 口で引き絞ったとは思えないほど、与一の放った矢は先ほどと同じ軌跡で鍋島めがけて飛来する。

 

 しかし、再びその行く手をブラッククッキーの壁が遮った。

 

 かつての一撃の再現かと思われた、その時――()()()()()()()()、一発の銃弾が矢の行く手を遮るブラッククッキーの目の前に現れる。

 次の瞬間、その銃弾は縦横無尽に飛び交い、矢の道を塞いだブラッククッキーをズタズタに切り刻む。

 その刹那の間隙をぬって与一の矢が銃弾が開いた道を突き進む。

 

 そして……

「があっ!!」

 弁慶、辰子が渾身の一擊を与え続けた鍋島の顎に、与一の一撃が穿たれた。

 

 鍋島はグラリと身体を傾かせ、そのまま地面に崩れ落ちた。

 

 倒れた鍋島はピクリとも動かない。

 

 それと合図にしたかのように、僅かに残ったブラッククッキーが一斉に退却を開始した。

 

「川神の皆!! 此度の戦い!! 我らの勝利だっ!!」

 それを見た英雄が勝鬨をあげる。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!』

 それに呼応するように、生徒たちの咆哮が響き渡った。

 

 

―――――

 

 

 弁慶と辰子は鍋島が倒れたのと同時に、地面に倒れ伏す。

 弁慶と辰子は地面に仰向けに倒れながら、皆の咆哮を聞いている。

 

「辰子ー、生きてる?」

「うーん」

「疲れたね」

「うーん」

「今なにしたい?」

「大和くんを抱き枕にしてお昼寝したい」

「はっ、ははっ、何それ、いいね」

「うん、いいでしょ、弁慶も一緒にやろうよ」

「ああ、いいね、それ、とってもいいよ……」

「でしょー」

 

 弁慶はだらけ部の部室で、大和を挟んで昼寝をする自分と辰子を想像してクスリと笑う。

 

「それ、本当に……いいね……」

「でしょー……Zzzz Zzzz」

「って、辰子そこで寝るの!? まぁ、でも……流石に私も疲れたよ……」

 そう言いながら、弁慶も金剛纏身の影響が現れ始めたのか、瞼が重くなり、意識が遠のいてきた。

「与一……お疲れ。大和……私、頑張ったよ。義経……負けんじゃないよ……」

 そう呟きながら弁慶は意識を手放した。

 

 生徒たちの咆哮の中、二人の寝息が静かに溶け込んでいった。

 

 

―――――

 

 

「っはぁっ!!」

 鍋島が倒れるのを見届けると、与一は止めていた息を吐きながら尻餅を付くように倒れこんだ。

 息が荒い。肺が、身体が、酸素をくれと悲鳴を上げている。

 感覚が段々と戻ってきた。

 下の戦闘の音が聞こえないところをみると、先ほど見たようにブラッククッキーは一時退却したのだろう。

 

 呼吸が落ち着いてきたところで、与一は自分の放った矢を援護した、一発の銃弾に思いを馳せる。

 あの一発がなければおそらく、学園の裏門での勝利はなかっただろう。

 しかし、与一はあの援護が来ると確信していた。

 何故なら――

 

「俺“達”は、魔弾の射手(ザミエル)だ……」

 そう言いながら、無事な左手で親指と人差し指だけ伸ばして、拳銃の形にすると学園の向こう側のビルに向かって狙いを付ける。

 

「――狙った獲物は逃さないっ! ってね」

 与一が狙ったビルの屋上にはマスケット銃を肩に担ぎ、同じく左手を拳銃の形にした龍辺歩美が、与一のいるマンションの屋上へ左手で作った拳銃の照準を合わせていた。

 

 お互いの顔は遠くて見えない。

 だが、どんな顔をしているかは手に取るようにわかる。

 二人は同じタイミングでニヤリと笑うと。

 

 同時に――

 

「 「BANG(バァン)……」 」

 

 と、左手の引き金を引いた。

 

 暗く黒い空の隙間から、一瞬、陽の光がさした。

 

 




久々に、一週間以内に更新できました。
やっぱり勢いって大事ですね。

正直、戦闘描写の表現とか展開がネタ切れどころの騒ぎじゃありません。
でも、なんとか頑張ります。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。