戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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量産型クッキー2の名称を「ブラッククッキー」に変更しました。
また、ブラッククッキーの設定を冒頭にのせています。

最終章は同時多発的に戦闘が行われているため、場面がかなり目まぐるしく変わります。


第五十一話~混戦~

ブラッククッキー 設定

 

武装

 内蔵ミサイル レーザー

 

詳細

 九鬼技術研究所にあった量産型クッキー2を神野が創法で模したもの。

 大まかな動きは技術研究所のメインコンピューターが制御しているが、“気”の動きに反応して独自の行動をとる。

 如何せん神野の作り出した人形であることには変わりなく、運動性能は高いが、戦闘力はそれほど高くなく、武芸を嗜んでいる者なら、1対1でもなんとかなる。

 ただ、数がとにかく多いため、自らの身を顧みない波状攻撃は驚異。

 イメージは火星の『じょうじ』の劣化版。

 クッキー2が持っているビームサーベルは付属品のため持っていない。

 また、バーニアによる飛行も不可。

 形はクッキー2形態で固定。変形機能もない。

 

 

―――――

 

 

「はあああああああああああっ!!!!」

 鈴子の疾風のような踏み込みからの閃光のような一撃を、ルーは腰を軸に身体を大きくブリッジのような要領で反らせて躱す。

 鈴子の薙刀がルーの身体の上を通過する瞬間に、ブリッジの様な体制であるため不安定であるはずのルーの右足が、するすると鈴子の顔めがけて蛇が鎌首を持ち上げるかのように跳ね上がってきた。

「――っ!!」

 地面についているのが左足一本だけとは思えないほどに、鋭く放たれた蹴りを鈴子は身体を大きく回転させて躱した。

「はあっ!!」

 鈴子はルーの蹴りを躱した回転をそのままに、再びルーに向かって薙刀を薙いだ。先ほどよりも、低く、深く、疾く。

 しかし、ルーはその一撃を先程と同じく身体を反らせて躱す。鈴子の横薙が先ほどよりも低いため今度は膝を軸に身体を反らせていた……もはや、反らせるというよりも、身体を倒しているといってもいいかもしれない。

 流石にそのまま地面に倒れるかと思われていたルーの上半身が、いきなりバネじかけの人形のように跳ね上がってきた。

 ルーは頭が地面についた瞬間に、首の力を使い上半身を鞭のようにしならせながら起き上がってきたのだ。

 この一連のトリッキーなルーの動きの為に、鈴子はルーの腕の射程内に入ってしまった。

()ィ!!」

 ルーは起き上がると同時に二本の腕をしならせながら、鈴子に襲いかかっる。

「くっ!!」

 あまりにめちゃくちゃ(に見える)ルーの動きに、鈴子は珍しく攻撃を躱さずに薙刀の柄でルーの攻撃を捌きながらルーの動きを観察する。

 ルーの身体は攻撃を仕掛けているにもかかわらず、ゆらゆら、ゆらゆらと揺れていた。頭や、視線、足でさえ固定をされていない。

 腕、頭、脚、肘、膝。

 ルーの身体のあらゆる部分が、あらゆる方向から飛んでくる。

 直線じゃなく、曲線。しなやかに伸びる一撃一撃は、鞭のようだ。

 そんなルーの連続した攻撃を薙刀で捌きながら、鈴子は大きく後ろに飛ぶ。

 ルーもそれを追いかけるように、大きく一歩踏み出そうとして――止まった。

 次の瞬間、先程までルーが踏み出そうとしていた空間に、どでかい水晶の塊が落ちてきて――割れる。

 鈴子が創法で生み出したものだ。

 

「……ふー」

 大きく距離をとった鈴子は、ルーを見据えながら息を吐く。

 ルーの身体は相変わらず、ゆらゆらゆらゆらと揺れている。

 始まった時よりもその揺れは大きくなっているようで、上半身だけだったその揺れも今や下半身まで及び、その姿はまるで、

「――千鳥足」

 の様だった。

 そして、鈴子は自分のつぶやきによって、ルーの揺れの正体にたどり着く。

「……酔拳……かしらね」

 

 酔拳――日本で知られている中国拳法の中でも、特に有名なものの一つではないだろうか。しかし、太極拳や八極拳といった日本でも体系が見て取れるものと違い、酔拳や蟷螂拳などはどうしても色物の気配が漂う。

 現に鈴子自身も呟いてはみたものの、酔拳の知識としては、香港の映画スターが主演したアクション映画程度の知識しかない。

 しかし相対してみてその厄介さは色物とはとても呼べぬ代物だ。

 とにかく、読めない。

 動きがあまりにも変幻自在すぎるため、攻撃、防御を予想することが非常に難しい。

 鈴子自身がスピードで相手を撹乱するタイプだが、正直相性は良くないといっていいだろう。

 

「――でも」

 鈴子はひゅん、と薙刀を一回転させると、

「泣き言言ってらんないわよね」

 そう言って薙刀を構えなおした。

 鈴子の耳には多数のブラッククッキーを相手に奮闘している、一子の声が聞こえている。

 顔は向けない。その声だけで、一子の意思が伝わってくる。

 鈴子はすぅ、と息を吸うと、

「ルー先生! 戦真館、我堂鈴子がお相手(つかまつ)ります!!」

 そう、強く叫ぶと、

「はあああああああああああああっ!!!!」

 裂帛の気合を響かせながら、ルーへと向かっていく。

 

 ルーの揺れが一層激しくなる。

 

 鈴子は再び、酔いどれ領域に踏み込んでいった。

 

 

―――――

 

 

 裏門を挟んで両陣営がにらみ合っていた。

 もしかしたら睨み合っているという表現は正しくないのかもしれない。

 鍋島たちの進軍が川神学園の裏口を目前にピタリと止まった。

 その為、迎え撃とうとしていた生徒たちも動きを止めざるを得なかった。

 裏門に集まった生徒たちは鍋島と後ろにいる、夥しい数のブラッククッキーを睨みつけている。鍋島たちはただそこに立っている。

 裏門といってもそこはマンモス高である川神学園だ。裏門の広場はちょっとした学校の校庭程度の広さがあるし、実際ここは第二グラウンドとして使われていたりもする。

 

 裏門の先頭にいるのは武蔵坊弁慶が佇んでいた。

 

「おい、直江。表の校門はどうなっている?」

 弁慶のすぐ後ろで腕組をしながらブラッククッキーを睨みつけている英雄が横にいる大和に声をかける。

「校門の方は鳴滝が、あと、援護に龍辺さん。指揮は葵に任せてる。今回のメインはこっちみたいだから、それ以外の主力はこっちに来てる」

「うむ……」

 大和の言葉に英雄が頷く。

 裏門には弁慶のほかに主だった顔ぶれでは、忠勝、ガクト、長宗我部、京極、辰子、京、あずみ。また避難をしてきた亜巳、天使といった顔も見える。そして、最後尾には晶が陣取っていた。

 他にも腕に覚えのある川神学園の生徒たちが、それぞれ武器を携えて構えている。

「あの数でこられたら多分、一気に乱戦になる。だけど、できる限りブラッククッキー1体に付き2人で当たることを心がけないと危ないと思う。それと、鍋島さんは……」

「私がやるよ」

 大和の言葉にかぶせるように、弁慶が宣言する。

「弁慶……」

 大丈夫か? とは問えない。それは弁慶を信じてないことになってしまうから。

 だから、大和は不安や心配の言葉と心を無理やり喉に飲み込むと、

「わかった、頼むよ、弁慶」

 そう言った。

「ああ、上手に出来たら……そうだな、お酌をしてもらおう、御屠蘇(おとそ)のね」

 弁慶はそう言ってニヤリと大和に笑いかける。

 そして、ふっと真顔になると、

「心配しないでよ、大和。鍋島さんは河原でウチの主と引き分けだったんだ。あのまま勝負なしじゃ、源氏の名が廃るってもんだ。源氏の名にかけて、義経の名にかけて、武蔵坊弁慶は勝ってみせるさ」

 意志を込めた強い言葉を発した。

 

「うむっ!!」

 英雄は大和と弁慶の言葉に大きく頷くと、大きく息を吸う。

 そして腹に力を込めると、学園全体に響き渡るかのように宣言した。

「川神学園の強者(つわもの)たちよッ!! 我らの学園を悪魔共に蹂躙させることまかりならんッ!!」

 英雄の声が響き渡る、学園の生徒たちの耳に、腹に、その声が届く。

「悪魔共に我ら川神の力ッ!! 見せつけてやろうではないかッ!!!!」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!!!!!!!!!』

 英雄の宣言の直後、裏門に集まった生徒たちから咆哮があがる。

 空気をビリビリと震わせる、若き咆哮だ。

 

 それに呼応するかのように、鍋島とブラッククッキーが一斉に裏門めがけてなだれ込んできた。

 

「ひるむなああっ!! 往くぞッ!!!!」

 その突撃に、英雄が声を上げながらいち早く飛び出していく。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!』

 その英雄に引っ張られるように、ほかの生徒たちもブラッククッキーの大群へとぶつかっていく。

「猛れ! 猛れ! 川神の勇者たちよ!! お前たちを阻むものは何もない!!」

 京極が後方で言霊を飛ばし、士気を更に高揚させている。

「指示は!! 英雄と!! 源さんからでるから!! 負傷者は速やかに校舎内の真名瀬さんのところへ!!!!」

 大和も可能な限りの大声で、最低限の支持を飛ばす。

 

 その中で、ブラッククッキーと同時に突撃していた鍋島の目の間に鉄の塊が飛んできた。

「――」

 鍋島はその鉄の塊――弁慶の錫杖を腕一本で受け止める。が、足が止まった。

「旦那の相手はこっちだよ」

 止められた錫杖を元に戻しながら、弁慶が構えを取る。

 その闘気に反応したように、鍋島も両手をポケットからだし、上げる。

 

「はあああああああああああああっ!!」

 弁慶が掛け声と共に闘気を発散させる。

「こおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 鍋島も弁慶に答えるように闘気を放つ。

 

「りゃあっ!!」

「かあっ!!」

 そして、弁慶の錫杖と鍋島の拳が同時にぶつかりあった。

 

 裏門は既に乱戦の様相を呈している。

 怒号と、剣撃、そして悲鳴が飛び交う中、二つの大きな鉱石はぶつかり合っていった。

 

 

―――――

 

 

 与一は屋上で先ほどよりも強い風を感じていた。

 川神学園の裏門周辺で両者がぶつかり合ったのを確認すると、矢を一本、弓につがえて引き搾った。

 狙うは鍋島正。

 下では予想通り戦いの音が聞こえ始めている。おそらく川神学園の裏門へ進軍していたうちの何体かが、下にいるクリスとマルギッテに遭遇したのだろう。

 その戦いの音を聞いて、物陰に隠れているであろう子供達の息をのむ気配も感じられる。

 与一は、その両方を意識の外へとはじき出した。

 

 クリスとマルギッテに関しては信頼……とは、少し違う。

 与一にとっていま重要なのは、狙った先の鍋島を確実に仕留める事。それ以外の事に関しては極力意識を割かない様にしている。

そこまで集中しないとマスタークラスである鍋島は仕留められない――そう、与一は思っていた。

 子供達に関しても同様だ、薄情……というべきではない。自らの一矢で鍋島を仕留められれば、相対的に彼らの安全の確保も容易くなるのだから。

 

――そんな事を考える事さえ、既に与一はやめている。

 

 与一の感じているものは、標的・鍋島正の動き、肌に当たる風の強さ、鼻に感じる湿気……

 猛禽類が一撃のもとに獲物を捕える様に、与一の集中力は細く、鋭く、研ぎ澄まされていった。

 

 

―――――

 

 

「せやっ!! 川神流・大車輪!!」

 薙刀を大きく振り回し一子はブラッククッキーの身体を両断する。

 始めはファミリーと共にいるクッキーと同じ姿をしているブラッククッキーと戦うのを躊躇したが、ブラッククッキーが市民を襲うところを見て一子は迷いを捨て去った。

 一子自身が知っているクッキーは絶対にこんな事をしないという信頼が、一子の覚悟を促したのだ。

 

 既に二桁に上るブラッククッキーが一子の薙刀によって、黒い粒子となって消えている。

 しかし、その数は一向に減った気配がない。

 それでも、一子は諦めずに薙刀を振り続ける。

 

――少し前までの自分なら既に倒れているかもしれない。

 

 そんなふうに、一子は考えていた。

 

――鈴子との最初の戦いを思い出していた。

――百代と四四八との戦いを思い出していた。

――項羽との戦いを思い出していた。

――若獅子タッグマッチトーナメントの戦いを思い出していた。

――百代と鈴子が目の前で舞っている時の悔しさを思い出していた。

――百代と鳴滝が目の前で殴り合っていた時の高鳴り思い出していた。

――忠勝と本気でぶつかり合った熱さを思い出していた。

 

 自分が前よりも強くなったという実感は――ない。

 ないが……かつての自分より成長したとは胸を張って言える気がする。

 鈴子は自分に『誰にも負けない武器がある』と言ってくれた。

 その後すぐに襲撃が来てしまった為、それがなんなのか聞く事は出来なかったが、それは恐らく自分自身がこの数カ月で成長できた所にあるのではないかと、そんな気がしている。

 

 初戦で負けて、差を見せつけられて、未だその差は微塵も詰まってはいない。

 そんな相手が自分の中のモノがあればルー師範を救えると言ってくれたのだ。

 

 ならば自分は信じればいい。

 心に『勇』の字を刻み込み、恐れずに突き進めばいい。

 それがきっと、自分の大事な人たちの為になるのだと思うから。

 

「せいやっ!!」

 薙刀を休みなく振るい、一子はブラッククッキーを蹴散らしていく。

 20体を過ぎた所で、数を数えるのはやめてしまった。

 

 

―――――

 

 

 これほど知られた酔拳だが。実は酔拳という門派自体はない。中国南北に酔拳と称される武術があるだけだ。

 その中で最も一般的と思われるのが『酔八仙拳』。

 呂洞賓(ろどうひん)鉄拐李(てっかいり)権鐘離(けんしょうり)藍采和(らんさいわ)張果老(ちょうかろう)曹国鼠(そうこくきゅう)韓湘子(かんしょうし)何仙姑(かせんこ)の八人の仙人の型からなる、象形拳である。

 ルーの酔拳も恐らくこれに属している。

 八つの型を組み合わせ、変幻自在に相手を惑わしながら、一瞬の不意をついて相手の急所に一撃を叩き込むエゲツなさは、中国拳法の真髄と言ってもいいかもしれない。

 御銚子(おちょうし)を象った手形である杯手は、そのふざけている様な形とは裏腹に一撃のもとに喉を破壊する為の手形であり、人差し指を握りこんだ鳳眼拳に移行した場合、鍛え抜かれた指で急所をつかれたら一撃で昏睡させられてしまう危険性さえあった。

 

 しかし、そんな動きを鈴子は躱し、捌き、防いでいる。

 

 最初は戸惑った船をこぐような千鳥足の動きも、よくよく観察してみると、攻撃の瞬間は基本的に強く地面を叩いている。その一瞬一瞬を逃さずに躱し、捌くという事に身体と目が慣れてきた。

 更に言うと、付き合わない。

 距離を置いて一気に踏み込み、二合、三合とやり合って深入りせずに離脱する。

 向こうが本気を出しているのかどうかは不明だが、現状、疾さに関しては鈴子の方に分があるようだ。

 しかし、それはルーの方も同じ事で、鈴子のヒットアンドアウェイに付き合わない。自分の射程に入った時のみカウンター気味に攻撃を繰り出し鈴子が離脱したら、追わない。現状、近距離での打ち合いに関しては、手の内を見せていないという事も相まって、ルーが絶対的に有利だ。

 互いに自分の得意な状況になる様に、牽制を繰り返している。

 

 しかし、このような千日手に突入した場合、不利なのは鈴子。

 ルーの方には制限時間がないが、鈴子にはある。

 このルール上の事に関してだけでなくても、体力という面で鈴子が不利だ。ルーが体力切れで動けなくなるなどと言う甘い状況を、鈴子は一切考えていない。

 

 つまり、無理にでも攻めていかねばならないのは――鈴子。

 

 鈴子の動きが変わる。

 

 今まで前後一直線に出入りをしていた動きに更に、左右の動き、更に上下の動きを加えて、疾さを増した。

 瞳から蒼い軌跡を創りながら、鈴子はルーの周りを縦横無尽に飛び回る。

 蒼い軌跡が舞い踊るように、ルーの周りを行き交う。

 ルーはルーで、その軌跡を無理に追うことはなく、相変わらず身体をゆらりゆらりと揺らしながら回っている。

 視線は鈴子を追っていないように見える……が、鈴子は時折感じる視線によって、ルーは自分を補足していると確信していた。

 そして鈴子は、ルーの死角(と思われる方向)から、爪先を僅かにルーの射程に入れた。

 真後ろからの微かな踏み込みにも関わらず、ルーは素早く反応して、振り向きざまに腕から鞭のようにしなやかな一撃が繰り出した。

 蛇が一瞬のすきを突き、獲物に襲いかかるかのような一撃。

 しかしその一撃は、鈴子の身体の手前で空を切った。

 

 鈴子は爪先を入れた時、踵にも同時に力を入れてルーの踏み込み一歩分だけ、後ろに身体を持っていっていたのである。

 もし、ルーに意識があったならば、鈴子の身体が急に遠くなったかのように見えたかもしれない。

 

「はあっ!!」

 鈴子がルーの腕が伸びきった瞬間を狙い、薙刀を振るう。

 一瞬の間を付いた一撃。

 ルーはその一撃を、あえて薙刀の方に身体を倒しながら受ける。

 鈴子の腕に、ルーの腕を叩く手応えが伝わる。

――畳み掛ける!

 鈴子が更に踏み込み、追撃を出そうとしたとき――鈴子の一撃を受けたのとは逆の腕が薙刀を掴み、鈴子の動きを止めてきた。

 鈴子は薙刀を引き、ルーの手から薙刀を開放しようとした、一瞬、

「ストリウム・ファイヤーーっ!」

 ルーは目を見開いて、赤い炎のような“気”を鈴子めがけて撃ちだしていた。

 

「くうっ!」

 鈴子は赤い炎を身体を反らして躱す。躱しきれずにその炎がかすった肩口の飾りが一瞬で消し炭になり、炎がぶち当たった商店街のシャッターはその熱でドロリと融解した。

「冗談じゃないわよ!」

 立て続けに放たれる炎を鈴子は躱し続ける。

 

「バースト・ハリケーンっ!」

 炎で鈴子を追い詰めながら、ルーは腕を振って今度は竜巻を作り出し、鈴子に投げつける。

「つうっ!」

 その風圧に耐えるため立ち止まった鈴子の目の前に、ルーが飛び込んできた。

()ィッ!!」

 杯手で喉を狙った横薙の一撃。鈴子は首を反らして避けるが、ルーはその杯手で戦真館の詰襟を掴む。

()ァッ!!」

 ルーはそのまま全体重を乗せて、鈴子を地面に叩きつけるべく身体を巻きつけた。

「くうっ!」

 鈴子は身をよじり抵抗するが、身体が密着しているため振りほどけない。

――ぶつかる!!

 鈴子が慣れない循法を総動員して地面に叩きつけられた時の衝撃に備えようとしたとき、ルーがいきなり鈴子から身体を離し飛び退いた。

 

 次の瞬間、鈴子とルーとの間の空間に、無数の苦無が飛来した。

 

 何が起こったのか瞬時に理解した鈴子は、倒れる身体をそのまま地面に倒し、クルリと地面に転がり立ち上がると、薙刀を創造してルーに斬りかかる。

「せえいっ!!」

 鈴子の斬撃の合間合間に、ルーの死角から苦無やワイヤーがルー目掛けて襲いかかる。

 その連携をルーは身体を反らし、揺らして、躱していたが耐えられなくなったように、初めて自ら飛び退き、鈴子と大きく距離をとった。

 

 ふぅ、と息を吐きながらルーと対峙する鈴子。

 そしてルーから目を逸らさずに、

「助かりました。ありがとうございます。」

 そう礼を言った。

 

「いえ、遅れてしまい申し訳ございませんでした」

 それに応えたのは、鈴子の影からすぅと現れたメイド服の女。李静初だ。

 

「住民の方々は大丈夫ですか?」

 鈴子が李の方を見ずに問いかける。

「はい、九鬼の従者部隊数名と葉桜清楚と合流できましたので、学園近くの公園で待機をしています。現在学園でも大規模な戦闘が行われているようなので」

「そう、ですか……」

「学園の方に援護に行くことも考えたのですが、ここで一人マスタークラスを仕留めることは、戦略上有利に働くと考え、戻ってまいりました」

「ありがとうございます」

 少しの沈黙のあと、鈴子が口を開いた。

「李さん」

「はい」

「こんなこと言うのは不謹慎ですけど……私、李さんと一緒に戦えるの嬉しいんです」

 鈴子の言葉に驚いたような表情を浮かべた李だが、すぐに、

「実は私もです」

 そう答えた。

 

 鈴子と李は初めてお互いに顔を合わせる。

 そして小さく笑い合うと、同時にルーへと視線を戻した。

 

「李さん! 行きます!!」

「いつでも!!」

 鈴子の後ろに李が隠れるようにすぅと入っていく。

 右手に苦無、左手に針を携えて、李は鈴子の気配に溶け込んでいく。

 

 二人の視線の先にいるルーの身体は、今までで一番大きく、ゆらり、ゆらりと揺れていた。

 

 

―――――

 

 

 岩。

 唯の岩ではない。

 山の頂に長年佇み、雨風にさらされ脆い部分が削り取られた岩。

 自然信仰をしていた古代の人間ならば、神として崇めることもあろうかと思われるほどに圧倒的な存在感を持った岩。

 そんな岩と、弁慶は打ち合っていた。

 錫杖と拳をぶつけ合いながら、互いに一歩も引かず、弁慶と鍋島は打ち合っている。

 

「はあああああああああああっ!!」

「くあああああああああああっ!!」

 

 弁慶と鍋島の周辺に、暴風雨の様な空間が出来上がっている。

 たまに乱戦の最中で吹き飛ばされたブラッククッキーが、その空間に入り込みそうになるが、そこに触れた瞬間にバラバラに破壊されていた。

 

「くっ……」

 しかしその空間の中で、ジリッジリッと弁慶が押され始めた。

 純粋な力において鍋島に分があったという事だろう。

 錫杖と拳のぶつかり合いで、少しづつ、少しづつ、弁慶が押し込まれていく。

 そして何十合目のぶつかり合いでついに、弁慶の錫杖がはじかれ、飛ばされた。

 

「ちっ!!」

 錫杖を飛ばされた弁慶は今度は、鍋島の拳を避けはじめた。

 速さや鋭さはあまりない。

 しかし、それを補って余りあるほどの力と重さを備えた拳。

 一振り一振りが鉈のように、強引に空気ごと、そこにあるもの全てのモノをぶった切っていく。そんな拳。

 一撃くらえば終わるかもしれないと思わせる拳を、弁慶は避け続ける。

「まいったね……」

 弁慶は小さく愚痴る。

 避けることは出来る、出来ているが、完全に間合いを征されてしまった。

 錫杖があって互角だった射程距離。錫杖がないこの状態で、鍋島の拳を掻い潜って懐に潜り込むのは至難……というより、不可能に近い。

 

 ならばどうするか。

 掻い潜るのが無理ならば――まっすぐに行けばいい。

 

「痛いのは好きじゃないんだけど……」

 弁慶は呟く。

 

 脳裏に義経や与一、大和の顔が浮かぶ。

 島で育ったクローン達はこんなにも大規模にクリスマスを祝うことは初めてだ。

 そう言って嬉しそうに笑った義経の笑顔を覚えている。

 悪態をつきながらも、口元が少し緩んでいる与一の顔を覚えている。

 この日のために寝る間も惜しんで動いていた大和の事を覚えている。

 まだ決心はついていないが、実は告白の準備もしてきた。

 楽しいクリスマスになるはずだった。

 思い出深いクリスマスになるはずだった。

 

――それを取り戻すためだ。

 

「そうも言ってられないか!!」

 そう言って気合いを入れる。

 

 弁慶は砕けそうなくらい歯を喰いしばると、決死の一歩を踏み込んだ。

 

 弁慶の読み通り、鍋島の岩石の様な右拳がぶち当たってきた。

 弁慶はその拳を左腕で防ぐ。

「――っ!!」

 めきり、と弁慶の左腕が悲鳴を上げる。

 べきり、と押し込まれた肋が音を立てる。

 灼熱の様な熱さが弁慶の神経を蝕む。

 予想以上の衝撃……だが、想定外ではない痛み。

 覚悟をしていたからこそ、耐えられた。

 

 弁慶は痛みも悲鳴も呑み込んで、その代わりに

「ああああああああああああああああああああっ!!」

 咆哮を轟かせる。

 

 左腕を犠牲に飛び込んだ鍋島正の懐。

 弁慶は両足に力を込めて、残った右拳を思いっきり突き上げ、下から鍋島の顎へと叩きつけた。

 

――鍋島の頭が跳ね上がった。

 

 

―――――

 

 

 鍋島の顔が跳ね上がった瞬間。

 与一はカッ! と目を見開いたと同時に、矢を放った。

 矢は一直線に鍋島の顔面めがけて一直線に飛んでいく。

 狙うは一点、弁慶が一撃を入れた顎。

 その一点めがけて、矢は飛来していく。

 

――獲った!

 

 与一は心の中で確信した。

 

 

―――――

 

 

 渾身の一撃で鍋島の頭を跳ね上げた弁慶は、遥か後方にキラリとした煌きを見た。

――与一の一撃だ。

 弁慶は確信していた。

 この一撃で終わりだと。

 那須与一が乾坤一擲で放った一撃、外れるはずがない。

 

 故に、次の瞬間起こった出来事に、弁慶の顔は驚愕に彩られた。

 

 

―――――

 

 

 与一の込めた“気”に反応したのであろうか、ブラッククッキーが次々に飛来する矢の直線上に、身を躍らせはじめた。

 飛行機能のないブラッククッキーは高さを確保するために、他のブラッククッキーに自らの身を放り投げさせたりしながら、矢の飛来を妨害したのである。

 無数のブラッククッキーを粉々に砕きながら、与一の矢は飛来を続ける。

 射撃武器は(すべか)らく、誤差との戦い。

 どんな名手であろうとも、途中に障害物があった場合、例外なく狙いから逸れる。

 幾多のブラッククッキーに阻まれながらも、その矢が鍋島正の額を穿ったのは、(ひとえ)に那須与一が放った矢であったからであり、他の何者の射撃もこれ以上の結果を残すことは難しかったであろう。

 

 しかし、それでも尚、当初思い描いていた結果とは程遠く、鍋島はグラリと大きく上半身を揺らしたものの、2本の足は地面を踏みしめたまま離れることはなかった。

 

「くうっ!!」

 鍋島が倒れないのを確認すると、弁慶はすぐに追撃の態勢に入った。

 しかし、左腕を負傷した弁慶に決定的な一打を入れれる力はなく、

「――っ!!」

 弁慶は丸太の様な腕に胸ぐらを強引に捕まれ、学園の中へと力任せに放り投げられた。

「きゃあああああっ!!」

 裏門の扉ごと下駄箱など、もろもろ巻き込んで吹っ飛ばされる弁慶。

「弁慶!!」

「おい! しっかりしろ! 今、(なお)してやる!」

 大和と晶が倒れた弁慶のもとに駆けつける。

 弁慶はピクリとも動かない。

 

 弁慶を仕留めた鍋島が再び前を向く。

 のしりのしりと、岩が再び動き始めた。

「くっ! おい!! 誰か校門から鳴滝を呼んでこ――」

 それを見た忠勝が鳴滝の救援を叫ぼうとしたとき、鍋島の前に一つの影が立ちはだかった。

 青く長い髪をなびかせて、弁慶にも負けないくらいの威圧感を纏っている――板垣辰子だ。

 辰子はどこからか持ってきたのか、バス停をズルリと引き下げ鍋島の前にゆっくりと立ちふさがる。いつもはトロンと垂れ下がっている優しげな瞳も、今は完全に据わっている。

 

 辰子は晶と大和に介抱されている弁慶の方をチラリと見る。

「よくも……よくも……」

 辰子は弁慶と共にタッグマッチを戦った相棒だ。兄弟や大和以外に初めて出来た友人と言っていいかもしれない。

 そんな弁慶を傷付けられて、辰子は怒っていた。

 身内以外が傷つけられて、初めて辰子は怒っていた。

 そこに、最後のひと押しが入る。

「いっちまいな! 辰子っ!! 遠慮はいらないよっ!!」

 姉である亜巳からの了解。

 

 板垣辰子の鎖が解き放たれた。

 

「あああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」

 辰子は咆哮とともに暴力的なまでの闘気を発散させる。

「かああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」

 それに呼応するように鍋島も叫ぶ。

 

 そして、二人は同時に、互いに向かって突進する。

 

 二つの闘気がぶつかり合い、二人の額がぶつかり合う。

 

 裏門の戦いは混沌の様相を呈してきた。

 

 

―――――

 

 

「くっそっ!!!!」

 矢を外した与一は思わず悪態をついた。

 気の練りも、距離も、完璧だった。まさかあのような形で妨害が入るとは思ってもみなかった。

 そんな時、意識から外していた聴覚の回復とともに下から微かな声が聞こえた。

「……一体いったぞぉ……きをつけろぉ……」

「何っ!」

 言葉の意味を認識したと同時に、ガチャリと屋上の柵にブラッククッキーの手がかけられた。

 

「ちっ!!」

 与一は矢筒から矢を一本引き抜くとそれを携えて、未だ身体の半分以上が屋上の外にあるブラッククッキーを仕留めるために突撃していった。

 その突撃にブラッククッキーが反応する。

 ブラッククッキーは柵に掛かっていない方の手を伸ばしレーザーを飛ばしてきた。

「――!!」

 与一は素早くそのレーザーに反応するが……避ける事ができなかった。

 なぜなら自分の避けた先には子供たちが隠れた物陰があるからだ。

 

「があああああああああああっ!!」

 ブラッククッキーのレーザーが与一の右肩を抉る。

 痛みと同時に焼きごてを押し当てられたような熱さが右肩を蝕んでいく。

「がああああああああああああああっ!!!!」

 それでも与一は突撃のスピードを緩めずに一気にブラッククッキーの元にたどり着くと、左手に持っていた矢をブラッククッキーの目に突き立てる。

 突きの勢いに押され、突き立てられた矢と共に屋上から落ちていくブラッククッキー。

 それを確認すると、

「つうう……」

 与一は右肩を抑えてうずくまった。

 

「与一!!」

 同時に屋上の扉が開き、マルギッテが飛び込んできた。

「与一! 肩をやられたのですか、すぐに手当を……」

 そう言って与一の元に駆け寄ったマルギッテは後ろの物陰の気配に気づく。

「誰だっ!!」

 マルギッテは声を上げるがすぐにその正体を知る。

「子供?」

そして同時に、与一の負傷の意味を理解した。

「与一……あなたは彼らをかばって……」

 マルギッテの言葉に、

「んなこたぁ、どうでもいい……」

 与一が口を開いた。

 

「子供がいるならなぜ早く、私達に……いや……すみません、これは私の失態でしたね」

 マルギッテは与一に抗議をしようとしたが、すぐにそれを改め謝罪をした。

 自分が与一の立場でも、あの状況ならば、このまま子供たちを匿ったであろうことに思い至ったからだ。

 それに、ブラッククッキーを壁に登らせてしまったのは自分たちのミスだ。

「何度も言わせんな……んなこたぁ、どうでもいい」

 与一はそんなマルギッテの言葉に先ほどと同じ言葉を言った。

 

「敵に場所がわれた今、兎に角ここは危険です。子供達も一緒に移動しましょう」

 そんなマルギッテの提案に、

「……断る」

 与一ははっきりと拒絶の言葉を放つ。

「なっ! 何を言っているんですか! このままではここにブラッククッキーが押し寄せてきますよ!!」

「裏門を狙える場所は、この周辺だとここだけだ。ガキ共つれて今の学園に近づく訳にもいかねぇ。だとするならここで狙撃の機会を待った方が鍋島を仕留められるし、ガキ共の安全にもつながる」

 そんな与一の言葉にマルギッテは困惑の表情を顔に浮かべる。

「狙撃って……与一、あなたは肩を怪我しているではないですか。そんな状態で弓を射るなど無……」

 マルギッテの言葉が終わる前に、

「舐めんな……」

 与一が言葉をかぶせた。

「舐めんじゃねぇよ……俺は那須与一のクローンだ。腕の一本使えなくったって、矢の一本や二本、射ってみせる」

 与一がギラリと目を光らせて、マルギッテを睨みつける。

 マルギッテも与一の目を見る。

――本気で言っている。

――那須与一は本気でこの右肩で、鍋島正を仕留めるつもりでいる。

 マルギッテは与一の瞳から、その覚悟を見てとった。

「……わかりました……同じ失敗は二度と犯さしません。私が……私とお嬢様が、ここに敵を上げないと誓いましょう」

「頼むぜ、ドイツ軍人」

Jawohl!!(ヤヴォール) (了解だ)」

 そう誓う様に返事をすると、マルギッテは屋上から降りていった。

 

 与一それを見届けると、右肩を抑えながら屋上の柵にもたれかかる。

「悪ぃな、姐御……せっかくのチャンス逃しちまって……今回ばっかは小言でもなんでも聞いてやるから……頼む……頼むぜ……もう一回、俺にチャンスをくれッ!」

 与一はそう呟きながらシャツの袖を破り、口にくわえて左手一本で、右肩を止血し固定する。

 

 その治療の途中でも、与一の瞳は裏門に固定されている。

 

 手負になっても尚、『扇の矢 那須与一』の瞳は未だ鍋島正を捕捉し続けていた。

 

 

 

 




始めに書きましたが、この章(の特に序盤)はかなりの場面変更があります。
読みにくいようでしたら、お知らせください。

今回もお付き合い頂きまして、ありがとうございます。

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