「せえええやっ!!!!」
由紀恵の裂帛を轟かせた剣閃が、襲い掛かってきた黒いボディーの量産型クッキー2を真っ二つに切り裂いた。
「一体何が……」
次々に襲い掛かってくるクッキー2を撃退しながら、由紀恵がつぶやく。
伊予と一緒に飾りつけの買い物に出ていた由紀恵は、川神学園への帰り際に量産型クッキー2の大群に襲われていた。
「ひゃあ! ひゃああっ!!」
由紀恵の後ろでは共に買い物に出ていた伊予が、袋を抱えてうずくまっている。
買い物の途中、川神全体が急に慌ただしくなった。
退避を指導している九鬼の従者部隊に事情を聴くと、テロリストからの犯行声明が出ているため川神の外か、川神学園への退避を命じられた。
伊予と相談した結果、大和達仲間といったん合流した方がいいという事になり、帰路の途中でクッキー2の大群と遭遇してしまったのだ。
「んっ?」
今まで絶え間なく襲い掛かってきた量産型クッキー2が急に退避し、一列整列した。
「――っ!!」
その直後、両手を前に突き出した量産型クッキー2から夥しい数のミサイルが、由紀恵とその後ろにいる伊予目がけて発射された。
「はああああああああああっ!!!!」
目で追うのも難しい程のミサイルを由紀恵は次々に刀で叩き落とす。
由紀恵の意識がミサイルに向かったその瞬間、爆炎に紛れて一体の量産型クッキー2が由紀恵の脇をすり抜けて行くのが見えた。
「伊予ちゃんっ!!」
由紀恵が気づき、声を上げた時には、量産型クッキー2は既に伊予の目の前に迫っていた。
「きゃああああああああああああっ!!」
伊予が買い物の袋を抱きしめて、悲鳴を上げる。
「させねぇよっ!!」
伊予の悲鳴と重なるように激昂を響かせながら、一つの影が飛び出し量産型クッキー2にぶつかっていく。
量産型クッキー2が伊予に辿り着くより一瞬早く、飛び出してきた影――大杉栄光が量産型クッキー2に“触れる”。
殴るでも、穿つでもなく、触れる。
その瞬間、量産型クッキー2の中の何かが壊れる“音”がした。
実際に何か物理的な音が聞こえたわけではない。
しかし、感覚として、量産型クッキー2の中の何か決定的なものが壊れるのを、目の前で見ていた伊予は感じていた。分厚いガラスが粉々に砕ける様に、ドでかい氷の塊がバラバラに割れる様に、量産型クッキー2を動かしている根っこの部分を、栄光は文字通り根こそぎ刈り取っているようだった。
栄光に触れられた量産型クッキー2が次々に倒れ伏していく。
それを危険と察したのか、残った量産型クッキー2は再び距離をとり、今度はレーザーを一斉に発射した。
「おらぁ!」
栄光はそのレーザーの束に身を躍らせて、右手を一閃する。
その一振りで、束になったレーザーが跡形もなく消し飛ぶ。
「由紀江ちゃんっ!!」
「はあああああああああああああっ!!」
栄光から声がかかるのを分かっていたかのように、由紀江が地を駆け、距離をとっていた量産型クッキー2の前に躍り出ると刀を一閃。立っている量産型クッキー2を一刀のもとに切り捨てた。
目の前の敵がいなくなっても戦いの音が続いているのを耳にした由紀江は、そちらを見る。そこではメイド服を着た金髪の女性と、濃い紫色のボディーのクッキー2がそれぞれ最後の量産型クッキー2を倒していたところだった。
「間一髪……だったかな。大丈夫? 伊予ちゃん、由紀江ちゃん」
その戦いの行方を見ていた伊予と由紀江に、栄光が声をかけてきた。
「あ! ごめんなさい! 大杉先輩ありがとうございます」
「わっ! 私の方もすみません、助けていただいたのに」
その言葉にようやく我に勝った、伊予と由紀江は慌てて、栄光に頭を下げる。
「ああ、いや、無事ならそれでいいんだ。ホント、運が良かったぜ、オレ達の行く途中に由紀江ちゃん達がいてさ」
栄光がそんな二人のお礼に答えた時、不意に倒れていた、量産型クッキー2が跳ね起きた。
破壊が足りなかったのだろうか、半分以上取れかかっている頭を揺らして、伊予に襲いかかってきた。
「きゃああああっ!!」
それに気付いた伊予の悲鳴が上がる。
「くっ!」
「ちいっ!!」
由紀江と栄光が声を上げる。
由紀江と栄光が身を翻し、伊予のもとに向かおうとした瞬間、
――ひゅっ!
という風を切る音と共に飛んできた矢によって、量産型クッキー2は伊予の目の前で商店街のシャッターに縫いつけられた。
縫いつけられた量産型クッキー2は2度3度ビクビクと身体をふるわせていたが、すぐに動かなくなった。
「ふー、与一の奴かな、助かったぜ――ごめんな、伊予ちゃん大丈夫だった?」
栄光の言葉に伊予はコクコクと無言でうなずくが、すぐに、
「ひっ!!」
と、鋭い息を吐く。
伊予は胸の前で手を握りながら、一点を凝視していた。
「あっ!!」
「うおっ!」
伊予の視線の先に目をやった由紀江と栄光も同じく声を上げる。
そこには――恐らく与一が放った――矢で縫いつけられた、量産型クッキー2の残骸があった。その残骸の傷口から、もぞもぞ、わらわらと黒い蟲の様な粒子が大量に這い出てきたかと思うと、空気に触れた瞬間に蒸発するように消えていく。
そして、それが数秒続いたかと思うと、量産型クッキー2の残骸その物が消えていた。まるで、其処には最初から何もなかったかのように、ただ一本の矢のみがシャッターに突き刺さっていた……。
「……大杉先輩……一体何が起こってるんですか?」
「……」
それを見届けた由紀江が、栄光に問いかける。
「さっきテロリストと聞きました。でも、これは明らかにおかしいです! 何か、とんでもなモノがこの川神に来ている――そんな気がしてなりません」
そんな由紀江の言葉に、栄光は向こうで待っているステイシーと本物のクッキーを一瞥すると。
「悪ぃ……説明してあげたいけど、オレ達、急がなきゃならねぇんだ。そこ曲がったとこに学園に誘導してる九鬼の従者部隊の人達がいるから、その人等の誘導に従って学園で待っててくれ。終わったら全部説明すっからさ」
そう言って、栄光は二人に頭を下げると踵を返そうとする。
由紀江の頭の中に栄光の言葉が響く。
――どんなに負けたって、絶っ対ェ、勝たなきゃいけない時に、勝てればいいのさ。
もしかしたら、今がその時なのではないか……
自分が死力を尽くして戦うのは、今ではないのか……
「大杉先輩っ!!」
そんなふうに考えた時には由紀江は既に、声を出して栄光を呼びとめていた。
「私も……私も連れてってくれませんか? いえ……連れて行って下さい!!」
「え?」
「まゆっち……」
いきなりの言葉に驚く栄光と伊予。
「未熟ながら、私も剣聖・黛十一段の娘です。大杉先輩の助太刀、させてはいただけませんでしょうか?」
「由紀江ちゃん……」
由紀江の申し出にどうしたら良いのか、言葉を詰まらせる栄光。
間があいた。
向こう側にいる二人(一人と一体)も含めて、誰も言葉を発しなかった。
「……いや、でも、駄目だ。今からオレ達のいくとこはマジでやべぇ……だから、由紀江ちゃんは伊予ちゃんと……」
「先輩は! 大杉先輩はっ!!」
考えた末にだした栄光の拒絶の言葉に、由紀江には珍しく語気を強くして言葉を重ねた。
「私に言ってくれました……どんなに負けても、絶対勝たなきゃいけない時に勝てばいいって……これが、その時なんじゃないですか?」
強い瞳で、由紀江は栄光を見つめている。
「今、これが……“絶対に勝たなきゃいけない時”、なんじゃないですか……」
「由紀江ちゃん……」
由紀江の言葉を聞いた栄光は、驚いたように由紀江の名前を呟いた。
一瞬の沈黙のあと、
「あーーーーっ!!」
栄光はいきなり大きな声を上げると、自分の頭をクシャクシャと掻き回す。
「お、大杉先輩」
栄光の唐突な行動に由紀江は目を丸くする。
「あーー、ホントにオレってば、馬鹿だよなぁ。何一人で格好つけてんだっつう話だよ。そうだよ、そうだよ、由紀江ちゃんの言う通りだ! ここは大仏ん時みてぇに、なりふり構っちゃいけねぇとこだ!」
そう言って栄光は、由紀江に向き直ると、
「それに由紀江ちゃんだって当事者だ、この川神の住人としてこのふざけた奴等をぶっ飛ばす権利がある。蚊帳の外で待ってるなんて出来ねぇよな!」
右手を差し出した。
「行こうぜ、由紀江ちゃん! この馬鹿げた騒動をぶっ潰す為に、力を貸してくれっ!!」
栄光の言葉に由紀江は、
「はいっ!!」
と、力強く頷き、栄光の右手を掴んだ。
「伊予ちゃん……ごめん」
由紀江は伊予に向き直って頭を下げる。
「あ、謝らないでよ、まゆっち。私なら大丈夫、すぐそこに九鬼の従者の人達がいるんでしょ? 私、まゆっちと大杉先輩が帰ってくるの待ってるから!」
伊予はそう言うと、荷物を抱えてタタタっと角まで駆けていく。
そして、其処で思い出したようにクルリと振り返ると、
「毎年御正月に、浜スタで七浜ベイのファン感謝デーがあるの!! 来年は絶っっっ対、三人で行こうねっ!!!!」
そう言って大きく手を振ると九鬼の従者部隊が待機する大通りへと向かっていった。
伊予の姿が見えなくなるまで、栄光と由紀江はその背中を見守っていた。
「おいっ!」
ステイシーから声が掛る。
「スンマセン! 今行きます!」
栄光が大きな声で返事をする。
「行こう! 由紀江ちゃんっ!」
「はいっ!」
栄光と由紀江は待っているステイシーとクッキー2の元へと駆け出す。
目指すは川神工場地帯にある九鬼技術研究所。
その方向は、川神市街より更に深く、暗く、黒く濁っていた。
―――――
……ふぅ。
伊予を襲った量産型クッキー2を仕留めた与一は止めていた息を静かに吐いた。
「今日の風だと、あんな感じか……」
あるマンションの屋上に陣取った与一は、身の丈と同じくらいの大きさのある弓の具合を確かめながら周りを見渡す。
この周辺でこのマンションより高い建物はほとんどない。
しかも、川神学園の裏口を――常人が見たれば、遥か彼方だが――視界に捉えることができるため、そちらの方にも援護ができる。まず手始めの拠点としてはこのあたりが妥当だろう。
下ではクリスとマルギッテが、マンションの入口を警備しているはずだ。
与一、歩美、京の遠距離を得意とする三人は、援護のためにそれぞれ動いている。
与一はクリスとマルギッテの二人とペアを組みこのビルに陣取っていた。
歩美も準と小雪の二人とペアを組んだので、ここから見えるどこかのビルに陣取って援護をしているだろう。
京は大和が川神学園に残るということもあり、拠点で防衛にまわっている。
「さてと……じゃあ、続けていくぜ」
与一は視線を走らせると、矢筒から矢をとりだして引き搾り――放つ。
常人では豆粒程にも視認できない的めがけて、与一は次々と矢を放っていく。
与一の得意分野は射程距離。天下五弓の中でも、際立って高いその飛距離を生かした射撃は、もはや砲台と言っていいかもしれない。
連続して都合で十本の矢を放った与一は、ふぅ、と、再び止めていた息を吐き出す。
そんな時、ゴトリと屋上の端から物音が聞こえた。
「誰だっ!!」
与一はそちらの方を振り返ると鋭い声を上げた。
「ひっ!」
「ひゃ!」
「わっ!」
物陰に隠れていたであろう複数の人物の驚いた声が聞こえた。
「何やってやがる……何が目的だ……出てきやがれ」
幼い声の様だったが……この異常事態だ、何が起こるかわからない。
与一は声を低く抑えながらゆっくりと物陰に近づく。弓は背に背負い、近接の為に矢を逆手に持って握っている。
与一が物陰にたどりつくとそこには兄弟であろうか、幼い3人の子供たちが互いを守るように身を縮めて震えていた。
「おい、お前ら、何でこんなトコいんだ? 避難命令出てたろ?」
流石に敵じゃないと判断した与一は、矢を矢筒にもどしながら問いかける。
警戒心は解いたが、口調は荒い。これは与一の素なのだろう。
「わ、わたしたち、かくれんぼしてて……それで、眠っちゃって……」
一番年長の女の子――6歳位であろうか――が恐る恐るといった感じで状況を説明する。
「ちっ……親はどうした? 何で近くにいねぇんだ?」
「パパとママは、サンタさんに手紙を届ける為に七浜にいったの……」
続く与一の質問に答えたのは、もう一人の女の子だ。初めに話した少女と歳はあまり変わらないように見える。
話をまとめれば、両親がクリスマスプレセントを買いに七浜に行っている間に、かくれんぼをしながら遊んでいたら疲れて寝てしまった……という事なのだろう。
「ったく……いいか、下に――」
与一が再び舌打ちをして、クリスかマルギッテに子供たちを任せようと声を出したとき、与一の舌打ちに驚いたのか、少女の一人がビクリと身体を震わせ、
「うっ……うっ……」
その大きな瞳に涙が浮かばせ始めた。
「お、おい……勘弁してくれよ……これだから餓鬼は――」
少女の反応に与一が悪態をつこうとすると、
「おい! ネェちゃんたちをいじめるな! このツンツン頭!!」
一番幼く見える今まで黙ってた少年が飛び出してきて、二人を守るように大きく手を広げた。
「あ? 苛めてねぇだろ」
与一が少年の言葉に反応すると、
「苛めてた! だってネェちゃん泣きそうだもん!!」
少年も言い返す。
「あぁ? てめぇ、俺に突っかかるとはいい度胸だな……」
「男だから、ネェちゃんたちはボクが守るんだ! パパに約束したんだ!」
与一が凄んでも、少年は引かなかった。
女二人に、男一人の兄弟。唯一の男として気を張る末弟。
島にいた時の自分たち源氏の三人に重なった。
なんとなく、毒気を抜かれた与一は頭をかきながら、
「はぁ……悪かったな……別に苛めたつもりはなかったんだ」
そう言った。
そして、再び避難を促すべく幼い兄弟に向かって、
「とにかくココは危ねぇ。いいからさっさと避難しやが――」
そう言いかけた時、与一は視線をあげた先にとんでもないものを見てしまった。
岩。
与一は最初、岩が動いているだと思った。
岩は岩でも、雨風にさらされて脆い部分が削り取られ、純粋な塊となっている岩。しかし、丸みがあるのではなくとげとげしさは残っている……そんな岩。
そんな岩が、真っ黒い苔を纏い動いている――与一にはそんなふうに見えた。
そして、その岩の後ろの道が真っ黒に覆われて、動いていた。
歩いているのは鍋島正だ。
トレードマークである往年のギャングの様ない出立ちと、口の葉巻まで、ついこの前河原で会った鍋島そのままだ。
しかし決定的に違うのが、その色。
身に纏う全てどころか、葉巻から立ち上る煙までもが黒かった。
そして、その後ろには夥しい数の量産型クッキー2。
道が黒く動いて見えたのは、道に隙間がないほどに量産型クッキー2が歩いているからだ。
その向かう先は――川神学園裏門。
「ちっ!!」
与一は舌打ちをすると、矢を携えようとして――その手をおろす。
ここで鍋島を狙い打っても仕留められる確率は半分あるか、ないかと言うところだろう。
逆に仕留められなかった場合、場所がばれる。
そうなれば、あの夥しい数の量産型クッキー2が自分達の所へ雪崩をうってやってくるだろう。
通常なら射った時点で、地上にいるクリスとマルギッテと共に場所を移動すればいいのだが、今は与一の足元に逃げ遅れた子供がいる。
彼らを守りながらの移動は多大なリスクがあるし、今、鍋島が向かおうとしている川神学園にこの子供を連れていくという選択肢も、現実的に考えればノーだろう。
ならば今、自分のとるべき選択肢は何か――この子供の安全を確保しつつ、川神学園を援護出来るこの位置から動かずに迅速にこの事実を学園に知らせる事――だ。
そう判断した与一は、
「おい、クソガキ共! てめぇ等はさっきの物陰に隠れてじっとしてろ! 絶っ対ぇ、出るんじゃねぇぞ!! いいな!!」
とポカンと与一を見ていた兄弟を怒鳴りつけた。
「は、はい」
「う、うん」
「わかった!」
与一の剣幕に押されたのか、幼い兄弟は素直に頷き、最初に隠れていた屋上の隅へと戻っていく。
それを見送ると次に、大きく息を吸い込むと、下に向かって、
「おい!! 3区画向こう側に大群が来てる!! こっちにも回ってくるだろうから!! そのつもりでいろ!!」
大声で叫んだ。
「……了解だあー……っ」
下の方からクリスの声が聞こえる。
その言葉を聞き届けた与一は最後に、自らの制服の袖を破ると同時に、唇を噛んで血をにじませる。その血を指につけて、破った制服の袖に血で文字をかく。
――鍋島、裏口、向かっている。
血で書かれた文字の入った袖を矢に巻きつけると、引き搾り――放った。
放った矢は狙いたがわず、裏口にいた見張りのもとに届く。
その矢を見て布に気付いた見張りが、慌てて学園の中に入っていくのが見えた。
それを見届けた与一は、矢の本数と弓の具合を確かめる。
鍋島の事を知らせる際に、逆サイドに同じくらい大きな”気”の存在を感じたが、そちらの一団は向こうの仲間たちに任せるしかない――与一はそう意識を切り替える。
自分一人で戦場全てを援護できるなどと思うほど自惚れてはいない。
今すべきなのは大駒の一人である鍋島の撃退だ。
与一はギラリと猛禽類の様な双眸を光らせると、
「俺が見つけた獲物だ――絶っ対ぇ仕留めて見せるぜ……」
そう、ボソリと呟いた。
そんな思或が渦巻く中、黒く染まった鍋島はゆっくり、ゆっくり歩みを進めていた。
岩が自ら歩くならば、この様に歩くだろうなと思わせる大きさと、速度で歩いている。
鍋島の血の様に紅く染まった瞳には、川神学園の影がしっかりと映っていた。
―――――
「犯行予告のあった正午は既に過ぎています! 住民の方々は九鬼従者部隊の指示に従って速やかに、川神学園体育館へとご移動下さい!」
李静初が大きな声を出しながら川神商店街の人々を誘導していた。
既に正午は回っている、定例の連絡では既にいくつかの場所で交戦が報告されていた。
しかし、基本的に電波が届かないので、一々決まった時間に川神学園へ連絡を入れないといけない為、リアルタイムで情報が受け取れない。それがなんとも、もどかしい。
ただ、住民の誘導を九鬼の従者部隊が行ったことと、川神という地域の住民が異常事態になれているという事もあり、かなりスムーズに行われた。市の境界線に近い所から川神市の外への誘導を基本として、時間のかかる川神市中心部の住民は川神学園にというのが基本方針でほぼ予定通り行われていると言っていい。
今は、川神商店街を中心とした人々を誘導している。島津麗子や川神書店の店長など、見知った顔も何人か混じっている。
「李さん、こっちの一画はもう人がいないみたいです」
「向こうの方も皆、非難したみたい!」
別の区画を探索していた我堂鈴子と川神一子が李の元に戻り、それぞれ報告をする。
「ありがとうございます。では、一緒に川神学園まで皆さんを送り届けましょう」
「了解です」
「はい!」
鈴子と一子は李の言葉に素直に頷き、共に住民の避難警護にうつる。
「……」
川神学園への移動中、一子は時折考え込むような素振りを見せる。
「やっぱり心配よね、学園長」
考え込んでいる一子を気遣って鈴子が声をかける。
李が先頭で、一子と鈴子は最後尾を歩いている。
「え? ああ……うん……」
鈴子の言葉に驚いたのか、一子はぎこちない返事をする。
「……どうしたの? 一子あなた大丈夫?」
一子の態度に違和感を覚えたのか、鈴子が一子の顔を覗き込むようにして問いかける。
「う、うん! 大丈夫! 大丈夫! ……ちょっと、ルー師範のこと考えてたの」
「ルー先生?」
「……うん」
一子の言葉に鈴子は思わず聞き返してしまった。
確かにルーは川神院に住んでいるし、一子の師範でもある。しかし、血が繋がってないとはいえ養父である鉄心よりも先に一子の口から名前が挙がる事が、鈴子は理解ができなかった。
「もちろん、お爺さまのことは心配。でも、アタシはお姉さまのことを信じてるから……お姉さまがお爺さまを絶対救うって言ったんだから、絶対二人で戻ってきてくれるって信じてる」
一子は鈴子に話すというより、自分に言い聞かせるように話している。
「でも、そうするとルー師範は誰が助けてあげられるのかなって……私はお姉さまと違って武芸の才能はない……それでもルー師範は私のことを見捨てないで指導してくれた」
一子の独白のような言葉は続いている。
「ルー師範ってさ、今でこそ川神院の師範代の筆頭だけど、師範になるまで物凄く時間がかかったんだって……でも、ルー師範は諦めないで努力し続けて、今みたいに強くなったの……」
一子は話しながら、手に持っている薙刀を強く握りしめる。
「ルー師範はアタシにとって、お爺さまとは別のもう一人のお父さんみたいな人だけど……それだけじゃなくてアタシの……目指すべき人であり、憧れの人なんだ……」
「一子……」
「ルー師範がいるから、アタシは諦めないで頑張れる……ルー師範がいるから、信じられる、アタシも頑張ればお姉さまに近づくことができる……って」
そして一子は最後に、
「だから、アタシはルー師範を助けたい! 助けてあげたいっ!!」
強く、熱い想いをのせた言葉を発した。
「人を助けるって……」
一子の言葉を聞いた鈴子が不意に口を開いた。
「え?」
一子が鈴子の方を振り向く。
鈴子はこちらを向いた一子の目を見つめながら、
「そんなに簡単なことじゃないわよ」
そう続けた。
「――ッ!!」
それを聞いた一子が息を呑む。
「人が一人で出来る事というのは本当に限られてる。そしてこういう、厳しい局面立ったとき、自分で出来るのは自分の事だけ……ううん、それどころか、仲間と支えあってようやく立っていられる」
鈴子は一子から視線を外し、前を向きながら静かに話し続ける。
「そんな中で相手を想って、戦うというのはとても難しいのよ。そんなことが出来るのは、“本当に”強い人だけ」
鈴子の言葉は静かで、そして淡々としていた。それが逆に、この言葉が鈴子自身が経験した実体験に基づいた重みのある言葉であるように、一子には感じられた。
「……」
鈴子の言葉を聞いた一子は、唇を噛んで沈黙する。
「――でも」
しかし、その言葉を聞いて尚、一子は口を開こうとした。
「……それでも――」
一子の言葉に、鈴子の言葉が重なった。
「それでも、一子がルー先生をその手で助けたいというなら……私はあなたを全力でサポートする」
「え?」
鈴子の言葉に一子が驚きの声を上げる。
「私は……私たちは出来なかった。あの夢の中で、私たち以外の誰ひとりとして助けてあげることはできなかった……」
鈴子の言葉が硬くなる。
「こんな馬鹿げたことで……こんなくだらない事で……もう、沢山なのよっ! そんなことはっ! だから、今回は……今回こそは失敗しない。私たちが巻き込んだ、この川神全部まとめて救い出す!! 救って見せる!! たぶん、柊達もそう思ってる」
そう言って鈴子は再び一子に向き合い、瞳を合わせる。
「だから、一子――あなたがルー先生を本当に助けたいと思っているなら、私は私の力の限りそれをサポートする」
一子は鈴子の双眸に蒼い炎が灯るのを見た。静かだが熱く煌く炎だ。
「うん……うん! ありがとうっ!!」
その炎に感化されて、一子も力強く頷く。
そんな一子を見た鈴子が小さく笑う。
「大丈夫よ、一子。あなたには誰にも負けない武器がある。それがあれば、ルー先生だって絶対助けられる」
「え? それってどういう――」
一子が鈴子の言葉を聞き返そうとした時……
一子の足元に“大蛇”がするりと現れた。
その“大蛇”は一子の首めがけて、速く、そしてしなやかに鎌首を持ち上げる。
「一子っ!!」
「ひゃあっ!!」
それにいち早く気づいた鈴子が、一子の襟をつかみ力任せに後ろに放り投げる。
“大蛇”の鎌首はつい先ほど一子の首があったところを走り抜けた。
「はあっ!」
”大蛇”に向かって鈴子が薙刀を一閃させる。
鈴子の一撃を“大蛇”は飛んでよけ、鈴子を向き合う。
“大蛇”が飛び退いた先には、真っ黒な拳法着で身を包んだ、ルー・イーが佇んでいた。
先ほど“大蛇”の鎌首に見えたのは、ルー・イーの蹴りだったのだ。
「ルー師範……」
「ルー先生……」
一子と鈴子の声が重なった。
「あっ!」
続いて、一子が声を上げた。
鈴子がルーから視線をそらさずに、チラリと一子の方を見ると、自分たちが歩いてきた方向から、大量の量産型クッキー2が整然と列をなして行進してきた。
「李さんっ!! ここは私たちがっ!!」
考えたのは一瞬だ、鈴子は前にいた李に大声で声をかける。
「わかりましたっ!!」
その言葉に李は即座に返事をすると。
「はあっ!!」
袖から出した無数のワイヤーを住民と鈴子達との間に張り巡らし、簡易な足止め用の網を作る。
「住民の皆さん! まっすぐ走ってください! もう一本先の区画にいけば、他の従者部隊と合流できますっ!!」
その言葉に驚きながらも、住民たちは走り出す。
「一子ちゃん! 無理するんじゃないよ!」
「二人とも!! ちゃんと戻ってこいよ!! バッキャロウッ!!」
麗子や店長が、さり際に声をかけていく。
「お二人共、無理はなさらないでください! 私もすぐに戻ってきます!! ご武運を!!」
最後に李はそう言うと、住民を誘導すべく走り出す。
いつの間にかすぐそばまで来た量産型クッキー2が歩みを止めていた。
狙いを二人に定めたのだろう。
「一子……そっちのロボットの方、頼めるかしら」
「うん、わかったわ」
鈴子と一子は背中合わせになって、言葉を交わす。
鈴子はルーを見ている。
一子は量産型クッキー2の群れを見ている。
「ルー先生を助けるのは、あなたの役目何だからね。それまでにそっちのガラクタ片付けときなさい」
「うん」
互の体温を背中に感じながら、言葉を交わす。
「早くしないと、私が助けちゃうわよ」
「ちょ、ちょっと」
「嫌ならさっさと片付けちゃいなさい」
「……うんっ!」
そう言うと、最後に互の薙刀の柄の部分をコツンと当てる。
ルーの上半身がゆらゆらと揺れ始めた。
量産型クッキー2の瞳に赤い光りが灯った。
「はああああああああああっ!!!!」
「やああああああああああっ!!!!」
鈴子と一子は裂帛の気合を轟かせながら、互いの相手へと疾走する。
ここに、即興劇の第一章が幕を開けた。
八名陣の続編楽しみですねー
続編が出る前には必ず終わらせるように頑張ります!
お付き合いいただきまして、ありがとうございます。