12月24日、午前5時。あずみの部屋の電話のベルが鳴り響く。
既に起きて身支度を整えていたあずみは、怪訝そうな顔でけたたましく鳴り響いている電話を見る。
「内線? しかも門番から?」
今や一企業の枠組みを超えて、世界的に大きな影響力を持つ九鬼財閥。当然ながら敵も多い。極端な話だが深夜にテロリストからの襲撃を受けたこともあるくらいだ。
しかし、そのような緊急または非常事態の場合、九鬼従者部隊には携帯に連絡が入り、館内放送で緊急を知らせるようになっている。
自分の知る限り現在、携帯も放送もない。
――年の瀬だ、
不審に思いながら受話器をとる。
『お、忍足さん! あのっ! あのっ!!』
あずみの耳に飛び込んできたのは、予想よりもずっと慌てている警備員の声だった。
「おい、どうした、深呼吸してからでいい。落ち着いて話せ」
警備員の動揺を見てあずみの警戒心が一気に上がる。
警備員と言っても九鬼の門を守る人間だ、それなりに腕は立つし、なにより大抵の修羅場は経験している。電話口が警備員の声以外、静かなのも逆に不安だ。
『すー……はー……申し訳ありません。ご報告します! 九鬼につながるトンネルの入り口で、クラウディオさんが血まみれで倒れています!』
「な! なにぃっ!?」
――クラウディオが血まみれで倒れている?
冗談としても笑えない。4月馬鹿でも、もっとマシなネタがあるだろう。
執事と言う職業を身体全体で表した様な男がクラウディオ・ネエロという男だ。あずみはクラウディオが座っているところを、酒場以外で見たことがない。寝ているなんてもってのほか、そのクラウディオが倒れている? 血まみれで?
――尋常じゃない事が起こった。
あずみは全身のスイッチがカチリと入るのを感じた。
「わかったすぐ行く。クラウディオは生きてるんだな?」
『は、はい! 先ほど草むらからいきなり出てきて、私達の目の前で倒れこんできました。確認したところ息はあります』
「わかった……他にこれを報告した人間はいるか?」
『は、はい。相方のほうがマープルさんと、ゾズマさんにいま連絡を入れています』
「よし、なら後は李とステイシーに連絡して局様達を御起こして、いつでも動けるように準備整えとけと伝えておいてくれ。あと、医療班に連絡してないなら大至急で来いと言っておけ」
『了解致しました』
流石は九鬼の門番を任されていた人間だ、やることが明確になって落ち着いたのか、しっかりとした返事が返ってくる。
――帝様は……深夜0時の時点でブラジルだったな、局様、揚羽様、英雄様、紋白様が現在いらっしゃる……現在時刻が5時だから今から羽田に連絡しても飛行機は飛ばせるな……
あずみはトンネルの入り口に向かって全速力で走りながら、今後の動きを頭の中で次々と想定していった。
―――――
「なんだい、あずみ。随分ゆっくりなご到着だね」
「遅いぞ、あずみ。10秒の遅刻だ」
あずみが到着したとき、マープルとゾズマは既に着いていてクラウディオの様子をうかがっていた。
クラウディオは気を失っているのか、ゾズマが様子を見ているがピクリとも動かない。
「ヘイヘイ悪かったね……で、クラウディオの様子は?」
挨拶のような年長従者からの嫌味をいなしながら、あずみはクラウディオの様子を聞く。
「ふん……あたしとゾズマが来た時にはもうこの状態さね。話を聞こうにも目を覚まさない」
「腕が…一番ひどいな。あとは内臓もいくつか傷ついてるかもしれない。この状態でここまで走ってきたのだからよほどのことがあったのだろう……」
ゾズマがクラウディオの負担にならないようにと言う事なのだろう、身体を極力触らないようにしながらクラウディオの容体を診ている。
「クラウディオがここまで……」
あずみは周りに注意しながら、クラウディオのもとに跪く。
「確か今晩、クラウディオはヒュームや鉄心と酒を飲みに行くとか言ってたね……クラウディオ以外の人間が来たとか、そういうことはあったかい?」
マープルが警備員に問いかける。
「いえ! クラウディオさんが倒れこんできた前も後も、特に人影はありませんでした。なぁ」
「はい、自分たちは認知していません」
警備員の二人が答える。
「……ヒュームがいないのが気になるね。あと川神鉄心か……川神院ならそろそろ起きだす頃だろう、クラウディオを運んだら連絡いれてみな」
マープルがあずみに声をかける。その声に、あずみはマープルに目を向けて黙ってうなずく。
「むっ!? おい! クラウディオ、大丈夫か!?」
その時、クラウディオを診断していたゾズマが声を上げた。
「むっ!」
「クラウディオ!」
マープルとあずみがそちらを見ると、クラウディオが薄く眼をあけて口を動かしていた。
「無理に話そうとするんじゃないよ! 話ならあとでゆっくり聞いてやる」
苦悶の表情をうかべながら、口を動かそうとしているクラウディオにマープルが声をかける。
「つ……つ……」
「つ……なんだ?」
ゾズマがクラウディオの口元に耳を近づける。
「つ……局様たちを……川神の外へ……」
クラウディオの言葉に、従者3人は視線を交し合う。
「あずみ!」
「わかってる! 李とステイシーがもう動いてる!」
マープルの言葉にあずみが素早く答える。
「あ……」
「む! まだあるのか! 無理はするな!」
まだ何か伝えたいことがあるのか、クラウディオが再び口を開く。
「あ……悪魔が……来る」
「あ、悪魔!?」
クラウディオの言葉を聞いたゾズマが素っ頓狂な声を上げた。
「お、おい! 悪魔ってのは、いったい全体どういう――」
あずみが思わずクラウディオに聞き返すと同時に、再びクラディオは意識を失った。
「おい、ゾズマ」
「大丈夫だ。腕は酷いが内臓自体はそれほど深刻に傷ついてるわけじゃない。呼吸も安定してる。クラウディオ程の男だ、半日も休めば意識を取り戻すだろう」
マープルの鋭い声に、ゾズマが答える。
「まずは局様達にご報告して出発の準備だ。それから今後について序列1桁を集めて緊急ミーティング。スケジューリングは6時までに決定。最優先事項は局様、揚羽様、英雄様、紋白様の安全。異論は?」
ようやく到着した医療班にクラウディオを任せると、あずみはマープルとゾズマに向かい意見を言う。
「それで、あたしゃ構わないよ」
「俺も異論はない」
平時ではあまりあずみ達若手に協力的ではない二人だが、今回の非常事態――もしくは異常事態と言うべきかもしれない――で対立するほど馬鹿ではない。
「よし、じゃあ5分後、食堂に集合だ」
あずみの言葉に、マープルもゾズマも頷く。あずみも含め三人の顔には緊張の色がある。
「おい、なんか少しでも変だと思ったら、スグにアタイ等に知らせな」
「は、はい!」
「じゃあ、一時解散だ」
あずみの言葉を合図に三人はビルに向かって駆け出す。
今後について、三人はそれぞれ、様々なシュチュエーションを頭の中に想定していく。
――悪魔が来る。
しかし、そんな思考の中、クラウディオが言った一言が、タールの様に頭の片隅にこびり付いて離れなかった……
―――――
もうそろそろ正午になるというに、外はどんよりと黒い雲に覆われていた。クリスマスイヴという華やかな響きの雰囲気とはあまりにそぐわない暗く、じっとりとした天気だ。
それでも川神学園という若者の園は、活気に満ちているように感じられた。
冬休みに入ったという喜びもあるだろう、今日がクリスマスイヴだという高揚感もあるだろう、冬の大会に向けた部活動の部員たちの熱気もある。
ともかくこの何とも陰湿な天候をはね飛ばす様な若いエネルギーで溢れている。
そんな中を、千信館の7人は先導の教師に連れられて歩いていた。
「すまないな、わざわざ来てもらったのに」
歩みを止めずに7人の方を振り返りながら、教師――小島梅子が申し訳なさそうな顔で四四八達に謝罪の言葉を口にする。
「いえ、自分たちもいきなり来てしまったので……事前に連絡を入れておくべきでした……申し訳ありません」
そんな小島の言葉を受けて、四四八が慌てて答える。
「川神院の方にはいないって一子が言っていたから、絶対に学園だと思ったんだけれども……」
鈴子が顎に指をあてて思案気に呟いた。
「まぁ、学校も休みだし、学園長も羽伸ばしたかったんじゃねぇの?」
鈴子の呟きを聞いた栄光が、実に適当な受け答えをする。
「うーん、でもルー先生も一緒にどっかいってるんでしょ? 学園長ならなんとなくわかるんだけど、ルー先生が連絡取れないってなんか変な感じ」
水希もどことなく心配そうな顔で言った。
「ルー先生は……もしかしたら寝込んでいるのかもしれんな」
「えっ! ルー先生、風邪とかひくんだ!?」
小島の言葉を聞いた歩美が小さい体をいっぱいに使って驚きを表現する。ル―という人物を知っている人間ならば良いが、言葉だけ聞いたら非常に失礼な言い方である事を、歩美は気付いていないようだ。
「いや、そうではない。昨日、学園長とルー先生はヒュームさん達と飲み会をするといっていたからな。ルー先生は下戸だから酒は飲まないんが、昨日の場合相手が相手だからな、何かの拍子で飲んでしまって……」
「んで、二日酔いか……まぁ、そっちのが風邪よか全然現実的だな」
小島の言葉を受けて、今度は鳴滝が答える。
千信館の川神学園における交換学生は一昨日の、22日の終業式の時点で正式には終了している。未だに7人が川神に残っているのは、3か月弱いた寮の片づけや、大和達に25日にパーティをやるからそれまで残ってくれないかと言われたからだ。大和達から言われたパーティに関しては、千信館の面々もかなり楽しみにしている様で、全員一致でもうしばらく川神に居ようと言う事になった。
四四八達の担任である花恵と各人の両親には既に連絡を入れてある、ただ花恵の方に関しては――あ? もしかして、川神のクリスマスで愛しのあの人とデートとかじゃねぇだろうな! んなことしたら、鎌倉の地を二度と踏めないと思えよ!――という、非常にらしいコメントをもらっている。
そんな具合で、もう少し川神に滞在するという事を、学園長である鉄心に7人で報告とお礼の挨拶に来たのだが残念ながら不在。
その時、職員室にいた小島が、
「今、直江達が体育館で明日の設営をしているから、顔を出してみたらどうだ? 自分も丁度、様子を見に行こうかと思ってたところだ」
と、言った形で、千信館の7人は小島に連れられて、明日のクリスマスパーティ兼千信館の送別会の会場である体育館に向かっている。
「それにしても……」
先頭を歩く小島が、不意に口を開く。
「もともとこの川神学園――いや、川神がと言ってもいいかもな――は賑やかな所だが……お前達が来てからの3ヶ月は格別だったな」
そう言って千信館の7人に振りかえりながらニヤリと笑う。
「え? あの……申し訳ありません……」
そんな小島の言葉に、四四八が頭を下げる。
「あぁ、いや、嫌味ではないんだ。そう聞こえたのならすまなかった。最近の若者は軟弱だからな、そういう意味では私は川神学園の賑やかさは“良い”と思っている」
小島は四四八の謝罪の言葉を否定しながら、歩みを止めずに話し続ける。
「その中でも、お前達千信館が来てからの賑やかさは別格だったよ――なんていえばいいのか……川神の奴等がいつも以上に活き活きとしている、そんな風に私は見えた」
小島は真っ直ぐと前を見ながら、話している。
「千信館と川神学園が互いに刺激し合い、切磋琢磨していた……私は教師として、これが若者のあるべき姿だと思っているし……正直、今のお前たちの関係をうらやましいとさえ思っているよ」
「小島先生……」
小島の言葉になんと返せばいいのか、四四八達が答えに窮していると、小島はふっ、と小さく笑って、
「つまらんことを話したな」
そう言って体育館のドアを開ける。
「鎌倉と川神。そう遠くもない距離だ、いつでも遊びに来るといい。歓迎するぞ」
小島はそういうと、パーティの準備の為、喧騒にまみれている体育館に四四八達を招き入れた。
―――――
体育館では風間ファミリーを中心としたメンバーが所狭しと、あわただしく動きながら、準備を進めていた。よく見ると風間ファミリーや2年だけでなく、1年や3年、S組やF組とかなりの生徒が準備に参加しているようだ。向こう側にチラリと辰子の姿も見えたので、大和のネットワークを介して学園以外の人間も声をかけているのだろう。
当然といえば当然だが、その中心に大和がいた。
「おい! 大和! この飾り付け、数たんねぇぞ?」
「大和、机の数はこれでいいのか? 椅子は用意してないけど良いのか?」
「大和! 筋肉で繋がったパートナーである長曽我部が、四国から牡蠣と蜜柑を持って来てくれたぞ! どこ置く?」
「この喧噪なら言えるっ!! 大和! 結婚してっ!!!!」
体育館では中央にいる主催である大和には、様々な質問が押し寄せてきていた。携帯がなっている音も聞こえる。
「ああ、足りないのは、まゆっちが買いに行ってるから、キャップは先につけにくい天井の方の飾り付けをお願い」
「クリスありがとう。机はそんなもんかな。参加者が多いから基本的に立食にするんで椅子は壁際に一列くらいあればいいよ。手空いてたら、マルギッテさんとテーブルクロス取りに行って来て」
「サンキュー、ガクト。料理は葵が担当してるから、葵の所、持っていってあげて。あと牡蠣は一応家庭科の先生に一言伝えてあった方がいいかもな。長曽我部もパーティ出てくれるんだよね?」
「勢いでうんとか言わないからね。京、そのボイスレコーダーしまおうね。御友達で」
「ああ、もしもし。なんか電波悪いね。クリスマスイブだから回線混んでるのかもな。連絡は基本的にメールでやろう。あと全体連絡は学園の掲示板にパーティ関係のスレッド立ててあるからそこで見て。うん、みんなに伝えといてくれると助かる。お願いねー」
大和はそんな雨の様な質問の山を、テキパキと捌いている。この辺の調整力がものを言う部分は大和の腕の見せ所だろ。
「忙しそうだな、直江」
そんな大和に小島が声をかける。
「ああ、こんにちは、梅子先生……と、柊……達じゃないか」
振り向いた拍子に柊達を見つけ、大和は少しお驚いた様な顔をする。
「お疲れ……なんか、すまないな。俺達の為に……」
四四八が大和に向かって申し訳なさそうに言った。
「いやいや、これは俺達が好きで勝手にやってるんだからさ、主賓に恐縮されちゃあ俺達が困っちゃうよ」
四四八の言葉に、大和が大げさに肩を竦めて答えた。
「いや、まぁ、それはわかってはいるんだが……」
頭ではわかっているのだが、目の前に忙殺されている人間がいて、それの原因が自分たちだと考えると、どうしても恐縮してしまう。
「大和君の言う通りですよ」
そんなやりとりの中、冬馬がどこからともなく現れ声をかけてきた。
「私達は強制されたわけではなく、純粋に皆さんを最高の形で川神から送り出してあげたいと思っているのですよ。それに、私達もこのパーティ、とても楽しみにしています。お互い楽しもうじゃないですか」
そう言ってニッコリと四四八に笑いかける。
「うーん……」
友人二人に畳みかけられて四四八は言葉に詰まる。
「ねーねー、いーじゃん、皆もそう言ってんだし……四四八くんさー、真面目なのもいいけど、こういう時ちゃんと楽しまないと疲れちゃうよ?」
「そうそう、こういう時はありがたく楽しませてもらうのが、礼儀だと思うなぁ」
「四四八ー、あんま考えすぎんなって、な」
「柊。あんた、本っ当につまらない男ね! 私の奴隷なら、いっちょ裸踊りでもやってやるくらいの気概を見せなさいよ!」
そんな千信館の女性陣に加え、騒ぎを聞きつけてやっていた百代が、
「折角のクリスマスなのだから派手にいこうというのもあるしな。まぁ、何かと祭り好きなんだよ、川神は」
そう言って四四八の肩をポンと叩いた。
周りを見ると、戦真館の面々の登場に気づいた皆が集まってきている。
京極、忠勝、風間ファミリー……学園以外にも川神で親交を深めた面々がほぼ全員集まっている。
ここまで言われて水を差すほど、四四八も野暮じゃない。
参った、といった感じで小さく笑うと、
「楽しみにしてるよ、直江」
と言った。
「任せとけって、今年一番盛り上がるパーティにしてみせるって、なっ!!」
四四八の言葉に大和が答え、周りの仲間に声をかける。
オオォーッ!! という掛け声が体育館中に響き渡った。
「おい! 柊はいるかっ!!」
体育館の入口から緊迫した声がかかったのは、そんな時だった。
体育館にいた全員が一斉にそちらの方を向くと、そこには九鬼英雄と九鬼従者部隊、それから、武士道プランの面々が並んでいた。
「おや? どうしたんですか英雄? そんな声を上げて」
冬馬が話の輪から英雄に近づきながら声をかける。
「柊に……いや、柊達に聞かねばならないことがあってな……」
冬馬の言葉にも、緊張の色を崩さない英雄。
冬馬も何か様子が違うことを敏感に感じ取る。
「俺ならここにいる――どうした?」
四四八も何か違った雰囲気を感じ取り、前にでる。
「……あずみ」
四四八が前に出たのを確認すると、英雄はあずみの声をかける。
あずみは英雄の指示に従い、一人の男を連れてくる。その男は一人で歩くのは難しいらしく、李に肩を借りていた。
「ク、クラウディオさん!?」
その男の顔を見た四四八は思わず声あげた。
「お見苦しい姿をお見せいたしまして、申し訳ございません。少々、不覚を取りました……」
そんな四四八の声に、クラウディオが顔を上げ言葉を発した。
「一体全体なにが……」
「きゃあああああああああああああああああーーーーーーっ!!!!」
「わあああああああっ!!!」
その時、体育館にいた生徒達から悲鳴が上がる。
皆がそちらを向くと、体育館の壁と言わず、床と言わず、あらゆる場所から黒い蟲の様なものが湧き出てきて、蠢いていた。
蟲――の様なモノたちが粒子となって、飛び回る。
蟲――の様なモノたちが粒子となって、這い回る。
「さんたまりあー うらうらのーべす……」
不意に、どこからともなく歌声が聞こえる。
「さんただーじんみびし うらうらのーべす……」
賛美歌……のような物だが、聞いているだけで耳を掻き毟りたくなる様な不快な歌声。
「まいてろきりすてー うらうらのーべす……」
蝿やゴキブリ等の害蟲達が歌を歌えばこのような声になるかも知れない、そんな不快な歌声。
「まいてとににめがらっさ うらうらのーべす……」
どこから聞こえてくるかわからない、それこそ蟲である粒子、一粒一粒が歌っているかのようだ。
「あんめい いえぞそまりいぃあ……」
聞くだけで全身を舐め回されるかの様に悪寒が走る。
「あんめいあ ぐろおぉぉぉりあぁぁぁぁぁぁすっ!!」
粒子たちが『栄あれ』と叫んだと同時に、体育館全体に散らばっていた粒子が一気に集まり人の形を形づくる。
そして、『混沌』が現れた。
「お久しぶり、戦真館の皆。そして、はじめまして、川神学園のみなさん……初めましての人たちがいるから、一応自己紹介しておくね。ボクの名前は神野明影。気安く“あっきー”って呼んでくれると嬉しいんだけどなぁ」
姿を現した『混沌』――神野明影は旧知の知人に挨拶するかのように戦真館と、そして川神学園の面々に声をかける。
しかし、その声の何とおぞましい事だろう。
聞いているだけで、耳の中に小さい蟲が這い回っているような気分になる。
女子生徒の何人かはそれだけで気絶をして、男子生徒も何人かは体育館の隅で吐いている。
粒子が集まって神野というものが形作られたはずなのに、この体育館全体の黒く、汚い粒子は減っている様子がなく、未だ体育館全体を黒く埋めている。
「本当はもっと直前に出てきてサプライズの演出をしたかったんだけど……まさか、昨日――てか、もう今朝か――に取り逃した人が、こうも早く動くとはねぇ――昨日の彼等といい、化け物じみてるよねぇ、ホント」
神野はそんな有象無象の様子などまるで気づかないかのように、ペラペラと神野はまくしたてる。
「化け物じみてるっていえば、昨日の――」
「神野――お前、何をしようとしている――」
神野の言葉を四四八が遮る。
「……クハッ――ヒャハッ――カハッ!」
それを聞いた神野は口を耳まで開けて、空気を吐くように笑うと、
「まず、それを聞くってのが、流石ボクの親友、セージの息子。頭がいい」
真っ赤な目で四四八を見つめる。
「聞きたいことは山ほどあると思うんだよね。どうやって来たのー、とか、なんでいるのー、とか――まぁ、答える気はサラサラないんだけどさ――其の辺すっ飛ばしてボクがこの川神で何をしようとしているかを聞くとはねぇ」
そう言って神野はウンウンと勝手に納得しているように、頷いた。
そして、神野は大きく腕を広げると、
「余興だよ……とても楽しそうなパーティが開かれるって言うからさ。余興をしに来たんだ! もちろん、悪魔であるボクらしくとびっきり
そう言って哄笑を響かせる。
「ふざけないでよ! どこの誰だか知らないけど、あんたなん――」
「ワン子!」
くってかかろうとするワン子の肩をつかみ百代が止める。
「お、お姉さま……」
肩に置けれた手がしっとりと湿っているのを知り、一子は今、百代が緊張しているのだということを知った。
「なるほど……みんな理解が早くて助かるよ。じゃあ、余興の説明をしようか」
神野はフロアにいる人間たちを見下ろすと、悠々と説明をしだした。
「ルールは簡単だ。ボクを含めたコチラの大駒である7人を倒せば君たちの勝ちだ。明日の素敵な聖誕祭のパーティの格好のネタになるだろうさ。逆に今日中に7人を倒せなければ君たちの負け……負けたらどうなるかは……お楽しみ……知りたければ何もせずに待ってればいい、あまりオススメはしないけどね」
そう言って神野は右手を開き、左手でVサインを作る。7という意味なのだろう。
「ただ、この7人だけってのだとみんなが参加できないからね。こちらも兵隊を用意した。その辺りはそちらのバッテン印がおデコについてる彼が、説明してくれるんじゃないかなぁ」
神野は言葉を続けて、英雄の方を見る。
「くぅっ!」
その視線に気づいた英雄がギリリと歯を食いしばる。
「待ってるだけってのも芸がないから、ボクらも攻めさせてもらうよ。大駒のうち3人はアタッカー、4人はディフェンダーだ」
神野は今度は右手で指を3本立てて、左手で指を4本立ててみせた。
「開始は30分後、正午きっかりからだ。この余興のために、川神にはいろいろと仕掛けをさせてもらったよ。この30分でどこまで調べられるかな」
そう言って神野は意地悪そうに乱杭歯の奥から嗤い声を響かせる。
「じゃあ、時間もないことだし、ボクはお
説明はもう終わりと、神野がフワリと遠ざかろうとした時、
「何で……」
そんな声が響いた。
「ん?」
その声に反応して、神野が声の主に顔を向ける。
――水希だった。
「何で……何でこんなことするのよっ!! どうしてよっ!! 終わったんじゃないのっ!! 答えなさいよっ!! この悪魔っ!!!!」
水希の激昂が響いた。
「クハッ!!」
それを聞いた神野は吹き出すように嗤うと、ここに来て一番長い時間、嗤い転げていた。
その嗤い声は何処までも不快で、誰もが嫌悪するかのような、蟲の哄笑だった。
「ヒー、ヒー……あー、お腹痛い……もう、あいっ変わらず、君は馬鹿だねぇ、水希。馬鹿は女の子の特権かもしれないけど、根っからじゃ相手から愛想つかされちゃうよ?」
そんな神野の嘲りに水希は無言で返す。
「でも……愛する水希の為だ、特別に教えてあげるよ」
そう言って神野はニタリと嗤う。
そして、さも面白そうに口を開いた。
「羨ましいからさ! 妬ましいからさ! ボクの中にある彼が、それこそ腹を切るほどに熱望した最高の青春がココにあるからさ!! ボクの中の彼が言うんだ、ああ眩しい、ああ輝かしい……だから――」
そこで神野は一旦区切ると、
「ぐちゃっぐちゃにしてやりたい、ってねっ!!」
そう言い放った。
「神野オオォォォォォーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
神野の言葉の次の瞬間、水希は激昂を轟かせ創造した日本刀で神野を真っ二つに切り裂いていた。
しかし、上半身と下半身に別れた神野はそのまま黒い粒子となって散っていく。
「ああ……いいね……それでこそ、ボクの愛してる水希だ。直情的で、馬鹿で、だからこそ愛おしい……まっている、まっているよ、水希……」
そう言って、嗤いながら神野は消えていった。
神野が消え去った後、体育館には静寂に包まれていた。
「つまり、そういう訳だ」
その静寂を切り裂いたのは、英雄だった。
「クラウディオ」
英雄はクラウディオを促す。
「はい、英雄様。順番が前後いたしましたが、昨晩我々に起こった事をご説明させていただきます」
そう言って、クラウディオは昨晩起こった、川神学園での神野との邂逅を説明した。
そしてその後、英雄からもう一つの事実が告げられる。
「数時間前から、川神にある九鬼のロボット技術研究所に連絡が取れない。従者部隊を行かせたが……帰ってきてない」
「そのロボット技術研究所では何を開発していたのですか?」
英雄の話を聞いて、冬馬が問いかける。
「量産型のクッキー2だ」
「そのクッキー2には主人であるマスター護衛や自衛の為の戦闘機能が備わっているのです!」
英雄の言葉をあずみが捕捉する。
「兵隊……」
「で、あろうな……」
大和の呟きに、英雄が答える。
「それは分ったけど、九鬼は何で川神から離れなかったの?」
話し終わった英雄に、大和が疑問をぶつける。
事前に危機が知らされているのだ、九鬼にとって男子の跡取りである英雄を逃がさないという理由がない。
「見くびるな! 九鬼たるものが本部のある川神をおいて、全員で逃げ出すものか! それに、今回は九鬼の従者や技術が悪用されている。ならば、九鬼である我が残らずして誰が残る!」
誰が残るかに関しては本当のところはかなり揉めた。
しかし最後に決め手になったのは、今言った英雄の覚悟と、
「今、ヒュームたちがいない中、父上達をお守りできるのは姉上しかおりません。どうか父上達と共に行ってください」
英雄の揚羽への言葉だった。
故に、あずみを含めた戦闘が得意な従者部隊は英雄について川神に残っていた。
―――――
全ての話を聞いたあと、皆に四四八は頭を下げた。
「スミマセン……俺達のせいでこんな……」
四四八の言葉に戦真館の面々が目を伏せる。
その言葉を聞いた大和が、、
「分かってない! 全然分かってない!!」
四四八に近づき、予想以上に強い言葉で否定をしてきた。
「柊! いい? 川神ってのはね、もともとこういう所なの! 最近なんて、九鬼を襲いにきたテロリストが襲撃してきたこともあるんだぜ?」
「川神と言う土地はこういうトラブルに巻き込まれやすいのですよ。今回はその相手が四四八君達と多少の因縁があったというだけです」
大和の言葉に冬馬が続く。
「だからね、こういう時、俺達がやる事は一つなの」
「そういう事だ、私達の愛する川神に喧嘩売ってきた奴らは、誰であろうと――ぶっ飛ばすっ!!!! そうだろうっ!!!!」
今度は、大和に百代が続く。
そして百代の声に、
「あったりめぇだ!」
「川神なめんじゃねぇよ!!」
「ふん! 四国もいるぞ!」
「悪魔か……なんとも興味深い……」
周りの生徒達が呼応して、次々に声を上げる。
「だからさ、謝るのはいいから。このふざけた余興、ぶっ壊すことを考えようぜ、な!」
そう言いながら肩にのせられた大和の手の暖かさが、四四八には涙が零れそうになるくらい、嬉しかった。
―――――
その後の行動は何班かに分かれて行われた。
そして解った事実が以下のもの。
・電波を飛ばす通信機器は基本的に使えない(基本的に携帯が使えない)
・逆に有線であれば連絡が取れる
・川神の外には出れるが、中に戻る事は出来ない(援軍は事実上不可能)
・川神全体が真っ黒な結界の様なもので包まれている
・電気、水道も今のところは問題なくつかえる
・先ほど大きな気が3つ現れた、場所は川神院、九鬼本社、川神工場団地付近
これを踏まえたうえで、現在九鬼の従者部隊が川神全体に散って、非戦闘員の川神の外への誘導を開始している。
それとは別に、体育館ではこの余興の対策について話し合われていた。
四四八、大和、冬馬が輪になり検討している。
「あの黒い……神野だっけ? あいつの言葉から色々と解析できるところがあるね。たぶんわざと何だろうけど」
「そうですね……それに先ほどのクラウディオさんの話も合わせると、この余興? ですか……その全貌も見えてきますね」
「取り合えず気になったことを上げてみよう、そこから更に考えを詰めてみよう。時間がないが、おそらくそれが、一番効率がいい」
四四八の言葉に大和と冬馬が頷く。
「アタッカーが3人、ディフェンダーが自分を入れて4人って言ってたね」
「つまり相手の大駒は神野をいれて7つという事でしょう」
「クラウディオさんの話を参考にするなら、神野、ヒュームさん、学園長、ルー先生、鍋島さんの5人が相手にいるという事だろう」
「つまりあと2人、少なくてもマスタークラスの人間が向こうにいるってことだね」
「それから兵隊がいるとも言っていましたが……これは英雄の話から考えると、量産型のクッキー2と考えるのが妥当でしょう」
「なぁ、その量産型のクッキー2ってのは何体ぐらあるんだ?」
大和の問いかけに、
「量産型と言っても試作機だ。完成体30体程度だったはずだ」
英雄が答える。
「なるほど、それですとあまり多くないのかもしれませんね……」
「いや――」
冬馬の言葉を、四四八が即座に否定する。
「神野程の奴ならばクッキー2でも創法で作れるだろう。外身さえ作ってしまえば、あとはプログラムが勝手に動かしてくれる。そういう意味では大元のメインシステムを破壊しない限り無尽蔵にわくと考えて動くべきだと思う」
「それは……やっかいだね……」
その言葉に大和が考え込む。
「あと、神野の言葉で重要なことがあった」
「なんでしょう?」
四四八の言葉に冬馬が反応する。
「神野は自分を含めた大駒を全部“倒せば”勝ちだといった」
「うん……でもそれってやっぱり、すっごく厳しいでしょう。向こうにはヒュームさんとかがいるわけだし……」
「違う、そうじゃないんだ。奴は“倒せば”と言った“殺せば”とは言っていない――つまり、そういうことだ」
その言葉を聞いた瞬間、戦真館の面々以外の人間はぎょっ、と顔を見合わせた。
しかし、思えば意識を失い、肉体を操られているのだ。そこから解放するために息の根を止める必要はない――そんな保証はどこにもなかったはずだ。
「奴はふざけた奴だが、こういう場面で嘘は言わない。というか、俺達を困らせたいだけなら迷わず“殺したら”と言ったはずだ。恐らく殺す必要があるなら、俺達が本気を出せずにゲームにならない、と踏んだのかもしれない。ともかく、倒すという事は、気絶でもなんでもいい、相手をノックアウトしてやればいいという事だ。」
四四八の言葉に戸惑いながらも皆が頷く。確かにこれは非常に重要な事だ。
この様なやり取りを続けながら、戦真館と川神の面々は対策を練っていく。
「よし、じゃあ決まったところだけまとめよう」
「そうですね……四四八君、お願いしていいですか?」
「わかった、じゃあ……」
方向が見えたところで、大和の合図をきっかけに考えをまとめる。
「拠点はこの川神学園そして、指令室は体育館だ。この防衛ラインは絶対死守する」
四四八は周りにいる全員の顔を見ながら話は始める。
「ここには私と大和君が残ります。クラウディオさんと英雄もこちらに。携帯がつながらないので指示は基本的に伝達となりますので、この指令室の指示を第一に守ってください」
その後、拠点の防衛担当が名乗り出る。
「こういうのは私の役目だ、拠点防衛は任せときな」
まず、声を上げたのは弁慶だ。
「あたしもここにいる。怪我した人は真っ先にあたしんとこに来ればいい。完璧に直してやるぜ!」
次に名乗り出たのは晶だ。回復役としては必然の選択だろう。
「校門は俺に任せとけ――はん、あんなガラクタ、一体も通しゃしねぇよ」
最後に鳴滝がのそりの前に出る。
「次に川神に残っている市民の川神学園への誘導。ここに一番多くの人をかける必要がある」
「川神市民の安全は九鬼の義務でもある! 従者部隊はそちらに回そう。頼むぞ! あずみ!!」
「ハイ! お任せください、英雄様!!」
「それから小回が効いて川神をよく知ってるファミリーのメンツもそっちに回る、キャップとかワン子とか」
「小回りが利くという意味なら、私もそちらに行くわ。たぶんこの中で、生身で足が速いのは私だと思うし」
と、鈴子が名乗りでる。
「速さというなら、スイスイ号がいるし、俺もそちらに回ろう! 途中で奴らの仲間を見つけたら、まとめて駆逐してやるさ!」
項羽に入れ替わった清楚が方天画戟を手に勇ましく答える。
「わたし達、遠距離部隊はある程度拠点を決めて全員をサポートするね」
歩美が与一と京の顔を見ながら手を上げる。
「それがいいけど、単独での行動は危険すぎるから、学園以外を拠点にするなら、必ず前衛の人とペアを組んだほうがいい」
「ラジャー」
大和の言葉に京がビシッと敬礼をする。
「はん! 俺が全員まとめて射抜いてやるよ」
言ってることはいつもと同じだが、与一の言葉にも凄味が見て取れた。
「最後は相手拠点攻略なのですが……」
「現状、ここにあんまり人をかけられないよね……」
「しかし、それでもやらなければならない……一つ目は九鬼の技術研究所。場所は……」
「私が案内してやる。こんなファックな事に九鬼が利用されてるとか、ムカついてしょうがねぇぜ」
四四八の言葉にステイシーが答える。
「お願いします。それから他には……」
そう言って、四四八は一人の仲間に向かいあう。
「恐らく、兵士である量産型クッキーを操っているメインコンピューターは神野が何かしらの細工をしたと思う。しかし、逆に言えば神野がやったという事は……、
「OK、OK、オレの出番ってことっしょ! 任せろよ、神野が何やったか知らねぇけど、オレが根こそぎぶっ壊してやる!」
声をかけられた仲間――栄光が掌に拳をパンッと、あてて答える。
「任せたぞ――正直、この心底ふざけた余興とやらの行方を左右するのは、お前だといっても過言じゃない」
「言っただろ、任せとけって」
栄光は四四八の言葉に力強くうなずく。
「次は川神院……」
「それは、私の役目だな」
冬馬の言葉に答えたのは百代だ。
「姉さん……」
「お姉さま……」
大和と一子が心配そうな声を上げる。
「心配するな。身内が襲われてるんだ、助けるのが孫の役目だろう」
百代はそう言って、大和と一子に向かい合う。
「それにな――」
「それに?」
百代はいったん息を吸うと、
「私の身内に手出した神野って奴にも腹が立つが、それ以上にそれにみすみす操られているジジイに腹が立ってしょうがない! 一発ぶん殴って目覚まさせてやる!」
吼える様に言い放った。
「安心しろワン子! ジジイは必ず、私が救い出す!」
百代の力強い言葉に、
「うん……うん! アタシ信じてる! 頑張って! お姉さまっ!!」
一子が激励の言葉を贈った。
「あとは九鬼の本社――」
「そこには俺が行こう」
名乗りを上げたのは四四八。
「柊様、九鬼の本社に陣取っていますのは、恐らく……」
「えぇ……ヒュームさん……でしょうね」
「はい……」
四四八の言葉に、クラウディオが頷く。
ヒューム・ヘルシング――その名を聞いたとき、皆、一様に黙り込んだ。九鬼の従者たちも、である。
常日頃から何かしらゾクリと怖いものをにじませている人物であり、実力の程がまるで読めない。そういう意味では鉄心もそうなのだが、鉄心の場合、百代という基準がいるためヒュームほどの不気味さはない。
ここにいる中でヒュームの本当の実力を知る人間は、クラウディオだけであろう。
「柊様……」
クラウディオが口を開く。
「ヒュームはとても強い男です」
「はい」
クラウディオの言葉に、四四八が答える。
「恐らく……今の柊様よりも……です」
「――はい」
続く言葉にも、四四八は同じく答え、
「ですが――これは俺達の戦いです。逃げるわけにはいきません」
そう、続けた。
光のように強く、真っ直ぐな、迷いのない力強い言葉だ――そして、その言葉の中に熱く、強い意志が見える。
そんな、真っ直ぐ過ぎるほどの眼差しからクラウディオは恥ずかしそうに眼をそらす。
「……そういう眼で、あまり人を見るものではありませんよ……柊様」
そう言って、クラウディオは小さく笑う。
「そんなに真正直な眼で人を見ては、見られた方が、心のやり場がなくて、困ってしまいます」
「す、すみません……」
思わぬ言葉に、四四八が謝罪の言葉を口にする。
そんな四四八をなんとも愛おしそうに見ながら、クラウディオは、
「柊様……さきほど、ああは言いましたが――私は、柊様ならば……とも、思っております」
そう言って、包帯で肌の見えなくなっている手で四四八の手を包む。
そして、
「どうか……私の友人をよろしくお願いいたします」
クラウディオは深く頭を下げた。
「はいっ!」
包まれた手を握り返しながら、四四八が答える。
腹に響く、頼もしく、力強い声だった。
「じゃあ、残りは――」
「神野明影……ですね」
その言葉にシンッとあたりが静まり返る。
今回の騒動の中心にして、元凶。奴を倒さなければ、勝利はない。
だが、同時に神野の禍々しさを皆、思い出している。
――どうしたら、神野に勝てるのだろうか。
戦真館を含めた全員が、同じことを考えていた。
「神野は――」
そんな沈黙を破る声――水希の声だ。
その声は、いつもより低く低く響いていた。
「神野は、私が……やる」
低い、感情を抑え込んでいるような声だ。
「水希……」
仲間のだれかだろうか、水希の名を心配そうにつぶやく。
「私は……私は川神に来て、一歩、ほんの一歩だけど進めた気がした。だから、今度はちゃんと進みたい! 皆に並べるような自分になりたい! だから! お願い!! 私を神野と戦わせてっ!!」
「……」
四四八は水希の目を見て考え込む。
前々から感じてはいたし、さらに先ほどのやり取りを見ても、水希と神野の中に因縁があるのは明白だ。
しかし、だからこそ、戦ってはいけないのではないか。とも強く思う。
特に、今しがたの水希と神野の一連のやり取りを見たのならなおさらだ。
水希の心情、現在の戦況いろいろな事が四四八の頭を駆け巡っている。
大和も冬馬も黙っている。自分たちが口を開くべき場所ではないとわかっているからだ。
「大丈夫だ! 柊くん!」
そんな緊迫した空気の中、清廉な声が飛ぶ。
「義経が水希と一緒に戦う!」
義経が前に出てきて、水希の隣に並ぶ。
「水希は絶対に義経が守る! だから、行かせてくれ!」
迷いのない真っ直ぐな言葉。
「義経……」
水希は隣に並んだ友人の横顔を見る。その顔は凛々しく引き締まり、抜身の日本刀のように鋭く美しかった。
「世良……義経……」
四四八は二人の名前を呟くと、小さく一つ息をつく。そして何かを決心したような表情をすると水希に向き直る。
「世良――名乗れ」
「え?」
いきなりの四四八の言葉に驚いたような顔をする。
そんな水希の表情には取り合わず、四四八は言葉をつづけた。
「神野明影はお前にまかせた……だから名乗って、そして皆の前で宣言しろ。自分は必ず帰ってくるのだと」
「柊くん……」
四四八の言葉に水希の言葉が詰まる。
「世良っ!!」
その言葉を――言霊を促すように四四八が再度、水希の名前を呼ぶ。
「せっ! 戦真館、世良水希!! 源義経と共に神野明影を打倒して、必ず帰ってきますっ!!!!」
水希は高く、希望に満ちた声を上げた。
―――――
「さんたまりあー うらうらのーべす……」
昼間だというのに、真っ暗な川神の空を背に、神野明影は歌っていた。
「さんただーじんみびし うらうらのーべす……」
いつもの口ずさんでいる、讃美歌。
「まいてろきりすてー うらうらのーべす……」
しかし、本当に神野明影という“モノ”を知っている人間ならば、この讃美歌がいつもと違う風であることに気づいたかもしれない。
「まいてとににめがらっさ うらうらのーべす……」
それは――喜悦。いつもと同様に、へらへらと人を馬鹿にしたような笑みを浮かべている神野だが、その声には抑えきれない喜びの感情が零れていた。
「あぁ……いい……やっぱり、いいね……」
先ほど会った戦真館と川神学園の面々を思い出しながら、神野は恍惚とした笑みを浮かべた。
なんと堪らない若者たちだろうか。
戦真館はもちろんだが、川神学園の面々もなかなかだ。
――若く、青く、そして輝かしい。
神野の中の核である●●が欲しくて、欲しくてたまらなかったものが、そこにあった。
羨ましくて、妬ましくて、だからこそ――試したい。
我が主の大好きな
自分の愛している
結末は演出家である神野の手から離れ、既に役者である彼らに委ねられている。タネも仕掛けもない即興劇の始まりだ。
「さぁ! 戦真館っ! さぁ! 川神学園っ! 力の限り、
神野は両手を大きく広げて、天を仰ぐように上を向く。
「
黒く、暗く覆われた川神に悪魔の嗤い声が木霊する。
ここに、混沌の祭りが開幕した。
如何でしたでしょうか。
題名の祭開は、この余興の始まりと、神野との再会をかけてみました。
本格的な激突は次回以降になります。
お付き合い頂きまして、ありがとうございます。