今話から最終章の開始です。
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第四十八話~予兆~
新しい年まで十日を切った12月23日の深夜、川神学園の屋上で5人の男達が地べたに胡坐をかいて座り、輪になり酒を飲んでいた。
12月、星は曇っているからか見えないが、綺麗な月が輝く夜だ。既に肌寒いという段階は過ぎ去って、身を刺す様な寒さがあたりを包んでいるが、本人達はまるで意に返していない。
むしろ彼らの身体から立ち上る闘気の様なもので、屋上全体の気温は周りよりも高いような印象すらある。実際、武芸に相当通じているものが見たら、屋上全体が蜃気楼のように揺らめくように見えていたことだろう。それほどまでに、いま、この屋上に集まっている男達は尋常ではないのだ。
5人の男は日本酒を飲んでいる――正確には4人が酒で、残りの1人がお茶だ。
御猪口ではない、湯呑茶碗。茶碗に手酌で一升瓶から酒を注ぎ、飲む。そして、乾したらまた注ぐ。それを繰り返している。
一升瓶は2本が空になり輪の外に転がり、輪の中に3本が残っている。
5人の前にはそれぞれ小鉢が置いてあり、真中には大きなお盆が置いてあった。その盆の上にはいい塩梅で焼けている、肉厚で見るからに脂ののっているホッケの開きが二枚、皿の上にのっていた。ホッケの横にはたっぷりと大根おろしが添えてある。ホッケは既に箸がついていて、それぞれ半分ほどの身がなくなっている。
賑やかしのためだろうか、お盆の横には古めかしいラジオが置かれ、会話の邪魔にならない程度の音量でニュースが流れていた。
「九州にも冬の魚は山ほどあるが……流石にこの時期の北海道のホッケはものがちがうわな」
分厚い手と指に似合わず器用に箸を操りホッケの身をほぐしながら、鍋島正が言う。
「ほっ、ほっ、ほっ。それに焼き具合も丁度いい。流石、九鬼が誇るミスターパーフェクトじゃな」
嬉しそうにホッケの身を頬張りながら川神鉄心が隣の男に声をかけた。
「恐れ入ります。先だってもご相伴にあずからせていただきました、川神院秘伝の酒を再び開封するとの事でしたので、それに合うものを探させていただきました」
声をかけられたクラウディオ・ネエロが鉄心の言葉に頭を下げる。
「でも、鍋島さんが持って来てくれたこの明太子も美味しいネ。総理……元総理は来れなくテ、残念だったネ」
一人下戸の為、ウーロン茶を飲んでいるルー・イーが小鉢に入っている鍋島が持ってきた明太子をチビチビとなめながら言う。
「フン、奴は今、与党で入閣しているからな。この年の瀬、おいそれとは身体は空かんだろう」
それを聞いたヒューム・ヘルシングが注いだばかりの酒を口に運びながらルーの言葉に答える。ヒュームは唯一この中で肴に手をつけていない、延々と酒だけを飲んでいる。
つい昨日、タッグマッチ・トーナメントの西方大会が終わり、其処を仕切っていた鍋島が結果報告を兼ねて川神に来ると言うので、鉄心が酒に誘い、関係者を集めた。そんな経緯で、鉄心、ヒューム、クラウディオ、鍋島、ルーが集まっている。
ルーの先ほどの言葉通り、元総理は公務の為、欠席。釈迦堂は梅屋のバイトと言う事で来ていない。
「俺は帝様のお付きで日本になかったからな。西の方の様子はどうだ? 面白そうな奴は出てきたか?」
ヒュームが鍋島に問いかける。
「なめんじゃねぇよ、東にばっかいいい格好させられるか……と、言いたいところなんだが、面目ねえが東方大会に比べると、小粒感はいなめねぇわなぁ」
ヒュームの問いかけに、鍋島がぼりぼりと頭をかきながら答える。
「でも、優勝は天神館の生徒だそうじゃないですカ」
「そのとおりでございます、優勝したあのお二人の連携はなかなかのものだと、私は思いますよ」
鍋島の言葉にルーとクラウディオが答える。
「そうかい……そう言ってくれると、ありがたいねぇ」
ルーとクラウディオの言葉に鍋島が小さく笑う。
「ふむ……来年の頭には東、西双方の優勝チームが対戦するが……実は優勝チームだけではもったいないという話も出ておってな」
「フン……確かに百代達は柊・項羽のチームと闘って勝ったわけではないしな。他にも東には面白い赤子共が多くいた。おしいという気持ちわからなくもない……」
鉄心が少し困ったように言うと、ヒュームがさもありなん、と頷いた。
「かと言って、トーナメントをはじめからやる訳にもいかんしのぉ……困ったものじゃ……」
そう言って鉄心が腕組みをして首を傾げているのを、横にいたクラウディオが少し不思議そうに見た。
「なんじゃ? 儂の顔に何かついておるかの?」
その視線に気づいた鉄心がクラウディオに問いかける。
「これは失礼いたしました……いや、鉄心様が御言葉ほど困っているようには見えなかったもので」
問いかけにクラウディオが頭を下げながら答えた。
「いや、困っておるよ、困っておるが……同時に嬉しくもあるんじゃよ」
「ほう、それはまたどうしてですか? 総代?」
鉄心の言葉に、ルーが問い返した。
「鉄乙女、九鬼揚羽が引退をして橘天衣が敗れた……このまま、モモを取り巻く環境がどうなる事かとも思っていたが……今では、柊四四八をはじめ、松永燕、葉桜清楚、鳴滝淳史、源義経、世良水希、我堂鈴子、板垣辰子、黛由紀江、武蔵坊弁慶……東だけでも四天王を選抜するのも悩ましい逸材がそろっておる……若者たちの台頭と言うのはいつの時代も年寄りの心を震わせるものじゃ」
ルーの言葉に鉄心は口を綻ばせながら答える。
「フン……どいつもこいつも、俺にとっては、まだまだ赤子よ……」
それを聞いたヒュームは酒の入った茶碗を口に運びながら憎まれ口の様な言葉を言うが……酒を飲むその口はかすかに微笑んでいるようだ。
「おやおや……相変わらず素直ではないですねぇ」
そんなヒュームの言葉に同僚のクラウディオが相槌をうった。
「でも、決勝のレギュレーションを変えるとなると……なかなか大仕事ですネ」
真面目なルーは一人、年明けの決勝大会について考え込んでいるようだ。
「まぁ、それは正月のバタバタが落ち着いてからでもよいかとも思っておるが……」
と、鉄心がこの話題を締めようとしたその時。
――空気が変わった。
最初に反応したのはヒュームとクラウディオ。
「せあっ!」
「シュッ!」
バッ、と身を翻すと何もない虚空に向かって蹴りと糸をそれぞれ繰り出す。
次の瞬間、蹴りと糸が通った虚空から、風船に閉じ込められていた夥しい数の黒々としたものがはじけ飛ぶように飛び出してきた。
「むっ!」
「ぬっ!」
「オオっ!」
残りの3人も立ち上がり声を上げる。
解き放たれた数万……もしくは億と言う数に届くかという夥しい粒子……あえて名詞をつけるなら蟲の様なものが5人の周りを意思があるかのように取り囲んで飛び回る。
「なんと禍々しい……こんな気配は初めてじゃ……っ!!」
鉄心が油断なく周りを見ながら呟く。
何かの意志があるかのように規則正しくグルグルと飛び回った蟲達が不意に一斉に集まって黒々とした塊を形作っていく。
「さんたまりあー うらうらのーべす……」
蟲達の集まっている黒い塊から、何か歌の様なものが聞こえる。
「さんただーじんみびし うらうらのーべす……」
賛美歌……のような物だが、聞いているだけで耳を掻き毟りたくなる様な不快な歌声だ。
「まいてろきりすてー うらうらのーべす……」
蛆や蝿、ゴキブリや百足といった害蟲達が歌を歌えばこのような声になるかも知れない、そんな不快な歌声。
「まいてとににめがらっさ うらうらのーべす……」
そんな声で謳われる讃美歌。最早これ自体が信仰に対する冒涜にすら思える。
「あんめい いえぞそまりいぃあ……」
何か親愛を込めるようにねっとりと蟲達が謳う。
「あんめぃあ ぐろおぉぉりあぁぁぁぁすっ!!」
害虫たちが奏でる「栄えあれ」、敬虔な教徒なら発狂してるかもしれない。
そして、その言葉をきっかけに『ソレ』が現れた。
人の形はしている、が、もはやそれは人とは呼べない……否、呼びたくない代物。
なぜだかわかわからないが、その中に邪悪で、おぞましくて、汚らしいものがはちきれそうになるくらい詰まっているのが本能的にわかる。
逆だった金髪に、紅の双眸、耳まで裂けた口からは乱杭歯がむき出しになり、その奥から血のように赤く長い爬虫類のように舌がチロチロと動いているのがわかる。肌は黒……否、漆黒と表現すべきだろうか、そんな肌を聖職者が着るようなローブで包んでいる……が、その色もまた漆黒、人が嫌悪する類の質の悪い冗談のような服装だ。
――悪魔。
敢えて一言でくくってしまえば、これほどしっくりと嵌まる言葉もない。まさに、悪魔という存在を絵に描いたような、そんな存在が5人の前に出現した。
「やぁ、こんばんは、川神の皆さん……いい、夜だね」
悪魔が口を開く。聞いただけで不快感が腹の底から込み上げてくるかのような、キチキチと言う蟲が顎を擦りつけるような声が乱杭歯の奥から発せられた。
「……しゃ、しゃべっタ……」
それを聞いたルーが驚きの声を上げる。
「ボクの名前は神野明影……どう呼んでもらっても構わないけど、個人的にはあっきーってのがオススメなんだけよね……誰も呼んでくれないんだけどさ」
ルーの驚愕をまるで気にもせずに、悪魔――神野は驚く程フランクに、そして自分勝手に自己紹介を始める。
「いや、酷いと思わないボクは親しみを込めて、下の名前でセージって呼んでんのに、あっきーは気恥ずかしいにしてもせめてアキカゲぐらいで呼んで欲しいと、ボクは思ってるんだけど――あ、セージってのはボクの親友なんだけどさ、これがまたいい具合に捻じ曲がっててねー。よくもまぁあそこまで捻くれられるもんだと思うよ、ほんと。でも……そこれが彼の魅力でもあるわけなんだけど」
神野は身振り手振りを織り交ぜて身体全体を使いながら、聞いてもいないことをペラペラと勝手にまくし立てている。
それを聞きながら5人は油断なく構えをとっていた。
誰もが思っていた――隙だらけだ、と。拳でも蹴りでも楽に入りそうだ。
しかし……動けない。
何故だかはわからない。
あえて言うなら……そんな気がするから。
つまり、本能が目の前のものと真正面から戦うな、と警告しているということだ。
「せっかく今回も誘ったのに――くだらん、の一言しか返さないって、人としてどうかと思うんだよねぇ。いや、ボクはねセージも鎌倉って事はこの相州生まれなわけだし、たまには故郷の空気を吸うのもいいんじゃないかって声かけたんだけど……」
「神野明影……神野悪五郎日影……なるほど魑魅魍魎の類か……」
神野の言葉を遮るように、鉄心が言葉を発した。
「大体セージは……って……へぇ、ボクを知ってる人がいるとは……流石ってところかな」
人の話などついぞ聞かないような様子を見せていた神野だが、鉄心の言葉を耳ざとく聞きつけてニタリといやらしく笑う。
「皆髪逆立ちて、
クラウディオが神野悪五郎日影の容姿を表している異境備忘録を
「そうそう、それそれ。宮内水位ことみっちーね。いやー、彼いい線いってるよ、ボクの様子を完璧に文章にしてんだから、大したもんだ」
いやー、懐かしい。と旧友を思い出すかのような神野の様子がまずもって、異常だ。
宮内水位は明治時代の人間なのだから。
「で……地獄の棟梁の一人が一体全体こんなところでなんの用だい」
聞いてるだけで頭がおかしくなりそうなやり取りの中、鍋島が単刀直入に神野に切り込んだ。
そんな鍋島の問にチッチッチッと、人差し指を立てて左右に揺らしながら神野が、わかってないなぁ……といった様子で首を振る。
「悪魔に行動の理由を聞くなんて……そりゃ野暮ってもんじゃないかな。ボクの
「そんな勉強、必要ないネ!」
神野の答えに、ルーが生真面目に返す。
「あれ? ボクって嫌われてる? まっ、しょうがないか、なんたって悪魔だもんねー」
そう言って神野は乱杭歯をむき出しにして笑う――否、嗤う。
害虫が笑うならば、このような笑い声だろう……そんな事を思わせる嗤い声。
「でも――協力者になんの説明もないっていうのも、確かに職務に忠実な悪魔を自称しているボクとしては思うところがあるね」
「――協力者? 誰のことだ」
今まで一言も口を聞かずに神野を睨みつけていたヒュームが問いかける。
「もちろん、あなたたち5人の事さ」
神野はそう答えて仲間を自らの胸の中に向かい入れるかのように、大きく両腕を広げた。
「な、なんじゃと!?」
驚愕の声を上げたのは鉄心だが、他の4人も一様に怪訝な顔をしている。
「薄々気がついていると思うけどさ、ボクは今この街にいる戦真館の皆と、因縁浅からぬ仲なんだよね」
戦真館の名前が挙がったとき、5人は誰も驚きはしなかった。
同時に何か納得したかのような表情をしている者もいる。
――彼らはこのような化物を相手に戦っていたのか。
それならばあの強さ、そして、心の強さ理解できるし、逆にああでなければ今ここで生きてはいないだろう。
そう思わせるほどの、目の前にいる神野と名乗る悪魔の禍々しさは半端ではないのだ。
「今回の、彼らとの戦いは本当はもう終わってるんだ。だから、本当ならボクも彼らの前に姿を現すことはなかったはずなんだけど……でも、今回の相手っていうのが、これまたいやらしい奴でさー」
今回の、という単語何人かが反応をした。
それに気づいたのか気づいてないのか、神野は一人でしゃべり続けてる。
「何考えてるか知らないけど――まぁ、何も考えてないんだろうけどさ――多分、死に際になんか吹き込んだんだよね、彼らに……で……さ」
神野は目の前にいる5人を指して、
「この有様だよ」
そう続けた。
『おまえらの現実とやらにもどっても、ユメはつかえるけェのォ……試してみィ……』
盤面不敗 盲打ち・壇狩摩が最期に龍辺歩美に残した言葉。
この言葉で邯鄲の世界が書き変わった。
本来ならもっと別の未来が描かれるはずだった今回の邯鄲、壇狩摩の一言で全く違うものに変化してしまったのだ。
無理やり理屈をつけるならば――未来において自分たちが現実でも超人であるという認識を持ったが故に、同じく超人が跋扈する未来が生まれた――と、そんなあたりだろう。
盲打ち自身、あの一言にどんな意味があるかわかって発したわけではないだろう。あの言葉で戦真館の現実が変わるだろうとも思ってなかったに違いない、むしろ、神野の言うとおり何も考えずに『なんとなく頭の中に浮かんだから言ってみた』というのが正解ではなかろうか。もし、本人にこの時のことを聞くことがあったとしても――そんな、たいぎィ事覚えとりャせんけェ――程度の答えしか返ってこないではないか。
「だけど、彼の一言で出来上がった邯鄲の未来はなかなかどうして……面白い」
意味が分からずに怪訝な顔をしている5人をよそに神野はしゃべり続ける。
「本当はね、戦いを勝ち抜いた彼らには平凡で幸せな糞みたいにつまらない普通の生活、ってやつが用意されるはずだったんだよ――でも……このひっちゃかめっちゃかな世界がそれを許さなかった……」
神野はそう言うと両腕を広げて天を見上げる。
「そしたらどうだい! 平凡な世界に埋もれるはずだった戦真館の皆が、再び輝きだしたじゃないか!!」
神野は天を見上げたままうっとりと顔に笑を浮かべていた。
「あぁ……戦真館……彼らはなんて眩しいんだ……ボクはね、彼らのファンなんだよ……ボクだけじゃない、ボクの主も大ファンだ。彼らの放つ若く、青く、真っ直ぐな光が、眩しくて、美しくて、羨ましくてしょうがない」
そういうと、天を向いていた神野は再び5人に顔を向けて口を開く。
「それでね……ボクとボクの主は思っちゃったんだよ。この世界で強く、強く輝く彼らの姿を、最後の最後に、もう一度みたいってさ」
興奮からなのか神野の周辺から黒い何かが漏れ出している。それに伴うように5人の空気がぴりっぴりっと張り詰めていく。
「よくあるじゃない、小説でも漫画でも本編終了後の1年後ぐらいで主人公たちのその後、みたいなのを書いたのがさ。読者のわがままに作者が付き合った、外伝? 番外? じゃなければ蛇足……もっと言うならおまけだよね、おまけ。でも、それ面白い! それが見たい! そしてそれを作るためにボクはここまで来たんだ……だからさ」
神野はここで言葉を切って口を大きく割ってニタリと嗤う。
「あなたたちにはその物語の演出を、手伝ってもらおうかと思って――ねっ!」
言葉の最後を言い終えた瞬間、神野の瞳がぐるりと回り、瞳だけでなく目全体が真紅に染まる。
「ジェノサイド・チェーンソーっ!!!!」
「顕現の七 神須佐能袁命っ!!!!」
いち早く動いたのはヒュームと鉄心、瞳が変わった神野に向かって、渾身の一撃を叩きつける。
「おおっと」
ヒュームと鉄心の一擊を同時にくらった神野の身体が弾け飛ぶ。
しかし、弾け飛んだ神野の身体はそのまま数億もの黒い粒子――蟲の大群となって5人を取り囲む。
「バーストハリケーンっ!!」
「吩っ!!」
ルーも鍋島もそれぞれ黒々とした蟲達に攻撃を加えるが、効果があるように見えない。手応えがまるでなく、蟲達はどこからともなく湧いてくるかのようにどんどんとその数を増やして言っているようだ。もはや5人を取り囲む空間そのものが黒く塗りつぶされていた。
「これは……」
「むう!」
「フンッ!……小賢しいっ! 覇王咆哮拳っ!!!!」
一瞬戸惑ったクラウディオと鉄心をよそに、ヒュームが膨大な気を練りこんだエネルギー波を黒く塗りつぶされた空間に叩きつける。
一瞬、外の光景が見えるが……直ぐに蟲達がその穴を塗りつぶす。
「チッ……」
ヒュームが舌打ちをする。
「いや、怖い怖い……これからいろいろやらなきゃいけないし、さっさと済ませちゃおう」
どこからともなく神野の声が聞こえたかと思うと、
「コ、コレは……っ!!」
「な、なにっ!!」
ルーと鍋島の方から声が上がった。
「ルーっ!!」
「鍋島様っ!!」
鉄心とクラウディオがそちらを向いたときは、既にふたりは黒い蟲達の中に飲み込まれてしまっていた。
「んで、次は……」
再び神野の声。その声のあと残りの三人の足元からものすごい勢いで蟲達が身体の至るところに入り込もうとなだれ込んでくる。
「喝っ!!」
鉄心が全身から気を放ち、蟲達を退けようとするが飛び散ったその場で蟲達が増えているようで一向に減らない。
そんな中、ヒュームがクラウディオを見る。
その視線にクラウディオも気づく。
視線に気づいたクラウディオは、両手の糸を素早く操り自らの前に糸で作った盾を編み出す。
「ジェノサイド……チェーンソーっ!!!!」
次の瞬間、ヒュームは渾身の必殺技を同僚めがけて叩き込んだ。
「ぐうっ!」
ヒューム・ヘルシングの必殺技を即席の盾で受け止めたクラウディオは、身体ごと空間の外へと吹っ飛ばされる。
「おっ?」
それに気づいた神野が声を上げるがその時には既にクラウディオは屋上からも吹き飛ばされ、校庭に倒れるように着地すると、校門に向けて足を引きずる様に走っていた。
両腕がだらりと力なく垂れていて、クラウディオの走った後にはポツポツと何かのシミのようなものが跡を作っている。
「一人逃しちゃったか……でも、まぁ、いいか」
神野は少し残念そうに言うと、本格的にヒュームと鉄心を取り込むべく包み込む。
「むうっ!」
「くうっ!」
抵抗をしていた二人だが、ジリッジリッと蟲達に侵食され遂には黒々とした蟲の海に沈んでいった。
「ふう……思ったより時間がかかっちゃったなぁ、でもまぁこれで4人ゲット」
再び神野が人の形を作り屋上に降り立った時には、目の前にヒューム、鉄心、鍋島、ルーの4人が人形のように立っていた。
「こういう直接的なのは全然ボクの趣味じゃないんだけど、時間がないししょうがないよね」
言い訳のようなことをブツブツと呟きながら、神野は4人へと近づいていく。
「後は記憶を覗かせてもらって使えそうなものをチョイスする……と……って、あれれ?」
神野は怪訝そうな顔で4人の頭をペタペタと触ると、
「あちゃー、やってくれたね」
そう言って大げさに肩をすくめた。
「全部乗っ取られる前に、精神の方は自分で封印したか……流石このハチャメチャ世界のマスタークラス、やることが化け物じみてるねー」
見るからに化け物じみてる自分のことは棚に上げて感嘆の声を上げる。
「身体は許しても、心は許さない! って感じ?」
神野は一人でおどけたように、身体をくねらせる。
「使えそうなものは他から持ってくるか……想定外のトラブルにもめげずに最高の演出をするのが、プロの仕事ってやつだもんね」
そう言うと神野は身体をフワリと浮かせて、未だ暗がりの中にある川神の街を眼下に見ながら宣言するように言い放つ。
「さぁっ! 待っていてくれ、戦真館の皆! ボクが最っ高の蛇足を演出してみせる! だから、いつもみたいに君たちも最高の輝きを見せてくれ!」
宣言のあと神野は自分の言葉に酔うかのように恍惚とした表情を見せる
「あぁ……眩しい……本当に眩しいよ、戦真館……羨ましい、妬ましい……川神学園の皆みたいに、ボクもその中に入りたかった……心の底からそう思っているよ」
戦真館がどのように戦うのか想像しているのだろうか、目をつぶり妄想に耽っている。
そして、最後に息を吐き出すと目を開き、
「……愛しているよ水希……まっていてね……」
最後にそう言うと、夜空に溶けるように消えていった。
いつの間にか、屋上に佇んでたはずの4人も消えている。
現在時刻は12月24日、早朝4時。
キリスト教の救世主が生まれたとされる日の前日、クリスマスイブに、川神で今年最大になるであろう混沌の一日がやってくる。
屋上に取り残された古めかしいラジオから、今日の曇りの天気予報が虚しく響き渡っていた。
如何でしたでしょうか。
最終章「混沌(べんぼう)襲来」編の開始です。
当初のプロットを超えての最終章、なんとか最後までいけるように頑張ります。
皆様、もうしばらくお付き合いいただければと思ってます。
ありがとうございます。