戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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第四十六話~活人~

 昼を過ぎたあたりからしとしとと降り出した雨は、やむことも強まることもなく、放課後になった今もしとしとと季節外れの梅雨の様に地面を濡らしていた。

 

 そんな雨とも言えない雨の中、日本刀を携えた二人の少女が対峙している。

 

 漆黒の髪に意志の強い瞳で相手を見つめる源義経。

 濃紺の髪にこちらも同じく強い決意を秘めた瞳で相手を見つめる世良水希。

 二人の艶やかな髪が雨にしっとりと濡れてなまめかしく光っている。

 

 その二人の間に九鬼従者部隊のクラウディオが立っていた。

「この試合の立ち会いを務めさせていただきます、クラウディオ・ネエロでございます。義経様、世良様、ご準備の方はよろしいでしょうか?」

「うん、義経は大丈夫」

「……はい」

 クラウディオの言葉に二人は頷く。

 この一瞬も二人は互いから目を逸らさない。

「……では、位置に御着き下さい」

 クラウディオの言葉に義経と水希は同時に背を向けると開始位置へとゆっくりと歩いてゆく。

 互いに言葉は一切、交わさない。

 

「なぁ、どう思う」

 そんな二人を二階から見ながら、栄光が同じくこの戦いを見るべく集まった仲間達に問いかける。

「どう……っうのは?」

 そんな問いかけに鳴滝が聞き返す。

「いや、なんだってテスト直前のこんな時期に水希の奴こんなことしてんのかな……てな」

 皆、同じようなことを思っていたのだろう。栄光の言葉に少し考え込むような素振りを見せて四四八が口を開く。

「ふむ……なぁ、歩美。お前昨日、世良と一緒に帰ってきたはずだよな。なんか気になることなかったか」

「うーーん、河辺でじゃれあってた時はそうでもなかったんだけどさ。帰る時、実はちょっと、モード入っちゃってたかなぁって気がしたんだよねぇ」

 四四八の質問に歩美が腕組みをしながら答える。

「モードってなによ、モードって」

 もったいぶらずに言いなさい。そんな科白が後に続くような調子で、鈴子が歩美を問い詰める。

「んーー、考え過ぎて面倒くさくなっちゃってる女の子モード」

「あぁ……」

 その答えに納得したように鈴子が頷く。

 そんな水希の姿に心当たりがあるのか、仲間のあいだに一瞬の沈黙が降りる。

「何はともあれ――さ」

 そんな沈黙をやぶり、会話をまとめる様に、いままで黙っていた晶が口を開く。

「これは水希が望んだ戦いなんだ。あたし達に出来る事は、水希の選んだ戦いを最後まで見守っててやって。結果がどうあれ何も聞かずに『お疲れ』って言ってやること、だと思うぜ」

 そんな晶の言葉に皆が一様に頷く。

「ああ、そうだな……晶の言う通りだ」

 会話を締める様に、四四八がそう言ってグラウンドに目を戻すと、仲間達もグラウンドにいる水希に目を向ける。

 

 そんな仲間達の心中を知ってか知らずか、水希は仲間達の視線に気づく様子も見せないままに開始位置に佇んでいた。

 

 

―――――

 

 

「それでは……始めっ!」

 

「はああああああああっ!!」

 クラウディオの試合開始の合図と同時に水希が飛び出す。

 ぬかるんだ地面をものともせずに、持ち前のスピードを生かして滑るように義経との距離を詰めると、手に持った日本刀から鋭い斬撃を義経に見舞う。

「ふっ!」

 そんな流水の様に淀みのない水希の斬撃を義経は同じく足を滑らせ、身体を捌きながら躱していく。

 こちらもぬかるんだ地面をものともせず、演舞を踊るかのような軽やかなステップで水希の攻撃をいなしていく。

「はっ!」

 義経の身体に届かない斬撃を繰り出しながら、水希は相手の呼吸を読み、義経が息を吸うタイミングに、後に置いた足の指で靴の中から地面を強く掴むと、今までよりも半歩深く義経の懐に飛び込んでいく。

「やあっ!」

 そして深く踏み込んだ一歩をそのまま力に換えて、義経の胴に今までよりも深い一撃を放つ。

「――っ!」

 義経はその一撃を躱そうとせずに踏みとどまると、手にある日本刀の柄頭を水希の横なぎの一撃に併せて当てると、水希の刀を弾き返す。

「たあっ!」

 刀を弾かれ一瞬体勢の崩れた水希に、今度は義経が襲いかかる。

 

 義経の閃光の様な斬撃が水希に振りかかってきた。

 水希はその斬撃を先ほど義経がやったように、身体と足を捌いて避ける。

 互いに極力、刀を合わせない。

――日本刀は斬る事に特化した為、武器としては脆い。

 そんな実戦的な暗黙をお互いに守っている為だろう。

 

 幾筋かの剣閃を放ち、水希がそのことごとくを避けた時、義経は、不意に刀を右手一本で持ち担ぐように肩に乗せる。残った左手は刀の切っ先をつまんでいる。

「さあっ!!」

 そして、同時に軸足を使ってクルリと身体を回転させると、その遠心力をそのまま刀に乗せて水希へ渾身の横なぎの一撃を放つ。

 鍋島戦で見せた虎眼流。今回は流れの中での一撃だ。

「くっ!」

 水希は先ほどよりも数段剣速が疾いことと、左手で切っ先がつままれていてタイミングがとれないことで、この戦い初めて義経の一撃を刀で受け止める。

 しかし、ただ受け止めるだけでは勢いではじかれてしまう。故に水希は片手を峰に添えて両手で義経の一撃を受け止めた。

「くっ!」

 白刃と白刃がぶつかり合い、火花が飛ぶ。

「なっ!」

 次の瞬間、声を上げたのは義経。

 水希は峰に添え手から創法で水晶を展開すると、自らの刀とともに義経の刀も水晶で包んでいた。

 義経の動きが一瞬止まる。

「はあっ!!」

 その隙を逃さず、水希は一歩踏み出すと義経の腹を思いっきり蹴り飛ばす。

「っつ!」

 蹴りをくらい吹っ飛ぶ義経。

 しかし、痛みに耐えて顔を上げる。

 と、そこには大きな水晶が義経めがけて飛んでくるのが見えた。水希が創法で作り出したものだろう。

「せあっ!」

 義経は両足を踏みしめて一瞬で体勢を立て直すと、気合一閃、水晶を一刀のもとに真っ二つに切り捨てる。

 しかし、切った水晶の間から刀を一直線に構えた水希が突っ込んできた。

「くっ!」

「はっ!」

 義経が首を横に振るのとほぼ同時に、水希の稲妻のような突きが義経の頬をかすめて繰り出されていた。

 水希の渾身の突きを、間一髪で避けた義経の耳に、カチャ、という微かな金属音が響く。

 顔を動かさず瞳を動かすと、突きを放った時は縦になっていた刃が返され、義経の顔めがけて迫ってくる。

 水希は突きを放ったすぐあとに、後ろ足を軸に身体を回転させることで、追撃の一撃を繰り出していた。

 身体をそらせるだけでは――避けられない!

 そう判断した義経は、地面を蹴る。

 そして側転の要領で迫ってくる刃を中心に頭を逃がしながらクルリと身体を一回転させると、しっかりと足で着地する。

「せやっ!」

 身体を回転させたため、後ろを向いた状態になっていた水希へ、先に体勢を整えた義経が斬撃を見舞う。

「やっ!」

 水希はその斬撃を予想していたかのように、回転を殺さず義経の方に振り向くと同時に義経の刀を弾く。

 刃と刃がぶつかり合い、火花が飛ぶ。

 義経と水希の視線が絡まり合う。

 そして、示し合わせたかのように同時に後ろに飛ぶと、互いに止めていた息を大きく吐き出す。

 

 

―――――

 

 

「ふぅ……」

 由紀江は無意識に自分が息を吐きだしたことで、先程までいつの間にか息を止めていたことを認識した。

 それ程までにピリピリとしたやり取りだった。

――互角。

 由紀江にはそう見えていた。

 互いにスピードを持ち味とする両者の特性は、ぬかるんだグラウンドであっても如何なく発揮されている。

 剣の技術だけで言えば義経の方が上だろう。

 しかし、創法を含めた総合的な戦闘経験では水希の方が上手のように見える。

 このような拮抗した勝負の場合、技術以上に精神の問題になってくることが多い。

 如何に気持ちで相手の上に行くか――つまり、相手より勝ちたいとどれだけ強く思えるか。そのような部分が勝負の分かれ目になる。由紀江はそんなふうに感じていた。

 

 それにしても――と、由紀恵は思う。

 なんて――綺麗なんだろう。

 同じく剣の道を行くものだからこそ感じる二人のやりとりは、壮絶ながらも、心が奪われそうになるくらいに美しい。

 そして同時に――とても……とても……悔しい。もっと言うなら妬ましい。更に言葉を重ねるならば羨ましい。

 このような勝負ができる二人が羨ましくてしょうがなかった。

 

 自分なら――こうする。

 あの斬撃には――こう対応する。

 え? あの一撃にそういう反応をするのか!

 二人のやり取りに自分を重ねて無意識に身体と心が動く。

 

 だから、いつか――いつか――自分もこんな勝負を。

 そのためにも、この試合一瞬たりとも目を離してはいけない。

 由紀恵は昂まる自らの鼓動を押さえつけるように、大きく一つ深呼吸をすると、改めてグラウンドに目を向ける。

 

 二人に相対する自分の姿を思い浮かべながら。

 

 

―――――

 

 

 向かい合って互いに様子を伺っていた両者だが、水希が動いた。

 水希は脇構えであった自らの構えをさらに低くして、刀を腰に当てる。

 居合抜きの様な構えだ。

「はあっ!!」

 そしてその構えから一気に一歩踏み出すと、居合抜きの様に刀を振るとそのまま義経に向かって刀を“投げた”。

「――っ!!」

 想定外の攻撃に不意を突かれる義経。

 しかしそれでも、凄まじい勢いで回転しながら飛んでくる刀を力任せに弾く。

「――え?」

 その直後、自らの下半身に何かの当たる感触がした。

 そちらに目を向けると、刀に意識を向けた瞬間に近づいてきた水希が、義経の両脚を綺麗なタックルで刈っていた。

「わっ!」

 グラウンドに転がされる義経。

「はっ!」

 水希はそのまま義経とともに地面に転がると、義経の上にかぶさるようにするりするりと、しなやかな蛇のように身体を動かす。

「くっ」

 義経も邪魔な刀を投げ捨てると、水希をただでは上にさせまいと、こちらもなめらかな蛇のように身をくねらせて応戦する。

「くっ」

「あっ」

 黒と濃紺の蛇が絡み合う。

「うっ」

「かっ」

 黒と濃紺の蛇がもつれ合う。

 泥にまみれる様に行われた、蛇の主導権争い。

 勝ったのは――水希。

 戟法で強化した力で義経の肩を強引に押さえつけると義経の腹に乗り、空いている手に短剣を創造して義経の顔めがけて突き立てる。

「――っ!!」

 義経はその一撃を、首を振って躱す。

 短剣を躱した義経は、短剣を突き立てた水希の手首を捕まえると、両手が前に出ているため重心がずれた水希の身体を腹筋で跳ね除け、両脚を開放した。

 更に今度は、義経の両足が短剣を突きたて伸ばしきった水希の腕めがけて絡みついてくる。

「ちっ!」

 このままでは極められる。そう判断した水希は短剣を離すと強引に腕を振りほどき、飛び退く。

 同時に義経も立ち上がる。

 互いに投げた刀を手に戻して、再び距離を取る形でにらみ合う。

 

 

―――――

 

 

 試合は更に数回、攻守を入れ替えながら一進一退の攻防が続いていた。

 

――流石は義経……攻めきれないな。

 この試合何度目かになる仕切り直しの中、にらみ合ったまま義経の動きに注意を払いつつ、呼吸を整えながら水希は考える。

 戦闘スタイルはお互いに手数と疾さを中心としたオールラウンダー。

 創法等による戦略を含めた幅という意味では自分に分があるように思うが、単純に剣を使った技術で言えば義経の方が優れているようだ。

 しかし、これまでのやりとりで一つ明らかに自分が優っている部分を水希は見出していた。

 それは“力”。

 迅の戟法で強化した疾さにおいては互角。だが剛の戟法で強化した膂力に関しては水希に分がある。故にこの勝負、義経の虎眼流などの技術が入る余地のない純粋な力比べに持ち込めば勝てる。

 

 そう、水希は判断した。

 

 そして勝負を決めるべく、水希が動く。

 

「はああああああああっ!」

 水希は創法で無数の弾丸を作り出すと義経の正中線より少し、ほんの少し左側をめがけて放つ。

「っと!」

 速く無数の弾丸の放射だが、距離があるため義経は弾丸を横に滑りながら躱す――水希の思惑通りに。

「はあっ!!」

 計算通りに右側に避けた義経めがけて、水希は続けざまに創法で作り出した短剣を投げつける。

「――っ!!」

 義経はこの矢のような不意の一撃を刀で払いのける――が、足が止まった。

「さあっ!!」

 短剣と同時に義経に向かって走り出していた水希は、一気に距離を詰めると足の止まっている義経に上段から鋭い一撃を放つ。

「くっ!!」

 義経はその渾身の一撃を受け止める。が、そこで止まる。水希がこれまでと違い、刀を固定したまま物凄い力で押さえつけてきたのだ。

 水希が思い描いていた状況がこれ。

 鍔迫り合い――刀の勝負において純粋な“力”が占める割合の大きいシュチューション。

 水希はこれを狙っていたのだ。

 

 思惑通り鍔迫り合いに持ち込んだ水希が戟法で強化した膂力で義経を押しこむ。

「ぐ……うぅ……」

 義経の刀が押し込まれ、水希の刃がじりじりと義経の首元に迫る。

「――ふんっ!」

 水希が力を込め押し込む。

「ぐ……っ」

 息がかかるほどに互の顔が近づく。

「――んっ!」

 更にぐいっと、水希が力を込める。

「くうっ!」

 その力に押されて、義経がガクリと片膝をつく。

 しかし義経は水希から目をそらさずに、震える両腕に力を込め抵抗する。

「そろそろ……終わりにするよ……っ!!」

 水希はそう最後通告の様に呟くと、上から押さえつける様に力を込める。

 水希の刃がじりっじりっと義経へと迫る。

 

「義経っ!!」

 戦いを見守っていた弁慶が、窓から身体を乗り出して叫ぶ。

「負けるな! 負けちゃ駄目だっ!!」

 今日の昼、主から聞いた言葉。

 義経が水希から、何を感じたかわからない。

 しかし今の水希の戦いを見ていて、弁慶には水希の中に共感するものが見えた気がした。

 それはおそらく――後悔。

 歴史上の武蔵坊弁慶は、主や仲間を助けることが出来ずに平泉で打たれ、主たちと共に果てた。

 大事なものを守れなかったという後悔は、『大事なものを守る為に真の力を発揮する』という今の弁慶の特性に表れている様に思う。

 水希も同じ様に大事なものを守れなかったという、後悔で動いているように見える。しかし、弁慶が後悔を力に変えている一方、水希は後悔が枷になっている、そんな印象を弁慶は受けた。

 弁慶は義経がいたから今の自分がいる、水希にも戦真館という素晴らしい仲間がいる、それでも払拭できない何かを抱えているのかもしれない。だとするならば其処を抉っている何かが……あるいは誰かが、いるのかもしれない。

  ならば尚の事、この戦い義経は負けてはいけない。

 水希が勝ってもこの戦い救われるものは何もない。

 義経の為にも、水希の為にもこの戦い義経が勝たねばならない。そして、自らの主ならばそれが出来ると、弁慶は信じている。信じているから、声を出す。自分が、仲間がついていると、義経に伝えるために。

 

「義経ェッ!!!!」

 

 そんな時、弁慶とは違う別な誰かの義経を呼ぶ声が聞こえる。

 屋上から聞こえるその声は、弁慶にとって聞き慣れ過ぎるほど聞きなれた仲間の声――与一の声だった。

 

「テメェ、友一人救えねぇで、何が英雄の生まれ変わりだっ!!!!」

 屋上から響く与一の声。

「相手が間違ってるなら、ぶん殴って、目覚まさせろっ!!」

 ニヒルに構えた与一の口からほとばしる、仲間へのエール。

「だから……だからっ!!」

 与一はぐっと言葉を飲み込み、今より一段と大きな声で義経に言葉を送る。

 

「因縁の鎌倉侍なんかに負けやがったらっ!! 承知しねぇからなッ!!!!」

 

 与一の心の底からあふれ出た咆哮。

 与一も弁慶と同じくクローンだ。与一は弁慶が水希に感じたものと同じものを感じて、いてもたってもいられなくなった……のかもしれない。

 弁慶と与一の視線が合う。

「……ケッ!」

 視線が合うと与一は小さく悪態をつき、ぷいっと身体ごと視線をそらして、屋上の奥へと消えていった。

 だがあんな言葉を義経に送った与一のことだ、姿が見えなくなっていてもおそらく、決着まではしっかりと見届けるだろう。

「まったく……いつまでたってもガキなんだから……」

 そんな与一の態度を弁慶は苦笑をしながら見送る。

 

 しかし、弁慶の口調はいつもよりも優しげだった。

 

 

―――――

 

 

 義経の耳に弁慶の声が届いていた。

 与一の咆哮が届いていた。

 義経の脳裏に弁慶の姿が、与一の姿が浮かぶ。

 育ててくれたマープルの、優しくしてくれた清楚の、色々な事を教えてくれたクラウディオの……九鬼従者部隊の姿が思い浮かぶ。

 

 義経が水希に感じた違和感は今、確信となっていた。

 水希は何かに囚われている。

 そして、その何かは今でも水希を蝕んでいる。

 それを友人として断ち切ってあげたい。

 その為にはこの戦い、負けてはダメだ。

 

 そして、水希が義経に言った言葉。

――自分に勝てなければ、四四八には至れない。

 

 そうだろう、その通りなのだろう。

 自らの意志を貫き、仲間も救い、勝利する。

 柊四四八なら全てをやってのけるだろうという確信がある。

 ならば負けられない。負けてはいけない。

 柊四四八を目指すというならば、やらなければならない。

 

 自分の為に、仲間の為に、自分を現代に産んでくれた人たちの為に……そして何より――

 

――水希という名の新たな友人の為に。

 

 自分は絶対に勝たなきゃならないっ!!!!!!

 

「うううう……ああああっ!!!!」

「――っ!!」

 義経は水希の刀によってギリギリまで近付けられた自らの刀の峰に肩をのせると、強引に水希の刀を押しのける。

 一瞬、水希の体勢が崩れた隙に、地面についていた片膝をたてて二本の足で立ち上がると、鍔迫り合いをしている刀を大きく上に持ち上げて、拮抗していた力を上に逃がす。

「くっ!」

 義経と水希、互いに刀を上段に振りかぶった様な体勢になる。

「はあっ!!」

「さあっ!!」

 直後、義経と水希はがら空きになっている互の胴に同時に蹴り入れていた。

 

「くううっ」

「つううっ」

 同時に蹴りを喰らって、吹き飛ぶ水希と義経。

 しかし、二人とも相手から一瞬たりとも目を離さない。

 

「はああああああああああっ!!!!」

 飛ばされた水希は体勢を立て直すと、再び鍔迫り合いに持ち込む為に裂帛の気合をほとばしらせる。その燦然と輝く紅い瞳は、殺気に満ちた視線で、射抜くように義経を睨みつけていた。

 

「義経は……義経は……っ!!」

 

 同じく飛ばされた義経も体勢を立て直すと刀を正眼に構えて柄を握りこみ、水希の射殺されるかのような視線を真っ向から受け止めると。

 

「絶対に――っ!! 柊くんに――っ!!」

 

 歯を食いしばり、息を止める。

 

 義経の脳裏に様々な人々の顔が思い浮かぶ。

 その人たちの笑顔が思い浮かぶ。

 みんなをそんな笑顔にさせる為に、目の前の水希を笑顔にするために。

 

「はあああああああああああああっ!!!!」

 水希が義経に向かって疾る。

 

「なるんだああああああああああっ!!!!」

 止めた息を一気に吐き出して、義経が咆哮を轟かせて水希を迎え撃つ。

 

――キンッ。

 

 金属と金属がぶつかり合った甲高い音が響く。

 

 水希の首元に義経の刀が添えられていた。

 水希の刀は義経の刀とぶつかり合った部分から上が喪失していた。

 

 そして次の瞬間、二人の間に水希の喪失した刀の部分であろう白刃が落ちて、地面に突き刺る。

 

「それまで――勝者、義経様」

 クラウディオが静かに勝鬨を上げる。

 

「ま……けた?」

 刀を繰り出した状態で固まっていた水希が呟く。

 そして、水希は自らの呟きでその意味を認識すると、カクリと力が抜けるように膝を折り、ぬかるんだ地面に仰向けに倒れ込んだ。

 見上げた空からしとしとと雨が水希めがけて降ってきている。

 前もこんな状態で空を見上げていた時があったきがする、なんの時だろうか……

 水希はぼんやりとした頭でそんなことを考える。

――思い出した。

 かつて神野に仲間の全てを殺され、自分は何もできずに四四八と甘粕の戦いを見上げていた、あの時だ。

 思い出したとたん、胸のあたりがジクリと痛む。

――自分はやっぱり、今回も何もできなかった。

――そうだよ、水希……君には何も変えられやしないのさ。

 そんな悪魔の囁きが聞こえた気がした。

「やっぱり、私……ダメだなぁ……」

 自らの不甲斐なさに涙が出そうになる。

 

 そんな時、自らの横に同じく何かが倒れこむような音がした。

 空を向いていた顔をそちらに向けると、そこには同じく大の字で、仰向けに倒れこむ義経の姿があった。義経は水希と頭だけを並べるように倒れ込んだため水希の目には逆さまになった義経の顔がうつっている。

 義経は自身の服も、髪も、顔も泥だらけにしながら、同じく義経の目には逆さまになっている水希に目を向けると、

「ありがとう、世良さん」

泥だらけの顔に、輝くような笑顔を浮かべて礼を言った。

「え?」

 予想していなかった義経からの感謝の言葉に戸惑いの色を浮かべる水希。

「やっぱり世良さんは、義経のことを心配してくれていたってわかったから、だから、ありがとう」

「そんな……私は……」

 続いた義経の言葉になんと返したらいいか分からず、水希は言葉を濁す。

 そんな水希の反応を気にもせず、義経は続ける。

「ねぇ、世良さん。義経は確かに未熟だ。だけど、本当は自分がいることが出来ないこの現代に産んでくれて、育ててくれた人たちがいる、支えてくれる仲間がいる、応援してくれる友人がいる。だから、義経は英雄・源義経として、歴史上の源義経に少しでも近づけるように頑張ってみる。頑張っていきたい。今でもそう、思ってる」

 そう言って義経は水希から目を離すと、空を見上げて、

「じゃないと、義経は、義経じゃなくなってしまう……そう思うから」

そう続けた。

 

「あっ……」

 その言葉を聞いて、水希は自分がとんでもない間違いをしていることに初めて気がついた。

 義経は信明ではない。

 義経は水希でもない。

 義経は義経なのだ。

 至極簡単で、そして、当たり前すぎる現実。

 義経は信明ではない。だから、信明の様に絶望しないかもしれないし、するかもしれない。

 義経は水希ではない。だから、馬鹿な自分のように周りに不幸をばらまきはしないかもしれないし、するかもしれない。

 

 それはやってみなければわからないはずなのだ。

 

 それなのに自分は、高い目標を目指す義経を信明に重ね合わせ、心も身体も強くなった義経を勝手にかつての水希自身と重ね合わせてその道を阻もうとした。なんと自己中心的で押し付けがましい親切であろうか。

 水希は片手で両目を覆った。

 堪えていた涙が溢れ出してきたからだ。

「ほんと……ほんとに私って……バカだなぁ……」

 そして水希は自嘲気味に呟いた。

 

「ねぇ。世良さん」

 そんな水希の耳に、空を見上げたている義経の声が再び届く。

「でも、上を目指すといっても、やっぱり義経は未熟だ。だから世良さんの言うように周りに迷惑をかけてしまうかもしれない……」

――そんなことはない、そんなことはないよ。

 紡ぎたい言葉があるのに、思いがあふれて言葉が喉に使えて出ていかない。

「だから……だから……世良さんにお願いがあるんだ」

 返答ができず狼狽える水希に構わず、義経が続けた。

「義経がもし今度道を間違えそうになったら、友達としてまたこうやって教えてくれないか?」

「へ?」

 思いがけぬ義経の言葉に水希が間の抜けた声を上げる。

「世良さんは義経の知らないことを知ってる、だから、義経が道を踏み外しそうになったら教えて欲しい」

「……友達として?」

 そんな水希の言葉に慌てたように義経が言う。

「よ、義経と世良さんは友達……だよ……ね?」

 子犬のように慌ててしょぼくれる義経が可愛くて水希は思わず吹き出してしまった。

「ぷっ……ふふ……ありがとう、義経。うん、私たちは友達だよ、友達」

「そ、そうか……よかった……」

 ほっと胸をなでおろす義経。

 そんな義経に目を向けていると、校舎の二階から水希を見ている仲間たちを見つけた。

 水希の視線に気づいたからだろうか、歩美が大きく手を振っている。

 

――あぁ……やっぱり、私、バカだ……

 

 そして、水希は再度気づく。

 義経はこんな自分のことを友達だと言ってくれた。そして、それ以前に、自分には誇るべき仲間がいるではないか。

 今日もこんな不甲斐ない自分を最後まで見守っていてくれている。

 だのに何故、自分は一人で考えて、一人で絶望して、勝手に行動をしているのだろう……夢に出てきた神野も同じようなことを言っていた気がする……ああ、確かにこれは面倒くさい。

「こんなことばっかやってたら、愛想つかされちゃうよね」

 自らのトラウマが未だ心の奥底に蔓延っているのは認識している。

 しかし、今日、水希は自らのトラウマが自分の一方的な価値観から来ていることを理解した。

 だから――今度は――。

 

「柊くんに、相談……してみよう……かな」

 

 そんなことを口にした途端、すっと胸が軽くなったような気がした。

 自分で勝手に背負っていた錘が一つ落ちた――そんな感じだ。

 意中の男を頼ろうとしただけでこの有様だ、自分で自分の単純さが可笑しくて、

「ぷっ……ははは……ははははは」

水希は声を出して笑い始めた。

「ふふ……へへへ……ははははは」

 それを見ていた義経もつられて笑い出す。

 

「ははははは、ははははは」

「ははははは、ははははは」

 グラウンドに二人の少女の軽やかな笑い声が響く。

 

「ふふふ、ははははは」

 何か吹っ切れたような、爽やかな笑顔で水希が笑い続ける。

「へへへ、ははははは」

 そんな水希につられるように、義経も笑い続ける。

 

 泥だらけになり、笑いながら二人が見上げた空は、先程まで降っていた雨がやみ、雲と雲の隙間から青空と、綺麗な虹が覗いていた。

 

 




如何でしたでしょうか。
今回で源氏再臨編の終了です。

義経と水希を絡めようとして原作ひっくり返したんですが、
所々にはあるのですが義経が主役になってないので話の構成に苦労してしまいました。
義経のイメージが崩れずに書けていたらいいなと思います。

次はいつもどおりに一話、幕間を挟ませていただきまして、最終章に移って行きます。
思いのほか時間が掛かってしまい少々だれてきてしまったかなという感じもしますが、
なんとか最後まで書ききりたいと思ってます。最後までお付き合いいただけたら幸いです。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。

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