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り
川神書店と駅前書店の古書をかけた決闘の最後の1戦が今始まろうとしていた。
「はっはっはっ! 伝説の遮那王のクローンと戦えるなんてな。メンドくせぇと思った親戚づきあいだが、来てみるもんだっ! はっはっはっ!!」
既に位置についている、鍋島が豪快に笑う。
「義経、負けたら勧進帳ごっこだからね」
「義経、ファイトだよ!」
「おーおー、決勝で源氏のクローンと天神館の館長とか燃える展開じゃねぇか!」
「ま、怪我だけはすんなよ。担任がついててクローンが大怪我とかされちゃあ、オジサン学園にいられなくなっちまうかもしれなしな」
弁慶、水希、キャップ、宇佐美がそれぞれ義経に声をかける。
「ガンガレよ、義経」
最後に大和が義経の目を見ながら言う。
「大丈夫! 義経は頑張る!」
義経は仲間の声に、力強く頷く。その瞳には、刀の切っ先のように鋭く、そして美しい眼差しが輝いている。
そんな瞳を見たとき、大和は今まで持っていた不安がすぅっと引いていくのを感じた。
川神鉄心の直弟子にして、元四天王、仁王の二つ名を持ち実力は文句なしのマスタークラス……そんな鍋島との戦いはたとえ源氏のクローンである義経であっても厳しいのではないか、と大和は思っていた。
だからつい先程までは、第7戦があったとき、どのようにして勝とうかを必死に考えていた。
しかし、今、義経の瞳を見た大和の中には――義経でも厳しいのではないか――という不安が消え――義経ならやってくれるんじゃなか――という期待感が現れていた。
なぜだかはわからない。
もしかしたら、これが英雄・源義経のクローンである、義経の力なのかもしれない。
だから、
「ガンバレ……義経……」
大和は歩いてゆく義経の背中にもう一度、万感の思いを込めて言葉をかけた。
そんな仲間の期待を背に、義経は得物である日本刀を片手にゆっくりと鍋島の元へと向かっていった。
鍋島の元に向かおうとしている義経を見守りながら、橋の上で観戦していた清楚が心配そうな顔で、観客の整理をしている李に声をかける。
「李さん、義経ちゃんの必殺技ってまだ未完成ですよね……大丈夫でしょうか?」
「クローン自ら望んだ決闘に関しては我々が口を出すことは出来ません。使うにしろ、使わないにしろ、彼女の意思を尊重しましょう」
そんな二人の会話を聞いた彦一が興味深そうに聞く。
「ほう、義経君にはそんな技があるのかい?」
その問に清楚が答える。
「義経ちゃんだけじゃないよ、弁慶ちゃんや与一くんにもちゃんとあるの」
「弁慶は金剛纏身、与一は独自に伝承技と名付けていますね、そして義経は遮那王逆鱗……しかし、義経の技は……」
あとを継いだ李が最後は言葉を濁す。
「……そう、多分実戦では使えない」
それを清楚が答える。
「なるほど……天神館の館長相手に必殺技が使えないと……確かに厳しいですね……」
それを聞いた四四八が考え込むように言う。
「ふうむ……しかし、それはそうと、源氏のクローンの皆にそのような技があるというのなら、葉桜君にもあるのかい?」
話題を変えるように彦一が清楚に問う。
「私は目覚めたのが最近だから、まだそういうのはないの。でもいつか身につけられたらいいなとは思ってる、私だけの必殺技……」
清楚はその問に、少し残念そうに答える。
「なるほどな……しかし、こういうことは何がきっかけで覚醒するかわからない。怖いので、葉桜君はあまり怒らせないようにしよう――なぁ、柊」
彦一は口元を扇子で隠しながら小さく笑を作ると、意地悪そうに四四八に向かってそう言った。
「そう……ですね」
そんな彦一の言葉に四四八がひどく真面目に答える。
「あぅ……京極くんのイジワル! 京極くんにはそんなことしません」
それを聞いた清楚が口を尖らせて彦一に抗議する。
続けて、清楚は四四八の方を見ると、
「柊くんは……」
そう言いながら、四四八の目を覗き込む。清楚の頭に目の前の朴念仁が起こした様々な事柄が思い出される。
「――知らないっ!」
清楚はそう言うと拗ねたように、ツーンっと首を振って四四八から目を逸らす。
「えぇっ」
清楚の態度に驚く四四八。
「くくく……ははは――」
そんな二人を見て、堪えきれないといった感じで彦一が笑い出す。
「もう! ほんとに! 京極くんのイジワル!」
その笑い声を聞いた清楚が彦一に再び抗議をする。
その顔は夕日に当たっていたからだろうか、真っ赤に染まって見えた。
橋の上でそんなやりとりがされている間に、義経と鍋島は試合開始の位置につき、対峙をしていた。
「ヒョー、ゴキゲンな展開に私もワクワクだ! 二人とも、準備はいいか?」
ステイシーがたまらないと言った表情を浮かべながら二人を見る。
「俺の方はいつでもいいぜ」
「義経も、大丈夫だ」
鍋島と義経は互いに視線を交わしながら頷く。
「OKー、第6戦でロックな大一番がきたじゃねぇか! はじめるぞっ! 気合入れなっ! ロックンロールッ!!」
この決闘の最大の戦いが、ステイシーの号令とともに幕を切った。
―――――
開始と同時に義経が鍋島との距離を一気に詰める。
「やああああああああああっ!!」
裂帛と共に斬撃を繰り出す。
「ふんっ!」
その斬撃を鍋島は上半身を大きく動かしながら避ける。
鍋島は両手をコートのポケットから出してはいない。
「はああああああああああっ!!」
連続した斬撃の中で義経は、上半身の中心部に一番躱しにくい突きを放つ。
「ふんっ!」
鍋島はポケットに入れていた手を引き抜き、その刀を狙いすましたように、大きな手で上下に挟み込む――白羽取り。義経の刀はガッチリと鍋島によって捕えられてしまった。
「くっ!」
全力で引きぬこうとしたがビクともしない。
刀を引きぬく事を一瞬のうちに諦めると、義経はその捕えられている刀の上にトンっと飛び乗る。そして、刀を地面に見立ててもう一度飛ぶと、両手がふさがりガラ空きになっている鍋島の顔面に蹴りを放つ。
「ぬっ!」
鍋島はそれを刀から片手を離して防御する。
義経は防御された手をかまわず蹴って反動で後に飛ぶと、去り際に片手が離れた自らの刀を再び手にして、クルリと一回転しながら綺麗に着地する。
「流石に八艘飛びの義経だ、なかなかすばしっこいじゃねぇか」
鍋島がニヤリと笑う。
「だが……ちぃとばかし……」
そして、蹴られた手を眺めながら、
「軽いなぁ」
義経を見ながらそう言った。
「はあっ!!」
そんな鍋島の言葉には答えずに、義経は再び鍋島に向かって突撃する。
「せやっ!!」
義経は鍋島の手前でスピードを殺さずに飛び上がると、落下の勢いそのままに刀を振り下ろす。その剣気に触れただけで肌が切れそう程の鋭い一撃。
それを鍋島は後ろに下がって避ける。
「フッ!」
避けられた義経は刀を振り下ろしながら両足で着地すると、そのまま片手をついてそこを軸に、着地時を狙おうと一歩踏み出そうとした鍋島の足へと水面蹴りを放つ。
「ふんっ!」
鍋島はそれをベタ足で踏み込み力を入れて受け止める。
「――っ!!」
足を蹴りに行った義経が顔を歪ませる。
「おい、どうした。電柱でも蹴りつけたかい?」
鍋島の声が上から降ってくる。
「くっ!!」
義経はすぐさま残してあった足で地面をけると、地面についていた片手を中心にバク転の要領でクルリと後ろに飛び、両足で着地する。
そしてすぐさま、再び鍋島の様へと飛ぶ。
「ぬうっ!!」
鍋島がそれを迎え撃つ。
最初のやり取りよりも激しく鋭い斬撃の雨を義経が降らせる。
鍋島が再び上半身を大きく動かしながら避ける。
そんなやり取りの中、義経は左の肩を今までよりも少し――ほんの少し下げる。
見ているものには分からない、もしかしたら対峙している人間も一定以上の実力が伴わなければ、気づかないかもしれない程の微妙な変化。
そこに鍋島は反応した。
初めて繰り出す鍋島の拳。
空気も大気もまとめて鉈でぶった切るかのような太い拳の一撃が、義経の左から飛んでくる。
「ちっ!」
しかし、声を上げたのは鍋島だった。
義経が大きく身体を沈ませてその一撃を躱し反撃に出ようとする眼を見たとき、自らの攻撃が誘われたものであると鍋島は理解した。
「はああああっ!!」
沈んだ身体を大きく伸ばしながら、攻撃後の鍋島に向かって義経が刀を繰り出す。
避けられないと判断した鍋島は大きく足を開き体勢を整え、義経の刀に対して腕を立てて防御する。
「はあっ!!」
避けられないタイミングでの、会心の横なぎの一閃。
誰もが義経の勝利を確信した。
義経の刀と、鍋島の腕がぶつかる。
「なっ!」
しかし義経の手を伝わってきたのは、『何かよくわからないが、とても硬いもの』を打った、痺れるような感触だった。
義経の刀は鍋島の腕が完璧に止めていた。
「俺はかつて『仁王』と呼ばれていたんだぜ……生半可な刃なんか通るかよ」
そういって鍋島は口を歪める。
おそらく気を腕に集中させ、一時的に身体を硬化させることによって刃を防いだのであろうが、並の武芸者にできる芸当ではない。しかも、相手は源義経のクローンだ。元四天王にして、マスタークラスである鍋島でこその芸当だろう。
「そうら、おかえしだ」
鍋島はそういうと、空いているもう一方の手を握り、刀を繰り出した状態で固まっていた義経めがけて拳をぶつける。
義経は刀での防御が間に合わないとみると、とんっと身体を浮かすと、身体を捻り鍋島の拳を肩で受け止める。
「くうっ」
それでもかなりの衝撃だったのか、義経は後ろに大きく吹き飛ばされた。
たっぷり1秒の半分くらいは宙に飛ばされていた義経は、ようやく両足で着地する。
「ふぅ……」
息を吐きながら、義経は自らの状態を確認する。
今しがた攻撃を喰らった肩は、空中に飛んだことが幸いしたのか、痛みはあるが動かないという事はない。ゆっくりと回してみたが鋭い痛みが来ることもなかった。問題はないだろう。
身体の方は問題がない。と、するならば、次はどうやってあの鍋島の身体に有効的な一撃を与えられるか、そんなことを考え始める。
刀を正眼に構えて、すぅっと、意識的に鼻から息をしながら義経は考える。
現状で自らの腕力での攻撃では鍋島の防御を崩すのは難しいし、そのような腕力に頼る力攻めは義経の得意とするスタイルではない。
ならばどうするか……
腕力以外で攻撃に鋭さを加えるものは何か……
疾さ、タイミング、バネ、そして瞬発力……
そうやって思考をした義経は、今まで一回も崩したことのない、剣術の教本にのっているかのような綺麗な正眼の構えを初めて崩した。
「ほお……」
構えを変えた義経のことを見た鍋島は、面白い、といった感じで口を歪める。
義経は正眼の構えの時よりも大きく足を開いていた。左足が前、右足が後ろだ。
刀は右手だけで持ち、その右手は背中に回るほどに大きく振り上げられている。その為、刀は義経の背中にすっぽりと隠れるようになっていて、余った左手は、腰の左側あたりにきている刀の切っ先を親指、人差し指、中指の3本で摘むように掴んでいた。
剣道や剣術の常道にはない構えだ。
敢えて言うならば、忍者が背中に背負った刀を抜き去る瞬間はこのような構えになるかもしれない。それでも左手が下に添えられることはないだろうから、やはり特殊な構えと言える。
ふぅぅぅ――
義経はその構えのまま、大きく吸った息を口からゆっくりと吐く。少しづつ、少しづつ体勢が沈んでいく。
そして――
「――フッ!!」
最後の息を鋭く吐きながら義経は後ろにあった右足を一歩大きく踏み出す。
そして踏み出した右足を軸にして、身体をクルリと半回転させながら、その遠心力をそのままに今度は左足を大きく、そして強く踏み出した。大きく二歩進むことで一気に刀の射程範囲にまで身体を持っていく。
「ぬうっ!」
トリッキーな義経の動きに、鍋島の動きが一瞬止まる。
「はああっ!!」
義経は左足を踏み出すまで、右手は刀を振りだそうと力を込め、左手の指はそれを止めるために力を込めていた。背中に隠れた刀によって結ばれ、矢を放つ直前の弓のように張り詰めた右腕と左手、それを義経は一気に開放する。
弓のように限界まで引き絞られた右腕に、更に身体を回転させた遠心力をのせた一撃。今までより数段疾く、鋭い横薙の斬撃が飛ぶ。
「くうっ!」
この一撃は危険と判断したのか、鍋島が初めて義経の斬撃を大きく飛んでかわそうとする。
「ちいっ!」
しかし、義経の動きに躊躇した一瞬が仇となり、完璧には避けきれずに、胸元を横に大きく切られてしまう。
飛び退き着地した鍋島の胸元はコートとシャツがパックリと切られ、その奥から逞しい胸板が見える。そしてそこには一筋の赤い血の線が刻まれていた。
義経の刃がついに鍋島を捉えたのだ。
「なかなか面白れぇことするじゃねぇか……アレンジがきいちゃいるが……虎眼流かい?」
鍋島は自らの胸を触り、血が出ているのを確認するとニヤリと笑いながら義経に声をかける。
至極簡単に、そして乱暴に言ってしまえばデコピンだ。
デコピンをするために親指で押さえつけられて解放された指は、普通に振るよりも数段高い速度と攻撃力を内包している、それを義経は刀でやってのけたのだ。そして、それを奥義とする流派が虎眼流。江戸の初めに駿河で最盛を極めた流派だ。
「腕力で攻撃力を上げられないのなら、他の部分を生かし穿つ。なるほど確かに道理だが、この実戦の最中でやれるたぁ、流石源氏の……いや、九郎義経のクローンだ」
鍋島はそういうと、この戦い初めて両手を挙げて構えを取る。
「年甲斐もなく熱くなってきちまったじゃねぇか、責任とってくれるんだろうな、おい」
鍋島の闘気がみるみる膨れ上がっていくのがわかる。
それを見た義経は再び足を大きく開く。左足が前、右足が後ろ。
そして刀を腰のあたりに持ってくると、左手を峰の方から刃の根元を摘むように添えて、そのまますぅ、と切っ先へと滑らせる。切っ先まで持っていった左手はそこで止まると、左手をそのままに刀を上段に振りかぶる。
左手で刀を引いているためか、通常の上段の構えよりも上体が少し後ろに反ったようになっている。
ふぅぅぅぅぅ――
義経がゆっくり、ゆっくり息を吐く。
ほぉぉぉぉぉ――
鍋島も静かに、静かに息を吐く。
ふぅぅぅぅぅ――
義経の身体がゆっくり、ゆっくり沈んでいく。
ほぉぉぉぉぉ――
鍋島の身体も少しづつ、少しづつ沈んでいく。
ピタリ、と、同じタイミングで呼吸が止まる。
そして、二人の身体がすぅ、と流れるように前に出ようとした、その時――
「そこまでだっ!!!!」
ステイシーの大きな声と共に、二人の間にマシンガンの銃弾が横切る。
「いいところで私も心苦しいんだが……ファックなことに時間切れだ。これは二人だけの戦いじゃないから、取り決め通りキッチリ区切らせてもらうぜ」
そう言ってから、ステイシーが改めて宣言する。
「時間切れで勝負つかず! 第6戦は引き分けだっ!!」
「なんだよ、時間切れかよ。遊びが過ぎちまったようだな」
鍋島が残念だと言わんばかりに肩をすくめ、両手をポケットに突っ込む。
「……ふぅ」
それを見た義経も張り詰めた息を口から吐き出して刀を下ろす。
「なかなか楽しかったぜ、義経。機会があったらまたやろうや」
「うん! ありがとうございました!」
鍋島の言葉に義経が大きく礼をする。
「おう、九州こい九州。歓迎するぜ」
そう言うと、鍋島は文太達の方へ歩いて行った。
――おーおー、まったく一張羅だってのに。
さり際にそんな独り言が聞こえた気がした。
「ん? ってことは……」
息を飲んで試合の行く末を見守っていた大和がこぼすと、
「最終結果は、川神書店3勝の駅前書店2勝の1引き分け、つまり……勝者、川神書店ッ!!」
それに応えるかのようにステイシーが勝どきを上げた。
「なっ! 馬鹿なっ!! ミッレーニアムな僕が負けた?」
「よっしゃあ、よくやったぜ、バンダナ達! ったく、ヒヤヒヤさせやがって、バッキャロウっ!!」
文太と店長が正反対の反応を見せている。
「ふう……」
義経が仲間のもとへと戻ってくる。
「すげぇ戦い! 流石、義経! かぁー、燃えるなぁ」
「義経、凄かったよ、お疲れ様」
「義経、怪我ない? どっか痛めてたりすると、オジサンちょっと困るんだよなぁ」
「ヒゲ先生さぁ、流石に今はそれやめない?」
キャップ、水希、宇佐美、大和がそれぞれ義経に労いの言葉をかける。
「義経、お疲れ様。流石、私たちの主、いい戦いだったよ」
そして、最後に弁慶が義経を出迎える。
そんな仲間たちの声に、
「ありがとうみんな、でも……義経は勝てなかった、義経は……悔しい」
そう言って言葉通り、悔しそうに唇を真一文字に結ぶ。
「いやー、そんなこと言ったって相手は、学園長の直弟子で元四天王の天神館館長、引き分けだって相当なもんなんじゃねぇの」
と、キャップが言う。キャップは空気を読んだり、フォローをしたりというのが苦手な人間だ。だから、この言葉通り今回の義経の結果を、純粋に凄いと思っているのだろう。
「そうだよ、それにさ、なんかうまく言えないんだけど……義経、タッグマッチの時より強く……っていうか、頼もしくなった気がした」
そんな大和の言葉を聞いた弁慶が、
「へぇ、大和もかい。実は私もなんだよ」
と、同意する。
「え? え? そうなのか?」
大和と弁慶の思わぬ言葉に、義経がうろたえる。
「うん、正直言うと最初は不安で一杯だったんだけど、試合始まる前の義経みたら、義経なら何とかしてくれる――そんなふうに思えたんだ」
「そう……か、そうなのか……えへへ、なんか嬉しいな」
大和の言葉を聞いた義経は、恥ずかしそうに笑う。
「あーー、もーー、何この可愛い生命体っ!」
そのはにかむ様な笑顔に我慢しきれなかったらしく、弁慶が義経を抱きしめて頬を擦り付ける。
「べ、弁慶。よ、義経は苦しい」
いきなりのハグに義経は目を白黒させる。
「いいじゃないか、いいじゃないか、戦勝のご褒美だよ……私のね」
「お前のかよ!」
弁慶の言葉に思わず大和がツッコム。
「フフフ、まぁ、それは冗談としても。大和もああいってくれてるんだ。主はしっかり目標に向かって進んでるよ」
「そうか……そうだと、イイな……そうだったら、義経は嬉しい」
弁慶の言葉に、再び義経が今度は嬉しそうに笑う。
「へー、義経にそんな目標があるのか。やっぱりあれ? 立派な指導者になるとか、剣術を極めるとかそんな感じ?」
弁慶の言葉を聞いた大和が興味深そうに聞いた。
「ううん、そういうのじゃないんだ。義経は……」
大和の問を受けた義経は、そこで一区切りつけて、自分の目標を言う。
「義経は、柊くんになりたいんだ! 柊くんみたいに強くなりたい!」
そう言って、義経はキラキラと目を輝かせる。
「おー」
「いや、若いっていいねぇ」
「なるほどね」
キャップ、宇佐美、大和が感嘆の声を上げる中一人、
「――えっ?」
息を呑む人物がいた――水希だ。
「なるほどね。わかるなその気持ち。確かに柊って、なんか武士っ! って感じするもんね」
「うん! 柊くんは義経の理想だ!」
「そっか、いいと思う。すっごくいい目標だと思う。応援してる、頑張ってな、義経」
――同じ目標を持つものとして、という言葉を大和は飲み込んだ。まだまだ、自分は義経のところにも立ててないだろうという自覚があるから、もっと今の自分が前に進めたとき、この友人に胸を張って言おうと思った――自分も柊みたいになりたいんだ……と。
「うん! ありがとう! 直江くん!」
義経はそんな大和の言葉に、ニッコリと笑って礼を言う。女性としてはもちろんだが、それ以上に人として、とても魅力的な笑顔だ。大和はそんなふうに思った。
「なんだなんだ、主も大和も私を差し置いて妬けるじゃないか……そんなイケズな主には……脇腹つつきのお仕置きだ!!」
「ひゃああ、ダメだ! 弁慶! 義経はそこはひゃあ! 弱っ……はははははは」
「ほーれほーれ、ここかー、ここがいいんかー」
「弁慶、やめ……はははは……ダメだっ……ひゃああ、ははははは」
それを見ていたキャップが、
「これが源氏の主従関係なのかねぇ」
と言う。
「完全に馴染みのキャバ嬢に絡んでる酔っぱらいだな」
宇佐美はそんなキャップの言葉に、自らの感想を答える。
そんな川神書店の面々の元に店長がやってくる。
「やってくれたじゃねぇ、スゲぇじゃねぇか! え? 特に義経! 最後の試合オラぁ感動したぜ! おい! バンダナ! 明日から源氏コーナーの義経の棚、もう一段増やすぜ!」
「おう! 了解だ!」
「あ、ありがとう!」
「なあに、礼をするのはこっちの方さ。こっちのゴタゴタに巻き込んじまってスマネェな、それに勝ってくれてアリガトよ。勝利を祝ってパーッ! とやろうぜ、オレのオゴリだ!」
「よっ! 店長太っ腹!」
店長の勢いのいい声に、キャップが合いの手を入れる。
「嬉しいんですけど、俺達もうすぐテストなんですよね……テスト明けでもいいですかね?」
そんな大和の声に、
「あー、私も今回のテストかなりマジにならないと3位いけないかもしれなし、そっちのほうがいいな」
「よ、義経も順位を元に戻したい……」
弁慶と義経が同意する。
「おー、おー、そうだよな、学生の本分は学業だもんな! バンダナ相手にしてると忘れっちまう。いいぜ、テスト明けに店に来な! パーッと盛り上がろうじゃねぇか、バッキャロウ!」
「ありがとうございます」
店長の言葉に、大和が礼を言う。
「んー、テストを越えるモチベーションができたね。面倒だけど、頑張るか」
「うん! 義経も頑張る……だから、弁慶、勉強みてくれるか?」
そんな義経の上目遣いに、
「あーーー、もーーー、なにこれ反則!!」
耐え切れずに弁慶が先ほどより強く頬ずりをする。
「これも主従関係の一つの形なのかねぇ」
「さぁ……」
それを見ていたキャップと大和が呆れたように笑う。
宇佐美と店長は今日の報酬の話をしているようだ、宇佐美の口元がほころんでいるのを見ると、謝礼でも出たのかもしれない。
そんな喜びの輪から少し外れたところに一人、水希が立っていた。
その表情は……固い。
水希の頭の中に、友人である義経の言葉が反芻されている。
――柊くんのようになりたい。
――柊くんのように強くなりたい。
ズキリ、と胸が痛む。
思い出されるのは、自らが夢に閉じ込められる契機となった事件。
叶わぬ身でありながら、強さを求め、命を絶った、水希の愛すべき○○の名前……
水希は一人、自問する。
自分はどうするべきなのか。
あの悲劇を繰り返さないために、友人たちに自分のような思いをさせないようにするために、自分は何をすべきなのか。
自分は……義経を止めるべきなんじゃないのか……
そんなことを一人考えていた。
喜びの輪の中、水希の心だけが太陽が沈み薄暗くなりつつある風景のように、暗く、昏く、沈んでいった。
またやってしまった……流派の名前は出さない方が良かったかなぁ
ここに書いた虎眼流はシグルイ本編じゃなく、
某ヒュームさんの中の人が主役張ってるゲームの最新作で、虎眼流ッポイ動きをしているキャラの動きを参考にしてます。
如何でしたでしょうか。
今回は水希がメインです。
しかも、トラウマに片足突っ込ませていただきます。
自分で書いてて、地雷踏んだかなとも思うんですけど、最終章への流れとしてこのような形にしました。
ただ、全部が全部解決しないと思います。
それはやっぱりそこは四四八の役目かなとも思ってますので。
お付き合い頂きまして、ありがとうございます。