戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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お待たせしてしますみません。

この話から新章突入です。
よろしくお願いします。


源氏再臨編
第四十一話~源氏~


「はぁー、最近この部屋も寂しいねぇ」

 誰もいない和室、武蔵坊弁慶がゴロリと寝返りを打ちながら呟いた。

 畳に障子に襖と完全な和室の部屋だが、ここはれっきとした学園の一角だ。通常なら、文化部の活動部屋になるものだが、今は使われていない。そして、それをいいことに通称『だらけ部』が集まり、文字通りダラダラとするための部屋となっている。

 しかし、残念ながら最近は、もっぱら弁慶一人がいるだけとなっていて、残りのメンツはなかなか顔を出さない。残りのメンツは宇佐美と大和。宇佐美は期末が近づきテスト制作やら、本業の方も年末でかき入れ時らしく雑務に追われて、大和は千信館の人間たちが来てから何かと付き合いが悪い。

 宇佐美の方はどうでもいいが……大和がいないと、つまらない。川神水の肴も新たなものを調達するルートがほぼ大和経由だった為、最近は無精に拍車がかかり、もっぱら手酌の一人酒(?)となっている。

 千信館の連中が来てから、何かと学園が騒がしい。正直、怠惰を信条とする弁慶的にはあまり嬉しくない状況だが、新たな友人ができたためか義経や与一が楽しそうなのはいいことだな、とも思っている。特に主である義経に関しては、柊四四八という明確な目標が目の前にできたことで、目に見えて張り切っている。義経に影響を与えている彼らが鎌倉出身というのは、なんとも縁だなと思わなくもない。配下としては主の成長は喜ぶべきことなのだろう。

 

 そして、かく言う弁慶自身はというと……実は特に変わっていない。

 トーナメントは義理もあり出場したが、鳴滝達との試合の後は熱さよりも、やはりダルさが勝っていた。そして、それをふまえた上で、弁慶は、やはり自分は武蔵坊弁慶のクローンなのだなということを再認識した。

 弁慶は惚れた主である義経を守ることに生涯を賭して、その人生を閉じた。トーナメントで相対した鳴滝淳士は、相手にとって不足はなかった。その鳴滝との試合でも熱くなれないのであれば、やはり自分が熱くなるのは何かを『守る』時なのだろう。それは、義経であり、与一であり、まだ見ぬほかの誰か、かもしれない。

 ともかく、そんな時が来るまで、周りに流されずにマイペースに行こう。それが、弁慶の出した答えである。

 そんなとりとめのないことを考えながら、何回目かになる寝返りをうって、手元に川神水の徳利を寄せると口に運ぶ。

「……ん?」

 口に運んだ徳利から川神水が流れてこないことに気づき、徳利の口から中を眺める。無論、一滴も残ってない。追加の徳利は……カバンの中だ……

「あーー、もーー」

 そう唸ると、この口寂しさを肴で癒そうとして……それも用意してないことに気づく。こんな時の川神水の補充や肴の用意は、大抵大和がしてくれていた。ダラけていながら、根が世話焼きなのか何かと気を回してくれる。其の辺が弁慶的にとても好印象だったわけなのだが……

 

 そんな時、弁慶の携帯が鳴る。電話ではなくメールだ。

 電話なら絶対にでないが、メールだった為、気だるそうにだが携帯を取り出して画面を見る。

 大和からだ。

 この部屋に来る前に、今日はだらけ部に来るのか? という旨のメールを入れた返信だ。一時間近くメールが返ってこなかったのは大和にしては珍しい。

「んー、なになに?」

 

図書館で勉強してて、気づかなかった。

ゴメン!

大和

 

「ま、そんなことだろうとは思ったけどさー」

 そんなことを呟きながら携帯をしまう。

 しまいながら弁慶は、このまま大和がここから離れるのはとても残念だな、と考えていた。世話を焼いてくれてくれるのももちろんだが、弁慶自身、大和と波長が合うのか大和のことを気に入っている。

「んー、まだ学園いるみたいだし、いっちょ釘でもさしときますかー」

 そう言うと、弁慶は寝起きの猫がノビをするように、ウーンと身体を伸ばすとゆっくりゆっくりと和室から出て行った。

 

 和室には空になった徳利が無造作に転がっていた。

 

 

―――――

 

 

「ふぅ……やっぱ十二月にもなると寒いなぁ」

 最近、放課後の日課になりつつある図書館での復習を終えて、大和は廊下を歩いていた。四四八と冬馬に宣言したとおり、今度の期末でS組に入れるように本腰を入れて勉強を始めていたのだ。

 ただ、現在の大和は目下の目標こそS組入り、そして、その中での上位進出を目論んではいたが、本当の目的はもっと上にあった。

 

 それは政治家への夢。

 

 思い出した百代との約束、その約束を果たすため――だけでなく、新たに出会った憧れの男である柊四四八に近づけるように、負けないように、勝てるように、そんな自分になるために、この国を動かす男になってやろう――そしていつか、この国を見限って出て行った敬愛する父が戻る気になるような国を作ってやろう――そんな様な夢を現実的に抱き始めていたのだ。

 故に、まずは勉学だ。政治家、官僚、何になるにせよ現在あの世界は基本学歴が物を言う。そして、人脈。父親の教えに従い、いろいろなコネクションを築いてきた大和だが、今後はそれをさらに伸ばそうと画策している。これも政治の世界に飛び込むならば必須といっていい項目だろう。

 夢が明確になった瞬間から、やらなければならないことが一気に増えたきがする。しかし、それでいいと思っている。足りないこと、やらなければいけないこと、それを一つ一つ片付けていけば、次にやらなければいけないことが見つかるはずだ。目的を目指して明確な目標を立てて進んでいく、現在大和はそんなふうに夢を目指し始めていた。

 同時に、自分が何よりも大事にするファミリーとの時間は絶対に犠牲にしないことも心に決めている。本来ならあまり頭のいい選択ではないのだろうが、ここがブレさせることは直江大和という人間のアイデンティティの一角を崩すようなものだ、と考えているので、大和は勉強、人脈作り、ファミリーとの時間の3つの草鞋を履こうとしているのだ。 

 今まで怠けていた大和としては、この選択は厳しい道だが、あの柊四四八の様になってやると決めたのだ、草鞋の二足や三足はけなくてどうする、と、自分を鼓舞する。

 

「スタート遅れてるんだ……二股でも三股でもかけて頑張るしかないよな」

 そんな独り言が口から飛び出す。

 その独り言に、

「あっれー、なになに、その発言。大和くん、もしかしてハーレム願望あったりするの?」

と、反応が後ろから返って来た。そして声と同時に大和の身体が、後ろから勢いよく抱きしめられる。

「うわっ! と……燕さん?」

 大和は声と抱きつかれた感触で相手を判断する。

「ピーンポーン、正解。正解者は、ハイ、松永納豆をプレゼント」

 そう言って、燕は大和に抱きついたままポシェットの中から納豆を取り出し大和に差し出す。

「え、あぁ、ありがとうございます」

「うんうん。で、で、さっきの発言なんだけど、どういうこと? 大和くん、二股とかかけちゃってるの? お姉さん的にはそれはどうかなぁ、とか思うんだけど……」

 大和の首に巻かれた腕に若干力を込めて、燕が大和に囁く。

「違います、言葉のアヤってやつですよ。それに柊じゃあるまいし、俺は二人も三人も付き合えるほど女の子にモテてません」

 そんな声に、

「ふーん、そういうこと言っちゃうんだ……柊くんは別格としても……大和くんもなかなか……男の子ってみんなこんな感じなのかなぁ」

と、少し拗ねたように燕が言う。

「……なんのことです?」

「べっつにー、ちょっと水希ちゃんの気持ちもわかったかなぁ、って思っただけ」

「……よくわかんないですけど、取り敢えずこの腕といてもらえません? 身動き取れないんですけど」

「やーだよ、ニブチンの弟にはお仕置きが必要だと、お姉さんは判断しました」

 燕はそう言うと、巻きつけた腕にさらに力を込める。

「ちょっと、ちょっと、燕さん締まってますって!」

「聞っこえませーん」

「あーもー、奥の手! よっと!」

 大和はそう言うと、人差し指を立てて燕の脇腹をツン、と、つつく。

「ひゃっ!」

 ビクリと身体を震わせる燕、その一瞬の隙をついて大和は拘束から逃れると燕と向かい合う。

「伊達に毎日、姉さんに拘束されてるわけじゃないんですよ」

 それを聞いた燕は思案顔で、

「なるほど……ハグに対してあんまり反応が良くないのは、ももちゃんで耐性できてるからって事か……ふうむ」

と呟く。

「今日、キャップのとこで参考書を受け取らなきゃいけないんで、もう行きます。すみません、燕さん、また」

 そう言って、大和が踵を返そうとしたとき、

「やーまーとぉーー」

先程と同じく自分を呼ぶ声と共に、背中ほうから何かがしなだれかかってきた。

 

「だらけ部に顔を出さないで勉強してるかと思ってきてみたら……まさか、女と乳繰り合ってたとはね……こりゃ、だらけ部からも追放かなぁ」

「べ、弁慶?」

「はぁーい、武蔵坊さん家の弁慶ちゃんですよっと」

 弁慶はそう言うと腕に力を込めて、大和を拘束する。

 すぅっと、燕の目が細くなる。

「大和ぉ、最近付き合いが悪いじゃないか……宇佐美先生も来ないし、こんないい女が手酌で一人酒だぞ、もったいないとは思わないかぁ」

「ごめん、でも、俺、次のテストでS組狙ってるからさ。終わったら付き合うよ、約束」

「へぇ、じゃあ、新学期は大和と同じクラスって事か、それは……悪くない。よねぇ、先輩」

 弁慶はそう言いながら意味ありげにニヤリと笑って、燕を見る。

「確かに、楽しいかもね……でも、個人的には新学期の前には勝負賭けちゃおうかと思ってるんだけど……」

 弁慶の笑みを真っ向から受け止めて、燕も同じくニヤリと笑いながら言う。

「へぇ……それって、今月の24日辺り?」

 笑みを消して弁慶が聞く。

「おしえませーん」

 芝居がかった態度で顔を逸らす燕。

「ふうん……」

 大和を挟んで二人の女が静かなやり取りを交わす。

 挟まれている大和は、何かピリピリとして空気にたじろいでいた。

 

 そんな時、重く張り詰めた空気破る清廉な声が響く。

「あ、弁慶じゃないか、まだ学園にいたのか」

 義経だ。水希と並んでやって来た。二人で稽古でもしてたのだろうか、義経の手には得物である日本刀が携えられていた。

「世良さんと稽古をしてて、これから帰るつもりなんだ。弁慶、一緒に帰ろう!」

 そう言って、義経はニッコリと笑う。

 義経が現れたことで、つい先程まで張り詰めていた空気がものの見事に霧散していた。

 義経の笑顔を見た弁慶はふぅ、と小さく息を吐くと。

「わかった、じゃあ鞄とってくるから校門で落ち合おう」

「うん!」

 弁慶は義経の輝くような笑みを苦笑しつつ見ながら、

「松永先輩、悪かったね。ちょっと、虫の居所が悪かったんだ」

燕に向かってそう言った。

「うんうん、でも、あっちの方は、結構本気なんでしょ?」

「ご想像におまかせしますよ」

「私の方は、マジだからね。何もしないと持ってっちゃうよ」

「ご忠告、肝に銘じておきますよ、っと」

 燕とのやり取りを終えると、弁慶は大和からようやく身体を離して、

「大和、だらけ部の方の約束とS組入りの約束、両方破らないでよね」

「了解、俺のS組入が果たされたら、とっておきの竹輪と川神水で祝杯って事で」

「それいいね、まってるよ――じゃあ、またね」

「直江くん、世良さん、松永先輩もまた明日!」

 そう言って、弁慶と義経は去っていった。

 

「お邪魔でした?」

 源氏の二人が去っていくのを見ながら、水希が燕に聞いてきた。

「いや、全然。むしろ助かっちゃったよ。あのままだったらなんか起こってたかも」

「なにかって?」

「たとえば……誘拐事件」

 燕は大和の方をチラリと見ながら答える。

「わぁお、燕さん大たーん」

「今日でちょっと火付いた感じだからねー、そっちもそれくらい思い切ったほうがいいんじゃないの?」

「うーん、なんか私たちの場合、そういう抜けがけとか、サプライズとか通り過ぎてるっていうか……遅きに期してる感じなんですよねぇ」

「あー、まぁ、わからなくもないなぁ。んで、ついこの前も一悶着あったんでしょ?」

「そう! そうなんですよ!! もう、ほんっと信じられない!!」

 そう言うと水希はプーと頬をふくらませて、怒りを顔に表す、が、なんとも可愛らしく見えてしまうのは美人の特権だろうか。

「OK、んじゃ、今日はお互い愚痴の言い合いといこうよ、水希ちゃん」

「賛成! 義経の相手してお腹すいちゃったんです。くず餅パフェにしましょう、くず餅パフェ」

「了―解」

 燕はそう言うと、水希と燕の会話をなんとはなしに見ていた大和に顔を向けると、

「というわけで、またね、大和くん」

そういうと、先程とは打って変わってヒラヒラっと手を振るとあっさりと踵を返す。

「え? あ、さようなら」

 いきなり声をかけられて、虚をつかれた感じになったが、大和も燕に手を振って答える。

「じゃあ、またね、直江くん」

「ああ、世良さんも、さよなら」

 同じく、水希にも挨拶をして、廊下には大和一人が残された。

 

 残された大和は、完全においてけぼり感のあった一連のやり取りを思い出して。

――あれ? 俺ってもしかしてモテてる?

 と、自惚れそうなる。

 しかし、

――いやいや、ないだろ。柊や葵じゃあるまいし。

そう考えて即座に否定すると。

「バカなこと考えてないで、とにかく今はS組入り目指して頑張ろう」

 そう敢えて口に出しながら、キャップのバイトをしている商店街の本屋に行くために下駄箱に向かおうとした。その時――

 

「やぁぁぁあああーー、まぁぁぁああああーーー、とぉぉぉおおおおーーーっ!!」

 本日の放課後、都合3度目になる自らの名前を呼ぶ声を聞く。

 しかし、今回の声は、前の2回のものとはまるで違い、地獄の底から這い出る亡者――そう、文字通り魍魎が発するような呪詛に満ちた声だった。

「うわっ! って、ガクトにヨンパチ?」

 声のする方を振り返ると、鋭い視線を大和に向ける、ガクトとヨンパチの姿があった。

「大和、お前、この数分の間にどれだけの女の子とスキンシップないしは会話をかわした?」

「抱きつかれてたな! 燕先輩の胸が当たってたのはこの辺か? 弁慶のはこの辺りか?」

 ガクトとヨンパチは言うが早いか、大和に詰め寄り少し前まで燕や弁慶が抱きついていたあたりをまさぐり始める。

「ちょっと! ちょっと! やめろって! 流石にキモいわ!」

 大和は身体を大きく震わせると、二人を跳ね除けて距離を取る。

「燕さんも、弁慶もあの性格だよ? からかわれてるだけだって」

「はん! からかわれていようが何だろうが、あんな美人とスキンシップを取れる方がいいに決まっているだろ!」

「そのとおり! 大和! 貴様に、『その上腕二等筋素敵ですね、良ければ一緒に帰りませんか?』と誘ってくれる女子がいるかもしれないという微粒子レベルの可能性にかけて2時間下駄箱の前で立ち続けた、俺の気持ちが解るのかっ?!」

「そうだぞ! 『そのカメラで私を綺麗に撮ってくれませんか?』っていう女子がいるかもしれないという素粒子レベルの可能性にかけた、俺の気持ちもわかるのかっ?!」

 ガクトとヨンパチの二人が血の涙を流さんばかりの勢いで、大和に詰め寄る。

「……そんなものは未来永劫、解りたくもない」

 そんな二人の呪詛にも近い嘆きに大和が呆れ顔で答える。

「そうか……残念だがお前との付き合いもここまでのようだ。今後は裁判で決着をつけるっ!!」

 そう言って指を突きつけるガクトに、

「……で、罪状は?」

大和がきく。

「不公平罪だ!! 死刑だ!! 死刑ッ!!」

「そうだそうだ、爆殺刑だ!!」

 ガクトの言葉にヨンパチが賛同する。

「はぁ……呼び出し状、まってるよ」

 付き合いきれないといった様子で大和は、二人を残して下駄箱へと向かう。

 

「くそぉ……あれがリア充の余裕か……」

「大和の野郎、最近マジでモテオーラ出してやがるからなぁ。本人気づいてないみたいだが……京なんか、ピリピリしてるぜ」

「あー、でも、モテたいよなー」

「俺様、トーナメントで結構頑張ったんだけどなぁ……モテたいなぁ……」

 ヨンパチとガクトが同時にため息をつく。

 そして、一気にグラウンドに駆け出すと、

 

「 「神様ぁあーーーっ! あんたは、不公平だぞぉぉおおおーーーーーっ!!!!」 」

 

そう、大声で叫ぶ。

 

 人が少なくなったグラウンドに、魍魎の慟哭が寂しく響き渡っていった。

 

 

―――――

 

 

 義経と弁慶はゆるゆると多摩大橋を渡り、九鬼の本社目指して歩いていた。

 傍から見て特段会話が弾んでいるようには見えないが、全くないわけでもない。二人とも話題があるときに口を開き、なければ開かない。いつも一緒にいることが当たり前になっている者同士の距離感、そんな様なものが伺える。

 そんな中で、弁慶が、義経に問いかける。

「なぁ、義経、最近随分と頑張っているみたいだが、調子を崩してたりしてないか?」

「心配してくれてるのか、弁慶? 大丈夫、なんたって義経は源義経のクローンなんだから」

「それはそうなんだけどさ、歴史上の義経であると同時に、今の義経はまた別の義経だからさ」

 そんな弁慶の言葉に、

「ありがとう、弁慶。でも、義経は源義経のクローンであることを誇りに思ってる。だから頑張れる」

そういって、義経はニッコリと微笑んだ。

 見るものに安心感をそして信頼感をもたらす、そんな笑みだ。

 この見ているものを引き込むかのような魅力的な笑みを見ていると、やはり義経は源義経のクローンなのだなということ弁慶は再認識する。源義経は立場の違う数々の人間を魅了して、あの時代において比類なき集団を作り上げた人物だ。そんな『人たらし』的な部分が確実に、この義経にはある。

 だから、弁慶はその度に再確認する、

「そう……でもあんまり無茶するんじゃないよ、倒れたら……そうだ、勧進帳ごっこにしよう」

この愛すべき主は自分が絶対に守るのだと。

 

「えぇ! あれは痛い……義経は嫌いだ……」

 錫杖で殴打されることを思い出したのか、義経は眉をハの字にしてしょぼくれる。

「じゃあ、頑張らないとな。期末にはまだ千信館の奴らもいるんだ、負けっぱなしってわけにはいかないよね」

「うん! そうだな! あ……だから、弁慶……えっと……」

 義経は弁慶に何かを頼むとして、口ごもる。

「うーん?」

 弁慶は義経が何を言いたいか、察しはついているが、喋らない。義経が言ってくるのを待っている。

「あ、あの、良ければ勉強を見てもらいたいんだ……この前順位が下がってしまったから……だめ、か?」

 そう言って上目遣いで見つめてくる義経の愛らしさは、弁慶にとって何にも代え難い代物だ。これを見たいがために、義経を困らせてしまうこともある。好きな子にいじわるをしてしまう……様なものかもしれない。

 もちろん、この上目遣いを見れたなら弁慶の答えは決まっている。

「ああ、もちろんだとも義経。そうだ、いっそのこと今日は寝るまで教えてやるから、同じ部屋で眠ろうじゃないか」

 そう言いながら義経のことをぎゅう、と抱き締める。

「えぇ、いいけど……でも弁慶、寝る前に川神水はダメだぞ。この前、酔っ払った弁慶と一緒に寝たらいつの間にか布団から放り出されてて、義経は寒かった……」

「そんなことにならないように、今晩はずっと抱きしめててやるさ」

「そうすると、義経は苦しい……」

「贅沢な主だな……そんな主は……こうだ!」

 弁慶はそういうが早いか、義経の脇腹に手をやりくすぐり始めた。

「ひゃ、はははははは、弁慶! やめてくれ! 義経は、そこは、弱いん……ひゃああ、ははははははは」

「ほーれ、ほーれ、ここか? ここがいいのか?」

「ははははははは、やめ、弁慶、やめてく……はははははははははははは」

 義経の笑い声が川原の道に響き渡った。

 

 そして、義経と弁慶の影は重なりならが十二月の夕日の中へと消えていった。

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

この話から源氏再臨編の開始です。
編の題名通り、源氏の三人組、というか義経にスポットを当てていきたいと思ってます。
燕編ほど長くはならないだろうとは思ってます(たぶん)。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。

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