戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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あの……えっと……
仕事がちょっとバタバタしてたり
サッカーみてたり
ペルソナQやってたり

えっと……
遅れてごめんなさい! or2


第四十話 ~審判~

 十二月に入り冬の色が濃くなった朝、空気は冷たく、澄んでいる。

 そんな寒さが目立つ朝でも、川神院の広場では、修行僧達が全身から汗を流しながら鍛錬に励んでいる。修行僧達の発する熱気で川神院の広場の気温は、外気に触れているにもかかわらず高く感じる。

 そんな中を川神鉄心はゆっくりと歩きながら、修行僧達の様子を見まわっていた。

 その時、聞きなれた声が鉄心にかけられる。

「おい、ジジィ!」

 百代だ。

 百代も朝の鍛錬を一通り終えたらしく、汗こそかいていないが、うっすらと顔が上気している。

「こらっ、もも。朝の挨拶は、おはよう、じゃろう」

「あー、あー、まったく、口うるさいジジィだ……おはようございます。これでいいだろ」

 多少棒読み気味に発せられた百代の挨拶に、やれやれと鉄心はつぶやく。

「まったく、最近ようやく落ち着いてきたと思ったのじゃが……まぁ、良いわ。で、儂に何か用かの? もも」

「ああ、まぁ、ちょっとな。渡したいものがあるっていうか……」

 鉄心の言葉に急に恥ずかしがりながら、視線を外しながら口ごもる。

「なんじゃ、早く言え。ももにそんな態度を取られても嬉しかないわい。もっとこう、お淑やかな……そうじゃな、清楚ちゃんなんかが……」

「だーー、可愛くない上にスケベときた、救いようがないジジィだな」

「何を言う、可愛いギャルに心ときめかせるのは若さの秘訣じゃぞ」

「あー、そーかよ。まったく……まぁ、いいや。ホレ」

 そう言うと百代は一通の封筒を鉄心に渡す。

「なんじゃ、これは?」

 渡された封筒をしげしげと眺めながら鉄心が百代に問いかける。

「ああ、この前、優勝した大会の景品の温泉郷のチケットだ」

「な、なんじゃと!?」

 百代の言葉に鉄心が驚きの声を上げる。

「まぁ、それペアだしな。ファミリーと行くには金がかかりすぎるし、かと言って二人で行く相手のあても今んとこない、金に換えることも考えたんだが……流石にな……って事でジジィにプレゼントだ、どうだ、嬉しいだろ?」

 そう言って百代がニヤリと笑う。

「も、もちろんじゃ。いやー、孫にこんなに思われて儂は幸せ者じゃなー」

「ん?」

 表情は変わらないが、なんとなく白々しい鉄心の言葉に百代が眉をひそめる。

「ジジィ……なにかあるのか?」

「ないない、なんもないわい! そうじゃ、もも、お返しに儂からの熱いちゅーをプレゼントしよう! さぁ、儂の胸に飛び込んでくるのじゃ」

 そう言って両手を芝居がかった様に広げる鉄心に、

「はぁ? 寒さで頭の血管でも切れたか? 年末年始の葬式は面倒くさいんだ、死ぬなら考えて死んでくれ。じゃあな」

そうあきれ顔で言いながら、去っていった。

 

「……ふぅ」

 百代が去ったのを確認すると、鉄心は大きく息をついた。

 そして、百代からもらった封筒を右手に持ったまま、左手を着物の懐に差し入れる。すると、鉄心の懐から百代が渡したのと全く同じ封筒が現れる。

「まさか、二人から同じものをもらうとはの……血は繋がっておらずとも姉妹と言う事か……」

 鉄心は百代から温泉郷のチケットをもらう前、一子から同じく温泉郷のチケットをもらっていたのだ。

「なんとも、嬉しい事じゃが……さて、どうしたもんか……」

 孫娘達が激闘をくぐり抜けて勝ちとったものだ。それを自分にプレゼントしてくれたのだから行かないという選択肢はない、ないが、流石に2回も身体を開けられるほど鉄心も暇ではない。一組分を誰かに譲るというのが一番現実的な選択肢であろうが……百代と一子はお互いがよく話す姉妹だ、鉄心にチケットを渡した事は直ぐにわかるだろう。そうなると一組を誰かに譲ると言ってもそれなりに納得できる理由がなければ、百代と一子の好意を踏みにじる事になってしまう。

「さて……ルー……に渡してもいかんだろうし、スポンサー元のヒュームに渡すというのものう……」

 鉄心が顎鬚をなでながら、思案に暮れていると、一人の男の顔が思い浮かぶ。

「おお、そうじゃ、彼がいたな。これなら百代達も納得するじゃろう」

 そう言いながら満足げに頷く。

 おそらく本人にはその意識はないだろうが、鉄心自身その男にはとても世話になった、と思っている。鉄心本人がと言うよりも、孫娘である百代が、である。今日、百代が強さを成長させながら、心身共に非常に落ち着いているのはこの男と闘った事が契機となっている。身内と言う事で、どうしても踏み込めなかった百代への教育を買って出てくれたその男――柊四四八にこのチケット一組譲り渡そう。それならば百代も納得するだろう。

 鉄心は自分の考えにとても満足したように頷いた。

 

 しかし、鉄心はまだ知らない……鉄心のこの判断が、川神学園に新たな火種を生む原因となってしまう事など……

 善意で括るられる気持ち諸々、そんな良いもので選んだ道であっても、悪い方に向かう時がある……これはそんな事例だったのだ。

 

 

――

 

 

 度々、戦場にも例えられる『昼休みの学級食堂』。その例にもれず、川神学園の食堂は今日も喧騒に包まれていた。マンモス校、しかも九鬼の資本が入っていることもあり、学園の食堂はとても人気が高い。上流階級や、金持ちの多いS組のクラスも当たり前のように使っているくらいだ。

 その一角で葵冬馬と柊四四八は、向きあって食事をとっている。

 通常だと冬馬は準の作った弁当を小雪と共に3人で囲むのが普通なのだが、今朝、準が登校途中に『お弁当を忘れて泣いている幼女』と出会った為に、朝の時点で昼食を弁当以外でとる事が決定してしまった。小雪は騒がしい所はいやだというので準が購買部で購入したパンを静かなところ――屋上あたりだろうか、で食べると言って準と一緒に出て行った。本来なら冬馬もそこに混ざるつもりであったのだが、四四八が食堂に行くというのでついてきた。気まぐれと言えばそうなのだが、冬馬が準と小雪の二人と離れるというのもなかなか珍しいので、やはり、冬馬は四四八を気に入っているという事なのだろう。

「ふむ……」

 冬馬はそんな声をだしながら、注文したペペロンチーノを口に運ぶ手を止め、向かいに座り、大盛りのカツ丼を豪快にかっこんでいる四四八に目を向ける。

 その視線に気づいた四四八が、

「なんだ、葵? 俺の顔に何かついているのか?」

と、丼をかき込む手を止めて四四八が冬馬に声をかける。

「ああ、いえ、失礼しました、大したことではないんですが……」

「随分と思わせぶりじゃないか、なんなんだ」

「いえ、四四八君の食事をしている姿と言うのは、なんとも色っぽいな、と思いまして」

「……はぁ?」

 あまりの予想外の返答に四四八が困惑の色を顔に浮かべる。

「おや? そんなに意外なことですか? 食事をしている姿というものが異性を惹きつけるというのは、そんなに珍しい事ではないと思いますが」

「俺はお前の事を、同性だと認識してるんだがな」

「ふふふ……まぁ、それはそれ、という事で……」

 冬馬はクスリと笑いながら、なんとも色っぽい流し目を四四八におくる。

「まぁ、話を戻しますと、人間の根本的な欲求――食事とか睡眠ですよね、を満たしている姿というのは、異性を惹きつける事が多いという事です。例えばですが、女性の寝姿が好きという男性は世に多いのではないしょうか」

「ふむ……」

――まぁ、わからない話ではない。四四八はそう思い、冬馬の言葉に頷く。

「そこの繋がりとして、男性の食事をしている姿に魅力を感じる女性というのも、そう珍しいものでもないのですよ」

「んー、そういうものか」

 いまいちピンとこないというふうに、今度は首をかしげる。

「まぁ、本人にその気はないでしょうからね。ただ、そういう事例は珍しくもないし、四四八君が丼ものを掻き込んでいる姿はとても色っぽかったという事です」

「そう言われても、褒められている気もしないんだがな」

「男らしい男性が、男らしく食事をする姿は魅力的だということです。私や……まぁ、大和君なんかが四四八君のように食事をしても恐らく似合わないし、アンバランスになってしまうでしょう?」

「ふうん……そういうもんか」

「ふふ、そういうものです」

 そんなたわいもない会話を二人がしていると、

「えぇっ!!」

という、今しがた会話の話題に出てきた人物の驚く声が向こう側で聞こえた。

 

「えぇっ!!」

 大和は予想以上に大きく出てしまった自分の声を自覚し、慌てて周りを見る。何人かが何事かと大和の方を向くが、後が続かないのを認識すると直ぐに興味を失ったように喧噪にまぎれていった。

「……ふぅ」

 それを確認すると、ため息を一つついて気を取り直すと、今しがた驚きの声を上げてしまった事柄の事実確認を、声を潜めながら目の前の人物に行う。

「……で、ホントに学園長って柊に温泉のチケット譲っちゃったわけ?」

 問いかけられた目の前の人物――百代は、その大和の問いかけに頷く。

「ああ、今朝渡したと、さっきジジィから言われた」

「まじかぁ……」

「ああ、まさか……というか、まぁ、少し考えればそうなるだろうな、とも思ったが……ワン子も私もジジィにチケットを渡してしまっていたからな。確かにそれを柊に譲るという選択肢も解らないわけじゃないし、反対するわけでもないんだが……」

「……まぁ、タイミング、悪いよねぇ」

「……うむ」

 先だって行われたタッグマッチトーナメント。その優勝賞品の『豪華温泉郷ペアチケット』と柊四四八を巡っては様々な思惑が入り混じり、その思惑を大和自身も利用したりもした。しかし、このチケットが川神百代と一子の姉妹が手に入れたことで一応の収束をみたのだが……まさか、こんなところから問題の火種が復活するとはよもや思いもしていなかった。

「でさ、柊は受け取った……んだよね?」

「そう聞いている――もちろん最初は断ったみたいだがな」

「うーーん……」

 それを聞いた大和は腕を組んで考える。

 受け取った、という事は柊自身それを渡したい人物がいる、という事だ。大和の頭に知っている女子生徒の顔が何人も浮かんでは消える。この事が大和の頭に浮かんだ女子生徒達の誰かにでも知られたら……なんとも想像したくない事態だ。

 そして、

「ねぇ、姉さん。この事、俺以外で誰かに話した?」

と、聞く。

「見くびるな。確かに面白そうな話だとは思うが……流石になぁ……」

 その答えを聞いて、ほっと大和は胸をなでおろす。

 自分が何か手を出す事ではない、というのは重々承知してはいるが、この件を少しでも絡めてしまったという自覚があるので、なんとか穏便に済ませられないか……とも、考えている。

「でも、まぁ、今回に関しては柊次第だしなぁ……選択権はそっちにあるわけだし」

 思わずもれた言葉、そこに、

「何が俺次第、なんだ?」

と、声がかけられる。

 まさか返答があるとも思っておらず、驚いて振り返ると、そこには冬馬と、大和と百代の話題の中心人物――柊四四八が立っていた。

「お前の声が聞こえたと思って来てみたんだが、なんだ、俺の事でも話してたのか?」

「えっ! やっ……えっと」

 思わぬ登場人物に驚きを隠せない大和だが、必死に頭を働かせて、この場を取り繕う言葉を探す。そんな大和を冬馬がニヤニヤと笑いながら見ている。

「こ、今度さ、柊を食事に誘う約束してたじゃん、だけど、紹介した店を柊が好きかどうかは柊次第……だからさ」

 咄嗟にでてきた言い逃れ、点数をつければ及第点はもらえるのではないか。

「ん? そんなことを気にしてたのか。俺は特に好き嫌いがある訳じゃない、それに連れて行ってもらった店に文句を言うような野暮はしないさ」

「そ、そう? そう言ってもらえると気が楽だ」

 四四八は特に不審に思った様子はない、大和の機転の勝利、といったところか。

「おや、そんな楽しそうなイベントを企画してたのですか。私を誘ってくれないとは随分とイケズですね、二人とも」

「いや、イケズとか言われても……これ一応、経緯みたいのあるからさ……まぁ、来てもらっても全然いいんだけど」

 冬馬の言葉に大和が返答していると……

 

「あっ!!」

 

 思い出したように、大和の向かいに座っていた百代が声を上げた。

「うわっ! どうしたの、姉さん、そんな大声あげて」

 いきなりの声に驚いたように大和が百代の方を向く。

 百代はそんな大和の声が耳に入っていないような状態で、呆然としたまま口を開いた。

「大和……この件、知ってるかもしれない奴がもう一人いた」

「え?」

「……ワン子だ」

「……あ」

 当然といえば当然だろう、百代がチケットの行く末を知っているのだ、もうひとりの当事者である一子が知らないわけがない。そして、一子はこの手の会話に非常に疎い。なんの他意もなく世間話として話してしまう可能性は――とても高い……さらに間の悪いことに、最近、一子は薙刀部によく出入りをしている、つまり……

「ワン子さ……最近昼は……」

「うむ、薙刀部に顔出してること多いな」

「それって、つまり……」

「我堂と会っているということだろう……」

「だから、今日も……」

「……たぶん」

「あー……」

 百代の言葉に大和が頭を抱える。

「どうした? 我堂がなにかしたか?」

 四四八が眉をひそめて聞く。最近は随分とおとなしくなってきてはいるが、鈴子は千信館のメンバーの中でもトラブルメイカーな方だ、この交換学生の引率を任されている四四八としては未だ懸案人物であるといっていい。

 そんな、四四八に、

「ああ、そういうんじゃないだ、こっちの話だし……そいうか、そっちの話というか……ねぇ、姉さん」

「ああ……まぁ、少なくても我堂がなにか、しでかしたわけじゃないから安心しろ」

――今はな、という最後に付け加えられるべき言葉を飲み込んで百代が四四八に答える。

「ふうん……まぁ、何事もないならいいさ。川神に来てからドタバタの連続だからな、たまにはゆっくりしてみたいもんだ」

「ああ、そうね……そうだと、いいね……」

――それは無理なんじゃないかなぁ、という声は大和の心の中にとどめておく。

「じゃあ、俺はそろそろいくぞ、図書館に本を返さなきゃいけないんでな。またな」

 そう言うと四四八は食堂から出ていく。

 四四八が出ていったのを確認すると、一人様子を面白そうに伺っていた冬馬が大和の近くに寄ってきて、

「なにやら、随分と面白そうなことが起こっているみたいじゃないですか。狡いですよ大和君、こういうことは共有しないと」

と、耳下で囁く。

「はぁー……」

 そんな冬馬の声を聞きながら、大和は大きくため息をついてから、

――今日は出来るだけ四四八の動向を気にしてトラブルにならないように心がけよう

 そう、決心した。

 

 

―――――

 

 

 放課後、川神学園にある花壇。冬の色が濃くなっている花壇では、柊の白い花が満開を迎えていた。

 そこに五人の少女が集まっていた。

 集まっているのは晶、水希、鈴子、歩美、清楚の五人だ。

 五人は顔を寄せ合って、円陣を組むような形で話をしている。

 

「つまり、タッグマッチの優勝商品である温泉郷のペアチケットが学園長経由で柊くんにわたっている……と」

「ええ、そうらしいです」

 清楚の言葉に鈴子が頷く。

「柊くん、受け取ったって事は、渡す相手がいるってことだよね……」

「だねぇ」

 水希の言葉に今度は歩美が頷く。

「でもさぁ、こればっかりは四四八のチョイスだからなぁ……意外と栄光とか鳴滝を誘うかもしんないじゃん」

 そういう晶の言葉に、

「いや、それは流石にちょっと、引いちゃうなぁ……」

清楚が微妙な顔で答える。

 

「でーもさー」

 そんな会話の中で歩美が再び口を開く。

「さっきも言ったけど、今回の場合、四四八くんが決めることだからねー」

 そう言って一同をぐるりと見わたすと、

「だからー、ここにいる人たちは、誘われたら絶対に報告すること。それから恨みっこもなし! オーケー?」

そう宣言した。

「ま、四四八が選ぶんじゃしょうがねぇわな」

「でもさ……もし、もしだよ? この中の人たち以外の女の子だったりしたら……」

「うわぁ……それやられたら私、ショックで寝込んじゃうかも……え? そう……もうひとりの私もそんなことしたら柊の奴、打ち首だ! っていってる」

「そうよ! そんなことしてみなさい、一生私の奴隷にしてやるんだから!」

 そんな軽口を叩いている五人だが内心はドキドキだ。生殺与奪権のようなものを、握られているといってもいい。裁判所で刑を言い渡される直前の罪人は、こんな気分なのかもしれない……などと、見当違いなことも考えていたりしていた。

 

――そして、図らずも五人が集まっているこの時に、審判の時はやってきたのだ。

 

「おぉ、晶、こんなところにいたのか」

 不意に声がかけられる。四四八の声だ。

 花壇の入口にカバンを持った四四八が立っていた。

 その場にいた全員が、ばっ、と声のする方向に顔を向ける。

「って、みんないたのか、何してんだこんなとこで」

 何か得体の知れない迫力に若干たじろぎながら、四四八が近づいてくる。

「いやー、べっつにー、それより柊くん、晶に何か用?」

 水希が向かってくる四四八に声をかける。なんとなく声が震えているように聞こえるのは、緊張のためだろうか。

「ああ、ちょっと晶に渡したいものがあってな」

「ひぇっ!」

 四四八の言葉に、晶は意味不明な言語を口走りながらビクリと身体を震わせる。

「ななななな、なによっ! 晶に渡す物ってっ! いいい、言いなさいっ! 柊っ! 早くッ!」

 鈴子が顔を真っ赤にして四四八に指を突きつけながら問いつめる。

「いや、なんでお前に言わなきゃいけなんだ?」

「なにっ!? 人前じゃ言えないものなのっ!! この変態っ! 助平っ! 朴念仁ッ!!」

「……なんで俺は、我堂に罵倒されてるんだ?」

 呆れた顔で四四八がつぶやく。

「でもさー、もしお邪魔だったら、わたし達どくんだけど、そこんとこどうなの? 四四八くん」

「いや、別にそんなことはしなくていいが……」

 歩美の言葉に困惑しながら四四八が答える。

「まっ、晶ちゃんに用があるんでしょ、ほら、ほら!」

 清楚が四四八の背中を押して、ぐいっと晶の前に押しやる。

「え、ええ、そうなんですが……」

 清楚により無理やり晶の前に押し出された四四八を、晶はチラリチラリと見ている。顔はこれ以上ないくらいに真っ赤になっている。

「……ふぅ」

 困惑顔だった四四八だが、ひとつ息をついて気を取り直すと、晶に向かって話し始めた。

「なぁ、晶――」

「ひゃ! ひゃい!」

 完全に呂律が回ってない返事を晶が返す。

「実は学園長から、温泉郷のチケットをもらってな……」

「う……うん……」

 晶は手を胸の前でぎゅと、握って頷く。

「よければなんだが……晶」

 

「 「 「 「 ………… 」 」 」 」

 他の四人も固唾を飲んで見守る。

 

 そして、運命の一言が、四四八の口から発せられた。

 

 

 

 

 

「よければなんだが……晶、これ剛蔵さんと二人で行ってこないか?」

 

 

 

 

 

「…………………………………………………………へ?」

 

 

 晶はあまりの驚きのため、口から声を発するのに数秒を要した。

 周りの四人も同じく目を見開いて固まっている。

 

「剛蔵さんにはいつも世話になってるし、この前の母さんの葬式なんかでもいろいろ面倒を見てくれたんだが、お礼というお礼をしてないのに気づいてな」

 そんな中、四四八だけが、いつものペースで話している。

「もう十二月だし、年が明けて……そうだな、二月にでもなれば流石の鎌倉も人出が落ち着くだろう。其の辺で親子水入らずで行ってくるってのも、いいんじゃないかと思ってな。このチケット有効期限は一年もあるみたいだから、来年にまたがってもいいみたいだし」

 そう言って、四四八は晶に目を向ける。

 そして、始めて晶の肩――いや、全身がプルプルと震えていることに気がつく。

「お、おい、晶どうしたんだ?」

 四四八が心配そうに声をかける。

 その声に晶が顔を上げる。

 晶は顔を真っ赤にして、目に少し涙を浮かべながら四四八を睨みつける。

 羞恥、落胆、怒り、その他諸々……様々な感情がその表情には入り混じっていた。

 晶の身体の震えが大きくなる。

――もしかして……俺はなにか、とんでもない地雷を踏んだのか?

 さしもの四四八もここに来て、何か異変が起こっていることを察知する。

 なにか自分がやらかした、ということはなんとなくわかったが、当の晶がなんで怒っているのか、皆目見当がつかない。

 四四八が我知らず、ずりっと一歩、後ずさる。

 晶の目からジワリと涙が滲む。

 

 そして晶の感情が爆発する直前、一人の人物のが一触即発のこの場面に飛び込んできた。

「ああ! 柊、さがしたよ!」

 大和だ。

 大和は二階から花壇に集まっているメンバーに四四八が近づくのを見て、大急ぎで降りてきたのだ。そしてただならぬ周りの雰囲気をみて、飛び込んだ。

――詳細は分からないが、柊は下手を打った。

 という事だけは察したので、とにかくここは四四八の為にも、女性陣の為にも時間を作ってあげることが重要だ。

「食事のことだけどさ、お店に聞いたら今日ちょうど空いてるって言うから、急で悪いんだけど、今日いかない?」

「え? あ? 急に言われてもな……」

 大和の言葉に四四八が困ったように言う。

 それを聞いた歩美が、

「いーんじゃない。わたし達も、これからカラオケ行こうと思ってるしー。ねーー」

そう言いながら、ほかの面々に声をかける。

「そうそう、今しがただけど、すっごいストレス溜まったからねー、発散させないと爆発しちゃいそう」

 そんな水希の言葉に、

「柊! あんた男としてほんっとに、最っ低、だからね! いつか奴隷にしてやるんだから! 見てなさい!!」

鈴子が被せるように四四八に言葉を投げる。

「晶ちゃん、元気出して、ね」

 清楚は晶を慰めている。

「OK、OK、んじゃ、柊借りていきますんで、じゃ!」

「おい、直江、押すなって」

 そういうが早いか、大和は四四八の背中をグイグイと押しながら、四四八を強制的に花壇から退去させる。

 

 四四八と大和の姿が完全に見えなくなるのを確認すると、清楚は晶に話しかける。

「晶ちゃん、よく我慢したね」

「本当、あの瞬間にひっぱ叩かなかっただけでも、勲章もんよ」

「でも、貯めるのも身体に悪いよ……」

「んじゃさー、カラオケ行く前に、みんなでせーので、叫んじゃおうよ。今思ってること」

 その言葉に晶がコクリと頷く。

 

「OKー、んじゃ、行くよ、せーの」

 歩美の合図でそれぞれが口を開く。

「四四八の」

「柊くんの」

「柊の」

「四四八くんの」

「柊くんの」

 五人が思い思いに四四八の名前を口に出したあと、すぅ、と大きく息を吸って。

 

 

「 「 「 「 「 馬鹿ァーーーーーーーーーーッ!!!!! 」 」 」 」 」

 

 

 五人は学園中に響き渡るかの様な声で叫ぶ。

 

 そんな乙女達の慟哭を、花壇に満開に咲いた柊の花が静かに揺れながら見守っていた。

 

 




(前書き続き)
リアルでバタバタしてたというのは本当ですが、
戦闘描写ばっかり書いてて、いざ日常書こうと思ったら、まぁ、出てこない出てこないw
そういや、自分、ラブコメ苦手だったっけかぁ……とか再認識しました。

如何でしたでしょうか。
いつもどおりの幕間ですが、活動報告でご意見聞かせていただいたら、
普通の日常書いてくれというメッセージをいくつかいただきましたので、
こんな感じになりました。
『魍魎 ノブくんの日常』はまたの機会に。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。

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