戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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第三十八話~拳神~

 ―――――準決勝 第一試合―――――

川神シスターズ vs 川神アンダーグラウンド

 

 

 武舞台の上に準決勝を戦う四人が既に向き合っていた。

 右側に川神百代と川神一子。

 左側に鳴滝淳士と源忠勝。

 

 川神姉妹と相対しながら、鳴滝は忠勝にだけ聞こえる声で、

「よう、おめぇ、大丈夫なのか」

と、聞く。

 具体的に何がとは言わない、しかし忠勝はその真意を理解して、

「あ? 余計な気まわしてんじゃねぇよ。心配すんな」

そう答えた。

「……そうか」

 忠勝の答えを聞いた鳴滝は短く頷いた。

 

「ワン子……やれるか?」

 同じような質問を百代は一子にしていた。

「……うん、大丈夫。やれるわ、お姉さま」

 表情を固くして一子が答える。

「……そうか」

 百代も一子の答えに小さく頷いた。

 

『さぁ、試合はついに準決勝。ベスト4の激突となります』

『ここまで来たら、両チームとも実力は折り紙つきだ、あとはどこまで自分たちの試合ができるかにかかってるかもな』

『左様でございますな、何か小さなきっかけが勝敗を左右することになるかもしれません』

『さぁ、決勝戦への切符をいち早く手に入れるのはどちらのチームになるのでしょうか。今っ! ゴングですっ!!』

 

 試合開始と同時に百代と鳴滝が飛び出す。

 百代は忠勝に、鳴滝は一子へと向かっていこうとした。

 必然、百代と鳴滝の進路が交差する。

「くっ! せあっ!!」

「ぬっ! おらぁ!!」

 図らずも互の射程内に入ってしまった二人は互いに拳を出し合う。

 不意の激突だったにもかかわらず、互の拳で百代と鳴滝は後ろに飛ばされる。

 

「……なろう」

 鳴滝が体勢を立て直して、再び突撃しようとしいてたところに、

「――おい」

と、声が掛かる。そして同時に腰のあたりにドスっという、小さな衝撃があった。

 忠勝が鳴滝に声をかけると同時に鳴滝の腰に蹴りをいれていたのだ。

「あ? テメェ何しやがんだ」

 鳴滝が忠勝を睨む。

「あぁ? そりゃこっちのセリフだ。いらねぇ気回すなっつったろ」

 その視線を真正面から受け止めながら忠勝は鳴滝に言う、そして今度は視線を向こう側に投げて、

「モモ先輩も、ここまで来てそりゃねぇだろ。俺も一子も、そんなに舐められるほど弱かねぇよ」

「源……」

「タッちゃん……」

 百代達に声をかけたあと、忠勝は再び鳴滝に向けて話しだした。

「なぁ、おめぇ、大会前イロイロ言ってたよな。吐き出してぇんじゃねぇのか」

「源……」

「モモ先輩なら、たぶん、相手になってくれるぜ」

 そう言ってクイッと顎を百代の方へしゃくる。

 それを聞いた鳴滝は、

「はっ……悪ぃな、気使わせちまって」

小さく笑ってそう言った。

 それを聞いた忠勝は、

「慣れねぇ事するからだ、そういうのは俺の役回りだ」

拗ねたようにそう言う。

「そうかよ……んじゃ、まぁ、行ってくるぜ」

「……おう」

 そう言い合って二人は視線を合わせず、小さく拳をゴンッと合わせて別れる。

 

 鳴滝は忠勝から別れるとゆっくりと武舞台の中央へと向かっていく。

 そして鳴滝は武舞台の中央にたどり着くと、

「なぁ、先輩よぉ――」

百代に向かって声をかける。

「俺ぁ、最近いろいろあってな、モヤモヤしてんだ。だから、全部吐き出しちまいてぇ……俺の都合で悪ぃんだが……付き合っちゃあくれねぇかな」

 そう言って鳴滝は武舞台の中央に陣取ると足を大きく広げて腰を落とし両手を拳にして構えた。

 

 動かない。

 自分はここから動かない。

 そう言う意思表示が現れた構え。

 

 声をかけられ、一連の動作を見ていた百代は信じられないものを見るような顔で鳴滝の構えをみてから、次の瞬間――ブルリと身体を震わせた。

「本気か、この男……」

 百代の口から思わずつぶきが漏れる。

 そして、鳴滝の眼を見て確信する。

――この男は本気なのだと。

 だから、百代は大きく一つ深呼吸をすると、覚悟を決めた顔でゆっくりと鳴滝へと歩いていく。

 

 百代がゆっくりと近づく。

 鳴滝は動かない。

 百代が鳴滝の拳の射程圏内に入る。

 鳴滝はまだ、動かない。

 百代が鳴滝の目の前までたどり着いた。

 やはり、鳴滝は動かなかった。

 

「とんでもないことを言うんだな、お前は……」

 百代は目の前で構えをとっている鳴滝に向かって言う。

「へっ……先輩ならこの喧嘩のってくれると思ったんでな」

 少し恥ずかしそうに鳴滝が答える。

 百代はそれを聞きながら鳴滝と同じ構えを取る。

 百代の左足は鳴滝の左足のすぐ横に置かれ、足を大きく開き、腰を落とす、手は両手とも拳。掌ではない――つまり手で防御は一切しないという意思表示。

 手を伸ばせばなんのフェイントも使わずに拳が相手に刺さる、そんな至近距離で同じ構えをして向かい合っている。

「ああ、のってやるさ……ここに来てこんなことが出来るとは正直思ってもいなかった……お礼を言いたいくらいさ」

「まぁ、そんなとこだと思ったよ……」

 二人の会話が静かに交わされる。

 何かが始まる。

 その試合を見ているものはそんな予感を感じているが、何が始まるかわからない。

 二人の静かな会話とは対照的に、二人の周りの集まる力の密度はどんどんと高まっているのが感じられる。

「まったく、千信館というのはとんでもない奴しかいないんだな」

「ちげぇ――今の俺たちは千信館じゃなくて、戦の真と書いて、戦真館だ」

「戦の真……柊のやつも言ってたな……なるほど、それがお前たちの“根っこ”というわけか」

「まぁな」

「そして、私達はいま、その“根っこ”を比べ合おうとしてるわけだ」

「だな」

「ああ、いいぞ……最高だ! とことんやり合おうじゃないかっ! 鳴滝淳士ッ!!」

「ああ、乗ってくれてありがとな! 礼を言うぜっ! 川神百代ッ!!」

 二人の声がだんだんと大きくなる、そして二人は大きく息を吸って最期の言葉を同時に発した。

 

「源ォオオオオッ!!!!」

「ワン子ォオオッ!!!!」

 二人がパートナーの名前を絶叫する。

 

「負けんじゃねぇぞォッ!!!!」

「負けんじゃナイよォッ!!!!」

 パートナーへのメッセージを轟かせる。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

「ああああああああああああああああああッ!!!!」

 そして、その直後二つの咆哮が重なった。

 咆哮とともに二つの拳が振るわれる。

 疾くはない、しかし、力のこもった重い拳。

 それが互の右頬に突き刺さる、鳴滝と百代の顔が左に跳ねる。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

「あああああああああああああああああああッ!!!!」

 両者は拳を喰らったことなど、初めからなかったかのように再び元の位置に顔を戻すと、再び咆哮を轟かせながら今度は互の左頬に拳を叩き込む。

 先程と同じく、同時に両者の顔が跳ねる。

 完全なるテレフォンパンチ。

 拳がどこを打つか解っている、わかっているが躱さない、受ける。

 

 鳴滝の拳が百代に突き刺さる。

 百代の拳が鳴滝に突き刺さる。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

「あああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 二人が拳の回転を上げる。

 

 打つ 、 打つ 、 打つ 、 打つ 、 打つ 、 打つ

 

 よけない。

 さけない。

 躱さない。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

「あああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 打つ 、 打つ 、 打つ 、 打つ 、 打つ 、 打つ

 

 どんなに拳を受けても、鳴滝も百代も下がらない。

 揺るがない。

 怯まない。

 二つの足で地面を踏みしめながら、相手に向かって一直線に拳を出し続ける。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

「あああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 わあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!

 二人の咆哮にスタジアムの歓声が呼応する。

 観客たちは酔っている、鳴滝淳士と川神百代に酔っている。

 

 わあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!

 会場のボルテージが一段と上がる中、二人の拳舞は激しさを増していった。

 

――

 

 一子は殴り合いを始めた二人の姿を呆然と見ていた。

 凄惨で壮絶な光景だが、何故か見ているだけで胸が熱くなり、苦しくなった。

 そんな時、

「一子っ!!」

と、自分の名前が呼ばれる。

 そちらを振り向くと、忠勝が両拳を顎の位置まで持ち上げてファイティングポーズをとっていた。

――来いっ!!

 忠勝の目が一子にそう訴えていた。

 そして、一子はようやく気づく。鳴滝と百代が、何故、忠勝と一子の名前を叫び、負けるなと訴えかけたのか。

 二人は勝敗とは別の戦いをしにいったのだろう。

 だから、勝敗はパートナーに託したのだろう。

 一子は今、あの二人の位置まではまるで至っていない。至っていないが、同じ舞台に立っている。

 ならば、惚けている場合ではない。鳴滝に百代に、そしてなにより自分と戦う覚悟をしてくれた忠勝に恥ずかしくない戦いをしなくてはいけない。

 そう、考えて、一子は自分の頬を勢いよくパンっと両手で打つ。

 そして、

「いくわよ! タッちゃん!」

薙刀を構えて忠勝に言う。

「ああ、来い! 一子!」

 忠勝が答える。

 

 大歓声の中、もうひとつの戦いがここに始まった。

 

――

 

 鳴滝と百代は休まずに拳を出し続けている。

 相手よりも少しでも多くの拳を入れようとしている、相手よりも少しでも強い拳を入れようとしている。

 しかし、二人は拳の強さを比べているわけではない。

 力の強さを比べているわけでもない。

 

 では、何を比べているのか。

 

 鳴滝淳士を比べているのだ。

 川神百代を比べているのだ。

 

 鳴滝の拳には力や強さだけではない、鳴滝淳士が込められている。

 百代の拳には力や強さだけではない、川神百代が込められている。

 鳴滝には、川神百代がぶつかっている。

 百代には、鳴滝淳士がぶつかっている。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

「あああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 咆哮とともに互いに互いをぶつけ合う。

 作戦も戦略もない……

 否――ある。

 作戦は鳴滝淳士だ。

 戦略は川神百代だ。

 

 相手に叩きつけている拳も、その拳を受けている顔や身体も打ち身と血でまみれている。

 しかし、二人は打ち合うのをやめない。

 相手に拳を叩き込む、一直線に叩き込む。

 相手の拳を受ける、真っ直ぐに受ける。

 何故か……

 まだ、あるからだ。

 まだ、鳴滝淳士は空っぽになっていないからだ。

 まだ、川神百代も空っぽになっていないからだ。

 

 鳴滝はありったけを拳に込めている。

 千の信。戦の真。鎌倉で喧嘩にあけくれた日々。面倒を見てくれた鈴子のオヤジが倒れたこと。鋼牙との死闘。怪士に喰らった屈辱。いけ好かないお嬢様へのモヤモヤ。いけ好かない執事への反感。四四八としたバイトの経験。川神で出会った忠勝との仕事。川神の寮で食べた晶の作った蕎麦の記憶。大会前日、忠勝と食べた梅屋の牛めしの味……

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 鳴滝淳士を形成する、ありったけを込めて咆哮とともに拳を振るう。

 百代もありったけを拳に込めている。

 大和との邂逅。一子との出会い。鉄心との修行。釈迦堂との修行。ファミリーとの出会い。ファミリーとの思い出。揚羽との死闘。燕との出会い。四四八との決闘。項羽との戦闘。大和への燕の対応に感じた胸の痛み。抱きしめた一子のぬくもり。練習のあとにのんだ水の味。先ほど食べたおにぎりの記憶……

「あああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 川神百代を形成する、ありったけを込めて咆哮とともに拳を振るう。

 

――俺は、俺はまだ戦える。

――私は、私はまだやれる。

 

 鳴滝と百代、二人の存在が空っぽになるまで、この拳舞は終わらない……

 

――

 

「はあっ! せいっ! やあっ!」

 一子の掛け声と共に薙刀が振るわれる。

 それを忠勝は上半身を使って大きく避けながら、飛び込むタイミングを見定めている。

――いつ以来だろうか。

 そんなことを忠勝は考えている。

――こんな風に本気で一子と向き合うのはいつ以来だろうか。

 そんな風に忠勝は考えている。

 孤児院を出てから二人の距離は離れた。そして今の、つかず離れずの関係が出来上がった。

 このままでいい、と思っている自分がいるのと同時に、自らの中になにか燻っているものがあるのも知っている。

 おそらくだが、何かのきっかけがなければつかず離れずの関係がずっと続いていた、そんなふうに思っていた。

 しかし、今日この場でその『何か』が起きた。

 

 正直、試合開始直前まで、一子と戦う決意は出来てはいなかった。

 しかし、鳴滝が百代が自分と一子を思って放った最初のやりとりを見て決意した。

――ここまで来て、相手と相棒に気使ってもらった挙句に、チャンスを逃すなんざ、まっぴらだ。

 だから、決意した。

――本気で一子と戦おう。

 そう、決意した。 

 一子もその真意を汲み取ってくれたのか、真剣に戦いに来てくれている。

 鳴滝と百代に背中を押される形になったが、もうないであろうと思っていた『一子と向き合う』ことが今、出来ている。

 今日で何か変わるかもしれない。変わらないかもしれない。

 しかし、今この場では、ビビりな自分に機会を与えてくれた鳴滝と百代、そして全力で向き合ってくれている幼馴染にたいして、自分も全力で答えるのが礼儀だろう。

 

「おらっ! どうした、一子! そんな大振りじゃ、当たるもんも当たらねぇぞ!」

 薙刀の一瞬の間を読んで忠勝はタックルに行く。

「せぇやっ! 川神流 地の剣!」

 薙刀の間合いをくぐり抜けてきた忠勝を狙いすましたように、左足を踏み込んで貯めた力を使い綺麗な回し蹴りを放つ。

「くうっ」

 それを忠勝は両手でガードすると、薙刀の間合いまで押し戻されてしまう。

「やるじゃねぇか、一子」

 そんな言葉を一子かける、その雰囲気はどこか嬉しそうに見える。

「当たり前よ、お姉さまに頼まれたんだもの、全力で行くわよ! タっちゃんっ!」

「ああ、いいぜ、元からそのつもりだ。手なんか抜いたら承知しねぇぞ! 一子っ!!」

 二人が再び接近する。

 

 忠勝の口元にはいつからか、小さな笑が浮かんでいた。

 

―――――

 

 百代は鳴滝の拳で意識が戻った。

 

 頭部に打撃を受けると、意識が消え、次の打撃で意識がもどる。

 消えている間、私の意識はどこに行っているのであろうか。

 途切れ途切れの思考が、頭の中に残っている。

 ともかく、自分の肉体は、闘いをやめてないらしい……ということはわかっている。

 そんな途切れ途切れの思考の中で百代は探す。

――何だっていい

――何か、燃やすものはないか。

――身体をあと1ミリ動かすための燃料はないか。

――そのための体力が、どこかに残ってないか。

――そのための気力が、どこかに残ってないか。

 哀しかった記憶でもいい、嬉しかった記憶でもいい、辛い記憶でも、楽しい記憶でもいい。

 哀しくなくても、嬉しくなくても、辛くなくても、楽しくなくても、なんの感動もない記憶だっていい。

 それを思い出して、燃焼させることで、相手に拳を1ミリ出すエネルギーになればそれでいい。

 自分と鳴滝は今、生き方を比べてるんだ。

 生き方を燃やして拳を出している。

 生き方に上も下もない。

 川神百代が今まで何を見てきて、体験してきたか。

 鳴滝淳士が今まで何を見てきて、体験してきたか。

 

――闘いというのは、こういう境地があったのか。

 

 自分の中に感動がある、感謝がある。

 この男――鳴滝淳士と闘えてよかった……

 柊四四八と闘えてよかった……

 我堂鈴子と闘えてよかった……

 戦真館と出会えてよかった……

 

……ああ、身体が重くなってきた。

 燃料が底を尽きているのわかる。

 お前はどうだ、全部吐き出せたか?

 そろそろ自分は打ち止めだ……だが、あと何発かならいけるぞ。

 何発になるかは分からない……

 でも、全部燃やす、燃やしつくす。カスも残らず燃やして見せる。

 

 さぁ、行くぞ、行くぞ。

 

「あああああああああああああああああああああああっ!!!!」

「おおおおおおおおおおりゃぁああああああああああっ!!!!」

 なんだ……まだ叫べるじゃないか、いくぞ、 いくぞっ! いくぞッ!!

 

 そんな時、鳴滝じゃない誰かが自分の身体に触れて、身体を掴み止めてきた。

 鳴滝の拳も止まる。

 

 なんだ、なんだ、邪魔をするなっ! 邪魔をするなッ! あいつが、鳴滝が待ってるんだ、鳴滝が私の拳を待ってるんだ。私も鳴滝の拳を待ってるんだ。

「があああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 口から思わず絶叫が漏れる。

「らあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 鳴滝の口からも絶叫が漏れている。

 ほら、あいつだって怒っている。止められて、怒ってる。頼む、離してくれ、もうあと少しなんだ、頼む――頼むっ!!!!

 

「いい加減にしろっ!! もう勝負はついている」

 低く、有無を言わせぬヒュームの声が響いた。

 

 その言葉にハッと我に返り周りを見ると、手を上げている大佐の向こうに、肩で息をしている一子と大の字に倒れている忠勝が見えた。

 鳴滝もその状況に気付いた。

 どうやら、一子が忠勝を倒したらしい。

 冷静になって周囲を見ると、自分の所に鉄心とルーが、鳴滝の所にはヒュームと釈迦堂がそれぞれ両手で自分達を抱え込んで止めていた。

 

 歓声が渦巻いている。

 

 試合は終わったのだ……

 

「……もう大丈夫だ、離せ」

 冷静になった鳴滝が静かに言うと、ヒュームと釈迦堂の拘束を解きながら忠勝の方に向かおうとする。

 そして、思い出したように立ち止ると鳴滝は百代に、

「なあ、さっきも言ったが俺もイロイロあってな、モヤモヤしてたんだ……でも、これで随分スッキリした。付き合ってもらってすまねぇな、先輩」

ぶっきらぼうにそう言った。

「……あ、あぁ」

 百代はうまくしゃべれずにそういうのが精一杯だった。

 そんな百代の言葉など気にもせず、鳴滝は忠勝の元に向かおうとする。

 その背中に、釈迦堂が声をかける。

「なぁ、兄ちゃん……」

 その言葉に鳴滝の足が止まる、振り返りはしない。

「……やっぱ、兄ちゃんスゲェな。良い喧嘩だったぜ……いいもん見せてもらったよ……」

 そんな釈迦堂のセリフに、

「……ふんっ」

と、それだけ言って再び鳴滝は歩き出し。

 

 百代は我に返った後、自分の身体が震えている事に気がついた。

 先ほどの鳴滝の言葉にうまく返せなかったのもこのためだ。

 止めようとしても、後から後から、震え湧き出だしてくる。

 恐怖なのか、歓喜なのか、興奮なのか、感動なのか、何の震えなのかわからない。

 百代は震えを止めるために自分の腕で自分の身体を抱く。

 まだ止まらない。

 そのまま、空を見上げて、大きく息をする。

 1つ……まだ止まらない。

 2つ目の深呼吸で、ようやく震えが止まった。

 震えを止めた百代は、

「なぁ、ジジぃ……」

と、空を向き、自分を抱いたまま傍にいる鉄心に声をかける。

「何じゃ?」

 鉄心が答える。

 百代は空を見て、自らを抱きしめながら、

「闘うって……凄いな……」

そう、言った。

 それを聞いた鉄心は、

「……そうじゃな」

そう言いながら百代の肩を優しくたたく。

「良い戦いじゃったぞ……良い、戦いじゃった……」

 鉄心の言葉を聞きながら百代は、

――あとで、鳴滝にちゃんと礼を言わないとな。

そんなことを考えていた……

 

―――――

 

 忠勝が目を開けると、空が見えた。

 そして、頭上からぶっきらぼうな声が浴びせられる。

「あ? 何だ起きたのか、随分早えぇ御目覚めだな」

 言葉をちぎって投げるているようなしゃべり方だ。

「立てんのか? 運んでやろうと思ったんだが……」

「あ? いらねぇ気回してんじゃねぇよ、気色悪ぃ」

 そう言って忠勝は勢いをつけて立ち上がる。

――足が少し震えているが、まぁ、問題ねぇ。

 そう自身を判断する。

「タッちゃん……」

 そんな時、横から一子の心配そうな声がかけられる。自分で倒したのだから、大丈夫か、とも聞けず。複雑そうな顔で忠勝を見ている。

「そんな声出すな、俺は大丈夫だ。それより姉貴んとこ行ってやれ」

 それを聞いた忠勝は、親指を百代の方へ立てると腕を振って行けっというジェスチャーをする。

「でも……」

 それでも、心配そうに忠勝を見る。

「俺が大丈夫だって言ってんだから、大丈夫だ。それとも何か? おめぇは俺のこと信じられねぇのか?」

「そんなことないけど……うん、わかった。じゃあ、またねタッちゃん」

「ああ、またな」

 そう言って姉の方へ踵を返して向かう一子の背中に忠勝が思い出したように声をかける。

「一子っ!」

「え?」

 その声に振り向く一子。

「本気でやってくれて、ありがとな」

「……うんっ! 私の方こそ、ありがとう! タッちゃん!!」

 それだけ言うと、一子は百代のもとへかけて行った。

 

 忠勝は満足そうに頷くと、

「敗者はさっさとつらかろうぜ。恥の上塗りになっちまう」

鳴滝に声をかける。

「ああ、そうだな」

 今まで黙ってそのやりとりを聞いていた、鳴滝は忠勝の言葉に短く答える。

 

 そうして、二人は武舞台から去っていった。

 

――

 

 鳴滝と忠勝の二人は武舞台を出て通路を歩いている。

 無言。

 だが、何か変な雰囲気がある訳じゃない。

 ただ、しゃべる必要がないからしゃべらない、そんな沈黙だ。

 二人の足音だけが、通路に響いている。

 そんな沈黙を鳴滝がやぶる。

「なぁ、悪かったな……俺のわがままに付き合わせちまってよ」

 そう、鳴滝は忠勝の方を見ずに言う。

「あ? まぁ、気にすんな。俺だって興味がなかったわけじゃねぇしな。それに――」

「それに?」

 歩みは止めずに、鳴滝は忠勝の言葉を聞き返す。

「今日の戦いでイロイロふっきれたっつか……まぁ、ここまでこれてよかったと思ってるよ、マジでな」

「……そうかい」

 それがなにか。とは聞かない。

 忠勝がそう言ってくれるなら、それで充分だと、鳴滝は思っていた。

 

 また、少し沈黙が下りる。

 今度は、忠勝がその沈黙をやぶる。

「……腹、減ったな」

「……だな」

 鳴滝が同意する。

「……梅屋、だな」

「……だな」

 再び頷く。

「お前の奢りだぞ」

「……」

 鳴滝は答えない。

「俺はお前に付きあったんだぜ?」

「今の試合、お前がKOされたんだぜ?」

 忠勝が言って、鳴滝が返す。

「……」

「……」

 沈黙が下りたあと、

「……割り勘だな」

「……だな」

結論がだされる。

 

「源」

 鳴滝が歩みを止めて、忠勝に改めて声をかける。

「あん?」

 忠勝も止まって鳴滝を見る。

「――お疲れさん」

 そう言って拳をすっと差し出す。

「ああ、そっちもな。お疲れさん」

 忠勝も拳を出す。

 

 そして、初めて互いの目を見ながら、

ゴンッ

 と、小さく拳を合わせた。

 

「ふんっ」

「はっ」

 

 拳を合わせた二人の口元には満足そうな笑みが浮かんでいた……

 

 

  ―――――準決勝 第一試合―――――

川神シスターズ ○ vs × 川神アンダーグラウンド

      試合時間 10分15秒

 

 

 




如何でしたでしょうか、
実はこのタッグマッチを書くと決めた時に、
一番書きたくて一番あっためてきたネタでした(オイ燕どうしたw)

鳴滝らしさ、忠勝らしさ、一子らしさを詰めたつもりです。
そう感じてもらえたら幸いです。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。

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