戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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バキで一番好きなキャラは渋川剛気です!(キリッ)



第二十四話~更生~

「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 項羽が方天画戟を両手に持ち突っ込んでくる。

 四四八は緑色に輝く瞳を項羽から逸らさずにその場を動かない。

 項羽に左肩を向けるようにして半身。

 左足が前、

右足が後ろ。

 

 四四八が方天画戟の射程範囲に入った瞬間、項羽は突きを放つ、

力強く、重い、そして疾い一撃だ。

 その突きに合わせて、四四八が左足を踏み出し、同時に左手を突き出しながらすっと前に出る。

 

 二つの影が重なった次の瞬間――

 

「――え?」

 項羽は四四八の左手に首のあたりを掴まれて、地面に倒されていた……

「一(いち)――」

 倒れた項羽を上から見下ろしながら、四四八が静かに告げる。それは何かの宣告のようだった。

 

「ほう……」

「うわ……」

「へ?」

 放送があったこともあり、百代は珍しく今回の一戦をファミリーと見ている。

 今の声は、それぞれ百代、由紀江、大和が発したものだ。

「なぁ、まゆまゆ、今の見えたか?」

「えぇ……なんとか」

 百代が由紀江に聞き、由紀江はグラウンドに目を向けたまま頷く。

「なになに、いま柊何かやった?覇王様が攻撃したと思ったら、いつの間にか倒れてるんだけど」

「アタシ、ほとんど見えなかった……」

「自分は柊くんがスパーンとやって、スコーンとやったから覇王先輩ドターンと寝てるというのはわかったぞ!」

大和の言葉に一子とクリスがそれぞれ感想を答えるが……よくわからない。

「ああ、今、柊はな……」

 そう言って百代は自分が見たことを大和達に説明する。

 四四八は突きを躱しながら一歩踏み出すと、左手の掌を項羽の顎に添えた、

打撃ではなく、添えただけ。

 そして項羽の身体が前に進んでいるところに後ろに残した右足で、項羽の脚を後ろから項羽の進行方向へ払ったのだ。

 これにより勢い余った項羽の身体は顎を中心として、空中で仰向けのような状態になる、それを四四八が添えてある左手で地面へと落としたのだ。

 この時も叩きつけてはいない、ただ落とすだけ。

 おそらくダメージは皆無であろう。

「こういう表現が適切かどうかわからんが……日本刀の様な切れ味の投げだったな」

「その表現わかる気がします、柊先輩が本気だったら今ので終わってました……一太刀で仕留める……まさに居合のような投げですね」

 そんな二人のやり取りを他の面々はポカンと口を開けて聞いている。

 

 項羽は自らに何が起こったか、正確には把握できていなかった。

 攻撃の瞬間に四四八の左手が顔に迫ってきたかと思ったら、次の瞬間には空が見えていた。

 次に背中に小さな衝撃。

 そして、いつの間にか四四八の顔が視界にいっぱいにうつっていた。

「一(いち)――」

 四四八の声が耳に入る。

「初撃に甘さがあります、相手実力がわからないのであればもっと慎重になるべきです。甘い一撃が敗北につながることは俺の仲間達が教えてくれたはずですよ」

そういうと、四四八は項羽から身体を離し、また同じ位置で同じ構えを取る。

 

「どういうつもりだっ!!!」

 起き上った項羽が四四八に叫ぶ。

 四四八はそんな覇気をほとばしらせる項羽の激昂を表情一つ変えずにいなしながら、

「五回まではお付き合いします、と言ったはずです」

そう、先ほどと変わらぬ静かな声で答える。

 

「ふっざけるなああああああっ!!!」

 それを聞いた項羽はその激昂そのままに、方天画戟を縦横無尽にはしらせて四四八を襲う、初撃の一撃よりも更に強く、重く、疾い……

 そんな掠っただけで吹き飛ばさそうな斬撃を四四八は紙一重で躱す、躱し続ける。

 

そして――

 

 暴風雨の様な連続した攻撃の最中に項羽が放った突きの一撃、

自らの横を空気を裂きながら通り過ぎていく方天画戟。

 その一撃が伸びきった瞬間、その刹那とも言える瞬間に四四八は方天画戟の柄の部分を両手で掴み、小さく引く。

 そして同時に手首を捻り柄を回転させる。

「――っ!!」

 一撃が伸びきり武器を自らの元に戻そうとしていた弛緩の一瞬に四四八によって方天画戟を引かれた項羽は前方に体勢を崩されてしまう、そして同時に柄が回転した事により、方天画戟を持つ手が一瞬緩む。

 

――トンッ

 

 そんな一瞬を見逃さず、四四八は両手をそのままに方天画戟の柄を下から右膝で打ち上げる。力はまるで籠っていないが絶妙のタイミングで放たれた膝により項羽の緩んだ手から方天画戟が逃げていく。

「――なっ!!」

 そんな自らの手から逃げていく方天画戟に目を奪われた瞬間――四四八の左足と左手がするすると項羽の懐に伸びてきた。

 四四八の左手は項羽の襟をつかみ

 四四八の左足は項羽の右足を払い。

 四四八の腰は項羽の腰を払っていた。

 一連の動作が一瞬にして行われた時、前方に体勢を崩されていた事もあり項羽は背負い投げの要領でいとも簡単に宙を舞っていた。

 

 そして次の瞬間、再び項羽の背中に小さな衝撃がはしった――

 項羽は自分が先ほどと同じように仰向けで地面に投げられたのだと理解した――そして、理解した時には既に自らの顔の横に四四八が残った右手で持っていた方天画戟が突き刺さっていた――

「二(に)――」

 四四八の静かな声が再び項羽にかけられる。

「視野が狭いので目の前の出来事に囚われすぎる、武器に目を奪われるなどは愚の骨頂です。武器は使うものです。抱くものでも、縋るものでもありません。これも俺の仲間達が教えてくれたはずです……」

 

 そう言って再び身体を離す。

 そして元の位置に戻り、元の構えを取る。

 

 再び起き上った項羽の肩が怒りでブルブルと震えている。

「ふざけるなっ、ふざけるなっ!、ふざけるなっ!!、ふざけるなっ!!!本気でやれっ!!柊っ!!!!」

「……」

 その言葉に四四八は答えない、黙って項羽を見据えている。

 

「くっそおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 激高をそして激情を隠そうともせず、突き刺さった方天画戟を手に取りその勢いのままに突っ込み大きく横に薙ぐ。

 空気を裂きながら四四八に向かう方天画戟。

 その一撃が決まる瞬間――四四八の姿が掻き消えた。

 項羽にはそう見えた。

 

 すると薙おわった方天画戟の先で声がする。

「怒りに任せた一撃、読むのはたやすい……怒りというものは、戦いにおいて重要な要素です。しかしうまくコントロールしないとそれは相手に隙を与えることになる……川神先輩が教えてくれませんでしたか?」

 方天画戟の刃の部分に乗った四四八が項羽に語りかける。

 四四八は項羽の一撃の瞬間に刃の上に飛び乗ってその攻撃を回避していたのだ。

 

 そして四四八はその刃をドンと踏みつける。

「――くっ!」

 その柄に伝わる衝撃に項羽は再び方天画戟を取り落としそうになる――既(すんで)のところで力を入れ取り落とすことはしなかったが、隙が生まれた――

 その隙を逃さず刃の上から一足飛びに項羽の懐に入った四四八は、

「力が入りすぎてます……これでは重心が崩れやすい……」

項羽の耳元でそう囁くと、

項羽の左肩を右手で押して、

項羽の腰を左手で引く、

グラリと項羽の身体が傾く。

 これで身体の重心が崩れた項羽は四四八に抱えられる様に地面へと寝かされていた。

「これで――三(さん)」

 三度(みたび)四四八の声が項羽の耳元で響く――

 

「なるほどな、柊の強さというのは傍から見るとよくわかるな」

「いや……姉さん今回の勝負、俺には全っ然わかんないんだけど」

「……大丈夫、大和。この中でわかってるのモモ先輩とまゆっち位だから」

――自分はわかってるぞシュパーンとやってザッパーンってなってるんだ!

――アタシもアタシも、ほとんど見えないけど大体分かる!たぶん!!

 京の言葉にクリスと一子が反応するが、大和は無視。

 二人の事はキャップ達がはいはい、と頷いて相手をしている。

「京でもわからない?」

 大和は京に聞く。

「うん……技をかけるのが早すぎてよくわからない。あと、ここからじゃ見えないくらい細かいこともやってそう。でもかけられてる先輩はもっとわからないかも」

「清楚ちゃん、腸(はらわた)煮えくり返ってるだろうなぁ」

 京の声をきいた百代が苦笑をしながら答える。

「それにしても本当に凄いですね……やっている事自体は基本的な技なのに……」

 感嘆の言葉を由紀江が呟く。

「そこが柊の強さ……なんだろうな、余計なことはせず基本を忠実に突き詰める――今回で言えば呼吸、姿勢、脱力、重心といったところか。そしてそれを複合的に絡ませる。これが出来れば秘技や奥義なんぞの一発芸はまるで必要ない――という感じか」

「基礎極めるは武芸百般……というわけですね」

「まったくもって耳が痛いな。ジジイの稽古、もう少し真剣にやってみないといかんなぁ」

――燕のやつも今頃、頭を抱えてるかもな。

 そんなことを思いながら、百代はグラウンドに目を移す。

 

 グラウンドでは項羽が方天画戟を放り出し、拳と蹴りで四四八に襲いかかっていた。

 休まない連続した攻撃。

 とにかく目の前の相手を倒すため、ただがむしゃらに手をだす。

 滅茶苦茶な攻撃だが……とにかく疾い、そして強い。

 武器を使わない分小回りが利いているため隙間が見当たらない。

 そんな攻撃をやはり、四四八は躱し続けている。瞳を緑色に輝かせ、全てを見透かすように項羽を見ながら。

 

 そして、四四八は項羽に語りかける。嵐の様な攻撃を躱しながら語りかける。

 

「敗北して生きているならそれはチャンスです。自らを高め、先に進むための糧となります」

 うるさいっ、うるさいっ!うるさいっ!!うるさいっ!!!

「確かに敗北は苦い……苦いですが、それを飲み込み嚥下する事が出来る者のみが先に進む機会を得ることが出来ます」

 だまれっ、 だまれっ!、 だまれっ!!、 だまれっ!!!

「それが出来ずそこにただ止まってしまうのであれば、その人の手を引き、導いてあげるのが保護者の役割です――聞いていますか?」

「わあああああああああああああああああああっ!!!」

 四四八の言葉など聞きたくもないというふうに叫びながら項羽が渾身の右拳を繰り出す。

 その右拳が四四八の顔面を捉えようとした瞬間、

四四八は身体を後ろに反らせる。

 両足はそのままの位置にある。

 四四八の顔面を項羽の右拳が追ってゆく。

 拳が届かないところまで身体を反らした四四八だが、その身体は反らせた重力に従い仰向けに倒れていく。

 その時、項羽の伸びきった右腕に四四八の両手が添えられる。

 右手で手首。

 左手で肘。

 そして四四八は両足で地面を蹴り、項羽の右腕の付け根を両脚で絡め取る。

 項羽の流れた身体に体重をのせ、宙で右に身体を捻る。

 

そして――

 

「ぐ――っ!」

 もつれ合うように倒れたあとに現れたのは、

俯せに地面に伏せる項羽と、項羽の右腕を棒の様に天に向かって極めている四四八だった。

「四(よん)」

 四四八が呟く。

 

 そして、そんな少しでも力を入れれば項羽の右腕を破壊できる、そんな状態で四四八は先ほどの言葉の続きを放つ。

「もう一度言います――聞いていますか? あなたに言っているのですよ――」

 四四八は一呼吸置いて、

 

「――『葉桜先輩』」

 

今までより力のこもった声で項羽に――否、清楚に言う。

「――っ!!!!!!!」

 俯せに組み敷かれた項羽の真っ赤な目が大きく開かれる。

 

 四四八が少し力を抜いた瞬間、項羽はバッっと身を起こし、後ろに飛ぶ。

 そして先ほどよりも大きく肩を震わせながら叫ぶ。

 

「なんなんだ……なんだというのだっ!!!」

 悲痛……にも聞こえるそんな慟哭。

「俺だっ!!今、お前の目の前にいるのは俺!西楚の覇王だっ!!清楚ではないっ!!!」

 そう言って項羽はギリギリと歯を食いしばる。

 真っ赤な瞳にはキラリと光るものも見える。

「……」

 四四八は先ほどと同じように黙している。

「俺だっ! 俺を見ろっ! 俺を見ろぉっ!!! 柊四四八あああああああああああっ!!!!」

 そんな魂から絞り出すかのような慟哭を響かせながら、項羽は四四八に突っ込んでいく。

 

 そんな暴走機関車の様に突進する項羽に向かい四四八はすっと前に進み、ふわりと包み込むように抱きかかえると、

「歴史上の項羽は己の負けを認めず『匹夫の雄』と謗(そし)られ、歴史から姿を消しました……」

そう項羽の耳元で囁くと、

優しく、今までで一番優しく地面へと落とす。

「五回――これでお終いです」

 そう言って身体を離す。

 

 そして未だ立ちあがらない項羽にむかって、

「ですが、俺は覇王先輩と葉桜先輩が手を携えれば、本物の項羽以上の指導者になれると信じています」

そういうと項羽に向かい軽く一礼して踵を返す。

 クラウディオを一瞥すると目が合う。

 クラウディオは大きく四四八に礼をする。

 

「ちくしょう……ちくしょう……」

 仰向けに倒れている項羽から呟きが漏れる。

「ちくしょう……ちくしょう……」

 右腕で隠した顔からグラウンドに涙がこぼれている。

 

 そんな呟きを耳にしながらも四四八は振り返らずにグラウンドを後にする。

「ちくしょう……ちくしょう……」

 戦いの後、項羽のすすり泣きだけがグラウンドに響いていた。

 

 

―――――

 

 

「いやー、こりゃまいったなぁ」

 項羽と四四八の一戦を屋上から見ていた燕は百代の予想通りに頭を抱えていた。

 百代との一戦だけではわからなかった柊四四八の強さのベクトルがこれで大分掴めた、掴めたのだが、それが今頭痛のタネとなって燕を襲っている。

「まぁ、予想通りといえば、予想通りなんだけど……こうきましたかぁ」

 

 柊四四八は万能なファイター。

 燕自身のそう見立てていて、その見立てはそれほど間違っていなかった。

 しかし、まさかここまで高次元でまとまっているとは思ってもみなかった。

 

 今回、項羽に対して全部『投げ』や『合気』の様なものを選択したのは、それが項羽に有効だったからなのだろう。もちろん、項羽を『教育』するという意味で、あの戦い方を選んだという事もあるだろうが、やはりそれ以上に項羽に対して『投げ』は有効なのだ。

 『投げ』――というものを理屈で説明するなら、『重心を高いところから低いところへ落とす』と言う事になる。重心は立っていれば高い位置にあり、しゃがめば低い位置となる。

 極論、寝ている人間は重心が地面とくっついているため事実上投げる事は厳しい、と言う事になる。項羽の様に常に全力で力の移動を行っている様な人間は重心がぶれやすい、故に『投げ』は有効なのだ。

 もちろん、項羽自身は安い相手ではないので並の相手が向かった所で蹴散らされるだけだし、燕自身あれと同じ事が出来るかと問われれば、難しいと言わざるを得ない。

 つまり百代との一戦で見せたストライカーとしての側面と同じくらいグラップの部分でも高いレベルにあるのだ。

 

 本人的にはそういうカテゴライズはしていないかもしれないが、ストライカーでもグラップラーでもなくオールラウンダー、それが柊四四八なのだろう。

 

 オールラウンダーはオールラウンダーで弱点はもちろんある。

 最大の弱点はともすれば器用貧乏と同義の為、決め手が欠ける、ということだろう。

 戦闘中、絶対的に頼る武器がないというのは想像以上に精神的にきつい。

 故にオールラウンダーは精神的に強くなくてはいけない、常に冷静に、常に相手を観察し、常に思考を繰り返していかねばならない。

 そして、柊四四八は精神的な強さで言ったら絶対的だ。

 

 つまり――文字通り現状、全方位隙なし。

 

 百代の様に一点でも打ち勝っていれば、そこから勝利をたぐり寄せることもできるかもしれないが、燕のように『隙を突く』ことを信条としている人間からすると、もはや天敵と言っていいかもしれない。

 

だから――

「いや、こりゃ本当にまいったわ」

 という声が漏れる……

 そしてうーん、うーんと唸りながら、

「これは流石に一人じゃ厳しいかもなぁ……」

という言葉を漏らす。

 

 燕は愛用のノートパソコンを叩きながら、一人思案に暮れていた。

 

 

―――――

 

 

PLLL PLLL

 項羽と一戦を終えた四四八が教室で帰り支度をしていると携帯が鳴った。

 着信ではなく、メールのようだ。

 何気なくメールを開いた四四八はとても驚き――というか、なんとも微妙な表情になる。

 

送信者 葉桜先輩

花壇で待ってます。

      清楚

 

 簡単な文面で、これ以上の情報はない。

 清楚の名前できているが、当の項羽と戦ってまだ1時間も経ってない。

 自ら項羽、そして清楚の為を思って行った一戦だったが、流石にこんな短時間でどのような顔をして会えばいいのかわからない。

が、

「流石に無視するわけには……いかないよな……」

そう一人呟き、花壇に向かう。

 途中、自分を心配して待っててくれている千信館の仲間にはその旨メールを入れておく。

 

 そして――花壇にたどり着くと、そこには花に水やりをしている項羽――清楚の姿があった。

 

 四四八の気配を感じて、項羽――清楚がクルリと振り向く。

 瞳は――紅くない。

「ねぇ、柊くん。水やり手伝ってもらっていい?」

 清楚の口から出た想定外の言葉に四四八は、

「え?あ、は、はい」

虚をつかれたように目を瞬かせたが、言葉に従い水やりの手伝いの準備をする。

「ふふふ、ありがとう」

 清楚はニッコリと笑いお礼を言う。

 

 しばらく二人とも無言で花壇に水をやる。

 先程は驚いていたということもあり気づかなかったが、少し前まではむせかえるほどだった金木犀の香りが、今日はそれほどでもないことに気づく。流石に時期も終わりだということだろう……

 そんなことを四四八が考えていると、清楚が口を開く。

 

「今日は……というか、今までごめんなさい。柊くんには迷惑ばっかりかけちゃって……」

「え?あ、いや……」

 前触れもなく飛び出した謝罪の言葉に、四四八はうまく反応できなかった。

 そんなことは気にも止めず清楚は続ける。

「それから……ありがとう。本当は柊くんの言うとおり私がしなきゃいけなかったのにね……あの子……私自身をそう言うのも変な感じなんだけど、あの子のこと真剣に受け止めてくれて、ありがとう」

「……いえ、そんなこと」

 清楚の言葉に四四八は小さく答える。

 

 しかし、このままではいけないとも思い、四四八は意を決して清楚に聞く。

「覇王先輩は……どうされてますか?」

「ふふふ、泣き疲れて奥で休んでる、よっぽど悔しかったんだと思う」

「そう……ですか……」

 その質問の意図を察した清楚は続けて言う。

「大丈夫、あの子にもちゃんと届いてるよ、柊くんの気持ち。私にも……ちゃんと届いたから……」

「……ありがとうございます」

 ほっとしたように四四八が礼を言う。

 

 水やりもそろそろ終わりだ、

二人でホースの片付けを始めたとき、今度は四四八が口を開く。

「さしむかう、心は清き、水鏡。 葉桜先輩と覇王先輩はそういう関係であるべき、なんだと思ってます」

 新選組・土方歳三の一句を諳んじながら清楚の方へと向く。

「そう……か、そうかもね……」

 その言葉を噛み締めるようにして、清楚が何度も頷く、

そしてよしっ!と小さく気合を入れると。

「今日からあの子と二人で頑張ってみる、だから応援しててね、柊くん」

 そう言って四四八の目を見て輝くように笑う。

「はい、喜んで」

 その言葉に四四八も笑顔を作る。

 

「――それにしてもなぁ」

 その後、清楚はクルリと後ろを向くと、

「新選組、鬼の副長・土方歳三の一句……女の子に贈る歌としてはどうなのかなぁ」

と、悪戯っぽい声で四四八に言う。

「あ、いや……すみません、気が利かないもので……」

「ふふ……でも、鬼教官・柊四四八くんからの一句って思うとあながち変じゃないのかも――だから、私も――」

 

 そういって再び四四八の方を向くと、

「裏表、なきは君子の、扇かな。 思ったとおり、柊くんはとっても強くて、とっても優しいね……だけど、その優しさに甘えちゃダメだと思うから。柊くんの范増役は今日でおしまい……ごめんね、任命も解任も勝手にしちゃって……」

同じく土方歳三の一句を諳んじながら、清楚が言う。

「え?それは……」

「大丈夫、これから范増役は私が務めます。この子、ちゃんと躾けるから任せておいて。それに、柊くんには別の役をやってもらおうと思ってるんだ……」

 そう言って、少し恥ずかしそうに目を逸らす。

「それって、どういう?」

 四四八が清楚の言葉に関して問いかけを行おうとした時――

 

「おーーーい、四四八ーーーっ!」

「柊くーーん」

 花壇の入口で晶と水希の声がする。

 遅いから迎えに来てくれたようだ。

「おお、すまない、すぐ行く」

 四四八がそちらを振り向き大きめの声で答える。

「すみません、葉桜先輩そろそろ――」

 そう言いながら清楚の方へ向き直ると、清楚はうつむいて小さな声でブツブツと何か呟いていた。

 

「……そう、ライバルは多いけどここでちょっとリードするのもいいと思うんだ……何恥ずかしがってるの、女は度胸なんだから。それに私がやるんだからいいでしょ?もう、そんなに恥ずかしいならそこで見てなさい」

「……葉桜先輩?」

 怪訝そうな顔で四四八が問いかける。

 その言葉にハッと顔を上げて、

「あ、いやいや、なんでもないの」

そう取り繕う。

 

「そうですか……じゃあ、俺はこれで……」

 そう言って二人のもとへ向かって歩きだした、その時――

 

「柊くん!」

 清楚の声がかかる。その声に四四八が振り向くと――

 

――チュッ

 

 小走りに近づいてつま先立ちになった清楚の唇が、四四八の頬に軽く触れる。

「――え?」

 頬を抑えて呆然と清楚を見る四四八。

「今日は本当にありがとう――またね、バイバイ」

 そういって真っ赤な顔に笑顔を浮かべると、小さく手を振り四四八を追い越して、小走りに花壇の出口に向かう。

 

 そして、四四八と同じく今の光景に呆然としている千信館の二人に、

「私達、絶対に負けないからね。これからよろしく」

そう笑顔で一方的に宣戦布告すると、小走りに廊下をかけていく。

 

――柊くんの范増役は今日で終わり。でもね、柊くんには違う役をやってもらおうと思ってるんだ、それはね――虞美人!!だからほかの人には絶対に負けないよ!!

 

 そう、心の中で宣言をして、清楚はスイスイ号のもとへとかけていった。

――清楚、随分嬉しそうですね。なにか良いことでもありましたか?

 そんなスイスイ号の言葉が想像できる。

 

 未だ四四八が立ち尽くしている花壇では、

金木犀が終わり、柊の花が咲き始めていた……

 

 




如何でしたでしょうか、これで覇王様編は終了となります。
本編には四四八がこのように戦う描写はないのですが、
それでも、こんくらいできるだろうなぁーという作者の妄想が炸裂してます。

最後は頑張ってラブコメしてみました。
うまく清楚の可愛さが出せてるといいなぁ

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。

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