そしたら過去最長の文字数でしたとさ
PLLLL,PLLLLL
深夜といってもいい時間、携帯の音がなり四四八は目を覚ます。
もともと睡眠というものを取らない(取れない)体質だったため、現在のように通常の睡眠をするようになっても眠りは浅い方だ……と、四四八は思っている。
その為だろうか、物音などでも起きてしまうことがそれなりにあるのだ。
それでも、深夜の携帯があまり心地のいいものではないのは確かで、四四八は眼鏡を外していたこともあり、ディスプレイに表示されている名前を見ずにかかってきた電話に出る。
「――もしもし?」
『んはっ! 柊か!! 今日はいろいろすまなかったな!!』
電話口から聞こえてきたのは清楚――ではなく項羽の声、深夜に電話するにはあるまじきテンションの高さだ。
『怪我を直してくれたようだしな、改めて礼を言っておこうと思ってな!』
「あぁ……いえ……お気になさらずに……」
寝起きが悪いということは決してないが、流石に起き抜けにこのテンションにはついていけず四四八は差し障りのない回答をする。
ただ、聞きたかったこともあるので、頭をなんとか回転させ言葉をひねり出す。
「そういえば時期としては覚醒は尚早ということを聞きましたが、其の辺はどうなのですか?」
『ああ、老人たちにやかましくは言われたがな! まぁ、目覚めてしまったもんはしょうがないってスタンスだそうだ』
これはまた……随分アバウトなようだ。
『とにかく、私闘禁止も検討されてたが、九鬼従者部隊の了解を得ればOKということになった。柊が言ってた武神の仇討ちもいつでも受けることが出来る! と、いうわけだ明日からよろしく頼むぞ!』
「……え?……は?なんのことです?」
『柊! お前は見込みがある、だから俺の軍師に取り立てやる! まぁ、范増というわけだ! 嬉しいだろう!!』
「え? いや? ちょっ!? 何を言っているんですか覇王先輩っ!!」
そんな抗議の声を四四八があげたとき、電話の向こう側からかすかに声が聞こえる。
『項羽!! 深夜にそんなに長電話して!! 相手の迷惑考えな!!』
『ちょっ! ちょっと、待て、マープル!! 柊への話は終わってない!!』
『五月蝿い、いいから電話を切れッ! ジェノサイド・チェーンソーッ!!!』
ブチっ! という音と共に流れる、ツーツーツーという、無音の反応。
普通に電話が切れたのか、それとも物理的に電話が切れたのか。どちらか判別はつかないがとにかく四四八の疑問に答えることなく電話は切れた。
四四八は既に切れた電話を手に暗闇の中、明日からの学園生活が平和――と、贅沢は言わないがせめて波風が立たないようにと、自分でも無駄であろうと感じる祈りをせずにはいられなかった……
―――――翌日 川神学園 2-S組―――――
翌日の川神学園の話題は、項羽と、そしてそれを見事に倒してのけた千信館の面々の話題でもちきりだ。
2-Sでは水希と鈴子が義経に捕まってイロイロと聞かれている。
また、マルギッテからは時折二人――と、四四八に鋭い視線が送られていた。
三人とも視線には気づいてはいるが、面倒事になりそうなので無視している……が、はたして鈴子の忍耐がどこまで持つか……と、四四八は密かに心配している。
そんなとき、義経達についているクラウディオがすっと四四八の傍へとよってきた。
「おはようございます、柊様。昨日はお手数をおかけ致しました」
「いえ、俺は昨日、大したことはしてません。逆にこちらもイロイロご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、あれで千信館の皆様がやってくれませんでしたら、最終的には私やヒュームが出張ることにななったことでしょう……そうなりますと、百代様への義理が立ちませんでした。いや、本当に助かりました」
「そう言っていただけると、助かります」
そんなふうに朝の挨拶をしていると、思い出したようにクラウディオが言う、
「そうそう、実は柊様におりいって一つお願いがあるのですが……」
そう言って大きめの包を一つ取り出す。
「はぁ? なんでしょう?」
「これは実は項羽様のご昼食でして……是非とも柊様にお届けいただきたいのですが……」
「いや……でもそれは従者部隊の方々のお仕事では?」
「左様でございます。ですが、昨日マープルを始めとした人間にかなり激しく注意をされた事と、柊様への電話を途中で切られたことで、少々へそを曲げてしまわれまして……はずかしながら今朝から従者部隊の人間を近づけさせないのですよ」
そう言ってクラウディオはさも困ったという顔をする。
「項羽様はあのご性格です。もし、お昼になった時にご昼食がないことに気づきましたら……それはそれで面倒なことになると思われますので、そうならないためにも是非ともお願いできませんでしょうか?」
チラリと覗き込むように四四八の目を見ながらクラウディオは言う。
クラウディオの態度から見るに、おそらく今言った事が全てではないのだろうが、四四八としても昨晩の件を直接項羽に問いただしたいということもあったので、
「わかりました、届けさせていただきます」
そう言って包を受け取る。
「ありがとうございます」
腰を90度近く折り曲げて礼をするクラウディオを見ながら四四八は初めて、3年のクラスがある階へと向かっていった。
―――――川神学園 3-S―――――
「ん~~♪ ん~~~♪」
項羽は鼻歌を歌いながら足を机の上に放り出したような体勢で椅子に体重をかけ斜めにしながらギシギシと揺らしている。
前日までの清楚とはまるで正反対の所業だ。
「あー、貴重な文学少女枠だったのになぁ……」
「アァ……超美人なのになぁ、これじゃあ声も掛けられねぇよ」
「……清楚ちゃん、マジ西楚……」
「いやまて、清楚ちゃんが頑張って悪ぶっているという可能性もワンチャン……」
流石に昨日の今日だ、項羽は好奇と恐怖の視線に晒されている。
好奇の視線が多いのはおそらく昨日の千信館との一戦での敗北によって生徒の中で恐怖の印象がだいぶ薄れているからだろう。
しかし当の本人はその様な視線などどこ吹く風と言うふうに、鞄からジャソプをとりだし読みながらコーラをがぶ飲みしている。
その中で勇気ある生徒が項羽に声をかける、が、その言葉遣いは同級生への言葉としては些か以上に丁寧である。
「あの……つかぬことをお伺いしますが……文学少女の方の清楚ちゃんは今度いつごろいらっしゃるのでしょうか?」
「ん? なんだ? 俺では不満か? 俺は覇王だぞ、偉いんだぞ」
「い、いえ、決してそのようなことは……」
そんな不毛とも言えるやりとりが交わされている中に、四四八が包を持ってクラスへと入ってくる。
「失礼します――ああ、いた。覇王先輩、おはようございます」
「っんは! 柊か! もしかして俺にわざわざ朝の挨拶をしに来たのか? 殊勝なやつだな、褒めてやるぞ!!」
「違いますよ……クラウディオさんから昼食を預かってきたんです。ないと困るでしょう?」
そう言って四四八は手に持っている項羽の顔よりも大きな包を渡す。
「おお!そうか悪かったな! 昨日の電話を強制的に切られたから怒ったら従者部隊総出で取り押さえにきやがった……大人気ないと思わんか?」
「え? えぇ……まぁ……」
電話切られたぐらいで従者部隊が総出になるくらいの怒り方をした項羽の方が大人気ないのでは……とは思ったが、もちろん口には出さない……
電話、という単語で四四八は自分の聞きたかった事を思いだし項羽に問う、
「ああ、一つ聞きたかったのですが、昨日の電話の軍……」
と、問いかけが終わる前に、
「おはよう、葉桜くん……おや、そこにいるのは柊か」
そう言って京極彦一がクラスに入ってきた。
「おはようございます、京極先輩」
「おお! 京極か!」
声をかけられた彦一は思い出したように、四四八に向き直る。
「そうそう、柊、ちょうど良かった。お前に渡したいものがあったんだ」
そういって彦一は重そうな紙袋を四四八へと差し出す。
四四八と彦一は図書館によく出入りするということと、彦一自身が四四八に興味があったこともあり、そこそこ以上に話をする間柄だ。
「なんでしょう?」
そう言って受け取った紙袋の中身を覗いてみると、そこには重そうでしっかりと装幀された本が何冊か入っていた。
それを見た四四八の瞳が驚きのあまりが大きく見開かれる。
「うわっ、これ全部、白秋ですか?『邪宗門』『思ひ出』『東京景物詩乃其他』最後のは歌集『桐の花』ですか……これは凄い、もしかして初版本?」
珍しく興奮したように四四八が彦一に聞く、
「いや、流石に初版本というわけにはいかないが皆、初版装幀の物だ。叔父が古本屋を営んでいてね。柊が興味があるというので見繕ってきた」
「ありがとうございます。いや、やはり凄いですね白秋は、今読んでも全然古くない……」
「そうだな……とても鮮烈な美しさがあるな白秋の詩は」
「わかります、なんというか、ぞくっとしますね」
と、男二人で日本を代表する詩人の話で盛り上がっている。
「あれ?最後のこれは……『豊玉発句集』ですか……土方歳三の俳句集ですね」
「ああ、珍しいものが見つかったと思ってね、ついでに持ってきてみた」
そんなふうに自分を取り残し本の話題で盛り上がってる二人に、完全に忘れ去られていた項羽が癇癪を上げる。
「うがー!! 本の話はやめろ!! 俺の中の清楚が、本を読みたいと騒ぐではないか!!」
そんな時、始業を伝えるチャイムがなる。
「おい、柊、戻らなくていいのか?」
「あ、はい! 京極先輩これお借りします、ありがとうございます! 覇王先輩も失礼します」
「ああ、またな」
「おい!俺はついでか!!」
項羽の言葉には答えずに、四四八は慌てたように3-S組を飛び出していく。
その背中に――、
「柊! 後で花壇にこい!! 軍師としての最初の仕事だ!!」
項羽の言葉が投げられる。
そんな声を聞きながら――まぁ、これも責任のうちか――と諦めて四四八は一つため息をついた。
―――――川神学園内 花壇―――――
午後、四四八と項羽は花壇で水やりをしている、多少開花が遅かったからか未だに花壇には金木犀の香りでいっぱいだ。
清楚の意識があるからか、項羽となった今でもこの花壇の水やりは欠かせないらしい。
しかし、その水のやり方は、片手にホースをもってもう片方の手には自身の顔より大きなおにぎりを持ってかぶりつきながら……というとても豪快なものにはなっている。
そして、そこで四四八は項羽の軍師という意味を聞いた。
「なるほど……九鬼従者部隊以外で生徒にお目付け役みたいなものを付けなくてはということですか……ですが何故、俺なんです?」
「昨日、そういう話になったとき誰がいいか聞かれて柊の名前を出したら誰も反対しなかったからだな……うん! やっぱりおにぎりは鮭だな!!」
「いや……本人の了解というものが取れていないのですが……」
「そんなん細かいことは気にするな! なんたって覇王の軍師だぞ!! 光栄に思え、光栄に!!」
やれやれ……と思いつつも、実際これは自分が起こした種という側面もあるだけに、なかなか強く断ることができない。
そんな時、項羽が水やりを終え四四八に向かっていう。
「というわけで我が軍師、最初の仕事だ!なにかオススメの漫画を持って来い! 小難しいのはなしな! なんかスカッとするヤツがいい!」
「は?」
「お前と京極が本のことなんか話すから清楚の『本が読みたい欲求』が凄いことになってるのだ、だから漫画だ漫画!」
「いや、本読めばいいんじゃないですか?」
「絵より字の方が多い本読んだら俺が寝てしまう!」
「あぁ……そうですか……と言っても、俺もあまり漫画なんかは読まないですからね……直江にでも聞いてみるか」
そういって、携帯を取り出し四四八は大和に電話をかけた。
『もしもーし、柊?なんか用?』
数回のコールのあと少し大きめの声で大和が出る、周りが随分騒がしい。
「ああ、少し聞きたいことがあってな……って、随分とうるさいな、どこにいるんだ?」
『ああ、川神学園の賭場だよ賭場。あ、もちろんお金じゃなくて食券賭けてんだけどね』
「賭場だぁ? 全く何でもあるな川神学園は……」
その言葉にピクッ! と反応する項羽。
「まあいいや、実は……」
四四八が切り出そうとしたとき、項羽が四四八の携帯をバッとむしり取る。
「ちょっ!」
「おい!貴様、直江か! 今、賭場とかいったな。どこでやってる? そうだ俺は覇王だ!! そうか そうか! おおわかった、今から行く!! 首を洗って待っていろ!!」
そう勝手に話を進めると、携帯を切り四四八にポンと投げて返す。
「じゃあな、俺は賭場に行ってくる!」
そう言って項羽はあっという間に花壇から出て行った。
いきなりの行動に携帯を手に呆然と立ち尽くす四四八。
残された四四八は今日何回目になるかわからないため息を、深く、深くついた……
―――――
PLLLLL,PLLLLL
花壇をあとにした四四八は図書館で本日、彦一に借りた本を読んでいた、そこに携帯の音が鳴る――大和からだ。
「はい、もしもし」
『あ、もしもし、柊……えっとさ、話いってる?』
なんとも唐突な大和の言葉に四四八が不思議そうに返す。
「なんだその漠然とした問いかけは、それじゃ何もわからん」
『あー、その調子じゃ、やっぱ話いってないね……実はさ、今、柊、賭けの対象になっちゃってんだよね』
「……は?」
『まぁ、詳しいことは来てから話すよ。てか、早く来たほうがいいよ、じゃないといつの間にか身の振り方、決定されちゃうからさ。賭場は――』
嫌な予感がして、大和が言ってた教室に急ぐ。
入るとその教室は確かに賭場と呼んでもいいくらいの熱気に溢れていた。教室のいたるところで机を固め生徒たちが勝負に興じている。
「こちらですよ、四四八君」
聞き覚えのある声にそちらに目を向けると、大和――と、冬馬、項羽がいた。
「おい、どういうことなんだ」
四四八が大和を問い詰める。
「ああ、実はさ――」
―――――
「つまり覇王先輩がオケラになったにもかかわらず賭けを続け、その対象が俺だったと……」
「そそ、んで第三者を対象にする場合その人の了解とってないとダメなんだけど、覇王様、とってるって言うからさ……一応途中までは進めたんだけど心配になって……ね。だってこのままじゃ覇王様確実に最下位だし……」
「……フンっ!」
項羽は自分は悪くないとばかりにそっぽを向く。
四四八はキレそうになる理性を鋼の意思でつなぎとめ状況を確認する。
「覇王先輩が知ってたということでゲームは麻雀。そして、親は現在、覇王先輩。そしてこの親番が流れたらゲーム終了……」
面子は項羽、大和、冬馬、3年S組の先輩。という4人だ。
「覇王先輩、最後の局。俺が打たせてもらいます、いいですね。自らの身の振り方他人に委ねるなどもってのほかです」
四四八の有無を言わせぬ口調、項羽は口をすぼめて詰まらなそうに視線をそらす。
「一応システムを説明させてもらうと、1000点につき食券1枚。最下位の人が1位の人に3位の人が2位の人に点数の差額分を払う。25000点なら25枚って感じね。だから最下位だからって諦めるより少しでも他の奴の点数削ることを考えた方がいいよ」
「なるほどな」
「んでもって、払えない場合は勝者の判断に敗者は従う、これは今回のルールじゃなくて賭場全体のルールだけどね」
「そして今、このままいけば四四八君の命運は私の手の中ということです」
そう言って冬馬が何とも色っぽい流し目を送ってくる。
「……状況は把握した」
大和と冬馬の説明に四四八がうなずく。
現在3位の男子生徒と4位の項羽との点差は15000点
きつい……が、自らが親番な事を考えれば何とかならない数字でもない。
「よし、わかった。取りあえずこの背水。凌がせてもらう」
そういうと四四八は空いている席にドカリと片膝を立てて座ると、眼鏡とクイッとあげ他の3人を睨む。
「やるからには、全力を尽くさせてもらいます」
「いいねー、楽しくなってきた」
「ふふふ、これは心してかからないといけませんね」
オーラス、四四八の命運(?)をかけた戦いがここに切って落とされた。
―――――
「ロン――先輩、それ当たりです」
「なっ!!!」
「立直 一発 一盃口 ドラ2――親の満貫12000です」
「くあーーー、マジかぁ……」
2回程安手であがり、3回目で3位のS組の先輩を狙い撃ちすることが出来た。
これで、3位と逆転――たった3000点だが……
このままの調子でいければ最下位だけはのがれることが出来る、3位なら2位の大和との差はそれほどでもないので傷は浅くて済む……のだが、前と左にいる大和と冬馬がなんとも不気味だ。
二人とも安牌のみを切って手の内をなかなか見せない。
ジャラジャラと牌をかき混ぜながら二人が言う。
「なんていうか、柊らしい打ち方だよね」
「そうですね……手堅く打って、いける時にいく。基本ですね」
そんな言葉にも余裕が見える、事実点数としては上にいかれている――特に冬馬はほぼ一人勝ちの様相だ、だから余裕があってもおかしくないわけだが……
そして4局目、冬馬が動く――
「ポン」
「そちらもポンです」
早い段階で「撥」と「中」を鳴き、揃える。
――これはまずい――
四四八は心の中で呟く。
自身の手にある「白」がこれで切れなくなった。
自らが親番の為、直撃だけでなくツモ上がりでも逆転で最下位になってしまう現状、自らがあがれなくなるというのは負けに等しい。
「ふふふ……」
冬馬は余裕の笑みだ。
――ならば、まずは他を揃える!
そう決意して牌を回す。
――そして、
「ふー……」
ツモ牌をみて四四八は大きく息をする。
このツモで立直だ……白をきれば……だが。はたして通るのか?
未だ捨て牌に白はない、冬馬がもっていたら最悪役満の直撃だ。しかし、最下位の男子生徒が立直をしているのを考えるとここで降りても負ける可能性が高い……
――よしっ!
決心して「白」を取る。ここまで来たら前進。倒れる時は前のめりだ!!
なかばやけくそ気味に、「白」を場に投げ捨てる。
「――ロン」
その瞬間――無慈悲な声が場に響いた。
しかしそれは冬馬からではなく、大和からであった。
「白のみ――柊、親だから1500点ね」
そういって、四四八にウィンクをしながら報告する。
「直江……お前……」
これで終了――四四八……というか項羽の3位が決定。
「おやおや、大和くん。それは興ざめですよ……」
冬馬が牌を倒しながら不満げに言う。ちらりと見てみるとドラが暗刻で見える……これで上がられたら大変なことになっていた……
「まあ、柊には借りもあるしね。というか柊と勝負するならこんなハンデ戦じゃなくてちゃんとやってみたいしさ」
「ふむ……それは確かに……」
冬馬は最下位の男子生徒から食券を受け取ると、
「まぁ、また遊びましょう。今度は最初から……まってますよ、四四八君」
そういうと、賭場から出て行った。
大和は四四八から食券をうけとると、小声で耳打ちをする。
「覇王先輩のお守役なんて役得なんじゃない? 美人だし」
「……なんなら、代わってやろうか?」
「冗談、俺は姉さんがいるからね。一人で手いっぱいさ」
そう言って大和は肩をすくめる、
「んじゃ、葵じゃないけど、また遊ぼうぜ。待ってるよ、柊」
大和は四四八に声をかけながら賭場から出ていった。
対戦相手が皆いなくなると、一人つまらなそうにしている項羽にむかって四四八は言う。聞くものが聞けば怒りを抑えた声だという事はわかるだろう。
「覇王先輩……なにか、俺に言う事はないんですか?」
「ん?」
項羽は四四八に顔を向け少し考えた後……
「麻雀ってのは見てるだけじゃ詰まらんな」
そう言った。
――プチッ、
四四八は自分の中の何かの切れる音がしたのを感じた。
次の瞬間、四四八は両手でガシッと項羽の頭をロックすると、鼻先が触れる位まで顔をお近づける。
「な、なんだ?なんだ?ご褒美に、キキキキキ、キスというのはまだ早……」
などと、顔を真っ赤にして慌てている項羽の言葉には耳も貸さず、
「覇王先輩……俺も色々責任があると思いましてお付き合いさせていただきましたが、この様な事が続くようでしたら正直付き合っていられません。范増の役は別の誰かを探して下さい……では」
そういうと、項羽を一人残してスタスタと賭場を出て行ってしまった。
一人取り残された項羽は、四四八の行為に慌てていたこともあり言葉の意味を直ぐには理解できなかった。
そして、ようやく四四八が自分から去っていったのだと知ると……
「何だというのだ無礼な奴だ!! この程度で腹を立ておって!! 別にお前がそばに居てくれなくてもなんともないのだ!! あの……鬼畜眼鏡!!」
そう言うとドスドスと足音を鳴らしながら賭場を後にする。
その足で廊下を歩きながらも項羽の独り言は止まらない。
「なんだなんだ、いいではないか。ちょっと賭けの対象にしたからと言ってあんなに怒る事ないではないか。器の小さい男め! そんなんじゃ、女にモテんぞ!」
自らの言葉で清楚の記憶にある、自分を負かした千信館の女子達の姿が頭に浮かぶ。
「……まぁ、女にはあんまりモテんでもいいか……だがそうなると、柊は一人で寂しいかもしれんな……」
だんだんと項羽の独り言のトーンが変わっていく。
「ふ、ふん……モテん軍師のために、主君である俺が器の大きい所を見せるというのは、それはそれでいいかもしれん……あんなことを言ったのももしかしたら寂しかっただけかもしれんからな……ふん、なんだ可愛いやつだ……」
四四八の気持ちを勝手に捏造して最終的な結論に達する。
「ということは、今、柊のやつは自らの行いを後悔してひとり寂しく泣いているに違いない! ならばここで俺が言って許してやろうではないか!! そうすれば、柊は悔い改めて俺に忠誠を誓う……。っんは!! 流石は俺、西楚の覇王だな!!」
傍から見れば希望的観測も甚だしい思考論理だが、項羽は一切の矛盾を感じてはいないようだ。
妄想――と言ってもいいレベルの結果をもとに項羽は意気揚々と未だ校内に居るであろう四四八を探しに行くのだった。
―――――川神学園 校内―――――
四四八は校内を歩いていた。
「……ふぅ」
ため息が漏れる。
――流石に少し大人気なかったか、
そんなような事を考えていた。
相手はいうなれば生まれたての子供の様なものだ、記憶は共有しているらしいが人格は別の為、清楚の精神的な成長は項羽にまで影響はしていないようだ。
――実際のところは、清楚の影響が項羽にまったくないわけではない。四四八を項羽が気に入っているのも、清楚が四四八を意識していたから……という部分がある。しかしその辺の機微は流石に本人達にしか分からないので、四四八が気付くはずもないのだが……
所業自体は許されざるものだが、子供のやった事だと思えばもっと言い方はあったかもしれないな……などと、四四八は考え始めていた。そういう意味では項羽の妄想――あえて妄想と呼ぶが、もあながち間違ってはいなかったのだ。
そんなことを取りとめもなく考えていると、背中から声がかかる。
「おう、柊じゃないか。どうしたこんなところで」
百代だ、その声であたりを見回して初めて3年のクラスがある階にいることを認識する……項羽の事を考えていたから足が向いてしまったのかもしれない。
「お疲れ様です、川神先輩。ちょっと考え事をしてたもので……」
「ほう、周りが見えないほどに考え事とは柊にしては珍しい感じもするな」
「いや、面目ないです」
「はは、相変わらず真面目だねぇ。別にからかってるわけじゃないんだが……」
そんな当たり障りのない挨拶のあと、百代は思い出したように四四八に向き直る。
「そうだ……いい機会だから、宣言しておこう」
そう言って、四四八の瞳を真正面から見詰めて口を開く。
「柊、私はお前がこの川神に居る間にもう一度お前に挑戦しようと思っている。この前、柊が教えてくれた事を糧に柊のいる高みにもう一度挑戦する。いや、挑戦したい……受けてくれるか?」
その言葉を受け四四八は小さく口に笑みを浮かべると、
「その時は全力でお相手させていただきますよ。川神先輩」
四四八は軽く百代に笑いかける。
答えを聞いた百代も顔に爽やかな笑みを浮かべ礼を言う。
「ふふ、ありがとう。お前ならそう言ってくれると思ってたよ」
そう言って見つめ合う二人、
話している内容は非常に色気がないものだが、それを聞かなければなかなかにいい雰囲気に見える……
――そして、タイミングと言うものは大方悪い方に転がると相場が決まっていて……
「「――っ!!」」
殺気――といっても言いものを感じ四四八と百代はサッと左右に離れるように身を翻す。
すると、いましがた二人がいた空間に巨大な槍が突き刺ささってきた――方天画戟だ。
飛んできた槍の方を二人が向くと、投擲が終わった体勢で項羽が二人を睨みつけていた……うっすらとだが目に涙が浮かんでいる様にも見える。
「なんだなんだ? いきなり、随分荒っぽい挨拶じゃないか清楚ちゃん」
「そうですよ、まったくどういうつも……」
と、四四八が口を開きかけたとき、項羽の声が上がる。
「何だ貴様は!一人で寂しがっていると持って来てやれば、あろうことか武神なんぞとイチャイチャして! この浮気者がっ!!!」
「は、はぁ?」
あまりに想定外の項羽の返答に怒りも忘れて気のない返事をする四四八。
「武神も武神だ! 仲間の仇を討ちたいなら正々堂々くればいい! 俺の軍師を寝取ろうなどと……見損なったぞ!!!」
「お……おう?」
あまりに超理論に流石の百代もあっけにとられている。
「そうか……ようし、わかったぞ……柊……お前、俺の凄さをわかってないだろう……いいだろう、そこの泥棒猫を叩き潰して俺の偉大さを思い知らせてやるっ!!」
そしてサッと右手を挙げると、
「クラウディオっ!!」
九鬼の序列3位の名を呼ぶ。
その声に答えて初老の執事が音もなく現れる。
「お呼びですか?項羽様」
「クラウディオ、俺はこれから百代と戦う! かまわんなっ!!」
「はい、かしこまりました。昨日も『次は百代様』というふうな取り決めであったはずですので九鬼としては問題ありません、如何ですかな? 百代様」
そう言ってクラウディオは百代をチラリと見る。
予想外の展開にあっけにとられていた百代だが、事の成り行きを理解して顔を引き締める。
「この展開は想定外だが……いいぞ……私は問題ない。昨日の仲間達の落し前つけてもらわなきゃならないしな……理由がどうあれ清楚ちゃんとやれるのならかまわない」
「――決まりましたな」
クラウディオが頷く。
「いい度胸だ!! ほえ顔かくなよ!! 武神ッ!!!」
闘気を爆発させて項羽は百代を睨みつける。
「今は武神の看板は下ろしているんだが、まぁ良いや。昨日の仲間の分もたっぷりお返しさせてもらおうか……」
そんな凄まじい覇気を涼しい顔で受け流す百代。しかし瞳は同じく項羽を睨みつけている。
二人の視線が絡み合い、二人の間の空間だけが熱を帯びていっているようだ。
今にも爆発しそうな二人の横であまりの急展開に右手で眼鏡を抑え天を仰いでいる四四八。
西楚の覇王の覚醒2日目、
武神・川神百代との一戦が今、切って落とされる……
京極先輩のシーン入らないかなとも思ったんですが
個人的に好きなキャラなので絡めてみました
内容は完全に自分の趣味ですw
あと賭場のシーンはもっと書きたいなと思ってるので
別の機会にしっかり書こうと思ってます
お付き合い頂きましてありがとうございます