戦真館×川神学園 【本編完結】   作:おおがみしょーい

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川神邂逅編
第一話  ~鎌倉~


はっ、

はっ、

はっ、

 規則正しい呼吸を意識しながら、俺は日課のランニングをこなしている、

初めは戸惑った、「一般的な睡眠」というやつにも気がつけば日常として定着している、人間は慣れの生き物だと何かで聞いたことがあるが、まさにそのとおりかもしれない。

 

 ただ、同時に慣れないものもある。

 

 そう、俺達に残された能力(ユメ)のことだ。

 

 このランニングをする際、自分は手にある能力(ユメ)を使ってはいない、

が、仮に使ったらどうなるだろうか。

 おそらく今すぐオリンピックにでても世界記録で金メダルを獲得できるだろうし、さらに言うならそのままトラック競技に出ても各種目を総なめにできるだろう、これは自意識過剰な妄想などではなく、客観的な事実として戟法、そして循法を用いた強化はその水準、否、そのさらに上の水準まで身体能力を強化することが可能だ。

 

 現代(コチラ)では試してはいないが透の解法で重力を無効化できれば、漫画のように生身で空を飛ぶことすらおそらく可能であろう。解法の才の塊である栄光(はるみつ)あたりはやろうと思えば今すぐにでもできるのではないだろうか。

 

 だが、それに一体何の意味があるのだろうか、

 

 1ヶ月前――体感時間では既に1年近く前になるのだが、俺たちは図らずも『邯鄲の夢』へと足を踏み入れてしまった。

 その『邯鄲の夢』は足を踏み入れたら最後、現実世界で意識をなくした――つまり寝ついた瞬間にもう一つの世界である『邯鄲の夢』へ強制的に送られてしまう。

 『邯鄲の夢』は普遍無意識へとつながる回廊、故に、様々な時代の勢力が、様々な思惑のもと、様々な力を使い普遍無意識の奥底にある能力(ユメ)を現実世界に持ち帰るため覇をきそいあっている。夢の中だが、そこでの死は現実での死に当たる、現に、俺の母さんはそこで……。

 

 この平和な日本で、いきなり戦地のど真ん中に立たされてしまったようなもんだ。そんな危険な夢を寝るたびに経験する。そんな異常事態に足を踏み入れてしまった俺達7人はこの現状を打破すべく、朝に帰るという誓を立て、一丸となって悪夢へと立ち向かっていったのだ。

 

 そしていろいろな事――この程度の言葉では表せないほどにいろいろな事を乗り越えて、戦いに一応の終止符を打ち、現実の朝に帰って来ることができた。

 

 そして、今、現代の朝へと帰ってきた俺達が未だ夢の中での能力(ユメ)が使えるということはどういうことだろうか、俺達は『邯鄲の夢』を完全に攻略したということなのだろうか?

 

――否、そんなことはないはずだ。檀狩摩と最後の決着をつけた歩美の話を聞く限り、あの決着が『邯鄲の夢』の決着になったとは思えないし、事実、狩摩自身が自分は負けてないと言ったのだ。

 

 だが同時に「今回はこれで終わり」とも言っていた。

 

 死に間際の負け惜しみだと切ってすても良さそうなものだが、なにせあの壇狩摩の言動だ、無視するにはあまりにアクが強すぎる。

 

 自称――盤面不敗。

 

 曰く――盲打ち。

 

 狩摩の言動は徹頭徹尾、意味が不明だが、意味がなかったこともない。

 だから、狩魔がこれで終わりじゃないということを否定しなかったのなら、本当にあれが決着ではないのだろう。

 そして同時に「今回はこれで終わり」とも言っているのであれば、またそれも、事実なのだろう。今俺たちが現代の朝に帰ってきていて、もう『邯鄲の夢』に入ることができなくなっている現状を鑑みれば、「今回は終わり」ということも実感もできるというものだ。

 

 つまりまとめてみると「今回の戦真館7人と檀狩摩との決着はついた、だが、『邯鄲の夢』そのものの決着は未だついてない」ということになるのだろう。

 

 だからこそ、不可解だ。何故俺達はこの現代で能力(ユメ)が使えるのだろうか。

 

 現代での能力(ユメ)の獲得は、『邯鄲の夢』の攻略者に与えられる景品だったはずだ。『邯鄲の夢』を完全攻略していない俺達が使える道理がない。

 

 だからこそ、そう、だからこそ、不可解なのだ。何故俺達は今、能力(ユメ)を持っているのか。

 

 考えれば考えるほど、わからない。

 

 もっというならば薄気味悪い。

 

 さらに言葉を重ねるなら、不安なのだ。

 

 現代で能力(ユメ)を持っているという現状が、また、あの『邯鄲の夢』(あくむ)への通行手形になるのではないか……と。

 

 だから、現在、俺達は暗黙の了解として能力(ユメ)を封印している。

 

 能力の封印に関しては協定や約束事をしたわけではない、むしろ「能力(ユメ)の使用は各個人に任せる」という約束事を帰ってきてそうそう仲間と話し合って決めた。

 

 それでも皆、示し合わせたように能力(ユメ)を表立っては使っていない。おそらく全員が同じ思い――不安を抱いているのだ。

 

 正直、「臭いものには蓋」という感じで甚だ不本意だし、これがなにかの対策になっているともまるで思えないのだが、こうするよりほかの選択肢を現状見いだせていない。

 

 帰ってきてしばらくした時に栄光(はるみつ)が、

「前はなんかこう、厨二的な力が欲しいぜ!とか思ってたけどよ。いざ手に入ってみると、なんだ……使いどころがまるでねぇっうか、あっても困るっつうか、微妙だな……」

と言っていたが、まったくもって同感だ。

 

 この現代でこの能力(ユメ)とどう向き合っていけばいいのだろうか、俺も含めた全員がこの能力(ユメ)を持て余している。

 

 そんなモヤモヤを抱えながら日課のランニングを終えて、千信館へ行く準備をしながら半ば強制的に意識を日常へと切り替えていく。

 

 だが、その日常の象徴である千信館で俺達の進むべき道を見つけるための新たな出会い、その切っ掛けが待っているとは、その時、俺は知る由もなかった。

 

 

―――――鎌倉 千信館―――――

 

 

「学生交流……ですか?」

 

 登校早々、いつもと同じようにジャージにサンダルという今日日、男性の体育教師ですらそうはしないであろうと思われる服装の芦角先生に呼び出された俺と世良はそんな予想外の言葉を渡された。

 

「そそ、ここ最近はちょっと疎遠になってたんだが、向こうさんがこの頃、外部の学生との交流を重視してるみたいでな、それでかつて交流もあり同じ県下で、しかも同じく文武両道を校風とする、千信館(ウチ)に白羽の矢が立ったわけ」

 その話を聞いて、隣にいた水希が不思議そうに花恵にきく。

「ねぇ、ハナちゃん。学生交流はわかったけど、それが何で私たちなの?柊くんは千信館の当代筆頭だからまぁ、当然として他の人たちはどういう……」

 その言葉に少々言いにくそうにしながら、

「まぁ、正直、柊以外は誰でもいいっちゃ誰でもいいんだけど、ほら、お前らあれだろ……修学旅行さ……」

と、言う――察してくれよと目が言っていた。

 

「あっ……」

 

 そう、俺達は学生生活最大のイベントである修学旅行を、『邯鄲の夢』おかげで半分フイにしてしまったのである。その時には、ここにいる芦角先生をはじめとする千信館の先生方には多大な迷惑をかけてしまったのだが。

 しかし、そんなことは構わず、修学旅行の代わりに、学生交流で他校へ行って交流してこいと言ってくれている。服装からは想像もできないような教師としての心配りに俺は頭を下げて感謝の意を示す、となりを見れば世良も同じく頭を下げている。

 

「お気遣いありがとうございます。芦角先生。」

「ハナちゃん、ありがと!」

「まぁ、あんまり気にすんな。てか、この7人なら、私が何もしなくても柊が責任もって引率してくれるだろうしな」

 

「……」

「……ハナちゃん、もしかしてそれが理由なんじゃ」

 

「い、いやいや、そんなことないぞ。私はお前たちにことを思ってだな……あっ!でも、勘違いすんなよ。何度も何度も言ってるがお前らみたいなジャリが、恋だの愛だの10年はえぇから、これを機に「他校の異性とラブロマンス♡」とか期待すんじゃねぇぞ!だいたい、今の若いもんは――」

 

「芦角先生!わかった――わかりましたから、とにかく他の連中にも俺から伝えておきますから、今後の予定と注意事項を教えてください」

「……ハナちゃん、これさえなきゃいい先生んだけどなぁ」

 世良がこぼした言葉に、残念ながら全面的に同意せざるを得ない。

 

「お、そうか。んじゃ、直近の予定だけど。1週間後に向こうの中間試験と同じ問題を入試試験と称して受けてもらう。点数はクラス分けの指標になるから手抜くんじゃねぇぞ。それから、あまりに悪かったら学生交流自体お流れになる可能性もあるから、龍辺や特に大杉あたりの面倒はよく見とけよ」

 

「了解しました」

 1週間か……いまから歩美と栄光には睡眠という言葉を忘れてもらわなければならないな……

「うわ……柊くんの眼鏡がキランってなってるよ……歩美と大杉くん、ご愁傷様だなぁ」

 

「向こうに行くのは、さらにその一週間後だ。通える距離かもしれないが、おそらく向こうに期間中は滞在することになるだろうから、そのつもりでいろよ。向こうに行くまでは学校とは私が話しておくけど、向こうに行ったら柊、お前がテキトーに調整してくれればいい。取り敢えず、こんなとこだがなにかほかに聞きたいことはあるか?」

 

「いえ、大丈夫です」

「OK。んじゃ、ほかの連中への連絡は頼むは、お疲れ~」

「失礼します」

「ハナちゃんじゃ~ね~」

 

 職員室からの道すがら、待ちきれないという感じで世良が話しかけてきた。

 

「ね、ね、楽しみだね!どんなとこかな?どんな人たちがいるんだろ?噂じゃ凄いトコみたいだけど」

「なんだよ、世良、子供みたいだぞ」

「なによ、い~じゃない、そうやって全部上から目線でクールに構えてると、ノリが悪いヤツってかんじで乗り遅れるんだから」

 俺のツッコミに世良は頬をふくらませて反論する。

 おまえ俺より2歳年上だろうに……

 

「悪かったな、これが素なんだよ。でも確かに楽しみではあるな」

「でしょ、最近いろいろあったから……さ。気分転換にもなるし」

「――そうだな」

 

 ああ、そうだ、世良の言うとおりだ。せっかくの修学旅行のリベンジだ、楽しまなければ損というものだろう。

 

「どんなとこかな」

「どんなとこなんだろうな」

 

「「――川神学園」」

 

 




いまだ、川神にたどり着けず・・・
次の回から舞台は川神になる予定です

お読みいただいてありがとうございます。

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