はっ、
はっ、
はっ、
はっ、
規則正しい呼吸を意識しながら、四四八は川沿いのいつものランニングコースを走っていた。
休日の早朝、空は清々しい秋晴れだ。休日専門のランナーだろうか、いつもよりもランニングをしている人間も多いように見える。
四四八はいつものように走りながら思考を巡らせる。考えるのは、もっぱら昨晩の出来ごとだ。
冬馬と大和との会食と、武神・川神百代との邂逅。
特に百代との邂逅は四四八に強い印象に残している。
なぜなら、昨日四四八が見た川神百代の欲求が似ていたのだ――川神百代の戦闘衝動、対決願望、快楽主義その全てが仲間の3人を死の淵へと追いやり、自身の手で決着をつけた神祇省の鬼の一人――怪士(アヤカシ)に……
怪士(アヤカシ)は、身に付けた武術、体術、殺人術をふるう機会を奪われ、そのために自身が持つ戦闘欲求、殺人欲求、快楽主義が肥大化をして最終的に神祇省の駒となった哀れな拳士の慣れの果てである。
怪士(アヤカシ)は自らの技を使う事を切望し、対戦相手を打ち倒すことを熱望し、その相手の命を奪う事を渇望していた。
現状の川神百代の行きつく先が怪士(アヤカシ)ではないという保証はどこにもない。
だが、今の彼女には怪士(アヤカシ)とは違い仲間がいる、頼りになる保護者がいる、
怪士(アヤカシ)と同じ道にいくとも限らない。
そして同時に、これは百代自身の人生に関わる問題でもある、自分の様なたまたま居合わせただけの人間が首を突っ込んでいい問題なのかという部分もある。
かといってこのままと言う訳にも……
このような堂々巡りの思考を繰り返していると、いつの間にかいつも走っているコースからハズレ、川神市の中心へと足を伸ばしていた。
「ここは……川神院か……」
見慣れた建物を目にし止まってみる。
もしかしたら百代のことを考えていたので、無意識の内にこちらの方に足が向いてしまったのかもしれない、しかし、だからと言って今ここで何ができるわけでもない。しょうがないので、寮に戻ろうとしたとき。
「柊!柊じゃないか!」
川神院の入口の方から声がかけられた、誰かと思いそちらに目を向けると、道着姿の百代が立っていた。朝の稽古のあとだろうか、ほんのりと全身が上気している。
「どうしたんだ、こんなところで?」
「おはようございます、川神先輩。日課のランニングをしてたのですが、休日なんで少し足を伸ばしてみたんです」
「そうか……」
そのあと、今更気付いたようにバツの悪そうな顔をして、目をそらしながら、
「なあ、昨日は……その……悪かったな、少し虫の居所が悪かったんだ。あのあとジジィと大和にこっぴどく怒られたよ」
と、謝罪の言葉を口にした。
「はは、それは災難でしたね。いえ、こちらこそ無礼な対応失礼しました」
その言葉に四四八も口をほころばせて答える。
「それにしても、私の目に狂いはなかったな。柊やはりお前は強い――そうだろ」
「自分自身がどのくらい強いかというのを客観的に見たことはありません、ただ、強く有りたい、とは思ってますが」
「なんだ、受け答えが優等生だなー、つまらんぞ」
「よくいわれます」
そんな会話を軽くしているとき、四四八は思った。
これはチャンスなんじゃないか、自分たちが抱えている能力(ユメ)に対する畏れ、百代が自身の持つ能力に対する見解を知れば何か見えるかもしれない……
「川神先輩、一つよろしいですか?」
「なんだ?スリーサイズなら大和を通したほうが早いぞ」
「……違いますよ。川神先輩は自身のもつ能力……才能でもいいです、どう思っていらっしゃいますか?」
「どう思ってる、とは漠然としてるな」
「ああ、そうですね、スミマセン。失礼なことを聞くかもしれませんが……その能力、才能を疎ましく思ったことはありませんか?」
「ない」
「一度も?」
「ああ、一度も」
百代の答えは明確だった。
「何故、と聞いてもよろしいですか?」
「何故、と言われてもな……せっかく親から――もしかしたらジジイからかもしれないが、からもらった力だ使わないのはもったいないだろう?」
「それはそうかもしれませんが、それによって弊害もあるのではないですか」
「まぁ、あるかもしれんが、そんなもんは考えたってしょうがない。というか私はこの力がないということを知らないからな。この力をもっているのが川神百代だ、それを以外にはなれん」
それはいきなり能力(ユメ)を持った四四八には思い至らなかった思考だ、
どんなに忌むべきものでも、己が持っているのならば、それは能力(ユメ)をひっくるめて柊四四八だ。それを否定することは、自身の否定にほかならない。
しかも、自分たちはこの能力(ユメ)によって、あの『邯鄲』より生き抜いてこれたのだ、無事に帰ってきたからもういらないとは、それは確かに不義理がすぎる。
「あと、これはジジイの受け売りだが、持ってるものしっかり理解してないと、いざって時に使えなくなるらしい、その理解するというのがよくわからんが……まぁ、そのいざって時は私には来る気配がないがなー」
しかし、四四八は百代の言葉の後半は聞いてなかった。
『持っているものを理解し、いざという時使う』
『いざというとき』――そうだ、そうだ、何を惚けているんだ柊四四八。
自分たちで認識してるじゃないか、『もしかしたら邯鄲の夢はまだ終わってないのではないか』と。
ならば、惚けて止まっていていいのか。
良いわけがない。
もし、また今度いきなり『邯鄲の夢』に呼び出されたとき、
「今と同じままの自分たち」で生きて帰れる保証などどこにもない。
ならばどうするのか、鍛えるしかないではないか。備えるしかないではないか。
いま現状、能力(ユメ)が自らの手にあるならば、
それを使い、体を鍛え、技を鍛えそして心を鍛え、いつなんとき我らの宿敵、『邯鄲の夢』が目の前に現れようと対処できるようにするのが戦の真のはずだ。
今ある能力(ユメ)は呪いじゃない、武器だ。
武器ならば使うものだ。縋るものでも、抱くものでも、ましてや端に置きざるものでは断じてない。
この能力(ユメ)を受け入れ、理解し、手に持ち、心を入れて自らの意思をもって振るい、より高みを目指す。自らを守るため、仲間を守るため、大事な人を守るため……それが今、自分たちが心に刻むべき戦の真なのではないか。
「おい、どうした?いきなり黙ったりして、なんなんだ?」
「あっ!失礼しました、少し考え事を……川神先輩、大変参考になりました。本当にありがとうございます!」
直立不動の体勢をつくり、腰が直角になるほどのお辞儀をする四四八をみて。
「お、おい、なんなんだよ、変な奴だな」
百代は面食らっていた。
「ああ、そういえば――」
我に返った百代が再び話しだした。
「さっき柊が言った弊害、あるな。この退屈がそうだった」
心底つまらないという風に百代が言う。
「どんなに鍛錬しても、この力を思う存分使うことはない。はっきり言ってつまらない!ならば何故身につけなければならない!無駄だろう?」
「さきほど、川神先輩がいった、いざという時のため、じゃないのですか?」
「それを言ったのはジジイだ。さっきも言ったが、そのいざってヤツが私には起きる気配が全くない。是非とも味わってみたいもんだな『いざ』ってやつを」
それを聞いて四四八は理解した。
そうかこの人は『敗北』をしたことがないのだ。
敗北とはただの負けではない。敗(ま)けて北(に)げる。という意味だ。
大切なものを目の前で奪われ、その仇もうてず、仲間は蹂躙され、自らの無力さに涙する。そんな艱難辛苦を目の前に逃げず、歯を食いしばって前を向く。そうして人は成長していくのではないだろうか。事実、自分たちはそうだったし、そうしてきた。
故に川神百代の本当の意味での成長は止まっているのかもしれない。
自らの成長が自覚できないがために、日々が退屈で、つまらなく、欲求ばかりが溜まっていっているのであろう。
「なぁ、柊……おまえ、私の『いざ』ってヤツに挑戦してみる気はないか?」
「……俺が、ですか?」
「あぁ、おまえなら、私の『いざ』になってくれる……そう、思ってるんだがな」
そういって百代は四四八の瞳を覗き込む。
川神百代は今、悩んでいた四四八に進むべき道のヒントをくれた。
そして、今、川神百代は自覚はないが道に迷っている――四四八は、その道に迷った先に己を失った哀れな拳士の末路を知っている。
自らと戦うことでその暗闇から抜け出す手助けができるなら、やるべきではないのか。
直江大和という新しい友人が悲しまぬよう手を打てるなら、やるべきではないのか。
友のために戦うならば、是非もない――
すぅっ、と小さく深呼吸をして、四四八は百代を正面から見据えていった。
「……わかりました」
「柊四四八――川神百代先輩の挑戦、謹んでお受けいたします――」
戦真館と川神学園の頂上対決が今ここに決定した……
四四八と百代がようやく戦ってくれますw
対決までの流れが違和感なくかけてたらいいなぁと思ってるのですが……
能力(ユメ)を受け入れた四四八と武神・川神百代の対決は次回以降となります
お付き合い頂きましてありがとうございます。