「やれやれ……随分と早い起訴だこと」
デスクに座りながら大きなため息をついた零子の顔には呆れた様子が滲み出ていた。
現在事務所には凛と零子しかおらず、二人はコーヒーを飲みながら話をしている最中だった。
杏夏は零子が注文した弾丸を作るために自宅にこもっているし、摩那と美冬、夏世は勉強だ。焔と翠は隠密中だし、木更はショックを受けてしまったためか今は零子の部屋で眠らせている。
「それで、蓮太郎くんの様子はどうだった?」
「毅然としてましたよ。取り乱した様子もありませんでした。でも、流石に堪えてるみたいでしたけど」
「だろうな。何もやっていないのに罪に問われるのはつらいだろう。一刻も早く彼の無実を証明してやりたいのは山々だが……まだ決定的な証拠がない。
焔ちゃんの調査からして櫃間篤郎が関わっているのは間違いないだろう。それに可能性としては彼の父親、警視総監の櫃間正もクロだろうな。奴等が警察組織じゃなかったら適当に拷問して吐かせてやるのもありだったんだが」
「拷問て……」
零子の若干過激な発言に凛は少々苦い顔をするが、零子はいたって普通な顔をしている。
「爪の何枚でも剥がしてやれば結構簡単にはいてくれそうなものだがね。いや、ここは石抱でもさせるべきか……」
「拷問は置いておいて今はどうするべきですかね。表立って動けば今度はウチが狙われる可能性は大です」
「ああ、だから裏で動くのは当たり前なんだが……さっき金本警部から連絡があったが、明日蓮太郎くんは聖居へ連れて行かれるそうだ。おそらく聖天子様に民警ライセンスを返還するんだろうさ」
「そうなれば、延珠ちゃんは……」
「二度と彼とは会えなくなる。そればかりかいずれティナちゃんも発見されて延珠ちゃんはIISOに、ティナちゃんは処刑。天童民間警備会社は運用できなくなり、木更ちゃんの支えであるはずの蓮太郎くんは牢屋の中。そして仲間を失い茫然自失となった木更ちゃんに、優しく手を差し伸べて彼女を自分の良いように利用するのが櫃間の狙いなんだろう。まったく反吐が出るね、外道共の考え方っていうのは」
肩を竦め苛立ちを露にしながら零子が言うと、凛も眉間に皺を寄せて小さく息をつくと、見合いの席で木更にキスを迫っていた櫃間を思い出して吐き気がするのを感じた。
「まぁあの男に相応の報いを受けさせるとして、どうするべきでしょうかね?」
「理想としては裁判の最中に決定的証拠を全て押さえて弁護側に提出するのが一番良いのだろうが、なんだかそれさえも握りつぶされそうだしな」
「もしそうなった場合は?」
凛が聞くと零子はカップをデスクに置いて彼のほうを片目で見据えながら静かに告げた。
「実力行使だ。蓮太郎くんを拘置所から連れ出し、救出する。まぁどうせその時に出てくるだろう、『ダークストーカー』とやら達が。君的にどうだ? 勝てる見込みとかはあるのか?」
「勝てない事はないと思いますけど、あちらがどう出るのかにもよりますね」
「そうか……しかし、一つだけいえる事は殺さずに無力化なんてあまっちょろいことは考えない方が良いな」
「そうですね、じゃあそろそろ僕はいったん実家に戻って延珠ちゃんたちの様子を見てきます」
「ああ、木更ちゃんは任せておけ」
零子は軽く手を振り、凛は会釈をしたあと一階まで駆け下りるとそのままバイクに跨って実家へ急いだ。
窓から凛が行ったのをかくにんした零子はスマホを取り出して金本に連絡を取った。
「もしもし、金本警部?」
『どうも、黒崎さん。すみません、俺の力不足でした。まさかここまで彼の起訴が早いなんて』
「いえいえ、それは仕方のないことですわ。でも一つ貴方にお願いがあるのですけどよろしいかしら?」
『お願いですか? なんでしょう?』
「水原鬼八くんの遺留品を一つ持って来て下さいませんか? なんだったら破片でも結構です。とにかく彼の匂いが染み付いているようなものがあればなんでも」
零子の頼みごとに金本は電話越しで「うーん」と唸るが、すこしすると返答した。
『……わかりました。鑑識に親しいヤツがいるんで、何とか頼んでみます。また後で連絡差し上げます』
「はい。無理を言って申し訳ありません」
『いえ、俺も里見くんを救いたいですから。それでは』
金本が通話をき切り、零子もスマホを放るとパソコンを操作し始めた。
実家前でバイクを停めて硬く閉ざされた門の前に立つと、凛はくぐり戸を軽くノックした。すると、その向こうから聞き知った声が聞こえた。
「どちら様ですかー?」
「僕だよ」
「凛か、じゃあ私の好きなアイスの味は?」
「チョコミント」
凛が答えるとくぐり戸が小さな音を立てて開き、中から摩那がひょっこりと顔を出した。
「大正解、さすが私の相棒」
「ありがとう。二人の様子は?」
凛は問いながら中に入り摩那に問うと、摩那は凛の先を歩きながら延珠とティナの様子を語る。
「今のところは落ち着いてるけど……やっぱり蓮太郎のことが心配なんだろうねぇ」
「今日の朝言った事は教えた?」
「ううん、言ってないよ。というか今延珠にそんなこと言ったら飛び出して行っちゃいそうだもん。あ、夏世と美冬は小さい子達の面倒を見てるから」
摩那が指差しながら告げ、凛も彼女が差した先を見ると五、六歳の少女達の面倒を見ている夏世と美冬の姿があった。
二人は凛に気がつくと軽く手を振り、凛も手を振り返す。
摩那に続きながら母屋に入ると、居間では延珠とティナが陰鬱な表情で座っていた。
その前には腕を組んで胡坐をかき、難しい表情をした時江も座っていた。
「ばあちゃん」
凛が声をかけると時江はちらりとそちらを見やった後に彼に問う。
「凛、蓮太郎くんの様子はどうだい?」
「芳しくないね、このまま行くと明日にはニュースが流れ始めると思うよ」
するとその声を聞いていた延珠がスッと立ち上がって、凛の横を通り過ぎようとした。
しかし、彼女の細腕を凛が掴んでそれをやめさせた。
「待って。何処に行く気だい?」
「決まってる……蓮太郎のところにだ」
「ダメだ。今は君を行かせるわけにはいかない」
凛が言うと、延珠はギリッと音がするほど歯を噛み締め、彼の手を乱雑に振り払った。
それに驚いた様子を見せたのはティナだけであったが、次の瞬間、延珠は大きく床を蹴って縁側から外に飛び出した。
彼女を追って凛も外に飛び出すと、凛と延珠は真っ向から対峙した。
「うそつき……」
延珠は静かに呟いた。その声には何処にぶつけていいかわからない怒りと、相棒を救えない悲しみが入り混じっていた。
「凛は言ったではないか! すぐに蓮太郎を助け出してくれるって!! なのに何で蓮太郎が悪者扱いのままなのだ!?」
「……」
彼女の悲しい叫びに凛は答えない。ただ沈黙を表すのみだ。
延珠の我慢はもう限界をとっくに突破していたのだ。それもそうだろう、自分の大切な相棒が殺人の容疑をかけられ、ずっと拘留され続けているのだ。我慢できないのも無理はない。
しかし、それ以上に彼女を憤慨させていたのは凛が必ず蓮太郎を救うと言った事にあった。
彼女自身、凛の強さが尋常ではないと関東会戦の時で十二分に理解している。だからこそ、それだけの強さがあるのに蓮太郎を救ってくれないのかという八つ当たりにも似た怒りが今の彼女を体現していた。
「それに関しては僕から言える事は一つだけ……。君を行かせるわけにはいかない」
「ッ!!」
言われた瞬間、延珠は地面が抉れるほど地を蹴り一瞬で凛に肉薄した。
「延珠さん!!」
ティナが焦った声を漏らすが、延珠は止まることなく凛に蹴りを放った。既に彼女の双眸は赤熱し真っ赤に燃え上がっており、その蹴りが容赦のないものだとその場にいた全員が理解できた。
普通であれば延珠の凄まじい威力と速度の蹴りが凛に叩き込まれ、そこですぐに終了だと誰もが思うだろう。けれど、凛は違った。
彼はいたって冷静に半歩後ろに下がると寸での所で延珠の蹴りを回避する。ギリギリでよけたためか服の一部が少しだけ削れたが、身体の方にダメージはない。
しかし、一度避けられたからといって延珠が攻撃の手を休めるはずがなく、彼女は凛の鳩尾を狙って蹴りを叩き込もうとする。
が、凛はそれをターンするように避けると延珠の足を右手で掴み、そのまま引き寄せると彼女の胸に掌底を軽く打ち込んだ。
「カハッ!?」
肺の中に入っていた空気が一気に吐き出され、延珠は苦しげに顔を歪めるが、次に顔を上げた瞬間、凛の姿は既に目の前から消失していた。
いなくなった彼を探そうと顔を動かしたが、その瞬間、自身の背後に気配があることを感じ取り、延珠は空中で無理やり身体を反転させようとした。だが、そう行動しようとした時に、彼女の首筋に鋭い痛みが走り、延珠は意識が薄れるのを感じた。
視界が掠れ、意識が遠のいていく中延珠は凛を見上げた。
彼はとても悲しげな目をしており、表情も硬かった。そして、完全に意識がなくなる瞬間、延珠は彼の口が「ごめんね」と動いたのを見た。
延珠が完全に地面に落ちる前に凛は彼女を抱き上げると、彼女を抱き上げたまま縁側まで運ぶとそのまま寝かせた。
「断風さん、延珠さんは?」
「大丈夫、軽い当身だから。一時間もしないうちに目が覚めるよ。それよりもごめんね、君達を守る側の僕がこんなことをして」
「いいえ、ああでもしないと延珠さんは止まらなかったと思いますから、しょうがなかったと思います」
駆け寄ってきたティナが柔和な笑みを浮かべて言うと、凛も小さく頷き「ありがとう」と短く言った。
するとそれを見ていた時江が延珠を抱き上げて凛に言った。
「延珠ちゃんも自分が何も出来ないから悔しくてたまらなかったんだろう。それにこんな小さな子にいつまでも我慢が効く筈もない」
「うん、でも延珠ちゃんを苦しめてしまったのは僕の無責任な約束のせいでもある。だから、絶対に蓮太郎くんを救い出すよ」
凛の力強い言葉に時江は静かに頷き、ティナは彼の手を握って「お願いします」と頭をさげた。
ティナの頼みに凛は了解すると摩那を呼んで彼女と話し合う。
「摩那、明日蓮太郎くんが聖居に護送される。その帰り際を狙うよ?」
「襲うの?」
「そうだね。彼をいったんこちらに移しておいた方が延珠ちゃんも精神的に楽になるだろうし」
「まっ、凛が決めたならいいけどさ。そうなると私達も警察に追われることになるんだねぇ」
「見られなければ平気だよ」
「それけっこー悪いよね?」
摩那が呆れたように言うが、凛は表情を変えずに、護送車を襲撃することを零子達に報告するために実家を後にした。
東京エリアの一等地に建つ櫃間邸の屋根の上は焔と翠がいた。
「確か今の時間は櫃間篤郎と櫃間正は警視庁で、奥方は友人のホームパーティに出席中だったっけ?」
「はい、現在邸宅には誰もいません」
「よし、それじゃあパパッと入って仕事を終わりにしようか」
焔は大きく伸びをした後、邸宅の天窓を外して邸宅内へ音もなく侵入した。監視カメラは外にしかついていなかった為、室内の活動は容易だが細心の注意が必要だ。
「えーっと、櫃間篤郎の部屋は……」
音を立てずに滑るように移動していく焔と、彼女とは逆方向に進んでいく翠は手分けをして櫃間篤郎の私室を探す。
数分後、翠が小さな声で焔に告げた。
「焔さん。ここではないでしょうか?」
翠に呼ばれて焔も彼女の元までやってくると、翠が見つけた室内を見回した。室内は高級そうな木材で作られた本棚や、そこに飾られているトロフィーや賞状があった。
賞状を見ると受賞者が櫃間篤郎とあり、ここが彼の部屋だと物語っていた。
「ビンゴだね。ありがと、翠。赤外線は……なさそうだね。まぁ警視総監の家に侵入しようなんてやからがいないんだから当たり前か。それじゃあターゲットが帰ってくる前にパソコンからデータ抜き出しちゃおう」
「はい」
二人は慎重に室内に入り、パソコンの元まで駆け寄ると焔はパソコンの電源を入れ、翠は焔側のパソコンの電源を入れた。
やがてパソコンに待機画面が表示され、焔はUSBを接続。翠もUSBを接続した。
「これで後はパスワードを自動的に読み取るから……大体二、三分待つかな」
既に焔のパソコンの方には最初のパスワードが表示され始めており、それらは合計で八桁あった。
「とりあえずこれが終わるまで周囲を警戒して……ん?」
焔が言いながら室内を見回すと、賞状が入っている額の端から何か白い封筒のような目に入った。
「なんだろこれ」
皮手袋をつけたまま封筒を取ると、封筒はそれなりの重さがあった。特に警戒することなく中身を出すと、それは写真だった。しかし、その写真をみた瞬間、焔の顔がヒクついた。
それを見た翠は何事かと彼女が手にしている写真を除きこむと、彼女は顔をしかめた。
「これって……天童社長の写真ですよね?」
「だね。しかも全部視線が合ってないってことから隠し撮りで間違いないね。典型的なストーカーだよ。あーキモキモ」
焔は寒気がしたのか写真を元通りの順に並べて封筒に戻し、元の位置に戻した。
「でも結構近いのもありましたけど……櫃間篤郎が撮ったんでしょうか?」
「それはないでしょ、多分適当に依頼したんだろうね。っと、そろそろパスワードが割り出せたかなっと」
焔は翠に答えつつパソコンの様子を見に行くと、案の定パスワードが割り出されていつでも櫃間のパソコンを開ける状態になっていた。
不適に微笑みながらパスワードを打ち終え、櫃間のパソコンを立ち上げると、数秒後今度は彼のパソコン内のハードディスクを読み取り、コピーが開始された。
「これでパソコンの中に入ってるデータが引き出せるんですか?」
「そだよー。知られたくない性癖やらエッチな動画やら、エッチなゲームやら、エッチな画像もなんでもかんでも引き出せちゃうの。この調子だとあと五分ってところかな」
時計を確認し、焔はまたしても室内を物色し始めた。だが、そのまま特にめぼしいものが発見できずに四分ほどが経過していた。コピーの状態も九十パーセントあたりまで達しており、終わるのは目前だった。
だがそのあと少しというところで翠が猫耳をピクンと上げた。同時に顔にも緊張が走った。
「焔さん、誰かが帰ってきました」
「ゲッ……このタイミングで帰ってくるとか……ミッ○ョンインポッシブ○じゃないんだからさ。○ム・ク○ーズみたいに天井から吊ってればまだしもなぁ」
言いながらパソコンの画面に視線を落とすと、完了するまであと三十秒とあった。
……車庫に入れて来るんだったら最低でも四十秒ある。あと三十秒で読み取りが終わってすぐに抜けば十秒の余裕がある。十秒あれば翠に担いでもらって逃げ出す事は可能。まぁそれは櫃間篤郎だった場合なんだけど。
そんなことを考えているうちにカウントは二十秒になった。しかし、二人の緊張は最高潮に達している。
いつドアノブが動くのかと心臓が脈打ちを早くするばかりだ。けれど、二人の心配は杞憂に終わることとなる。
『いやだわ私ったら携帯電話を忘れちゃうなんて』
おっとりとした声は一階から聞こえた。どうやら櫃間の母が帰ってきたようだ。言動から察するに友人宅に遊びに行く途中で携帯電話を忘れてしまったのを思い出して取りに戻ったのだろう。
二人はそれに安堵し、ホッと胸を撫で下ろした。やがて奥方は携帯が見つかったのか玄関を閉めて出て行った。
「あー……冷や汗かいた」
「はい、私もです」
二人の額には汗が滲んでおり、それだけ緊張していたのだと物語っていた。そして再度焔がパソコンに目を落とすと既にコピーは完了していた。
「よし……そんじゃ、さっさとこんなところはおさらばしてお風呂入りに行こう。嫌な汗かいちゃった」
「そうですね」
二人は苦笑いを浮かべると室内を元通りにして入ってきた天窓から外に出て、櫃間邸を後にした。
実家から事務所に戻った凛は零子に明日行うことを話した。
「そうか延珠ちゃんが……」
「ええ、僕のミスです。なので一刻も早く蓮太郎くんと彼女を引き合わせるために明日、護送車を襲撃します」
凛は言うと、懐から綺麗に折りたたまれた紙を出した。そこには『退職届』とかかれていた。
「何のつもりだ?」
「もし僕が襲撃したとばれれば、こちらにも迷惑がかかります。だから……」
「だから辞めていた方が私達に迷惑がかからないと? フン、全くバカも休み休み言えよ凛」
零子は鋭い眼光で凛を睨むと、辞表をつまみ右下からライターを近づけて火をつけた。
見る見るうちに辞表は黒くなり、最終的に零子はそれを灰皿に放った。凛がそれに一瞬驚いていると、次の瞬間彼の脳天に軽めのチョップが当てられた。
「いいか? 私たちとて、もうこの事件に無関係なわけじゃないんだ。既に軽く片足以上は突っ込んでいる状態だ。君はそれをここでやめにしろというのか? 私はお断りだ。一度やり始めたら最後まで貫く、それが私達だ」
「零子さん……」
「フン、昼に言った事は撤回する。蓮太郎くんを救出するのは明日に変更だ。メンバーは君と摩那ちゃんで十分だろう。顔を見られないようにこれをつけていけ」
言いながらデスクの一番下の引き出しから彼女が出したのは、摩那達がよくみている天誅ガールズのお面だった。
「何処で買ったんですか?」
「祭りで売ってた。夏世ちゃんがなんやかんやで欲しそうにしてたし、こんなこともあろうかと買ってみたんだ」
「まぁ時間は夜みたいですからお面も必要ないかと思いますけど、一応持っていたほうが良いですね。借りていきます」
凛はお面を受け取るが、そこで事務所の扉が開いた。
「ただいま戻りましたー」
「ただいまです」
入ってきたのは焔と翠だった。彼女等はなぜか髪が湿っており、頬もどこか赤かった。しかし、近くにやってきた彼女達からシャンプーとボディソープの香りがしたため、何処で風呂に入ってきたのだということがわかった。
「おかえり、お風呂行ってきたの?」
「はい。ちょっと潜入先で嫌な汗をかいちゃったんで。ねっ、翠」
「すごい緊張感でしたからね……」
二人は苦笑いを浮かべたが、すぐに真剣な表情に戻ると、焔はリュックからパソコンを取り出して零子に差し出した。
「零子さん、櫃間篤郎のパソコンのデータを抽出しました。調べていただけますか?」
「さすが隠密、仕事が速い。助かるよ」
パソコンを受け取ると、零子はすぐさまデータを自身のパソコンに移し始めた。
「そいえば木更ちゃんはまだ寝てますか?」
「もう起きてくる頃だと思うぞ。ホラ」
凛の問いに凛が振り向くと、木更が毅然とした表情で事務所の入り口に立っていた。
「お騒がせしました」
深々と頭を下げる彼女だが、零子はそれに肩を竦めてみせる。
「礼なんてやめろ、困った時はお互い様だ。っと、そうだった忘れるところだった」
彼女は思いだしたようにデスクの引き出しを開けると、中に布が入った二つの袋を取り出して四人に見せた。
「これは?」
焔が問うと、彼女は頷いてから説明を始めた。
「これは殺された水原くんが着ていた服だ。まぁこれは切れ端だがね、警察機関のある人が持ってきてくれたんだよ。で、これを使って何をするのかと言うと――」
「匂いを辿るんですね?」
言葉を遮るようにいったのは以外や以外、翠だった。彼女は小さく笑みを浮かべると、零子の代行をするように告げた。
「私と摩那さんは特に嗅覚が優れていますから、その水原さんの服の匂いを辿って彼の自宅に行くと言うことですよね?」
「ご名答だ。そう君と摩那ちゃんにはそれをやってもらいたいんだ。まるで警察犬のように扱ってしまって悪いんだが、やってもらえるかい?」
一度頭を下げて言うと、翠はそれに対して文句を一切言うことなく頷いた。
「それぐらいお安い御用です。私が動くことで里見さんが救えるならなんだってします」
「翠ちゃん……」
彼女の誠意ある言葉に木更は瞳を潤ませると、「ありがとう」と頭を下げた。
「それじゃあこっちは僕が摩那に渡してみます」
「ああ、頼んだ。それと、今日はもう帰って良いぞ。後は私がやっておく」
彼女の言葉に皆は一瞬視線を交わすと、それぞれ頷いて零子に頭を下げた。彼等は踵を返して事務所を出て行き、零子はスマホを取り出して夏世に連絡をとった。
「もしもし夏世ちゃん? 今すぐ帰って来てもらえるか? 仕事だ」
『了解しました。今からそちらに戻りますね』
夏世のほうから通話が切れ、零子はパソコンを見やるといつもとは少し銘柄の違うタバコに火をつけて一度大きく吸い込むと一気に吐き出した。
「ハァ……相変わらずこのタバコは不味い。けど、それがまたいい」
夕食を食べ終えた凛達はそれぞれリビングのソファに座りながら、焔と翠が潜入した櫃間邸で発見したものの話を聞いていた。
「そんな……櫃間さんが私を?」
「うん。アレは完璧にストーキングしてたね。しかも自分じゃなくて他の誰かにやらせてる」
「櫃間っての救いようがない変態じゃん」
摩那が呆れた様子で溜息を漏らしながら言うと、凛もそれに頷いたがその顔は芳しくない。
「でもまだあの人を殺るには早いからね。もっと完璧な証拠が出てこないと」
「パソコンをいじってれば結構簡単に出てきそうですけどね」
焔も早く仕掛けられないことが気に食わないのか眉間に皺を寄せていた。だが、木更だけは青い顔をしていた。それもそうだ、つい先日お見合いをしてキスされかけた男が自分をストーキングしていたかもしれないなんて、思い出すだけで身の毛がよだつだろう。
しばしの間皆の間に沈黙が流れるが、そんな沈黙を破るように凛の携帯がなった。
画面を見るとどうやら零子からのようだ。
「もしもし?」
『凛くん、焔ちゃんが持って帰って着てくれた櫃間のパソコンのデータを私と夏世ちゃんで調べていたらビンゴだったよ。あの二つの名前があったぞ』
「あの二つ? まさかそれって――」
『――そうだ、「新世界創造計画」と「ブラックスワンプロジェクト」の二つだ。だが、その中に知らない組織と思われる名があった』
「組織の名前?」
瞬間、凛は劉蔵の手紙を思い出した。同時に彼は、その組織の名前を零子が言うよりも早く発する。
「その組織の名前ってもしかして、『五翔会』ですか?」
『よくわかったな、その通りだ。漢数字の五に羊のくねったやつに羽を加えた翔。そして会合の会だ』
零子からの返答を聞いた瞬間、凛は胸の中で手紙の中にあった言葉と全てがつながった。
……そうか、そういうことだったのか。じゃあ櫃間篤郎は本当に木更を利用しようとしていたわけだ。天童を抹殺するただの捨て駒として利用するためだけに。
「……零子さん、それで他に何かわかった事はありましたか?」
『いいや、今のところはそれまでだ。また何かあったら連絡する』
零子は通話を切ったが、凛は拳を握り締めながら呟く。
「……これで本当に生かすわけにはいかなくなりましたよ。櫃間篤郎さん」
今回は地味に時間がかかってしまいましたね。
なんだか原作とは違う感じで櫃間が変態になってますが……特に気にしない。あいつ外道だし。
そして中盤延珠を若干暴走させてしまいましたが……これってアンチに入ってしまうのだろうか……延珠なりの弱さを出してみた結果なのですが……
延珠スキーの方いらっしゃったら申し訳ない許してください(トリプルアクセル土下座)
とりあえず次で蓮太郎が本格的に逃亡ですかね。
そしていよいよダークストーカー達と凛がまみえる可能性大です!
……アレ?おかしいな……ダークストーカーが一瞬でやられる絵しか見えない……ゴシゴシ
次にこの作品とは関係ないことを一つ、
以前アカメを投稿するかもしれないといっていましたが、いつの間にか八月も終わってしまいましたw
ですが、アニメをやっているうちには出したいと思っているのでもう少々おまちくださいませませ。
では感想などありましたらよろしくお願いします。