「おまえが敵国ばっか気にして、国内のことをまとめないからだろ」
~織田信長公の野望をなぜか二人で楽しむ?二人~
「やあ、君が姉上の草履取り、ハル君かい?」
「は?姉上?」
「な、なぜ信勝さまが?」
勝家が驚いたように言った。
「あのうつけの姉上が見ず知らずの浪人を拾ってくるとは珍しいのでね。ぼくも直接この目でハルとやらを拝んでみたくなったのさ」
他の侍よりもずっと高級そうな着物を着ている。
その外見ですぐに、信奈の弟・信勝だな、と晴也にもわかった。
だが、ひねくれたように曲げている口元とどこか暗い目つきは、まっすぐな信奈には似ても似つかなかった。
「なるほど、おまえが信勝か」
「そうだよ。それにしても君、姉上には勿体無いくらいの美形だね。どうだい、ぼくの下に来ないか?」
「やだ」
「即答っ!?ぼくはあんなうつけの姉上とは違うぞっ!」
「知るか」
「な、なんて礼儀知らずだっ!」と信勝が嘆いた。
まわりの家臣たちも「この礼儀知らずが……」「さすがはうつけ姫が見込んだ事はあるようだな」「まったくだ、あんなうつけ姫が尾張の国主なんて……」
「おい、待てよ」
自分のことだけではなく、信奈や信奈についていく者たちをバカにしたような言い方は、文字通り頭に血が登るほどムカついた。
「だれがうつけだって?」
「もちろん姉う……」
それ以上は言えなかった。晴也は強く、信勝を睨みつけていた。いつもの穏やかで、どこか遠くを見ているような眼とは違う。確実に、信勝を見ていた。眼の闇は深く、間違いなくこのまま睨まれていたら深い闇に飲み込まれるような、錯覚までした。
『殺気』?『覇気』?散々甘やかされて育った信勝は、今まで生きてきた中で一番の恐怖を感じた。
「あ……うぅ」
「………、」
「お、おいハル」
勝家が等々声を掛けると、「ふんっ」と言って、晴也はそっぽを向いた。
(た、助かったぁ……)
「おい、どうしたガキ。小便でも漏らしたか?」
「な、なにをっ!?無礼だぞっ!」
顔を真っ赤にして、地団駄を踏んで怒り出した。実は本当に少々漏らしていた。
「こ、この無礼者めっ!」「斬り捨てるっ!」など信勝の取り巻きが刀の柄に手をかけたが、晴也の睨みによってまるで蛇に睨まれたカエルのように、動けなくなった。
「で?なぜ信奈をうつけ呼ばわりする?」
「は、はははは!き、きみは何も知らないんだな、ハルくん。父上の葬儀の時に、姉上は袴もつけず、髪を茶筅まげに結って太刀をわらで腰に巻いたうつけの格好で現れて、抹香をわしづかみにして父上の仏前にいきなり投げつけたんだぞ?」
そ、そうですよ、ほんとの大うつけですよ、と信勝を取り巻く若侍たちが苦笑する。
「……それが、どうしたんだよ?」
晴也はわかっていた。
(たった一人の父親の葬儀に強がりなんかするから、だから弟にまで「うつけ」なんて呼ばれるんだ)
結局、あいつのことを本当に理解してるやつなんていないのかもな。それだけじゃない、あいつの近くにいるのには、並大抵なやつじゃ務まんねえだろう。
「あ、姉上のあのうつけ姿を見てぼくはさすがに後悔したのさ。いくら父上の遺言だったとはいえ、あんな姉上に国を任せておけば尾張は滅びる。このぼくが家督を継ぐべきだったとね」
晴也の目には、信勝がただ取り巻きの家臣たちに担がれているだけのように見えた。信奈を悪く言う時の信勝は、苦しそうな顔をしていたからだ。仲の良い兄弟が、互いの家臣団の対立に巻き込まれて不仲になり、争いとなる。戦国ではよくあることだ。
「おまえは……尾張をどうしたいと思っている?」
「ま……まずは、うつけの姉上から尾張を奪って……」
「その後は?」
「う、う、ういろうを宣伝して!全国区の食べ物に育ててみたい、かな」
「……それいい」と犬千代だけが後ろで喜んでいた。
「……ダメだな。なにも考えてないやつが、家督とかなんとか言うんじゃねえよ」
「だ、だったら!」と信勝が名案を生み出したように言った。
「ぼ、ぼくが国主になった暁には、ええと、尾張中からかわいい子を集めて……」
「俺のバカ友達と気が合いそうだが、ダメだ」
「ち、違った!今のは個人的な野望だ!ええと、ぼくが尾張をまとめた暁には、東の今川義元を討ち、北は斎藤道三を討ち、海道一帯を織田家の領地にしてみせる!」
「おまえ……まさかその両方を相手に戦い、勝てるとでも?」
「で、できるとも……ぼ、ぼくにはできる!ぼくは何しろ、尾張一の猛将・柴田勝家がついてるんだからなっ」
「……仮にその両方を倒せたとして、その後どうする?」
「ええと……そ、その先は、考えてない……とりあえず美濃からも駿河からもかわいい女の子集めて」
「……まじでヨシと気が合いそうだな」
「お、おい。そのヨシと言うやつは、相当かっこいいんだろうな?」
「……ああ、まさに欲望丸だしの貴公子だな」
「ふ、ふん。ならいい」
ああ、ヨシ。おまえのサル顔を、久しぶりに拝みたいぜ……。
「とにかく、姉上は大うつけだ!だからぼくたちの母親も幼い頃から嫌って、相手にしなかったんだっ!」
「なに?」
「姉上は幼い頃から、暴れてばかりで、礼儀作法もぜんぜん身につけられない。亡き父上だけが『吉、おまえは天才だ。誰になんと言われようとも、自分が信じることをやれ』なんて姉上を甘やかした。その結果これさっ!」
「……実の母親が、昔から信奈をうとんじていた……のか?」
「当然だろう?乱暴でわがままで、南蛮人なんかと親しくして、天下がどうだとか種子島がどうだとかわけのわからないことばかりしゃべっている姉上は、子供の頃からずっと母上にうとまれてたさ。その証拠に、今だって母上はぼくの居城に……」
本当にバカだなあ。なにやってるだよ、あいつ。
「こ、これでわかっただろう?織田家の家督を継ぐべきは、うつけの姉上ではなく、
このぼくなのさ」
「……わかりました、信勝さま。あんたが本当に尾張を取りたいんなら、俺がとっておきのおまじないをかけてあげましょう」
「な、なに?」
「いきますよぉ!まず!目を瞑って!」
「え、あ、うん」
「はい、舌を出してぇ!アッカンベーだっ!」
「え、べー」
目を瞑り、舌を出したその光景は、とても織田家の長男とは思えなかった。
「はい、仕上げっ!」
晴也は信勝の顎に、アッパーを喰らわした。
「ええええええっ!?」
殴られた信勝は、鼻から血を流してふっ飛んだ。舌を噛むなんて、ああ怖ろしや。だが、それなりに手心を加えたので、あまり痛くはないはず……。
「い、痛いっ!?な、殴ったのかっ!?父にもぶたれたことないのにっ!?」
やべえ、その台詞ものすごく懐かしい。元の時代に戻ってTSUTA○AでSF名作コーナーを漁りたい。
「違いますっ!これは、脳を刺激して、脳細胞を活性化!より良い発想が生まれるように、我が五月雨流の秘技なのです!」
「このぉ……打ち首……打ち首だあ!」
「と、言うわけです!」
「と、言うわけです!……じゃないわよっ!」
ガツーン!と信奈の蹴りを喰らわせられた。
こればっかりはしょうがない。
俺のせいだ、避けるわけにはいかない。
「信勝さまはハルの首を、届けるようにと」
と、勝家。
「……デアルカ」
「拒めばまたまた謀反を起こすでしょう。常習犯ですから」
と、長秀さん。
「……デアルカ」
「晴也の首……落とす?」
と、犬千代。
「デアル……そんなわけないじゃない!」
「それにしても、謀反か……厄介だ。織田家が真っ二つになっちまうなあ」
ガツーン!とまた今度は飛び蹴りを喰らった。
「誰のせいだと思ってるのよ!」
「もし……信勝さまが謀反を起こせば、あたしは信奈さまと戦うことに……嫌だぁぁぁぁぁ!ここは、ハルの首を!」
勝家が抜刀をしてハルに襲いかかった。
それをとっさに木刀で防ぐ。
「お、落ち着け勝家っ!」
「足軽が、殴ったとなれば即打ち首ですが、晴也どのが侍大将ならば、交渉の余地があるのでは?」
と、長秀さんが一つの希望を生み出してくれた。
「足軽から一気に侍大将に?」
長秀は首を縦に振った。
相当の手柄が必要ですが、と付け加えた。
「三千貫あるわ。一週間以内に最低でも八千石は買って来なさい!それ以下だったら、あんたは打ち首!」
犬千代、相場わかんないよ、と隣の犬千代に尋ねてみた。
今の清洲の相場だと、三千貫で四千石しか買えない、と犬千代が教えてくれた。
「相場の二倍の米を調達しろ、ってことか……了解」
「……できなかったら打ち首よ」
「任せておけ」
長屋に戻ってきた晴也はさっそく考えていた作戦を実行するとにした。
「おーい、五右衛門!おまえの力が必要だ」
「……蜂須賀五右衛門、参上つかまつる」
鼻と口は相変わらずマスクで覆っているが、妖しげに赤く光る瞳で五右衛門とわかった。
「……驚いた」
「ぜんぜん驚いているようにみえないよ、犬千代」
「……誰?」
「俺とコンビ組んでる忍びの五右衛門だ」
よし、作戦を説明する。
まず元手の三千貫を六千貫に増やし、ノルマの八千石の米を買う。
そこで、最初に三千貫を使って清洲の商人から物産品を購入し、そしてそれを四千貫とか五千貫とか、とにかく買い値より高く売るんだ。増えた金でまた物産品を買って、また別の商人にさらに高値で売る。これを何度か繰り返せば、三千貫が六千貫だろう。で、予算が六千貫に達したら、清洲で米を買う、これで八千石のノルマ達成だ。
「……のるま?」
「……値切る?」
「まあいい、とにかく作戦を出す。五右衛門、忍びの情報網を駆使して、
尾張とその隣国の町の相場をかたっぱしから調べてくれ!そうすりゃどこで何を買ってどこで売ればいいか、あらかじめわかるだろ?品物を運ぶ仕事も、おまえの川並集にやらせれば安全だ」
天才でござる、と五右衛門が手を打ってうなづいた。
「拙者、そのようなことに忍びを使うなど考えたこともござなぬ。さすがは木下氏がおにょーにょと見込んだおにょこ、ふふふ」
噛んだ、と犬千代が呟いた。ギロリと赤い瞳で犬千代をにらむ五右衛門。
「それでは、さっそく周辺諸国を調べて参る。なに、二日あれば十分」
九字を切り、煙幕を張る。五右衛門は再び、音もなく消えた。
「げほげほ。部屋の中で煙を張るなよ!」
「……畳、燃えてる」
「おおい、もっと焦ろう犬千代!火事だっ!消防車っ!」
「……わあわあ」
「か、稼ぎすぎたか……」
五右衛門は清洲、井ノ口、伊勢の港町•大津、それぞれの相場を細かく調べ上げて晴也に報告した。それぞれの町に、幸運なことに在庫が余っている品や、逆に在庫が尽きていて割高になっている品がいくつかあった。五右衛門の良くできた報告書を手にしながら、犬千代と二人で町へ出かけて余っている商品を買い、その商品を足りていない町へ運んで売る。商品の運搬にも五右衛門の川並衆が使えたので、輸送費も輸送時間も最小限で済んだ。これでどんどん元手が増え、気づいた時には、うこぎ長屋の晴也の部屋はもはや畳が見えないくらいの小判で溢れかえっていた。
元手が三千貫という巨額だったため、予想を越えるとほうもない金額を稼いでしまったのだ。
「確か、期限は今日の夕刻までのはずだ。よし、犬千代、五右衛門の手を借りて今すぐこの金を全部米に替えてきてくれ。時間がないから値切らなくてもいい」
「……わかった」
「よし、じゃあ俺は信奈のところに…ん?おまえらは昨日の……」
家の前には、昨日の信勝の取り巻き侍たちが俺の家を取り囲んでいた。
「……ふっ。我らがきてよかったようだ」
小判で部屋満帆になっている俺の家を見て言った。
「……どういうことだ?」
「なに貴様に侍大将になられると、困ると言うことだ」
しばらく晴也は頭を捻って考えると、「ああ、なるほど」と手を叩いて言った。
「俺を拉致るつもりか。明日ぐらいにはポイ捨てでもするんだろ?大変だねぇ。無能な大将持つと」
「なにっ!」と侍たちの顔が強張る。
大将とは信勝のことだ。
こいつらは信勝の謀反の為、その謀反となる理由を欲しているのだろう。
「仮に俺がおまえらに連れ去られたら、信勝がいつまで経っても足軽一人の首も持ってこれないのか、と信奈を国主から追い出す為の、正当な謀反の理由が出来るだろう」
「ふん、貴様は思ったより頭が回るようだな。それならば黙って我らに付いて来るがいい。命は保証しよう」
「ハッ!やだね。そんなことして、仮に生き延びても、三千貫を無駄にしたって言うことになって、信勝に正当な謀反の理由を与えちまう」
「……ふん、ならいい。簡単なことだ。ここで貴様を斬り捨てればいいだけのこと。辻斬りに斬られた、ということにでもしといてやる」
「そうだな、簡単なことだ」と晴也は頭を掻いて言った。
「要するに、ここでおまえらを潰せばいいんだろ」
周りの侍たちが警戒して、刀の柄に手をかける。
この前の晴也の気迫を思い出してか、侍たちが後退り。
それを見た犬千代も、槍を手にする。
「……晴也」
「ああ、大丈夫だ。これは元々は俺が撒いた種だしな」
晴也は首をポキポキと鳴らした。
「よし、かかってこいよ。おまえらなんて、速攻で……あれ?」
腰にかかっていた、いつもの木刀の感触がなかった。
チラリと小判まみれの自分の家を見る。
おそらく、小判で埋もれてしまったのだろう。
「まあ、いっかー」
「なっ!?素手で、私たちに勝てるとでも?」
「まあね」と手を鳴らした。
「こ、こいつ!斬り捨てるぞっ!」
すかさず侍たちが抜刀し、晴也の周りを囲む。
「俺って……木刀がないと……、」
そこから向かってくる侍に向かって少し溜息を交じり言った。
「あんまり手加減ができないだよね~」
「……普通は逆」と犬千代が侍たちを哀れ見るような目で呟いた。
数秒後には、侍たちは地面に伏していた。
「さあて、信勝はおまえらが失敗したとわかれば強攻策に出るんだよな……」
「ヒッ!?」
既に腰を抜かした侍に向かって言った。
ガツンと言う音とともに、晴也の頭突きにより最後の侍が倒れ、全滅した。
やがて思いついたように言った。
「よし……この作戦で行こう!」
「犬千代、筆と紙ある?」と聞いてみた。
犬千代は首を縦に振る。
「よし、今から俺の言うことをそのまま書き写してくれ」
「……?わかった」
「そして五右衛門、来てくれ」と晴也が言うと、どこからともなく、煙幕と共に現れた。
「五右衛門、金を米に換える時、道中で『五月雨晴也は織田信奈に打ち首にされた』という偽情報を流してくれ」
これにより、信勝の謀反する時間が稼げる筈だ。
「……?御意でごさる」
「そして、五右衛門にはこれから書いてもらう書状をあるやつに届けて欲しい」
「あるやつとは?」
「……ああ、信勝の家老・柴田勝家だ」