五月雨晴也の野望   作:漆原 涼介

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第四話 会見の結末

「おい、待てよっ!」

 

本堂内に晴也の声が響き渡る。視線が晴也に釘付けとなっていた。

 

「この頑固ジジイ!俺はあんたの考えがわかる。もう美濃の将来は見えているはずだっ!いつまでもひねくれてるんじゃねえよっ!」

 

無礼ね、黙ってなさいハル、と信奈が一喝する。

 

「座興じゃ、言わせてみようぞ」と、道三。

 

「デタラメを抜かせば、小僧であろうが我が小姓・十兵衛がそなたを斬るぞ」

 

バカっ黙ってなさいよ!蝮に詫びなさいよ!と信奈がさらにしかりつけてくるが、晴也はここで「道三をあっと言わせないと、このひねくれた二人は気が合っているはずなのにお互いの意地と知恵を張り合うためにむざむざ戦を始めてしまう」と予感していた。

だから、絶対に黙らなかった。

 

「道三、あんたはこの後、家臣にこう言うはずだ『ワシの子供たちは、尾張の大うつけの門前に馬をつなぐことになる』ってな!」

 

つまり、道三自身が「自分の息子は信奈に敗れて美濃を奪われる」と予言することになる、という意味だ。

 

「な、なんと?」

 

道三の表情が、驚きに凍りついていた。その通りだったのだ。自分が美濃を譲らずとも、いずれ自分亡き後に信奈は実力で美濃を併呑するだろう、と道三は確信していたのだ。それゆえに、信奈を相手に一戦を交え、最後の花を咲かせたいと戦国大名の血をたぎらせかけていたのだった。

 

「息子じゃ信奈に勝てないってこと、わかっているはずだ!あんた自身が!」

 

そう、道三は既に信奈の才能を見破っている。頭では理解出来ているはずだ。

 

「……、」

 

沈黙。

晴也の声は止み、本堂に静寂が通った。言うべきことは、言った。ゲームのように選択をまちがえて殺されるかもしれない。だが、じっとしているの無理だったのだ。密かに五右衛門が手に煙玉を用意して、天井裏で会見の様子を見守っていた。

主・五月雨晴也が殺されるのを助けようと思っていたからだ。やがて道三は口を開いた。

 

「小僧……どのようにして、我が心を読んだ?」

 

「……知っているから」

 

なに、と道三の顔がこわばる。

 

「俺は未来からやって来た。……あんたは、信奈に美濃を譲ることになる。そうしなければ、これまでの人生が無駄になっちまうからな、そうだろ?」

 

そして、と晴也は大きく息を吸い、魂、気合、願いのようなものを込めて言った。

 

「斎藤道三、あんたの夢を継げるのは、この織田信奈だけだっ!」

 

「小僧……」

 

道三は静かに肩を下ろした。

 

「ワシの……負けじゃ」

 

「えっ?蝮?」

 

「まさか、未来から来た男とはのぉ。これほどの者がおるとは、老いぼれのワシが勝てる相手ではないわい」

 

「ああ、今から四百五十年ほど先だ。そこじゃ斎藤道三は、この時代の有名人だよ」

 

「そうか……ワシは後世に名を残せたのじゃな」

 

道三は会見中とは違い、どこか気持ちが晴れたような表情だった。

 

「この蝮、貴様のおかげで最後の最後に素直になることができたわ!」

 

はっはっはっと道三は大きな笑い声を立てた。

 

「信奈ちゃんのためじゃ。この場で、『譲り状』をしたためよう。ワシはそなたに……いや、我が娘に美濃一国を譲って、隠居するぞい」

 

「……デアルカ」

 

晴也の目には、相変わらず不機嫌そうに唇を曲げている信奈の瞳が一瞬うるんだように見えた。知恵者・斎藤道三ならば、自分の志を語っても理解してもらえると信じていたのだろう。だがまさか、これほど無防備な好意を寄せられるとは思ってなかったはずだ。

 

「これより信奈ちゃんは、我が娘じゃ。娘に国を譲るのは、父として当然のこと」

 

「ほんとうに、いいの?」

 

「蝮と憎まれたワシの国盗りにも、かような意義があったのじゃと思わせてくれ」

 

道三は筆を取り出すと、『美濃譲り状』をさらさらと達筆な筆跡で書いてみせた。

 

「いずれ我が一人娘をそなたの妹として尾張へ送るぞい。ワシは国元の家臣団と

話をつけ、信奈ちゃんの美濃入りを準備することになるわ」

 

全人生を賭して奪い取った美濃を、斎藤道三は笑ながらあっさりと宿敵織田の娘・信奈に譲った。そして信奈は口をへの字に曲げたままで、礼も言わずに譲り状を受け取ると、読みもせずに懐にしまい込んだ。道三の人生は無駄ではない。まだ先は長いが、信奈の天下統一への大きな一歩となるだろう。

 

(やっぱり道三は凄え。信奈の新しい考えをしっかり理解してやがる)

 

これだ。これこそ戦国時代ってもんなんだよな。やばい、泣ける。感動しやすい俺にとって、この場面はキツイ。だが突然

 

「ッ!?犬千代!危ねえ!」

 

とっさに晴也は犬千代を突き飛ばした。十字形の手裏剣が、さっきまで犬千代がいたところを通り過ぎる。

 

(くっ、油断してたか……)

 

周りの林、茂みから、よく時代劇で見かける『忍者』が出てきた。全身黒装束。手には手裏剣。

 

「貴様ら、どこの乱破じゃ!」

 

道三の呼びかけに応じない。無言で、本堂を取り囲む。信奈の前に勝家が、道三の前には護衛の小姓が、互いに自らの主を守る為、抜刀した。犬千代も槍を構える。この本堂の周りには、公平をきすため、織田・斎藤両軍の兵士たちを少し離れたところへ配置している。

 

(……にしても、ここまで気づかないとは……会見前から潜んでいたのか?)

 

……どちらにしても折角の感動シーンを邪魔しやがって。晴也は忍者たちの前に出る。そして、腰の木刀を静かに抜いた。

 

「来やがれヘタレ忍者ども。その手裏剣が一発でも俺に当たったら褒めてやるよ」

 

覆面で表情はわからないが、おそらく晴也の言葉が気に障ったのだろう。合計八人の忍者が全員晴也めがけて手裏剣を投げ出した。普通に見たら、絶体絶命。

しかし、彼の場合は違った。全ての手裏剣を、もはや常人では認識出来ないほど早く木刀を振り、全て叩き落とした。

 

「なっ!?」

 

さすがの忍者たちも呆然とする。

 

(……それほどの手練れじゃないな)

 

「よし、行くぞ犬千代!」

 

「……御意」

 

二人が忍者へ突撃。晴也は思いっきり飛んで、飛び膝蹴りを近くの忍者へくらわした。ぶっ飛んだ忍者は、口から泡を噴いて気絶した。犬千代も負けじと、その小さな体に似合わぬ豪快な槍捌きで忍者を翻弄する。

 

「俺の感動の涙を返せぇぇぇぇ!」

 

映画のラストシーンを飛ばされた恨みのような気持ちで、忍者部隊を蹴散らす。間合いが詰まったら、忍者でも晴也の敵ではなかった。突きや、はらわたをえぐる胴で、相手を気絶させる。

 

「ひっ!?化けも「成仏せいやぁぁぁぁ!」」

 

忍者も驚くほどの形相で襲いかかった晴也に、次第に恐怖を感じ始めた。

 

「くっ!」

 

忍者部隊の一人が、ふわりと後ろへ跳んで距離を取ろうとした。

しかし

 

「逃がすか、バカ!」

 

「ひっ!?」

 

足を掴んで、ジャイアントスウィング。その光景を道三や信奈たちが唖然として見ていた。残りの忍者たちも、あっという間に犬千代と協力して倒した。

 

「あれ、全員気絶さしたのか?」

 

俺は人を殺せないが、犬千代が敵を討ち取らなかったのは意外だった。

 

「……拷問」

 

ああ、確かにどこの忍びだかまだわかってないもんな。拷問して口を割らせるのか。

 

「……それに、あの様子じゃ全員殺しちゃうんじゃないかと」

 

「……俺が?」

 

「……うん」

 

「…そ、そんなに怖かった?」

 

「……かなり」

 

まじかよ。俺そんな怖かったのか。

 

「はっはっはっ!その剣術、坊主は本当に奇妙なやつじゃ」

 

「そうかな。いやぁ、道三のおっさんに褒められるなんて光栄だ」

 

「……褒められてる?」

 

犬千代が首を傾げた。ていうかこいつも、思った以上の腕だな。

 

 

 

 

 

 

その後、会見はつつがなく終わった。しかし、本当にそう簡単に美濃譲ってもらえるのだろうか。道三は譲ると言っても、他の家臣たちは間違いなく抵抗すると思うが。

 

(まあ、それは道三のおっさんが上手くやるのかな)

 

それにしても、今でも感じるあの圧倒的迫力。あの正真正銘本物の斎藤道三。俺が考えてた人物像が、この戦国に来て唯一合ってるかも。そしてちょっと間違いが多いが天下万民のために乱世の平定を夢見ている織田信奈。帰る方法がわからない以上、しばらくは信奈に協力してやってもいいかな、と思った。門前で待っていると、新開発されたばかりの当世具足を身につけた信奈が現れた。道三が開発した軽量の鎧で、鉄砲の弾でも防御できるのだという。

 

「一応褒めてあげるわ。あんたのおかげよ」

 

と、信奈が照れ臭そうに言った。

 

「そう言うのはちゃんと顔見て言えよな」

 

「う、う、う、うるさい!ほら、さっさとわらじ!」

 

「ああ、はいはい」

 

晴也は自分の懐の内側からわらじを取り出した。

 

「信奈さまが足を冷やすまいと、温めておきました~」

 

これこそが織田信長が木下藤吉郎を気にいる『温めておきました』だ。いやぁ、これやってみたかったんだよなあ。しかし、ぺっ、と信奈が忌々しげにつばをはいた。

 

「き……気持ちわるっ!」

 

「……は?」

 

信奈はどういうわけか激怒しているらしかった。まっ白い顔を、赤くしたり青くしたり黄色くしたり。

 

「あんた、わたしの足の裏の匂いを嗅ぎたくてわらじをそんな懐に入れていたんでしょっ!もしかして、わらじで興奮する男なのっ?うわっそんな高度な変態初めて見たっ!やっぱりこいつの前でわたしの美しい素顔を見せたのは生涯の不覚だったわっ!まあでもここで手討ちにしてしまえばいいわけだし、是非に及ばずねっ!」

 

「……なんて自意識過剰なんだろうか」

 

「はぁ?なによ、『痔意識』って」

 

「おまえ、漢字おかしいから!それちょっとヤバイから!」

 

「あ、あんたが言ったんでしょっ!?」

 

抜刀。

信奈が初対面の時よりハイテンションなのは、うつけをやめたからか、道三との会見を大成功させて胸がおどっているのか。犬千代、さらに密かに正徳寺の瓦で見守っている五右衛門は、二人の掛け合いを無言で観察していた。

 

「ハル!貴様、姫さまになんて言う口を聞くんだ!」

 

と、勝家。

 

「あーはいはい」

 

晴也はあくびをしながら信奈の斬撃を避けていた。

 

「この、この!なんで当たらないのよっ!」

 

「そりゃあ、避けてるからだろ」

 

ブンブンと刀を振るう信奈相手に、笑って避け続ける晴也。次第に信奈自身も笑っていた。

 

「姫さまのこんなおもしろい顔、生まれて初めて見た」

 

「う、確かに…」

 

と、二人の漫才(というか晴也が一方的にあしらっている)を物珍しそうに見ていた。

 

「や~い!うつけ信奈~」

 

「この!やっぱあんたはサルだぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~駿河~

 

 

「義元さま~。どうやら忍び部隊が逆に返り討ちにされたようです~」

 

「あら、そう」

 

今川義元はたいして関心を示さず、ポンポンと鞠を蹴っていた。

 

「伊賀の忍びを結構な額で雇ったと言うのに、ダメですわね。全く、あなたが半蔵を使わないのがいけないのですわ」

 

「あわわ~。半蔵は色々忙しいのです~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして美濃では……

 

「血迷ったか!親父どの!絶対に、絶対に認めんぞ!かくなるうえは……!」

 

斎藤義龍が決意に燃えていた。

 

 

 

 




晴也「あの……俺ってもうチートキャラなんじゃ?」

作者「………、」

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