五月雨晴也の野望   作:漆原 涼介

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「うああ!選択ミスって会見中に殺されちまった!」

「ああ、斎藤道三との会見か」

「どっちも気難しくてさあ。ツンデレだよなあ、信長って」

「つ、ツンデレ?」

~とあるバカとの邂逅~


第三話 美濃の蝮

……ということで、舌足らずの忍者・蜂須賀五右衛門が仲間になった。

 

(あと、川並衆っつったっけか?そいつらも協力してくれんのか)

 

案外頼りになるのかもしれない。

あのチビ忍者、結構手練れっぽかったし。

 

 

 

 

その後家に帰ると、犬千代が俺の家に居座っていた。早速、さっき入れたうこぎの葉を水を入れた鍋でぐつぐつと煮ていた。

 

「……晴也、無事?」

 

犬千代はそれ程心配していないようで、こちらに顔を向けずに箸を動かしていた。

 

「ああ、まあな。『妖怪・舌足らず』に会っただけだ」

 

「?」

 

「まあ、いいや。食おうぜ!」

 

茶碗にうこぎ汁をよそってもらい、「いただきます」と言ってから、おそるおそる口に運んだ。

 

「お、思ったよりうまいな!」

 

「……よかった」

 

うこぎの葉っぱの吸い物なんて初めて食ったが、外見はともかく味は中々のものだった。食ってみるものだ。

 

 

 

 

 

次の日

 

晴也は着替えをしていた。

いつもの制服姿ではなく、今日はきちっとした武士姿。いつまでも制服を着ている訳にはいかないだろう。剣道で袴は着慣れているので、同じ要領で直ぐ着ることができた。最後に、木刀を腰に刺して帯刀完了。家から出ると、犬千代が待っていた。

 

「おし、行くか!」

 

「………似合ってる」

 

「そ、そうか」

 

正直恥ずかしかったが、犬千代がそう言ってくれたので、少し安心することが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……犬千代、参った」

 

犬千代が、いつものカブキ姿の登場。

 

「あれ? 犬千代、ハルは?」

 

「……町娘たちに捕まってる」

 

「…は?」

 

「だぁぁぁぁ! わりぃわりぃ、遅れた!」

 

「おそ……い?」

 

ハルはいつもの奇妙極まりない格好ではなく、きちんとした武士姿で現れた。正直、和風な長い黒髪にその武士姿はよく似合っていた。

 

「いやぁ、こんなの初めて着たぜ」

 

見れば六も、万千代さえも彼の姿に魅入っていた。

 

「なんだよ、やっぱ似合ってないか?」

 

「ぜ、全然似合ってないわよッ! サルがお化粧したようなものね!」

 

「くっ、さすがにそこまで言われるとヘコむ」

 

晴也は本気で落ち込み始めた。「こいつ、本当に自分のことに関してはサル並の理解力ね」と、信奈は思った。

 

「で、なぜ俺たちを集めたんだ?」

 

「俺たち、っていうか。あんたはただ私の草履取りだから呼んだだけだけど」

 

「はいはい、どうせ俺は草履取りですよ」

 

それで、と晴也のことは無視して信奈は話を続けた、

 

「美濃の蝮が、会見を申し込んできたわ」

 

「えっ!? 斎藤道三か!?」

 

斎藤道三、と名を聞いた瞬間、晴也は飛び跳ねるように声を荒げた。

 

「しかし、美濃とは宿敵の間柄……」

 

長秀は織田家の参謀役だ。信奈の父親、織田信秀は何度も美濃に迫った。結局、勝つことが出来なかった……その蝮の恐ろしさは、長秀もよく分かっているのだろう。

 

「そうでもないわよ」

 

「な、なにゆえですか?」

 

勝家は疑問そうに質問する。彼女は戦術・戦略的なことに関してはほとんど話をしない。織田家きっての武芸家だが、頭脳労働は苦手なのだ。

 

「私が組むとしたら、やっぱり蝮しかいないと思ってたもの」

 

そう、蝮である斎藤道三は、恐らくそうとう頭がキレる人物だ。京の油商人から立身出世した百戦錬磨の強者。しかし、そこまで至るのに彼自身の生涯を費やしてしまうほどの時間がかかってしまった。もはや蝮自身、このままでは天下は取れないと感じているはず。だからこそ、私との会見を申し込んできた。

 

「しかし、斎藤道三との会見かぁ。確か正徳寺だったよな」

 

不意に晴也がそう呟いた。は?なにいってんの?まだ、会見場所なんて……と信奈が話していた最中、小姓の一人が駆け込んできた。

 

「申し上げます。只今美濃より、会見場所を伝えに参りました」

 

「ど、どこ?」

 

正徳寺でございます、と小姓が告げると、勝家たちがざわつき始めた。

 

「これは驚きです。七十点」

 

「嘘だろっ!? なんでわかったんだ!?」

 

「ハル、なんでわかったの?」

 

「言ったと思うけど、俺は未来の日本から来たんだ。歴史……特に戦国時代好きの俺にとっては、知っていて当然だぜ」

 

信奈は一瞬、一瞬だが、ビビッと惹かれた…ような気がした。思わず、晴也のことをじっと凝視してしまっていた。ドクンと、鼓動が大きく鳴った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

正徳寺。

ここは美濃と尾張の国境にある門前町(寺院勢力が治める町)で、両国の軍勢が立ち入れない非武装中立地帯である。

この対面の儀の結果いかんで、信奈が道三な娘を義理の妹として迎えることができるかどうかが決まる。 しかし、正徳寺の門前に到着したばかりこ信奈は、相変わらずのうつけ姿だった。馬上で憂鬱そうなしかめっ面。ふらふらと揺られながら、髪は茶筅まげ。縁日の夜店でも回ろうかという感じの湯帷子を着こみ、暑いのか片袖は外していた。肩には種子島を担ぎ、腰には縄をまいてひょうたんをたくさんぶらさげ、越しには珍品・トラの毛皮。そして「お前、時代まちがってるぞ」と晴也が突っ込みたくなることに、袖を外した側の白い胸元には、どうみても『見せブラ』にしか見えない布切れが。

 

(おいおい……まさか、あの姿で会見はないだろうな)

 

相手は『蝮』と恐れられる百戦錬磨の狒々ジジイである。下手なうつけっぷりを見せれば、道三は失望して娘を渡すことを渋るどころか、この場で暗殺するかもしれなかった。

 

「……姫さま、道三どのはすでに本堂へと到着されているとの由」

 

小姓らしき小柄な少女が、信奈に拝礼しながら報告した。

 

「デアルカ。わたしも着替えなくちゃね」

 

それを持っておきなさい、と信奈は脱いだわらじを晴也に投げつけて来た。

キャッチすると、はいはいと言いながら俺は頭を掻いた。

 

 

 

正徳寺の本堂。

両軍の兵士たちは、衝突を避けるためにこの本堂からはずっと遠ざかっている。本堂から丸見えになっている広い庭には、晴也と犬千代。本堂内には信奈の護衛として勝家が付いていた。ちなみに長秀は尾張でお留守番。さらに、おそらくは勝家と同じ任務を道三から言い渡されているのであろう、美濃の小姓らしき女の子侍が一人。

利発そうな美少女だが、妙におでこが広い。その侍とは軽く目を合わしただけで、会話はしていない。すでに本堂では、美濃の蝮・斎藤道三が自分の席に腰を下ろしていた。老いてはいるがその体にたるみんだところがなく、がっちりとしていた。歴戦の戦国大名らしく、堂々の貫禄、と言ったところだろう。

 

 

しかし、道三は重大な会見だというのに軽い着流し服装で現れて扇子をぱちぱちと開いたり閉じたりしていた。信奈が小汚い格好で来るのなら、自分だって正装するのはバカらしい、とでも思っているのだろうか。そのまま小一時間が過ぎた。

 

「信奈とやら、遅いのう」

 

道三が退屈そうに大あくびをした、その時だった。

 

「美濃の蝮!待たせたわね!」

 

突然、信奈が本堂へ姿を現した。道三は、口にしていたお茶を噴いた。

晴也も、サルになったように口をぽかんと開いて、視線は信奈に釘付けとなった。

とにかく今までの奇妙なうつけ姿ではなかった。輝く茶色いがかった長髪をはらりと下ろし、最高級の京友禅の着物を華やかに着こなしたその姿は、まさしく尾張大名・織田家の姫君でだった。相変わらず化粧はしていないが、陶磁器のように白くて綺麗な素肌があらわになっていた。

 

(……っとと、危ない危ない。信奈なんかに見惚れてしまった。しかし、これがいわゆる“ツンデレ”と言うやつなのか?)

 

いまいち意味がわからない晴也だったが、信奈が綺麗だってことはわかっていた。

 

「な、なぜ、い、いやしかし、なんという美少女っ!?」

 

信奈はすすっと優雅な足取りで本堂の中を進み、道三の正面へと腰を下ろした。

 

「わたしが織田上総介信奈よ!」

 

「あ、う、うむ。ワシが斎藤道三じゃ……」

 

デアルカ!と、信奈が笑顔で言った。道三は年甲斐も無く、恥ずかしいそうに照れていた。おい、さっきまでの余裕はどこにいったんだよおっさん、と突っ込こむのをなんとか我慢した。

 

「美濃の蝮に会うんだもの。いつもの格好じゃまずいでしょ」

 

「……なるほどな」

 

途端に道三の顔が真面目になった、信奈の美しさではなく、『器』に感服したのだろう。

 

(この二人、道三は信奈を気遣い、信奈は道三に敬意を評したってところか。流石だな)

 

では早速、と道三は口を開いた。

 

「ずいぶんと、鉄砲を揃えてるようじゃな」

 

「これからは鉄砲の時代よ」

 

「南蛮のオモチャと揶揄する者も多いぞ?」

 

「そういう大口を叩いた、自称豪傑野郎をうちの足軽が一発で倒すのよ」

 

ほぉ、と興味深そうに道三は話を聞いた。

 

「尾張の兵は日本一弱いと言われているけど、鉄砲さえあればたちまち日本最強だわ」

 

(……この考え方がいづれ、戦国最強と呼ばれた武田騎馬隊を打ち砕くのか)

 

「ワシと同盟を結んだ後、狙うは今川の駿河かの?」

 

「いいえ、美濃よ」

 

「なっ!?」

 

さっきの道三の小姓が、思わず口を漏らした。当たり前である。同盟を組み、その同盟国の領地を取ろうとしているのだから。

 

「ほぅ、なにゆえ美濃にこだわる?」

 

「蝮が美濃を取ったと同じよ。美濃を制する者こそが、天下を制するからよ! 美濃こそが日本の中心だもの! 西は京の都に連なり、東は肥沃な関東の平野へとつながっている。この美濃に難攻不落の山城を築いて兵を養い、天下をうかがう。そして秋が来れば一気に戦乱の世を平定し、日本を平和な国にする。商人が自由に商いに精をだせる、そんな豊かな国にする。それがあんたの野望だったのでしょう?」

 

(すげえ、ここまで日本全体を見た、地の利を考えているとは)

 

「……全てお見通し、というわけじゃな」

 

「美濃は…わたしが貰うわよっ!」

 

途端に道三の小姓が腰の刀に手をかける。勝家もそれに対抗しようと刀に手をかけた。しかし、道三は小姓を手で制した。

 

「……渡すと思てか?」

 

「蝮の夢を引き継ぐと言っても?」

 

なに、と道三が顔をしかめる。

 

「日本を狂わせた古い制度を、全部壊して、南蛮にも対抗できる新しい国に生まれ変わらせて見せる!……私が見ているのは……“世界”よ!」

 

「ぬははは!そなたの目は、既に海を飛び越えておったのか!」

 

だが、と道三は言葉を区切った。

 

「それでは誰も付いて来ぬぞ。うつけと呼ばれているのがその証拠じゃ」

 

確かに、信奈の考えは新し過ぎる。古い考えを持った常人では、理解出来ないだろう。うつけは信奈ではなく、信奈をうつけ呼ばわりする古い考えに固執した者たちだと言うのに。

 

「……それでも進むだけよ」

 

その時の信奈は、どこか寂しく見えた。

 

「立ち阻む者たちをなぎ倒して……か」

 

道三は腰を上げた。表情は、決意に満ちていた。

 

「……手始めが美濃なら、受けて立つぞ」

 

「望むところだわ」

 

美濃との戦争。

そう、なる筈だった。

 

「おい、待てよっ!」

 

彼晴也が声を張り上げるまでは……

 

 

 

 

 

 

 

 


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