五月雨晴也の野望   作:漆原 涼介

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何度も戦闘描写を書いていて気づいたこと。
私は描写を書くのが苦手(確信)。


第二十一話 南蛮寺強襲

ーーーー人類には怠け者が必要だ。科学が進歩していくのは、怠け者がより簡単な方法を、または、より便利な道具を次々と生み出すからだ。もっと簡単に、もっと楽に、と模索してくれるおかげで、この世界は出来ているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の冷たい風が身に染みる中、長秀はそんな寒さもものともしないように、自分の体が熱くなっていることに気づいた。それは晴也を抱いているからだろうか、それとも見られてはいけない主君に見られてしまったからだろうか。どちらにしても、冷や汗が滲み出ていることに変わりはない。長秀が口ごもっていると、信奈から先に口を開いた。

 

「まったく……万千代も油断ならないわね!」

「も、申し訳ありません!」

 

恥らいながらも頭を下げる長秀。いっそ、長秀の胸の中に顔を渦めている変態を蹴っ飛ばしてやろうかと思ったが、止めた。代わりに、晴也の頭をそっと撫でた。

 

「まぁ、こいつも疲れてるのよね……」

「もしや姫さま、さっきの話を……?」

 

ええ、とうなづいた。それを見た長秀はほっと胸を撫で下ろした。さっきの話を聞いてくれていたのだったら、この状況について色々と弁解できる。

 

「盗み聞きをするつもりはなかったわ。ただ、二人の話し声が聞こえたから……」

「そ、そうですか……」

 

信奈は長秀が座っているお座敷の隣に腰掛けた。

 

「本当……変なやつよね。こいつって……」

「そう、ですね」

 

信奈は晴也の気持ち良さそうな寝顔を見ると、頬を赤らめながら、そっと微笑んだ。それを見た長秀は、少し自分が哀れに感じてしまった。主君が恋しているであろう男を、一家臣である自分が好きになる。そんなことはあり得ないし、あってはならないことだ。

 

「ちょっと、六! いつまでそんなところにいるのよ!!」

 

ひっそりと影を落として、木陰に座る勝家。今にも泣き出しそうなジト目でこちらを睨んでいる。

 

「だってぇ……長秀が~!」

「そ、その誤解は弐点です! わたしはただ……!」

「もう! あんたたちうるさいわよ!!」

 

信奈が一喝し、長秀も勝家も直ぐに口を詰むんだ。ここら辺は、流石の織田家当主といったところだろうか。

 

「姫さま。夜風が当たります……。清水寺に戻りましょう」

「そうね……でも、こいつはどうするの?」

 

困りました、と長秀が首を傾げた。とにかく、すっかり寝息を立ているこの男をどうにかしなければいけない。

 

三人が悩んでいると、茂みから、がざがざとなにかが動く音がした。その瞬間、勝家と長秀は信奈の前へと体を出した。長秀がお座敷から立ち上がっているため、晴也は支えを失って倒れこんでいる。だが、それでも目は覚まさなかった。

 

「姫さま、お下がりください」

「曲者か……!?」

 

一瞬にして和やかな雰囲気が一変。三人とも、思わず息を呑んだ。その茂みから出てきた人物とは………

 

「の、信奈さまあぁ!!」

「え!? 十兵衛!?」

 

見目麗しい美少女。明智十兵衛光秀であった。十兵衛はなぜか涙目で、その広い額には汗をかいている。

 

「ど、どうしたのよ十兵衛? ……というか久しぶりね」

「酷いです! わたしがせっせっとお金を稼いでいる間に!!」

「……は?」

「た、たったの三満貫ですが、集めてきたんです! 十二満貫は無理でしたが……これだけでも届けましょう!!」

 

と光秀が必死に訴えるが、明らかに話がかみ合っていない。信奈と十兵衛の話に割って入るように、長秀は口を開いた。

 

「なるほど……明智どのは勘違いをしているようですね」

 

長秀の言葉に、光秀の目が丸くなる。

 

「……ど、どういうことです?」

「既にやまと御所には、晴也どのたちが集めた十二満貫が届けてあります」

 

期限切れギリギリだったが、晴也がなんならかの方法で集めたであろう銭は、犬千代たちが届けてくれた。そして晴れて、今川義元が将軍宣下を行う許可を取ることが出来たのだ。

 

「あ……え……?」

 

そ、そんな……と光秀が膝から崩れ落ちた。

 

「あんた、なんでハルが銭を届けたこと知らないのよ?」

「それが……諸国を走り回り、銭を集めてましたです……」

 

くぅ…晴也先輩に先を越されるなんて……と光秀はもう涙目。

 

「まったく……まあ、いいわ。とりあえず清水寺に戻りましょうか……でも、十兵衛には罰としてそいつを持ってもらうわ」

「そいつ……?」

 

信奈は、座敷で横になって寝ている晴也を指さした。

 

「ええええええ!? なんで先輩がここにっ!?」

「ほら、早く持ってきなさいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、晴也は清水寺の庭園にある倉庫で目を覚ました。何度か出入りしたことがある為、見覚えがあった。

 

「あれ……? どうして清水寺に……」

 

とりあえず、昨晩のことを思い返してみた。思い出すと「ああ、俺ってあの後寝ちまったのか……」と後悔した。どうせなら、もう少しあのままで良かった。もったいない、と溜息を吐いた。

 

「ハル、大変だぁぁぁ!」

「……ん?」

 

その声と共に、勢いよく扉が開かれた。朝日の眩しい陽射しが入ってくる。そして開けた犯人である勝家は、転がるように倉庫の中へと入って来た。

 

「た、たたた大変なんだ!」

 

相当に焦っているようで、上手く呂律が回っていない。

 

「お、落ち着け勝家。……なにがあった?」

 

勝家は一旦深呼吸をし、深刻に告げた。

 

「た、武田と上杉が……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝家が言うには『武田上杉が和睦をし、連合を組んで美濃へと侵攻してくる』という話だった。

 

清水寺の外へと出ると、既に入り口である門周辺には騎馬隊や足軽部隊が編成されており、出撃準備万端といった感じであった。長秀は晴也に気づくと、馬から降りて駆け寄ってきた。一瞬、両者も昨日のことで気不味くなって沈黙したが、今はそんな状況ではなかった。

 

「……晴也どの、勝家どのから聞いておりますか?」

「あ、ああ。武田上杉が和睦したって……」

「はい。川中島で和睦し、武田上杉の連合軍が美濃に侵攻してくる模様です」

「ありえねえ……」

 

あり得るはずがない。史実でも宿敵とされる武田上杉が和睦、ましてや連合軍なんて夢物語だ。しかし、もし事実ならこれほど最強の部隊はないだろう。『甲斐の虎』である武田信玄に『越後の龍』である上杉謙信が率いる連合軍。その二人が率いる連合軍なんて……戦国マニアとしては鳥肌が立つほど見てみたいが……とてもじゃないが敵に回すなんて怖ろし過ぎる。

 

「でも、この清水寺はどうするんですか? いくら美濃に侵攻してくると言っても、そう簡単にはここを明け渡すのは……」

 

確かに信奈の性格なら十中八九、美濃へと軍を向かわせるだろう。義父である蝮、斎藤道三を見捨てるなんて信奈には無理だ。だが、だからといってこの清水寺をすんなりと空にしてしまうのはリスクが高い。もし罠だった場合、敵に攻め込まれれば直ぐにこの清水寺は落とされてしまうだろう。籠城をしようにも、城ではなく寺なのだ。

 

「ハルは十兵衛と、この清水寺に残るのよ」

 

振り向くと、まだ防具を身につけていない、うつけ姿の信奈が歩いて来た。

 

「……信奈、だがな」

「晴也先輩~!」

 

晴也が続けて言葉を繋ごうとしたが、光秀の声によりかき消されてしまった。なんだよ大事な時に、と少し怒り気味に光秀のほうを振り返った。

 

「なんだよ?」

「これ、先輩宛だそうです」

 

光秀は手に持っている書状を晴也に手渡した。

 

「誰からだ?」

「さ、さあ…会合衆の一人……とか?」

「なんで疑問を疑問で返すんだよ。まあいい、見てみるか」

 

晴也は渋々書状の中身を見た。その内容に、思わず晴也の目が見開く。光秀が「どうしました?」と書状の内容を見ようと思ったが、直ぐに晴也に閉ざされてしまった。

 

「……ちょっと行ってくる」

「……え?」

 

それだけ言うと、晴也は誰も乗っていない馬へと飛び乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、大丈夫ですよ。落ち着いて下さいね」

 

ここは南蛮寺。キリスト信者とパードレであるフロイスたちは、祭壇の前で座り込んでいた。当たり前だ。金で雇われたであろう、種子島や日本刀を担いだ強面の傭兵たちが、この南蛮寺を占拠していた。

 

フロイスは悲しげに眉をひそめて「神よ……この者たちに罪はないのです」と呟きながらロザリオを握りしめていた。

 

そんな健気なフロイスを見て、一人の男が近づいてくる。

 

「いい女だなぁ……楽しめそうだァ」

 

ひっ、とフロイスは体を震わせた。すると大将格であろう虚無僧は、ずいぶんと使いこなしてきたであろう傷だらけの種子島を、男の頭に突きつけた。

 

「おい、妙なことはするな。こいつらは大事なエサなんだからな?」

「……へ、へい。すんません、善住坊の兄貴」

 

種子島を担いだ、虚無僧姿の暗殺者。名は、『杉谷善十坊』。善十坊はある目的の為、金で傭兵たちを雇っていた。

 

善十坊が種子島を下ろすと、男は胸を撫で下ろした。

 

「……フロイスはん。大丈夫でっか?」

「は、はい。ありがとうございます。宗久さん」

 

すると、宗久はゆっくり頷いた。この南蛮寺は、南蛮に興味がある『今井宗久』がよく足を運ぶ場所である。しかし、自分が納屋の主人・今井宗久であることには、傭兵たちは気づいていない。信者の一人と思われているだろう。

 

「……エサ?」

 

宗久はさっきの大将格の男……確か、善住坊とか言われていた男の言葉を思い出した。あの男は、自分たちのことを『大事なエサ』と言っていた。自分たちを利用して、誰かをおびき寄せようとしているのだろうか。

 

「兄貴! 来ましたぜ!」

 

外を見張っている傭兵たちから声が上がる。

 

すると善十坊は種子島を担ぎ、南蛮寺を出た。南蛮寺に籠っていた他の傭兵たちも後に続く。

 

「……ふん。来たか」

 

こちらに向かって、馬を急がせる目当ての男。『五月雨晴也』。善十坊はニヤリと口を歪ませた。傭兵たちも「馬鹿な奴だ」と言わんばかりに嗤う。まさか、あんな簡単な手紙に釣られるとは。

 

晴也は馬から飛び降りると、すかさず木刀を抜刀した。善十坊は歪んだ笑みを浮かべながら、晴也に近づく。

 

「よう、五月雨晴也。俺は杉谷善十坊だ。短い間だが、宜しくな」

「……おまえか、こんな手紙を送ったのは」

「ああ、まさかこんな簡単に釣られるとはな。情報が確かで良かったぜ」

 

手紙の内容とは簡単なものだった。

 

『五月雨晴也。我々は南蛮寺を占拠している。貴様が来なければ、パードレに信者、一人残らず殺す。無論、一人で来なかった場合もだ』

 

苛ついたのか、晴也はその書状を破り捨てた。そして自らを落ち着かせるように、静かに息を吐く。

 

「ったく、めんどくせえな。真正面から来ればいいだろ?」

「……悪いが、それは無理だ」

 

善十坊が手を上げて合図すると、傭兵の一人が南蛮寺から一人の女……フロイスを連れてきた。善十坊は懐から短刀を取り出し、フロイスの白く細い首元へと突きつける。

 

「は、晴也さんっ!」

「フロイス……!」

「人質ってやつだ。おら、木刀を捨てろ」

 

晴也は躊躇せずに木刀を地面に投げ捨てた。「馬鹿が」と善十坊が呟くと、続いて傭兵たちが晴也の周りを取り囲んだ。かなりの数である。いくら晴也でも、この数を拳一つで切り抜けるのは無理だ。いや、数が問題なのではない。

 

一番の問題は、人質が取られていることだろう。晴也は降参したように両手を上げた。傭兵の一人が、晴也を縄で縛り上げる。

 

「おい、俺たちをどうする気だ?」

「簡単だ。おまえらにはエサになってもらう」

「……エサ?」

「ああ、織田信奈の……な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台変わって、清水寺。少し時を遡る。

 

「もう、なんなのよハル!」

 

晴也の様子がおかしかったのを見て、なにかを察した信奈は、部隊を二つに分けた。まず一陣が長秀や勝家率いる主力部隊。これを美濃へと先行させる。そして第二陣が信奈率いる部隊である。嫌な予感がした信奈は、晴也の帰りを待つことにした。だが、一向に帰って来ない。このままでは埒があかず、道三が気がかりな信奈は、出陣しようか迷っていた。

 

そんな時、薄っすらと妖美な声が信奈の耳に入る。

 

「な、なにっ!?」

 

反射的に周りを見渡すが、美しい『紅色の蝶』が舞っているだけだ。もう一度、よく耳を凝らしてみる。やはり、なにかが聞こえる。それは確かに、女性の声色だった。更にもう一度、自らが呼吸する音さえも殺して、必死にその声を拾った。

 

すると、確かに聞こえた。

 

「うそ……そんな……」

 

衝撃的な内容が信奈の耳に入ってきた。信奈はしばらく唖然としたが、時は一刻を争う。自らの唇を噛みしめると、意を決したように光秀を呼んだ。すると光秀は、待ってましたと言わんばかりの早さで信奈の下へと推参した。

 

「はい! 信奈さま、この十兵衛になにかご用でしょうか!」

 

久しぶりに呼んでもらったのが嬉しかったのか、光秀は嬉しそうに微笑んでいる。しかし、そんな気持ちもいざ知らず、信奈は光秀の肩に手を置いた。

 

「十兵衛、ここの部隊はあんたに預けるわ。ここは任せたわよ」

「はい! ……って、ええっ!?」

 

光秀がなにかを言う前に、信奈は馬に跨っていた。

 

「後は頼んだわ!」

 

と言い残し、清水寺から走り去ってしまった。そんな様子を見ていた犬千代と半兵衛はなにかを察し、お互いに顔を見合わせた。

 

「……犬千代たちも行く?」

「は、はい!」

 

犬千代は直ぐさま馬へと飛び乗り、半兵衛は札を一枚取り出した。その札からは、馬というかロバのような式神が飛び出し、半兵衛はその上に飛び乗った。

 

そして二人は急ぎ、信奈を追った。

 

「ど、どういうことですか……?」

 

残った光秀は一人、不安気に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあて、織田信奈は来るかな……」

 

善十坊は南蛮寺の近くの民家へと忍び込み、狙撃の準備をしていた。どんな獲物でも百発百中で済ましてきた自分なら、まず失敗は無いと確信していた。

 

もし失敗した場合も、この近辺には多くの傭兵たちを忍ばせている。狙撃に失敗しても、傭兵たちが信奈に襲いかかるだけだ。

 

そして南蛮寺では、晴也を始め人質であるフロイスたちも縄で縛られ、身動きが取れなくなっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おまえらには織田信奈を釣るエサになってもらう、ただそれだけだ。なに、安心しろ。織田信奈を殺した後は、おまえらも仲良く殺してやる』

 

……と善十坊は言っていた。信奈を釣るエサにされるなんて死んでも御免だが、フロイスたちを人質に取られていては手も足も出ない。信者には、フロイスから南蛮の文化を教えてもらっている子供たちもいるのだ。それこそ死んでも守るしかないだろう。

 

だがしかし、そもそもこいつらの目的はなんだ。 信奈を殺して、なんのメリットがある。散々悩んでも、わからない。どこかの大名なら信奈が消したいと考えてもおかしくないが、こいつらはただの傭兵の筈だ。

 

ということは、誰かに頼まれでもしたのか……?

 

「五月雨はん。五月雨はん」

「うるさいな……って、 なんであんたがここに!?」

 

晴也の後ろで、豪快な笑い声を立てている男。晴也が現代のたこ焼きを売った納屋の主人、今井宗久である。宗久は笑い終えると、晴也にずいずいと近づき、小声で話し始めた。

 

「偶然、ここでフロイスはんの南蛮の話を聞いとっただけです」

「そ、そうか……」

 

そう応えると、宗久は更に晴也に密着し、小声で呟いた。

 

「……これを見てくださいな」

 

宗久は袖の中からキラリと光るもの、およそ人差し指程度の長さしかない、小さな短刀を袖口から取り出した。

 

「お、おい。それ……」

「商売やるんは、戦と同じでっせ……?」

 

たこ焼きの独占権を持つ、宗久のことだ。おそらく、周りの商売人からも少なからず恨みを買っているのだろう。宗久は傭兵たちにバレないように動き、晴也の背中にぴったりと張り付いた。そして縄を切ろうとしたが。

 

「……ちょっと待ってくれ」

 

晴也はしばらく悩んだ。今の自分には木刀が無いし、体の自由も効かない状態だ。しかし、今ここで下手な行動をとれば、フロイスたちの命が危ない。それに、この南蛮寺の敵を倒しても、外にも敵はうじゃうじゃといる。それでは、返ってフロイスたちを危険に晒してしまうのではないだろうか。信者は大半が年寄り、そしてまだ年若き子供ばかりだった。

 

自分一人で、フロイスたちを守り切れるという自信はない。だが動かなくては、信奈がここに来て、善十坊に狙撃されてしまう。自分の命ならともかく、他人の命がかかっているのだ。そう考えると、晴也は柄にもなくビビってしまった。これでは、正に八方塞がりである。

 

そんな時。

 

「う、うあぁぁぁぁぁん!!」

 

人質となっている子供たちの中でも最年少であろう、小さな女の子が突然泣き出してしまった。当たり前だが、こんな状況で子供に泣くなと言う方が無理だ。フロイスや周りの子供たちが「大丈夫、大丈夫」となだめているが、その泣き声が止む気配は無い。

 

「うわあああああ! 早く家に帰りたいよぉぉぉ!!」

 

少女の泣き声に呼応し、更に男の子までもが泣き始めてしまった。

 

そんな泣き声に、遂に我慢出来なくなった男の二人組が、その子供たちのほうに近づいた。一人の男は冷静そうに細い目で泣く子供を見ているが、もう一人の太った男の方は、痺れを切らしいるのが目に見えてわかる。

 

「うるせえんだよ! このクソガキがぁ!!」

 

と太った男は怒鳴り散らすが、正に火に油。女の子の泣き声は止むどころか大きくなってしまった。

 

だがやはり、子供たちの泣き声は止まず、男の怒りは益々込み上がる。このままでは不味い。この二人組の男は、善十坊の選りすぐりの傭兵だろう。女子供だろうが、平然と殺してしまう筈だ。

 

晴也は南蛮寺の中をぐるりと見渡す。幸いにも善十坊の命令のおかげで、南蛮寺内にいる敵は二人だけだ。しかし、このまま放って置いては子供たちの身が危ない。

 

晴也は覚悟を決めた。

 

「宗久、頼む……!」

 

そう言うと、宗久は黙って頷き、袖口から短刀を自らの手元に落とした。そして宗久は静かに息を吐くと、黙々と晴也の縄を切り始めた。傭兵たちが怒鳴っているおかげで、縄を切っている音はすっかりかき消されていた。

 

おそらく、あんな細い短刀でこの縄を斬るのにはまだ時間がかかる筈だ。その間に男二人をどう倒すか、作戦を考えることにした。

 

しかし……

 

「五月雨はん。斬れましで」

「はやっ!? 」

 

作戦なんて考えている暇などなかった。太った男が、泣くのを止めない男の子の胸ぐらを掴んでいる。

 

「このガキがッ!!」

 

男が拳を振り上げる。それと同時に、晴也は立ち上がった。

 

「子供相手になにしてんだよ!!」

 

先ずは、走り込んで飛び膝蹴り。丁度良いことに、男は晴也の声に反応してこちらを向いていた為、膝が顔面に抉りこんでいた。太った男は、万歳をするように倒れた。

 

「……っ!? おまえっ!」

 

もう一人の男が武器を取る前に、晴也は一歩で男の懐へと飛び込む。晴也はその男に向かって拳を振り上げる。男はとっさに己の手で、側頭部を守るようにガードした。しかし、それは晴也のフェイク。

 

「が……アァ!?」

 

殴りではなく足技。男は足を踏みつけられていた。晴也は男の足の親指に全体重を乗せる。男は壮絶な激痛に、後ろへ下がろうとするが、足が踏まれている。男は思わず踏みつけられた自分の足に視線を落とした。

 

だが、それは男のミス。

 

「どこ見てんだよ……!」

 

真下に落とした自分の視線の死角になるように、真上から晴也の頭突きが振り下ろされた。その硬い額が、無防備な男の頭蓋骨を強打する。男の視界がぐらりと揺らぐが、晴也は止まらない。

 

「おらぁぁぁ!!」

 

晴也の拳が水平にカーブする軌道で、男のこめかみを狙う。足は踏まれていて、避けることはできない。男はとっさに己の手で側頭部を守るようにガードしたが、それもフェイクだった。

 

晴也の拳は、回り込むように男の後頭部に向かっていた。後頭部は、脳に直接ダメージを与えやすい。ということは、後遺症が残りやすい。故に、ボクシングや空手などのスポーツでは狙ってはいけない反則技に認定される程の急所である。

 

「ぐ、がァァ!?」

 

ガツン! と壮絶な衝撃。

 

その瞬間、男の体全身の力が抜け、沈み込むように崩れ落ちた。

 

「はぁはぁ………どうだ……」

 

とりあえず、これで南蛮寺内の敵は一掃……

 

 

 

『このッッ! クソがァァァァァ!!!』

 

 

 

……出来ていなかったようだ。

 

先程、晴也が飛び膝蹴りで沈めた男だった。しかし、立ち上がったこと以上に驚いたのは、その男が持っている物である。

 

………硝煙の臭い。

 

「このガキ……殺すゥゥ!!」

 

そう、男が持っているのは種子島。

 

男が持つ種子島の銃口は、間違いなく晴也に向いていた。あまりにも予想外過ぎて、晴也は動けなかった。すると、男はニヤリと口を歪ませた。

 

「………やば」

 

種子島が火を噴く。

 

南蛮寺には、大轟音が鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




関係ないけど、銀魂の一国傾城篇で涙腺崩壊したのは私だけじゃないはず。

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