「へへっ、わかってねえな、ハル。織田は勇将があんましいないからな!ここは、武力を上げまくるんだ!」
「それ、脳筋バカになるぞ……」
~とある友達との邂逅~
「えぇ~!君があの柴田勝家なの!?」
「ああ、そうだと言っている」
(俺の歴史知識からすると、無精髭のジジイかと思った。)
今、晴也は織田軍の尾張帰還について行っている状態だ。どうやら先ほどの騎馬隊を率いた鎧武者は、この柴田勝家だったらしい。
「ふ~ん……」
「な、なんだ?」
「いや、思ったよりかわいいじゃないかと思って」
まあ、俺の考えてた人物像と比べてだが。
「な、ななななななんだと!?」
「いや、そんなに動揺すんなよ……」
勝家の顔が赤面したと思ったら、今度はなぜか胸を隠し、刀を抜いたって…っておい!?
「こ、この無礼者!」
「はい!?ちょっと!?落ち着けよ!」
こちらも木刀を構えたが、
「六、やめなさい。一応そいつは、命の恩人なんだから。」
と信奈が言うと、勝家は渋々刀を納めた。
(なんなんだかなあ……)
尾張に着くと町民が意外にも、信奈に信頼を寄せていたことがわかった。
「おお、信奈さまのお帰りだぎゃ」
「今回も今川も追い払ってくれたのねぇ」
「ありがたや、ありがたや」
意外に人気なのか、と晴也は呟いた。
尾張の本城、清洲城。織田信長……ではなく、織田信奈の本拠地だ。
今、俺はそこに居る。織田の重臣たちは、晴也を見てヒソヒソと話をしている。
「で?ハル、あんた織田に仕官したいわけ?」
信奈が切り出したことにより、場が静まる。
「ああ、ぜひ仕官させてくれ」
「……どうしようかしらね」
と、いじわるそうに信奈はニヤケながら言った。
(くっ!あいつ、俺がさる呼ばわりしたことまだ気にしてんのかよ)
「こいつ得体のしれないやつですよ!もしかしたら今川の間諜かも!」
勝家め、余計なことを……
「んじゃ六、ハルと勝負しなさいよ」
『えっ!?』
二人が同時に声を上げる。
「それはいい提案ですね。六十点」
点数をつけている女性は丹波長秀。あだ名は万千代。しかし、なぜ点数をつけてるんだろうか……?
「しかし、それでは結果が見えているかと」
「そうですよ!こんなやつ、けちょんけちょんですよ!」
皆、圧倒的に勝家が勝つと予想している。まあ、普通に考えれば『鬼柴田』と呼ばれる勝家が、まだ若僧と言える晴也に負ける筈がないのである。
「よし、いいぜ! だったらこの勝負、俺が勝ったら仕官させろよ!」
ということで始まった、木刀を使っての模擬戦。城を壊されない様に、そ 外で行われることとなった。
皆、結果は見えてると思っているだろう。勝家は『鬼柴田』と言われるほど、しかもひとたび槍を取らせれば敵う者がいないと言われるほどの剛将だ。
「まあ槍じゃないが、おまえ程度なら十分だろ」
「この野郎……」
晴也は女を痛めつける主義はないが、時と場合によると考えている。
信奈はおもしろそうに笑顔だ。勝家も余裕たっぷり言ったところ。絶対に吠え面かかしてやろう……
「それでは……始めっ!」
長秀の合図でスタート。
「うおおおおぉぉぉッ!!」
いきなりの突撃。勝家の上段切りを受け止めたが……
(うおっ!?重ぇ!)
女とは思えないほど、剣撃が重い。
「ほら、どうした!」
「この野郎……おっらぁ!」
上手く弾いて、今度はこちらの番だ。晴也は鋭く勝家の喉元に突きを放っていく。
「くっ!?あぶなっ!?」
晴也の予想以上の突きのスピードに、驚きながらも全て叩き落す。
「意外と……やるな!」
「そっちも、男のくせに、なっ!」
思った以上の接戦に、見ていた織田兵たちが驚愕する。
「なっ!?あの勝家さまと同等!?」
「なかなかやるだぎゃ、あの二枚目!」
全くの予想外である手に汗を握る攻防に、ギャラリーである兵士たちは騒ぎ始めた。
「ほら、よそ見するなっ!死ぬぞ!」
勝家の重い剣撃を受け流しつつ、
「おまえこそ、そんなでけえもんぶら下げてるからトロくて当たらねえんだよ!」
「なっ!?」
勝家の動きが、一瞬鈍った。隙ありだ! と晴也はお箱芸『一閃』を繰り出した。常人では見えないほど早い突きが勝家に向かう。勝家はなんとかそれを受け止める。だが、圧倒的なスピードや重みに耐えられない木刀が折れてしまった。
(やべっ!止まれねえ!)
寸前で止めるはずが、スピードに乗りすぎてしまい、止まれない。このままじゃ勝家の顔面に………。
「おおおおおっ!」
俺は無理矢理体を捻り、突きは勝家の頬を掠めた。
「おっしっ!……っと、うあっ!?」
しかしバランスを崩して、転んでしまった。最悪なことに、勝家も押し倒してしまった。
「ってて……わりぃ勝家……」
「ッ!!!!?」
どうした。そんな赤くなって。しかし、左手が妙に柔らかい。なんだろう、と思っていると信奈に頭を蹴られた。
「いって!? なにしやがる!」
「あ、あんたが、勝家の胸揉むからでしょ!」
「……え? は?」
「勝負には勝ったけど、男としての勝負には負けたわね」
「おい、どういう意味だっ!」
こうして、とりあえずだが晴也は信奈の草履取りになった。
え?足軽?無理無理。キレた信奈相手になんとかこじつけた結果が草履取りだ。
「晴也、珍しい服を着ている」
今、俺の住家に案内してもらっている。案内してくれるこいつは前田利家。あだ名を犬千代。
「ああ、学生服か?俺の世界じゃ普通だぜ」
「……南蛮の人?」
「いや、未来の日本から来た」
「……ほらふき?」
「違うっ!くそ、やっぱ信じろってほうが無理か?」
信奈、勝家、長秀さんの三人に、このことを言ってもまともに取り合ってもらえなかった。まあ当たり前なのだが。
「……到着した」
犬千代が指さした先には、雑然とした長屋が広がっていた。
家と家の間には垣根なとなく、かわりにモミジのような草を這わせた生け垣があちらこちらを覆い尽くしていた。
「こ、これが武家の住むところか?」
「ここは、うこぎ長屋。下級武士が暮らしている」
「犬千代は? 勝家は?」
「犬千代はこの隣。勝家は家老だから、立派やお屋敷を構えている」
「ふーん。ああ、食事はどうすんの?」
「……これ」
犬千代は、生け垣に茂っている葉っぱを「ぺりっ」とちぎってザルに集めはじめた。
「これは『うこぎ』の葉っぱ。お湯でゆでるとおいしい」
「自分家の生け垣を食うのか、隣丸見えじゃないか」
「……?……犬千代は平気」
ああ、隣はこいつだったな、と晴也はうなづいた。無愛想だけど、親切なやつなのだろうか。
「よろしくな、犬千代。いっしょに頑張ろうぜ」
「……うん」
「だけどさあ、その虎の被り物は?」
「……秘密」
「そ、そうか」
なぜか、無性に聞いてはならない気がする。ていうか聞くと困るような気がするのは何故だろうか。
「おうおう。威勢がよい若者じゃの。ねねを嫁にやりたいくらいじゃ」
枯れきった感じの好々爺が、話しかけてきた。ていうかさりげなく、無断で家に入らないで欲しい。
「……ねね?」
ねねって確か、秀吉さんの妻だったはず。秀吉さんが死んでしまった今、ねねはどうなるのだろうか。
「あの、そのねねって子は?」
一応歴史上では秀吉さんの妻、ということで興味があった。爺さんは「ねね~」と細々しい声を上げた。
「ここにおりますぞ、爺さま!」
そして……ねね? が全速力で爺さんの膝元に駆け寄ってきた。
「この子がワシの孫娘のねねじゃ。八つだが、なかなかおりこうさんじゃぞ、おうおう」
「ねねにござる!晴也どの!どうぞよろしゅう!」
両手をばんざいしながら歓声を上げた。数えて八つ=満七歳というが、この時代の子供は現代人と比べると小柄なせいだろうか、見た目にはほぼ幼稚園児だった。まあ、後何年か経ったら美少女の仲間入りだろう。確実に。
「ああ、よろしく……っていうかなんで俺の名を?」
「晴也どのは、長屋中で評判ですぞ!」
「……どういう感じの評判?」
「ええっと、信澄さまに負けないほどの美男子で、それに剣術が出鱈目な強さで、」
「………うん」
「……柴田勝家様を『陵辱』したと!」
「ガハッ!?」
思わず口から吐血しそうになった。
「おまっ!?意味わかって言っているのか!?」
「ねねはもう八つですぞ!わかっておりまする!」
……こんな純水な笑顔を見せる子が、陵辱なんて言葉を知ってるはずがねえ。てかいくらなんでも尾ひれ付き過ぎだろうが。後でこの変な噂を止めなければ。
なんて、わいわいやっているうちに、こっそりと犬千代が耳打ちをしてきた。
「……晴也」
「ああ、わかっている」
部屋の天井裏から気配を感じる。しっかりと木刀を握り、いつでも返り討ちにできるのだが、なにもして来ない。
「……ちょっと、行ってくる」
「……犬千代も」
「いや、いい。もしもの時のため、ねねたちを頼む」
「……わかった」
晴也の実力は、犬千代も勝家との模擬戦を見たので十分わかっている。晴也はさっと部屋を出て、山沿いに走った。そして、人気の無いところに出る。
「おい、そろそろ出てこいよ!」
「さすが」
木の上に、鎖帷子と忍者服で全身真っ黒の忍びが腕を組んで立っていた。
「拙者の名は、蜂須賀五右衛門でござる。木下氏にかわりに、ご主君におちゅかえするといたちゅ」
口調は忍びらしかったが、最後はかみかみだった。
「や、失敬。拙者、長台詞が苦手ゆえ」
「秀吉さ……じゃなくて、藤吉郎さんの娘かなにかか?」
「相方にござる。足軽の木下氏が幹となり、忍びの拙者はその陰に控える宿り木となって力を合わちぇ、ともに出世をはたちょう、そういう約束でごじゃった」
「……三十文字ぐらいが限界?」
「う、うるさい。ご主君、名をなんと申す?」
「五月雨晴也だけど」
「では拙者、ただいまより郎党“川並衆”を率いて五月雨氏にお仕えいたす」
しばらく晴也は頭を抱えて悩んだが、この時代は味方は多い方がいい……という結論に至った。
「いいけど、俺は金なんか家にある数文しかねえ。給料は出ないぜ」
「すでに、五月雨氏は織田家の一員。あそこは給料の支払いがいい」
「まあ、まだ草履取りだがな。要は俺が出世すればいいんだろ?」
そうすれば、五右衛門たちは晴也直属の正式な部隊として働ける、ということだろう。
「さようでござる」
「よし、わかった。待ってろ、大出世してやるからな」