五月雨晴也の野望   作:漆原 涼介

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大分急いで書いたので、文章的に崩れてるかもしれません。


第十八話 黄金の都

ーーーーーーー『何か得るためには、何かを捨てなければならない』

これは至極当たり前の事。故に決断力のない者は、どちらも得ることが出来ない。だが、真に才ある者ならば、どちらも捨てずに得てしまうのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南蛮寺で一夜を過ごした晴也は、朝早くに南蛮寺を後にした。梵天丸とフロイスからもう少しいて欲しいとせがまれたが、やはり信奈たちがどうなっているか気になったため、再会を約束して別れた。そこまでは良かったが……

 

「ハル!この丸いお菓子はなに?」

「……お菓子じゃなくて、たこ焼きだよ」

「へぇ、食べたいわ!」

「はぁ……仕方ねえな」

 

なぜこんな状況に……。

 

信奈は、義元を将軍にするために御所へ訪問。しかし、関白・近衛前久は義元の将軍宣下を拒否。確かに、将軍宣下の権利を持つ公家衆が義元を傀儡に使っての傀儡幕府で信奈が実権を握るのを邪魔するのは当然だ。そして無理難題。「今月のうちに、銭十二万貫文を御所に納めよ」との条件を出した。現代で略すと、一流企業の取締役が稼ぐ収入の百年分。まあ、織田家の家臣たち全員が十年間タダ働きをすれば、なんとか…という感じだ。しかし、今月に支払わなくてはいけない。しかも、今月といっても後一週間しかない。

 

そこで信奈は『黄金の都市』と呼ばれるこの『境』に目をつけた。そして信奈は「お忍びだから」といって、町娘に変装して晴也と共に境の町に。

 

「ほら信……じゃくて、吉」

「うわっ!熱いわね、たこ焼きって」

 

道端のお座敷に座り、信奈と共にゆったりと過ごしていた。

 

「おいおい。ふーふーって冷ませよ」

「なんでわたしが……あっ」

 

信奈はポンっと小さな手を叩いた。

 

「あ、あんたが食べさせてよ」

「……は?」

「ほら、早くっ!」

 

信奈が顔を近づけてきた。やはり姫大名の顔を忘れているからだろうか。妙に馴れ馴れしい。

 

「仕方ねぇ……ふーふー。ほら、食え」

「あむっ……うん。中々いけるじゃない!」

 

そういって信奈は笑った。やはり安心しきっているからだろうか、顔つきが柔らかい。こっちが本当の信奈なのだろうか。

 

「あっ、おい。青海苔付いてる」

 

晴也は信奈の口元に付いている青海苔を指先で取り、ペロリと舐めた。

 

「な、ななななにするのよっ!?」

「は?いや、もったいないじゃん」

「こ、この変態っ!!」

「なんでっ!?」

 

なぜか信奈は顔を赤くさせた。今だに年頃の女の子についての理解が乏しい晴也では、理解出来なかった。

 

「あっ、ハル!見て見て、あれはなに?」

 

笑顔ではしゃぐ信奈の先には、従来の真ん中をのろとろと進む一頭の巨大生物。それは、晴也でも誰でも、現代人なら見に覚えがある。

 

「お、像じゃん」

「像?なに、あの長いもの」

「ああ。あれは鼻だ。あれで遠くの餌を採って、口に運ぶんだよ」

「へぇ、なるほどね」

 

南蛮に興味がある信奈にとっては、凄く魅力的なのだろう。この世界では、既に大航海時代。ポルトガルやイスパニア。その他にもシャムや明、琉球などからの南蛮貿易が盛んだ。そして、この境は南蛮貿易の一大拠点。ここ境には、世界から集まった金がある。信奈はまだ、将軍宣下を諦めてはいない。

 

「ハル、あっちの動物なに?」

 

次に信奈が指さした生き物は、背中に大きなこぶがある動物。

 

「砂漠の動物、ラクダだ。あのこぶの中には栄養を蓄えているんだ。南蛮の砂漠ってのは広いからな。あのこぶのおかげで、砂漠を飲まず食わずで何日も歩いていける」

「へぇ。あんたって本当になんでも知ってるのね」

「現代ではこれが当たり前なんだよ」

「いいわね。わたしも、そんな時代に行ってみたいわ」

 

そうだな、と晴也は微笑んだ。確かに信奈にとっては現代は相当の魅力であるに違いない。だが、信奈はこの時代だからこそ輝けるのだろう。やがて信奈は歩き疲れたといって、近くの茶屋で休憩することとなった。

 

「この堺には、大切な思い出があるわ……」

「思い出?」

「そうよ。わたしが初恋の人と一緒に歩いた町」

 

そう言うと、信奈はちらりと晴也のほうを見たが、どこかのサルのように「ムキー!」と嫉妬せず、相変わらず「へぇ~」という生半可な答えしか返ってこない。信奈はつまらなそうにため息を吐いた。ちなみにこの信奈の初恋話は十年前、父親とこの堺にきた時のことだ。しかも相手はパードレ。

 

「で、なにかツテでもあるのか?」

「ええ。わたしがいつも種子島を買ってる納屋の主人・『今井宗久』よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、晴也と信奈は今井宗久が営む納屋へと到着した。

 

「おひぃさま。えらい久しぶりです」

 

今井宗久。髪には若干白いものが交じっているが、体は衰えを知らない屈強な肉体を保っていた。顔は岩石のように固そうだ。まさに堅物といった感じだ。そして、目が悪いのだろう。南蛮渡来の片眼鏡をかけている。

 

「ええ。久しぶりね、宗久」

 

どうぞ、と宗久は自分が点てた粗茶と店の独占物であるたこ焼きを出してきた。

 

「実は相談があるの」

「十二万貫文、でっしゃろ」

「なんだ、知ってたの。なら話は早いわね……宗久、お願い!将軍宣下が通れば、天下統一が一歩近づくのよ!協力して!」

 

信奈は両手を合わせた。だが、宗久は頭を振った。

 

「織田家は常連客ですが、それは無理ですわ」

「なんで?たこ焼きで大儲けしてるんでしょ?」

 

今井宗久はたこ焼きの独占権を持っている。たこ焼きを売ることが出来るのは納屋だけだ。それ故、他の会合衆よりも儲けが多い。

 

「十二万貫文も出したら、もう納屋は終わりですわ」

 

一応あるのはあるらしい。まあ、そんな額を出したら納屋は倒産するだろうが。うう、と信奈は頭を捻った。あっ、と晴也は閃いたようにぽんっと手を叩いた。

 

「だったら……買い取ってくれないか?」

 

不意に、晴也が口を開いた。

 

「買い取る?……あんさんは?」

「五月雨晴也だ。あんたのことはよく知ってるよ」

 

『織田信長公の野望』の野望で言うと、よく取引に使われる納屋の主人だ。鉄砲や弾丸だけでなく、季節の変わり目に茶器を売りに来る。史実では、会合衆と信長の武力衝突を止めた人物でもある。

 

「それがしを?」

 

宗久は不思議そうに首を捻った。

 

「こいつ、未来から来たんですって」

 

信奈は胡散臭そうに言ったが、宗久は「ほう……」と眼を光らせた。未来から来たということを信じる、というより興味を持った感じだった。

 

「して、買い取ると言うのは」

「ああ。俺が新たな“たこ焼き”を作る。その権利を買ってくれないか?」

 

またしても宗久は眼を光らせた。

 

「新たなたこ焼き……」

「ああ……悪いが、まだ店のたこ焼きは『完成してない』ぜ」

 

一瞬、ピクリと眉をひそめたが、ふはははは!と宗久は破顔。度量の高さがうかがえる、大きな笑い声をたてた。

 

「それがしのたこ焼きが、まだ未完と?」

「そうだ。悪いがまだまだ、このたこ焼きは進化出来る」

「進化……」

 

またしても宗久は、大きな笑い声をたてた。馬鹿にしている笑いではなく、おもしろい、といった笑いだ。

 

「おもしろい。なら見せてもらいましょうか『新味のたこ焼き』を」

「ああ、任せろ!」

 

晴也は笑って親指を突き立てた。宗久は満足そうにうなづく。

 

「まあ、今日は遅いでっしゃろ。それがしの屋敷にお泊りいただくわけには?」

 

まあいいかしら……と信奈がうなづいた。

 

「それでは、たこ焼き披露はいつに?」

「そうだな……明後日でいいか?」

 

もちろん、と宗久はうなづいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして夜、晴也と信奈は宗久の屋敷に泊まることとなり、客人用の部屋へと案内された。ありがたいことに布団まで敷いてある。……それは良いが、なぜか二つ布団が敷いてあった。しかも、近い。

 

「ちょ、ちょっと待て、おっさん。これじゃあ、俺と信奈の部屋が同じじゃないか」

「丁度、空きがないんですわ」

 

ふふふ、と宗久が含みを持った笑いをした。

 

「なら、俺はそこらの宿屋でいいし、なんなら廊下で寝たっていい」

 

いくら朴念仁の晴也でも、年頃の男と女が一緒に同じ部屋で寝るのが不味いことくらいわかっている。ましてや、主君である信奈となんてもってのほかだ。

 

「あら、ハル。わたしになにかするつもりなの?」

 

いやらしいわね、と信奈はニヤケた。大げさに両手で体を隠している。

 

「いや、なにもしないけど……」

「だったら良いじゃない」

「でもなぁ……」

「ハルは女の子と寝ると、襲いかかる変態野郎なの?」

 

くっ、と晴也は歯噛みをする。妙に信奈の得意げな顔が苛つく。

 

「わかったよ……寝ればいいんだろ、寝れば」

 

思わずそう言ってしまった。晴也はふん、といって布団に入った。それに続き信奈も自分の布団に入る。宗久はニヤニヤと笑いながら部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……しばらく経つ。

 

「……なんで俺の布団に入ってるんだ、信奈」

 

しばらく経っても寝付けない晴也の布団には、なぜか信奈も入っていた。

 

「だって、寒いし。こっちのほうがあったかいじゃない」

「まだ冬じゃないだろ」

「もう、うるさいわね。寝かしてよ」

 

そういって信奈は目を閉じた。晴也が「お、おい、ちょっと」と声をかけるが、間もなく信奈から微かな寝息が聞こえ始めた。

 

「すーすー」

「……くっ」

 

流石に不味い、一つの布団に二人はきつ過ぎる。下手したら信奈の吐息がかかるほど。晴也は気持ちを落ち着かせようと深呼吸した。

 

「そうだ、信奈側の布団に入ればいいんだ」

 

晴也は布団から、そろりと信奈を起こさないようにと出て、信奈のほうの布団へと入った。まだ生温かいのが気になるが、さっきの状況よりは数倍マシだろう。

 

「ふ~。これで寝れる」

 

 

 

 

晴也は安心して目をつぶった。だが、しばらくしてもなぜか寝付けない。違和感というかなんというか、奇妙な感覚に襲われる。思わず目を開ける。

 

「またかよ……」

 

目の前には信奈がいた。しかも、さっきよりも近い。

 

「…た…い……」

 

信奈の小さな手が、晴也の袖を掴んでいた。

 

「ん?」

「あったかい……」

 

信奈の口から、そんな言葉がもれた。

 

「……仕方ないな」

 

晴也はなんとか寝ることにしたが、

 

「……っ」

 

信奈の胸元はすっかりはだけてしまっている。見る角度を変えると、危ういところまで見えてしまいそうだ。

 

「の……のぶな」

 

胸元を直してもらおうと声をかけたが、信奈が起きる気配はない。布団から出ようと思ったが、下手に体を動かせば信奈を起こしかねない。

 

「なんだよ、この拷問……」

 

晴也は思わず、大きな溜息を吐いた。これが晴也じゃなく、某サルなら飛びついていそうだ。気にせず寝よう!と前向きな考えで目を閉じるが、

 

「あ…ん…っ……ふぅ……っ………」

 

少しもぞもぞと体を動かす信奈。体を動かそうとして軽く弾んだ声でさえ、やけに色っぽく聞こえてしまう。晴也の目はすっかり冴えてしまった。

 

「もう、勘弁してくれよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝。

 

「あー、眠い」

 

晴也は朝を迎えた頃、一人布団から抜け出し、納屋を出て堺の市場を歩いていた。明日のたこ焼き披露のための材料を集めるためだ。

 

「卵黄と酢、か。ここならなんでもありそうだな」

 

まだ朝早くだというのに、市場には人が溢れていた。

 

「五右衛門、本当にここの市場が一番安いんだな?」

「左様でござる」

 

隣には五右衛門も歩いている。五右衛門には堺の市場の相場をあらかた調べてもらい、安いところを探してもらった。

 

「後、川並衆も集合をかけといてくれ」

「川並衆の男たちに料理は無理でごじゃる」

「いいからいいから、頼むぜ!」

 

そういうと晴也は人混みに紛れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日・たこ焼き披露日

 

開口神社の境内に、信奈に宗久、そして割烹着を着て屋台の前に立つ晴也。応援に、半兵衛に五右衛門に犬千代が駆けつけてくれた。川並衆が数人来ている。

 

「五月雨はん、これは?」

 

川並衆を不審に思い、宗久が口を開いた。

 

「ああ、気にしないでくれ。サービスだからな」

「さーびす?」

「まあ、それは後でな。それじゃ、いくぜっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分後ーーーーー

 

「出来たっ!」

 

晴也が声を出すと、宗久や川並衆からおおおっ!と歓声があがる。

 

「ほらっ」

 

晴也は信奈と宗久の下に、たこ焼きを差し出した。だが、そのたこ焼きの姿を見て、二人の顔は真っ青になった。

 

「これは、揚げ過ぎちゃいますか?」

「なに、この白いねばねば……」

 

信奈は気持ち悪そうに体を震わせ、宗久は引きつった笑いをしている。その間にも、晴也は川並衆や五右衛門たちにも一皿ずつ渡していった。

 

「まあ、『揚げたこ焼き』だからな。その白いのは『マヨネーズ』だ。卵黄と油に酢を混ぜただけの代物だけどな」

 

晴也は、たこ焼きはソースではなくマヨネーズ派だ。なぜソースはあるのに、マヨネーズはないんだ、と不思議に思っていた。揚げたこ焼きは、現代でたまたま覚えていたレシピを思い出したものだ。

 

「真夜姉酢……?」

「おひぃさま、とりあえず食うてみまひょ」

 

皆、嫌そうな顔をしながら晴也が作ったマヨネーズつき揚げたこ焼きを、ぱくり。しばしの沈黙。そして、最初に口を開いたのは宗久だった。

 

「なんちゅう……なんちゅうもんを……」

「……え?」

 

なんとあの今井宗久が、ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。やばい、口に合わなかったかな……と晴也は嫌な汗をかいた。

 

「不味い…かな?」

「違う、逆や!美味過ぎるんや!」

 

一斉に、試食を終えた面々から歓声があがる。

 

「こ、これは美味いぜ、坊主!」

「くすんくすん。と、とっても美味しいです」

「あ、あちあちあち。でも、おいちいでござる!」

「……犬千代、おかわり」

 

などなど、揚げたこ焼きとマヨネーズは大絶賛。

 

「ハル、本当に美味しいわね。もう一個ちょうだい!」

「まあ待て、もう一個あるんだからな」

 

そういって晴也は、もう一つの新たなたこ焼きを差し出した。これが、晴也にとっては本当にオススメの一品だ。

 

「五月雨はん。外見はなにも……」

「まあ、食ってみろ」

 

宗久はいささか落胆した色を見せたが、ぱくりと一口食べると。

 

「な、なんちゅう……なんちゅうもんを……!!」

 

またしても宗久は、ボロボロと大粒の涙を流した。それにつられて信奈たちも、ぱくりぱくりと食べ始める。

 

「その中に入ってるのはマヨネーズじゃないぜ。クリームチーズ。名付けて、『たこチーズ』だっ!」

 

南蛮からの貿易が盛んな境には、外国の食料も手に入る。だが、それでも見つからなかったので、市場から買ったレモンやらなにやらを使って自己流で作ってみたものだ。またしても、試食した者たちから歓声があがる。

 

「うぅ……生きてて良かったぜ!」

「さ、さっぱりしてて……美味しいです!」

「はむはむ……おいひぃでござる!」

「……おかわり」

 

晴也特製のたこチーズも大絶賛。中身にクリームチーズを加えただけだが。というか、このたこチーズも現代で覚えたレシピをうるおぼえで作っただけだ。

 

「こ、これは美味過ぎるわね……」

「良かった良かった。二つとも気に入ってもらえて」

 

晴也はふー、と大きな息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、いくらだ?」

 

晴也の言葉に、急に宗久の顔きつくなる。

 

「そうでんな……二万貫文でどうでっしゃろ?」

 

近衛に出すのは十二万貫文だ。半分以上足りていない。信奈が口を出そうとしたが、晴也はそれを止める。

 

「おいおい、こっちは調味料のマヨネーズ、さらに揚げたこ焼き、そしてたこチーズの三品だぜ?たこ焼きの種類があと二種類も増えて、最高の調味料であるマヨネーズも手に入るんだ。もっと増えてもいいだろう?」

 

晴也の言葉に、宗久は眉をひそませる。

 

「逆に言えば……三品でっしゃろ?」

「くっ……」

 

確かに、逆に言えば三品で二万貫文を取ろうとしているのだ。普通に考えれば、これほどうまい話はないだろう。

 

「たこ焼きの独占権はあんたにあるんだよな?」

「左様」

「なら、『たこ焼き』じゃなくて、『揚げたこ焼き』や『たこチーズ』は売っていいんじゃないか?」

 

むむっ、宗久は口を尖らせた。そうだ、宗久が持っているのはたこ焼きの独占権だけだ。というか、まずたこ焼きは今までの一種類しかない、という考えでの独占権だろう。ならば、つけ込む隙はあるはずだ。

 

「それは屁理屈ですわ」

 

宗久は呆れたようにニヤリと笑ったが、僅かに目が泳いでいる。

 

「だが、その屁理屈が通ったらどうするよ?」

「揚げたこ焼きは、たこ焼きという名が入ってますわな」

「なら、たこチーズだ。この話が三万貫文で片付くなら、他の会合衆にこの話を持ってってもいいんじゃないか。例えば、津田宗及とかにな」

 

天王寺屋店主・津田宗及。今井宗久の商売敵であり好敵手だ。その名を出すと、今井宗久は目を光らせた。

 

「そもそもな。俺はたこ焼きであり、たこ焼きではないものを作れる」

「!?どういう……」

 

流石に宗久は驚いたようだ。身を乗り出している。

 

「言っただろ?俺は未来から来てるんだよ。未来ではな、たこ焼きと外見も味も、似過ぎているってくらいの食べ物があるんだ。そして、俺はそれを作れる」

「……っ!!」

 

たこ焼きの独占権で成り立ってる納屋には、それと似ていて同程度の美味しさを持つ食べ物が出れば、間違いなく痛手となる。

 

「だからな、そいつを津田宗及に売ってだ、それにマヨネーズやらクリームチーズやら付ける。それを売る権利を、津田宗及に買ってもらう。もちろん、他の会合衆にその権利を買ってもらうのもいいな。さて、宗久。新しいものと古いもの、どちらの勢いが強いか、あんたにはわかるはずだ」

 

そう、これまでと違った新しい考えを持つ、織田信奈のように。

 

「五月雨はんがいうそのたこ焼きと良く似た、特製の名物を作り、その権利を会合衆に買わせると……いうわけでんな?」

「ああ。おそらく、たこ焼きの権利を欲しがる会合衆全員にその権利を買ってもらえば、明らかなに二万貫文で以上の大金になるはずだ」

 

晴也がいうそのたこ焼きに似たものを他に売り込めば、古参となるたこ焼き勢いは間違いなく弱まる。なのでそうされると、宗久はかなり困るはずだ。

 

「あんたが、もっとこの新味たこ焼きを高値で買ってくれるのなら、俺の言うその名物は、誰にも口外しないこととにしよう」

「なるほど……わかりましたわ。なら、三万貫文でどうです?」

 

マヨネーズ、揚げたこ焼き、たこチーズで一万貫文ずつ。といった感じだろうか。だがそれでも、晴也は満足していない。

 

「悪いが、俺は料理はこの二つのたこ焼きだけじゃないんだぜ。他にも、たこ焼きに並ぶ名物が作れるんだ」

「なんとっ!?」

 

宗久は驚いた。もし晴也がたこ焼きに並ぶ新たな名物を作り、他の会合衆に売れば、たこ焼きは過去のものとなってしまう。

 

「……脅しでっか?」

「さあな。さて、いくらだ。宗久」

 

むう…と宗久は頭を悩ませる。三万貫文では、まだ駄目だ。

 

「四万貫文……これで、どうや」

「頼む、宗久。もう一万貫文だけ、頼む。信奈は必ず天下を取る。そしたら、あんたは日本一……いや、世界一の商人になれるぜ」

 

その言葉にチラリと宗久は信奈を見やる。確かに若き頃に見た時から、なにか他者とは違うものを感じていた。

 

「……そうでんな。おひぃさまなら」

 

宗久は意を決したように立ち上がった。

 

「わかりました。五万貫文で手を打ちましょう」

 

ありがたい!と晴也は宗久の手を取って喜んだ。そして晴也は川並衆に「頼んだ」と手で合図し、川並衆は全員町のほうへ走っていった。

 

「宗久。これは俺からのサービスだ。川並衆には、新味たこ焼きの宣伝を境の町中にしてもらってる。これで、あんたの店には客が殺到するぞ」

「……五月雨はん。おおきに」

「いや、流石に無理言ったからな。これぐらいはするさ」

 

とにかく、と晴也は一拍置いた。

 

「これでどうにかなる……!」

 

晴也はよしっ!とガッツポーズしたが、

 

「でも、まだ七万貫文も足りないじゃない」

 

隣で晴也と宗久のやり取りを見ていた信奈が口を開いた。そうだ、確かにまだ半分以上足りていない。

 

「大丈夫だよ。五右衛門、ちゃんと『集めてある』な?」

「もちろんでござる」

「よし、それじゃあ行くか!」

 

晴也は町のほうへと走っていく。それに続いて、五右衛門や半兵衛に犬千代も後を追っていった。あっという間に彼らの姿は見えなくなった。残った信奈と宗久は顔を見合わせる。

 

「全く……ハルはなにを考えてるんだが」

 

少し頬を膨らませている信奈に、宗久は目を光らせた。

 

「おひぃさま。さては、五月雨はんにホの字でんな?」

「な、ななななにいってるのよ!?」

 

ビクッと信奈は体を震わせ、明らかに動揺し始めた。

 

「あのお方なら、おひぃさまにお似合いかと」

「う、うるさい!」

 

信奈は顔を真っ赤にして、晴也たちが行ったほうに走っていった。宗久はそれをおもしろそうに笑う。やがて信奈の姿が見えなくなり、宗久は一息吐いた。

 

「若さ、ちゅうもんか……」

 

まだ、わいの野望は終わってへんかったな……。

 

 

 

 

 

 

 

 


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