五月雨晴也の野望   作:漆原 涼介

18 / 23
第三章 天国と地獄の狭間で
第十七話 織田軍、上洛


人間には『協調性』が必要だ。学校のクラスメートとも、職場の同僚とも、協調性がなければ良い関係は築けない。そして、いくら才ある人間でもスタンドプレーばかり続けていては、いずれ必要とされなくなる。逆に、地味ながらも協調性がある者のほうが、高評価を受ける場合は少なくない。それでも、やはり周囲とどこかズレている人はいるものだ。問題なのは、それを『個性』と言べきなのか、それとも、協調性がないと言うべきなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

信奈率いる織田軍は、遂に京の都へと入った。「六角承禎が一日で滅ぼされた」と聞き、三好一党と松永久秀は逃げるように、京から兵を退いていた。なので織田軍はすんなりと、京を領地にすることができた。

 

最初は信奈のあらぬ噂を聞き、不安がっていた京の民たちだったが、

 

「民に乱暴した兵は打ち首!銭と米を民から取り立てることも厳禁よ!」

 

と京の町じゅうに布告。

織田軍の兵はその言いつけ通り、いっさい民に乱暴を働かなかった。皆、逆らえば冗談抜きで首が落とされるということを理解しているのだ。

 

「信奈はんは、わいら民の味方や」

「うち、ほれてもうたよ」

「織田家は美男美女ばかりいうのは、ほんまやったね」

 

応仁の乱以来、京の都に暮らす民は百年に渡る絶え間ない戦と略奪に苦しんでいた。大歓声を信奈が陽気に手を振って応える。そんな信奈の姿をみて、救世主の如く拝む者たち、あるいは涙を流して迎える者たちもいた。

 

だが、それでも未だに京は安全と言えるほど治安は回復していなかった。三好軍が盗賊まがいの様々な略奪を繰り返したことにより、民たちは飢えていたのだ。

 

「なあ、信奈」

「……ん?」

 

そんな光景をみた晴也は信奈にこっそりと耳打ち。信奈は顔を近づけられて、一瞬頬を赤く染めたが、

 

「いいわね、それ!やりなさい!」

 

と手を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、晴也は川並衆を呼び、巨大な鍋を運ばせた。そしてなんと、道中の真ん中で『炊き出し』を始めた。しかし炊き出しといっても、川並衆が仕入れた野菜中心の食材を切って、洗って、後は鍋に放りこむというひどく大雑把なものだ。しかし、無論害はないし、より多くの民に配るのには、このやり方が効率が良いと思ったからだ。やがて、どうにも香ばしい匂いに釣られて、さっきまで寝ていた者たちや飢えに苦しむ者たちが、ぴくっと反応する。

 

「よっし!皆、食え~!」

 

晴也の言葉を皮切りに京の民たちが殺到。我先にと急ぐ民たちに、晴也は料理人らしい割烹着を着て、豪快に大鍋を振るまった。

 

「またまだあるからな~!慌てるなよ~、慌てるなよ~」

 

意外だったことに、今ではすっかり川並衆に溶け込んだ義龍は、不器用なはずなのだが、なぜか鍋から茶碗に具材を注ぐ作業はしっかりとできていた。他の川並衆も行動を開始。茶碗を配る物、列を並ばせる者、食材を洗う者。などなど、屈強な男たちが額に汗をかきながら動いていた。

 

「……すごいでござるな」

 

当初は「我らでは無理でござる」と愚痴をこぼしていた五右衛門だったが、川並衆の思った以上の働きぶりに驚いていた。

 

「おい!前のやつを押すんじゃねえぞ!」

「おら、熱いからな!ゆっくり食べろよ!」

「儂にもこんなことが出来たとは……!」

 

確かに川並衆も初めは乗り気ではなかったが、時が経つにつれて笑みがこぼれるようになっていた。

 

「やっぱりな……川並衆だって、こんなやり方はできるんだよ」

 

汗だくになりながらも笑って作業を続ける川並衆に、晴也は微笑みなから呟いた。

 

「さて、俺もどんどんやらないとな……」

 

晴也は慣れた手つきで包丁を扱い、玉葱、大根、人参、魚などを一定の大きさに切っていった。

 

「それ、もらえるか?」

 

女の子が茶碗を持って鍋の前に立つ晴也の下へと駆け寄ってきた。

 

「ああ、どうぞ」

 

髪が禿の、巫女装束の少女だった。京都人形のように、綺麗な顔立ちをしていた。晴也はその女の子の茶碗に鍋の具を注いだ。

 

「ありがとう」

 

表情は変わらず無表情だが、少し口元が和らいだ気がした。

 

(なんというか……不思議な子だな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして炊き出しが終わり、飢えていた民たちは生きる活力を取り戻していた。炊き出しに参加した民たちは、頭を下げたり、拝んだりして帰っていった。かなり忙しかったからだろうか。いつの間にか、もう夕刻となっていたので急いで片付けを始めた。

 

「……ん、君は……」

 

民たちが立ち去って行く中、さっきの女の子が晴也をじっ見て立っていた。親からはぐれでもしたのだろうか……と思い、声をかけようとしたが

 

「「おい!!ちょっと待てよ!!」」

 

男の怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「あ、ちょっと」

 

女の子はその方向に走って行ってしまった。晴也もなにか不味い予感を感じて、川並衆に後片付けを任せ、その声の方向へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晴也が駆けつけるとそこには、片目に眼帯をした幼い女の子と金髪で碧い目のシスターが、山賊?のような男たちに囲まれていた。男たちはニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら、二人に近づいていく。珍しい南蛮人だから、という理由で絡まれたのだろうか。

 

「ええい、近寄るな!この十二使徒再臨魔界全殺(ボンテンマルモカクアリタイスゴイソード)を喰らわすぞ!!」

 

眼帯の女の子が刀を抜くが、どうにもちんまりとしていて、恐怖は微塵も感じられない。

 

「へへっ!南蛮の女は初めてだなぁ!」

「俺はあのパードレだ!」

「それじゃあ俺は、ガキをもらう!」

 

晴也が止めようとした瞬間。

 

「ならぬ!!」

 

さっきの巫女少女が声を荒げた。「あぁ!?」と男たちの目線が、その子へと向かう。だが、巫女少女は決して退かなかった。

 

「ひのもとのたみなら、はじをしれ!」

 

なぜだかわからないが、その子が発した声に、威圧感に似たなにかを感じられた。思わず男たちが後ずさり。とてもじゃないが、小さな女の子とは思えないほどの迫力だった。晴也も隣に立つ。

 

「全くだ。みっともなさすぎるぜ、あんたたち」

「う、うるせぇ!!」

 

キレた男の拳が晴也の顔面へと飛ぶ。晴也は拳を避け、相手の胸ぐらを掴んで投げ飛ばした。

 

「ほら、さっさとかかってこいよ」

「おお、やるじゃないか!この梵天丸も負けてはおれん!!」

 

晴也の勢いに続けと、梵天丸という女の子も男たちを蹴散らし始めた。シスターがそれを悲しそうに拝んでいたが、今はそんな状況ではない。晴也と梵天丸により、男たちは数秒後には地面に伏していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、晴也は梵天丸という子にひどく気に入られてしまった。シスターにも「お礼をさせて下さい」といわれ、石造りの協会である南蛮寺へと案内された。巫女少女は「もういかなくては。たのしかった、ありがとう」と言い、そそくさと帰ってしまった。なぜか帰り間際に『握手』を求められた。断る理由もないのでしたが、ひどく心がざわついた。奇妙な感覚だった。

 

「めずらしいな。これが南蛮寺ってやつか」

「はい。先ほどは助けていただき、ありがとうございます」

 

流暢な日本語を話すシスターは、ぺこりと頭を下げた。さっきの戦闘では気づかなかったが、この子のスタイルは色々とやばい。晴也でさえ、思わず凝視してしまったそれ。今まで見てきた女性の中では、一番の勝家さえも超える巨乳。しかも、体全体が細いから、それがより際立っている。

 

「ええと、ハルヤさん?わたしはここで司祭を務めさせていただいています。ルイズ・フロイスと申します。先年、ポルトガルから参りました。よろしくお願いします」

「こちらこそ。俺は五月雨晴也、織田家の武将だ」

「ククク……注意しろフロイス。この男もフロイスの乳目当てに違いない」

 

そして晴也の膝の上で座っているこの眼帯っ子を梵天丸という。特に説明を求めなくても、自分自身で名乗っているのでわかる。

 

「いや、別にそういうわけじゃないが……」

 

と、完全に否定することはできない。男なら、あの胸に目を奪われるのは当然だろう。むしろ、奪われないほうがおかしい。

 

「そ、それはその……ええと、む、胸が不自然に大きくてすいません……」

 

そんな謝り方はみたことないんだが……

 

「お、大きいことは、何事にもいいことだぞ!」

 

そう言って、とりあえず励ます。晴也自体は別に貧乳派でも巨乳派でもない。歳のわりに小さいと悩みを持つ半兵衛や、逆に大き過ぎると悩みを持つ勝家から何度か相談を受けていたが、正直、なぜそこまで胸に固執するのか、よくわからなかった。

 

「そ、そうですか?ジパングに来てからというもの、皆さんから『牛のような胸』と言われ、『牛の神様』と呼ばれるようになってしまったのですが……」

 

と、フロイスが涙ぐむ。

 

「う~ん。男は皆、どちらかといえば……巨乳が好きだと思うけど……」

 

そういって、記憶を巡らす。確か、胸が大きい女性に男性は弱いと聞いたことがある。

 

「でも……ヨーロッパでは、胸の大きな女性は悪魔の使いだと……」

「現代だったら、悪魔じゃなくて天使の使いなんだろうけどなぁ」

 

というか、こんなに一生懸命な女の子を悪魔呼ばわりなんて……ヨーロッパはどうなっているんだ。

 

「ゲンダイ?」

「神を信じるフロイスなら、信じてくれるかもしれないな。実はな、俺は未来の日本から来たんだ」

「まあ、未来から、ですか」

 

フロイスは特に驚きもせず信じてくれた。いや、本当に信じているのかはわからないが……。

 

「ああ。この時代から四百年先くらいの未来だ」

「おお、五月雨はいい歳してかわいそうに」

「いやいや、おまえには言われたくないぞ」

 

そう言って、梵天丸の頭をポンポンと叩いた。

 

「まあとにかく、フロイスはもっと自信を持っていいんじゃないか?」

「そ、そんな……僧侶の皆さんも『心を乱される』と目をつぶってしまわれるのですよ……」

 

かわいそうに、フロイスも生きる時代を間違えたのかもしれないな……と僅かに仲間意識が芽生えてきた。

 

「それはフロイスが魅力的だからだよ。それは悪いことじゃないぞ?俺が暮らしていた世界では、男の大半が巨乳好きだったはずだ」

 

少なくとも、日本男性の八割は巨乳好きだったはず。だからといって、別に貧乳が悪いとは言わない。貧乳こそ至宝だ!というやつもみたことあるし。

 

「そ、そうなのですか?」

「ああ。要するに美意識の問題なんだ。女にとって、胸が大き過ぎるなんて羨ましい悩みだと思う。だから、あんまり気にするな。むしろ威張ったっていいんだ」

「い、いばる?」

「おう。文字通り、堂々と胸を張ってればいいんだよ」

 

そういって晴也はどんと、自分の胸を叩いた。フロイスはポカンと、あっけに取られたように口を開いていた。

 

「そんなこと言われたのは初めてです……」

 

と、フロイスが頬を赤らめながら、晴也の顔を上目遣いにちらりと見つめてきた。梵天丸は「ほほう」と感心したように声を出す。

 

「五月雨。おまえ、変なやつだな」

「そうかな、眼帯丸ほどじゃないと思うぞ」

「眼帯丸ではない!梵天丸だっ!」

 

梵天丸は晴也の膝の上を降りて、ギャーギャーと騒ぎ始めた。

 

「そもそも、なぜ眼帯をつけてるんだ?」

「ククク。我がびぃすとだからよ」

 

梵天丸は片眼につけた眼帯を指さした。よく見ると、6・6・6と刻印してあった。全く意味がわからなかったが、『ヨハネの目次録』に出てくる怪物ですよ、とフロイスが教えてくれた。

 

「へ~。見せてみろよ」

 

晴也が手を伸ばすと、梵天丸は咄嗟に眼帯をしているほうの眼を手で覆った。

 

「と、取ると恐ろしいことが……五月雨が怖がる。この梵天丸を、恐れるようになる……」

「大丈夫。ハルヤさんは怖がらないですよ」

 

フロイスが梵天丸の頭を優しく撫でる。まるでお母さんのようだな、と思った。

 

「そうそう。いいからみせてみろ、怖がらないから」

「あっ、やめ」

 

晴也が眼帯を外してみると、眼帯をしていない右目の瞳は茶色。そして眼帯をしていた右目の瞳の色がワインレッド、赤かった。

 

「み、見るなっ!呪われた魔眼だぞ!」

 

梵天丸は恥をさらけ出したように震えていた。しかし、晴也は大して驚きもせずに落ち着いていた。

 

「お、これがオッド・アイってやつなのかな」

「お……おっどあい?」

「瞳の色が左右で違うやつのことをオッド・アイって言うんだ。確か、かっこよく『邪気眼』なんていうやつもいたな」

 

現代にはカラーコンタクトするやつもいたような気がする。天然のオッド・アイは珍しいだろう。

 

「邪気眼………き、気持ち悪くないのか、五月雨」

「は?なんでだよ?」

 

晴也が不思議そうに、はてなマークを浮かべる。

 

「この梵天丸は、父上の実の子ではない。母親が、南蛮人との密通で出来た子だ。皆、我が祟られたと嘆く。味方してくれるのは、お供の小十郎だけだ」

 

なるほど、だから金髪でオッド・アイなのか。こんなに小さいのに、色々と苦労してるんだな……と晴也は思った。

 

「馬鹿だな。それは祟りじゃねーよ。南蛮人のDNAが入ってるんだから、当たり前だろ」

 

といっても、まだこの時代は遺伝的なことについてなにも解明してないんだよな……と少し時代の不便利を感じた。

 

「本当か?」

「本当だ。おまえも、それは威張っていいものなのになぁ」

 

フロイスも梵天丸も、他者に誇れる立派なものを持っている。現代だったら、二人とも人気者になっていてもおかしくない。

 

「こ、これは呪いだ……」

 

梵天丸は怪訝な顔つきで言う。なにか深いトラウマがあるのだろうか。

 

「なに言ってんだよ。かっこいいじゃん。少し、そういうの憧れるよ」

「か、かっこいい?」

「おう。かっこいいぜ、梵天丸」

 

晴也は笑って梵天丸の頭をわさわさっと撫でた。梵天丸は照れたようにうつむいた。しかし、すぐになにかを閃いたように、ポンと手を叩いた。

 

「閃いた!『独眼竜政宗』を超す通り名を!!」

「……え?」

 

独眼竜……政宗。晴也はそれに聞き覚えがあった。 奥州の戦国大名であり伊達家の第十七代当主。とある無双ゲームには「馬鹿め!」などが口癖で登場。また、どこかではゲームでは「Let's Party!!」などの時代背景がよくわからない英語台詞を吐きながら、六爪流を使う独眼竜として登場。それ以外にも色々とネタキャラとして扱われながら、なぜかイケメン設定が多い伊達政宗。

 

「我こそは奥州の覇者、『邪気眼竜政宗』だ!!」

 

(やってしまった!この中二病に、なんていうことを吹き込んでしまったんだ。眼帯をしている時点で気づくべきだった。オッド・アイの伊達政宗。時代が狂っちまう。いや、いまでも十分狂ってるが……)

 

「俺、なにかとんでもないことをしてしまったのか……」

「いえ。ハルヤさんは、とても良いことをされましたよ。わたしも大き過ぎる胸を恥たりせずにがんばります」

 

少し頬を赤らめたフロイスが微笑んだ。それを見た晴也も、自然と笑みが溢れた。

 

「ああ。そうだな。周りのやつがどうこう言っても、自分は自分だ。わざわざ恥じたり、変える必要はないさ」

 

 

 

 

 

その後、日没が近づいているので帰ろうかと思ったが、梵天丸に『ヨハネの目次録』を朗読してくれとせがまれ、フロイスからは夕食の誘いも受けてしまい、結局、今夜は南蛮寺で過ごすこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近寒い日が続いていますが、皆様はお健やかにお過ごしでしょうか!
私は元気です!…………げほげほっ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。