五月雨晴也の野望   作:漆原 涼介

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第二章はこれで最後です。


第十六話 天下布武の名の下に

私たちは常に『猿マネ』して生きている。理想の自分を作り上げ、それを演じているに過ぎない。私たち人間は、決して本当の自分を見せない。常に理想の自分を追い求め、その理想像を創り出し、それそっくりに『猿マネ』する。それがいつしか『猿マネ』ではなく、本当の自分となっていく。私たちは、本当の自分をどこかへ捨ててしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで……良かったのか?」

 

晴也の問いに、一人の幽霊がうなづく。

 

ここは半兵衛の屋敷……晴也を含め、半兵衛、犬千代、そしてゆらがいた。

 

「ありがとう、ございました」

 

ゆらは一人一人に振り向き、丁寧に頭を下げ、いつものようにニコリと笑った。もう彼女に未練などない。由来の魂をこの地に縛りつけていた未練という鎖は、もう断ち切られたのだ。

 

「ぐすん……ゆ、ゆらさん」

「半兵衛ちゃん。今までありがとね!」

 

ゆらは今にも泣き出しそうな半兵衛の頭を撫でた。もちろん、触れられはしない。だが、確かな温もりを半兵衛は感じていた。

 

「……いきなり突ついて、ごめん」

 

犬千代が申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「あはははっ! そんなこと気にしないでいいよ!」

 

由来の笑顔に、犬千代も安心して笑みを溢した。もしかしたら、これが犬千代なりの場を和ませる冗談だったのかもしれない。しかし、時は残酷だ。ゆらの体が見る見る内に透明になっていく。それを見た半兵衛が泣き出し、続いて犬千代までもが涙を流していた。ゆらも、そんな二人を悲しそうに見つめる。

 

「お、おい、ゆら……?」

「はい!それじゃ、晴也さん。お先に、あの世で待ってます!」

「ちょ、ちょっと!縁起でもないこと言わないでくれ!」

 

「冗談ですよ~」とゆらは苦笑する。「こんな時に冗談言うなよ」と晴也も思わず涙ぐむ。ゆらは最後に、晴也たちに向かって親指をぐっと立てた。そして笑顔のまま、霧のように、静かに消えていった。

 

 

 

 

それからしばらく経っても泣き止まない二人の頭を、晴也は優しく撫でていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間もなくして、三人は稲葉山城に呼ばれた。二人の心の状態が心配だったが、半兵衛も犬千代も、もうしっかりと立ち直ったようだ。ゆらも、ただ無惨に死んだ訳じゃない。彼女自身、満足して逝けたのなら幾分か心が和らぐ。晴也もしっかりと気持ちの整理をし、信奈が待つ広間へと向かう。広間では他の家臣たちも勢揃いしていた。晴也たちが到着すると信奈は満足そうにうなづき、高らかに宣言した。

 

 

「いよいよ上洛よ!京に上り、天下に号令をかける!」

 

 

 

『天下布武』

 

乱れたこの世を、統一する。

悲願の美濃を手に入れた信奈による、堂々とした天下盗り宣言だった。勝家は「腕が鳴る!」とぶんぶんと肩を回し、長秀は「これからが本番ですね」と溜息を吐きながらも、いつも通りの笑顔だった。……などなど、家臣たちは気合十分。

 

「そして、この城を『岐阜の城』と改名するわ!井の口は『岐阜の町』よ!!」

 

信奈は『岐阜』に改名するというお触れ書きを、小姓の一人に手渡した。信奈の意図を察した晴也は意地悪そうに、隣に座っている道三に微笑んだ。

 

「“ぎふ”の城、“ぎふ”の町……いい名前じゃないか、なぁ道三?」

 

 

道三は「!……ふ、ふん!」と言って、逃げるように広間から出ていった。その目に涙を浮かべていたのは、見なかったことにしよう。

 

「た、大変ですっ!」

 

道三と入れ違いざまに、光秀が転がり込んできた。

 

「なによ?騒がしいわね」

「申し訳ありませんです!ですが、これは織田家の運命を左右する分岐点!」

「な、なによ。もったいぶらないで、早く言いなさいよ」

 

 

光秀が持ってきた情報。それは確かにこれからの織田家の運命を決めるものだった。その情報の内容とはこうだ。畿内を支配する松永久秀と三好一党が将軍・足利義輝を暗殺しようとした。だが、賢明と言われる足利義輝は『他日を残す』と言い残し、妹である義昭を連れて、大国である明へと亡命。これにより将軍職を代々務めてきた足利家は事実上断絶となった。また、関東の足利分家も北条の台頭により、既に権威を失っている。これにより、将軍につく者はいなくなってしまったのだ。これでは、この戦乱の世はまとまることはなくなる、と言うことだ。

 

「まじかよ……」

 

流石にこの状況は読めなかった。史実ならば、将軍・足利義輝は逃げられずに暗殺される。これにより、足利義昭は朝倉へと身を寄せるが、朝倉は三好一党を討伐する動きを見せず、痺れを切らした義昭は信長を頼る。これにより信長は上洛の大義名分を得ることとなるのだ。

 

しかし、義昭がいなければ大義名分もなにもあったもんじゃない。

 

「それで、この光秀がとっておきの作戦を考えたです!」

「ふぅん。おもしろいわね。言ってみなさい」

 

光秀は「はっ!」と自信満々に答えた。

 

「足利家が途絶え、次の将軍軍位継承権を持つ吉良家も今川が滅ぼしました。残るは今川家のみです。そして、今川の姫は信奈さまが人質として匿っています。いくら軽率なお方でも、血筋は高貴。担ぎ立ててしまえばこっちのものです」

 

義元は織田に降伏した後、ずっと人質生活をしていたが、出家もせず豪華な着物を着て毎日毎晩大好きなお茶と蹴鞠、連歌などをしながらお姫さま気分で暮らしていた。

 

なるほど、確かに義元を将軍として担ぎ出せば実害はない。そして義元を新将軍として、京を荒らす松永と三好一党を成敗するという名目で上洛すれば、強敵である武田信玄や上杉謙信は迂闊に手を出せなくなる。これは格式に詳しい光秀だからこそ、思いついた案だろう。

 

「んじゃハル、義元を呼んできなさい」

「え、なぜ俺が?」

「……義元があんたに会いたいって、見張り番の兵にせがみまくってるらしいからよ」

 

と、少し信奈が頬を膨らましていたのを晴也は気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

義元が人質生活を送っている屋敷に、晴也は足を運んだ。美濃奪取と同時に、義元も美濃へと移ってきた。桶狭間以来会ってなかった晴也だったが、相変わらず元気そうに庭で鞠を蹴っていたので安心した。やがて、晴也に気づいた義元が駆け寄ってきた。

 

「晴也さ~ん!」

「よお、久しぶっ!?」

 

晴也が挨拶を終える前に、義元が抱きついてきた。

 

「な、なぜ会いにきてくれなかったのですかっ!?」

「い、いや、色々忙しくて……」

「このわたくしを放置するなんて、ひどいですわっ!」

 

そう言って涙目で、晴也をポカポカと叩いた。

 

(こ、こいつ……こんなキャラだったか?人質になって、性格が変わったのか……?」

 

あまりの変貌振りに思わず瞬きをした。だが実際、義元は変わっていない。変わっているのは晴也に対する態度だけだろう。なんとか義元を引き剥がし、懐から書状を一つ取り出した。

 

「な、なあ義元。信奈からの贈り物があるんだ」

「?これは……」

 

晴也は信奈から預かってきた書状を義元に手渡した。

 

第一条・あんたの将軍職なんてただのお飾りよ。

 

第二条・天下人はわたしよ。逆らったら誰であろうと成敗するわ。

 

第三条………第四条………第五条………それは、第五条まで続いていた。

 

乱暴な筆で、まさに信奈らしい五箇条だった。

 

「うぅぅ~。なんでわたくしばかり~」

「まあまあ、信奈だっておまえを嫌いなわけじゃないんだからさ」

「嘘ですわ!いつか邪魔になったら……わたくしを消すつもりですわ!」

 

確かに、信奈ならやりそうだな……。とりあえず安心させてやろうと思い、言葉を探す。

 

「……大丈夫だ。信奈がおまえを殺そうと思っても、俺がおまえを殺させないからな」

 

その場しのぎで口から出た言葉に、義元は頬を赤らめた。仕上げに晴也は言葉を付け足した。

 

「……将軍にさえなれば、五箇条なんていくらでも改善できるぞ」

 

晴也の呟きに、義元は「そうですわね!」とカン高い笑い声を立てた。そして、義元は嬉しそうに自分のサインを入れてしまった。

 

 

 

こうして、信奈は義元を新将軍に担ぎ出すと言う大義名分を得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、行くわよ!全軍、京へ!!」

 

次の日、準備を整えた織田軍が美濃を出発。そこへ同盟国である三河・浅井が加わり、織田軍は総勢五万となった。三河の軍勢を率いるは、若き知将・天城颯馬。颯馬は晴也に気付くと軽く会釈した。そして良い歳なので駕籠に乗っているが、まだまだ現役の斎藤道三。さらに川並衆を率いる蜂須賀五右衛門、そして新たな仲間となった斎藤義龍、またの名を龍面鬼。ロバ?のような馬に乗って進む天才軍師・竹中半兵衛。このような晴也軍団の姿もあった。この精鋭軍団を迎え撃つ勢力は、南近江の六角承禎。

 

「義姉上。観音城はかの稲葉山城に匹敵する難城です。支城を一つ一つ落とすのが上策かと」

 

浅井長政。お市(信澄)を嫁にした悲恋の美少年。当初は彼がお市の正体に気づき、襲ってくるのではないかと思われていたが、どうやらそうではないようだ。逆に、なにかが吹っ切れたようにさっぱりとしていた。これは義龍並の変貌振りである。お市が信澄だと知る者たちは、もしかしたら長政は男が好きなんじゃないかと言うホモ疑惑を考えたが、なんであれ協力してくれるのならば問題はない。

 

話を戻すと、この観音城を戦いをどうするかだ。観音城の周りにはなんと十八の支城がある。

 

「そんな時間はないわ!それに稲葉山城じゃない、岐阜城よ!全軍、進め!!」

 

長政が呆気にとられる中、信奈は気にもせずに馬にまたがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

信奈が考えた作戦は、自軍を複数の軍団に分ける、同時多方面作戦だった。

 

第一隊・柴田勝家ーーーーー

 

「おおおっ!一番槍はあたしだあああっ!」

 

勝家率いる尾張兵が支城の一つに流れ込んでいく。使者を送りこみ、交渉でもしてくるのだろう、と安心しきっていた六角の兵たちは大混乱と化している。

 

 

 

第二隊・丹羽長秀ーーーーー

 

「さあ、進みましょう」

 

その勢いに続き、長秀も支城の一つに攻め込む。同時攻略であるため、やはりここでも兵士たちは大混乱だった。

 

 

 

第三隊・明智光秀ーーーーー

 

「気をつけやがれです。当たると死ぬです」

 

目を引く美貌に、似合わない種子島を軽々と使いこなす光秀。敵兵たちは「綺麗な女だなぁ」などと鼻を延ばしていた。もちろん、そんな輩は光秀の正確な狙撃により黙らせられる。

 

 

 

第四隊・安藤伊賀守 ーーーーー

第五隊・稲葉一鉄ーーーーー

第六隊・氏家卜全直元ーーーーー

 

この『元美濃三人衆』も、無骨な美濃の兵士たちを使い城を攻略していた。元々優秀な武将たちであるため、それが信奈の下で十二分に発揮されている、

 

 

 

 

第七隊・浅井長政ーーーーー

 

「浅井と六角の長き因縁……ここで断つ!」

 

忌々しい六角との因縁を断つため、長政が奮闘。浅井勢が、混乱した六角の兵士たちと交戦。圧倒的に踏み潰した。

 

 

 

第八隊・天城颯馬ーーーーー

 

「よし、行くぞっ!」

 

天城颯馬も、元康から預けられた三河の兵士たちを率いて城を攻略。

 

 

第九隊・斎藤道三ーーーーー

 

「ふんぬっ!儂の力を見せてくれよう!!」

 

彼の力も舐めてはいけない。いくら老兵でも、的確な采配は未だ健在。

 

 

 

第十隊・石川数正ーーーーー

 

「颯馬に遅れるな!進めっ!」

 

石川数正、彼女も天城颯馬と同じく元康からの援軍として加入している。彼女は勝家に似た勇将であり、自らも刀を抜刀して敵と交戦する。

 

 

 

 

第十一隊・森長可ーーーーー

第十二隊・佐久間信盛ーーーーー

第十三隊・林通勝ーーーーー

 

「手柄はわしがもらう!」

「いや、わたしだ!」

「ええい、邪魔くさいわっ!」

 

かつては信澄を持ち上げ、謀反を起こした者たちも、今は信奈一筋。織田家の屈強な男大名たちである。

 

 

 

第十四隊・池田恒輿ーーーーー

第十五隊・佐々成政ーーーーー

 

「「男どもに遅れをとる訳にはいかない!」」

 

更に短髪の佐々成政とポニーテールの池田恒輿。二人の姫武将も負けじと奮闘する。

 

 

 

第十六隊・竹中半兵衛ーーーーー

 

「こ、ここは迂回し、左右から挟み撃ちにします」

 

尾張・美濃兵を少し預けられた程度なのだが、その僅かな手勢でも敵城を混乱へと陥れていた。

 

 

 

第十七隊・五月雨晴也ーーーーー

 

「あくまで信奈率いる本隊が観音城を落とせば、それで決まる!無駄に命を使うなよっ!」

「「「おおぉぉぉぉ!!!」」」

 

川並衆、更に道三救出の際に晴也に付き従った若い足軽たち。晴也はその先頭に立ち、味方を鼓舞しながら突き進む。

 

 

 

第十八隊・織田信奈ーーーーー

 

「いくわよっ!守りを固める隙なんて、与えない!!」

 

更に本隊率いる信奈が六角が引きこもる本城・観音城を攻略。

 

 

 

 

 

なんと五万の兵を数千ずつの単位に分け、部隊を十八に分ける。これで十八の城を全て同時に攻めることが可能となった。さらに信奈は、一番に城を落とした者には褒美を与えると宣言。これにより、兵士たちの士気が最高潮に上がった。

 

 

まさか全城を、しかも同時に攻められるとは夢にも思っていなかった六角承禎は、防御を固める暇さえも与えられなかった。六角は、自らの居城であるこの観音城に敵が攻め入るだろうと予測。他の支城を使っての挟撃作戦を考えていたが、その支城さえも攻められている今では、そんな作戦は意味を持たない。

 

「……とてもわたしが及ぶところではない」

 

長政はそう呟いた。

 

彼はとある機会でお市である信澄の正体を知り、それ以来、二人きりの時は性別が逆転し、本当の夫婦のような仲となっている。無論、信奈の話も聞いていた。やはり独特な武勇伝ばかりで、実際はどれほどのものだろうか……と考えていたが、これほどとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵わぬと見た六角は僅かな手勢と共に、命からがらに伊賀へと逐電。

 

 

信奈が落とした観音城を尻目に他の支城も抵抗を止め、次々と降伏する。こうして、世に言う『観音城の戦い』または『箕作城の戦い』とも呼ばれるこの戦は、幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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