私たちが必ず経験するものの一つ『未練』。未練とは、後から「こうしておけば良かった」と考える気持ちだ。未練は人を過去に縛りつける。今現在やっていることに、集中出来なくさせるのだ。いくら未練を感じても、タイムマシンでもない限りそれを完全に払拭することは不可能だ。私の人生、振り向けば未練だらけだ。だったら、開き直って生きてくしかないだろう。それに、未練だって無駄なものではない。次こそは……と、人を確実に学習させているのだから。
「さて、どうすっかな」
「うむ……」
五月雨晴也は迷っていた。そう、新たな仲間になった『斎藤義龍』をどうするかについてだ。いや、もちろん仲間にするのは確定。しかし、家に戻るために清州へ向かっても、義龍が清洲にいるとなれば、色々と面倒な騒ぎが起こりそうだ。かと言って、こいつを放っておく訳にもいかない。義龍は現代で言う有名人や芸能人の類なのだろう。こいつが下手な真似をしたら、今度こそ打ち首となるのは明白。しかも、放逐された義龍が晴也の仲間になっていることがバレるのも非常に不味い。こいつが大手を振って町を歩くためには………
「有名人…そうだ……! 変装だ!!」
「変装…?」
そう、よく現代の有名人がサングラスや帽子、マスクなどを使って顔を隠すのと同じように、義龍にもそれをすれば良い。
「……清州はいいのか?」
「いいんだよ、いつでも行けるんだから」
そう言って義龍の肩をポンポンと叩いた。
……と言う訳で、晴也と義龍は美濃の城下町へ舞い戻り、評判の良い越後屋の暖簾を潜っていた。店内には晴也たち以外の客がいないようで、好都合である。
「なんか選べよ。金は余るほどあるから」
今のところ金に困ることは皆無だ。なぜなら晴也には、完全に会得した晴也流の金儲け術がある。
「うむ……これはどうだ」
義龍は売られている商品の一つ。三河の松平元康が付けているような、高級そうな南蛮風眼鏡を手に取った。手に取るだけなら良かったのだが……
パリンッ!
力が強過ぎたらしく、レンズを粉々に粉砕してしまった。
「ぬ、しまった」
「しまった……じゃねえよっ!誰が金払うと思ってんだ、誰が!」
「ちょっと、お客さん」
ニタリと、引き攣った笑いをしている店の主に、もちろん反論など出来る訳もなく……
「「すいません」」
結局、商品の代金を払うことになってしまった。やはり見た目通り、中々の値段だった……。
「てめえ…」
「こ、これはどうだ!?」
次に義龍は、色々な意味で痛そうな眼帯を手に取った。
「眼帯…?」
「ああ、それは奥州にいる……えっと、伊達なんたらの眼帯らしいんだよ~」
奥州……伊達?……伊達政宗のか!?と一瞬釘付けとなったが、その割には小汚くて作りが荒い。一目でわかる、模造品の類だ。しかし、やはりこの世界では政宗は女体化しているのだろうか。
「とりあえず、付けてみれば?」
晴也の言われるがままに、義龍は眼帯を装着した。しかし、義龍は顔が大きい割に目が小さい。片目を隠した程度では、バレてしまうのは確実だろう。
「却下」
「むぅ…」
次に義龍は、左右対称に金色の龍が描かれている紅色の仮面を手に取った。今までよりは、随分まともそうだ。
「お!お客さん、お目が高いねぇ。それは『龍面鬼』って言う名の仮面なんだよ。なんでも、龍の如き力を得るらしいんだよねぇ」
嘘くさい話だな、と晴也が義龍に耳打ちする。だが義龍は興味津々と言った感じだった。
「五月雨よ!あれだ!あれこそ儂が求めていた一品……!!」
余程この仮面が気に入ったらしい。はしゃぐ義龍をみて、それでも元一国の主かよ……とツッコミのを我慢し、代わりに短い溜息を吐いた。
「うーん、まあ、いいか」
ちなみに、この仮面が予想を遥かに超える値段で、俺の財布がすっからかんになってしまったことについては、なにも言うまい。
「ど、どうだ!?」
「お、結構いいじゃん。似合ってるよ」
これはお世辞ではなく、本気で似合っていた。義龍自身も自らのコンプレックスの一つである落書き顔を隠せて嬉しそうだ。これで顔からバレる心配はなくなった。唯一心配なのは、その体だ。義龍は六尺五寸の大男。背丈でバレる心配もない訳ではないのだ。
そんな心配をしながら城下町を歩き始めて間もなく……
「おお、ハル~!」
「げっ!?勝家!?」
なんと勝家が取り巻きの侍たちを連れて歩いてきた。大方、信奈に城下町の治安維持でも任されたのだろうか。しかし、これは間が悪過ぎる。
「ん?誰だその大男?」
予想通り、晴也の隣に立っている大男に目をやった。やはりその図体だけでも目立ってしまうようだ……
「え、えっと……こ、こいつは俺の仲間だ」
義龍も不味いと思ったのか、顔を下に向けていた。幾ら仮面を付けていても、稲葉山城で会ったばかりなのだ。流石の勝家でも気づいてしまうかもしれない。
「ふ~ん。どこかで見たような……」
そう言って勝家は、義龍に近づいていく。義龍は「逃げようか」と目で訴えてきたが「逃げても、その図体じゃ捕まるだろ」と同じく目で訴える。
とにかく、なにかしなければ……
「か、勝家!」
晴也は義龍の前に立ち、勝家の肩を掴んだ。
「な、なな、なんだよ!?」
「いや、え~と、あの……ええい!俺だけを見てろっ!!」
……結局、俺だけを見てろと言う意味を色々と履き違えた勝家に、顔を真っ赤にしてぶん殴られた。勝家は機関車の暴走して走り去り、取り巻きの侍たちも急いで後を追って行った。
「いってぇ……」
少し腫れてしまった顔をさする。今度勝家に会ったら、女の子はぶん殴るんじゃなくてビンタなんだよ、と教えて上げることにしよう。
「すまぬな」
「気にすんな。おまえはもう仲間だからな」
こう言う恥ずかしい言葉を、躊躇わず堂々と言えるのが、晴也の長所とも短所とも言えるところだろう。
「ところで……どこに向かっておるのだ?」
「半兵衛の屋敷だ。そこでおまえを、完全に俺の仲間にする」
そう言って晴也は、面白そうに微笑んだ。
半兵衛の屋敷に着いた晴也と義龍はもちろん、在宅中の半兵衛に会った。この屋敷は美濃奪取の際に、半兵衛の屋敷として返ってきていた。感が良い半兵衛は仮面を被っていても義龍の正体に気づき、前回と同じように全式神を呼び出そうとした。それを晴也が命懸けで止めた後、義龍と半兵衛を向かい合わせた。
「半兵衛よ。すまんかった」
「えっ?」
半兵衛の予想を裏切り、義龍は畳に自分の額を押し付けるように、深々と頭を下げた。
「わ、わたしが裏切ったから……」
「いや、そなたを使いこなせなかった儂の責任だ。本当にすまぬ」
またしても、義龍は頭を下げた。あまりの変貌振りに、半兵衛は自分の目を疑っていたが、晴也が嬉しそうに微笑んでいるのをみて薄々納得した。
「は、晴也さん。これは……?」
「義龍を俺の仲間にする。ってことは、おまえの仲間にもなるんだぜ、半兵衛?」
半兵衛は一瞬驚愕の色を浮かべたが、今の義龍をみてうなづいた。
「そうですね。義龍さまは、わたしたちの……な、仲間です」
その言葉を聞き、義龍は感激の涙を浮かべる。
「よし、皆入れっ!」
晴也がパンパンも手を叩くと、襖が開き、五右衛門率いる川並衆と犬千代が流れ込んできた。
「元一国の主だがなんだが知らねえが、よろしく頼むぜ!」
「そうだ!一緒に晴也の坊主と親分を支えていこうぜ!」
「斎藤氏、よろしくでごじゃる」
「……よろしく」
事前に晴也が命じて待機させていた川並衆、そして五右衛門と犬千代が義龍を取り囲む。皆、新たな仲間を喜んでいるようだった。そんな光景をみて義龍はなにが起きたかわからない様子だったが、やがて静かにうなづいた。
「この斎藤義龍! 名を『龍面鬼』と改め、五月雨晴也どのにお味方申す!!」
川並衆から歓声が上がる。半兵衛も五右衛門も、納得したようにうなづいた。なにも殺し合いばかりが戦ではない。そう痛感した晴也だった。
その夜、半兵衛の屋敷では義龍の仲間入りを祝って宴会が行われた。義龍は酔いに酔って、まさかの腹踊りを披露し、川並衆を楽しませていた。上下関係がない宴会は初めてだったらしく、義龍は直ぐに酔ってしまったのだ。だが皆楽しそうだ。それだけで十分。
「晴也さんはすごいですね」
隣に座っている半兵衛がそう呟いた。顔が赤くなっているのは、酒気に当てられたせいだろうか。
「いや、すごくねえよ。俺は道を示しただけだ。進んだのはあいつだよ」
晴也が微笑むのをみて、半兵衛はより一層顔を赤くさせる。半兵衛の気持ちが憧れや尊敬だけではないことを、まだ晴也はわかっていない。
「どうしたんだよ、半兵衛?さっきから顔が赤いぞ……?」
「な、なんでも…ありません」
半兵衛は自分のもどかしい気持ちを感じながらも、それを上手く伝えられないことを悔やむ。
「……晴也」
同じく隣に座っている犬千代が袖を引っ張る。頬を膨らませているのはなぜだろう。
「おう、なんだ?」
「……なんでもない」
半兵衛と同じように顔を赤くさせ、顔を逸らす。俺、なにかしたんじゃないか?と晴也は今までの出来事を振り返るが、残念ながら心当たりはない。
「晴也氏、斎……龍面鬼はこれからどうするでごじゃるか?」
更に、晴也の前に五右衛門が座った。
「ああ、川並衆に入れてやってくれ、もちろん、一番の下っ端でいいから」
「御意」
「いつもすまないな、五右衛門。おまえがいてくれて、本当に助かるよ」
そう言って晴也は笑顔を見せた。それを真正面で受けてしまい、五右衛門の顔がみるみる赤くなっていく。
「あぅ……」
「なんだよ、おまえも顔が赤いぞ? どうした」
「な、ななな、なでもないでごびゃるぅぅ」
いつも以上に噛みまくった五右衛門は、さらに顔を赤らめていた。
「なんだよ、おまえら酒に弱いんだなぁ」
ロリ三人を見事にあしらう晴也に、遂にキレたロリコン集団の川並衆が襲いかかるのも、言うまでもないことだろう。
「くそぉ……どうして俺が殴られるしかねえんだよ」
勝家の鉄拳による腫れがまだ引かないと言うのに、川並衆から殴られまくり、さらに腫れが増えていた。なんとかその場から逃げたして、屋敷を出ていた。とりあえず、散歩まがいに屋敷の周りを歩き始めた。その屋敷の周りで町娘姿でふわふわと浮かんでいる幽霊を見つけた。
「ん…ゆら」
声をかけようと思ったが、ゆらの表情をみて、それは止めた。いつも笑顔の彼女とは違っていた。なにかを恨むような、血走った目をしていたのだ。そんな目を見てしまったら、ふわふわと低空飛行で飛んでいく由来を追わずにはいられなかった。
「あいつ……」
晴也はゆらを追い、城下町まで歩いてきていた。夜中であったため、幸いにも誰にも会わずにここまで来られた。しかし、途端に彼女は足を止めた。一瞬、バレてしまったかと覚悟したが、どうもそうではないようだ。
「ゆら……?」
思わず口から声が漏れ、ゆらが振り向く。
「え……晴也さん?」
ゆらは、いつもの表情に戻っていた。しかし、ここまで来たら知らぬ振りは出来ない。
「黙ってつけていたのは悪いが……なにやってるんだ、おまえ」
ゆらはしばらく無言で考えていたが、意を決したように口を開いた。
「あの男ですよ」
「……え?」
「あの男が…わたしを殺したんです……」
そう言って由来は、ひょうたんを抱えて、よたよたと歩く一人の男を指さした。
「おまえ……馬に引かれたんじゃねえのか?」
「すみません。嘘です……」
「おまえ、それじゃ未練ってのは……」
ゆらは悲しそうに顔で、うなづいた。
ゆらは、事情を話してくれた。
ゆらの父親は由来が産まれる前に他界していて、家はゆらの母親の二人で住んでいた。ある日、母親と共に野菜を買うために外出していたらしい。その時に、酔っていたあの男にぶつかり、なにも弁論させてくれないまま斬られてしまったそうだ。母親の必死の看病も虚しく、ゆらは息を引き取った。
「こんなわたしじゃ……なにも出来ないんです」
そう言ってゆらは涙を流した。
「……、」
その涙をみた晴也は、黙って男の下に足を進めた。無論、木刀を抜刀して……だ。後ろからゆらがなにか言ったが、晴也には届かない。
「ん……なんだよ、おま……グガッ!?」
男は続けて言葉を出せなかった。晴也の木刀が、男の腹わたをえぐっていたからだ。
「死ね」
男は苦痛を苛まれながも、なんとか刀を抜いた。だが、晴也は容赦なく木刀で男の手首を打ち、男は刀を落としてしまう。いつもの晴也なら、それを足で蹴飛ばして、抵抗出来ないようにするだけだった。
「ぐはぁっ!?」
だが、この時の晴也はそれを自らで拾い上げ、男の肩に突き刺していた。余談だが、その気になれば心臓を一突きすることが出来ただろう。
「な、なぜわたしを……」
男は苦痛により酔いが冷めたらしい。
「てめえが酔って殺した女に頼まれたからな」
そう言って晴也は男の肩に刺さっている刀をぐりぐりとねじ込み始めた。
「があああああああ!! 許してくれ! あの時のことは悪かったと思っているんだ!!わたしだって、子供がいるんだ!!許してくれぇ!!!」
大声で叫ぶ男だったが、残念ながら誰もそこを通りかからなかったし、晴也は止めもしない。しかし、晴也にとってある意味一番厄介な相手が駆けつけて来た。
「お、お父ちゃん!!」
「せ、誠太っ!逃げろっ!」
まだ小学五年生くらいだろうか。上手く状況を把握出来ないものの、自分の父親が窮地に立っていることはわかった。男の子供だと思われる男の子は、晴也に飛びかかった。
「お、お父ちゃんを離せよっ!」
「知るか」
無論、晴也より全然小さい子供が晴也を止められる訳もなく、晴也は男の子を蹴飛ばした。
「おまえが悪いんじゃねえよ。悪いのはこの男だ。残念だったな」
男の肩から大量に出血し、男は気を失った。だが、まだ命の灯火は消えていない。晴也は刀を抜かない。
「お、お父ちゃん!!」
地面に這いつくばる男の子は何度も何度も晴也に飛びかかり、何度も何度も蹴飛ばされた。遂に男の子も、鼻から血を流しながら気絶した。
「も、もう止めてよっ!!」
そこに、ゆらの声が響く。
「なに言ってんだよ。おまえの未練をなくしてやろうって言ってんだぞ」
「……違う……わたしの未練は……違う!!」
そう言って晴也を止めよとするが、無論、晴也に触れも触られることも出来ない由来では止めることは出来ない。
「こいつを許すのか?」
「許さない……許さないけど……殺さなくたっていい!!わたしの仇なんか、取ってもらわなくてもいい!!」
「だったら……おまえの未練はなんだっ!?」
「わ、わたしの未練は________」
夜が明け、朝となるーーーーーーーー
ここはとある民家。
「これを……」
五月雨晴也は、そこにいた。
「こ、これは……!!」
晴也が手渡した物、それは由来が言ったことを書き示した手紙。執筆者は晴也だが、書かれていた言葉を正しく愛しき娘・ゆらのものであった。この手紙は由来の気持ちが表されていた。
もしかしたら……仇討ちしてくれ、と書いてあるかもしれない。
もしかしたら……復讐なんかしないで、と書いてあるかもしれない。
どちらにしても、ここで手紙の内容を書くのは無粋なことである。
「む、娘は……!!」
「……はい」
母親は、全てを悟ったように大粒の涙を流した。
「ありがとう……ございます」
「後、これが生きるものに必要な全てとは言いまんが……」
そう言って晴也は、今まで自力で集めた財産の半分以上である百両を、母親の前に置いた。
「こ、こんなに……」
「彼女からの願いでもあります『お母さんが元気に暮らせるように……』と」
その言葉に母親は涙を止めずにうなづき、頭を下げた。
「失礼しました……」
晴也は頭を下げ、家を出て行く。それと入れ違いに、肩に治療が施されている男と、小さな男の子が入ってきた。
「本当に……申し訳ございませんでした……!!」
男は家自体には上がらず、入り口の地面に頭を擦り付ける。そして男の子も、精一杯頭を下げていた。
俺は結局、この三人がどうなったのかは知らない。
もしかしから……母親は男を絶対に許さず、仇討ちをするのかもしれない。
もしかしたら……男は酒を断絶し、その子供とよくゆらの家に顔を出すようになったのかもしれない。
ただわかることは、ゆらが幸せに笑える結果だった……と言うことだけだ。
さて、オリキャラのゆらはどうでしたでしょうか。
好感を持てたか持てなかったか……もし良ければ、ご意見を下さい。