五月雨晴也の野望   作:漆原 涼介

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※『人の器とは』~とか言う最初の文は、私の勝手な自己解釈です。気分を害する方は少し飛ばしましょう。

※妄想爆発してしまい、意味不明かも……


第十四話 美濃統一

『人の器とは』

私は人の器とは、他人に優しくなれることだと思う。そんなことは簡単だ、そう言い切れるだろうか。どんな人にも優しく平等に対応出来るだろうか。それは非常に難しい。人は心の中で人間関係の優劣が決まっている。「あいつとは仲良くしてるから」「あいつとは関わりたくない」などの優劣の順位が決まっているらしい。ではどんな人にも優しくするとは無理ではないだろか。無理ではない。難しい問題も、悩めばいづれ解けるものだ。私たちは、やれば出来ることをやらないにすぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稲葉山城には、晴也たちがいなくなり無人となった城を奪還した斎藤義龍とその家臣たちが返り咲いていた。家臣たちは遂に義龍が怒り狂うのでないかと心配していたが、義龍は静かに目をつぶったまま口を開かなかった。

 

「……よ、義龍さま?」

 

美濃三人衆の一人、稲葉一鉄が声をかける。晴也の鉄拳により、義龍の頬には見ていて痛々しほどの跡が残っていた。

 

「……一人にさせろ」

 

そう言うと再度、義龍は口を閉じた。

 

「ぎょ、御意」

 

静かな気迫に圧され、家臣たちはそそくさと退室した。やがて義龍は目を見開き、自分の頬を触った。

 

「……器……力」

 

晴也に殴られた時の台詞が未だに頭に残る。殴られたことよりその台詞が一番、義龍には効いていた。

 

「儂は……間違って、おらん……!」

 

しかし、それでもまだ義龍の心には響かなかった。義龍は道三から自らが追い出した守護大名・土岐氏の世継ぎだったことが告げられると、無性に腹が立った。今まで尊敬や敬愛が一変、恨みと変わってしまったのだ。そこから彼は屈折してしまった。

 

義龍は拭いきれない気持ちを押さえつけるように、自分の痛々しい頬をピシャリと叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晴也たちも尾張の清洲城へと舞い戻っていた。そして一息入れる間もなく、美濃攻略の会議へと出席していた。

 

「墨俣が全ての鍵を握るわね」

 

信奈の言う通り、天下の名城・稲葉山城を落とすには戦略的要地である墨俣に楔を打ち込むことが必要だ。いくら天才軍師・竹中半兵衛がいなくても、あの斎藤道三があちこちから手を入れて完成させた難攻不落の城、稲葉山城。普通に攻めても、容易に追い払われてしまうだろう。さらに、義龍には道三仕込みの夜襲戦法がある。近くに本陣を置いたからと言って攻めやすくなるとも言えない。

 

「墨俣に城を建てるしかないわね」

 

桶狭間と同様、織田信長公の野望での超有名であり、重要イベント『墨俣一夜城』。

尊敬する木下藤吉郎さんが、織田家の重臣が失敗している城作りを、僅か一夜で成功。これにより、義龍の子である龍興の家臣たちは続々と織田方に裏切り、孤立無援となった稲葉山城を織田軍が攻め落とす。

 

と、史実ではこのようになっている。

 

「しかし、それでは多くの血が流れるぞ」

 

無論、義龍とて無能ではない。強引に建てようとすれば抵抗を受けるだろう。稲葉山城とは目と鼻の先、激しい戦いとなることは間違いなし。

 

「そうです。墨俣に城なんか、建てられるわけないです」

 

と、明智十兵衛光秀が指摘する。光秀はもちろん美濃のことを知り尽くしている。いかに墨俣に城を建てるのが難しいか、わかっているのだろう。

 

「むう……」

 

信奈も頭を捻る。

 

やがて思い出したように晴也の隣に座っている子、元美濃の天才軍師・竹中半兵衛を見やった。

 

「半兵衛。あんたはどう思う?」

 

半兵衛は信奈に名指しされ、ぶるぶると小刻みに震え始めた。皆、半兵衛に視線を向ける。……やばい、あの時みたいに式神で暴走したらどうしよう……と考えていたが、やがて半兵衛はおそるおそる口を開いた。

 

「……す、墨俣を制するものが、美濃を制す……不可能を成し遂げてこそ、天下人の器かと」

 

半兵衛は弱々しいながらも声を出す。信奈は満足したように、首を縦に振った。

 

「なるほど。さすが天才軍師ね! ハルなんかじゃなく、わたしに仕えなさいよ」

 

晴也は「おいおい、あんまり無理言うなよ」と声をかける。だが、もちろん半兵衛の返答は聞くまでもない。

 

「……し、しし、失礼ながら……わ、わたしは!晴也さんを支えていくと誓いました!」

 

まるで半兵衛は晴也の新米妻のような言葉を述べ、場の空気が一瞬凍りつく。

 

「お、おい!どういうことだ、ハルっ! まさかあたしだけでは物足りず、この子にも……!?」

「ちょ、変な言い方するなよ!? 半兵衛にもお前にもなんもやってないぞ!?」

 

意味を理解した半兵衛は顔を真っ赤にし、そしてなぜか勝家が怒り出した。そんな勝家だが、信奈に「うるさいわね」と言われ、すかさず黙る。

 

「……なら半兵衛、ハルはわたしを支え、あんたはハルを支えるのよ。わかった?」

「は、はい。ありがとうございます!」

 

そう言うと信奈は、半兵衛の頭を優しく撫でた。今ので半兵衛の信奈に対する不信感は大分なくなったんだろうな。こうしていれば、信奈が非常に優しく見える。まあ、あくまでこうしていればだが。

 

続いて信奈は、半兵衛の叔父である安藤伊賀守就に顔を向けた。

 

「安藤なんとか」

 

「ははっ!」と安藤は頭を下げた。まだ、しっかりと名前を覚えてもらえてないらしい。彼自身は半兵衛のような晴也専用の軍師ではなく、織田家自体に身を置いている身だ。

 

「あんたはどう思う?」

「恐れながら、わっちも半兵衛と同じ意見。墨俣は美濃の攻略の要となるはずです」

 

安藤も半兵衛と同じように、墨俣は重要な要となることを理解していた。故にそこに城を建てるのがどれだけ大変なのかもわかっている。

 

「だったら……墨俣築城作戦を、六に命じるわ」

 

それを聞いた勝家は「合点承知!」とその大きな胸を叩いた。信奈が勝家に命じたのには理由がある。一つは晴也が戻ってくるまで、動きたくてもじっとしていた勝家に、本来以上の力を期待したため。二つ目は、晴也の特別扱いについてだ。近頃家臣たちから「信奈さまは晴也どのをヒイキされていらっしゃる」などの噂が立ってしまっている。なので、古参の勝家に命じてその噂を払拭しようとしていた。

 

 

 

 

 

忠義の猛将・柴田勝家は勢い良く直ちに出陣。勝家の部隊は足軽の数が三千人、さらに城普請のための人足が五千人。大半が非戦闘員であるが、合計八千人の大部隊である。墨俣に入り、部隊は直ちに築城を開始。しかし、義龍とて無能ではない。戦略も戦術も要所をしっかりと理解している。城を建て始めて間もなく、義龍軍は築城阻止のため出陣し、墨俣で戦となった。

 

「ええい、怯むなぁ~っ!」

 

信奈の思惑通り、勝家はいつも以上に槍を振って暴れた。流石『鬼柴田』。初めはなんとか耐えていたが、義龍としては絶対に死守したい要所である。次第に戦いは熾烈さを増していく。

 

そんな光景を見慣れた尾張兵ならいざ知らず、人足部隊は命大事と逃げたし始めたのだ。人足がいなければ築城は不可能である。勝家の制しも耳には届かず、部隊は大混乱と化してしまった。

 

「お、お前ら、逃げるな~!!」

 

こうなっては、いくら勝家でも収集がつかず……結果、失敗に終わった。

 

 

 

 

 

 

落ち込んで戻った勝家は、信奈に平伏して惨状を報告。

 

「うぅ……申し訳ありません。姫さまぁ」

「う~ん……そう簡単にはいかないわね」

 

勝家は相当悔しかったようで、既に半泣き状態だった。さらに勝家は「あたし、腹を斬ります!」と言い出す始末。

 

「まあまあ、勝家はがんばったよ。後は任せろ」

 

晴也は勝家の肩に、ポンと手を置いた。辛い時に男から優しくされると言うのは効くものである。しかも、男とは戦以外でのプライベートでの付き合いがなく免疫がない勝家にとってはなおさらだ。

 

「ハルぅぅぅ~!!」

「うわっ!?抱きつくな!」

 

勝家は晴也に抱きついた。勝家は加減を知らない馬鹿力。殺人級のハグをしてくるのだ。全力で抱きついてくる勝家に、晴也の体は悲鳴を上げる。

 

「痛い痛い!体が軋んでるよ!」

 

晴也の体からボキボキと嫌な音が鳴り始める。いくら言っても、勝家は「は、初めて男に抱きついた!」とニヤケていて意味がわからない。遂に晴也は「ぎゃあああああ!!」と悲鳴を上げた。

 

「ああ、もう!うるさいわね!!」

 

我慢を切らした信奈に蹴られ、晴也はそれを利用してなんとか勝家の呪縛から脱出した。

 

「で?なに?あんた、策でもあるの?」

「イタタ……一応な」

「悪いけど、守備兵は三千程度しか貸せないわよ」

 

まだあんたが完璧に信用されている訳じゃないんだから…と付け足した。織田家の中には晴也のを尊敬する者もいれば、疎む者もいる。それでも晴也は気にしなかったが。

 

「いらん。俺と川並衆だけで十分だ」

「はあ?あんた、川賊なんかと手を組んでるんだっけ。どっちにしても小勢に変わりわないわ」

「まあ、そこんところは自分で補うよ」

「へえ……で、策っていうのは?」

「ああ、一夜城だ」

 

「「「い、一夜城!?」」」

 

家臣たちから驚きの声と同時に無謀だと言う声が上がる。だが、そんな声を聞いても晴也は自身満々に答えた。

 

「一晩の内に城を建てれば、邪魔なんか出来ねえよ」

 

信奈は呆れたようにため息をつき、すこし微笑んだ。

 

「いいわ。あんたに任せる」

「わるいな。そして、もう一つ……秘策があるんだが……」

 

晴也は家臣たちにもその作戦を説明した。作戦内容は失敗すれば信奈の命が危うくなる。とても危険な賭けであった。

 

「そ、そんな上手くいくはずが……」

「ありえん……一歩間違えれば、全滅の危機ではないか!」

 

家臣たちから反発を受ける中、信奈だけがおもしろそうにうなづいた。

 

「おもしろいわね。その賭け、乗るわ!」

「悪いな、恩に着るぜ」

「その代わりに……あ、あんまり無茶するんじゃないわよ……」

「え、聞こえな」

 

顔を赤くした信奈の回し蹴りが飛んできたのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晴也は見慣れたボロボロの我が家に戻り、五右衛門たち川並衆を招集した。もちろん川並衆だけではないが。

 

「酷いじゃないですか~。わたしもお城行きたかったですよぉ」

「そ、そんなことしたら、信奈さまが驚いちゃいます」

「……確かに」

 

美濃から付いてきた幽霊・ゆら。そして晴也が調略した天才軍師・竹中半兵衛。そして同じ信奈お気に入りの犬千代。

 

「おまえ、ここが安心するっていってたじゃん」

「え~。まあ、そうですけど~」

 

そう言って由来は頬を膨らませた。こいつは町娘らしく、こういう少し汚いぐらいのところが落ち着くらしい。

 

「そろそろ、俺たちを侍にしてくれよ。坊主」

 

と川並衆が晴也にガンを飛ばし、すごんでみせた。無論、晴也はその程度でビビるような玉ではない。

 

「ああ。話は俺が通す。だからこの仕事、絶対生きて成し遂げるぞ!」

 

おお!!と男たちの気合を入れ直す。晴也はニヤリと笑うと本題に入った。

 

「んで、作戦を説明するぜ」

 

 

 

 

晴也は川並衆にも同じように作戦を説明した。

 

「……って言うことだ、悪い。半兵衛、五右衛門。頼まれてくれるか?」

 

この作戦には二人は欠かせない。二人は黙ってうなづくと、足早に家から出て行った。

 

「す、すげえな」

「まさに博打勝負……」

 

と流石の川並衆からも緊張が走る。

 

「どうする。やっぱやめるか?」

 

晴也は最後の確認にもう一度、意志確認を行った。

 

「やめねえ。俺たちが親分をお守りせず、誰が守るってんだ!」

「そうだ!親分のお肌には!」

「傷ひとつ!」

「おわせねえ!」

 

流石、天下のロリコン集団。晴也は嬉しそうに微笑んだ。

 

「すまん……皆の命、俺に貸してくれっ!」

 

最後に、晴也は深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

晴也たち川並衆は、電光石火の勢いで木曽川を渡った。そして事前に説明した『ツーバイフォー工法』を使う。現代では当たり前だが、建物の部品を別の場所で作り、それを現地に運ぶ。後は組み立てて終了だ。この方法はたしかに短時間で城や砦を建てられるが、防御力が問題だ。責められれば簡単に崩れ去ってしまうかもしれない。

 

「急げっ!義龍に気づかれたら終わりと思え!」

 

気づかれたら終わりと言う極限の緊張感。人間、命懸けになればなんでも出来るというのは本当らしく、川並衆はこれまで以上の作業スピードをみせた。そして、作業は予想外なほど順調に進む。

 

幸運なことに墨俣には深い霧が立ち込み、稲葉山城からはまだ見えていない。

 

もう少しで完成!……だが、夜が開けると同時に、霧がなくなり稲葉山城から丸見えになってしまった。

ほぼ完成している一夜城をみた義龍は急ぎ自らも出陣し、迂回せず木曽川を船で抜けてきた義龍軍は怒涛の勢いで押し寄せた。この拠点の重要さを理解しているからこそだろう。

 

(まだだ……!まだ、早過ぎる!)

 

晴也は櫓から飛び降り、五右衛門から貰ったたどんを投げながら斬り込む。今、五右衛門も半兵衛も別行動となっているため、ここにはいない。

 

なんとか敵を木刀で薙ぎ払い、暴れまくった。

 

「……まだか、半兵衛!」

 

そう呟いた時だった。

 

「た、竹中半兵衛!参りました!」

 

式神軍団を率いる竹中半兵衛が到着。しかも、半兵衛だけではなかった。

 

「稲葉ˆ伊守一鉄良道!晴也どののお味方いたす!」

「氏家卜全直元も、晴也どのにお味方いたす!」

 

半兵衛には美濃三人衆の二人の調略を頼んだ。安藤を含め、これで美濃三人衆全員が織田に降ることになった。二人は『今孔明』と呼ばれる半兵衛を崇拝している。その半兵衛がペコペコと頭を下げれば、もちろん選択の余地はない。二人の裏切りにより、義龍軍からも裏切り者が出始めた。これで、両軍の戦力はほぼ互角。しかし、士気は明らかに晴也軍が有利。それでも義龍は諦めず、六尺五寸の体を使い足軽を薙ぎ払う。

 

「まだだ!まだ儂は!!」

 

槍は扱いは勝家並である義龍は、自らも敵陣に斬り込む。それに釣られ、美濃勢も士気を取り戻し始めた。これでは両軍も被害が計り知れない……そう思われた時。

 

「斎藤義龍! わたしはここよ!」

 

なんと大将・織田信奈が木曽川の向こう岸に立っているではないか。しかも取り巻きの兵士たちはそれほどの数ではなかった。唯一、厄介そうなのは信奈に近くに立っている『鬼柴田』のみであろう。義龍にとっては、これはまさに千載一遇のチャンス。

 

「皆の者、続け!あのうつけ姫の首さえ取れば、この戦は勝ちだぞ!」

 

義龍は晴也たちを無視し、乗ってきた船に乗り込み、川を渡り始めた。義龍軍も大将首を取るという最高の手柄を立てるため急ぎ船に乗り込み、後を追う。

 

……晴也はまず胸をなでおろした。ここで木曽川を迂回されて責められたら、どうしようかと考えていた。

 

「鉄砲隊!撃てぇ!!」

 

まず一手目。

信奈の鉄砲隊が、向かってくる義龍軍を迎撃するため火を吹く。木曽川の流れは激しく、落ちないようにするのがやっとであった義龍軍は、抵抗することも出来ず、鉄砲の餌食となっていく。

 

「晴也どの、遅くなりました」

 

晴也に下へ、多くの弓矢部隊を率いて長秀が到着。晴也が黙ってうなづくと、長秀部隊は川岸に立つ。

 

「弓矢部隊、放てっ!」

 

これが二手目。

鉄砲にはやや劣るものの、絶好の的になっている義龍軍には多大な威力を発揮する。長秀部隊は義龍軍の背後から矢を放つ。前には鉄砲隊、後ろには弓矢部隊。激流の中では身動きが出来ず、早く向こう岸について信奈と戦うしかなかった。

 

「落ち着け! あのうつけ姫の首さえ取れば!」

 

それでも義龍はまだ諦めなかった。もう少しで向こう岸に渡れる……そう思った時、近くの船が爆発を起こし始めた。

 

「な、なんだこれは!?」

 

そして最後の三手目。

それは『炮烙筏』だった。炮烙筏とは炮烙玉の応用品である。触れれば爆発するという代物。これは光秀と五右衛門に頼んだ仕事である。上流からどんどん流れてくる炮烙筏に、義龍軍の船は次々と沈んでいく。激流の中では炮烙筏は脅威と言えるだろう。

 

前方からは信奈率いる鉄砲隊。

 

後方からは長秀率いる弓矢部隊。

 

横からは船を沈没させる炮烙筏。

 

「くっ!稲葉山城からの援軍はどうした!!」

 

義龍は稲葉山城にも守備兵をたっぷりと残していた。信奈が稲葉山城と墨俣の二つに兵力を割けてくると踏んでいたからだ。もしその予測が外れ、自分が劣勢に陥った場合は援軍を出すように指示していたはずだ。なぜ、援軍が来ないのか。義龍は稲葉山城は見やった。

 

「あ、浅井だと……!」

 

なんと稲葉山城は浅井の旗印によって取り囲まれていたのだ。信奈は同盟国となった近江に援護を申し出ていた。「あくまで、援護だけでいいわよ」と言われ、あまり数はいなかったが、尾張と近江の二国から責められている。そう思っただけで、義龍軍は士気をなくしていた。それに浅井の包囲網を潜り抜け、主君を助けに行くような主君思いの家臣は残念ながら義龍軍にはいなかった。

 

「……終わり……か」

 

義龍と数人の足軽は既に信奈側の川岸に渡り終えたが、義龍軍はもう散り散りとなっており戦どころではなかった。義龍は手に持つ長槍を手放し、降伏を宣言した。

 

その後、主が降伏した稲葉山城の兵士たちも織田に降伏した。

 

こうして信奈は、悲願の美濃統一を成し遂げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

信奈は早速奪ったばかりの稲葉山城を居城に置き、戦後処理を始めていた。

 

「で、斎藤義龍。なにか言うことはある?」

「儂はそなたに敗れたのだ。首を落とせば良い」

 

大分、稲葉山城で会った時とは感じが変わったな……と晴也は思った。あの時は常に余裕がなく、力を欲していたようだったが……敗戦して、逆に開き直れたのだろうか。

 

「そうじゃ。そやつは顔に似合わず知恵者。後々、天下盗りの障害となるだろう」

 

と道三も口を挟んできた。

 

「めんどくさいわね。仲良く隠居すれば?」

「「ありえん!!」」

 

信奈の問いに数秒経たたずに道三と義龍が同時に声を荒げた。晴也は「意外と気が合うじゃないか」と思わず笑いを溢してしまい、道三と義龍の二人に睨まれてしまった。

 

「もういいわ。義龍は、放逐する」

「「な、なんだと!?」」

 

またしても道三と義龍の声が被り、遂に晴也は吹き出してしまった。隣に座っていた光秀からエルボーを食らい、なんとか声を封じ込める。

 

「情けをかける気か……」

「ならん!こやつを今逃せば、そなたの命を狙うは明白ぞ!」

「うるさいわね!決めるのはわたしよ!」

「お、愚か者めっ!」

 

道三はそれだけ言い捨てると体を震わせ、信奈たちの前から姿を消した。

 

「親父どのの言う通りだ……どうなっても知らぬぞ」

 

義龍も堂々と広間から立ち去っていった。険悪な空気が広間全体を包み込む。

 

「もう……気が短いわね」

 

おまえにだけは言われたくないな、と晴也は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稲葉山城からの帰り道、清洲へ戻る街道で、野良犬を撫でている義龍を見つけた。大男と野良犬と言うのは思った以上にシュールな光景だった。

 

「おい、義龍……」

 

義龍は「ぬおっ!?」と飛び跳ねた。そして恥ずかしそうに顔を出し真っ赤にさせた。稲葉山城の時と同様に、まさにだるまだ。義龍は背を向き、顔を隠す。

 

そして落ち着きを取り戻し、晴也へと振り返った。

 

「儂は……負けた。なぜだ?」

「おまえは、色々背負い過ぎたんだよ。土岐氏の世継ぎ? 道三は本当の父じゃない?そんなことどうでもいいだろうが。大切なのは、自分自身の心だろ」

 

晴也は親指を立ててトントンと自分の胸を叩いた。

 

「心………」

「ああ。それにな、おまえが気にしてる器っていうのは、意識して身につけるものじゃねえ」

「な、なら、どうしろと!」

「知らん。とりあえずおまえは今、一国の主じゃねえんだ。答えは自分で見つけてみろ」

 

それだけ言うと、晴也は黙って歩き出した。しかし、不意に歩みを止める。

 

「もし……居場所がないなら俺の下へ来いよ。少し見る位置を変えるだけで、今まで見えなかったものが見えてくるはずだ」

 

晴也は振り返り、義龍に手を差し伸べた。

 

海のような心の広さ……全てを飲み込む器……これが………

 

「器か……」

「あ? なんだって?」

「……ふん。儂を使うのは難しいぞ」

 

義龍は、晴也の手を取った。

 

 

ーーーこうして義龍は斎藤義龍ではなく、一人の武士として、晴也の仲間となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




晴「おいぃぃぃ!犬におしっこかけられてんぞ!!」

義「な、なんだとっ!?」



アニメでは、金ヶ崎などで敵対していた義龍ですが逆に仲間にしてみました。原作ではほぼ放置されてましたが、やはり勿体無いなあ……と思いまして。
そしてアニメ終盤……川並衆と中々熱い戦いを繰り広げていましたが、逆に共闘する立場になっちゃいましたね。

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