※相当急いで書いたので、おかしい点があれば言って下さい
第十一話 長政の秘密
『他人の不幸は蜜の味』
人は他人が不幸になると、不謹慎だと思いつつも喜んでしまうものだ。そんなことない、と自分も胸を張って応えたいが、残念ながら脳科学的に証明されてしまっているらしい。他人への『妬み』が多く関係しているようなのだ。以上のことから、絶対に不自然な言葉だ。とは言えないのだ。例えば、会社である友人がクビになった話題をする。話題自体には特に関心を持たれない。だが、なぜクビになったかの経緯を話すと途端に目の色を変え、興味津々と言った状況になるのだ。「かわいそう」「不幸だねぇ」などの意見が多く、誰も他の話題に移ろうとはしないのだ。私はこの言葉が嫌いだが、頭では認めてしまっている。
『桶狭間の戦い』を勝利した織田軍は士気が一気に高まり、家臣たちも信奈のことをうつけ姫などとは呼ばなくなっていた。命懸けの連戦を戦い抜いた俺は安心と同時に疲労を感じた。皆、町民たちも『織田軍、今川に大勝利』の報を受け大騒ぎ。足軽たちも宴やら祭りやらで盛り上がっていた。そういう祭りごとは嫌いではないが、流石に疲れた。俺は清洲へ着くと真っ先に家に直行し、布団を敷いて寝た。
「五月雨氏」
声が聞こえたのでうっすらと目を見開く。隣に全身黒装束の相棒、蜂須賀五右衛門が立っていた。
「……どうした?」
「織田軍が城で宴会を開くとのこと」
おそらく戦勝祝いだろう。行きたいのは山々だが生憎一旦布団に入ると体を起こそうとしても動かなかった。いつまでもこうしていたいという眠気に駆られる。
「……俺は……遠慮するよ……おやすみ」
「御意」
五右衛門は音を立ずに消えた。と言ってもおそらく天井裏にでも潜んでいるのだろう。俺は再び眠りについた。
そらからしばらくして
「……ん?」
何故かまだ夜中だと言うのに、不意に目を覚ました。うーん、と目をこすり起きようとするが。
「なんか、生暖かい……?」
背中が妙に温かかった。汗かと思ったが、その割には温かい。チラッと背中を見やると、なんとねねが張り付いていた。
「なんだ……ねねか」
子供の体温は高いと言う。おそらく俺にはまで熱が移ってしまったんだろう。流石にこのままだとこっちが身動きが取れないので、起こすことにした。
「ねね~起きろ。熱い……ぞ?」
眠気から抜け出し、意識から覚醒するにつれだんだん神経が研ぎ澄まされ、感覚が戻ってきた。それが『汗』というのに違和感を感じた。
「……おい、ねねっ!おまえ、おねしょだろこれっ!?」
晴也の声に背中に張り付いていたねねが大きな目を見開く。
「ふ……え?」
「ふ、え、じゃないっ!おまえもう八歳だろ!いい加減やめなさい!」
しっかりと叱っておかないとまたやってしまうだろう。ここできちんと注意しておかねば!と晴也は心を鬼にして怒った。
しかし……
「ゔ、ゔ、ゔ」
「お、おい……ねね?」
「……ゔあああああああ~~~!!」
ねねが割れ鐘のような大声で泣き出した。しかも背中という至近距離なので威力が倍増。
「ゔああああああ~~!!!」
ねねの超音波攻撃が晴也の耳に直撃。晴也は耳を塞ぐが、それでもねねの声は思った以上の威力だった。
「うあっ!?悪かった!ごめん、許して!機嫌直して!せっかくの美少女が台無しだよっ!?」
「だいなじ………?びえええええええ~!!!」
「うああ~っ!?もう許しててくれぇ~っ!?」
いくら剣術や喧嘩が強い晴也でも、小さな子供相手にはなにも出来なかった。慌てふためく中、そうだ五右衛門がいる!と希望を持って呼んだが、返事はなかった。気配も感じない。
「五右衛門っ!?おまえ逃げやがったなっ!!」
晴也の言葉を尻目に、五右衛門はひっそりと天井上から脱出し、宴に出て無人となっている犬千代の家に上がり込んでいた。
「……ったく、やっと寝やがったか」
ねねをなんとか寝かしつけたが、俺はすっかり目が覚めてしまい、おまけに服が濡れてしまった。行水をしようと外に出たが、不意にあることを思い出した。
(そういえば……この前、湖を見つけたんだよな)
実は道三を救出に行く際、湖を見つけていた。あの時は急いでいたので、あまり気にはとめなかったが。この時代にきてから行水ばかりだった。あまり行水ばかりじゃいい気がしないので、その湖に行くことにした。
「えっと、確かここら辺に……」
手に松明を持ち、もう片方の手で替えの着替えを持ちながら林の中をさまよう。辻斬りに会ったりするのも嫌だから、しっかり木刀も帯刀している。
「お、あったあった」
夜の月が映える、綺麗な湖だった。月の光が反射され、夜とは思えないほどの明るさに満ちていて、昼以上の魅力を感じた。
「さてと……」
晴也は服を脱ぎ捨て、静かに湖に入った。冷たい水は疲れた身体に思った以上に効いた。体の疲れが抜けていく。
「ふぅ……」
晴也は目を閉じ、この時代に来てからのことを思い出していた。秀吉さんに会い、信奈に召抱えられ、道三を救出し、今川を倒す。言葉で並べると狂言のように感じて、少し笑えた。不意に現代のことを思い出してしまうが、思い出せば出すほど辛いのであまり考えないようにした。帰りたい、と思う時は多々あったが今はなんとかここでやっていけそう、という希望が芽生えて来た。
(あんまり考えると鬱になるな……)
気分を晴らそうと湖を僅かに進んだら、遠目ではあるが刀を持った侍らしき男?が見えた。
(こんな時間に……それに刀を持ったまま?)
念のため、木刀を取りに行こうと道を引き返そうとした。しかし、こちらの動きが水面に伝わってしまった。あちらも気づいてしまったようだ。
「なにやつ!」
敵は刀を抜いて、迫ってきた。薄い闇の中なので、相手の顔までは見えない。
「やべっ!」
気づかれた!丸腰の俺は急いで湖を泳ぎ、木刀を取りに行く。
「逃がさんっ!」
後ろから刀を振るってくる。狙いが正確で、真横に刀が降りてくる。しかも中々の執念で追いかけてくるのだ。剣の動きからして、おそらく中々の手練れだろう。俺は拳を握りしめた。
(素手で勝てるか……っ!?)
「ええい、止まれっ!」
「止まったら斬るだろうが!」
かと言ってこのまま背後を取られている状態だと不利極まりない。俺は捨身の覚悟で水面を蹴り上げ、水しぶきを上げた。敵は見事に水しぶきに当たったようで、一瞬動きが鈍った。
「くっ!?」
「よし、隙あり!」
俺は後ろに振り向きざわに敵に体当たりし、お互い水を被る。その際に刀を落とした敵の、両腕を掴んだ。
「は、離せっ!」
「てめえ、急に斬りつけてきやがって!なにも……ん?」
掴んでいる腕が妙に柔らかい、筋肉とは違う。おそるおそる敵の体を見ると、くびれた腰、そして膨らんだ乳房。自分がどうかしてしまったんだろうか。遂に妄想変態野郎になってしまったんだろうか。いや、それにしてはやけにはっきりで、くっきりと……
(……こ、これは……?)
俺は気づいてしまった。敵は全裸の女性だと言うことに。おまけにスタイルが良い。べ、別に見たくて見たんじゃないから!たまたまです!本能的に!と、誰に向けて弁解しているのか自分でもよくわからなくなり、俺は咄嗟に敵の腕を離した。
「お、女っ!?」
その女は今更ながら、恥ずかしそうに水に体を沈めた。俺は敵の刀を拾い上げる。気持ちを落ち着け、改めて敵を見る。間違いなく美少女の分類に入るその女は両手で体を隠していた。俺は自分の『煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散!』と頭を殴って煩悩を追い出す。
「………おまえ……何者だ」
なんとか冷静を装いつつ、刀を敵に向けて問いかけた。
「おまえこそ、どこの乱破だ。織田か?わたしを暗殺に……」
織田……暗殺……乱破……聞き慣れた言葉に良く耳を傾けると、どこかで聞いたような声色だった。
「……失礼ですが、近江の大名『浅井長政』さまの妹さんかなにかで……?」
「わ、わたしに妹などいない」
その言葉が発せられ、静寂が身を包む。僅かに虫の鳴き声だけが聞こえる。次第に止まった頭がだんだんと回り出す。
「お、おおおお、おまえ長政かよっ!!?」
「そ、それをこちらに向けるなっ!」
言われて気づいた。自分も裸だと言うことに……
とりあえず俺たちはお互いに背を向き、湖に体を沈めた。もちろん刀はしっかりと目の届くところに置いてある。気まずい空気が流れたが、長政が思いついたように口を開いた。
「おまえ……あの時の男か……」
「長政。いくらおまえが男らしく話しても、もうおまえを男だとは思えないよ……」
「う、うるさいっ!」
不覚にも裸を見てしまったし、見られてしまった。ものすごい罪悪感と喪失感を感じる……。とりあえず恥ずかしさを一旦忘れることにして、口を開いた。
「だが……なんでわざわざ男の振りなんかしてるんだ?この時代は姫大名なんて珍しくないんだろ?」
この時代は『武家の第一子は性別に関わらず家督を継ぐ』ということで、『姫武将』や『姫大名』と呼ばれる女の子たちが存在するはずだ。だから、女だからと言ってわざわざ男と偽らなくても良いはずだ。
「わたしは……幼き頃より、六角承禎の人質として観音寺城に住まわせれていたのだ」
「ああ、知ってるぜ。松平元康と似たような境遇だよな。幼い頃は誘拐され、織田家に売られたり、今川の人質になったりさ」
俺は長政と同じような境遇に合った元康の例を口にした。どちらも家柄のせいで自由を奪われた者たち。この時代では良くあることらしいが、そんな身勝手な理由はどうしても気に食わなかった。
「今川義元は女ではないか。六角承禎は男だ」
そこで晴也はハッした。晴也は鈍感だが、長政の辛そうな表情を見たら気づくしかなかった。次第に晴也は溢れ出る怒りを感じた。『他人の不幸は蜜の味』と言うが、そんなもの嫉妬で出来た哀れな言葉だ。
「……おい、まさか」
「ああ……年頃の娘のみならず年端もいかぬ幼い娘も大好物というゆがんだ男だ」
「……くそ野郎だな」
人質ち取られた時の長政はまだ若い娘だったはずだ。そんな男が近くにいるなんて相当怖かっただろう。思わず晴也は水面を殴った。ただ、ムカついていた。そんなクソ野郎を想像しただけでもムカついたのだ。そんな晴也を見て、長政は悲しそうな顔で話しを続けた。
「それ故、父に男子として育てられた。そしてこの美貌を利用し、六角家の女どもをたらしこんだ。そのおかけで観音城から脱出して小谷城へと舞い戻ったのだ。わたしは父に家督を継がせて欲しいと言った。だが、父は姫大名などは認めぬとおっしゃった。父にはわたし以外に子はいない。浅井家を継ぎたければ、女を捨てろと……」
「……そうか」
自分の子供に自らの思想を押し付けるほど哀れなことはない。子供は親の所有物ではないのだ。親と子と言う絆はあるが、両者も一人の人間だ。全く同じにはならない。
「わたしは男装すれば、おまえ並の美男子に見える。女は皆、美男子に弱い。この美貌は役に立つのだ」
「……確かに男の振りなんかしてたら、女なんて作れないよな」
通りで「利用するだけして利用して女を捨てる」なんて噂が立つワケだ、と晴也はうなづいた。
「父は織田信奈と同盟には婚姻同盟でなければ認めぬと言うし、織田家には他に姫はいないと聞いた」
「それはそうだが……もったいねえよな」
「なにがだ?」
そこで晴也は、はあ~とため息を吐いた。
「確かに男でも充分の美形だと思うが、おまえは女の方が美人になれると思うが……」
「び、美人とか、言うな!」
怒った?長政が水鉄砲で攻撃してきた。体を隠しながら(もちろん全ては隠せていないが)、恥ずかしそうに撃ってくるので「うわっ、かわいい」なんて思ってしまった。
「げほげほ。……まあ、おまえだけじゃなく信奈や勝家、長秀さんに犬千代、五右衛門に十兵衛、それと義元か。全員綺麗なのにもったいねえよな」
「……おまえ、たらしなのか?」
「違う違う。純粋な気持ちだよ」
と、笑顔で答えた。前から思っていたが、妙にこの時代の女の子は美少女や美人の分類に入る人たちが多いと思う。とある親友なら、この状況をウハウハになりながら楽しむだろうな。
「なんでおまえなんかに話してしまったんだ……これで浅井家は終わりだな……」
長政は急に真剣な顔をして言った。晴也はその言葉にピクッと反応する。
「は?なに言ってんだよ。言って欲しくないんだったら言わねえよ」
と晴也も真面な面立ちで答えた。
「なっ!?それは信奈どのに……」
「こいつは一家臣に過ぎない。そんな勝手に動ける訳がない」と長政は思った。
しかし、晴也は呆れたような口調で言った。
「悪いが、俺は信奈の忠誠心で従ってんじゃねえ。あくまであいつの手伝いだ。死ねって言われても死なねえし、誰かを殺せって言われても殺す気なんかねえよ」
「ならば……なぜ尽くす?」
「この国にはあいつが必要だ……。それに、俺は信奈を主じゃなく『仲間』だと思ってるんだ」
「仲間だと?」
「あ、家族っていう言い方もありかもな」と晴也は笑った。
主に晴也が信奈、織田軍に仕えるのには三つの理由がある。
一つ目は、この国には信奈が絶対必要だから。
二つ目は、他に行くところがないから。
三つ目はーーーーーーーー
「ああ、そうだ。仲間は見捨てねえーーーってよく聞く台詞だけど、まさしくそうだぜ。俺は織田家の皆を仲間だと思ってる。あ、もちろんおまえもな」
そう、これが三つ目の理由。晴也にとって既に共に何度も死線を戦い抜いた織田軍の皆は仲間というカテゴリに入ってしまった。仲間を放って自分だけぼーっとしてる訳にはいかない。もちろん帰りたいとも思うが……。
「わ、わたしも?」
だが仲間意識云々より、まず長政は自分を仲間だと言われたことに驚いた。「敵国の大名を仲間だと?こいつはバカか?」と長政は思った。しかし、晴也はニヤニヤしながら言った。
「だって、まさしく裸の付き合いに……「貴様あぁぁぁぁ!」うわっ!?ごめんごめん」
長政が水鉄砲を乱射してきたので、こっちも対抗して水鉄砲を発射する。二人はお互いが裸であることも忘れ、ただ子供のようにムキになって攻撃しあっていた。
「いつ振りだろうか。こんなに楽しいのは。そして男と素で語ったのは……」と長政は自分が頬を赤くしているのを気づいていなかった。
年頃の男と女がなにやってるんだ…と流石に恥ずかしくなった俺と長政は湖から出て、お互い着替えた。着替えを終えた俺は長政を待っていた。
「よお、やっと着替えたか」
「っ!?誰だ、貴様っ!」
と言って長政は俺が返した刀の柄に手をかけた。
「な、なんだよっ!?」
こちらも対抗しようと木刀に手をかけたが、長政はやがて呆れたように言った。やがてハッとしたように長政は柄から手を離した。
「おまえ……髪を縛らなかったら女としか見えないぞ」
いつものものように、髪をポニーテール状に縛っていない晴也は、どうみても黒髪美人と言える美少女となっていた。長政が男装の天才ならば、晴也は女装の天才となれるだろう。
「……そうかなぁ?」
「ああ……それでは」
そう言って長政は微笑んだ優しい顔から、いつもの近江の若大名「浅井長政」の顔となっていた。それを見た晴はなにを思ってか口を開いた。
「まあ、待てって……いいとこ案内してやるよ」
「な、なぜここに連れてきた……」
「長政。それ六回目だぞ」
信奈や家臣たち宴会の真っ最中、晴也は清洲城へ強引に長政を連れ込んだ。宴会の雰囲気が、長政の登場により一気に冷めてしまった。他国の大名と言うことで、家臣たちは緊張感を持っていた。
「あんた。やっと来たと思ったら、いきなり長政を連れてくるなんてどういうつもりよ」
信奈は俺と長政を交互に睨みつけながら言った。まあ、あんな告白されてるんだから、嫌いになってるのはわかるが。
「長政が寂しそうだったんだよ。いいだろ、頼むっ!」
晴也はこの通り!と頭を下げた。
「……ま、まあ。あんたがそこまで言うならいいわ」
「サンキュ~信奈!」と晴也は笑顔を見せた。それを見た信奈は僅かに頬を赤らめ、そっぽを向いた。
「……晴也」
「お、来てたのか犬千代」
コクンと犬千代がうなづいた。本当なら犬千代と俺のような足軽風情が家臣たちに混ざっているのは正しく場違いなのだが、どうやら信奈の『お気に入り』ということで通っているらしい。
「……晴也……あ~ん、して」
と犬千代は自分が大好物のういろうを、俺の口に近づけた。
「ん?ああ、あ~ん」
俺は犬千代から貰ったういろうを頬張った。確かに、不味くはない味だった。というより俺別に好き嫌いないしな。犬千代はうずうずと感想を聞きたがっている様子だった。
「ん…美味しいよ。ありがとな、犬千代」
「……良かった」
嬉しそうしている犬千代の頭を撫でた。酒の気に当てられたのだろうか、僅かに頬を紅張させていた。
「ず、ズルいぞ、犬千代っ!」
その様子を見た勝家はおもむろに慌て出した。
「か、勝家?」
勝家は自分が食べていたみそ煮込みうどんを持ってきて、箸でうどんを掴み、晴也の顔に強引に持ってった。
「ほ、ほら!く、食えハルっ!」
「うお、アチぃ!お前そこ鼻だよ、鼻!落ち着け!なんで手震えてるんだよっ!」
勝家の箸を掴んでいる手が、まるで年くったじいさんのようにブルブルと震えていた。箸で掴んでいるうどんが上手く口に運べず、俺の鼻に押し込んでいた。
「こ、こういうのは、初めてなんだ!優しくしてくれっ!」
酔っているのか、大分台詞がおかしい気がする。「……仕方ねえなあ」と晴也は右手で勝家の手を握った。
「な、なにするんだよ!?」と勝家は顔を真っ赤にした。晴也は呆れたように話を続けた。
「手、抑えててやるから。さっさと口に運んでくれ」
勝家はそれでもおそるおそる箸を動かし、うどんを晴也の口に運んだ。
「ど、どうだ?」
勝家は不安そうに聞いてきた。うどんはこの時代にきて初めて食ったが、現代と代わり映えない旨みがあった。一瞬懐かしくて、ホロリと涙が出そうになった。
「……美味いな」
「そ、そうか!ど、どんどん食えっ!」
流石にもう大丈夫かと手を離すと、また勝家は暴走し、うどんを俺の頬にぶつけまくった。どんだけ酔ってんだよ……と顔を赤くしている勝家を見て思った。
「な、なによ、あんたたち!わたしを差し置いて!」
今度は信奈までもがドタバタと近づいてきた。そして適当に近くにあるご飯を箸で掴んで晴也に差し出した。
「ほ、ほら、次はわたしよ!」
「いてぇ!?そこは目だよ目!やめろ!痛い!」
信奈までもがご飯を目に入れる始末。そして間もなく、晴也の顔がご飯粒だらけになった。
「……おまえ、俺の顔をご飯まみれにしてなにが楽しいんだよ!?」
「わ、わざとじゃないわよ」
「そもそも、なにをそんなにムキになってるんだ?」
「む、ムキになんかなってない!」
そして顔を真っ赤にした信奈は晴也のおでこへ頭突き。「いてぇ!」と晴也は頭を抱えて部屋の中を這いずり回った。家臣たちは笑いを堪えていたが、遂に吹き出してしまっていた。そんな面白い漫才のようなふざけ合いを見た長政は
「……ふふ、あははは!」と笑い出していた。
笑った長政は男装などしていても充分、美しかった。
「あ、え、も、申し訳ない!」と言って長政は慌てて頭を下げた。
「なんだ、あんた。そんな顔も出来るのね」
信奈は物珍しそうに長政を見やった。今までは、こいつの仏頂面と薄笑いしか見てなかったもんな。
「い、いや……その」
長政は恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせた。以外に恥ずかしがり屋なんだなあ、と晴也は思った。
「長政ぁ!信奈さまはやらないぞ!信奈さまはあたしのだ!」
「まあまあ。長政どの、お酒はどうですか?」
「え、いや……はい。それでは、いただきます」
半ば酔っ払っている勝家と場の空気を読んだ長秀さんが、長政の隣に座った。やがて緊張していた家臣たちも、どんどん長政と話すようになっていた。それを見た晴也は僅かに微笑んだ。
(長政……外見はいくら偽っても構わねえから……中身は偽るなよ)
と晴也は静かに心の中で呟いた。
次の日、清洲城。
約束の三日を過ぎ、長政は信奈の意思を確認するため、清洲城にきていた。家臣たちが勢揃いの中、長政は顔を引き締めていた。
「信奈どの。ご決断を」
長政は信奈に頭を垂れた。こころの中では信奈を一人の大名として認めているのだろう。だからこそ、こうして信奈と結婚し自らの味方にしようとしているのだ。
「そうね……」
信奈は立ち上がり、意を決した表情で長政に言った。
「わたしの妹『お市』を送るわ!」
一瞬、場の空気が固まった。
「お市とな?信奈さまに妹はいないはずでは?まさか、隠していたのか?」と家臣たちが驚いていた。もちろん、俺もだ。確かにお市は織田信長の妹だが、織田信奈には津田菅十郎信澄、弟一人だけのはずだ。
「それならば構いませんが、妹君がいらっしゃるのですか?」
「ええ、こいつよ!」
信奈は、信澄を前に連れ出した。なぜか姫君の格好をして、化粧までしている。まあ、確かに、美少女には見えるが……
「……え」
俺を含む家臣たち、長政と信奈以外の全員が固まった。
「なるほど……美しい。流石織田の姫君ですね」
長政ー!そいつはダミーだ!替え玉だよ!本当はバカ殿なんだよ!
と口に出したらおそらく信奈に斬り殺されるので、心の中で叫んだ。
「それでは、お市どの。行きましょう」
長政は相手が女なら、おそらくイチコロの笑みを浮かべた。もちろん信澄はそんなもの見てもときめかないようで、おろおろと怯えていた。
「あ、姉上ぇ」信澄のか細い声が聞こえる。もちろん信奈は知らんぷり。家臣たちも黙るしかなかった。
(な、なんつー酷い姉だよ……だが、信澄は女の振りをし、長政は男の振りをしている。性別逆転の結婚……。おそらく、長政は同じ女だと思っている信澄を襲うなんてことはしないだろう……よし、大丈夫だ!)
なんとか頭で理解した。長政ならおそらく危険は少ない。
信奈も『長政なら安全だ、信じられる』と理解したからこそ、信澄を送ったのだろう。それでも信奈は不安気な表情だったが。
長政と護衛の侍たち、そしてお市となった信澄が輿に入り「えっさ、ほいさ」と近江路へと旅に出されてしまった。最後、長政がなにか俺に言いたげな表情だったが、それを振り切るように頭を下げて、帰って行った。
原作での信奈は普通に信澄を送っちゃったので……こういうのを書いてみました。
あ、長政フラグを立てるつもりは今のところ無いです。
立てたら信澄がものすごいことになってしまいそうなので………
そろそろ美濃や半兵衛を『落としたい』(二重の意味で)