五月雨晴也の野望   作:漆原 涼介

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第十話 風雲、桶狭間!

『情けは人の為ならず』

情けは人の為ならずというが、正にその通りだ。結局、情けをかけたものは巡り巡って自分の利益として返ってくる。人に情けをかければ自らの行動が正当化される。要するに情けはかければかけた分だけ自分の利益となる。別に相手がなにかお礼をするという訳では無い。自らの達成感や正義感で心が満たされるのだ。それで自らを満足させたり高い地位に置いたりする。

一方助けられた者は相手を良く思い、助けてくれる人がいるという安心感が生まれるのだ。

要するに、『情けは人の為にも、自分の為にもなる』のだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海道一の弓取り」今川義元は、京への通り道になる尾張の織田軍が出陣しているという情報を聞き及び、意気揚々と尾張へ兵を起こした。先の戦いの濃い霧からもわかるように、すでに梅雨入りしている。夜だと言うのにじめじめと暑く、汗が滴り落ちてきた。今川軍は、信奈が尾張と三河の国境に建てた丸根の砦を目指している。砦を抜ければ、清洲城へ、そして京までまっしぐらなのだ。砦が落とされるのは、時間の問題と言ったところだろう。

 

足軽の一人が息が絶え絶えになりながらも伝えてくれた。

 

「敵は松平元康を先陣に、進軍を開始しております」

 

三河の国主である松平元康。後の徳川家康だが、今は義元の言いなりとなっている。義元はおそらく今川軍本体を温存し、松平軍を捨て駒同然に扱っているだろう。

 

「おいおい、確かに織田軍は出陣したが、全軍の一割程度だぞ?」

 

晴也の問いに、隣にいる五右衛門が直ぐに返答する。

 

「おそらく、相手はあの今川。お構いなしでござる」

 

確かに織田と今川の戦力差じゃ、ゴリ押しされて普通に負けるだろう。はっきり言ってピンチである。こちらはまともにやっても太刀打ち出来ない、もし勝つとなったら奇襲や裏工作などが必要となってくる、厄介だ。

 

(……だったら少数部隊じゃなくて、織田軍全軍で道三を救出しても良かったんじゃないか……)

 

まあ、目標としていた織田軍戦死者をゼロに抑えられたのだ、良しとしよう。

 

「織田家の動きが気になる。とにかく清洲に戻るぞ」

 

足軽たちが「おー!」と返事をし、晴也を先頭に清洲へ戻っていく。随分と人望が暑くなったものだ。足軽たちは無事に道三を助けだし、被害を最小限にまで留めた晴也に影響を受けだしていた。士気がそれなりに高まる中、唯一一人だけ付いて行けない者がいた。

 

「ま、待ってくれ、腰がぁぁぁぁ」

 

道三は腰に手を当ていかにも年寄りそうな弱々しい声を上げた。ぎっくり腰がどうやら持病らしい。うつ伏せに倒れながら情けなく嘆いていた。

 

「ど、道三さまっ!?大丈夫ですかっ!?」

 

それを必死にどうにかしようと慌てる光秀。当然、安静にしておく以外に治るはずもない。

 

「なにやってんだよジジイ……」

 

そこにいたのは蝮ではない、ただのじいさんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜になって、やっと晴也たちは清洲城へ戻ってきた。城内は信奈の家老となった勝家や長秀など主立った者たちと会議をしている真っ最中だった。

 

「ふえ~、疲れたぁ」

「は、ハルっ!?無事だったか!」

 

晴也を見た途端、急に勝家が声を張り上げた。

 

「まあ、なんとかな」

「お疲れ様です。して、どうでした?」

 

長秀さんが笑顔で労ってくれた。こんな時でも笑顔を絶やさない長秀さんは流石だと思った。

「この通りだ」と腰を痛めてヨレヨレとなっている道三を前に連れ出した。光秀が肩を貸していて、歩くのもやっとらしい。

 

「蝮……」

 

信奈が嬉しそうな表情で蝮に近づいた。だが、途端に悲しげな顔になる。

 

「……もう…織田は終わりね……」

 

珍しく信奈が諦めたような表情をしていた。道三はそれを見て、しれっと俺を見やる。

 

(えっ!?俺が悪いのっ!?)

 

道三だけではなく、十兵衛や犬千代、長秀さんまで……勝家は意味わからなそうだけど。

渋々、信奈の前に立つ。

 

「えっと……まあ、案を出そうぜ、案を!逆転する案を出せば!」

 

頭ん中では『桶狭間の戦い』のビジョンが浮かんでいるのだが、ここでそんなこと言ったら信奈絶対キレるだろうな。

……とは言ったものの。

 

 

勝家は「全軍で突撃」としか言わないし、他の武将たちも「清洲城に籠城し、尾張を素通りしてくれることを祈るしかない」など消極策ばかり。

 

「あんたたち甘過ぎだぜ。城に籠っても義元に攻め潰される。まあ、かと言ってただ突撃しても返り討ちは目に見えてるけどな」

 

 

戦わなければ滅ぼされ、まともに戦っても潰される。晴也の言葉に皆、口を閉ざしてしまった。

 

「要するにだな。まともにやってたら勝てねえんだよ。敵の裏の裏の裏を突くくらいじゃねえと勝てねえ」

 

遠回しながらもヒントを送る。名探偵コ○ン君もこんな感じで警察を誘導していたのだろうか。しかし、それでもまだ案が出ない。奇襲するにも本陣の場所がわからないのが現状だったのだ。

 

「万千代!小鼓を打ちなさい!」

 

突如カン高い声で、信奈が叫んだ。長秀が小鼓を取って、ポンポンと『敦盛』のリズムを取り始めた。信奈は立ち上がり、舞を舞いはじめる。

 

『人間二十年ーーーーーー下天の内をーーーーーくらぶればーーーーーー夢幻のごとくなりーーーーーーーひとたびーーーーーー生を得てーーーーーーーーーーーー滅せぬ者のあるべかーーーーーーーー』

 

(あれ?人間五十年~じゃなかったかな?二十年って短過ぎるような)

 

因みに、下天、つまり天界の最下位である『四天王天』のことであり、その一日は人間界の五十年分だそうだ。故に人間界の五十年など下天の時間に比べれば、夢幻のような一瞬のもの。という意味が込められているそうだ。信長はこれで死の覚悟を決めるとされている。信奈もそうだろうか。

 

「熱田神宮に向かうわ」

 

信奈は舞いを終えるとそれだけを言い残し、風のように飛び出していった。正に風雲児、と言ったところだろうか。他の家臣たちは慌てて信奈を追いかけて行った。

 

「……晴也?」

 

信奈が出ても動かない晴也に、心配そうに犬千代が声をかけてきた。

 

「……俺は桶狭間に向かう。おそらく義元はそこで休息を取るはずだ。千載一遇のチャンスだろ」

「……犬千代も」

 

「それはありがたい」と晴也は微笑んだ。

 

「坊主、貴様は何故そこまで信奈に尽くす?」

 

痛みで立っているのがやっとのような道三が、痛みを噛み殺して話しかけてきた。

 

「何故って言われても……天下取るのあいつだしな。というかあいつしかいねえだろ」

 

秀吉さん居ねえしな、と次いで出そうになった言葉を飲み込んだ。

 

「なるほど……未来では、この戦どうなる?」

 

それは……と晴也は口を注ぐんだ。

 

「……さあね。この戦の結果が、そうなんじゃないかな」

 

未来どうこうではない、今が全てだ。

道三の質問をはぐらかすと、晴也は犬千代と共に出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……五月雨氏」

 

城を出ると、なんと五右衛門が川並衆と共に待機していてくれた。

 

「おまえら……」

「我らは五月雨氏と、一蓮托生でござる」

 

そう言われると、胸から込み上げてくるものを感じた。

 

「五右衛門~!おまえと会えて良かったぞおおぉぉぉぉ~!」

「さささ五月雨氏!抱きつくにゃ、抱きつくにゃっ!」

 

思わず五右衛門に抱きついてしまった。俺が今こうしているのは、五右衛門たち川並衆がいるおかけだ、これぐらいいいよね?

 

「この野郎!親分が汚れるっ!」

「親分のピチピチお肌がっ!」

「お、親分が妊娠しちまうっ!」

 

おい、最後のやつ、おかしい。

 

「……犬千代も」

 

何故か犬千代までもが抱きついて、正に三位一体となってしまった。

 

「……は、は、離してくりゃしい……あう、あう、あうぅぅぅぅ」

「「「「「いい加減にしろやぁぁぉぁぁぁぁぁ!」」」」

 

この後、川並衆全員に殴られた。

そしてこれが晴也のロリコン疑惑発端の原因となることは、誰も知らない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハル君」

 

清洲の町から出ようとした際、突如晴也の前に援軍が現れる。援軍とは言っても総勢百名の戦では役に立たなそうな女の子集団であるが。

 

「やあ、相変わらずそうだねえ」

 

その中でも、一際目立つ容姿の美男子が前に出る。

 

「……どちらさま?」

「なっ!?僕だよ僕、元『織田勘十郎信勝』であり現『津田信澄』である信澄だよっ!……たかだか二話ぶりだよっ!?」

「ああ、そうだった。なんだよおまえ、城でやってた作戦会議にいなかったからてっきり逃げたかと思ったぜ」

「なにを言うんだっ!僕は姉上の役に立つため、女の子を集めてたんだっ!」

「……なぜ女の子を集める必要があるのかわからないが、成長したな、信澄」

 

僅かに微笑みながら信澄の頭を撫でた。どちらも美がつく少年なため、女の子たちからは大好評。

 

「きゃあああああっ!信澄さまぁ!」

「ハルさまかっこいいぃぃぃぃ!」

「そのまま二人で抱き合ってぇぇぇぇ!」

「い、イケるわっ!これはイケるっ!」

 

どこの時代にも、腐がつく女子はいるんだなあ。

 

「で、どこへ行くんだい?」

「ああ、桶狭間だ。義元がそこで休息を取っているはず」

 

鈍感スキルを持つ晴也と女の子の扱いに手馴れている信澄に、今更黄色い声援を向けたところでどうかとなるはずもない。

 

「桶狭間?桶狭間は山じゃないか」

 

信澄がしれっと、そう言った。

 

「うえええええええええーっ!嘘っ!?」

 

一瞬心臓がぎゅっと締め付けられたような気がした。これがドッキリだとしたら、おそらく最高峰で驚く、というより寿命が縮むと言ったほうが良いのかもしれない。とにかく乱れた頭を整理する。

 

(待て、落ちつけ、落ちつけ。確か「桶狭間の戦い」はーーーーー)

 

頭ん中の記憶を引っ張り出す。確か、世に言う桶狭間……打ち取られた場所は違う。場所はーーーー

 

「……田楽、狭間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、『丸根の砦』が松平元康率いる先陣部隊に落とされていた。

 

「おかしいですね~?こんなにあっさりと……」

 

松平元康は忍びを巧みに使い、砦内部から崩壊させた。それでも、織田兵の数が少な過ぎる。ここを落とされれば勝ち目など無いはず。こんな手薄にする理由がわからない。

 

「半蔵~、義元さまに砦を落としたと報告を~。それと……」

 

「はっ」と服部半蔵が音も立てず現れ、元康に伏す。

 

「……やっぱりなんでもないです~。それより三河の皆に休憩をとらせてあげたいと、申し上げてください~」

「御意」

 

そして半蔵は音もなく消える。元康は『このまま織田軍が黙っているとは思えない』と注意を促そうと思ったが、止めた。なぜ止めたかは、誰にも、元康自身にしかわからない。

 

 

 

 

 

 

「ここが田楽狭間か」

 

晴也の予想通り、義元は本陣を「田楽狭間」に構えていた。その陣の中でも一際目立つ笑い声。

 

「おーほほほほ!」

「……うるさい」

 

犬千代がうるさそうに耳を塞ぐ。

 

(ったく、どこの貴族さまだっつーの)

 

「あれが義元でござる」

 

五右衛門が指を指す。

まあ、確かにそれっぽい雰囲気だな。チラリと姿が見えた。防具は付けておらず、高そうな着物を着ている。まさかここを奇襲されるなんて、あの頭の中では一ミリも考られていないだろう。唯一評価できるのが、綺麗に整った顔だろうか。

 

「さて、どうするか……義元がここを離れたらヤバイな……俺が時間を稼ぐから、おまえら信奈に報告しろ」

 

腰に帯刀されている木刀を掴む。川並衆と協力して、なんとか…………

 

「はははははっ!それじゃ無理だよ。ここは僕たちに任せてくれ、親衛隊の女の子たちと酒でも振る舞ってやるさ」

「……すまない、直ぐ戻る」

「ああ、任せてくれ」

「信澄……」

「な、なんだい?」

 

晴也は急にうるうるとした目をした。

 

「おまえのことは……忘れないぞっ!」

「や、やめてくれ!僕が死ぬみたいじゃないかっ!」

 

 

 

 

 

 

 

五右衛門たち川並衆と急いで山を駆け抜けていた。

 

「もう少しだ、もう少しで山を抜ける」

 

そう、口を開いた時だった。

 

「……逃がさん」

 

一瞬、恐ろしい緊張感に包まれる。短い言葉だったが、しっかり耳に来る声だった。晴也の動きに呼応するかのように、他の川並衆の動きが止まる。五右衛門はナイフのような短い短剣を手に構えた。

 

「誰だ……?」

 

その問いに答えるかのように、突如木々の上にたくさんの忍びが現れた。全身黒装束で、会見の時のような忍びの殺気とは違う。もっと鋭く、ピリピリとした殺気だった、

 

「悪いが、行かせるわけには行かん」

「いいぜ……相手になってやんよ」

 

晴也は木刀を引き抜いた。静かに息を吐き、臨戦体制を整える。

 

「だめでござる」

「……うん」

 

何故か二人が即否定した。

 

「……そんなことしたら、姫さま出陣しちゃう」

「それでも、逃がすのは俺じゃなくてもいいだろ?」

「……だめ、晴也じゃないと」

 

晴也の頭にはてなマークが浮かぶ。まあ、確かに川並衆のおっさんたちが伝えても信じなそうだが………。

 

「五月雨氏、ここは任せるでござる」

「……んなこと言っても」

 

引き下がらない晴也を見て川並衆が騒ぎ始める。

 

「安心しろっ!親分たちは俺らが助けるっ!」

「任せるぎゃあ!」

「川並衆、舐めたらいかんぜ!」

 

と屈強な男たちが前に出た。意見は全員一致らしい。

 

「……すまん、直ぐ戻るから」

 

 

 

晴也は山中を駆ける。ぬかるんで転びそうになるのをなんとか耐えて。

しかし、不意に後ろから殺気を感じた。

 

「行かせんっ!」

「……っ!」

 

晴也は咄嗟に後ろへ振り向き、木刀で後ろからくる十字手裏剣を全て叩き落とした。

 

「ったく、誰だよ?後ろからなんて卑怯じゃねーか?」

「この服部半蔵、獲物を逃がしはせぬ」

「服部……半蔵……」

 

服部半蔵、戦国では有名な忍びだ。任務を確実にこなし、主君の徳川家康から絶大な信頼を得ていた忍び。全身黒装束で、声の張りでまだまだ若者だが、その独特な雰囲気は晴也を恐怖させた。

 

「くっ、家康……いや、元康の忍びか……!」

「フフフ、我が姿を見て、生き延びた者はいない」

「なら良かった。俺がその一人目だ……!」

「おもしろい……!」

 

お互いに激しい火花を散らす。おそらく、この時代の戦った中で、一番強い。ちょっとした油断が命取りだ。

 

「ハッ!あんたみたいな忍者がいるんだな。てっきり忍者ってのは、会見で襲撃してきたやつらみてえなもんだとと思ったぜ」

 

すると半蔵はフフフと、いかにもそれらしい笑い声を出した。

 

「あんなもの共、所詮は下っ端の下っ端、我と比べるなど間違いだ」

「どっちも空気読めねえってとこは同じだけど、なっ!」

 

瞬時に距離を詰め、上段斬り。当たった、と思ったがギリギリのところで後退気味にふわりと飛んで回避された。そしてまたしても手裏剣が飛んでくる。

 

「死ねい!」

「くっ!どんだけ身軽なんだよ!」

 

このチートキャラがっ!と言って手裏剣を避けたり叩き落としたりと、晴也も充分チートじみていた。

 

「おもしろい。貴様に手裏剣は通じぬな。ならば、刀で参る!」

 

半蔵は忍者刀を取り出し、晴也と激しく打ち合う。二人の武器の軌道は、早過ぎて常人にはほんんど見えないだろう。晴也は次第に笑みを浮かべ、半蔵も微笑み出す。二人は戦いを楽しんでいるようだった。

 

「くっ……正直……キツイが……おもしれえぜっ!」

「フフフ、我とここまで互角とは!」

 

一分、二分と戦い続けているが、二人の動きは衰えない。しかし、このままでは晴也が不利だった。確かに体力は問題ないが、こんなところで時間をくっている暇はない。一刻も早く信奈に報告しなければいけないのに。

 

「……わりぃな。そろそろ締めえだ」

「……なにを言っている?」

 

半蔵の疑問を無視し、晴也は神経を尖らせた。

 

「五月雨流……『陽炎包』」

 

瞬間、半蔵の忍者刀は吹き飛ばされた。半蔵はなにが起きたか理解出来なかっただろう。

 

「……貴様…なにをした?」

 

半蔵は呆然と突っ立っていた。驚きなのか、落胆なのか、半蔵は迎撃体制を整えなかった。

 

「ああ、この技『陽炎包』(かげろうづつみ)って言ってな、おまえの振り下ろした刀の軌道に合わせて、木刀で弾きとばすだけの簡単なものだよ」

 

とは言っても、相手の軌道を読み、その中でも力の働きが弱く脆い部分を木刀で弾くという瞬間の判断が必要となる難しい技術だ。

 

「……そうか、では殺すがいい」

 

覚悟を決めたように、半蔵は頭を垂れた。あくまで、相手の敵対意識を解くために説明したんだけどな……。

 

「バカだな。殺すつもりなら、木刀なんか使わねえよ」

「……甘いな」

「まあな……それより松平元康は、一体いつまで今川義元のパシリでいるつもりだ?」

「……強大な今川相手には我らは従うしかない」

「なら安心しろ、俺たち織田軍がその呪縛を解き放ってやるよ」

「……織田勢ごときが、今川に勝てるとでも?」

「ああ、勝てるんだよ」

 

晴也は確信があるように胸を張って答えた。その様子を見た半蔵がしばし考え、口を開く。

 

「たとえ勝利しても、織田がそのまま勢いに乗って三河に攻めてくれば、我が姫の命運は尽きる」

「信奈は元康と同盟を結ぶ。あいつは美濃の攻略を考えているから東国に興味はないぜ。だから、信奈は元康と同盟を結ぶ、いや、俺が結ばせる」

 

信奈は幼少期から元康と知り合いのはず、いわゆる幼馴染だ。

 

「……小僧、貴様の言葉信じよう、だが約束を違えれば」

「ああ、俺を殺せばいい」

 

その言葉にうなづくと、半蔵は黙って消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

熱田神宮の信奈本陣に辿り着いた時には、信奈がイラついているように土を蹴っていた。信奈が義元の本陣を探るために放った忍びが、誰一人戻ってきていないのだ。

 

「よぉ、機嫌は……悪そうだな」

「ハルっ!?どこ行ってたのよっ!」

 

信奈はいきなり晴也に体当たりしたと思ったら、頬を張ってきた。安堵しているのか、怒っているのか、よくわからなかった。

 

「義元の本陣を見つけたぜ、田楽狭間にいる。本隊は五千くらいだろ。先行してる部隊とは孤立してる。今、信澄と親衛隊の女の子たちが兵士たちに酒を配って足止めしている。狙うのは今しかねえ」

 

「勘十郎が……」

「ああ、あいつは覚悟を決めたぜ。おまえはどうする?」

「……全軍で田楽狭間に突撃!この奇襲にわたしの全てを懸けるわ!」

 

柴田勝家が気合充分といった感じで、勢いよく法螺貝を吹いた。

そこに犬千代と五右衛門、川並衆が合流。

 

「五月雨氏、忍びが引いていったでござる」

「……そうか、おまえら無事か?」

「……大丈夫」

 

犬千代たちの無事を確認すると、晴也はうなづいた。

 

「せっかくの熱田神宮です。神様に戦勝祈願を」

 

丹羽長秀の提案を受けた信奈はいつもの仏頂面で神殿の前へ近寄り、カン高い声で叫んだ。

 

「いったいいつまでこの国を乱れさしてるのよ!あんたたちが本当に存在してるんだったら、このわたしを勝たせなさい!」

 

「うわ~バチ当たり~」と晴也が呟いた。

 

それと同時に快晴だったはずの天気が雷と豪雨に変わった。信奈は「これこそ天運!」なんて言ってる。そして信奈が高らかに声を張り上げた。

 

「みんな、わたしに命を貸して!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今川本陣は信澄たちの酒盛りにより、酔っている足軽たちが多かった。そして雷雨に慌て、次々と林の中に非難した者も多く、今川本陣は僅かな手勢が守るガラガラの状態となってしまった。

その光景を見た信奈はーーーーーーーー

 

「全軍突撃!かかれぇ!」

 

雷鳴、豪雨と地の利が味方している織田軍により、今川本陣はパニックに陥る。油断していた今川兵は、足がぬかるんで思うように動けない。そして酔った兵士たちは未だになにが起きているのか理解出来ていなかった。

 

「一番槍はわたしだぁぁぁぁ!」

 

勝家が道を切り拓き

 

「うふふ、元気だけはあるので百点」

 

長秀が部隊を突き動かしながらそれに続き

 

「……倒す」

 

犬千代が敵を翻弄し

 

「五月雨氏、この戦に勝てば!」

 

五右衛門が一気盛んに晴也を援護し

 

「狙うは今川義元ただ一人!雑魚には構うなっ!行くぜぇぇぇぇぇぇ!」

 

晴也は馬を駆り、敵を弾き飛ばしながら本陣に急襲。

 

正に電光石火の奇襲攻撃。

一人一人が本来以上の力を出し、今川の兵を打ち倒していく。これが日本一弱いと言われる尾張兵だと、誰が思うだろうか。

 

「ひぃぃぃっ!?なんですのこれはっ!?」

 

気づいた時にはもう遅い。ドタバタと汚い足音を立てた足軽が一人。

 

「うおりゃぁぁぁぁ!草部金太、参上!」

「ひぃぃぃぃっ!?な、なんなんですの、あなた!?」

「おっ、出たなぁ!今川の姫さま!大人しくすれば……痛くはしないよぉ!」

「い、いやですわっ!」

 

ぬへへと笑う足軽が義元に迫っていた。汚い顔、汚い声、汚い臭い、汚い鎧、汚い話し方。義元はガクガクと震えていた。

 

「だ、だれか……助けて」

「へへっ!義元さま、ごかくごほぉっ!?」

 

突如、足軽が馬に轢かれた。背中に馬の足跡がくっきりと残ってしまっている。轢いた本人は気づいていないようだ。

 

「今川義元。命は別にいらないから降伏を……ってあれ?」

 

「なんで泣いてるの?」とその足軽が馬から降りて近づいてきた。近づくに連れて、どんどん恐怖の涙がどんどん溢れ出てきた。

わ、わたし……これで死ぬんですわ……と覚悟を決めた。

 

「お、おい大丈夫?せっかく美人なのに勿体ないぞ?」

 

び、美人?と急に義元が元気になった。そして口を開く。

 

「な、なんですの?あなたはっ?」

「ああ、織田家足軽、五月雨晴也だ。義元、降伏してくれ。君を殺したくない」

 

急に心臓がドキンと高鳴った。

そして僅かに頬を赤らめ、いつものように堂々と言った。

 

「し、仕方ありませんわね。今回だけはこれで勘弁してさしあげますわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、桶狭間の戦いは僅か三十分足らずで終わった。

 

「五右衛門、今川義元が降伏して出家したという報を流してくれ」

「御意」

「ここに本陣を組もう。急造で構わないから」

「はいですみゃあ」

「えっと後は」

 

ガンっ!

と頭に衝撃が走った。

 

「なに勝手に仕切ってるのよ」

「ああ、わりぃ、つい」

「で、あんたが今川義元?」

 

信奈は晴也の後ろに隠れてる義元を見て言った。

 

「大丈夫か?義元?」

 

「も、問題ありませんわっ!」と義元が信奈の前に出た。こんな状況でも偉そうに胸を張っているのが、度胸が有るというか、馬鹿だというか………。

 

「義元、あんたは利用させてもらうわよ」

「え、ちょ「んじゃ、連れてって」」

 

と会話は直ぐに終了した。

小姓たちが義元を連れ去ってしまった。義元はなにか言っていたがよく聞き取れなかった。

 

 

 

義元の降伏により、今川の兵は散り散りとなった。

今川義元の本国である駿河は、甲斐の虎の異名を持つ武田信玄にあっという間に奪いとられた。

 

「で、ハル」

「ああ、褒美?あんましいらねえけど、とりあえず金で「無理ね」……え?」

「勝手な独断行動が多過ぎるわっ!」

「いや、全部必要性があってだな」

 

信奈はそっぽを向いて誰にも聞こえないくらいの声の小ささで呟いた。

 

「……死んだらどうすんのよ………」

「はい?なんか言った?」

「う、うるさいっ!」

 

と、いつものように蹴られる。

避けても無限ループだと言うことに最近気づき始め、なんとか合気道のように受け流している。

 

「なんでっ!?当たってるはずよ!」

「ほらほら信奈~、さっさと帰ろうぜ。元康との同盟の話だって進めなきゃいけねえし」

「なんであんたが知ってるのよっ!?」

 

「さあ、なぜだろうね~」と晴也はいつものようにはぐらかした。

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

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