魔法科高校の転生者   作:南津

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1.4 クラスメイト

 昼食を済ませて少し出歩いたあと、駅で彩花と別れ、伊月は自宅に戻った。両親は仕事で不在、自宅には誰もいなかった。あと少しすれば紗月が近くの小学校から戻るだろう。柚姫は中学三年生で、中学の入学式は昨日だったので今日から授業のため、部活動も始まって帰宅は遅くなる。

 一旦自宅に戻り私服に着替えてキッチンに向かう。湯を沸かしているあいだに紅茶の準備を進める。小鳥遊家にもホーム・オートメーション・ロボット(HAR/ハル)は導入されているが、一人の時は何時も自分で紅茶を淹れる。

 前世ではHARのような物はなく、一人暮らしだった伊月は、家事の全てを自分でやっていた。恋人のいた時期もあるが、社会に出てからはほとんど一人だった。

 コーヒーより紅茶が好みで、前者は夜間の仕事で夜ふかしをするとき、濃いものを飲むくらいだった。コーヒーが嫌いなわけではない。

 紅茶を飲みながら、明日からの生活を考える。

 成績は、親の期待もあるので、そこそこ上位の成績を取るつもりだが、あまり目立ちすぎるのも良くない。転生者に目をつけられるのは構わないが、第一高校には十師族や百家が多く在籍している。高すぎる成績も、下手に成績を落としていつかボロが出るのも困る。魔法式の構築など、咄嗟の時には構築速度を抑えることなど出来ない。

 実技で重要視されるのは『処理速度』『干渉強度』『演算規模』の三点だ。伊月が本気になれば、思考高速化と並列思考、時間干渉でCADから起動式が返ってきた瞬間に、タイムラグなしで魔法式の構築が完了する。

 それどころか、意識内の演算領域内では、思考高速化、並列思考で一から魔法式を瞬時に構築することも出来る。解析眼で解析した魔法式も瞬時に記憶し、全く同じ物を複製することもできるのだ。

 転生の際に話した相手が、分解魔法や自己修復魔法の存在も言っていたため、実際に試しもした。

 自己修復魔法は伊月の体質とは相性が悪かったので、使えるようにはなったが多用する予定もない。回復力も耐久も三歳から地獄のような激痛に耐えながら、全力で鍛えてきた。上限が無く鍛えるほど上がるというのは確かに叶えられていた。

 特異体質が発現した当初は激痛に意識を失い、父親に心配をかけた。寝ている間に魔法治療が済み、速やかに退院し、回復すると直ぐに鍛錬を始めた。直ぐに回復力も上がり、発揮できる全力も上昇した。

 分解魔法は構造体への直接干渉という面から最初は難航したが、干渉強度と演算規模、サイオンの扱い及びエイドスの読み取りにより、伊月にも出来ることがわかった。

 必要な要素は伊月の推測だが、神には、膨大な演算領域を持つもうひとりの女性転生者にも可能であると聞いていた。尤も、分解魔法は構造体への直接干渉の一種で、現代魔法として最高難度とされているので、構造体干渉の才能があれば別の人間でも多少は可能だろう。

 同時に、分解魔法への対抗策も検討してきた。

 分解魔法に対抗するには、自身の干渉力を持って相手の干渉力に対抗するか、自身を標的にさせないよう圧倒的戦力で妨害または制圧する。もしくは相手の演算を不発にさせるために何らかの手段をとる必要がある。

 神の言うとおり、この世界で伊月ともうひとりの転生者に勝る干渉力を持つ者はいないだろう。転生者が敵に回った場合は苦戦するだろうが、干渉力と他の手段を持って対抗すれば問題はない。

 伊月は一般に情報のある、有名な魔法についても様々な研究を行ってきた。並列思考を使って四六時中構想を練ったり、魔法式を構築して解析したりもした。

 戦闘能力としても、魔法と肉体を無暗に振り回すのではなく、過去の知識などを自身の肉体で再現出来るように練習も行った。

 ここに、硬化魔法や加速魔法、加重魔法等を併用した戦闘方法も考え、自在に扱えるように鍛錬もした。その結果が、想子操作並列魔法式処理技術であり、専用CADクロノスオリジナルシリーズだ。

「ふぅ……」

 カップを置いて一息つく。いつの間にか過去の回想に思考が逸れていたが、家に近づいた存在に気付き、出迎えの用意をする。

「ただいま~」

 未だ幼く可愛らしい声が玄関から聞こえた。紗月が帰宅するときは何時もこの声が聞こえてくる。

 ソファで寛いでいた伊月は、リビングに入ってきた紗月を迎える。

「おかえり、紗月」

「お兄ちゃん! ただいま」

「手を洗っておいで」

「は~い」

 紗月を洗面所に向かわせて伊月は紅茶の用意を始める。紗月はミルクと砂糖を入れるのでそちらも出してくる。

 買い置きの茶菓子を少しだけだして、紗月用の紅茶を淹れる。

 紗月は伊月に影響されたのか紅茶を好む傾向にあった。両親は二人共コーヒー派だ。舌がまだ幼いことも影響しているのかもしれないが。

「お兄ちゃんの紅茶!」

 手を洗って戻ってきた紗月がソファに腰を下ろした伊月の隣に座る。

 早速ミルクと砂糖を入れて紅茶を飲む。伊月も紗月と一緒にミルクティーを淹れ、軽く菓子をつまむ。

「お兄ちゃん今日は早かったね?」

「ああ、入学式だからな。午前中には終わって、午後は彩花と出かけていた。さっき帰ってきたところだ」

「彩花お姉ちゃん?」

 紗月は彩花の姿を探すように周囲を見渡す。彩花と伊月は紗月が幼い頃から一緒にいたので、紗月にとってもうひとりの姉のような存在だ。

「彩花は駅からそのまま帰ったよ。家に来たら遠回りだからね」

 今朝は入学式ということもあり、彩花が小鳥遊家にやってきて一緒に登校する事になった。明日からはおそらく駅での待ち合わせになるだろう。

 彩花のことだから伊月の家までやってくるかもしれないが。

「そうなんだ」

「今度彩花の家に夕食に呼ばれたから、紗月も一緒に行こうな?」

「彩花お姉ちゃんの家?」

「ああ、麻衣ちゃんも来るらしいぞ」

「麻衣ちゃん!」

 紗月は自分より年下の女の子ということで、姉になったような気持ちで麻衣に接している。紗月も、柏木家では可愛がられており、妹や弟の居ない彩花も、実の妹のように接してきた。

「来週あたりの週末になるだろうから、覚えておいてくれ」

「うん!」

 力強く頷く紗月。伊月は妹の頭を撫でながら、再び思考の海に意識を割いた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 一年D組に配属された伊月は、一緒に来ていた彩花と分かれて教室に入った。

 伊月の通っていた中学から、第一高校へ入学した知り合いは他に知らないので、おそらく全員が初対面だ。昨日の間に知り合ったのか、教室ではクラスメイトと雑談をする姿が見られた。

 伊月は、積極的に友人を増やすことは殆どない。中学まで、友人と呼べるものは極端に少なかった。殆ど彩花と共に行動していた事も一つの要因だったが、伊月から他人に話しかける場面は殆ど見られなかった。

 友人と呼べたのも、クラス内に数人や積極的に伊月に話しかけてきたもの、部活の仲間、彩花の友人などに限定されていた。

 高校や大学時代の友人は、義務教育の頃の友人と比べて生涯の付き合いになることが多い。魔法科高校という事も、更にその傾向を顕著にするだろう。

 ただ、前述のとおり、伊月は積極的に友人を作らない。おそらく、このクラス内でも、せいぜい数人仲良くなればいいほうだ。狭く、深い交友関係が伊月の好みでもあった。

 周りの喧騒を無視して、自分の端末を探して机の間を歩く。端末はすぐに見つかった。

 いつの時代になっても、氏名順というのはどこも変わらない。教室の中ほど、窓際の席が伊月の座席だった。

 腰を下ろしてから、端末に入学式で配られたIDカードをセットして、インフォメーションをチェックする。履修規則を確認し、カリキュラムを確認しながら、受講講座の選択をする。将来的に、魔工師として契約をとって活動する予定は無いが、おそらくHEIの研究所にでも所属することになる。

 魔工師としてライセンスを所得する予定も今のところないが、常に魔法技能に思考を割いてきた伊月に、魔法師として今更学ぶようなことも実は少ない。伊月にとって、受講講座の選択はあまり重要なことではなかった。

 受講登録を済ませた伊月は学内の規則や案内の確認を始めた。確認といっても、流し見るだけで頭が内容を理解するので、オリエンテーションまでの暇つぶしといった意味合いが大きい。

 ふと、視界に人影が入り、そのまま伊月の前の席に着いた。スラックスを履いていることから男子生徒だろう。特に気にしなかったが、直ぐに視線を感じて顔をあげる。

「風紀規則なんて読んでるのか?」

 オリエンテーション前に端末を操作しているのが珍しかったのだろう、男子生徒は後ろ向きに腰掛け、伊月の端末を覗き込んでいた。

「ああ、暇つぶしだ。それに、風紀委員に睨まれるのは勘弁だからな」

「はは、それは確かにな。風紀委員長は美人らしいがな」

「知っているのか?」

「いや、沙妃が……ああ、俺の腐れ縁の幼馴染なんだが、風紀委員長にお熱らしくてな。くくっ、できればお近づきにって、痛って!」

 可笑しそうに話していた男子生徒は近づいて来ていた別の生徒に頭を殴られた。

「何言ってんのよ、そんなんじゃないわ!」

 男子生徒が振り向くと、後ろに来ていた女子生徒に気付く。

「って~、冗談だろ。そんなにプリプリすんなよ。可愛い顔が台無しだぞ」

「な、何言ってるのよ! そ、そんな……」

 男子生徒は直ぐに向き直り、伊月に視線を向ける。

「俺は斎藤(さいとう)文哉(ふみや)だ。で、あれが沙妃だ。岡田(おかだ)沙妃(さき)。俺のことは文哉と呼んでくれ」

 沙妃と呼んだ生徒を放置して、自己紹介を始める。沙妃と呼ばれた彼女は、文哉の後ろで何やらブツブツと呟いている。

「ああ、俺は小鳥遊伊月だ。伊月でいい」

「か、可愛いだなんて……ふみ……って、あれ?」

「んあ? どうかしたのか、沙妃?」

 文哉は可笑しそうに沙妃に訊ねた。二人にとってはいつものやりとりらしい。

「な、なんでもないわ。……コホン。私は岡田沙妃。文哉の言うことは嘘ばっかりだから、気にしないで」

「そうか。小鳥遊伊月だ。よろしく、岡田さん」

「おいおい、俺が嘘つきみたいじゃないか」

「適当なこと言うからでしょう? 渡辺(わたなべ)先輩は中学の時の先輩なの。それに、第一高校の七草(さえぐさ)会長、十文字(じゅうもんじ)会頭に渡辺先輩は有名よ」

「七草に十文字か」

 十師族。第一高校には彼、彼女たちがいる。昨年は彩花や妹達と共に、魔法科高校九校で毎年行われる九校戦の観戦に行った。そこで圧倒的実力を見せ、第一高校が優勝したのだが、そこに彼女たちの姿もあった。

「ええ、第一高校の三巨頭なんて言われているわ」

「そうなんだ」

「興味なさそうだな?」

 何もなければ、あまり関わらないようにしようと思っていたのが顔に出ていたのか、文哉が伊月に訊ねた。

「そんなことはないが、あまり直接関わることはないだろうしな」

「まぁ、そうだな。問題を起こせば直ぐにでも関われるがな」

「目を付けられるだろう……」

「はは、まぁそうだな」

[――五分後にオリエンテーションを始めますので、自席で待機して下さい。IDカードを端末にセットしていない生徒は速やかにセットして下さい――]

 教室の前面スクリーンにメッセージが表示される。同時に、手元の端末に同じメッセージのウインドウが開く。

「ん? ああ、もう時間か。沙妃も席に戻れよ」

 端末を挟んで座っていた文哉が、伊月の端末のメッセージに気づいた。沙妃に着席を促し、文哉は椅子に座り直す。

 文哉は電源の自動的に入った端末にIDカードを刺した。それを視界の端に捉えつつ、伊月は再び端末に目を落とした。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 




13/2/3 ルビふり修正

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