魔法科高校の転生者   作:南津

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第一章 魔法科高校の転生者
1.1 原作開始の朝


「お兄ちゃん、おはよう!」

 まだ幼い少女の声を感じて、意識が浮上する。

「ん、んん……」

 ほとんどクセのない黒髪の少年は眠たげに枕に顔を埋めてくぐもった声を漏らす。彼の名前は小鳥遊(たかなし)伊月(いつき)

 懐かしい夢を見た様な気がして、未だに覚醒しない頭で思考する。

 以前の名前は失ったため、彼が時嗣という名前だった事は伊月自身も覚えていない。所謂転生をした者は、過去の自分を示す記号を失うのだ。

「お兄ちゃん! おきて!」

 可愛らしい声の主は伊月がかぶった布団を取り払い、耳元で大きく叫ぶ。伊月は無意識に少女を抱き寄せてベッドの上に引きずり込む。

 殆ど毎日見られるこの光景は、微笑ましい朝の日課になっていた。

「お兄ちゃん、おきた?」

「んー」

 伊月が目を開けると、そこには十にも満たない幼女がいた。黒髪黒目で、可愛らしく首を傾げながら伊月の顔を覗き込む彼女の名は小鳥遊紗月(さつき)。今年で八歳になる伊月と半分血の繋がりのある妹だ。

「おはよう?」

「ん、おはよう。紗月は今日も可愛いなぁ」

「えへへ。お兄ちゃんは今日もおねぼうさん」

 ここのところ毎日のやりとりだが、紗月は毎回照れたように可愛らしくはにかむ。

「彩花おねえちゃんが来てたよ? にゅうがくしきなんでしょ?」

 唯、今日は休みが続いていた昨日までとは違い、高校への通学に合わせた時間になっていた。

 紗月が言うように、今日から伊月が通うことになる高校は『国立魔法大学附属第一高校』。其処は原作の主人公たちが通うことになる魔法科高校だった。

 尤も、伊月自身は原作知識など殆どなく、一五年以上も前の小説、しかも一章を中途半端にしか読んでいない話の内容など、現実で身につけた知識と混ざり、記憶の奥底にしか残っていなかった。もちろん、伊月ならば思い出そうと思えば思い出せるだろうが。

 この世界に関する知識も、小説より現実で身につけた物が全てであり、既に物語の世界に居るなどという意識は無い。積極的に殆ど知らない原作に関わる気もなければ、避けるような意識もない。

 結局、あるものは全て使う主義な伊月は、『魔法の才能を得た』や『両親が出た大学だから』、『魔法技能師として将来のため』や『自宅から通える』といった理由で第一高校進学を決めたのだ。

「そうだった。彩花と一緒に行くって言ってたか」

 遅刻はしないがのんびりできるような時間ではないため、紗月を先に降りるよう促し、二階の自室で学生服に着替える。購入して二度目に着る制服は真新しく、胸には八枚の花弁をデザインした刺繍が自己主張していた。

 既に一八〇を超えた長身の伊月の顔は整っており、あと数年経って金髪に染め、サングラスをすれば、似た体質を持つどこかのバーテンダーの衣装が似合う男そっくりになる容姿をしていた。表情によっては、周囲に威圧感を与えてしまう顔立ちだ。

 鏡の前で身だしなみを適当に整えて、階下のリビングに向かう。テーブルには既に朝食が用意され、五人の人間が椅子に座っていた。

「おはよう」

「おはよう。義兄(にい)さん」

 最初に口を開いたのは、伊月のもうひとりの妹である小鳥遊柚姫(ゆずき)。黒い髪を長く伸ばし、活発な紗月とは違い物静かで清楚な印象を受ける。実際には口数が少ないだけで、積極的に行動する、見た目とは異なる性格をしている。柚姫の通う中学は既に始まっているため、地元の学校の制服を着ている。

 柚姫が義兄と言うように伊月とは義理の兄妹で、伊月が六歳の頃に父と再婚した女性の連れ子だった少女だ。その後、両親の間に紗月が生まれ三人兄妹となった。柚姫も紗月を非常に可愛がっており、両親、兄妹仲も良好である。

「伊月ちゃんおはよう」

 柚姫に若干遅れて挨拶を返したのは、紗月が「彩花おねえちゃん」と呼んでいた、伊月のことを「ちゃん」付けで呼ぶ唯一の少女、柏木(かしわぎ)彩花(あやか)だ。黒髪をゆったりと一つに纏めて肩から前に垂らし、年齢よりも年上な雰囲気を醸し出す。伊月とは小学校の頃からの付き合いで、伊月同様にこの世界では特別(・・)な存在だ。

 伊月の着ている男子制服と同じ意匠の女子制服を身に付け、胸には同じく八枚の花弁の第一高校エンブレムが刺繍されている。彩花の制服も真新しく、伊月と同じで今日、高校へ入学することが覗える。

 彩花の母親と柚姫の母親は昔からの親友で、親同士の仲も非常に良好である。彩花の家は幾つかの会社を経営しており、中には機器産業や高級飲食店も含まれる、柏木グループの総帥が祖父にあたる。

 続けて伊月の両親も挨拶を返した。両親は揃って魔法機器を開発する研究所に勤めている。HEI《Hawk Eye Industry》と呼ばれる伊月の祖父が経営する産業会社の、魔法機械開発部の本部長が父である小鳥遊和樹(かずき)であり、CAD開発部門の主任研究員が母、小鳥遊優姫(ゆうき)である。小鳥遊がHEIを経営しているという洒落はあるが、両親ともに会社では本名ではなくビジネスネームを名乗っている。

 既に朝食をとっていた家族に続き、伊月も食事を摂る。

 第一高校へは電車で向かうことになる。この電車も、前の世界で通勤ラッシュを経験していた伊月にとって、この世界に来た当初は目新しいものだった。

 電車の時間が決まっていないため、電車の時間に遅れるといった事はなくなったが、待ち時間や到着速度が変わったりで、あまりのんびりとはしていられない。特に、今日のような入学式や、学校が始まった日などは同じ時間帯に人が集中し、車両待ちの時間が増えることになるのだ。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 朝食を終えた伊月は一度地下に行き、昨夜調整し終えたばかりの術式補助演算機――CAD(シーエーディー)を装着する。伊月専用のこのCADは母の研究室で作られたものだ。

 『クロノスオリジナルⅣ』と名付けられた限定の汎用CADは、コストを度外視して設計された玄人向け汎用CADの第四期製品で、不定期に直営店でのみ限定販売される。このモデルのコストを抑え、需要に合わせた仕様に変更したシリーズである『カスタムシリーズ』も同会社で販売されている。

 事前の広告もなく、費用回収のため販売されるクロノスオリジナルは、シリーズ毎に試作機含めて少数のみの生産になっている。その分性能と保証は折り紙付きで、発表、未発表に限らず、技術の粋を集めて設計され、頑丈に仕上がっており信頼性も高い。

 唯、玄人向けであり、感応石を応用した想子(サイオン)操作型のCAD操作スイッチや、複数並列展開される起動式の演算領域内への選択取り込みや順次連続取り込み、さらには起動式の同時取り込みなど、慣れない者には扱うこと自体が難しい。Ⅱシリーズからは、トーラス・シルバーの開発した、特化型CADのループキャストをクロノスシリーズ用に応用した技術も取り入れられた。

 最大の特徴は一機のCADによるマルチキャストの実現である。九九個の記録された起動式の内初期設定では、最大四つの起動式をパターン登録する事で、一度の操作で起動式を複数展開し、使用者の意思で選択して演算領域内に起動式を取り込み、魔法を行使する。次のパターン呼び出しまで、それぞれの起動式が待機状態で用意され、起動式をサイオン変換前の最終段階で常時保持することができる。また、同時展開された別の起動式を連続して取り込むことや、サイオンの干渉を起こさないマルチキャストの高等技術を持つ人間は、同時に複数の起動式を読み込み、魔法を使うことも可能になっている。

 その分起動式の登録パターンを覚えたりする必要があり、さらなる玄人向けのCADとなっている。

 オリジナルシリーズは伊月の専用機として三年前に伊月自身が設計を行った。

 数々の仕様は伊月の並列思考や思考の高速化を最大限に活かすための設定だが、慣れたものには、二つの並列展開などは応用性も有り、特化型CADのように同一の起動式を連続で使用すると言う行為も可能で、非常に重宝する。

 また、伊月が生まれたからか、思考系の才能を希望したからなのか、小鳥遊家は並列思考技能によるマルチキャスト技術を高めようとする家系とされていた。

 起動式への変数入力など、複数の思考で別々にイメージを焼き付けることで、複数の魔法を同時に行使する。また、マルチキャスト時のサイオンの干渉についても鍛錬によって幼い頃から克服、習得することになっていた。

 これらの技術を活かすためのCAD技術が起動式の並列展開技術であった。

 元々、複数のCADでマルチキャストを実現していたが、伊月の改良によって単一CADによる並列展開が可能になり、展開速度の上昇もあって、HEIよりオリジナルシリーズの販売が決まった。

 Ⅲシリーズからは、広告もされていないにもかかわらず、販売される七機全てが売り切れ、市場ではある意味で有名なCADシリーズとなっていたりする。

 伊月が使うものは試作機で、クロノスオリジナルの刻印のみがあり、シリアルナンバーが刻まれていない。本来の伊月専用という意味から、設計開発者である伊月は二機、会社に三機の試作機が納められている。

 既に第Ⅴシリーズの構想に入っているのだが、革新的な技術の取り込みを考えなければいけないため、早くても年内末の販売になりそうではあった。

 とにかく、そんなCADを腕に装着し時計を見ると、そろそろ出発するべき時間になるころだった。地下から出て荷物を取り、玄関に向かうと既に彩花が待っていた。

「おはよう、伊月ちゃん」

「おはよう彩花。よく似合っているよ」

 期待するような目を受けて、制服姿の彩花を褒める。すると、花の咲いたような笑顔を伊月へと向けた。

「ありがと。ふふ、伊月ちゃんも格好良いね」

「そうかな?」

「そうだよ」

 彩花へと笑を返し、玄関を開ける。伊月に続いて彩花も玄関を出ると、朝の光が二人に差す。自然に横に並んで歩き出し、少し離れた駅に向かう。二人の距離は小学校の時からこの距離だった。

「遂に高校生かぁ。昔は通えなかったから私は初めてだよ」

「そういえばそうだったな。俺は二度目だが、魔法学校は初めてだから勝手が違うとは思うが……」

「うんうん。でも、憧れてたんだよ? 高校生活。あのおじいちゃんには感謝だよね」

 二人の会話から分かるように、彩花も所謂転生者である。前世では殆ど入院続きでろくに学校にも通えなかった彼女は、本を読むのが好きだった。お話の中だけの高校生活や、魔法といった不思議な世界。彩花にとって今回の転生は、正に望外の幸運だった。

 伊月にあるような僅かな原作知識も無い彼女は、新しい生を十二分に楽しんで暮らしている。幼少の頃は転生したことで悩んだりもしたが、小学校入学の際に伊月と知り合い、新しい生を楽しむようになった。その後、精神年齢の高い者同士、共に行動するようになり、魔法を学んだりして一緒に過ごすうち、恋人という間柄になった。

 その際お兄ちゃん子になっていた柚姫との間にいろいろあったのだが、現在では姉妹のように仲が良くなっている。その影には二人のあいだで、伊月の知らない色々な話があるのだが。

 親の仲も良好で、公認の仲になっているため、家族間での親交も深い。休暇が揃った時期には両家族で旅行に行ったりもする。この世界では持株による親族経営の会社も多く、小鳥遊家も柏木家もそれぞれ会社を経営しているため、滅多に休暇が揃うことはないが、近年は年に一度は揃って旅行するようになっている。

「お父さんが今度顔を夕食でも取りに来なさいって。柚姫ちゃんと紗月ちゃんも連れて」

「そうか。そっちの都合のつく日にでも行くよ。聞いておいてくれるか?」

「うん。雄也(ゆうや)兄さんも来るらしいから、麻衣ちゃんも連れてくるみたい。もうすぐ三歳になるって」

 雄也とは、彩花の十歳近く年の離れた兄だ。既に結婚しており、麻衣という二歳の子供がいる。母親のお腹には次の子供もいるようで、数ヵ月後には第二子の誕生を控えている。

 他愛のない会話を続けながら、電車に乗って第一高校前の駅で降りる。この駅から第一高校へは一本道で、入学式に向かうであろう第一高校の制服を着た生徒が歩いていた。

 学園の敷地に入ると、伊月たちは情報端末を取り出した。事前に配信されている入学式データを確認しながら、会場へと向かう。学校到着時には既に開場時間だったため、会場に着いた頃には三分の二ほど席が埋まっていた。

 逸れないようにと、彩花に手を引かれながら、空いている席を探すため講堂を歩く。手を翳しながら席を見回す彩花を横目に、会場を見渡す。

 伊月個人としてはこういう講堂では後ろの席に座る方が好みなのだが、見る限り一科生が前半分、二科生が後ろ半分に座っているようだった。

 そうしている内に、彩花は二つ続きの空いている席を見つけたようで、伊月の手を引きながらズンズンと進んでいく。

「すみません。ここの席は空いていますか?」

 空席の隣に座る女子生徒に彩花が確認を取る。入学案内を確認していた女子生徒は顔を上げて彩花に視線を向ける。

「空いている。どうぞ」

「ありがとうございます。伊月ちゃん! 空いてるって!」

「聞こえている。ありがとう」

 女子生徒の隣に座った彩花に続き、その隣に腰を下ろす。彩花が伊月をちゃん付けで呼んだことに対して、声をかけた女子生徒の隣にいた生徒が不思議な顔をしたが、ここ数年で慣れていた為特に気にしない。

 彩花は何か気になることがあったのか、隣の女子生徒を気にしていた。

「もしかして、北山さんですか?」

 知り合いだったのか、女子生徒の名前を尋ねる彩花。女子生徒は短めに切られた黒髪の少女で、あまり表情を動かさなかった。

「? そうだけど……柏木さん?」

 女子生徒もしばらく考えていたが、思い当たったのか彩花の苗字を言い当てた。

「はい、柏木彩花です。お久しぶりですね」

「久しぶり」

「ねぇ、雫。知り合いなの?」

 北山雫という生徒の隣に座った女子生徒が会話に入ってきた。彼女は髪を首のあたりで二つにまとめている。高校に進学したといっても、未だ中学を卒業したばかりで、二人共幼さを残している。

「父さんの知人のご息女。何度かあったことがある」

「そうなんだ。光井ほのかです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。北山さん、光井さん」

「よろしく。雫でいい」

 雫が短く挨拶を返す。

「私もほのかでいいですよ。彩花さん」

「はい、雫さん、ほのかさん」

 会話に参加せず思考の隅でぼんやりと自己紹介を聞いていた伊月は、彩花に腕を引かれて、視線を彼女たちに向ける。

「で、こっちの伊月ちゃんが小鳥遊伊月ちゃんです。伊月ちゃん、北山雫さんと光井ほのかさんです」

「小鳥遊伊月です。よろしく、北山さん、光井さん」

「よろしく」

「よろしくお願いします」

 挨拶が終わると、伊月を除く三人は静かに話を始めた。

 伊月は、彼女たちの会話を聞きながら、原作にそんなメンバーがいたことを静かに思い出していた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 




導入回というか説明回。主人公の周りの人物について等。
過去編は気分が乗れば原作みたいに何処かに入れようかなと……
義妹はとりあえず出したけど、将来第一高校へ入学するくらいしか決まっていないかも。登場は気分次第!
紗月は幼女担当。
登場人物設定更新。
主人公たちは数字持ちではありませんが、他の転生者は数字持ちを予定。登場はまだ先なので、苗字はどうなるか……
各家系に特徴を少しは持たす予定です。今のところ。

伊月はCADを使って普通にマルチキャストします。一般人が一つの思考で二つ魔法行使できるのに、伊月は十の思考……反則です。
さらに思考の高速化……

ご都合主義全開でごめんなさい。

ループキャストは演算領域で起動式を複製し続けるシステム。ということはCADの介入は最初の一度で、何度でも起動式を利用できるということ。汎用と特化の規格は違うが、頭脳チートを以て技術を応用すれば、同様のシステムを汎用でも可能であると判断。

四つの起動式の並列展開から、演算領域への同時または順次取り込みは、CADで並列展開が可能なら、達也や、九校戦の雫や幹比古の例から、実現可能。並列展開技術をHEIが開発したという設定。

想子操作型については、感応石はサイオンと電気信号の相互変換が可能であるが、人の発するサイオンから電気信号へはサイオンの持つ情報をすべては変換できないとして、ペンタブのようにCAD(パネル)に送られるサイオンの位置情報により、スイッチ操作の信号としています。
起動式が単なるデータであるのと異なり、人の発するサイオンはイメージで、全てを電気信号に変換することができたとしても、その信号が何を意味するのか個人で異なり、サイオン→電気信号は規格化出来ないという勝手な設定です。


13/2/3 ルビふり修正

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