魔法科高校の転生者   作:南津

14 / 14
1.10 「3/2」

 

『全校生徒の皆さん!』

 放課後は基本的に風紀委員会の見回り、たまの非番に図書館に篭るという、一見色気のない高校生活が定着し始めたその日。

 スピーカーからの大音量の放送が、伊月と彩花の図書館篭りという名のデートの予定を叩き壊した。

「……はぁ」

 授業終了直後に出鼻を挫かれた伊月は、立ち上がろうとしていた腰を落として机に突っ伏した。

 手を動かすことも億劫で、想子入力装置により携帯端末を操り彩花に連絡を入れる。この時の伊月の送った文面は珍しく精彩に欠けており、彩花が噴き出して奇異の視線を向けられることになっていた。

 放送室を占拠したらしい「スリー・ハーブス」は生徒会と部活連に対して対等な立場での交渉を要求しているらしい。校内に根付いている一科、二科の不毛な差別に対しての見解を述べながら、差別撤廃を呼びかけていた。

 もちろんそんな事を気にかける気力も挫かれた伊月は机に突っ伏したまま、スピーカーから垂れ流される校内差別撤廃同盟のアピールを聞き流していた。

 それと同じくして、伊月は別の思考において十六年前のあの日を思い起こしてもいた。

 伊月が交通事故で亡くなった日。丁度この辺りを読んでいるところだった。

 今のところ「ブランシュ」という反体制組織関係者との関わりは全くないため、昨今の情報からは判断できないが、過去の小説知識からそういう名の政治結社が校内で活動していることは認識できた。

 そして、このままいくと二日後には公開討論が開かれ、風紀委員が借出されるというあまり知りたくない情報も認識した。

「お、おい……どうしたんだ?」

 普段の様子からはかけ離れた伊月の様子に、前列に座っていた文哉が躊躇いがちに声を掛けてきた。

「ああ、たまの非番がこれから委員会に潰されるところだ」

「風紀委員会か。これじゃ仕方ないな」

 そういって文哉は視線をスピーカーに向けた。

 丁度その時、伊月の端末に委員長からの召集命令が届いた。

 非番だから呼び出されない、なんてことは当然のように起こらない。仕方なく気持ちを切り替えて立ち上がり、文哉と近くに寄ってきた沙妃に声を掛けて放送室へ足を向けた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 ゆっくりしていたつもりはなかったが、伊月の歩みには感情が多分に反映されていた。

 放送室前にたどり着いたころには、達也が何処かに電話を掛けているところだった。周囲の視線が幾つか達也に集中している間に、何食わぬ顔で風紀委員の塊に紛れた。

「遅かったね、小鳥遊君」

「すみません」

 最後尾にいた沢木という先輩が伊月に気づき声を掛けてきた。普段は威勢が良い彼だが、流石に電話をしている者の近くで大声を出すことは無いようだった。

 その沢木という先輩に伊月は一度部活動の勧誘を受けていた。マーシャル・マジック・アーツのクラブ活動で活躍する沢木は、同じ格闘戦技を行使するものとして伊月から何か感じ取ったのだろう。

 尤も、伊月自身は様々な武術の基礎を書籍から習得し、前世のサブカルチャーの記憶から格闘戦に最適な魔法を鍛え、肉体を破壊しながら最適化した過去がある。一般的な徒手格闘競技としてのマーシャル・マジック・アーツは書籍による知識しかなく、多少惹かれる思いもあったが、委員会や図書館通い等を入れて考えた結果、クラブ活動は断っていた。

 何より、弓道のような停止した的ならばともかく、人間を相手にした競技は伊月本来の魔法(・・・・・)的にも、体質的にも反則なほどに優位になりすぎる。

「それで、どういう状況でしょう」

 少し離れた位置の達也の会話を耳に入れながら、沢木から現状を確認する。

「司波君が放送室の中にいる壬生(みぶ)という生徒を説得しているみたいだが……」

「丁度終わったみたいですね」

 達也が会話を終えて受話器を外し、摩利へと向き直る。

「すぐに出てくるそうです」

「今のは、壬生沙耶香か?」

「ええ。待ち合わせの為にとプライベートナンバーを教えられていたのが、思わぬところで役に立ちましたね」

 先ほどの達也の会話が切欠で二日後にスリー・ハーブスとの公開討論会が組まれることになる。

 達也は電話で交渉の場を用意することで放送室開放を勧め、壬生の自由を保障して内部の説得を任せていた。こういう交渉ではよくある方便だが、的確に話に乗せて丸め込んだ様子だ。

 その上で、達也は中の連中を拘束する態勢を整えるように摩利へ促した。

「……君はさっき、自由を保障するという趣旨のことを言っていた気がするのだが」

「俺が自由を保障したのは壬生先輩一人だけです。それに俺は風紀委員会を代表して交渉している等とは一言も述べていませんよ」

 これもよくある方便だが、達也は確かに言っていない。

 摩利を含めて周囲は呆気にとられていたが、すぐに気を取り直して風紀委員に指示が飛ぶ。

「――ということだ。何人いるかは分からないが、放送室だ。十人はいないだろう。CAD及び武器を所持していることを想定して拘束を行え」

 間違っても放送室内部まで声が聞こえないように小声で風紀委員に指示する摩利。

「放送室内部に人がいない事を確認してから拘束だ」

 摩利の指示で風紀委員が扉の左右に分かれる。あからさまに身構えることはせず、しかし警戒は十分にしながら内部から開かれる瞬間を待ち構える。

 しばらくした後、内部から扉は開かれ五人の生徒が出てきた。扉に近いメンバーが室内を確認して合図を行った瞬間、五人全員が拘束された。

 伊月も自身に比べて体格の小さい男子生徒を拘束して検め、CADを取り上げた。多少機嫌が悪かったため伊月に締め上げれれた生徒は呻き声をあげてしまった。本気で掴んでいればどこぞ小説の自動喧嘩人形が道路標識を握りつぶすがごとく、男子生徒の腕は潰れている筈なので多少のことは誤差の範疇だろう。

 拘束された生徒のうち、髪を後頭部で一つに纏めた女生徒だけは摩利の手によってCADを取り上げられ、解放された。伊月は状況的にその生徒が件の壬生沙耶香であると判断した。

「どういうことなの、これ!」

 当然のごとく沙耶香は達也に詰め寄った。

 胸元に伸ばした手を達也にあっさりと捉まえられた沙耶香は拘束を逃れようともがきながら文句を垂れる。

「あたしたちを騙したのね!」

「司波はお前を騙してなどいない」

 伊月より少し背が高く体格の良い十文字(じゅうもんじ)克人(かつと)が沙耶香に言葉を放つ。間近で目にするのは初めての伊月だったが、他はともかく「()文字」という十師族については十分に理解していた。

 この国には、十師族と呼ばれる国家の裏で不可侵に等しい権力を手にしている魔法師の集団がある。六十年以上前に魔法師の実験開発を目的として設立された十を数える魔法技能師開発研究所が、この十師族を含めた二十八の家系を生み出す元となっている。

 当時は非人道的な実験を含めて、様々な研究がそれぞれの研究所で行われてきた。その結果、強力な魔法師を輩出してきたという事実があり、現在も半数の研究所は稼動を続けている。

 中でも第十研究所は、伊月に流れる血とも少なくない関係があった。

 この第一高校に所属する十師族は生徒会長の七草真由美、課外活動連合会代表十文字克人の二人。それぞれその名に相応しい実力の持ち主であった。

 その克人の声に静められた沙耶香は声の元に視線を向ける。

「十文字会頭……」

「お前たちの言い分は聞こう。交渉にも応じる。だが、お前たちの要求を聞き入れる事と、お前たちの執った手段を認める事は別の問題だ」

 放送室の占拠という手段に出たスリー・ハーブスの面々は克人の厳しい言葉に呑まれ、肩を揺らした。

 沙耶香の態度からは攻撃性が消え去り、他の拘束されたメンバーからの抵抗も治まる。

 ここで漸く伊月も僅かに力を緩め、成り行きを見守ることにした。

 そんな中、伊月の視線の先で姿が見えなかった一人の女生徒が達也の前に歩み出た。

「それはそのとおりなんだけど、彼らを放して上げてもらえないかしら」

「七草?」

「だが、真由美」

 克人と摩利が声を上げたが、真由美は摩利の言葉を遮って話を続ける。

「言いたいことは理解しているつもりよ、摩利。でも、壬生さん一人では打ち合わせもできないでしょう。当校の生徒である以上、逃げられるということも無いのだし」

「あたしたちは逃げたりしません!」

「生活主任の先生と話し合ってきました」

 遅れてきた伊月は生徒会長が居なかった事に気付いていなかった。真由美の言葉で初めて思い当たり、事情を理解して改めて彼女をみた。

「鍵の盗用、放送施設の無断使用に対する措置は、生徒会に委ねるそうです」

 この魔法科高校では生徒会の権限が中々強いようだ。魔法師の教育者が少ないため余計な仕事まで負えないだけかも知れないが、校内のトラブルの殆どは生徒会や風紀委員会、部活連に任される。

 教育者であると同時に、研究者でもあるという体質が魔法科高校にはある。魔法大学の付属機関であるのだから当然だ。

 今回程度の用件では生徒間で対処するよう委ねられたらしい。

 三巨頭の話し合いの結果、伊月の拘束を放れた男子生徒は伊月に一睨みを残し、赤くなった手首を擦りながら沙耶香に続いてこの場を去った。

 真由美に直接声を掛けられた司波兄妹も続き立ち去ったため、自分もと立ち去ろうとしたがその肩に手が置かれた。

「まぁ待て。召集に応えたのは良いが、少々遅かったな」

「委員長……」

「非番に関わらず真面目に集まった小鳥遊には、風紀委員の心がけを確りと教えてやろう」

「……」

 結局、召集に遅れた伊月が多少は悪いとはいえ、凡そ理不尽な理由で風紀委員室に拘束され、生徒会室での話し合いを終えた仔細を伝えられるまで延々と、風紀委員の心構えを叩き込まれることになった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 生徒会室での話し合いを終えて詳細を伝えられた摩利に、二日後の放課後に開かれることとなった公開討論での学内差別撤廃同盟メンバーの監視の命を受けた。彼女と生徒会はこれからマークすべき人物を洗い出す作業がある。

 当日に何らかの行動を起こす可能性が否定できない以上、万全の態勢で討論会に臨む必要があった。相手に時間を与えないためとはいえ、備える側としてもあまり時間が残されていなかった。

「……洗い出しもあまり意味が無かったな」

 スリー・ハーブス決起の翌日、校内には青と赤で縁取られた白いリストバンドを着けた者が目に付くようになった。

「『エガリテ』でしたっけ、あのシンボルは」

「君も知っていたのか」

「ええ、まぁ」

 名目だけの非番が明けた伊月は風紀委員室に控えていた。

 取り締まりの強化習慣でもない限り、全員が見回りに出るわけも無く、伊月は昨日の流れで討論会の警備について摩利他見回りに出ていない上級生と話し合っていた。

 反魔法国際政治団体「ブランシュ」と、その下部組織「エガリテ」。

 この世界で何年も暮らしながら情報を集めていれば、自ずと注意すべき情報は浮かび上がってくる。

 魔法師が政治的に優遇されている現代の行政システムに反対し、魔法能力による社会差別を根絶することを目的として掲げるブランシュ。

 この国の行政にはそのような事実は無いため、伊月からすれば理解できない組織だが、世界情勢が不安定なこの世界ではある程度の注意を向ける対象ではあった。

「とりあえず、リストにしたメンバーと凡そ一致しているが、多少人数が増えているようだ。鋼太郎は沢木と連携を取るように。それから、明日舞台下を担当するものはリストに加えリストバンドのメンバーに注意、いつでも拘束できるようにしておいてくれ」

「分かりました」

 そして、当日の討論会の直前にもう一度確認のために集まることが決まった。

「テロリストの侵入も想定される。生徒に犠牲者が出ないように」

 摩利はブランシュの名称を出さなかったが、その組織の介入を想定して風紀委員を動かしていた。

 反体制組織の活動は往々にして犯罪行為、テロ行為に結びつきやすい。下部組織の関与が確定した今となってはブランシュおよびエガリテによるテロ行為はほぼ確実に起こると見ていい。

 話し合いのなか、伊月は彩花を帰宅させるべきか否か検討していた。

 どのような介入があるか分からない現状、明日の放課後の校内が安全であるとは言いにくい。しかし、確実に第一高校付近にテロリストが居るなか、一人で帰宅させることも憚られた。

「だが、どういう事態が発生するか分からないから、各自臨機応変に対応してくれ」

「姐さん。結局いつもどおりってことですかい」

「うるさいぞ、鋼太郎。それと、姐さんって言うなといっているだろうが」

 既に散らかり始めた摩利の席から鋼太郎に叱責が飛ぶ。風紀委員として出てきたときには毎日のように聞くやり取りだが、鋼太郎のほうは改める様子も反省の様子も見えなかった。

「はぁ……。とりあえず、連絡は以上だ。見回りに出ている者が戻ったら交代で行ってくれ」

 そういって摩利は自分の席で何かの作業に戻った。普段は上の生徒会室に入り浸っている摩利だが、今日に限っては風紀委員室に控えることにした様だった。

 結局、委員会活動を終えた後に合流した彩花は、伊月の心配をよそに明日の公開討論へ参加する旨を伝えてきた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 




久しぶりの劣等生更新です。原作知識ありきで書いているから説明不足が否めない。今後必要があれば追記していくかも。

原作読んでいる人は人物紹介で気付いている人もいるかも知れないけど、伊月は主人公らしく間接的にだけど研究所との関わりがあったり。
ただし、時間魔法に関しては研究所は関係ないです。

伊月は第十研究所の成果を前世の数少ないサブカルチャー知識を元に防御兼攻撃に使用していたりします。肉体が強化されているといっても流石に生身でライフルを殴り返せたりは出来ないので。

防御と攻撃……ライフル、弾く……とあるサブカル……う、頭が……




それと、今更ながらオリキャラの文哉が「ふみや」読みで被っている事実に気付く。気付いたのは結構前だけど。
とりあえず漢字も年齢も学校も違うのでこのままで行きます。



基本的にただ原作に沿うサイドは書く予定は無いけど、伊月が関わらない為にどうなったか分からない場面が。
改変があったり伊月に絡む場合は描写していきたいですが、達也の物語は原作を読んで楽しんでみてください。
本格的に道が交わり、ずれるのは九校戦辺りから。二年生偏が出た今、色々とずれていくことも出てくるかも。
九校戦では森崎ェらは交代しない、とだけ。この小説はタグ通り森崎ェにやさしい小説となっております(?)。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。