あまーぞんで予約したので10日か、11日か。
届いたら早速読みたいです。
最新刊発売記念更新。ツギハイツダェ……
早苗からこれからの出来事を聞く、という名目で行われた転生者三者懇談自体は直ぐに終了していた。流石に十五年以上昔に読んだ小説では、特に印象に残った場面位しか早苗は詳しく覚えていることはできなかった。それでも、物語の各章の山場をそれぞれ僅かに覚えている程度には、記憶が残っていた。
伊月も、あまり詳しく聞くのもこれからの行動が限定されそうだったので、大雑把に聞くつもりだったが、そもそも早苗が細部まで覚えていなかった。九校戦で、論文発表で、交換留学でそれぞれどのような問題が発生する可能性がある、程度のものだった。彩花を危険に近づけたくないと言った伊月の意見を尊重してか、早苗も発言にはある程度気を遣っていた。
司波家の秘密等、個人的だが重要な情報は早苗も覚えていたが、個人の情報を他人に漏らさないような配慮はあった。四葉ともなれば、何が起こるかわからないので一人で抱えるのは仕方がないが、ある程度未来について打ち明けたことで早苗の中で一つ、重い荷がおりた気持ちになった。
風紀委員になった以上、論文発表会とやらで巻き込まれる可能性が高いこと等、どの騒動も意識的に避けることは出来ないようだった事に、伊月は小さくため息をついていた。
◇◆◇◆◇◆◇
数日後。部活動勧誘週間も無事に終了し、1-D組では初めての魔法実習授業が行われていた。最初の授業内容は、基礎単一系魔法の魔法式構築の処理速度測定と、課題設定時間内への処理時間の短縮だった。
魔法科高校に入学生とは程度の差はあれ、入学時点で魔法スキルを身に付けている。基本的に魔法の才能を継承する魔法師の家系では、それぞれ子供に対して魔法教育を施すことが当たり前だった。また、魔法師と結婚し生まれた子供が才能を持っていた場合も、親が教育を施すか、教師として魔法師を雇って魔法スキルの習熟をさせている。
第一高校ではこの魔法スキルの格差による相互の影響や授業の効率を考慮して一科、二科に区分けされている。生徒数の関係から他校では行われていないものだが、この区分けにより、全体の実力の底上げが効率的になされている事は一種の皮肉かもしれない。
「221ms……すごいな、小鳥遊君は」
声を掛けてきたのは、同じクラスに所属する里美スバル。今回の授業では二人組のペアで課題をこなすという指示により組むことになった女子だった。
文哉と沙妃は当然のようにペアを組んでいるため、近くにいた彼女と目が合い、ペアを組むことになった。氏名順としては前後だったため、これまでも何度か話をしたこともあった。
また、少年的な振る舞いを見せるためか、女子同士が僅かな時間、牽制し合った。そのため、直ぐに彼女に声がかからなかった事も、ペア結成の理由となった。
「まぁ、ね」
一般的に、この速度は一流以上であるため、謙遜をすれば逆に嫌味になると判断し、ひとつ頷いて返事を返す。
「CADの設定なんか弄ればもう少し早くなるかもしれないけど、今はこの辺りが限界かな」
と、伊月は言うが100ms台になると、人間の反応速度の限界値が関わってくる。例のごとく反射速度も限界値を超えた伊月は、無意識での反射は理論的な人間の限界を上回っている。近代魔法師の魔法式構築は、CADの返したサイオンを無意識に取り込み、魔法演算領域で行われる。そこには当然無意識での反射的な反応時間が発生する。
無意識下での反応は当然意識下の反応よりも早いものだ。体なら細胞が、精神ならその機能自身が反応をかえすため、思考という行動を省いた分だけ早くなるのは当然だった。
伊月の221msというのは、
起動式の取り込み自体は、魔法師が無意識に行っているため、才能もとい魔法演算領域の性能によっては0に近づけることができる。しかし、魔法式構築完了までは脳で設定した変数を入力する時間だけ、どうしてもロスが生じる事になる。従って、いくら魔法式の構築が早い魔法師でも、人間の信号伝達限界速度を上回ることは難しい。
今回の授業では変数入力すらする必要がないため、単純に起動式読み込み開始から魔法式構築までの時間を測定することになる。無意識領域に存在する機能なため、起動式と変数を魔法式として出力する過程を意識することは普通できない。そのため伊月がやっていることは、起動式の読み込みから、意識的な反応で魔法式構築を開始している、ということだ。伊月の無意識領域での処理が限りなく0に近いため、意識的な部分でなんとか時間を調整していた。思考加速も行わず、本来なら半ば無意識に魔法演算領域に起動式を取り込み、魔法式構築を開始するところを、意識的に行うことで、魔法師としては一流、人間としては限界に近い速度に抑えることができていた。
伊月としては、反射的に魔法式の構築を開始してしまうのを抑えるようにすることに、これまでかなりの時間を費やしていた。
「ふぅ……。なかなかうまくいかないな」
初挑戦で二人共課題時間は達成していたので、交互に練習をすることになったため、里美はさらなる時間短縮に挑んでいた。
「自分のCADとの違いに戸惑ってるのか?」
「あれ、よくわかったね」
「まぁね。魔法式構築には無意識下での要素が多い。自分用に調整されたCADから受け取る起動式と、違うものでは無意識下に働く反応が変わってくるからな。人によっては普段と同じ行動をすることで、いつもと同じ状態に近づけることができたりするぞ」
魔法師にとって、慣れない起動式や慣れないCADからのサイオン取り込み、未調整のCADの使用によって無意識に僅かな不快感や拒絶感が発生し、魔法式の構築を妨げる場合がある。里美が感じているのもその類のものだった。
「確かに慣れている起動式とは異なる感じはするよ」
「レベルの高い魔法師なんかは違和感にも気づきやすいし、違和感から起こるそういう影響も抑えられる。誰でもわかるようなCADの違いだけじゃなく、僅かな違いや起動式からも違和感を感じとれれば、そこへの入口が見えている証しだな」
「なるほどね。まだまだ精進しろと言うことかな」
肩を竦めて嘆息しながらも、里美のその言葉には確かな向上心が乗せられていた。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日、校内の図書館に彩花と伊月の姿があった。
伊月の風紀委員の仕事が非番となったので、以前から予定していた図書館利用を実行することになった。図書館には外部非公開資料や、一般では手に入らない魔法資料が多く貯蔵されている。
個室に区切られたブースを二人で使いながら伊月と図書館デートを満喫する彩花。隣で伊月は瞬間記憶を使いながら、次々にブースに持ち込んだ資料を頭に入れている。彩花も魔法が好きなので、自分の得意な系統に目新しいものがないか資料や書籍を見ながら確認していく。
作業に集中していても、彩花が話しかけたり退屈そうにしていると伊月は相手をしてくれるので図書館デートでも彩花に不満はうまれない。
先日伊月に教わった遮音障壁だが、音を含む振動系が得意な彩花は、別のアプローチで実現できないかと考えていた。多重障壁を張り替え続ける遮音障壁は彩花にとって無理ではないが難しい。特に集中力が発揮できない場合になると、成功する可能性は殆どないといっていい。
この世界の魔法が、ファンタジーのようなものではなく、サイオン操作やエイドスの書き換え等で起こる現象を操作するものなので、可能な限り物理法則などに従う必要があった。
ファンタジーならば、音や声等特定のものだけ止めたりできるかもしれないが、ここの魔法では音を遮断するためには空気の振動の伝播を制限したり、空気を操作して真空状態を作ったりする必要がある。また、呼吸のことも考えて魔法を設定しなければならない。
自分の制御の手を離れて障壁を張り続けられるなら、多少複雑な魔法式でも大丈夫だろうが、もちろん彩花にそんな手段は存在しない。
伊月が言うには、サイオンやイデア、エイドスへ干渉するために、意識領域と無意識領域の精神構造の狭間に存在するゲートを介して魔法式が出力されているという。魔法師がイデアに対して魔法式を出力できるのは心霊現象の次元に干渉する精神構造を持っているからで、これが無いものが魔法師以外の一般人ではないかということだった。幽霊や霊を感じることができる人間は、そういう機能を少しは持っているのではないかとも言っていた。
当然、伊月一人の推測なので魔法師によっては異論があると思うが、彩花はなんとなく納得していた。
つまり、彩花の目的の遮音魔法はそういう機能を再現しなければいけない訳で、当分は伊月に遮音魔法を張ってもらうか、集中力を上げて自分で障壁を張る必要があるんだ、と微妙にピンクな思考の彩花の魔法考察は切り上げられた。
「他の本を探してくるね、伊月ちゃん」
「ああ、いってらっしゃい」
自分でブースに持ち込んだ分の資料を戻しに、元あった棚に向かう彩花。途中、図書館を利用しているらしい生徒と何度かすれ違う。
元あったところに資料を戻し、新しい資料を探しているところで、彩花に声をかける人物がいた。
「なにか探しているのかな、レディ」
「はい?」
振り返った先にいた声の主は非常に目立つ容姿をしていた。
銀色のような頭髪に、日本人顔ではあまり見ない高めの鼻に洒落たメガネをかけている。
「お手伝いしましょうか?」
ニコッっという効果音が似合いそうな笑顔で手伝いを申し出る件の男。
「あ、俺は百目鬼エリス。名前を聞いてもいいかな?」
「私は柏木彩花ですけど……」
「彩花ちゃんか。可愛い名前だね」
「はぁ……」
流石に、初対面の相手に下の名前で呼ばれることに困惑する彩花。外国人はファーストネームで呼び合う場合が多いみたいだが、名前は一応日本の家の名前だ。
「柏木です。百目鬼さん」
「エリスでいいよ。彩花ちゃん」
再び微笑みを向けてくるこの男は、彩花の話を聞いていないのか、呼び方について訂正せずに、名前で呼ぶように言う。
「柏木です」
妙に馴れ馴れしい百目鬼に、流石に拒絶するように訂正を求める彩花。顔は笑顔を浮かべているが、伊月が見れば違いに気づいただろう。
そんなやり取りのなか、百目鬼の背後で、本を落としたような音が鳴った。
彩花が視線を向けてみると、先ほどすれ違った女生徒が、百目鬼の方を見ながら涙目になっていた。
「どうかしたの?」
百目鬼を放り出して女生徒の方に向かう彩花。此処で、百目鬼も女生徒に気がついた。
「げ、冬華。こ、これはちがくて……」
「うぅ……エリス様は私にお飽きになったのですか?」
どうやら二人は知り合いらしい。しかも結構親しい関係のようだと、急に外野になった彩花は悟った。
「そんなわけ無いだろ。これは、えっと、そう、本を探す手伝いをしていたんだ、ね?」
「ナンパかと思いました。馴れ馴れしく呼んでくるので」
同意を求められた彩花だったが、率直な意見を述べた。
「うぅぅ……」
「あぁっ、ごめん。僕が悪かった。もうしない! 許して」
「……何があったんだ?」
修羅場というか、浮気を発見された亭主が妻に許しを請う場面の再現のような現場に、読み終わった資料を持ってやって来た伊月が現れた。
「ナンパにあって、その現場で彼女? が現れて修羅場になった?」
「……」
伊月の視線が百目鬼に注がれるが、当の百目鬼は完全に泣いてしまった冬華と呼ばれた少女に謝りながら、あやすのに必死で気づかない。
どうやら百目鬼という男は冬華という少女にめっぽう弱いらしい。彩花から見ても冬華と呼ばれた少女は可愛らしく、百目鬼と並んでも釣り合いの取れているようだった。
「ぐす、……エリス様はいつもそうです。やっぱり私に魅力がないのですか?」
「そんなことない! 僕が好きなのは冬華だけだよ、あの時からずっと」
「エリス様……」
「冬華……」
修羅場からやすいラブコメに流れが変わり始めたのを察して、伊月はため息をついて視線を彩花に向けた。
「……行くか」
「うん。返すの手伝ってあげるね、伊月ちゃん」
彩花は伊月に腕を絡めながら、ラブコメ現場を離れる。伊月は思考の片隅で、彼が四人目の転生者だろうな、と結論付けていた。
◇◆◇◆◇◆◇
構築速度等は結構独自解釈、独自設定。
神経伝達とサイオンの伝達は違うと思うけど、変数等入力する関係で通常の魔法師が200msをきるのは難しいとして設定。
伊月が反射で構築すると、無意識領域読み込み完了と同時に変数も入力を終え、神様印の演算領域の性能故、ラグはほぼ発生せず魔法式が出力されます。無意識領域下では早苗も殆ど同じ。思考加速により意識領域で一から魔法式を構築する場合は起動式を読み込む無意識領域処理より速くなります。
百目鬼のお話は外伝など予定。イツカネ……ェ。