魔法科高校の転生者   作:南津

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1.7 風紀委員

 二日間の授業見学期間を終えて、新入生の授業初日。一科では魔法選択科目A――魔法史学又は魔法系統学――の授業が開講された。

 魔法科高校も基本的な授業形態は一般校と変わらない。各クラスに分けられた教室で授業を行い、特殊な設備が必要な授業では移動教室となる。そして、選択科目においては、授業履修を選択した生徒を分配し、適度な人数で纏まった授業形態をとる。

 魔法選択科目Aにおいては、二種の科目から一科目を選択し、一科、二科それぞれの日程で授業が行われる。魔法系統学を選択した生徒は一科で半数を超え、講義室にて講座が開かれていた。

 伊月も魔法系統学を選択した生徒の一人で、授業が開かれる講義室へ移動していた。

「あ、伊月ちゃん見つけた! 一緒に受けよ?」

「ん? 座席は決まってないのか?」

 教室に入ると、彩花が伊月を見つけて話しかけてきた。

「うん。端末にIDを挿すだけ。AからDまでの生徒がいるし、座席は自由にして良いんだって」

「そうか」

 授業の出席は基本的に個人IDカードによって認識される。魔法科高校の施設は基本的に個人IDを認識して利用する。施設には機密や魔法大学関連施設内でのみ利用することができる情報が多々有り、機密保持という観点でも徹底されている。

 出席を担当教員が取ることは基本的に無いが、IDを利用する以上代返など行うことはできないし、IDを貸与して代返を行う生徒もそうそう居ない。生徒管理の意味でも、IDカードによる識別は理に適っていた。

 彩花に引かれる形で、講義室中央より少し後方の席に付く。端末にIDカードを差し込み、授業の体制を整える。まだ比較的早い時間で、生徒もひとクラス分に足りないほどしか来ていなかった。

「よかったー。これで一緒に授業が受けられるね。クラスが違うと選択教科位しか一緒になれないからね」

「そんなに重要なことか?」

「重要だよ。一緒の授業、貸し合うノート、代返……は出来ないけど、学校ならではの事は全部やらないと! ホントは普通の大学の授業も憧れてたけど、機密の多い魔法科学校じゃ仕方ないよね。華のキャンパスライフ! ふんっ!」

 気合を入れるように両手の拳を握って構える彩花。どうも彼女は青春に飢えている様だった。こういう子供らしいところも、外見の大人らしさとのギャップで伊月の目には魅力的に見えた。

「かた、小鳥遊くんもこの授業だったんだねー」

「ん……?」

 後ろから、聞き覚えのある声で話しかけられた伊月は、席に座ったまま後ろを振り返った。

 ――態々目線を少し上に向けて。

「……あれ、八千古島の声がしたと思ったんだが……」

「目線下です! 態とやってますね!?」

「あぁ冗談だ」

「ふぅ……大人な私はこんな事気にしません。彩花ちゃんの用事って小鳥遊くんだったんだ」

 目をつむって息をつき、一旦落ち着いた八千古島は、伊月の隣に座っている彩花に話を投げた。

「うん。選択科目は伊月ちゃんに聞いてたから。みんなもこんなところに座ってたんだね」

 彩花の言うみんなとは、伊月も紹介されたA組の彩花のクラスメイトだった。四人掛け四列八行で並ぶ最大百二十八人収容する講義室の机、通路側に座る伊月の後ろに八千古島。その隣に深雪、光井、北山の順で座っていた。

 魔法系統学は文字通り、現代魔法において作用面から分類される四系統八種類の系統魔法と、それ以外、サイオンそのものを操作することを目的とした無系統魔法の歴史等について学ぶものとなっている。近年の魔法傾向に興味があるものが多く受講することになる。

 逆に、魔法史学は歴史に登場してきた伝統魔法や、伝統魔法の歴史、魔法文化の軌跡を学ぶ授業となっている。こちらでも近年分類された系統魔法は登場するが、近代の魔法推移の歴史としての意味合いが強い。伝統魔法を扱うものや、魔法の古い歴史に興味のあるものが主な受講者となる。また、授業内容が年によって頻繁に変わることもないので、比較的点数を取りやすい科目でもあったりする。

「あれ、てっきり知ってて前に座ったのかと思った」

「伊月ちゃんは後ろのほうが好きだから。私は、みんなは前に行くと思ってた」

「あはは、私が後ろに座っちゃったから。皆に付き合ってもらっちゃった。ちゃんと前も見える作りだから大丈夫」

 講義室は教室とは違い、緩い傾斜をとった形になっており、後ろからでも視界を妨げるものは無い。この講義室は比較的小規模なものだ。

「それに、授業は端末で十分だしね」

 八千古島が言った通り、前方のスクリーンを見なくても端末にも同様の情報は表示される。教師の手振り等で説明される箇所は多少分かりづらくなるが、些細な点だった。

 伊月としては前世――といっても既に二十年以上は前になるが――個人端末での授業などではなく、黒板やホワイトボードもしくはスクリーンによる授業が主だったため、個人の端末での授業というのは始めの頃は戸惑った。ただ、生活の中で文字を書く必要性はなくならない以上、ノートを取る文化も無くなっていない点は伊月としては良い事だった。

 伊月の生きていた時より八十年は経っていても、変わらないものがある点に見た目子供ながらに安心した記憶がある。

 なかには、授業内容を端末に保存できることからノートを取らないものなどもいるが、その辺りは試験への取り組みの仕方で成績にも影響することになるだろう。

 彩花達の会話を横に聞きながら授業を待つ。途中から先日聞いたような男子生徒の声も聞こえてきた。八千古島が迎撃するように追い払っていると授業の開始が宣言され、魔法系統学の初授業が始まった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 部活動勧誘週間の開始ということで、伊月は先日言われた通りに風紀委員の会室に向かっていた。原作においては別の男子生徒が教員推薦枠の風紀委員になっていた記憶があるが、伊月は完全にその男子生徒の名前を忘れていた。

 原作に登場しない風紀委員となったことで、転生者に目を付けられる事になるかもしれないが、あまり重要そうなポジションじゃなさそうなことから、実は転生者も覚えてないんじゃないかと、気楽に身構えることにした。

「失礼します」

 IDカードを使用して会室の扉を開錠して入室する。教室の半分ほどはありそうな室内は綺麗に整っており、風紀委員らしい部屋に思えた。

「ん、来たか。まだ全員揃っていないから適当な席に着いて待っていてくれ」

「分かりました」

 風紀委員長の渡辺摩利の声に、入口に近い席に座り室内を見渡す。壁付近に設置されたキャビネットには複数のCADが置かれていたり、本や書類が並べられている。書類はともかく、CADや書籍は多少気になるため、そのうち暇なときにでも読もうと、頭な片隅に予定を書き込む伊月。

「どうかしたのか?」

 室内を見渡す伊月に、委員長が何故か心配そうに声をかけてきた。

「はい? いえ、男所帯と聞いていた割に綺麗に整頓されていたので」

「そ、そうか」

 そこでチラッと伊月の正面に座っている達也をみた委員長は、何故か焦ったような顔をしていた。

「? どうかしたんですか」

「なんでもない。出来るだけ、この状態を保つようにこの部屋は使ってくれ。……出来るだけ、な」

「? はい」

 最後の辺りは、席が離れていたせいもあり伊月にはほとんど聞こえなかったが、取り敢えず了承の意思を返した。

 微妙な表情をしている委員長と達也に詳しく聞こうと口を開きかけた瞬間、入口の扉が開く音と共に、上級生らしい二人組が入室してきた。

「あ、ああ。全員揃ったな! 鋼太郎、関本、さっさと座れ」

「え、ああ」

「どうしたんですかい、姐さん」

「姐さん言うな! とにかく座れ」

 室内の人数が九人になり、これですべてのメンバーが揃ったようだ。最後に入ってきた二人は三年生のようで、委員長に近い奥の方の席についた。席の数は若干多めに用意されているのか、幾つかの席は空いている。

 委員長に質問しようとしていた輿を折られ、取り敢えず気にすることでもないので、伊月は疑問を忘れることにした。

「ん、あー。今年もまた、あの馬鹿騒ぎの一週間がやって来た。新入りにも簡単に説明したが、風紀委員会にとっては新年度最初の山場になる。この中には去年、調子に乗って大騒ぎした者も、それを鎮めようとして更に騒ぎを大きくしてくれた者もいるが、今年こそは処分者を出さずとも済むよう、気を引き締めて当たってもらいたい」

 そこまで言って、それらしい人物に目線をやり、委員長は続ける。

「いいか、くれぐれも風紀委員が率先して騒ぎを起こすような真似はするなよ」

 どうやら視線をもらった数人は心当たりがあるのか、小さく首をすくめて委員長の忠告に答えた。

 伊月は自己診断では落ち着いていると思っているので、そうそうトラブルからやってくることはないだろうと、気楽に考えていた。

「今年は幸い、卒業生分の補充が間に合った。紹介しよう。立て」

 顔合わせと聞いていた伊月は、急な展開だが、委員長の声に従って立ち上がる。同時に達也も立ち上がり、上級生の方に向き直り、委員長の紹介を待つ。

「1-Dの小鳥遊伊月と1-Eの司波達也だ。今日から早速、パトロールに加わってもらう。それから、小鳥遊にはまだ紹介していなかったな。三年の辰巳と関本に阿部、二年の岡田と沢木、それから山下だ」

「誰と組ませるんですか?」

 手を上げて発言したのは、委員長に岡田と呼ばれた二年生。

「前回も説明したとおり、部員争奪週間は各自単独で巡回する。新入りであっても例外じゃない」

「役に立つんですか」

 岡田と聞いて、同じクラスの沙妃を思い浮かべたが、彼の表情を見て、無関係と判断した。視線は達也の胸に注がれており、これまで何度も目撃した面倒な思考の持ち主だと判断した。沙妃や文哉からも兄をにおわせる発言は出てきていないし、二人と行動していても、一科生であることを鼻にかけた様子も感じられなかった。

 伊月は顔に出さなかったが、委員長は明らかにうんざりしたような顔を岡田に向けていた。

「ああ、心配するな。司波の腕前はこの目で見ているし、小鳥遊のほうは、直接確認はしていないが、教師陣からは実技成績はずば抜けて高いと聞いている。その評価を鵜呑みにはできんが、見たところ魔法以外でも頼りになりそうだ」

「……そうですか」

 達也に向けていた視線をチラッと伊月に動かしたあと、嫌そうな表情で視線を外してそう言った。

 委員長と伊月の目が合うと、伊月は小さく肩を竦めて気にしてないと態度で示した。

「ん、他に言いたいことのあるヤツはいないな?」

 ハッキリとした態度の人間は岡田という生徒と、達也の方を見ようとしない三年の一人だけだった。伊月の脳裏にはチラッと原作の内容が蘇っていた。

(教員枠はたしかそんな感じだったな……。名前は覚えてないけど)

 伊月ははっきりと覚えてはいないが、教員枠の一年も同じような人間だったような気がしていた。このような役職に教員が推薦するのは成績の高い人間が主なため、実力を誇りに思っている人間が大半で、伊月のような生徒が教員に推される確率は少ないのだろう。

「巡回要領については前回までの打ち合わせ通り、新入りにはこれから私が説明するが、残りの者は今更反対意見はないと思うが?」

 特に意見を出すものがいないことを確認し、委員長はひとつ頷いた。

「よろしい。では早速行動に移ってくれ。レコーダーを忘れるなよ。小鳥遊と司波は残れ。他の者は解散だ」

 委員長の発言を受けて、全員が立ち上がる。伊月もそれに続いて立ち上がるが、上級生は少し変わった敬礼のような動作を行って、次々に部屋を出て行った。

 それから巡回の説明が委員長の口から述べられ、CADの携行について達也が委員長に質問していた。

 伊月は携行許可が下りたので、このあと事務に預けてあるCADを取りに行く事になる。

 部活連に行くという委員長と別れたところで、伊月は達也と二人になった。

「司波、だったかな? 1-Aの司波さんの兄なんだっけ?」

「ああ」

「達也でいいかな? どっちも司波だし」

「構わないが……。小鳥遊だったな」

「ああ、小鳥遊でも伊月でもどっちでもいい」

 伊月としては、長ければ三年間同じ委員会に所属することになるので、達也を避けるという選択肢はない。ただ、少しばかり主人公という立場が引き寄せるトラブルについては、積極的に関わろうとは思っていなかったが。

「分かった、伊月でいいか。伊月は普通だな?」

「ん? あぁ、二科がどうとか言うやつか。入試成績での選別にとやかく言うつもりはないが、面倒な慣例だな。そういう傾向があるのは知っているが、あからさまな生徒を見ていると、正直どうかと思うな」

 達也の発言で彼の意図を察した伊月は、正直に気にしていないことを話す。高校入学までの魔法師としての教育は基本、各家庭で行われるものだし、レベルに差が出るのは当然だ。本格的な教育を受ける高校で魔法師としての技能が上がる者も多い。成績で分けるなら、三年間通して入れ替えを取り入れるべきだが、元はエンブレムの発注ミスからの慣例らしいので、入れ替えなどの制度は取り入れられてすらなかった。

 本校舎から外に出る近くまで、特に別れる理由もなかったので一緒に行動し、事務の付近で分かれる。達也は誰かと待ち合わせをしているらしく、CADも風紀委員会の会室に用意されていたものを使うということで、事務からCADを引き出す伊月とは別行動になった。

 CADを事務から受け取り、校庭いっぱい埋め尽くされたテントを避けて比較的人の少ない場所を歩きながら遠目に勧誘の様子を確認していく。

「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

「……三度目だが?」

 声を掛けられたらしく、聞き覚えのあるような無いような声の主に視線をやると、八千古島早苗がスカートの裾を掴んで頭を垂れていた。

 その立ち居振る舞いは……あまり似合ってはいなかったが。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 




魔法系統学と魔法史学の内容や授業形態、ID仕様については独自設定というか捏造設定?
教員が少ないので、講堂でまとめて授業しています。

授業日程についての設定は以下の通りに設定しています。
午前4限、午後3~4限。土曜は午前授業。
選択A(魔法史学、魔法系統学から1科目選択)
選択B(魔法幾何学、魔法言語学、魔法薬学、魔法構造学から2科目選択で、選択した講座が開講していない時は空きコマということに)
選択教科の人数調整は行われない。

教員による個別指導は申請で、授業としては一科も二科も同じ内容、同じ形態をとっていることにしています。

風紀委員部活連推薦枠の阿部さんと山下さんは捏造です。東京八王子に多い苗字を参考に。

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