(チクショウ! 俺は一体何をやってんだよ…)
桟橋を陣取ってる異邦人の少年は自分の運命を呪った。善良と言えるかは別として、平凡に平和に生きていた自分が、今や異世界で悪の手先のテロリストだ。
何の因果かは分からないが、ある日、某電気街の帰りに突然ファンタジーな異世界に迷い込んでしまった。なんとか人のいる所を見つけるも、誰も手を差し伸べてくれる者はいなかった。それどころか杖を持った魔法使いが面白がって魔法を撃ってきてボロクズにされた。
全てを呪い野垂れ死になる寸前、いきなり現れた黒服の男に拾われ白衣の男に渡され、あれよあれよと言う間にこのザマだ。もはや唯一の財産であった自身の人間としての肉体も失った。
(人間を改造して手先にするって、まるっきりショッ〇ーじゃねぇか! ふざけやがって……)
だが、少年は組織から離れることが出来なかった。どの道行くあてもなく、たとえ悪の組織でも、こんな仕打ちを受けても、この世界に来て初めて手を差し伸べて貰った命の恩人である事には変わりはないのだ。
そして少年は、その組織から任務を受けているのである。
(でも…それでも俺は生きたいんだ、死にたくないんだ。生きて家に帰りたいんだ!)
「で、どうするの? いくの?」
キュルケが焦れったそうに杖をぶらぶらさせながら聞いた。
「見たところ人質はいない様だな。だが、仲間が隠れているかもしれない。油断はするな」
ワルドがそう語り、釘を刺すと一同は障害となる少年のもとへ向かった。
「ねぇ、エルク。あいつってもしかして…」
ルイズがエルクの袖を引っ張り尋ねた。
「ああ、おそらく奴はキメラ研究所の実験体だろうな…人間の気配じゃない」
「…本当に人間をキメラにしてしまうね。あんな平凡そうなやつまで…イカれてるわ」
「そうだな。あいつももしかしたら、ただの犠牲者なのかもな」
「…………」
「なぁに? ルイズったら、ああいうのが好み?」
「そんなんじゃないわよ!! バカッ!!!」
キュルケが重い空気を変えようと、少しからかうとルイズは激昂した。キュルケも、ここまで怒るとは思わなかったのか少し引き気味だった。
「そ、そこまで怒ることないじゃない。冗談よ…」
「お喋りはそこまでにしておきたまえ。着いたぞ」
大樹の麓にたどり着き、一行は少年と対峙した。
「来たな…悪いが、お前らをここから先に通すわけにはいかないんだ」
「やはり貴族派ってやつか。だが、ハイそうですかといくと思ったか?」
「その通りだ。我々には重大な目的がある。押し通る!」
エルクとワルドが臨戦態勢に入る。まさに一触即発の状況であったのだが……
「貴族様! どうかその化け物を早い内に片付けてくだせェ!!」
遠巻きに見ていた船乗りらしき男が、応援のつもりなのかでかい声をかけた。
余計なことをしてくれる。どうやら少年の琴線に触ったようだ。
「お、俺は…俺は化け物なんかじゃねぇ! 地球人のひらが…平賀 才人だ!!」
サイトと名乗った少年が叫ぶと辺りが地響きに見舞われた。地面から岩が隆起し地形が滅茶苦茶になってしまった。
「うわあああ!」
「きゃああ!? なによ地震!?」
「『アースクエイク』か。厄介な魔法を…ルイズ! 無事か!?」
エルクが声をかけると、後ろにはさっきまでいたルイズがいなかった。
「わ、ワルド!? 離してよ、離してったら、エルク! エルク!」
何時の間にかワルドはルイズを抱え、『フライ』で桟橋へとつながる大樹の道に飛んでいた。
「諸君! 今回の様な任務は半数が目的地に着けば成功となるのだ。健闘を祈る!」
「オイ、ちょっと待てよ!」
エルクが呼び止めるも、既にワルド達の姿は見えなくなっていた。。
「ぼ、僕たちは囮ということかね…?」
「…判断としては間違っていない」
「けど、あんまりじゃない?」
メイジ三人組は不平を漏らしたが、今はそれどころではない。
「ま、まあどちらにせよ、こちらはメイジ三人で、このエルクは貴様以上の先住魔法を使う! 君に勝ち目はない降伏したまえ! さもなくばこのギーシュ・ド・グラモンのワルキューレが相手になるぞ!!」
ギーシュが力強く宣言するも、サイトは動じていなかった。何やらこっちの後ろを気にしている様子だった。
振り向くと、何時の間にか巨大なゴーレムが腕を振り上げていた。
「うわあぁあ!? ブベッ!?」
「危ない!」
巨大な拳が地面に隆起していた岩を粉々にした。タバサの放ったエア・ハンマーによって間一髪避けることができたが、当たっていればギーシュはペシャンコだっただろう。
「何やってんだい! こっちを見てなければ一匹仕留められたのに!」
「フーケ!」
襲ってきたゴーレムの肩には投獄されているはずの土くれのフーケがいた。
「久しぶりだねぇ、『ガンダールヴ』! いや、『炎使い』と呼んだ方がいいかい? 悪いがあんたらをアルビオンに行かす訳にはいかないよ」
「お前ら…やっぱり貴族派とキメラ研究所は繋がってたのか。脱獄の手引きもそいつらか?」」
「ハンッ、こっちはあんな薄気味悪い連中と繋がりたくもないってんだ! 事情があるんだよ、事情が!!」
フーケが吐き捨てるように言った。どうやら話し合いも無視して通ることもできなさそうだ。
「だったら仕方ねぇ! どこからでもかかってこい!」
エルクが宣言すると、タバサとキュルケがサイトの前に立ちはだかった。
「エルク、私たちの魔法ではフーケのゴーレムとは相性が悪いわ。コイツは私とタバサに任せて」
「…適材適所」
「わかった。無茶はすんなよ!」
エルクの返答が、戦いの再開の合図になったのかサイトが地の魔法を唱え、最初に使って見せたマッド・ストームを放った。だが、タバサは範囲の広さに慌てることなく、冷静に自分達を襲う土や小石をだけを風の障壁で防いでいた。
魔法が収まると同時に、サイトが今度は距離を詰めてカタナで切りかかろうとするが、今度はキュルケが巨大な火の球で道を塞ぐ様に迎え撃った。サイトはそれを超人的な反射神経で転がって避けようとするが、火の球は正確にサイトにホーミングされた
「がぁあああ!?」
たちまちサイトは火に包まれた。が、すぐに火を振り払って距離をとった。今ので完全に決まったと思っていたキュルケは一瞬呆気にとられた。
「呆れたタフさね…なるほど、ただの平民、いや人間じゃないってわけね」
「…油断は禁物」
その戦いぶりにエルクは感心していた。身体的な強さはキメラであるサイトという少年が上回っているだろうが、どうやら実戦経験が薄いようで明らかに力を持て余している。一方でタバサとキュルケは見事な連携で無駄な動きや魔法の無駄撃ちは無かった。
(これは安心して任せても良さそうだな)
「何よそ見してんだい!」
フーケのゴーレムの右足がエルクを踏みつぶそうとするが、それをバックステップで避け、距離をとりフーケに向かい構えた。
「悪いが時間がねぇんだ。一気に決めさせてもらうぜ!」
そう宣言すると、エルクは口語を唱えた。
「怒りの炎よ、敵を焼き払え!」
「!!?」
エルクから、その口語が漏れた時、フーケは死を感じた。アレは拙い、絶対に拙い。
とっさにゴーレムの肩から背に向かって、盾にするように飛び降りた。そしてソレは放たれた。
『エクスプロージョン』
ゴォオオと爆音と光が発し、巨大な炎の爆発がゴーレムを芯まで焼き払い、完全に朽ち果てた。フーケは爆発と同時に吹き飛ばされ、辛うじて焼死を免れた。
「あ、あぁ…クソ、こんなの有りか…先住魔法だからって無茶苦茶な…」
それを見たサイトは、空を見上げ何かを確認すると魔法でタバサ達を牽制しつつ、フーケに近寄った。
「フーケさん、もう十分に時間は稼げたみたいだ。俺たちの役目は果たせた。潮時だ。ここから引こう」
サイトがボロボロになったフーケを担ぎ上げ、語りかけた。
「気安く…触ってんじゃないよ、クソガキが。あんな小娘たちにいいようにやられやがって」
「しょ、しょうがないだろ! 一応、女の子相手だし…でも、お互いこんな所で果てるのは御免だろ!」
サイトがフーケに逆ギレしていると離脱しようとする二人を、キュルケとタバサが挟み込んで杖を構えた。
「仲間思いなのはいいけど、大人しくしてくれないかしら? 流石にここまでやって見逃すわけにも行かないわ」
「抵抗は無意味」
だが、その間にもサイトは何かの口語を呟いていた。するとフーケとサイトの姿は突然消えてしまった。
「な、なに?」
「…姿が、消えた?」
二人が辺りを見渡してもどこにも姿はなかった。
「テレポートか…実戦の中で使えるほどの精度はないみたいだが、かなり高度なキメラみたいだな…奴ら時間稼ぎだって言ってたな。早く桟橋に行こ…」
「『ライトニング・クラウド』」
瞬間、凄まじい雷光が轟音と共にエルクを襲った。『ライトニング・クラウド』、風の系統の上級魔法である。
戦いが終わったと思い、油断していたエルクは不覚にも直撃を受けてしまった。
「がああああああ!!」
バリバリと電気が弾ける音が響き、身体を駆け巡る強烈な電流に、エルクはのたうち回った。
エルクの後ろには、仮面をかぶったメイジらしき男が立っていた。
「油断はするなと言われなかったのかね?」
あまりの突然のことにタバサとキュルケは反応が遅れてしまった。仮面の男は、ブレイドを掛けた杖をエルクに突き立てようとした。タバサが魔法を唱えようとするが間に合わない。
「死ね!!」
ザグゥ…
何かを貫いた嫌な音が響いた。だが、貫かれたのはエルクではなく仮面の男だった。見るとギーシュのゴーレム『ワルキューレ』がランスで仮面の男の背を刺し貫いていた。
「貴様ごときに…ふ、不覚…」
仮面の男は崩れ落ちるように倒れ、そのまま消え去った。
「き、消えた?」
「ありゃあ『偏在』だな。風の系統のスクウェアの魔法で有り体にいえば分身だよ。大丈夫か相棒? 全く俺様を使ってりゃあ防げてたかもしれねえのに」
地面に転がっていたデルフリンガーが説明しつつ不満を漏らした。
「エルク! 大丈夫!?」
「ああ、何とかな…今のは、流石に効いたぜ。恩に着るぜ、ギーシュ。借りができたな」
エルクはキュルケとタバサに介抱されつつ、礼を言った。
「そうよ! やるじゃないギーシュ。見直したわ! …と、思ったけど、あんた今まで何やってたの?」
「い、いやあ、ワルキューレを待機させつつ参戦するタイミングを伺っていたのだがね、あの二人の戦いの間は結局、そのまま…そうしていたらエルクが不意打ちを受けたからここだ! と思って…」
「アッハッハッハ、敵味方ともに思わぬ伏兵がいたわけね!」
キュルケは戦いのあまりの結末に大笑いした。エルクも笑いをこらえきれないでいる。タバサもどことなく愉快そうだ。
「と、いけねぇや。今度こそルイズのとこに急ぐぞ。奴らの時間稼ぎってのがなんなのか気になる。ここまでやったのも単なる戦力分断以外の目的もあるのかもしれない。急ぐぞ」
エルクは痛みを堪えつつ、先を急いだ。
「無茶は駄目よ! いくらあなたでも、スクウェアの直撃を受けたのよ!」
「まだ応急処置」
「だが、ゆっくり治療をしている暇はねんだ。それに、そこまで深刻なダメージは受けてねぇさ」
「やれやれ、君も大概タフな男だなぁ」
エルク達は改めて桟橋へ向かった。
その少しほど前のこと
桟橋前でルイズとワルドが何事か言い合っていた。
「本気でエルク達を置いていくの!?」
「ルイズ、分かってくれ。これは姫様から命じられた重大な任務だ。万が一の失敗も許されないことは分かっているね。我々は何としてもウェールズ様のところへ赴かねばならない」
「それは……」
「なに、ここは彼を信用しよう。いざとなればタバサの使い魔で船に合流かも知れないだろう?」
「……わかったわ。姫様のためだものね…」
ルイズが渋々ながらも納得し、ワルドとアルビオン行の船へ交渉に向かった。
タラップから船に乗り込み、甲板にいた船員らしき男に、船長にまで取り次いでもらった。しばらくして船員に率いられて船長らしき身なり男が姿を見せた。
「私が船長のジョンストンです。貴族様方、如何御用でしょうか? 出航は日が昇ってからでございますが」
「すまないが今から出航してもらいたいんだ。僕は、女王陛下の魔法衛士隊の隊長、ワルド子爵。重要な任務の最中でね。協力を願う」
「…さようでございますか。ならば今すぐ出航しましょう」
随分とあっさり交渉がまとまった。いくらなんでも不自然すぎる。ワルドがルイズをチラッと見ると、ルイズは大樹の麓の方を眺めていた。
(エルク、みんな、死んじゃダメよ…)
(気づいてはいないようだな。しかし、こいつら、まともな演技もできないのか…何が実験部隊だ)
「ナンじゃ、アイツラ、のりおくれおったンカイ?」
「……なんで君はここにいるんだい?」
エルク達が桟橋へ向かった後、船乗りらしき男たちが何か騒いでいた。
「せ、船長ーーー!! あ、あれ、俺達の『マリー・ガランド』号じゃないですか!? しゅ、出航してますよ!」
「な、なにーーー!? よ、ようやくあの化け物小僧が立ち退いたと思ったら…だ、誰が動かしてやがるんだ!? 船に積んである硫黄が卸せなかったら俺達、破産じゃねぇか!!」
「うう…なんでこんなことに…いきなり襲われてたたき出されたと思ったら…なんて日だチクショウ!」
スヴェルの月夜に、本物の船員達の恨み言が響いた。
あっさりしている様ですが一旦ここでサイト君は退場です。あまり長く登場させていると死亡展開に進んでしまいそうなのでw
この期に及んでまた、ちょいオリ展開ですが、どうかお付き合いお願いします。
エルクのエクスプロージョンとルイズの虚無をどう違いを出すかはまた後々に…