炎の使い魔   作:ポポンタン

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第10話

魔法学院 学院長室

 

あれからルイズ達は学院長オールド・オスマン、コルベールに、モット伯邸侵入のことから未知の魔獣の遭遇のことまでを報告した。モット伯とのことについては咎められる可能性を考えたが魔獣の報告のことまでを考えると言わないわけにはいかなかった。

 

「……ふむ、モット伯との事については褒められる事ではないが、既に向こうと手打ちがついているならばまあ、よかろう。わしも奴のことは気にくわんかったしの」

「それより例の新種の魔獣を我が国の貴族が所有していたとは」

 

コルベールは頭を抱えて呟いた。

新種の魔獣の噂はオスマン達も聞いていたが、まさかそれが人為的なものであったとは思っていなかった。それも貴族まで巻き込んで売買されていようとは。近年、ハルケギニアでは新種の魔獣による被害や目撃情報は、平民から貴族まで急激に増えており、その原因を各国が探っていたが手がかりひとつ掴めていなかったのである。

 

「信じがたいことでしょうが全て真実です。ここにいる四人が確認しています」

「うむ、わかった。そのことについては信じるとしよう。じゃが今回わしらに伝えたいことはそれだけではなかろう?」

 

オスマンはいつになく真剣な表情でルイズ達を促した。ルイズは一瞬戸惑ったがエルクを見て切り出した。

 

「……エルク、その魔獣を流した連中について心当たりがあるんでしょう?私たちは少しでも多くの情報が必要なの。お願い、話して」

「そうね、もはや私たちの問題じゃ済まされないもの。ゲルマニアやガリアだって少しでも情報は欲しいところよ」

「……」

 

キュルケもエルクに促す。タバサも口を開かないがその目はエルクに強く向けられている。

 

「そうだな……わかった、話すぜ。ただ確証はない。むしろ出来れば外れてて欲しいんだが」

 

エルクは意を決して言った。

 

「奴らは、おそらく……『キメラ研究所』の生き残りだ」

「合成獣キメラ研究所…とな? 未だにそんなことを研究している機関など覚えがないが……それも生き残り?」

 

コルベールが怪訝な顔で言う。研究者である彼は各国のハルケギニア各国の研究について精通しているが、成功例も現在研究が続けられている話も聞いたことがなかった。

エルクは説明を続けた。

 

 

 

キメラ研究所とはある巨大国家が技術の粋を集めて作られた研究機関である。

その目的は国家の軍事強化の為の魔獣の能力研究し、より強い魔獣を製造することであった。

研究の成功により合成・強化された魔獣は侵略の為の兵器として、時には戦争の火種として、またある時には取引の道具として世界を混乱に落としれてきた。

だが、彼らはそれだけでは飽き足らず新たなステップに進み始めた。それは人間と魔獣を合成しより賢く強い魔獣を作り出すというものだった。

実はエルクもその炎の能力に目をつけられ幼少の頃に、その研究機関に捕らわれサンプルとして軟禁され続けてきた過去があった。

 

説明を聴き終えた一同は顔を青くしていた。

 

「馬鹿な……キメラの研究が既に成功されているとうのか!? それも人間と合成だと。常軌を逸している! そんな者たちがハルケギニアに!?」

 

コルベールが驚いて言った。

研究が国家の軍事強化に用いられるのは世の常である。事実このトリステインにおいても王立魔法研究所、通称アカデミーと呼べれている研究機関がある。そのアカデミーですらキメラは禁忌に指定されている。

 

「にわかに信じがたい話じゃの……従来のキメラとは他種の生物同士の組み合わせぐらいでしかないが、能力や更には肉体の強化合成など可能なのか……」

 

オスマンもあまりに荒唐無稽な話に戸惑っている。

エルクは説明を続ける。

 

「俺だって信じたくはねえさ。俺と仲間たちが激しい戦いの末、ようやくブッ潰せた組織なんだからな。組織を統括していた将軍も死に、その国も滅んだ。そのはずなのに……」

 

エルクは怒りに拳を握る。その手は血がにじんでいた。

(もう、もうミリルやジーンのような犠牲者は出さないと誓ったのに! チクショウ)

エルクの様子にコルベールは慎重に聞く。

 

「エルク君、君はその研究所や国が滅んだと言ったね」

「ああ、どうやってかは知らないが奴らの残党も俺のいた所からここにやって来たみたいだな」

「残党…か。だとすると拙いことですな」

「拙いこと?」

 

エルクは疑問に思った。コルベールが説明する。

 

「成功した実績があるとは言え一度失った技術を取り戻すにはかなりの労力が必要です。その技術はおそらく、かなり高度なものでしょう。莫大な資金や資材、設備、人材など更にはそれを隠すための情報操作などが必要です。だとすれば国家クラスの支援が必要ということなのです」

「ちょ、ちょっと待ってください、ミスタ・コルベール! ハルケギニアの国が支援しているということなのですか!?」

 

ルイズが驚愕に満ちた顔で詰め寄る。

 

「もし本当のことであれば残念ながら。一組織が実態を隠したまま研究し、そのキメラを流していくことは不可能でしょう。それこそハルケギニアの国の協力がなければです。」

「そんな……」

 

ルイズは信じられない様子でつぶやく。

静まり返った空気の中、オスマンがまとめた。

 

「とりあえずながら、まだ組織の存在の確証がない。今の段階で王宮に報告しても取り合っては貰えんじゃろう。わしが信頼できるものに協力を仰ぐ。君たちはもう戻りなさい」

 

オスマンの言葉にルイズ達は部屋を退室した。

 

 

 

「しかし、まさか本当に彼と魔獣騒ぎが関わっていたとはの」

「オールド・オスマン。本当に王宮に報告しなくてもいいのですか?事はハルケギニア全体に及びますぞ」

「無駄じゃよ。危機感のない王宮の連中に言ったたところで信じやせんじゃろうしの。大して進展せんじゃろう。それにモット伯の件から考えても王宮に内通しているものがいないとも限らん。いずれにせよ、すでに後手に回っているこの状況では相手の出方を見るしかあるまい」

「なるほど……わかりました」

 

 

 

退室したあとルイズ達は廊下を歩きつつ話していた。

 

「なんだか想像以上にとんでもない事態になりそうね」

 

キュルケが呟く。興味本位でついて行ったがこれは本当に自分たちでは手に余ることだった。

 

「エルク、あなたはそんな奴らと戦っていたの?」

「ああ、俺の一族もその国家に滅ぼされたんだ。親も友人も全てな。俺だけじゃなく多くの人々が犠牲になった。黒幕を片付けて清算したと思っていたんだが……」

 

エルクの脳裏に過去の戦いが浮かんできた。

 

『これが、最も強く、そして、最も美しい究極のキメラだ!』

 

キメラ研究所を統括していた将軍、ガルアーノは自身までをキメラと化しエルクたちの前に立ちはだかった。最後の最後まで思い上がったその男を確かに倒し、あの悪魔の研究を止めたはずだった。しかし、未だにこの世界にまでその意思が継がれていようとは。

 

「エルク…エルク?」

 

突然様子の変わったエルクに、ルイズが心配そうに声をかける。

 

「どうしたの? 怖い顔してたわよ」

「あ、ああ、すまねえ。何でもないんだ」

(しかし、奴らどうやってここまで来たんだ? 奴らも何かに召喚されたのか)

 

エルクは嫌な予感を感じた。

今更奴らは何をしようとしているのか。支援していると思われる国家は何を目的で協力しているのか。

その不安に答えてくれるものはいなかった。

 

 

 

その夜、ルイズは部屋でデルフの手入れをしているエルクに話しかけた。

 

「ねえ、エルク。あんたの世界でのことを聞かせて」

「ん? どうした突然」

「と、突然じゃないでしょ。そ、その、ご主人様として使い魔の情報を集める必要があるのよ!」

「……まあ、いいけどよ」

 

エルクは自分のことをかいつまんで話した。

自分をハンターとして鍛え、育ててくれた恩人のことや同じようにキメラ研究所の犠牲者になった獣使いの少女、全ての属性の精霊に認められた勇者のこと、そして同じ志をもって集まった戦士たちのこと。さらに巨大な悪の陰謀を砕くために戦ってきたことを。

 

「ハハハッ、こりゃまたおでれーた! そんなとんでもない使い手たちが集まり冒険してきたってかい。まさしく『精霊の導き』ってやつだな!」

「ほんと驚いた……まるでお伽噺の勇者みたいじゃない。そんなことがハルケギニアの外で起こってたというの?」

 

デルフとルイズが半信半疑でエルクの話を聞く。確かにいきなりは信じられないだろう。

そんなルイズにエルクは尋ねた。

 

「なあ、ルイズ。俺がお前らとは全く別の世界からやってきたと言ったら信じられるか?」

「え?」

 

別の世界とはどういう事でだろうか。ルイズはエルクの言いたいことがわからなかった。

 

「なんでもねぇや。変なこと聞いて悪かったな。おやすみ」

「ちょ、ちょっと」

 

ルイズが声をかけるもエルクは寝る体制に入ってしまった。

(なによ! まだ話していないことがあるっこと? いつになったら全部話してくれるのよ……)

 

ルイズはエルクにまだ信頼されていないことを自覚した。まだ、出会ってからそう日にちが経ってはいないのだから当然ではあるのだが、どうしても突き放された気分になった。

(さっきの話が本当だとしたら、どうしてエルクは私のところに喚ばれたの? もしかしたらこれも『精霊の導き』というものなのかな……)

 

そんなことを考えながらルイズは眠りに就いた。


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