炎の使い魔   作:ポポンタン

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次こそは…次こそはフーケ編を…グフッ


第9話

モット伯邸内

 

 

 

モット伯は寝室の豪華なソファーに腰掛け優雅にワインを嗜んでいた。

 

あの娘、なかなかの上玉だな…顔も肉つきも悪くない。最近は良い買い物が続く。

執事からはさすがに囲い込み過ぎではないかと苦言が入ったが……

なぁに、飽きたらまたあいつらの餌にでもすればいいさ。

 

そうモット伯が歪んだ顔で笑う。

その時、コンコンッとドアがノックされる。「入れ」とモット伯が命令すると一人のメイドの少女が入ってくる。魔法学院で働いていたシエスタだ。顔色は青く怯えるように震えている。一応現在もメイド服を着用していたが、そのデザインは胸元が強調され、スカートは極端に短い。雇い主の悪趣味が伺える。

 

「ふむ、遅かったな。まあ屋敷に来たばかりだから仕方なかろう。さあ、こっちに来い」

「……っ」

 

手招きしたモット伯にシエスタが泣くのをこらえて近づく。

その時、一人の衛兵がノックも無しにドアをバンッと開けた。

 

「何事だ!」

「た、大変です! 賊が、賊が侵入しました!」

「なんだと! 例の魔獣はどうしたのだ!」

「ぜ、全滅です! 遠目で見ていた者によると賊は炎の魔法を使っていたと…」

 

炎と聞いてシエスタが反応した。

 

「炎…? まさかエルクさん…?」

 

そう呟いたがすぐに自分で否定した。彼がわざわざ自分を助けに来てくれるはずがない。物語の読みすぎだ。

自分は助けてくれた彼を避けるようになっていたではないか。

シエスタは決闘騒ぎの時、エルクの戦いを見て自分とは途方もない距離を感じていた。剣を振り、炎を操りメイジを圧倒するその姿は、どこかの物語の勇者を連想させた。そんなエルクの傍に自分がいることは不釣合だと感じていたのだった。

 

「くそっ、何が最高の『作品』だ! メイジとは言え賊にあっさりとやられるとは! 役に立たん! こうなれば私自らが」

 

そう激高したモット伯が杖を取り出し寝室から出ようとすると声がかかった。

 

「お楽しみのところ邪魔するぜ」

 

一人の若者が入ってきた。エルクである。部屋を見渡しシエスタを確認した。その格好からこれから何が行われようとしていたか容易に想像できる。心で燃える怒りを抑えながらエルクは部屋に入ってきた。

 

「エルクさん!? どうして…?」

「迎えに来たんだよ。こんなところにいないで学院に戻ろうぜ!」

 

シエスタが驚く。まさか本当に彼が助けに来てくれるなんて思ってもいなかった。

どう答えたらいいか分からない。

我慢していたはずの涙がこぼれる。

 

その様子をモット伯が忌々しく答える。

 

「貴様が賊か? いや、貴様のような平民の青二才があの魔獣を倒せるわけがない! 他に仲間がいるな! 誰に雇われて屋敷に潜入した!?」

「いや、今は別に誰にも雇われちゃいねぇんだが」

「ふざけおって! 私を誰だと思っておる! 水のトライアングルメイジ、『波涛』のモットだ!

 喰らうがいい!」

 

モット伯が杖を振ると部屋中の花瓶が割れ、中の水が生き物のように弧を描きエルクに殺到した。

 

「死ねっ!!」

 

モット伯が叫ぶ。

だがエルクは避ける素振りもなく殺到する水に手のひらを向けた。

 

ボシュゥウウウ!!

 

「な、なんだ!?」

 

モット伯が動揺する。平民らしき男に自慢の水の魔法が直撃し、無様にのたうち回る姿を想像していた。だが男が魔法に触れた途端、爆発的な蒸気が発生したのである。

(な、何が起こったのだ!? ま、前が見えん! 奴はどこだ!?)

 

数秒後、ようやく蒸気が消えると男の姿が見えなかった。

あたりを見渡そうとすると

 

「動くな!」

 

後ろから声がした。エルクがモット伯の後頭部にデルフリンガーを突きつける。

 

「とりあえず杖を捨てて、俺達の質問に答えな」

「くっ!貴様! この私にこんなマネをしてただで済むと…」

 

その時、凛とした少女の声が響いた。

 

「済まさせてもらうわ!」

 

声の方に顔を向けると、いつの間にか三人のメイジの少女達がいた。

 

「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!ヴァリエール公爵家の者よ!」

「ワタクシはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー、ゲルマニア帝国のツェルプストー家の者です。お見知りおきを、モット伯。それでもってこちらはガリア王国のメイジ、タバサですわ」

「……」

 

モット伯は混乱した。

(ヴァリエール家だと? しかもゲルマニアやガリアの貴族まで!? なんなのだこの状況は)

 

「モット伯、貴殿の屋敷に無断で踏み込んだ無礼はお詫び申し上げます。しかし、外に居たあの先住魔法を使う魔獣はなんなのですか! 事によっては王宮に報告する必要があります!」

「くっ!」

 

ルイズの問いにモット伯は詰まった。相手方だの平民や格下の貴族であれば口封じもできたであろうが、まさかあの名高いヴァリエール公爵と事を構えるような事態は避けねばならなかった。

 

「同じく私も魔獣を確認しましたわ~。しかもさっきの言動によると明らかにミスタが飼っていたものですわよね?」

「うう……」

 

モット伯はさらに追い詰められた。この上ゲルマニアとガリアの貴族とまで対立したとなってはいよいよ御終いだ。

 

「さあ、答えな! さっき作品て言ってたな。あの魔獣…『キメラ』をどこから手に入れた!」

 

(作品、キメラ……どういうこと?)

ルイズ達は疑問に思った。『キメラ』とはハルケギニアでは同一の個体に複数の生物の特徴が混ぜた生物のことを指している。先ほどの魔獣がそうだというのか。しかし、人為的に作られたものでまともに成功した例はないはずである。

過去にある貴族が自身で作られたキメラによって殺された事件以来、禁忌とされていたはずだが、あの魔獣は明らかに完成度が高かった。

 

「!? ま、まて、確かにあの魔獣の所持は認める!私はただ『奴等』が売り込んできたのを買っただけなのだ!」

「奴等?」

「う、うむ。トリスタニアのヤミ市場で私に売り込んできたのだ。従順かつ強力な作品であると。なんでも奴らが何かしらの秘術で作り出したらしいのだが…」

「…そんな得体の知れない奴らから疑いもせずに買ったのですか?」

「全く、ゲルマニアの貴族だってもう少しものを考えて買い物するわ」

「……衝動買いは危ない」

 

ルイズ達は呆れた。

好事家が趣味で魔獣を集めるのは珍しいことではない。国の軍隊でも数多くの幻獣を使役しているくらいである。だが、正体不明の危険な魔獣を個人で所持しようなどとは…

 

「き、気の迷いだったのだ! 私はまだあれらで何もしていないし企んでもいない! 始祖ブリミルに誓って本当だ」

「…売ってきた奴についての心当たりは?」

「ない……商品の受け渡し以外では連絡しあうことは一切なかった」

 

エルクは青ざめた表情で唸る。

(まさか未だに奴らが。この世界であの悪魔の研究が続けられてんのか!?)

 

 

「知らないならもういい! 俺達のもともとの目的はそんなことを暴くためじゃない。そこのシエスタをお前のところから連れて帰るためだ」

「モット伯。今晩のことは私たちも口外しません。そのかわり彼女をここから連れ帰れさせてもらいます。よろしいですね?」

 

ルイズの問いにモット伯は即座に頷いた。冷静に考えると、あんな魔獣を所有しているということだけで昨今の治安状況から考えていらぬ疑いをかけられるだろう。その口止めがメイド一人であれば安いものだった。

 

 

 

 

 

帰り道、ルイズが苦い表情で呟いた。

 

「本当にあれで良かったのかしら…?」

「…まあ、何も知らなかったみたいだしな。あのおっさんもこの国のお偉いさんなんだろ?追い詰めすぎて本当にことが大きくなっても面倒なだけだしな」

「でも……」

「それに俺たちの目的だったシエスタの救出は達成できたしな。今回はそれで良しとしようぜ」

 

モット伯とのあの交換条件は屋敷に侵入した時に途中で決めたことだった。モット伯も一応この国の上級貴族である。下手に追い詰めてモット伯に開き直られ問題が大きくなれば、いくらルイズ達でも責任は免れないだろう。ならば今晩のことを互いに忘れることを条件に目的であるシエスタを要求すればいい。このことをキュルケとタバサが提案した。

ルイズとエルク複雑な顔をしていたが最終的には納得し、交渉を持ちかけることにしたのだった。

 

「……質問したいことがある」

 

今まで黙っていたタバサが声をかけてきた。

 

「あなたはあの魔獣のことを知っていた。それにキメラとは?」

「そうそう、忘れるところだったわ。作られたとか言ってたわね。あんな魔獣どこの機関が作ったてのよ」

 

エルクは押し黙った。心当たりはあった。だがまだ確証はない上に何より信じたくなかった。

多くの犠牲、悲劇を乗り越えようやく叩き潰せたあの機関。『キメラ研究所』が残っていることを。

 

「エルク!心当たりがあるならどんな小さいことでもいいから教えて!あなただけの問題じゃないのよ!」

「まってルイズ」

「キュルケ…?」

「私たちだけじゃ手に負えない問題よ。オールド・オスマンを交えた話したほうがいいんじゃないかしら」

 

ルイズは渋々ながらも納得した。確かに真実を聞けたとしてもどうすることもできないだろう。

日を改めてオールド・オスマンに報告することにしたのだった。

 

 

 

 

 

学院に帰ってきて以降、エルクは厨房の使用人から大歓迎を受けた。

料理長マルトーを筆頭に決闘以来、態度を裏返したことの謝罪を受けた。

マルトーが涙ながらに言った。

 

「シエスタを連れ戻してきてくれてありがとうよ! すまねぇ! 怖がったりしてよう。俺達はもともと魔法を使う貴族どもを恐れていた。だが、お前さんはさらに強大な力でその貴族を恐れさせた。俺達はお前さんの力を恐れるばっかりであんたを見てなかったよ。いいやつだよ! ありがとう! 『我らが炎』よ!」

「あ、ああ。どうも…」

 

エルクは熱烈な一同の歓迎ぶりに戸惑っていた。

正直ここまで手放しに歓迎を受けるとは思っていなかった。

 

「さあ、お前さんのために作った料理だ。遠慮なく食ってくれ!」

 

そこにはとてもエルクだけでは食べられない量の料理が並べられていた。

 

「ど、どうも」

「あ、あのエルクさん」

 

そこに満面の笑みを浮かべたシエスタが傍に来ていた。

 

「そ、その……これからも厨房に来てくださいね!いつだって歓迎します!」

 

シエスタは顔を赤らめていった。その様子を周りがニヤニヤと見ている。

 

「…ああ、また寄らしてもらうぜ」

 

かくしてエルクは改めて厨房の人間に受け入れられたのだった。




展開粗くて申し訳ないです。

この話はシエスタ達と距離を戻すのに入れたかったので~

もっともっと頑張ります;

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