咲-Saki- 天元の雀士   作:古葉鍵

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1話毎の文章量は結構まちまちです。


東場 第一局 四本場

「あそこが部室か……」

 

放課後になり、緊急の用件が入ったりもしなかった俺は、帰り支度を整えるとクラスメートに別れの挨拶をして教室を後にした。

もちろん、竹井先輩との約束どおり麻雀部の部室に向かうためだ。

遠目に旧校舎の外観を確認すると、3階立ての建物の屋上に一軒家のようなものが建っている。

後付け感が酷いというか、外観の調和を著しく損ねている。

竹井先輩の言葉が正しければ、あの一軒家が麻雀部の部室だ。

旧校舎の入り口をくぐり、階段を登る。そして屋上まで辿りついた俺を両開きの大きな扉が出迎えた。

旧校舎外観における部室の違和感も酷いものだが、この立派な木製の扉もなかなかの存在感を主張している。

一般的な学校施設では恐らく校長室や理事長室の扉くらいでしかお目にかかれないレベルのものだ。

第一印象は大事だ。俺は自分の服装に乱れがないか確認すると、軽く深呼吸して扉をノックした。

 

「はい、開いてますよ。どうぞ」

 

招かれたとはいえ、部員の誰もいない部室に無断で入り込むわけにもいかないため、放課後になってから少し時間を置いてから教室を出た。

部員が少ないだけに誰もまだ来てなかったらどうしよう、と懸念していたが、幸いにして部員の誰かがすでに部室に来ているようだ。

扉の向こうから女生徒の声で返答があった。はて、どこかで聞き覚えがある気がする。

まぁ扉を開けばわかることだと思い、「失礼します」と一言断って扉を開けた。

部室内の様子が視界に飛び込んでくる。

正面に麻雀自動卓があり、髪の長い女生徒が奥側の席に座って牌の手入れをしているようだ。先ほどの声の主はこの子か。

彼女は椅子から立ち上がるとこちらへ歩いてくる。

 

「すみません、部長からお客様が来るとの連絡はいただいてたんですが、私も来たばかりで何の用意も出来てなくて…… とりあえずお茶でも入れますね」

 

スカーフの色で同じ1年生だとわかった。

頭の両脇に大きめのリボン形ヘアゴムで髪を結び、ツインテールが特徴的な女の子だ。

うお、胸が超大きい。制服の上からでも一目でわかるくらいの巨乳だ。

いかんいかん、胸に視線をやるな、下心ありと取られるぞ。第一印象でそれはまずい。

彼女の胸を凝視しようとしている本能を理性で制御して、彼女の顔に視線をやる。

 

「お……おっぱいちゃん?」

「えっ……!?」

 

見間違いようもない。去年の文化祭で出会った彼女、おっぱいちゃんだ。

え、まじ、何コレ。何のドッキリこれ? 何でこの子こんなとこにいるん。

いや、制服着てるし部室にいるんだから清澄高校の生徒で麻雀部員なんだろうけど、いくらなんでもありえなくね?

そりゃ確かに俺は神の子だから願えば叶うとかアホなことを考えていたのは事実だが、何この俺にとっての超ご都合展開。

まじ信じられん。どんだけ低い可能性だよ。偶然ってレベルじゃねーぞ。まさに奇跡的な再会だ。やばい超嬉しい。顔がにやける。

しかしあまりの嬉しさに顔が崩れていく俺とは正反対に、おっぱいちゃんは俺の台詞の内容が意味することを理解したのか、眦が釣り上がっていく。

そのとき俺は自分の失敗に気付いた。

まずい、よく考えたら俺は女装してたし、男だと最後までばれた様子はなかった。

つまり、俺にとっては奇跡的、運命的な再会でも、彼女にとっては出会って5秒でセクハラかました史上最低男にランクインされてるぞこれ。

やばいやばいまじやばい、すぐに弁解しないと大変なことになる!

 

「あのさ、実は……」

「最低!」

 

パンッ!

弁解しようと言いかけた瞬間、つかつかっと足早に距離と詰めてきたおっぱいちゃんに平手打ちされた。

平常心なら反射的に避けただろうけど、焦ってたので普通にもらってしまった。ナイスビンタ。

ごめんなさい、おっぱいちゃんと呼ぶのはもう止めます。代わりに天使みたいに可愛い子だからだから天使ちゃんと呼ぼう。

名前聞けば? って話かもしれないけど、さすがにこの剣幕の彼女には聞きづらい。

まずは落ち着かせてからだな。

 

「なんですか貴方は! いきなり人のこと……を……」

 

憤怒の容貌で怒りをまくし立てようとしていた天使ちゃんの様子が急変する。

何かに疑問を抱いているようなわからない顔で、俺の顔をまじまじと見つめてくる。

これは彼女も気付いたか?

 

「あの……さっき私のこと、何と呼ばれましたか?」

「言ってもビンタしない?」

「茶化さないでください、ちゃんと答えて!」

 

焦ったような、怒ったような剣幕で聞いてくる天使ちゃん。

茶化すだなどと心外な、俺はどんなときでも冷静沈着、慎重に事を運ぶ男なのだ。

だってビンタ痛かったんだもん。

 

「おっぱいちゃん」

「も……もう一度お願いします」

 

何この信じられないことを聞いたって顔。

いや確かにある意味初対面でセクハラかますとか前代未聞なことやらかしたけど。

 

「おっぱいちゃん」

「…………」

 

黙りこくっちゃったよ。やばい、沈黙が怖い。

怒りを溜めているように見えなくはないし。爆発する前に逃げた方がいいかなこれ。うん、逃げよう。

俺はどんなときでも(以下略)

と、一瞬考えてしまったんだが、この流れで逃げたら本当に最低男だよね俺。もちろんそんなことはしないさ。

俺からあれこれ話しかけるより、天使ちゃんのペースで話を持っていった方がいいだろうと考えた俺はそのまま彼女が口を開くのを待つ。

ほどなくして彼女は口を開いた。

 

「私と……以前に会ったことがありますか?」

「あるよ。去年の秋、俺の中学の文化祭で会ったよね、君と。そのときの俺、女装してたから今の姿を見てもわからないかもしれないけど」

 

どのみち再会したときには女装の件を話そうと思っていたのだ。俺はあっさり肯定した。

 

「ほ……ほん、とう……に?」

「うん。不良に絡まれてた君を助けて、その後一緒に文化祭回ったでしょ? 俺の勝ち逃げだったあのときの麻雀の続き、する?」

「うそ……嘘……あの人は……とても素敵な女の子で……」

「嘘じゃない。女装にはちゃんとした事情があったけど、結果として騙していたことは弁解のしようがない。本当にすまない。言い訳を許してもらえるなら、あのとき、不良共に酷い目に遭わされかけた君をフォローするには、同じ男じゃだめだと思ったんだ。自分で言うのも何だけど、女装がばれない自信はあったし、このまま女生徒として君に接するのが正解だろうと。そう、思ったんだ」

「…………」

 

俺の弁解を聞いて、天使ちゃんは俯いて再び黙り込む。

一つの隠し事が、喜ぶべき再会に大きく翳を落としてしまったことを俺は自覚した。

彼女の内面、その葛藤は想像できる。

俺の自意識過剰でなければ、彼女は俺に好印象を抱いてくれてたと思う。

なのに、信じていた相手は性別を偽り、自分を最後まで騙していたのだ。

彼女にとっては再会を素直に喜べないどころか、抱いていた好意が反転して憎悪や軽蔑に変わってしまう可能性も高い。

だが、俺は彼女に対してこれ以上、弁解も言い訳も重ねるつもりはない。

もし嫌われたとしてもそれは自業自得で、おまけにビンタの一つや二つ貰ったところで、そうすることもまた彼女の当然の権利だと思うからだ。

 

「……貴方に……また会ってお話したいって……あの日、別れた後からずっと思ってました……それが叶うことは多分ないとも……諦めてました…… だけど……それでも会いたいって思わない日はなかった…… どうしても会いたくなって……今年の3月に春休みを利用してあの中学校まで行きました。もう卒業して会えるとは正直期待してなかったけれど、偶然にも会えたらもう一度お礼を言って、あのとき聞きそびれた名前を教えてもらうつもりで…… でも、やっぱり会えなかった。思い余ってあの中学校の事務室で訊ねました。あのとき頂いたミスコンのポロライド写真まで見せて。見覚えのない生徒だし、個人情報だからどのみち教えられないって断られましたけど……当然ですよね。その後は、もう二度と会うことはできない、縁がなかったんだって、自分に言い聞かせてました……」

「…………」

 

天使ちゃんは俯いたまま、一言一言、噛み締めるような口調で語る。

その言葉に彼女の想いの深さを思い知らされる。

たった一日の交流で、これほどまでに好意を得ていたとは正直考えてなかった。

とても繊細で、思い込みが強そうな女の子だとは思っていたが……

 

「私……わかりません……貴方と再会したことを喜べばいいのか……貴方に騙されていたことを怒ればいいのか……ただわかるのは……少なくともこんな再会の仕方は……望んでなかった!」

「…………」

 

天使ちゃんはがばっと顔を上げて俺を見つめると、強い口調で否定の言葉を口にする。

そんな彼女の瞳が潤んだかと思うと、涙がツッ……と頬を伝い落ちた。ぽたり、ぽたりと、涙がこぼれてゆく。

彼女の内心は混乱し、ぐちゃぐちゃになっているんだろう。

その気持ちを落ち着かせない限りは何を言っても逆効果になりかねない。

元凶の俺が言葉を尽くすよりは、卑怯だと思われても余計なことをせず、彼女を一人にした方がいいかもしれない。

一旦引いて、出直すべきか。

約束を破ることになるが、事情を話せば竹井先輩も理解してくれるだろう。

 

「すまない。君がそこまで俺を……いや、何も言う資格はないな、俺には。卑怯な言い分と思うかもしれないけど、君がこの再会を望まないと言うなら、俺は消えるよ。お互い今日のことを忘れて、ずっと他人の振りをしてもいい。学校も学年も同じだから、完全には難しいかもしれないけど。ただ……君が男の俺を、この再会を受け入れられる余地があるのなら、俺は全身全霊で偽っていたことを償うつもりだ」

「…………」

「ごめん、余計混乱させたかもしれないね。とりあえず、今は俺はいなくなった方がいいと思う。一人の方が落ち着けると思うから。その後で、俺のことを許せるかどうか、ゆっくりでいいから考えて欲しい。君が答を出すまでいつまででも待つから」

 

そう告げて、俺は天使ちゃんに背中を向けた。

 




女装モノって正体バレせず話を重ねた方が面白いしバレたときのカタルシスも大きいんですが、本作品の趣旨はそこではないのであっさり暴露してます。いずれまた女装して活躍する場は出てきますが。
主人公と実際に言葉を交わした時間は短くとも、会えなかった半年の時間が思い込みの激しいのどかの好感度を熟成させています。
昔の想い出は美化されやすいって法則。
しかし幻想が裏切られ、それが反転したとき…… 次話をどうぞ。

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