咲-Saki- 天元の雀士   作:古葉鍵

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東場 第一局 十六本場

「なっ……!?」

 

ガタッ!

 

勝利を確信した直後の急転直下に、勢いよく立ち上がった宮永さんは絶句し、わなわなと全身を震わせながら俺が晒した手牌を見つめている。

 

「あ……ありえません……よ、よりによってチャンカンと役満を同時に和がるなんて……」

 

のどかは目の前で起きた事に現実味を疑っているのか、呆然とした表情で宮永さん同様俺の手牌を注視する。

 

「何言ってるのよ、のどかは自分でさっき言ったこともう忘れたの? 白兎君のやることにいちいち驚いてたら身が持たないわよ~」

 

竹井先輩は可笑しそうに言って、のどかの反応を茶化す。

 

「白兎の非常識っぷりには慣れたつもりだったけど、流石に今回のはとびっきりだじぇ」

「何この酷い白兎無双」

「か弱い女の子に大人げない仕打ちじゃのー」

 

あれ、もしかして責められてる俺?

「白兎様かっこいい! 抱いて!」とかそういう感想はないの!

……やべ、返しの発想が京太郎っぽいな。ネタ自重。

 

「いやまぁ、宮永さんが強かったから手加減できなかったってことで……宮永さん?」

「……っ!」

 

ガタッ! タタタ…… ガチャバタンッ!

 

「……あれ?」

 

ぽかーん。

宮永さんが突然、席から離れたかと思うと走って部室から出ていってしまった。

しかもなんか泣いてたし、もしかしなくてもやりすぎた……?

 

「あらら…… 宮永さん鞄忘れてったみたいね」

「いや部長、そういう問題じゃ……」

 

さすが竹井先輩、冷静な分析だが、空気を見事に読んでない。

この人のことだから多分わかってて言ってるんだろうけど。

全力で宮永さんを負かした場合、少なからずショックは受けるだろうなとは予想していたが、ここまで劇的な行動を取るとは思わなかった。

大人しそうな子だし、負けて落ち込んでいるところを優しく慰めてあげて好感度アップ、なんてことは考えていたが……

 

「咲ちゃん泣いてた気がするじょ……」

「白兎お前……鬼畜だな」

「さすが女泣かせに定評のある鬼畜じゃね」

 

ねえ、俺もそろそろ泣いていいかな! 言葉のナイフがグサグサ痛いわ!

 

「宮永さん……大丈夫でしょうか」

 

宮永さんの出て行った余韻を視線でなぞるように、部室の扉へと顔を向けるのどか。

同情の色を帯びたのどかのオーラを見て、俺が部室に来たときに彼女が取り乱していた理由がなんとなくわかった気がした。

俺の想像が正しければ、宮永さんがのどかにしたことを、俺が宮永さんにしてしまったということだろう。

それを因果応報……と言うには、あまりに酷。

誰にも悪意などはなく、強いて責められるべき人間がいるとしたら、それは思慮の足りなかった俺かもしれない。

 

「ま、どうにかなるでしょ。ほら白兎君、この鞄持って追いかけなさい」

 

竹井先輩が宮永さんの忘れ物である学生鞄を手に取り、俺へと差し出してくる。

単に忘れ物の配達をさせたいわけではないだろう。

俺は学生鞄を受け取りつつも、念の為竹井先輩の意図を確認する。

 

「元凶に任せていいんですか? 悪化するかもしれませんよ?」

「大丈夫、白兎君ならきっと上手くやれる。私の勘は当たるのよ?」

 

著しく主観的な根拠で俺への信頼を口にした竹井先輩は、「ほら早く」と部室の扉へと俺の背中を押す。

 

「私も一緒にいきます」

「だめよ。ここは白兎君一人に任せておきなさい」

 

のどかが何かを決意した強い眼差しで俺を見据え、同行を申し出るものの、竹井先輩ににべもなく却下されてしまう。

 

「なぜですか!? 私なら宮永さんの気持ちをわかってあげられます!」

 

激しく反駁するのどかの肩にぽん、と手を置いた竹井先輩が優しい口調で諭す。

 

「今の宮永さんに必要なのは同情じゃないの。聡明な貴女のことだから、少し考えればわかるはずよ」

「どういう意味ですか」

「こう考えて。もし2回目の東風戦の後に白兎君が現れず、そのまま出て行った貴女を宮永さんが慰めに現れてたら、果たしてのどかは素直に受け入れられたかしら?」

「それは……でもそれなら、白兎さんでも……」

「そうね。勝者と敗者という意味で言えば変わりはない。だから同情で慰めるつもりなら白兎君も行かせたりはしない。だけど白兎君なら……上から目線の同情じゃなく、麻雀を続けるための希望を宮永さんに与えることができると思うのよ」

「希望……ですか」

「元々宮永さんは麻雀を快く思ってなかった。その原因はわからないけど、麻雀を楽しもうとか、そういうごく当たり前の動機を持ってなかったように見えた。だけど、本音では麻雀を好きになりたい、楽しみたいって希望を持っていることが今日の彼女の様子を見ててわかった。最終的には負けたけど、今日の対局で麻雀が楽しいって少しは思ってくれたはず。その気持ちを、白兎君なら上手に気付かせてあげられると思うの。だからよ」

「…………」

 

きっと内心で様々な葛藤があるのだろう。俯くのどかの表情には、悔しさ、悲しさ、共感、同情……様々な感情が浮かんでは消える。

天理浄眼でものどかのオーラの感情色が複雑に明滅するのが視えている。

無差別に他人の感情を視てしまう……こういうときは無粋な能力かもしれないな、なんて、柄にもない感傷を抱いた。

 

「それじゃ行ってきます。のどか、すまないがまた後でな」

「はい……白兎さんなら宮永さんを任せられるって、私も信じます」

「大げさだな。ま、期待を裏切らないよう上手に口説いてくるよ」

 

のどかの頭にぽん、と手をのせて俺はそう請け負うと、宮永さんを追って部室を後にした。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

幸い、宮永さんはすぐに見つけることができた。

旧校舎の斜面になっている敷地の階段を下りた先、旧校舎をぐるっと囲んでいる道路と並行して流れる小川を挟んだ向こう側。

橋を渡ったすぐ先にある遊歩道に併置してある街路灯の下のベンチに項垂れた様子で腰をかけている。

俺は遠くから声をかけることはせず、ベンチのすぐ側まで徐々に歩速を緩めながら近づいた。

今更逃げる様子はないが、勢いよく走り寄って不要な刺激を与えることはないから。

 

「隣、いいかな?」

「…………」

 

いらえはないが、拒否する様子はなく、オーラの色も後悔や自己嫌悪、落胆等ネガティブな感情が見えるものの、俺を嫌っている感情はない。

宮永さんの態度を了承と受け取った俺は、彼女とやや距離を置いて隣に腰をかけた。

さて、どう切り出すか……

「君はよくやったよ」「次は勝てるさ」「元気出して」「傷つけてすまない」……

そんな陳腐な言葉や同情ならいくらでも思いつくが、竹井先輩の言っていたように今の宮永さんに必要なのは生憎そんな台詞じゃない。

まあ、宮永さんも落ち着く時間が欲しいだろうし、もう少しのんびり待ちつつ考えよう。

初夏とはいえ、日没を過ぎて気温が下がってきたためか、夜の冷気を孕んだそよ風が俺と宮永さんの間を吹き抜ける。

鍛えている俺は平気だが、それほど体が丈夫そうには見えない華奢な宮永さんが長時間この環境に晒されていては風邪を引くかもしれない。

俺は立ち上がって制服の上着を脱ぐと、無言で宮永さんの背後から脱いだ制服を肩に被せる。

 

「あ……」

 

宮永さんが小さく声を漏らしたのを意識しながら、俺は再びベンチに腰を下ろす。

こういうシチュエーションではありがちというか、気障ともいえる行為だったかもしれないが、だからといって俺にその行動を取らないという選択肢はなかった。

 

「ありがとう……優しいね、発中君……原村さんが好きになるのもわかるな……」

「はは……そう言われると照れるね。でも、俺が本当に優しい男だったら宮永さんはここでこうしていなかっただろうしさ。罪滅ぼしってわけじゃないけど、これくらいは当然のことだよ」

 

俺がベンチに座ってから初めての会話。

少々気恥ずかしかったが、俺の行為が宮永さんにとって口を開く良いきっかけになったのだろう。

 

「私の話……聞いてもらってもいいですか?」

「勿論。ぜひ聞かせて欲しい」

「あ、ありがとう……」

 

お互い顔を見ながらの会話では俺はともかく宮永さんが恥ずかしいかもしれないと、視線を正面の小川に向けたまま相槌を打つ。

 

「……私にとって麻雀は、ずっと家族でするものでした。そしていつも、嫌な思い出と一緒でした。勝っても負けても、怒られるだけの儀式。それが私にとっての麻雀だったんです。でも、今日は違った。家族の人以外と麻雀を打ってると、なんだか嬉しい気持ちになったんです」

「…………」

 

俺は無言で頷き、続きを促す。

 

「京ちゃん……あ、須賀君とは中学生のときから知り合いで……付き合いも長いから今はもうお互い名前で呼んでるんですけど……が、私の麻雀を見て「咲にもとりえがあったんだな」って褒めてくれて……嬉しかった。私、勉強も運動も得意じゃないから、他人に褒められることがあんまりなくて。ダメな子なんです、私」

「…………」

「でも、麻雀ならみんなから褒めてもらえる。ううん、褒められなくてもいい、原村さんやみんなと打てただけで楽しかった。麻雀がこんなに嬉しくて楽しいものだってことを知る事ができたんです」

「…………」

「そして……勝つ為の麻雀を打つことで、少しだけ自分に自信を持てた私だったから、発中君に負けたときは悔しかった。悲しかった。私のとりえを、居場所を否定されたようで正直ショックでした……も、もちろん発中君は何も悪くないってわかってます。ただ私が勝手に思い込んで、傷ついて、逃げ出しただけですから」

「…………」

「だから、決して発中君のせいじゃないんですけれど……私、わからなくなっちゃいました。麻雀は、楽しいです。でも、楽しければ楽しいほど、負けたときの悔しい思いや悲しい思いも大きくなる。それでまた麻雀を嫌いになるかもしれないって、不安に思うんです……」

「……なるほど」

 

まるで神前の懺悔のような、彼女の真摯な告白を無言で聞いていた俺は、話に一区切りがついたと判断し声に出して頷いた。

俺は彼女をどう説得しようか考えを巡らせ、数秒ほど黙り込む。

僅かな間とはいえ、返って来る言葉がないことに不安を覚えたのか、宮永さんが俺の方へと顔を向けるのが気配でわかった。

それと同時に考えを纏めた俺は口を開く。

 

「君の事情はわかった。その悩みに俺は無関係だと厚顔を決め込むつもりはない。だから敢えて言わせてもらうけど……麻雀部に入って欲しい」

「えっ……?」

「麻雀部は……いや、俺が(・・)君を欲しい」

「なっ、ななななにを言ってるんですかっ!?」

 

真剣な表情で宮永さんの顔を見つめ、まるで愛の告白のような台詞を言い放った直後、宮永さんは一瞬で顔を真っ赤に染めると、ベンチに座った状態で俺からずさっ! と半歩ほど距離を取る。

勿論好意の告白ってわけじゃないけど、そうあからさまに引かれたりすると悲しいものがあるな。

まぁ出会って半日も経ってない男に、人気がなく暗いこんな場所でそんなことを言われたら、好きだの嫌いだの以前に身の危険を覚えるというか、警戒するのも当然なんだが。

 

「ああいや、誤解しないで。君が欲しいって言ったのは、それだけ俺が君を評価してるってことだよ。麻雀部にぜひ入って欲しい逸材だってね」

 

宮永さんの警戒を解くため、俺は少し声のトーンを落とし、宥めるように話しかける。

 

「私が……ですか?」

「うん。最後の東風戦の結果はああだったけど、対局の内容は素晴らしかったよ。こういうのも何だけど、俺が相手じゃなかったら勝ってたと思う。俺が部室に来たときのどかの様子がおかしかったけど、それってのどかに勝ったからだよね?」

「あ……はい。2回目の東風戦では私がトップでした」

「やっぱりね。のどかもプライド高いからなー……」

 

実際の勝負を見てないので想像でしかないんだが、宮永さんがギフト全開で嶺上開花連発とかしたら、のどかを刺激するってか「そんなオカルトありえません」とか「私には偶然はいらない」とか言うだろうな。

その上で宮永さんに負けたりなんかしたらのどか的には物凄く悔しいだろう。

だからって俺に敵討ちを期待したってことはなかろうが、宮永さんを破ったのも結局はオカルト(俺のギフト)なんだよな……

麻雀に関しては頑固な面を見せるものの、普段はまともな打ち方をしている俺の言う事には基本従順なのどかだが、今日の俺の麻雀をどう評価するやら、後で何を言われるかと思うと少々空恐ろしい気もするな。

 

「原村さんのこと、よくご存知なんですね。……やっぱり好きなんですか?」

「それは……本人に言う前に別の誰かに言うつもりはないよ」

 

色恋のことは年頃の女性らしく興味が強いのか、やや強引に話をそちらの方向に持っていく宮永さん。

まぁ他の話題に興味が向くだけリラックスしてきたってことかもしれないが。

 

「あはは……それもそうですよね。変なこと聞いてごめんなさい」

「構わないよ。俺とのどかの関係が周囲にそう見られてるってことは、十分弁えているしね」

 

俺が苦笑しながらそう答えると、宮永さんは感心したかのように言う。

 

「発中君って、まるで同い年の男の子とは思えないくらい落ち着いてるっていうか、大人びてる気がします」

「はは、ありがと。ま、単に表面を取り繕ってるだけだから、それは過大評価だよ」

「謙遜の仕方もなんだか大人の人みたい」

 

ふふ、と可笑しそうに小さく笑う宮永さんの笑顔は、街路灯の明かりを頼りに小川の見えるベンチで二人きりで語り合っているというロマンチックなシチュエーションもあってか、とても素敵な表情に見えた。

 

「宮永さん。あんまり難しく考えなくていいと思うよ。そりゃ勝ち負けは常に付いて回るし、強くなるためには悔しさを忘れないことも大事だけどね。麻雀を打てて楽しい。そう思えるなら、それが真実さ。だから麻雀部においで。きっと毎日が楽しくなるよ」

「発中君……」

「それに、清澄高校麻雀部が全国へ行く為には君の力がどうしても必要なんだ。勿論、ただ麻雀が強いからとか、人数が足りないからってだけじゃない。皆と一緒に麻雀を打って、楽しいって言ってくれる宮永さんだから誘うんだ。……このとおり、頼む」

 

俺はおもむろにベンチから立ち上がって彼女の正面に立つと、できるだけ真摯に頭を下げる。

 

「えっ……あ、あの、頭を上げてください。お気持ちはわかりましたから……」

 

慌てた様子でわたわたと手を振る宮永さん。

俺は頭を上げて再びベンチに腰掛ける。

 

「返事は今すぐじゃなくていいから、考えておいて欲しい。ただ、大会の申し込み締め切りが近いから、それほど長くは待てないのが心苦しいけど……」

「は、はい。わかりました。明日か明後日までには結論を出しますね」

「うん、よろしくね、宮永さん」

 

「はい」と再び短く頷く宮永さんに、そういえばとふと思いついたことを聞いてみることにした。

 

「ところでさ、対局中にちらっと言ってたけど、宮永さんってお姉さんがいたりする?」

「あ、はい。二つ上で、別の高校に通ってます」

 

どうして突然そんなことを聞くんだろうって顔をする宮永さん。

いきなり話題が明後日に飛んだから無理もないが。

 

「ふむ。それでさ、そのお姉さんの名前って「照」って名前だったりしない?」

「え……っ、お姉ちゃんのこと、知ってるんですか!?」

 

宮永さんがベンチの上の二人の距離を一瞬でゼロにして俺へと詰め寄ったかと思うと、ほとんど密着するように身を乗り出し、俺へと顔を近づける。

物凄い食い付きだった。

この態勢、街路灯の下とはいえ、辺りは暗いし遠目で見られたらまるでキスしてるように見えるかもしれない、なんて頭の片隅で考える。

 

「宮永さん顔近い近い!」

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 

宮永さんの顔の毛穴まで見えそうな至近距離に、俺が珍しく慌てて声をかけると、宮永さんはやっと状況に気付いたようでがばっと身を離す。

思わずとはいえ、大胆な行動を取ってしまったのが恥ずかしかったのだろう、「あにゃー……」とか萌えキャラっぽい声で呻きながら赤面し、頭から湯気を立てている。

 

「ま、まあ。で、宮永さんのお姉さんと俺の知ってる人が同一人物だとすると、実に奇妙な縁というか、世間は狭いって感じだね」

「そそそうですね。まさか、お姉ちゃんと発中君が知り合いだったなんてちょっと信じられません」

「あのさ、念の為確認するけど、名前は照らすって字の照で、通ってる高校は東京の白糸台高校。間違いない?」

「はい、間違いないです」

「そかー……」

 

てことはマジで姉妹なわけだ。

俺の妹の雀姫も稀少なギフトホルダーだから、ギフトの血縁遺伝ってありそうだな、とか考えていたわけだが、また一つその説を立証する事実を知ることができた。

まぁだからなんだって話だけどさ。

 

「あの、発中君とお姉ちゃんの関係……差し支えなければ教えてもらえませんか?」

「絶賛遠距離恋愛中の恋人同士」

「え……えええっっ!!?」

「ごめん嘘」

「ちょっ……!」

 

いやー、宮永さんの百面相を見てると微笑ましくて楽しいな。

なんつーか、からかい甲斐があるというか、ムラムラと虐めたくなるというか……はっ。

やばい今俺何を考えた?

 

「ごめんごめん。本当の関係は単なる知人だよ。というか、1回会っただけの人だしね。ほんの顔見知りって程度かな」

「あうう……すごくびっくりしました。でも、顔見知りってことはそんなに詳しいことは知らないんですね」

「うん。会ったときもそれほど言葉も交わしてないしね。東風1回打っただけだから、前後にちらっと喋った以外はろくな会話もなかったよ」

「えっ……麻雀、打ったんですか?」

 

宮永さんが興味深そうに訊ねてくる。

元々俺が照さんとの関連に興味を持ったのは同じ姓を持つギフトホルダー同士って事実があったからだが、姉妹ならお互いの力量に興味があるだろう。

 

「うん、照さんかなり強かったよ。さすがインハイ優勝者だけはあった」

「えっ、お姉ちゃんがインターハイ優勝者……?」

 

あれ、身内なのにそんな大事なこと知らない(知らされてない)のか?

意外そうな顔をする宮永さんに俺は知ってることを端的に伝える。

 

「うん。しかも、去年夏のみならず、今年春の選抜大会も連覇してるね」

「なるほど、そうなんですか……」

 

俺の短い説明を聞くなり、真剣な表情で考え込む宮永さん。

オーラの色は……焦燥? 期待? ちと色々混じっててよくわからんな。

初めて聞くみたいだったし、宮永家は案外複雑な家庭環境だったりするのかね。

 

「あっ、あの!」

 

しばらく物思いに没頭していた宮永さんが、突然俺へと勢いよく顔を向ける。

その表情からはどこか切羽詰ったような余裕のない印象を受ける。

 

「うん、何?」

「お姉ちゃんと対局したってことは、どちらかが勝ったってことですよね!」

「そうなるね」

 

台詞からして俺と照さん以外の対局者が勝ったとはナチュラルに想定してなさそうだなこれは。

いや間違えてはいないけどさ。

 

「ど……どっちが勝ちました?」

「俺が勝ったけど」

「えっ……? あの、ごめんなさい、もう一度……」

 

こともなげに俺が答えると、宮永さんは言われたことが解らないって感じの微妙な表情で聞き返してくる。

 

「俺が照さんとの対局の勝者だよ」

「…………」

 

俺が言い方を変えて同じ事を繰り返すと、宮永さんの顔からは表情が抜け落ちて沈黙した。

尊敬する姉が敗北した、ということを知ってショックを受けたのだろうか。

 

「……お姉ちゃんは私よりずっと麻雀が強かったんです……だから、誰かに負けるって事が信じられなくて。そんなお姉ちゃんでも発中君には勝てなかったんですね」

「まあ、俺はちょっと特別っていうか、ぶっちゃけ最強だからね」

「くすっ。真顔でそんなこと言う人、初めて見ました」

 

どうやら冗談だと思ったらしい。割とマジで言ったのに心外だ。

笑顔でそう言う宮永さんの様子に、姉の敗北を知ってショックを受けているという印象はない。

やっぱ複雑な事情がありそうだな……興味はあるけど今詮索して良いことじゃないだろう。

 

「ね……もし、私が発中君に勝てるようになれば、お姉ちゃんにも勝てるかな?」

「そら、勝てるだろうな」

「そっかー……うん、わかった。ありがとう発中君」

 

宮永さんは何かを吹っ切ったかのような表情で、俺に礼を言う。

そして「よしっ!」と気合の篭った掛け声と共にベンチから立ち上がった。

その行動に俺は逢瀬が終わったことを予感する。

 

「それじゃ、私そろそろ帰るね。色々とお話してくれてありがとう発な……ううん、白兎君。名前で呼んでもいい?」

「構わない。それなら俺も宮永さんのこと、咲って呼ばせてもらうし。フランクな方が話しやすくていいよ」

「うん、私も同感」

「家まで送っていこうか?」

「ううん、そんなに遠くないから大丈夫だよ。それじゃまたね、白兎君」

「ああ、またな、咲」

 

ばいばい、とこちらに手を振りながら、軽快な足取りで遠ざかってゆく咲の後姿に、最初このベンチで見かけたときのような悲壮感めいた様子は全くない。

きっと彼女は麻雀部の仲間になってくれるだろう。

己の予感に確信を抱きながら、俺は仲間たちの居る部室へと踵を返した。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

翌日。

昨日は、もう時間も遅いということで、「質疑応答は明日以降!」という竹井先輩の鶴の一声もあって解散した。

特にのどかからは色々聞かれそうだなーと覚悟して部室に戻っただけに、のどかが先に帰宅してしまっていたのは拍子抜けしたというか、咲のことは案外重要でもなかったのかな?

なんて思いながら一人寂しく帰宅したわけだが……

どうやら単に先送りにしただけだったようだ。

放課後はさっさと部室へ向かうのどかにしては珍しく、教室まで俺を迎えに来たかと思うと、困惑気味な俺を引っ張って人気のない校舎裏の木陰に俺を連れ込んだのどかさんが、なんだか怖いくらいに真剣な表情で俺を見据えている。

最初は部室に行くんだとばかり思っていたのだが、全然違う方向の、人気のない方にどんどん進んでいくものだから、すわ告白か!? なんてちょっと期待したんだが……

しかしながら表情を読む限りではそんな甘い雰囲気は微塵もなく、なんか怒ってるみたいなんですよこれが。

世に多い、都合よく超鈍感になる主人公とは違って、俺はどんな空気にでも敏感だ。てか心読めるし。

今はどちらかというと恋愛レーダーではなく、身の危険レーダーがアンテナ3本くらい立ってる空気だった。

 

「白兎さん……包み隠さず答えて欲しいことがあります」

「昨日の宮永さんとのこと?」

「っ…! そうです」

 

俺が話を先読みして答えると、のどかは一瞬びくっ、と体を震わせたかと思うと、表情を微妙に歪めて肯定する。

態々こんな場所にまで連れてきたり、今の反応といい、のどかの態度がいまいち不審だが、このタイミングで聞いてくるとしたらその話題しかないというのは誰でも想像がつく。

 

「皆がいるところでは聞きにくい……ことか?」

「……はい」

 

逆に俺が質問するような形になると、のどかは急に勢いをしぼませてしゅんとする。

 

「話せることと話せないことがあるけど、大雑把に言えばきちんと話をして、さ……宮永さんに納得してもらったし、できれば入部して欲しいって話もした。そんなくらいだよ」

「話せないことって……私にもですか?」

 

どこか思いつめた表情で訊ねてくるのどか。

 

「そりゃ、個人的な話だからね。宮永さんが自主的に話すならいいけど、他人の俺が吹聴して良いような内容じゃない」

 

といっても、照さんのこととか、咲がどうして麻雀をそれまで嫌っていたのかとか、客観的に言えば他愛のない話ではある。

しかし、本人にとっては他人においそれと知られたくない大事な話かもしれないし、他人の俺が価値を勝手に判断していいってことにはならない。

 

「そうですか……」

 

俺の返事に、のどかは力なくうなだれる。

 

「……あのさ、もしかして俺と宮永さんが何かあったとか、そういう方向で誤解してたりする?」

「そっ……!」

 

おお、図星っぽい反応だ。

若い男女が二人、夜のベンチで並んで座って話しているような状況だったわけだし、たとえ見られてなくても、想像力がちょっと豊かなら邪推してしまう余地は大いにありそうなシチュエーションだもんな。

顔を上げ、やはり思いつめた表情で俺を見つめるのどかに、俺は安心させるように優しく声をかける。

 

「まぁ他人が見たら疑われそうな状況ではあったけど、別に宮永さんとは何にもなかったよ。お話しただけ」

「信じて……いいんですか?」

「神に誓って」

 

後ろめたいことなど何もない俺は断言する。

天邪鬼な言い方をすれば俺とのどかは恋人同士というわけではないのだから、仮に咲と何かがあったとしても責められる謂れはない。

だけど、普段の俺の態度言動を知ってる者がそんな言い訳というか理屈を聞いたら、きっと俺のことを軽蔑するだろう。

なぜなら、俺が他人の立場ならそうするからだ。

 

「……じゃ、じゃあ……宮永さんとキスしたり……しませんでしたよね?」

「え、何でそんなこ……あー、もしかしてアレ見てたのか!」

「やっ、やっぱりしてたんですかっ!?」

 

俺の思い当たるような発言を聞いて、のどかの表情がさっと青ざめる。

キス云々で思い当たったが、昨日の咲との会話の途中、遠目ならキスに見えそうだなって場面があったことを思い出したからだ。

のどかに見られてて後でToLoveるとか、あるある展開をそのときちらっとは考えたけど、まさかの大当たりだったでござる。

神の子はそんなギフト(ラブコメ体質)まで完備しているとでも言うのか。正直イラネ。

 

「いやいやいや。誤解だから。多分宮永さんが俺の振った話題に食いついてきたときのことだと思うけど、顔がすごい近かっただけで、別に良い雰囲気からキスに至ったとか、そういう展開はないから」

「そうだったんですか……私てっきり……よかった」

 

胸に手を当て、ほっ……と安堵の息を吐くのどかは、ありていに言って抱きしめたくなるくらい健気で可愛い。

そんな誤解というか、心配されるくらいだしもうここで告白して正式な恋人同士になればいいんじゃね?

という神の声が聞こえた気もしたが、そういうなし崩し的な告白の仕方も誠意に欠けるようでいまいち気が進まない。

のどかから告白された場合は普通に受け入れる気でいるが、そうでなければ遠くない将来にタイミングをしっかり見計らって告白するつもりだ。

だから今はまだそのときじゃない。

 

「ここに連れて来られたときは何事かと思ったが、そういう事情なら早めに話してくれて助かったよ。誤解を長々と引っ張るとろくなことにならないしね」

 

小説とかドラマではたまにある展開だが、そういう些細な誤解が後々致命的な縺れというか、破局をもたらす伏線になることって結構あるんだよね。

 

「はい……私も思い切って訊ねてよかったです……」

 

ようやくいつものクールビューティーな表情を取り戻したのどかが同意する。

俺はのどかににっ、と笑いかけると、鞄を手で肩に担ぎ、背中を向けて歩き出す。

 

「んじゃ、部室に行きますかー」

「あっ……白兎さん、ちょっと待ってください」

「ん?」

 

のどかが小走りで駆け寄ってきたかと思うと、首だけ振り返った俺に顔を近づけてきて――

 

 

 

ちゅ。

 

 

 

口付け(キス)された。

 

「――え?」

 

いやまて落ち着け俺。うん、落ち着いてる。精神年齢40エイジオーバーな俺が小娘にキスされたくらいで動揺するわけがないぜフゥーハハハァァー。

ごめん嘘、普通に動揺してます。

 

「いっ、いつものお礼です! 誤解しないでくださいねっ」

 

これ以上ないってくらいに顔を紅潮させたのどかが、上目遣いな表情で俺にそう告げると、「先に行ってますっ」と早口で言いながら俺を置いて走り去る。

 

誤解しないで、か……むしろこれでのどかの好意を誤解しろって方が難しいだろ。

 

我ながら青春してるなぁ、なんて甘酸っぱい気持ちを抱きながら、木陰の間から晴れ渡った青空を見上げる。

そして神妙な口調で俺は呟いた。

 

 

 

「ごめん神様。やっぱあのギフト(ラブコメ体質)ください」

 

 

 

俺はクリスチャンのように胸に十字を切って不純な祈りを神に捧げると、部室に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

のどかを追って部室に辿りついた俺は、いきなり質問攻めにあってたりする。

もちろん昨日の件だ。

京太郎の「のどかに続いて咲まで毒牙にかけたのか! かけたんだな!? 答えろ白兎ォォー!」に始まって「咲ちゃんに不埒な真似はしなかっただろうな!(BY優希)」とか「むしろ優しく口説いて暗がりに連れ込んだりしとらんけ?(BY染谷先輩)」とか。

お前らどこの有閑マダムだ。てかそんなに俺は信用ないのか。なんで婦女暴行前提で疑われてんの。

 

「ま、そんなに白兎君を尋問しなくてもきっと本人がもうすぐ来ると思うからそっちに聞けば?」

 

咲が来ると確信してる口ぶりで部員たちを窘める竹井先輩。

そんな竹井先輩はハードカバーの小説を片手に、雀卓の椅子に座りながら先ほど京太郎が入れてくれた紅茶を優雅に啜っている。

のどかは先ほどの一件の余韻があるのか、俺が部室に来たときはバルコニーの方に姿を消していてまだ部室に戻ってきてなかったりする。

竹井先輩の言うように、咲が入部してくれる見込みは高いと思っている。

昨日話した限りでは、かなり前向きに考えてくれそうな手応えを感じたためだ。

そんな俺の予想を裏付けるように、部室の扉がギィーっと音を立ててゆっくり開いた。

 

「……咲……」

 

俺の呟きに応じるように、小さく微笑を浮かべた咲は部室の半ばほどまで歩み寄ると、

 

「ここにいれてもらえませんか?」

 

と、はっきりとした声で言い放った。

「おぉー……」と皆が小さくざわめく。

そして宮永さんの声を聞きつけたからか、のどかがバルコニーから部室へと戻ってきた。

 

「宮永さん……入部してくれるんですか?」

「うん。これからよろしくね、原村さん」

「はい、こちらこそよろしくお願いします、宮永さん」

 

咲の挨拶にふわっと微笑んだのどかが返礼する。

昨日ちらほら見えていた咲への隔意が今日は全く見えなかった。

 

「ようこそ、麻雀部へ。歓迎するわ」

 

竹井先輩がくすっと小さく笑みを浮かべ、咲の入部を承諾する。

 

「私……原村さんや白兎君ともっと沢山打ちたいんです。もっと二人と打って……そして、もっと麻雀で勝ちたいんです!」

 

咲が「白兎君」と名前で俺を呼んだときは皆の視線が一瞬俺に集まったが、後半のやる気に満ちた所信表明に関心がそちらへと移る。

「おお……」と皆が感嘆の声を漏らす中、のどかは強気な眼差しで咲を見据え、宣戦布告を受け止める。

 

「そこに座ってください。今日は……勝たせませんよ」

「はい!」

 

のどかの指示に元気よく応じる咲。

その表情は麻雀を打ちたい、という気持ちが溢れてきらきら輝いているように見えた。

 

「よぉし、それじゃさっそくいくじぇー!」

「ああ、じゃあ俺が入るわ」

「始めます」

「はい、お願いします!」

 

優希と京太郎が雀卓に座り、早速咲を含めた4人で東風戦を打ち始める。

あぶれた俺と染谷先輩は、一足先にバルコニーへと出た竹井先輩を追って移動する。

バルコニーの塀の上に両腕を組み載せてもたれかかる竹井先輩の背中に染谷先輩が声をかけた。

 

「計算どおりってか」

「ふふっ、何のことかしら」

「相変わらずじゃねぇ。何巡先まで読みやるんじゃろうねぇこの人は」

「それは私の期待どおりの仕事をしてくれる人がいるからかしらね」

 

そう言って振り返った竹井先輩の視線が俺に注がれる。

 

「でもまぁ、これで全国を目指せるか」

 

竹井先輩の視線を追うように俺を一瞥した染谷先輩が、今度は部室内に顔を向けてそう呟く。

その先では、のどかと咲たちがわいわいと楽しげに麻雀を打っている。

 

「それだっ!」

「えぇー!?」

 

優希の栄和の宣言に京太郎ががっくりと肩を落としている。

竹井先輩はそんな部員たちを優しい眼差しで見守りながら、

 

「まだまだ……これからよ」

 

呟き、バルコニーの塀に背中を預けたのだった。

 




東場第一局の終局となります。
しかしアニメの尺だとようやく第二話が終わった段階だという……(遠い目)

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