「改めて自己紹介するわね。私は竹井久、麻雀部の部長で、学生議会長も務めてるわ。今日は私の招待に応えてくれてありがとう、白兎君。麻雀部は貴方を歓迎します。これからよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします、竹井先輩……いえ、部長」
つかつかっと軽快な歩みで部室に入ってきた竹井先輩は開口一番そう言うと、右手を差し出して握手を求めてくる。
おや、と思ったが、彼女なりの敬意の示し方なんだろうと察した俺は気負うことなくその手を握った。
身長は俺よりやや低い程度の竹井先輩だが、その手はやはり女性のそれで、男の俺より小さくて柔らかかった。
お互い軽く手を握り締め、にっこりと笑う。
「まことのどかには予めメールで白兎君のことを伝えておいたけれど、優希と須賀君は知らなかったわよね。白兎君は私が麻雀部に入部してもらえるよう頼んで来てもらった人なの。要はスカウトしたって訳」
簡潔に俺の体験入部の事情を説明する竹井先輩。
「そのことはさっきのどちゃんから教えてもらったじぇ」
「部長が自ら、ですか。男子部員で団体戦に出るための人数集め……ってわけじゃないですよね?」
出場に最低5名を必要とする大会の団体戦のために男子部員をスカウトした、という解釈は確かに成り立つが、そのためには4人もの男子部員をスカウトしてこなければならないのだ。
京太郎の疑問は、必要な労力や実現性、竹井先輩の性格まで考えて、その可能性を否定したからだろう。
竹井先輩は頷いて、
「その通りよ。それをこれから説明するわ。みんな、よく聞いて頂戴。今日からこの白兎君が、麻雀部のコーチとして部員を指導してくれることになりました。白兎君はまだ1年生だし、そのことに疑問を持つかもしれないけど、実力は確かよ。私が保証する」
と、俺のコーチ就任を皆に告げた。
若干1年生の指導者の出現に、部員たちの反応は様々であった。
染谷先輩は「ほう……」と呟いて眼鏡のずれを直している。冷静だ。
片岡はぽへっとした表情で俺の顔を見ている。これは理解が追いついてないな。暫くしてから「じょあー!?」と素っ頓狂な叫び声をあげた。
のどかは「な、なるほど……」と、驚きはしたものの、納得しているという感じだ。竹井先輩を除けば部員たちの中で唯一俺の実力を知っているからだろう。
京太郎は「な、なんだってー!?」と有名な某超常現象研究漫画の主人公よろしく素直に驚いている。ノリの良い奴だ。
「はいはい、みんな静かに!」
竹井先輩はそう言うと、ぱんぱん、と拍手を打って皆を落ち着かせる。
「皆が恐らく疑問に持つであろう白兎君の雀力について簡単に説明します。……と、いっても私もそれほど詳しいわけじゃないけれどね。まず、白兎君の麻雀に関する公式記録、実績についてだけれど、3年前の全中大会で日本一に輝いているわ。私はリアルタイムで大会の様子を見ていたけれど、白兎君は若干1年生の身でありながら圧倒的な実力で他の出場者を蹴散らしていたわ。それ以後は公式記録を一切残してないけれど、当時の実力ですでにプロ級かそれ以上だったと断言してもいい。もちろんここにいる誰よりも強いと言って差し支えないわ」
一息にそこまで説明し終えた竹井先輩がふぅ、と小さく息を吐く。
部員たちは話の内容が信じられないのか、シーンと静まり返っている。
「幸い、ここには本人がいるんだし、必要なら話の真偽は後で本人に確認して頂戴。とりあえずそういうわけだから、皆は2ヵ月後に控えている県予選まで白兎君にガンガン鍛えてもらうように。勿論私もだけどね」
続けてそう言った竹井先輩は「話は以上よ」と締めくくった。
「ぶちょー! ほんとにこの男はそんなに強いのか? 私や京太郎はともかく、のどちゃんは去年、全中覇者になってるじょ。それを指導できるくらいの実力といったら、並大抵では務まらないじぇ」
片岡の疑問も当然だな。どこの馬の骨とも知らぬ男がいきなり指導者面して現れてもすぐさま信用はできないだろう。
それはともかく、のどかもインターミドルの優勝経験者という話だが……去年の秋打ったとき、確かに女子にしてはなかなか強いと思ったが、なるほど納得した。
片岡の質問に答えたのは竹井先輩ではなく、反証の材料にされたのどかであった。
「白兎さんは強いですよ。少なくとも私よりずっと。以前打ったことがありますが、あっさり一蹴されました。たったの半荘2回でしたが、私では敵わないと素直に思える内容の麻雀でした」
「なんと!のどちゃん、それはいつの話だじぇ?」
「去年の秋です。私が全中で優勝した後のことですよ」
ふむむ……と考え込む片岡。
部内の実力者が保証した以上は話の信憑性を認めざるを得ないのだろう。それ以上の質問はしてこなかった。
「へぇ、のどかと白兎君は知り合いだったのね。しかも直接打ったことがあったなんて、ちょっと羨ましいわ」
からかうように笑う竹井先輩に、のどかは面映そうな表情を向ける。
「部長だってこれからいつでも白兎さんと打てますよ。そうでしょう?」
そう言って、のどかは俺の方へと顔を向けた。水を向けられた俺は頷いて提案を口にする。
「ああ、そうだな。……早速これから一局いかがです、部長?」
「あら、いいわね。ぜひお願いできるかしら」
「それじゃあ私はお茶を煎れてきますね」
竹井先輩は嬉しそうに了承し、のどかはお茶を煎れるために流しへと向かう。
「それなら私もしろうさぎの実力を確かめてやるじょ!」
「うちもちょっと興味あるけぇ、参加したいの」
話の成り行きに、参加の意欲を見せる片岡と染谷先輩の二人。
万言を費やすより自分の手で確かめた方が早いのは確かだろう。
てか、今片岡がおかしなことを言わなかったか?
「おい片岡、しろうさぎってのは誰のことだ」
「むろん、きさまのことに決まってるじぇ」
片岡は俺の問いに答えると、びしぃ! とこちらを指差した。
何度目だこのポーズ。こいつもいい加減キャラ付けがブレない奴だなー。
込み上げてくる頭痛を抑えるかのように、俺はこめかみを指で揉む。
「……シロとかハクとか言われるのはいいが、しろうさぎは却下だ。コーチだからと偉ぶるつもりはないが、せめて同級生に対する真っ当な敬意くらいは払え」
「断る! 私に言うことを聞かせたくば、実力を示してからにするんだな」
こいつは一度、痛い目を見た方がいいのかもしれない。
もっとも学習能力が高そうには見えないが……
「なるほど、つまり麻雀で俺が勝てば言うことを聞く、という解釈でいいんだな?」
「そういうことだじょ。だが、私が勝ったらずっと”しろうさぎ”と呼ばせてもらうじぇ」
「了解了解、それじゃ俺が勝ったらお前のこと”白パン娘”って呼ばせてもらうけどいいよな?」
俺の提案にうぐっ、と口ごもる片岡。
階段の踊り場で返り討ちに遭い、パンツを御開帳したことを思い出したのだろう。片岡の頬にツツッと冷や汗が伝う。
「あれー? それとも片岡さんは自分から言い出しておいて勝つ自信がないのかな~?」
「そ、そんなことはないじょ。きさまをコテンパンにしてぎゃふんと言わせてやるから覚悟しておくといいじぇ!」
こんな安い挑発に乗ってくるとはちょろい奴だ。
俺は片岡の勝気な性格から麻雀の打ち筋がどういうものかを想像する。
勝負はすでに始まっている。心理戦もそうだが、何より対戦相手の性格を把握することは特に重要なファクターなのだから。
「盛り上がってるところ悪いけど、そろそろ席についてもらえないかしら?」
声をかけられて気付けば、いつの間にか竹井先輩と染谷先輩は部室の奥にある全自動雀卓の椅子に着席している。
片岡との丁々発止に熱中して周囲が見えてなかったようだ。こういうときの俺は注意力が欠けてるな。
前世と併せて40年以上生きてきたと言っても、まだまだ未熟な面はある。
「あ、はい。すみません」
「今いくじょ」
催促された俺と片岡は雀卓に寄り、卓上に置いてある4つの牌のうち伏せられた二つの牌をそれぞれめくる。俺が「北」、片桐は「東」だ。
起家(チーチャと読む。荘家ともいう。いわゆる東家、最初の親となる人のこと)の片岡を基準として、時計の逆回りで南家が竹井先輩、西家が染谷先輩、北家が俺となる。
全員席に着いたところで、のどかが紅茶をもってきてくれた。
「どうぞ」と全員に紅茶が注がれたティーカップを配る。良い芳香が鼻腔をくすぐった。
早速一口すする。口当たりの良い温度で飲みやすい。味は、ティーバックで煎れたものだとは思うが、のどかが煎れてくれたものかと思うとそれだけで美味しく感じるな。
「それでは始めましょう」
竹井先輩の開始の宣言で、俺の清澄高校麻雀部における記念すべき初対局となる麻雀が始まった。
細かい差異ですが、原作だと部室に「流し」ってないんですよね。アニメ版だとあります。あらすじに「設定はアニメ基準」と書いたのはこういう理由からです。
あと、優希が原作以上に挑発的というか、攻撃的なのは、最初の悪印象が尾を引いているためです。というか、不信感が残ってる感じ。