紺色の風来坊   作:蒼海空河

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連携と諦めない意思

 ガルダンディーと名乗る鳥人と、ルードというらしいスカイドラゴン。 

 対してこちらは私とスライムに擬態したキングス。

 開幕の号砲は、私の杖だった。

 

(いかずち)よ、天に轟け、ベギラマ!」

 

 魔法杖いかずちの杖が持つ効果。

 杖から放たれる閃熱の炎は、一筋の紅蓮の槍となって敵へと迫る。

 ギラ系中位の呪文は直撃すれば、並のモンスターなど消し炭にするだろう。

 だが相手も黙って受けはしない。

 

「頼むぜルード!」

「ギャオォッ」

「……グッ!」

 

 スカイドラゴンの口から、燃え盛る炎がほとばしり私のベギラマを堰き止める。

 腕にずしりと圧力が増した。

 私のベギラマとドラゴンの炎が互いに押しつぶさんとせめぎ合う。

 火の子が舞う。ガタガタと杖が勢いで震えていた。

 重いッ!? 並のドラゴンではない。相応の実力があるのだ。

 熱風が吹きすさぶ。

 離れているのに、まるで全身を火であぶられるようにマントの毛先をちりちりと焼く。

 動けないっ。下手に攻撃の手を緩めたら、直ぐにでも骨だけになってしまう。

 さらに相手は追撃を加えてきた。

 

「動けねえようだな。だったら永遠に動けなくしてやるよぉッ! ギラ!」

 

 ドラゴンの炎に魔法の炎。

 さすがのベギラマでも均衡の破り、一気に私の元へと灼熱の渦が押し寄せてくる。

 だがそれで終わる私たちではない!

 

「……キングス!」

「ぎゅーあッ!(フバーハ!)」

 

 ドゥン!

 周囲の草が熱であぶられ炭化していく。

 しかし私たちの周囲だけは光の壁ができ、熱を通さない。

 

「ケッ、防御光幕呪文フバーハか。そこのチンケなスライムもただの木偶じゃねえようだな」

「これで終わりではないぞ! はぁっ!」

 

 大地を蹴る。

 キンッ!

 風を頬に感じながら、一足飛びに敵へと肉薄し、杖を振るうもガルダンディーが細身の剣で巧みにいなす。

 早い! 腰の剣を瞬時に抜き放って抑えるとはッ。

 

「トロくせぇ! 首でもちょんぎれなぁ!」

「丁重にお断りしよう!」

 

 相手が横薙ぎに振るえば、私が杖で打ち払いながら突く。

 突いた杖を避けながら、二回、三回と刃がこちらの命を断とうと襲いかかる。

 私は上下左右を振るわれる剣を、杖と盾を弾きながら有効打を与えるためさらに踏み込む。

 それを見た相手はにやりと笑う。

 

「相手は一人じゃねぇんだぜぇ!」

「ギャオオオン!」

 

 背後からドラゴンのルードが迫るのを感じるが、

 

「その言葉、そっくりそのままお返しするッ!」

「ギャオ!?」

「なんだと!?」

 

 敵の目にはいきなり刃は降って湧いたように見えたであろう。

 相手の連携も見事だが、私とて四年間キングスと過ごしてきたのだ。これくらいの芸当は朝飯前だ。

 キングスのブーメランが敵の鼻先をかすめ、一瞬止まる。

 そこを見逃す私ではないっ!

 ガルダンディーに背中を見せながら右手の杖で剣を受け止め、左手の盾でシールドバッシュをルードに仕掛け、怯ませる。

 だがガルダンディーの高速の剣が返し刃でさらに襲いかかる。

 

「グッ……!」

 

 腕に熱を感じる。

 防ぎ切れなかった一撃。鮮血が宙を舞う。

 腕を浅く切りつけるも、致命傷ではない。

 一度距離を取り、お互い睨み合いとなる。

 

「多少やるようだが、こうはどうだ人間?」

「むッ!?」

 

 そういってガルダンディーとルードは空へ高く飛び上がった。

 とてもじゃないが手が届かない。

 翼を持たぬ人の身では天空を駆る敵を叩き落とすことはできない。

 何もしない私を見て、ガルダンディーが嗜虐心に満ちた顔で笑う。

 

「はーはっはっはっ! その様子じゃトベルーラは使えねぇようだな! だったら話しは簡単だ。…………じっくり嬲ってやる!」

「ギャオオオオ!」

「トベルーラ……?」

 

 トベルーラとはルーラ系統の呪文か? バシルーラなら知っているのだが。

 …………いや今はそんなことはいい。重要なのはここからだ。

 敵が空を飛ぶ可能性など折り込み済み。対策はある。

 だが私はこれから綱渡りとも言える賭けにでなくてはならない。

 小声でキングスを呼ぶ。

 

「……キングス……頼むぞ」

「……ぎゅぅ(スクルト)」

 

 防御力を一時的に上げる呪文スクルト。

 透明な防御幕が優しく身体を包みこむ。

 身体が一時的に頑強になったのを感じながら、私は大声で言った。

 

「……これは、勝てないな……。キングス! お前だけでも逃げろ!」

「ぎゅ!? ぎゅ~~~……」

「……行け!」

「ぎゅぅ……ぎゅ!」

 

 キングスは一瞬迷ったあと、急いで森の中へと逃げ込もうとするが、相手が見逃すはずがない。

 

「は! 逃がすかよ! 殺して――」

「風の精霊よ、大嵐となりて敵を切り刻め! バギクロス!!」

 

 遠慮などしない。

 両腕に神経を集中させ、込める。

 真空呪文最上級の魔法バギクロス。

 私は攻撃呪文ではバギ系しか扱えない。

 風の流れに身を任せ、風と共に生きた私の半生がこの呪文を体得させた。

 そこいらの魔法使いと一味違うぞ!

 魔力全開の状態で、腕を交差し振り下ろす。

 

「な!?」

「ギャオン!?」

 

 ビュオオオオオオオン!!

 巨大な真空の渦が広場全てを切り刻むがごとく吹き荒れ、空中にいた敵に襲いかかる。

 森は荒れ狂い、一時の間、広場の草が地面に張り付かんばかりに横倒しとなった。

 バギ系最大の呪文だ。相手も無事では済まない。細かい裂傷が敵の肌を切り刻み、風が止んだ頃にはある程度のダメージを負っているようだった。

 憎しみに満ちた形相でガルダンディーが睨んでくる。

 

「テメエ……ッ!」

「……意外と知られていないが、ドラゴンはメラやギラ系は強いが、バギ系にはかなり弱い。さて、空中にいたいならいればいい! まだ十発くらいはバギクロスを撃てるぞ!」

 

 ホイミで腕の傷を癒しつつ、そう言った。

 私なりの空中封じの策だ。

 嵐を巻き起こすバギは、空を飛ぶ敵には天敵の呪文といえるだろう。

 障害物もなく、吹きすさぶ嵐を堪えるにしても空中には足場がないのだから。

 耐性を持つ敵も多いのだが、ドラゴン系は炎や冷却に強いが、真空のダメージは意外と通りやすい。

 真空は刃にあらず。

 鉄より硬い皮膚を持つドラゴンだが、魔法と剣とではまた違うのだ。

 長年の経験則からの結論だ。

 だがハッタリといえばハッタリだ。効かない相手もいる。空を駆るスカイドラゴンなら耐性を持っている可能性は高い。

 バギクロスもそう。あと十発など撃てるわけない。せいぜい三、四発が限界だ。

 だが言葉の通じる相手は冷静さを欠くと意外と信じる。

 そして相手の結論は、

 

「だったら交互に攻撃するまでだ! テメエはもう詠唱する時間も与えねぇ!」

 

 信じた。敵である私の言葉を。

 間断なく攻撃すること。それは有効な戦法で一番私を苦しめる方法だ。

 しかし僅かに灯る希望の光でもある。

 ……正念場は、これからだ。

 

 

 

 

 

 敵の攻撃は苛烈を極めた。

 ドラゴンと鳥人……種族の違う彼らがなぜ一緒に行動しているかは不明だが、洗練された連携はおおいに私を苦しめた。

 私の一に対し、二も三も攻撃を返すガルダンディーの高速剣。

 ドラゴン特有の防御力を盾に、強引に攻撃を繰り出すルードは激しい炎と牙、爪を振るう。

 両者は打ち寄せる浜辺に打ち寄せる津波のように終わりが無い。

 ときに左右、時に地上と空中から襲い、こちらの体力を奪っていく。

 杖と盾でなんとかしのいでいたが、ついに終わりの時がやってきた。

 

「ギャオウッ!」

「ぐ……盾が……!」

 

 ルードの激しい爪で鉄の盾が砕かれる。

 取っ手を残し、金属の盾はボロボロと地面へ零れおちる。

 嫌がらせ紛いにとってを相手に投げつけるが当たる訳が無く、軽々と避けられた。

 その隙をついてガルダンディーの剣が、巻き上げるように右手の杖を襲う。

 

「その煩い杖は消えて貰おうかぁ!!」

「しまった!?」

 

 はね上げられた杖が回転しながら飛んでいく。落ちた場所は世界樹の根元。

 真上にはルードが飛んでいて、近づけば攻撃される。

 背中にはかしの杖を持っているが、猛攻を堪えるには耐久度が足りない。

 それが判っているのだろう。

 ガルダンディーは笑みを深めていた。

 

「仲間はいない、ボロボロの身体、武器や盾もない。手間をかけさせてくれたなぁ~虫けら。……あとはジワジワと嬲り殺してやるぜ」

「やれるものならやってみろ。魔力はまだ残っている。隙あればすぐにでもバギを撃ってやる」

「テメエのバギは見た。バギクロスさえ撃たれなきゃどうってことはねえ。遠くから痛めつけて、最後は生きていることを絶望するまでやってやる」

「…………」

「ハッ! 怖くて喋れねえか。だったら今楽にしてやんよ!」

 

 防御手段がない。

 魔法の詠唱を行う隙もない。

 だからこそガルダンディーは余裕でいられる。

 ルードが周囲を回り、牽制するなか、空中から一気に急行下してきた相手は私の命を狩り取ろうとしてきた。

 …………それを、待っていた。

 

「はぁっ!!」

 

 ガルダンディーに限らず……速度の早い相手はフェイントを疎かにする。目にも止まらぬ動きに絶対の信頼を持っているからだ。

 ガーゴイルなど特に顕著(けんちょ)だ。

 弱い相手と戦い続け、己の実力に自信を持つモンスターは特に。

 だが、それこそが穴。どんなに早くても狙う場所は獲物だと決まっている。

 幼い時分から私の人生は闘争の日々であった。

 街よりもモンスターが徘徊する外界での生活こそ私の世界…………家などではない。

 妻や親友のヘンリーには笑われたがそれが正直な感想なのだ。

 ふかふかのベットより硬く冷たい地面の方が安心できる。

 そして夜天に瞬く星の輝きが一日の終わりを告げるのだ。

 蓄積された経験が敵の狙いを見抜く。

 全身の力を込め、相手の刃を筋肉で受け止めた。

 

「テメエ……! 身体で剣を!?」

「……ぐ、骨を使えば、一撃くらい、なんとでもなるッ!! はぁ!」

「がッ!?」

 

 肩で相手の剣を受け止める。

 高速で動く敵の攻撃は決して柔ではない。

 細身なれど剣がマントを切り裂き、肉が断たれる感触。

 神経を通って、脳を叩きつけるような激痛が脳を貫く。

 だが止まらない! 止めるわけないはいかない!

 血を噴き出しつつも、渾身の蹴りでガルダンディーの腹を突きとばす。

 間髪なく襲ってきたルードには、

 

「……これでも喰えばいい!!」

「がふッ!?」

 

 かしの杖を口元に突っ込む!

 強靭な顎で杖をかみ砕いていく。しかし動きが止まった。

 今まさに、この瞬間こそ私が待ち望んだシチュエーションなのだ!

 私の狙いはまさになのだから。

 ルードの首元にしがみつき、大声で叫ぶ。

 

「キングスッ! 飛び降りろぉ!!」

「ギュォーーーーーー!!」

「ギャオオオオンンン!?」

「な、なにィィ!? る、ルードォッ!」

 

 キングスがぷくーっと膨れ上がって、世界樹の上からルードを押しつぶす!

 ただの一撃ではない。完全な死角……意識外からの痛恨の一撃。

 鉄より硬い皮膚を持ってしても衝撃は身体を通り、脳に多大なダメージを及ぼす。

 

 そう――私の狙いはキングスの押しつぶしによるルードの撃破。

 スライムと誤認させることで敵の頭に脅威は私一人であると先入観を持たせる。

 事実、キングスが逃げたときはバギクロスで意識はこちらに向いていた。

 捨ておいてもいいだろう……彼らの無意識の判断だ。

 裏から世界樹を上っていったキングスが私の合図で飛び降り、つぶす。

 

 土煙りが巻きおこり、周囲を一時的に隠した。

 晴れたときルードは目を回して気絶していた。

 それを見たガルダンディーが涙を流しながら嘆く。

 

「る、ルードルードォーーー!! ……こんな傷ついて……」

 

 私はその様子を静かに見ていた。

 邪魔するべきじゃない――ただ相手にとっても大切であろう友が傷つき涙した姿に一縷の希望を見たのだ。

 これで他者の痛みが判るのではないかと。

 しかし息をしているドラゴンにほっとしたガルダンディーの目は憎悪に染まったままだった。

 

「テメエ……ルードをこんな姿にしやがってぇ……ただで済むと思わねえよなぁっ!」

「別に思ってはいない。だがガルダンディー……お前とて人間たちに同様のことをしてきた。多くの嘆きの上にお前たちがいることは理解、できるのではないか?」

「……は? け、けけ、けーけっけ! ここまできて笑わせてくれるな下等生物ぅ。ルードの命が人間百万人でも釣りあわねんだよ虫ケラがぁ!!」

 

 届かなかった……か。

 

「これでも喰らえ!」

「む……!」

 

 ドスドスッ!

 ガルダンディーは白い羽をダーツのように投げつけ私の身体に差してきた。

 

「カッ! その羽は魔法力を失う。ジワジワと力を失って死にやがれ!」

「……この程度で、私を止められると思うなぁ!」

「な――!?」

 

 突き刺さった羽を強引に引き抜く。

 簡単には抜けない仕様だったのだろう、血や肉が体外へ飛びちるが気にしない。

 私はあの少女と母親の想いを守るためにここに来たのだ!

 そう守るために!

 キン!

 私の脳裏でひらめきが巡る。

 そう――そうだ。私はそのためにここにきたのだ。

 

「守りたい……だからこそ私はこの呪文を欲した……」

「何をいって……」

「――スカラ」

 

 防御呪文スカラ。

 周囲の者の防御力を上げる呪文と同系統だが、強く、強く、心の最奥で願ったとき、この呪文は答えてくれる。

 対象は一人だけだが、その分、段違いの防御力を自身に与えてくれるのだ。

 目視できるほど堅牢な膜が私の全身を纏う。

 ガルダンディーにも感じられたのだろう。

 無茶苦茶に剣を振りまわす。

 

「な、なんだテメエ、その呪文は……。来るな……来るな……ぁ!」

「お前が一生かかっても会得できない呪文だ!!」

 

 一、二、三、と敵の剣は私の肌を撫でる。

 しかし速度重視で威力の無い剣は皮膚の表面を削るだけにとどまった。

 赤い斑点が浮き上がったが命を狩るには足りない。

 そしてガルダンディーの身体を肩を捕まえた。

 

「は、離せコノヤロウ!」

「これが兵士たちの分!」

「が!?」

 

 渾身の右ストレートがガルダンディーの顔面を打ちつける。

 

「これが父の傷に涙した少女の分!」

「げふ!?」

 

 左が相手の顎を抉るように殴り上げる。

 

「これが夫の傷に嘆いた妻の分!」

「があああああ!!」

 

 ボディーを突きあげるように殴る。

 私は近くに落ちていたいかづちの杖を拾い。

 全身で捻りながらとびっきりの一撃を振るう。

 

「ひゃ、ひゃめ…………」

「そして、お前がいままで苦しめてきた者たち全員の分だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぎゅおォォォォォォ!!」

「ぎゃごおふぅッ!?」

 

 改心の一撃。

 背後から全身全霊の体当たりをしたキングスと、正面から時計周りに回転しみぞおちに杖を叩きつけた私。

 ガルダンディーは血を吐きながら地面に倒れ伏した。

 

「私たちは――負けないっ!」

「ぎゅお!」

 

 

 

 


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