相対するキングスライムは薄笑みを保ったまま私を見つめる。
冷たい汗は止まらない。
なにせ全ての準備が不足している状態での戦闘。圧倒的不利。
仲間はいない、装備は貧弱、回復手段もなしでさらに戦えるだけの能力もない。
だがここで引けば村に壊滅的被害をもたらすのは必定。是が非でもことをなさねばならない。
勝つのは困難。ならば、
「こっちだ! お前の憎い敵はこっちにいくぞ!」
「ギュー」
逃げる。囮となって村から引き離す!
森の中を疾走する。ときおり葉っぱで擦り傷を作ってしまうが気にしている場合じゃない。
ぴょんぴょんと跳ねながら追いかけてくる敵。
いやぴょんなどと生易しいものではない。ドシン、だ。
大地を揺らし、鳥たちは慌てて空へと飛び立っていく。
深緑に染まるなか、青い王者はわがもの顔でやってくる。
だが一息で追いつけるはずなのに相手は飛びかかってこない。
小柄ゆえに突進の多いスライムだが、大人の1・5倍はあろうキングスライムはケタが違う。
さらに膨れ上がって押しつぶすという攻撃は子供の私が喰らえば即座に天に召されることになるだろう。
遊んでいるのか?
「……はぁ、はぁっ……くっ、今すぐにでも殺せるという余裕からか? だが私とて数々の困難をくぐり抜けてきたのだ! そう易々と死んでたまるか!」
かれこれ三十分は走り続けた。
息が上がり始める。噴きでる汗に比例して、徐々に身体を蝕む疲労。ずっとは逃げられない。
すると太陽の光を浴びて輝くその場所を見つけた。
「あそこで……カタを付ける!」
決戦の場を定めひた走る。
広場で立ち止まった私にキングスライムも同様に止まった。
木斧を構え、相手の出方を窺う。
「……ここならいいだろう……さあ、勝負だ。私は死んでも戦い続けるぞ!」
「ギュギュー」
様子の変わらない相手。
動く兆しがない。油断を誘っているのか?
いや不用意な行動はダメだ。森のなかではなく広場を選んだのは僅かな動きも見逃さないため。
スライム系は動く瞬間に必ず、身体全体を縮こませてからいっきにやってくる。そしてその動きは直線的だ。
紙一重で回避しつつ反撃。ダメージを蓄積させて倒す。それしかない。
息を吸う。吐く。吸う。吐く。
全身に酸素がいきわたり、思考がクリアになっていく。
「…………」
「ギュ―」
「…………」
「ギュ―?」
「…………?」
おかしい。
いくらなんでも動きが無さすぎる。
目を見ると、憎悪に染まっていたスライムとは似ても似つかない澄んだ瞳。
もしや……。
「君はもしかして――」
そう続けようとしたときだった。
「そこの君、危ないですよ! はぁぁぁっ、大地斬!!」
「ギュゥッ!?」
「え?」
ザンッ――一人の男が飛びかかり、キングスライムを切り伏せる。
眼鏡にカールかがった髪。
戦闘中なのに頬笑みを保ったままの彼には余裕があった。
不味い! このままでは!
私は急いで男とキングスライムの間に割って入った。
「ちょっと待ってほしい! この子に手は出さないでくれ!」
「どういうことですか?」
「説明は後だ! く、こういうときホイミが使えたら……」
痛いよ、どうして、死にたくないよ……そんな悲痛な想いが伝わってくる。
やはりそうだ。この子の邪念は払われている。
もう魔物として悪さを働くことはない。
モンスターを仲間にできる――母マーサより色濃く、引きついだ私の能力だ。前世ではキラーパンサーのゲレゲレを始め、多くの仲間とともに旅をしたものだ。
とうに失われていたと思っていたのだが……窮地のなかで発揮されたのだろう。
ならばこの子はもう家族だ。決して失いたくない!
癒したい……この子の傷は男が傷付けたのではない。すべては私のふめいがいたすところ。
だからこそーー
「いまこそ癒し手の力をここに……ホイミ!」
使える――そう確信した。回復呪文ホイミ。初歩中の初歩だ。
右手は淡く光り、刀傷をゆっくり塞いでいく。
ほのかな輝きはしばしの間、森の一角で存在を示し続けていき、
「ギュー♪」
「こらこら体内で包もうとしないでくれ。息ができないぞ~」
「ふ~む不思議ですねぇ。スライムと違い、王たるキングスライムは人に懐きにくいのですが……」
「ギュッ!? ぎゅぎゅ~……」
「おっとっと、隠れてしまいましたね。少年もすみません。お友達とは露知らず、この失礼、深くお詫びいたします」
ぶるぶると震えるキングスライム――いやキングスと名付けよう――は切りつけられたことを思い出したのか私の後ろに隠れてしまった。とはいっても全然隠れていないのだが。
件の男はというと、普通なら驚いても仕方ないのだが、あろうことが頭を下げてきた。
慌てて自分も謝る。
「そんな頭を下げないでください! 私もつい先ほど友達になったばかりでして、勘違いをされるのも無理はないかと」
「ん~礼儀正しい子ですねぇ♪ おっと失礼しました。私、アバン=デ=ジニュアール三世と申します。勇者の家庭教師なんてしちゃってます」
「勇者に家庭教師……?」
「はい♪」
いきなり胡散臭くなったぞ。
だが先ほどの剣筋、またきっちり着こなした赤の衣服、武器――なみなみならぬ魔法力を感じる。
ただの詐欺師にしては出来過ぎだ。隠しきれない身のこなしはさぞ名のある御仁なのだろう。
「どうしました?」
「いえ」
「でしたらどうでしょう。ああご心配なく、料金はいただきません。魔王ハドラーが倒れたからといって、また邪悪な存在が現れないとも限りません。素質があり、心正しき者を導くための慈善事業ですから。それに不思議な瞳をしておいでだ。静かに称えた水面のように透き通っていて…………ただの子供とは思えない」
「魔王!? 魔王バーンではないのですか?」
「バーン……? いえ魔王はハドラーですよ。それと大丈夫。邪悪な魔王は勇者一向が打ちたおし、今は平和な世のなかですよ♪」
なんということだ。魔王は既に倒れていたのか……。
だが魔王ハドラー……バーンではないのか?
情報の
アバン殿にお聞きすべきだろうか。いや彼もきょとんとしているしな。
腕を組み悩む。
アバン殿はそれを家庭教師を受けるかどうか悩んでいるのだろうと思ったようだ。
あれこれと説明しておられる。
だが結論が出ない。情報の整理が必要だ。
まずはお暇して後日返答するとしよう。
「すみませんアバン殿。今は保留とさせていただいてもよろしいでしょうか? 私には愛すべき両親がおります。身重な身の上でして、余計な不安は抱かせたくないのです」
血のつながりを問わず私には素敵な親が多くいた。
父パパス、母マーサだけでなく、長年お世話をしてくれたサンチョ、幼馴染ビアンカの親のダンカンさん、ヘンリーの母君なども親同然と思っている。
当然、今生の両親もだ。
だからこそ余計な心配は与えたくない。
その想いが通じたのだろうか、アバン殿は眉をひそめることなく、
「なるほど! 両親を想うその心に感動いたしました! なればお近づきの印にこれをどうぞ」
「これは……ネックレス?」
チェーンに小指先ほどの小さな宝石が取り付けられているシンプルなものだ。
アバン殿はそれを手渡しながら説明する。
「レプリカです。私の卒業生には卒業の証として渡す予定でしてね。もし私に会いたければカール王国のフローラ王女にこのペンダントとアバンの名を言ってください。きっと力になってくれるはずです」
「フローラ!?」
「どうしましたか?」
「あ、いえなんでもありません」
まさかの名前に思わず驚いてしまった。いや彼女がこの世界にいるわけがない。
動揺した心を落ち着かせながらアバン殿からネックレスを受け取る。
レプリカというには僅かながら力を感じる。
彼から渡されたのに何も返せない自分が少し恥ずかしくなった。
そのことを言うと、
「いえいえ貴方は不思議な子供です。またいつかお会いしたいための、作戦ですよ。ではまたいつか。そのときには貴方の秘密をお聞きしたいものです」
最後に核心をつくような言葉を残しさっていった。
底の見えない御仁だ。だが暖かいものを感じたのも事実。
振り返る。
後ろには、どうしたの? と言いたげなキングスライムが一人。
「さてついてくるか? 王様の君には少し手狭だが」
「ぎゅ~♪」
嬉しそうに鳴く。どうやら懐かれてしまったようだ。
こうなるとモンスター爺さんのような存在が居てくれると助かるのだが、仕方ないだろう。
「私はリィス。君の名は今日からキングスだ。これからよろしくな!」
「ぎゅ~ぎゅい~♪」
「こら頬づりしたら歩けないぞ」
「ぎゅー♪」
「まったく我が儘な奴だなキングスは。はははっ」
モンスターに囲まれて過ごした前世を思い出す。
思えばゲレゲレを始め、旅の多くは彼らと過ごしたものだ。
人懐っこかったり、実直だったり、わがままだったり……胸に去来するいくつもの記憶に、多くの嬉しさとホンの少しの寂しさを感じ村へと帰っていった。
雲が太陽を隠し、肌寒く感じても私の心は暖かかった。
……だから忘れていたのだ。異端という言葉の意味を。
《キングス》
キングスライム
せいべつ:ふめい
レベル:3
《つよさ》
ちから:52
すばやさ:35
たいりょく:58
かしこさ:23
うんのよさ:49
さいだいHP:118
さいだいMP:20
こうげき力:52
しゅび力:41
《そうび》
なし
《じゅもん》
なし
いまさらですけどドラクエⅤの主人公って物凄くうんのよさが成長しないんですよね。初期なんかまったく上がらなかったり。あれが未来のことを暗示していたのかと思うとやるせないです。