昔から要領の良さだけは誰よりも優れていたと思う。
人間関係じゃない。武器の扱い方をだ。
ひのきぼうに始まり、ムチやブーメラン、槍などなど。
当時はさほど気にしていなかった。
無邪気に妖精の村や幼馴染のビアンカと一緒にレヌール城のおばけ退治など無鉄砲ばかりで大人になってからは黒歴史の一つだ。
父パパスはそんな自分を穏やかな目で見つめていたものだ。いや、眩しそうな目で、かもしれない。
この子ならもしや――と期待していたのかもな。
天空の剣。勇者にしか扱えない伝説の剣。
母マーサを邪悪の根源ミルドラースから取り戻すために必要な武器。
鍛え抜かれた肉体に天下一の剣豪だと断言できる父には資格がなかった。
ましてや剣も魔法も人並みな私ではいうに及ばず。
だが……それでも……息子は討てた。ミルドラースを倒し、世界に平和をもたらしたのだ。
希薄なった私の意識は、ぼんやりと漂う。
誰かが声をかけているような、そんな気がする。
「父上! お気を確かに! まだ僕は貴方の力が必要なんです」
「パパぁ……まだ一緒に居たいよぉ……」
「……アナタ」
「ぼっちゃま! このサンチョより先にパパス様の元へ行くとはどういうことですかっ! せめて私めをお連れに……」
「サンチョどの短刀で何をなされるおつもりか! 取り押さえよ! ……しかし国王様、このピピンの孫を見てくれると言ったではありませんか。どうか、どうかもう少し生きてくださいますよう、お願い申し上げます……ッ!」
「ゥゥ~……ぅぉ~~ん……!」
ああ、そうか。私は死ぬのか……。
済まない……一足先に黄泉路へ逝く私を許してくれ……愛しきもの達よ。
昔の思い出が蘇る。走馬灯とはこういう物をいうのだな。
ベラ……妖精の少女。共に春風のフルートを取り戻しにいったな。ザイルは今でも思いこみが激しいのだろうか。妻にはいっていなかったが、君が初恋の少女であったのだよ。末永く幸せに生きていることを願う。
ヘンリー。アイツとは苦楽を共にした真の友であった。親友を挙げるなら彼の名を真っ先に口にするだろう。王子二人が奴隷になるなど前にも後にも私たちだけであろうな。ついこの間逝ったが私も直ぐ追いかけることになるとはな。ふっ、からかられそうだ。天国でまた旅でもしよう。レヌール城のようなお化け城でもあればいいな……。
ゲレゲレ。もっとも私の側で戦い続けた朋友たる魔物。いや家族だ。アイツも昼寝が多くなったな。私は先に逝くが……できれば家族を護ってほしい。タバサはおっちょこちょいだからな。
ああ、他にもたくさんの人がいた。
必死に戦い、苦難の連続であった。
才の無い自分に涙し、自問自答の日々が続いたこともある。今思えばなんて身勝手な考えだ。
剣は父と息子に劣り、魔法は妻と娘に劣り……杖の扱いが多少できるだけの男だと。
だがそんな私を影ながら支えてくれた素晴らしい友がいた。
『息子よ……』
『頑張ったわね……休みなさい……』
お父さん……お母さん……。
私は……私は……。
周囲が暗くなった。どうした。
ここはどこだ?
このまま私を逝かせてくれ……もう十分生きたのだから。
『お待ちください……誰よりも資格無き、そして誰よりも勇者たらんとした者よ』
誰かの声が降ってくる。
明るい……龍、であろうか。
『アナタは誰だ?』
『私はマザードラゴン、ある世界から来たものです』
『マザー……ドラゴン? プサン、いや、マスタードラゴンではないのか?』
『彼とはまた別の存在です。実はお願いがあり、ここにやってまいりました』
『お願い、か』
神々しいその龍はまさしく天空城の主、マスタードラゴンと変わりないお姿。
さぞ高貴な方なのは明白であった。
人の身である私に頭を下げるなど余程のことである。
無碍になどできるはずがなかった。
『この老人でよければ、お聞きいたします。ですが力になれるかどうか……』
『いえ貴方様だからこそ、お願いしたいのです。どうか、どうか……魔王の野望を打ち砕き、世界を救ってほしいのです』
『魔王、ですか。ミルドラースではない別の者でしょうか?』
『はい。その名はバーン。大魔王バーン。魔界より人の世界を脅かす強大な王です。ミルドラースより、強大かもしれません。ですが――』
『判りました。その話、お受けいたします』
『え……よろしいのですか? こんな一方的なお願いをしたのに……』
マザードラゴンが驚いたような声をあげた。
『元より老い先短い身の上です。妻たちのことは……大丈夫でしょう。ですが困っている方々を放っておけない性でして。損な性格だと思いますが、何処かがで困っている人がいるなら救いたい。きっと父と母もそうするでしょうから』
『ありがとうございます! では早速私の世界にご案内いたします。私がこうしていられる時間も限られているので急いで説明いたします』
『はい』
『貴方様はまず幼い子へと転生いたします。もう既に半分死んでいる状態ですから新しい肉体で、というわけです。能力も幾分引き継ぐはずなので、うまく使ってください。そして世界の均衡を司る竜の騎士と共に魔王の野望を打ち砕いて欲しいのです』
『竜の騎士? それは一体……』
『それは……ざざ……干渉が……ま……おねが…………します……――――』
『どうしました!?』
まるでマヌーサにでもかかったように霧がかかり、周囲が見えなくなっていく。
私の意識もまた薄く、白い霧が覆い隠し……。
『妻よ、息子たちよ……私はもう一度、世界のために戦う。私を見守って入れくれ……っ!』
全ては閉じられた。
ぶんっぶんっと風切り音が森の中に木霊する。
今日は天気もよく、木漏れ日が心地良い。
素振りをするにはもってこいの環境であった。
「リィス~、お昼ごはんができたからいらっしゃーい!」
「判りました母上!」
どうやら呼ばれたようだ。私は素振りに使っていた木斧を片手に声のした方へと向かう。
リィスというのが今生での私の名だ。
マザードラゴンの命を受けてきたはいいものの、世界は平和であった。
少々肩透かしを喰らった気分だ。
しかし油断してはいけない。私が見たこともないモンスターもいるらしいし、魔王とやらもいるだろう。
この世に生を受けて十年少々。私は来たるべき日に備えて鍛錬を欠かさず行っていた。
ガサガサ。
近くの草むらが不自然に揺れる。
モンスターか?
念の為、木斧を構える。
「よーうリィス。相変わらず武器が定まらねえやつだな~」
「でろりんか。狩りにでも行っていたのか?」
村人の一人、でろりんだ。変わった名まえだがへろへろやずるぼんなどもいるし、この世界では普通の名前なのだろうか?
まあそれはいい。
お調子者っぽい奴だがこれでも剣の才能がある。
腰には見慣れない銅の剣を持っていた。
「ようリィスみろよー、これ良い感じじゃねえ? 親父のお下がり貰ったんだいいだろー」
「良いものではあるが大切なのは使い手だぞ。ちゃんと戦えるのか?」
「はっは、じょうだんだろ。安全安心がモットーの俺にゃいらん言葉だな」
「情けない……才能はあるのに」
「うるせーな! 大体、武器をコロコロ変えるお前も大概だろう! ふらふらしてる癖に」
何を言う。
戦いにおいては様々な武器が使える方がいい。
手入れをこまめにしても壊れるときは壊れる。
そのとき敵の武器を奪ったり、周囲に落ちている武器を拾って戦ったり。
いつも最高のコンディションで戦えるとは限らないのだから。
そういう説明をしたのだが、
「そもそも、そういう危険なところへいくわけないじゃないか」
と一笑に付されてしまった。
考え方は人それぞれだし仕方ないと言えば仕方ない。
でろにんは見せびらかかしたいだけのようで、すぐ行ってしまった。
三つ子の魂百までというが、年寄りが三つ子になってもそうそう生き方を変えられるわけでもない。
父上と母上には大変申し訳ないのだが……。
「まあこんなおかしい子供は異端扱いされるものだが……それがないだけマシなのかもしれん」
でろりんにせよ両親にせよ、私のことは変な子供くらいにしか見ていないらしい。
そこら辺は判るつもりだ。改めるのは難しいが。
とにかく私は良き友、両親に恵まれたのだ。
マザードラゴンには感謝せねばなるまい。
しかし問題もあった。
「使える呪文が高位のものだけ、というのが問題だな」
目下の問題は呪文だ。なにが使えるかは体感として判るのだが、使える――あくまで魔力があればだが――ものがバギクロスやザオラル、果てはメガザルなどしかない。
ホイミなどは唱えてもうまく使えなかった。
呪文の習得方法は人それぞれだ。
契約の儀式で覚えようとする者もいれば、師匠から伝授される者もいる。
過酷な戦いのさなかで己が求めた呪文をひらめく場合とてある。
十人十色。
私は父の見よう見まねで覚えたホイミ、旅ばかりの幼少期に様々な土地の風を受けた経験からふと思いついたバギ、ルラフェン草を使った特殊な儀式で覚えたルーラなど一貫性がない。
我流といえばそれまでだ。
そんな私を笑うかのようにそよ風が木々を鳴らす。
「この問題は先送りするしかあるまい。少しずつ実力をつければ、大丈夫だろう。にしてもよい風だ。妖精の村に通じるものがある」
爺臭いと自覚しているが、昔の思い出に浸りたくなるときがある。今も同様だった。
昼下がりの午後。
揺らぐ草木を見るとこの世界が平和なのだと実感できる。
少しだけ遠回りをして帰ろう。
村の周囲に強い敵はいない。
大概が最弱モンスターと名高いスライムやスライムべス程度だ。
一角兎は強敵なので出会ったらすぐ逃げねばならないが。
だが薬草は三つあるし、木斧も扱いになれてきた。問題はない。
生前では斧系の武器を使ったことはない。
だがエリミネーターなど斧を使い敵はいる。
相手を知るには、まずその武器の特性を知ることが第一だ。
私はお手製の斧を片手に村周辺を歩く。すると、
「キュッキュッ、キュル♪」
「スライムか……敵意がなけらば戦わん。去れ!」
「キュ!? キュキュ!!」
「戦うか。ならば仕方あるまい。いくぞ!」
モンスターとて生きている。
無駄な殺生は避けたいが、野放しにすれば村に入りかねん。
村の者を傷つける可能性があるなら戦闘あるのみ。
身構えて相手の出方を待つ。
目をとんがらせた相手は身体を縮こませ、体当たりをしてきた。
「なんの! 小さい頃からスライムの相手は慣れてきたからな!」
木斧の使い、うまくスライムの突撃をいなす。
スライムに負けたのはずっと昔、父パパスと船旅をしたあとの一回だけだ。
複数で囲まれなければ、脅威ではない。
攻撃直後で隙のできたスライム。
私は薪割りの要領で一気に相手を叩く伏せる。
「せいやぁっ!」
「キュゥ!? ……きゅーーー!」
「なに!? ぐぅ……ッ」
ガンと火花が散った。
手痛いしっぺ返しを喰らったようだ。
なぜだ、あの一撃ならスライムとて倒せるはずなのに……。
いや、考えるのはあとだ。
フラフラしているし、もう一回攻撃すればよい。
自分有利と感じたのか、ドヤ顔でこちらを見るスライム。
その油断――付け込ませてもらう!
「一気に近づいて……おりゃあ!」
「ぎゅぅ!? ……――――」
今度は本気でダッシュでその勢いのままフルスイング。
芯を捉えた一撃でスライムは木の幹に激しくぶつかり、そのまま動かなくなった。
「終わったか……」
「きゅ~」
「きゅきゅ」
「きゅうい」
「まだいたのか」
仲間の仇とばかりに殺到するスライムたち。
追い返したいが、私の未熟な力では全力でこと当たるしかないだろう。
木斧を片手に私は戦い続けるのだった。
「はぁ……はぁ……これでもう、終わりだろう」
ややボロボロになりながらも全部のスライムを倒すことに成功する。
あのあと更に四匹やってきて大変だった。
だがそれ以上に困難だったのはその強さだ。やたらと硬い。
予想以上の苦戦で薬草を三つとも使ってしまったくらいだ。
さすがにこれ以上は厳しい。
「さて、村に戻るとしよ……う?」
むくりと起き上がるスライムたち。
なん、だと……?
あれほど喰らってまだ生きているのか。
しかも先ほど倒したスライムも起き上がり、その数八匹。
こちらの窺っている。
「この世界のスライムはやたら強くないか? ……いや、待て…………まさか!!」
やばい――そう感じたとき、時既に遅し。
スライムが身体を震わせ、一か所に集まったのだ!
光り輝く青い群体。
つまり奴らは、
「合体スライム! ならば出てくるのは――」
「ギュギュァァーーー!!」
「やはりキングスライムか! 最悪の展開だ!」
通常種より強いスライムを見たら気を付けろ――そう誰かに言われたのを思い出した。
遅すぎる!
私の慢心がこの危機を生んだのだ!
「く……キングスライムは強敵……だが逃げれば村に被害が及ぶ。ここでやるしかない!」
薄い笑みを浮かべた敵は俺を見下ろす。
勝利から一転、窮地に追い込まれた俺はどうやれば相手に勝てるか必死に頭を回転されるのだった――
――――――――――
《りぃす》
むらびと
せいべつ:おとこ
レベル:3
《つよさ》
ちから:24
すばやさ:14
たいりょく:10
かしこさ:32
うんのよさ:4
さいだいHP:22
さいだいMP:7
こうげき力:26
しゅび力:8
《そうび》
E きおの
E ぬののふく
《じゅもん》
ザオラル
メガザル
バギクロス
ルーラ
パルプンテ