高高度まで伸び、辺り一帯を丸ごと囲う二重防壁による強固な結界。その結界の中にはマンションやビルとよく似た形状の建築物。
海から生えて、幾つも天めがけて
結界が張られた空間は、もとは海鳴市からほど近くの海上。そこに結界を構築して、一般人からは目につかず、迷惑も与えないようにと丈夫で高度な結界が展開されていた。
エイミィからは『どれだけ暴れても大丈夫だよ』とのお墨付きを頂いている。
昨日の夜、俺は今回の一戦を、アルフを通してプレシアさんへと伝言してもらった。
アルフは俺の提案に面食らった様子ではあったが、すぐに事情を理解して協力してくれた。
アルフを仲介役にプレシアさんとやり取りしたが、
プレシアさんにとってもだらだらと長期戦になるのは避けたかったようだし、彼女の目論見からすれば今回の提案は大海の浮木みたいなものだろう。こちらにとっても相手にとっても、この案は願ったり叶ったり、なのである。
「こんな作戦を、あの堅物なクロノがよく承認しましたね。管理局が結界を張っているということは話を通したんですよね?」
並び立つユーノが俺の顔を見上げながら尋ねる。
俺はビルの屋上から見える範囲にいるなのはを視界に入れたまま、ユーノへ答える。
「次元跳躍攻撃が出来る優秀な魔導師であるプレシアさんがいて、それに匹敵する、とまでは言えないものの同じく強敵のリニスさんがいる。この件が長期化すればお互いに消耗戦になるのは目に見えてるからな。無為な損耗を嫌ったんだろ」
「戦力的な問題だけでなく、今後のことも視野に入れた結果ですか……。いろいろ考えてるんですね」
「そんな大したもんじゃないと思うぞ。要するに、面倒事は早く終わらせたいってだけだ」
ユーノと話していると、とうとうフェイトの姿が現れた。
周りよりかすかに背の低い建物の最上階。屋上には噴水があり、その近くになのはが佇んでいて、フェイトはなのはの後ろ、貯水槽の上に立っていた。
「フェイト……あんな仕打ちを受けても、まだプレシアのことを信じてるんだね……」
俺の隣、ユーノとは反対側のアルフが、ぽそりと独り言のように呟いた。
「子どもにとって、親っていうのは『絶対』なんだろうよ。それこそ、自分の身を省みないほどに、な」
「……あたしはフェイトが一番大事なんだ。同じように、フェイトはプレシアのことが一番大事、なんだろうね……」
「『一番大事』か。そんなに長く見ているわけでもないから説得力はないかもしれないけどさ、たぶんフェイトの『一番大事』の中には、そりゃあプレシアさんもいるだろうけど、当然アルフも入ってると思うぞ」
悲しそうな瞳で同じ方向を眺めるアルフに、俺はそう返した。同情や
アルフがこの場にいるのは、なにも釈放されたということではない。
本来なら管理局艦船アースラの拘留室から出られないはずのアルフだったが、なのはとフェイトの一騎打ちが決まったことでどうしても一緒に行きたいと願い出た。行きたい、行かなければならない、という本人たっての所望があり、切実に
アルフも今更抵抗しようとは考えていないらしく、その条件を二つ返事で快諾した。
思考を現在に戻し、前方を見やる。視線の先の少女二人は、いくつか言葉を交わしている。
距離があるため会話の内容はここからでは聞こえないが、その代わりに目の前に照射されている空間ディスプレイが二人を映し出していた。なんとも都合のいい機能があるものだな、とも思ったが、この結界や建造物群自体訓練で使用されるものなのだから、訓練内容を詳細に確認するために撮影機能が設置されているのは道理であった。
『フェイトちゃんと出会えた一番大きなきっかけは、やっぱりジュエルシードなんだと思う。だから、賭けよう。わたしたちが持ってるジュエルシード、全部。賭けよう、わたしたちの想い、全部。全力で戦って、向き合って……そこから始めなきゃ、いけないんだ』
なのはの毅然とした声が、俺の耳に届く。
目線の先でかすかに動きがあった。モニターに目を移すと、背後にいるフェイトへなのはが振り向いていた。
『ここで終わるんじゃない、わたしたちはここから始まるんだよ。なにもかも……ここから始まるんだ。だから、やろう。自分の想いの丈を全てぶつけた、本気の勝負』
なのははレイハを力強く握り、フェイトへと語りかける。熱を込めて、感情を込めて、フェイトの心に届けようとしている。
フェイトへと向けられているなのはの決意を固めた表情は、とても優しく、穏やかだった。
『伝わらないなら、何度だって繰り返すよ。伝わるまでずっと、この気持ちを伝え続ける。フェイトちゃんの本当の素顔を、本当の気持ちを知りたいから』
強い感情をぶつけられたフェイトは俯いて、自分の頬を手で押さえる。歯を食い縛って顔を歪めた。
これまでで一番、悲痛な表情だった。
『……そんなことに、もう……意味はないんだ!』
フェイトは爆ぜるような叫び声、ともすると悲鳴にも似た声でバルディッシュに魔力を通して刃を展開し、なのはへ斬りかかる。二人の少女の全てを賭けた勝負の火蓋は今、切って落とされた。
☆
俺は、『才能』という言葉が嫌いだ。
『あの人には才能があるからあんなに凄い事ができるんだ』とか『自分には才能がないからなにも成すことができないんだ』とか。たった漢字二文字を組み合わせた単語を使って、人の努力を見もしないで決めつける。
突き詰めれば、『才能』という言葉自体が嫌いなわけではない、『才能という言葉を使って自分が出来ない言い訳にする人』が嫌いなのだ。
初めからなんでもできる人間なんて存在しない。努力を重ねて、起こるであろう出来事に備えて準備をしているからこそ、発生する事柄に上手く対処できているのだ。俺はそう考えている。
しかしその持論も、目の前で繰り広げられている二人の少女を見ていると、自信を持って主張することができなくなる。それほどまでに、凡人とは隔絶された技巧・技術の応酬だった。
俺にはどれだけ頑張っても真似できない戦いだった。
なのはとフェイトは各々の魔力の色、咲き乱れるような桜色と光り輝くような金色の尾を引きながら、空中を自在に
時に空高く舞い上がり、時に海面を舐めるように低空を飛行する。ハイスピードで飛翔を続け、尻に付かれたら蛇行してビルとビルの隙間を縫って照準から外れ、反撃に打って出るために建物と接触するのではと危惧するほどの近距離で直角に飛び上がって一回転し、背後に回る。
双方隙あらば魔力弾を放ち、接近すれば手に携える得物で打ち合う。
結界の中という用意された戦場では狭い、と言わんばかりに天空を舞い踊る二人の少女に俺は
どれだけ手を伸ばしても届かない境地にいる二人を目の当たりにして、分不相応にもそんな感情を抱いた。
理解していた。本当は、心の底ではわかっていたはずなのだ。
『才能』という壁は、厳然と存在する。凡人の努力など鼻で笑って、才能がある者は凡夫の頭上を悠々と飛翔する。
『才能なんてない』そう言い切るのは、現実から目を背けたかったからに他ならない。
『誰だって努力さえすれば同じ地点に辿り着ける』そんなことは現実にはあり得ない。同じ時期に始めても、優れた人物は凡人の集団から抜け出て、ずっと先を走っていく。
『要領がいい奴が早くできるようになるだけだ』要領の良さや器用さで差が出るのなら、それこそを才能と呼ぶべきなのだろう。
『努力は人を裏切らない』たしかに努力は人を裏切ることはないだろう。本人が積んだ経験は本人の中に累積されるのだから。しかし、努力が実るとは限らない。誰もが努力して、誰もが評価されるわけではない。努力が人を裏切らなくても、結果が人を裏切るのだ。
十数年前生きていれば、世界の作りなんてこんなものなのだと悟れる。
魔法が絡めば更に顕著に、
やる気があっても、魔力がなければ無用の長物。魔力があっても、適性がなければ
使い続けていれば雀の涙ほどは数値が微増するが、それも計測時の誤差の範囲内程度のものだ。その上、上昇する幅は狭く、成長限界も近い。
生まれたその瞬間から、飛べる高さを制限されている。
この世界は、残酷なまでに理不尽で不平等だ。
「拘束魔法……逃げられない。防ぐ他に手はない……なのは、耐えるんだ」
「フォトンスフィアの多数同時展開……フェイト、決める気なんだね」
見ながらにして見ていなかったモニターへ意識を傾ける。
浮遊カメラが追随できないほどの速度でなのはとフェイトは飛び回り、肉薄して一合打ち合った後、二人は再び距離を取った。
フェイトはなのはの手や足にバインドをかけ、逃げられないようにしてから魔法の構築準備に入る。相当に大規模な術式のようで、発動までに時間がかかるようだ。その間に逃げられては敵わないので、拘束魔法で動きを封じてから発動させるのだろう。言ってみれば、拘束魔法とセットになっている術式なのだ。
一つ二つだけでも俺からすれば脅威になり得る魔力弾を吐き出す発射体が、簡単に数えただけでもフェイトの周囲に三十以上は生み出されている。
弧を描くようにずらりと並び、なのはへと矛先を向けた。おそらくなのはの視界には、連なる金色の発射体がまるで夜空に煌めく天の川のように見えていることだろう。
近接攻撃に特化しているフェイトにしては珍しい、中距離射撃の術式。
近距離だけではなく、中遠距離の射撃魔法も使いこなせるとは、やはり生まれ持っての素質故か。
ようやく二人に追いついた浮遊カメラが音声を拾う。
フェイトの張り詰めた声が鼓膜を叩いた。
『フォトンランサー・ファランクスシフト……撃ち、砕けぇっ!』
フェイトの発声の直後、轟音が大気を震わせる。
無数の発射体、アルフ曰くフォトンスフィアなる金色の球体が槍のような形状の魔力弾を撃ち放つ。フォトンスフィア一つからでも、機関銃のように数多くの魔力弾を吐き出しているのに、それがなのはの左右と前面に配置された発射体全てから斉射されている。その光景はまさしくフェイトの言った通り、撃ち砕かんばかりだ。
さすがに三十を超える発射体の一つ一つの照準を微調整することは困難らしく、いくつかの弾丸はなのはの身体から逸れて周りの建物を貫いた。
ビルに着弾すれば瓦礫を撒き散らし、海に着水すれば海水を巻き上げる。篠突く雨のような無数の魔力弾で周囲一帯を破壊するその様は、金色の暴風雨。
数秒に渡る一斉射撃を終えると、息つく暇も与えずにフェイトは次の行動に移る。頭上に手を上げ、魔力を放出、コントロールする。
周囲に漂ったまま残っていたフォトンスフィアを手のひらの上に集め、集約し、更に形を整えていく。フェイトの傍にあったフォトンスフィアがすべてなくなった頃には、少女の手に長く太い、光の槍が生成されていた。
『スパーク……エンド』
フェイトは、瓦礫と砂埃と水煙で視界が悪くなったなのはの元へ、それを投げやりのようなフォームで放り投げた。
一つの魔法としては常識を超えた量の魔力が込められた雷撃の槍。その槍はフェイトの手を離れた瞬間、一条の光と化した。
空間を焼きながら突き進む雷撃の槍はなのはがいた空間に直撃し、そして爆ぜた。
「なぁ、アルフ。バルディッシュって非殺傷設定にしてあるのか?」
「……そのはず、だけど……」
「兄さんの言いたいことはわかります。人に向けて撃つような代物じゃない、そう言いたいんですよね」
ユーノが俺の心の声を代弁してくれた。
俺がそう懸念するのは、なにもなのはを過保護に扱っているわけではない。そう思ってしまうだけの威力が、フェイトの攻撃に内包されているからだ。
槍から零れ出た魔力がなのはの近くに建てられていた建造物の
忘れがちになるが、なのははあれでも九歳の小学生なのだ。いくら魔法が使えようと、いくら適性が高かろうと、恐怖に晒されればどう転ぶかはわからない。もう一度言う。なのはは、九歳の、
「心配ありませんよ、兄さん。なのはが今日まで、何もしてこなかったわけがないじゃないですか」
なのはの身を案じてそわそわしていると、ユーノが自信ありげな顔をして俺に言う。
土煙と巻き上げられた海水による
ところどころ怪我をしているようだし、無垢を思わせる純白のバリアジャケットは焦げてもいるし、破けてしまっている部分もある。
スカートからは柔らかそうなおみ足が露わになっているし、バリアジャケットの肩の部分が弾けてしまって首元から肩関節に至って素肌が見えてしまっている。か細い首筋や綺麗な鎖骨、年相応の薄い肩が大きく覗いてしまっていて露出度が増していた。海水を浴びて衣服は肌に張り付き、髪も水分を含んで幼い肢体からは言いようのない色香が滲み出て現れていた。
被弾はした。疲労もあるだろう。しかし、なのははまだ戦闘の継続が可能な状態だった。
先の斉射に、間も置かず雷撃の槍。それらを、持ち前の潤沢な魔力と天から授けられた優れた適性の障壁で防ぎ切ったのだ。
汗が頬を伝い、息は荒く、肩で呼吸をしているが、なのはは諦めてなんかない。ましてや、負けを認めてなんか絶対にない。ここから反撃してやるという意志を漲らせていた。
なのはは左手に握るレイハの切っ先を、フェイトに合わせる。するとフェイトの細い手首やしなやかな足に、桜色の輪っかが掛けられた。
味方であるはずの俺だが、あの拘束魔法には幾度となく縛られたことがある。
「あの子、いつの間に準備してたんだい?」
「金髪の子が嵐みたいな射撃魔法を発動させる寸前に足元で光った気がするから、たぶんその時じゃないかな」
「攻撃の瞬間は油断が生まれる。その隙を狙ったのか」
「はい。作戦を練っていた時、レイジングハートがこういう状況なら成功率が上がるって言ってました」
「さすがレイハだ。性格が悪……ずる賢いな」
「あんまりフォローになってませんよ」
今度はなのはがフェイトの機動を封じ、術式を構築していく。立場を逆転させて、再び演じられているような構図だ。
レイハの形状が変移し、音叉を模したような形になった。形態が変わったレイハの身体に四つの環状魔法陣が纏う。
なのはが得意としている砲撃魔法、ディバインバスターだ。魔法陣が桜色の輝きを強め、音叉の先端には圧縮された魔力球が出現する。
フェイトの怒濤の如き攻撃を防いだことでかなりの魔力を消耗したはずなのに、それでもまだ万全の威力を蓄えた砲撃を使うことができるのか。底知れない魔力量だ。
『ディバイン……バスター!』
なのはがレイハのトリガーを引き絞りながら術名を叫んだ。
桜色の魔力をはち切れんばかりに蓄えた砲撃は、目を刺すような光量でフェイトへと迫った。
あまりにも大きな魔力と圧力と光は、モニターを一時的にホワイトアウトさせる。
だが事ここに至れば、モニターなど不要かもしれない。遠目にでも、ビルの横幅と同程度の太さを持つ砲撃がフェイトを呑み込まんとするのを見て取ることができた。
「すごく強い魔力だね……。つい最近魔法を知った子だとは、到底思えないよ」
「魔力を塊にして放つことに関しては、本当に天賦の才を持ってるよ。なのはは。その代わり細かい調整は苦手みたいだけど」
「細かい調整ができないのにあんな砲撃を人に向けるってどうなんだ……。いやまあ、それはフェイトにも言えることなんだけど」
「フェイトはちゃんとコントロールできてるよ」
「コントロール云々じゃなくて攻撃の規模の話だ。フェイトもなのはも、人一人に対して放つ魔法じゃないってこと」
「たしかに兄さんの言う通り、そうそうお目にかかれるレベルの戦闘ではありませんからね」
桜吹雪のようにあたりへ桜色の魔力粒子を散らしながら、なのはの砲撃が細まっていき、やがて消える。
三人で意見の交換をしている間に、ディバインバスターの放射が終わったようだ。
半円形のシールドを全力で展開し続けたフェイトは、さすがに砲撃の余波を受けてバリアジャケットが数箇所破損しているが、未だ浮遊したままである。
なのはもフェイトも所狭しと無茶苦茶な機動で射撃魔法を撃ちまくりながら飛び回った上、大技を使って疲労感はピークだろうに、互いの攻撃を防ぎきってなおまだ戦えるようだ。魔法の素質と戦闘センス。才能の塊である少女たちには、魔力の底なんてものはないのかもしれない。
「まったく……才能があるやつは羨ましいな……」
心の中だけに留めておくつもりだった言葉が、つい口から出てしまった。少女たちの、可憐で愛らしく、なにより他の追随を許さない圧倒的な戦いを目にして、弱音が零れてしまったのだ。
「なに言ってるんですか、兄さん。嫌味ですか?」
「これはあれだね、遠回しな自慢だよね」
俺の独り言に、ユーノもアルフも辛辣な返答を寄越した。
「嫌味? 自慢? 何言ってんだよ、俺はただ純粋に……」
「たしかにあの金髪の子の飛行魔法は凡庸な魔導師とは一線を画すものですし、大規模な術式で魔力を大量に消費して、すぐになのはのディバインバスターを防いだのは驚嘆に値します」
「魔法を覚えてまだ日が浅いあの子がフェイトの空戦に食らいついて、中距離で持っているカードの中で最強の魔法を耐え切って、
やれやれ、と呆れるような顔で俺を見て二人は溜息を吐いた。
「でも兄さんなら、まずあの魔法を食らうようなことにはならないですよね」
「徹には拘束魔法なんて役に立たないんだから、時間のかかる魔法は使えないじゃないか」
『落ち込むのは僕のほうですよ……』、『落ち込むのはあたしのほうだよ……』と、ユーノとアルフは揃って肩を落とした。
二人に言われて、改めて考えてみる。
俺はこれまで、フェイトの
だがそれは間違いだ。自分に置き換えてシミュレーションするのなら、一番最初の、戦闘開始の時点からしなければならない。
戦端を開いたのは、鎌状のバルディッシュを携えたフェイトの一閃。俺ならどうするだろう。回避して反撃か、距離を取って様子を見るのか。
空戦に移行すれば、こちらからの攻撃の機会はどうしても少なくなるが、数発程度の射撃魔法であれば被弾はしないだろう。
フェイトの
立体的な挙動を続けて隙を伺い、チャンスがあれば格闘戦に持ち込むという形にはなるが、一方的に押し込まれるということはない。これは自分の力を過信しているわけでもなんでもなく、客観的に戦力と戦術、戦場を鑑みた結果である。
そしてなにより重要な点が、二人が放った決め技だ。拘束魔法で動きを止めてからのフェイトの大規模射撃術式に、なのはの極太砲撃。
これらをどうするか、と俺は頭を捻っていたが、そもそも俺ならば同じ状況にはならなかっただろう。
無論、直撃すれば撃墜されるのは必至だ。俺には防ぎ切るだけの魔力的余裕がないのだから、食らえば墜ちる。
だが、一撃で墜とされるのが目に見えているからこそ、大技だけは被弾しないよう必死に策を巡らせる。相手の得意な距離を極力維持しないように努めるし、バインドで足を奪いにきたら即座にハッキングで破壊する。
そもそも俺は、なのはやフェイトのようなタイプの魔導師とは立ち回り方が異なるのだ。それを無理矢理彼女らの戦運びと自分の能力とを当て嵌めて、照らし合わせて、俺なんかじゃ相手にならない、などと落ち込むのはあまりに滑稽、間抜けが過ぎる。
わざわざやり辛く不慣れな戦い方をする必要なんかない。
相手がスペックデータでは俺を圧倒的に上回るほど強力でも、自分の土俵に引き摺り込んで、本領を百パーセント――百二十パーセント発揮できる状況に持っていければ、俺でも彼女たちの領域に足を踏み入れることはできるのかもしれない。
「それに徹には才能がどうとか関係ないでしょ。飛行魔法が使えないのに、戦闘中に空戦に適応するための技術を確立してたし。結局、適性なんかあろうがなかろうがどうにかするんだよ」
「それはそうだけど、あれはただ閃いただけというか……」
「兄さん……あの移動術、戦いながら編み出したんですか……。なのはたちと方向性は違いますけど、規格外なところは同じですね。そういえば兄さんは、なのはのディバインバスターを至近距離で受けても防御してみせたじゃないですか」
「いや、あれも防ぐので精一杯だったし、魔力も使い切ったんだぞ? それに今のなのはとは技術や慣れや、魔力の扱いにも差があるし……」
「なんであれ防いでることに違いないじゃないか。それだけで他とは違うよ。素質を工夫で補ってる分、さらに仰天さ」
俺の隣に並んでいる二人は、呆れたように笑いながら言う。
俺にとってはその場凌ぎの苦し紛れであっても、見方が変われば捉え方も変わるのだろう。
要は、自分の力を限界まで振り絞ることこそが、いつだって勝機を見出すきっかけになるのだ。
なんにしたところで、褒められるのは正直悪い気はしない。
二人に持ち上げられて心の内で『あれ、俺って案外できる男なんじゃね』などと伸び始めた鼻がぽっきりへし折られたのは、それから数秒後。ディバインバスターを放ってから姿が見えなくなっていたなのはを探し出した時だった。
「……桜色の、小さな星……」
小惑星のような規模の魔力の塊が、青空というキャンパスの中で律動していた。
なのはとフェイトの聖なる戦いを改変することは、僕にはどうしてもできませんでした。というわけで完全に原作トレース。こればかりは仕方ない。
次からは主人公がちょこまかと動きます。二人の戦いが終わってからですが。