そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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魔法少女リリカルなのは 無印編 最終章
後回しにしていられる段階は、もう終わった


「……ジュエルシードの融合暴走は回避できました。回収できた数こそ一つだけですが、次元断層も次元震も起きなかったのです。今回はそれで良しとしましょう。みんな疲れたでしょう? あれだけの魔力を使った後では、あの子たちもすぐには動けないはずです。今はゆっくり休んでください」

 

 海の上でフェイトたちを取り逃がした後、残った一つのジュエルシードを回収して俺たちはアースラへと帰投した。

 

 アースラに戻ってからは、まず医務室に立ち寄り一通りの検査を受けた。怪我の治療や、魔力の過剰使用によるリンカーコアの疲弊、精神的異常などの診断が主な内容となる。

 

 雷を受けたからだろうか、俺は特に念入りに診察された。

 

 異常がないことを確認できたら、その足で直接リンディさんの元へと向かう。現場で発生したことに関しての報告をしなければならなかったからだ。

 

 報告自体はスムーズに行われたので時間はさほどかからなかった。リンディさんもアースラのブリッジでモニター越しに見ていたのだから、大体の流れは把握していたのだ。

 

 俺たちが報告したのはモニターでは映せなかった細部についてや、現場でしか感じ取れない空気のような感覚的なところくらいなもの。それに報告の大部分は手慣れているクロノに丸投げしたので、俺たちは九頭龍に関係したこと程度しか喋っていなかった。

 

 報告を聞き取り終わったリンディさんは、抜き身の刀を思わせる鋭い瞳からいつもの穏やかで優しげな目へと雰囲気を一変させて、俺たちに(ねぎら)いの言葉をかけてくれた。

 

「徹お兄ちゃん……身体、大丈夫? ジュエルシードから水の大砲受けてたし、雷も……」

 

「ああ、大丈夫だ。ちょっと痺れが残ってるだけ。こんなもん寝れば治る」

 

「九つものジュエルシードを封印したんですから、魔力も使いすぎたのでは……」

 

「医務室で調べただろ? (から)(けつ)まで使ったわけじゃないからいつもより全然ましだ」

 

『……心配する身にもなってください。最後の雷は……本当に死んだかと思いました。あなたの命は、もうあなただけのものではないのです。もっと自分を大事にしてください』

 

「いや、心配してくれるのは嬉しいけど……雷撃については俺にはどうしようもなかったって……」

 

『わかりましたか……?』

 

「わ、わかった……努力する」

 

『……まあ、今はそれでいいでしょう。その言葉、忘れないようにしてください』

 

 リンディさんとの話が終わった後、話し合いの場となっていた応接室で一休みしていた。一時間ほど前は江戸時代のお茶屋さんみたいな様相だったのに、いつの間にか畳敷きになっており、飲み物も揃えられている。なんという(くつろ)ぎ空間。

 

 今日の放課後から直接アースラに乗り込んだので、ジュエルシードの封印に時間を取られて報告を済ませた今、太陽はもう沈んでいる可能性もあるが、疲れ切った身体では家に帰るのもしんどいので休憩してから帰ることとなった。

 

 なのはもユーノも俺の隣につき、両側から質問攻めというか、心配攻めのような状態である。

 

 特に俺の身を案じるレイハからの言葉は、とても重く響いた。一切、悪口の一端さえ見ることができず、逆にそれでどれほど気を揉ませたかが窺い知れた。

 

 そういえば、フェイトからも忠告されていた。守られる側の気持ちも知れ、と。

 

 改めないといけないとは思うが、これは生まれ持っての性格だ。今更変えるのも難しい。変えられないのなら、ばれないように工夫しなければいけないな。

 

「ほら、もう休憩はいいだろ? そろそろ帰らないとまた恭也に怒られるぞ、俺が」

 

「これ以上ゆっくりしてると遅くなっちゃうもんね。早く帰ろ?」

 

「……俺はちょっと、調べたいことがある。先に帰っててくれ」

 

「まだなにかやるんですか? ……一人で」

 

「気になることがあるだけだ。調べ物が終わればすぐ帰るって」

 

『あまり無理をしないようにしてください。今日は充分働いたのです。ゆっくりしたほうがいいでしょう』

 

「わかってるって、そんなに長い時間やるつもりはねえよ。俺だって疲れてるんだ、そんなに体力残ってないっての」

 

 後ろ髪を引かれるように何度も振り返るなのはとユーノを、俺は手を振って見送る。レイハがぴかぴかと不安げに瞬いていたのが心苦しい。

 

「あれほど大規模な砲撃を受けたんだ。傷がないことは不可解だが、身体に影響は出てるんじゃないのか?」

 

 なのはを家まで送ってくれようとしているのだろう。なのはとユーノが席を立ったと同時に、クロノが腰を上げた。

 

 クロノは二人の後を追う前に、俺の隣に立って声をかけてくる。

 

 自分の体調不良を隠して、これから立てるかもしれない作戦に支障が出ては事だ。クロノには正確に伝えておくべきだろう。

 

「魔力に関しては問題はない。ただ激しく動こうとしたら筋肉が()りそうになる。これはいつ頃治るかわからないな」

 

「そうか、今はゆっくり休んでくれ。向こうだってジュエルシードを封印するためにかなり魔力を使っていたし、次元跳躍攻撃まで使ってきた。すぐに戦える状態にはならないはずだ」

 

「そうだな、調べ物が終わったらそうさせてもらう。じゃあ、なのはを安全に家まで送り届ける役目は任せたぞ」

 

「僕の職務にこんな仕事は含まれていないはずなんだが……」

 

 クロノはぶつくさ言いながらも、なのはたちを追って早足で部屋を出た。文句を言いながらも、頼まれれば引き受けてしまうクロノは、やっぱりいい子である。

 

「さて、そろそろ俺も行くか」

 

 本音を言えば今すぐ家に帰って泥のように眠りたいところだが、俺にはやらなければいけないことがある。

 

 彼女たち。フェイトや、アルフや、リニスさんがジュエルシードを集めている理由がわかるかもしれないのだ。

 

 彼女たちがああまでしてジュエルシードを、エネルギー結晶体のロストロギアを収集する理由を、俺は知らなければいけない。

 

 ジュエルシードは全て封印処理をした。封印をした以上、どこかで急に暴発、なんてことにはならないだろう。その点では安心できる。

 

 だがそれは、この地球は海鳴市に漂着して散らばったジュエルシードが双方の手に渡りきった、ということを意味している。この先ジュエルシードを獲得しようと思ったら戦う以外に道はないのだ。

 

 これからはジュエルシードの発見収集競争ではなく、力による強奪となる。状況はシフトした。必ず、なにがあろうと、否が応でも、戦闘は避けられない。

 

 だからここで確認しておかなければいけないのだ。自分たちが戦う理由、彼女たちが戦う理由。今まで目を背けていたそれらに、面と向かって顔を突き合わせなければならない。後回しにしていられる段階は、もう終わったのだ。

 

「徹くん、ちょっといいかしら?」

 

 応接室に来る前に、クロノからデータを管理している部屋は教えてもらっている。早速行こうかと思い、身体を軋ませながら立ち上がろうとしたら、リンディさんに声をかけられた。

 

 彼女は俺を呼び止めるといそいそと座布団を引きずって自分の隣に置き、ぽんぽんと座布団を叩いた。

 

 応接室に来たのはリンディさんにジュエルシードについての報告をするためである。よって、俺の位置はリンディさんの正面にあった。真ん前から話せばいいものを、リンディさんはそうしたくないようだ。話はあるがまずは隣に座れ、とのことらしい。

 

 ジュエルシードの回収に行く前と全く同じ構図で泣きたくなる。悲しさからか、それとも喜びからかは俺にも判断つかない。

 

 彼女の指示に諾諾(だくだく)と従い、立ち上がりかけた体勢のままの中腰でリンディさんが用意してくれた座布団に腰を下ろす。

 

「よく頑張ったわね。ぎりぎりの戦力で怪我人を出さずに、最大の戦果を引き出したわ。えらいえらい」

 

 俺が隣につくと、リンディさんは光のエフェクトでも発生しているのではと思うほどにきらきらと頬を緩ませ、俺の頭を撫でてきた。

 

 本当に嬉しそうにそんなことをしてくるものだから、払い退けるのはすごく気が咎めるのだが、俺としてはとても面映ゆいのでやめてもらう。

 

「ちょ……リンディさん。高校生にもなってこれは恥ずかしいって」

 

「えぇ……いいじゃない、これくらい。男の子はすぐに母親から距離を取ろうとするのよね」

 

「俺はリンディさんの息子じゃないけどな。男は思春期になると母親と一緒にいるのが気恥ずかしくなってくるもんなんだ。クロノは真っ只中だろうな」

 

「クロノは特にそういうところが強くあるのよ。士官学校に行く前もそうだったけど、行ってからはさらに甘えてくれなくなったの。これも一種の反抗期なのかしら。母親としては寂しいわ」

 

「仕事ではリンディさんはクロノの上司だからな。公私混同をしないように気をつけてるんじゃないか? 仕事の時間が長いし、子どもに戻る機会がまずないんだろ」

 

「たまには家族水入らずの時間を作るべきね。何日かタイミングを合わせて休みを取って」

 

「そうするのもいいだろうな。ただ今回の件が終わってからにしてくれよ? 二人に抜けられたら誰が代理を担うんだ。指揮系統がしっちゃかめっちゃかになるぞ」

 

「そこは徹君が……」

 

「洒落にならない! できるわけないだろ! 考えただけでもぞっとするわ!」

 

「大丈夫よ。その前にしっかりレクチャーしてあげるわ」

 

「本気でやろうとするな! 荷が勝ちすぎてんだよ!」

 

 リンディさんの肩を押しのけてもするりと力を流され、腕を払ってももう片方の腕が伸びてくる。結局リンディさんにされるがままだった。

 

 本当の息子であるクロノは、まだ若い――というか幼い――のに独り立ちしすぎていて、リンディさんの余りある母性本能の行き場がなかったのだろう。クロノのように完璧ではなく、弱みの多い俺は甘やかすにはうってつけの相手ということだ。

 

 現にリンディさんの瞳がきらきらを通り越してぎらぎらしている。こういった類いは反発しても無駄だ。潔く諦めてされるがままになっていた方が無難である。

 

「それで、呼び止めた理由はなんだ?」

 

 このままではいつまでたっても解放されない。それは(すなわ)ち、調べ物をするのも後ろにずれ込むということで、俺が帰る時間もそれだけ遅れるということだ。

 

 撫でくりまわしながらでもいいので、用事があるのなら速やかに済ませてもらおう。

 

「そうそう、忘れていたわ」

 

「忘れんなよ……」

 

「これについて、知ってることがあれば教えてほしいなぁ、って」

 

 そう言いながらリンディさんが取り出したのは青白く輝く宝石、ジュエルシード。

 

 なぜ今さらジュエルシードについて訊くのだろうと疑問に思っていると、表情にまで表れてしまっていたのか、リンディさんは続けて説明する。

 

「このジュエルシードは今回封印したものなんだけどね。クロノから手渡された時、なにか変な感じが、他のジュエルシードとはどこか違和感があったから調べたのよ」

 

 リンディさんはジュエルシードを頭上に掲げ、天井の明かりに照らした。

 

 たしかにリンディさんの言う通り、今までのものとはどことなく異なっている感覚を覚える。出来の良い間違い探しの問題を見ているような気分だ。

 

 脳内を検索して、これまで俺が見てきたジュエルシードとリンディさんが持っているジュエルシードを照合させる。

 

 形は同じ、大きさも変わりはしないだろう。でも何かが違うのだ。

 

 しばし考えて、ようやく行き着いた。ジュエルシードが放つ圧力。厳密に言えば、封印してなお、微かに漏れる魔力がこいつにはないのだ。他にも、胸元にぶらさがっているエリーと(くら)べると色彩に厚みがない。ジュエルシードは、ただそこにあるだけで威圧するような存在感があるのに、今回のジュエルシードはどうにも薄っぺらいのだ。

 

 注意して見て、感じなければ気づけないほどかすかな差異。それをリンディさんは持っただけで察知したのか。つい忘れがちになるが、この人も異常なほどに魔力のセンスを持っているのだった。

 

「で、結果は?」

 

「魔力量が全然違ったわ。あなたたちが集めてきたジュエルシードが有している魔力量の平均と比較して、四分の一ほどしかないの」

 

「四分の一……随分数値に差が出てるな」

 

「そう。この魔力量の差の原因について教えてほしいのよ。現場にいて、ジュエルシードの経緯(いきさつ)なら発見者のユーノ君のほうが詳しいでしょうけど、内部の仕組みになれば徹君のほうが精通してるでしょう? なにか心当たりがあるんじゃないかって思ってね」

 

「ちょっと時間をもらいたい。最初の記憶から洗い直してみる」

 

「ええ、いいわよ。徹君が考え事をしてる時の顔って、私結構好きだから」

 

「しゅ、集中を妨害するようなことは言わないで」

 

 ふふっ、とリンディさんは心底楽しそうに俺をからかってくる。目を閉じて視覚を遮断し、思考の海に潜ろうとしているのに、男心を(くすぐ)るようなことを言われて心臓がどくん、と跳ねた。

 

 思考にノイズが入るので是非やめて頂きたい。

 

 顔が熱くなっているのを自覚しながら、今回のジュエルシード封印に関する記憶を芋蔓(いもづる)式に引っ張り上げる。

 

 今リンディさんが手にしているジュエルシードは、他のものとは違い海から取り出されたが、場所による影響はないだろう。影響があったのなら、例えば海の中にある時は常に魔力が放出され続けているのだとすれば、アースラのレーダー網に引っかかるはずだし、水龍を作り出すようなことも魔力が枯渇してできないはずだ。

 

 ならば強制発動されたからか。これも否定できる。フェイトの魔法で強制発動させられたエリーは元気発剌に何度も俺を助けてくれている。これも関連はない。

 

 今までのジュエルシードと違う点というと、融合したことだろうか。いや、有り得ない。簡易的な融合状態ではあったにしろ、それであれば他のジュエルシードよりも魔力量が多くなくてはいけない。少なく検出されるなんてことは論理的とは言い難い。

 

 俺がハッキングでミスをした可能性はどうだ。あり得るといえばあり得るが、決定的な解答ではない。俺が失敗していれば魔力量が零に、空っぽになっていて、ジュエルシード本来の力を完全に失っているだろう。それにミスをした覚えもない。エリーを暗く冷たい檻から解放する時ですらハッキングは成功したのだ。俺に限って、ジュエルシードへのハッキングが二回目の今回で失敗する道理などない。

 

 他というと、封印が完了してからフェイト側の勢力の一人に雷撃を受けたから、という理由しか考えられない。最低ラインまで魔力を封じられたところに大威力の砲撃を受けたことにより、内部の構造に傷がつき、魔力量が減少した。

 

 自分でもすっきりしないし自信もないが、これくらいしか考えつかない。

 

 正答である確率が一番高いのがこれなのだ。俺から提出できる答えはこんなところだろう。

 

 沈思黙考から意識を戻し、目を開く。

 

 リンディさんの顔が、鼻が触れ合うほど近くにあった。

 

「近い! またかよ! 近すぎるって! なにしてんの?!」

 

「徹君って、目を(つぶ)ってると案外かわいい顔してるのね」

 

「案外ってなんだ案外って」

 

「目が凶悪なのかしら」

 

「まだ続けんのかよ。あととても失礼なことを言っている、という自覚はあるか?」

 

 にこにこ顔のリンディさんの肩を押して距離を取る。押された彼女はくすくす、と笑いをかみ殺しながら正面から移動し、俺の隣にぴったりと寄り添う。場所が変わったところで依然として近かった。

 

「それで、なにか思い当たることはあったかしら?」

 

「話を脱線させといてしゃあしゃあと……。封印した後雷撃があっただろ? たぶんそれが原因じゃないか? 俺も確信はないけど、それくらいしか考えられないんだ」

 

「そう、それなら仕方ないわね。このジュエルシードのスペックが下がっているということは、他の八つも同様に下がっていると捉えてもいいのかしら」

 

「そう取るのが自然だろうな。他のも一緒に雷を受けたんだから」

 

「そうだとしたら、まだ救いがあるわね。今回向こうの手に渡った数は八つ。危険性で言えば限りなく最悪に近いけど、魔力量として換算すれば二つ分にしかならない計算ね」

 

「ジュエルシードの数で言えば、フェイトたちが持っていた五つと今回取られた八つを合わせて合計十三。でも魔力の量では合計七つ分にしかならない……と。まぁ、安心材料にはなるか」

 

「十三個と比べたら、だけど。こちらはこれまでに集めた六つと、今回の四分の一の魔力を持つジュエルシード。それと徹君のネックレスになっている『その子』を合わせて七つと四分の一ね」

 

 話題に上ったことで胸元のエリーがぴくりと震えた。

 

 とうとうばれてしまった、みたいな反応である。不安げにぴくぴくと震え続けるせいで大変こそばゆい。

 

「エリーのこと知ってたんだな。隠していたつもりもないけど」

 

「知ってたというより、気づいたってだけよ」

 

「悪いけどこいつは……」

 

「ええ、徹君が持ってなさい。その子からは他のジュエルシードみたいな危ない感じがしないわ。それどころか徹君を守ろうとしているような気配さえする。気に入られてるのね。こちらで保管するより、徹君が持っているほうが安全なんじゃないかしら」

 

「実際何回も助けられてるし、仲は良いんだろうな。そう言ってもらえて安心したよ、ありがとう」

 

 リンディさんからのお許しが出たからもう安心していいぞ、と諭すようにエリーをぽんぽんと撫でる。

 

 内心、元ジュエルシードのエリーを個人で持っていることにいい顔はしないだろうと思っていた。

 

 管理局側も、もちろん俺もジュエルシードは危険な代物だという印象を持っている。しかし他のジュエルシードと俺の胸元にいるエリーとは全くの別物であることを、管理局側が理解してくれるとは考えていなかった。

 

 封印をしているとはいえ、ジュエルシードはまだまだ謎の領域が多いロストロギアなのだ。いつなにが切っ掛けで予想外の事態が発生するかわからない。そんなジュエルシードを安全な場所に保管するでもなく、首元にぶら下げておくのは管理局側からすればリスクでしかないだろう。

 

 だから今日まで敢えてエリーの存在を伝えるのを避けていたが、まさか俺の傍に置いておくことを認めてくれるとは。リンディさんの寛大な処置と配慮には感謝するより他にない。

 

「しかし残りはどこにいったんだろうな。俺たち側の分と、向こうの勢力の分のジュエルシードを合わせた総魔力量は十四個と四分の一しかない」

 

「残りの七つ分足らずの魔力は消えてなくなったのかしら?」

 

「今のところは……」

 

「なにもわからないわね。こっちで気づいたことがあれば報告するわ。だから……」

 

「こっちでも分かったことがあれば報告する。つまりそういうことだろ?」

 

「ふふ、理解が早くて助かるわ。頭の回転がいいと話がとんとん拍子で進んで気持ちがいいわね」

 

 ため息を吐きながら上体を後ろに逸らして腕をつく。結局は厄介で気がかりな情報を持ち込まれただけであった。教えてくれるのはありがたいが、同時に心労が増えるのは如何(いかん)ともし難い。

 

 この際ついでだ。フェイトたちの動向についても訊いておこう。

 

「褒めて使うタイプか? いい腕してるよ、本当に。それよりも、だ。相手が転移した行き先、レーダーで追跡とかできたのか?」

 

 ジュエルシードを確保したのだから、おそらくリニスさんはこの世界の住処であるマンションの一室ではなく、本部のほうへ向かったのだろう。彼女たちの本部がどこにあるのかは知らないが、どこにあったとしても――違う世界の違う次元にあったとしても、座標がわかればアースラの転移門から跳べる。

 

 こちらから仕掛けるつもりがあってもなくても、受身ばかりにならずに攻めに転じることもできるとわかれば、気の持ちようが様変わりするのだ。選択肢は多すぎても困るが、少なすぎては気が詰まる。考えにゆとりを持つためにも、取れる手段はなるべく用意しておきたい。

 

 だが、リンディさんの顔を見る限り、望んだ回答を得られそうにはなかった。

 

「それがね……そっちが雷撃を受けたように、こっちも攻撃を受けたのよ。高威力の雷の砲撃、徹君が受けたのと同じ規模ね。そのせいでレーダーなどの索敵機能は総じて沈黙。彼女たちの影どころか、足跡さえ追うことはできなかったわ」

 

「そう、だったのか……」

 

 俺たちの戦域に放たれた砲撃、つまり俺の頭上に降り注いだ雷撃と同程度の規模ということは、同時に二発撃ち込まれた、という捉え方でいいのだろう。あれほどの威力と精度の砲撃を同時に二つも発動させる技量には舌を巻くが、それよりも気がかりなことがある。

 

 なぜ、アースラにまで攻撃を加えたのか。

 

 砲撃を受け、結果的にレーダー機能が一時的に喪失して跡を追跡することができなかったが、必ずそうなるという確証などないのだ。

 

 アースラを墜とすつもりで攻撃したわけでもない。フロアの幾つかは使えなくさせられたかもしれないが、リンディさんが俺たちとこうしてゆっくり報告するだけの時間を作れるのだから、アースラは航行が危ぶまれるまでの深刻なダメージを受けたわけではないのだろう。元からこの艦を墜とす目論みなどは含まれていなかったのだ。

 

 考え出すと、どうにも相手が取る行動は行き当たりばったりなように思えてしまう。

 

 アースラに向けて次元跳躍攻撃を放っても、直撃する可能性は百パーセントではなかっただろうし、防がれる恐れも、回避される懸念もある。なのに砲撃を命中させても、レーダー機能を奪うことができるかは運次第。失敗すれば逆探知されて居場所を知られる。しかも管理局側からすれば艦を攻撃されるのは本丸を攻撃されるのと同義で、顔に泥を塗られた格好となるため多くの恨みを買うことにもなる。これほど分の悪い賭けもないだろう。

 

 確実に戦域から脱出しようと思ったら、もっと安全な策があったはずだ。リニスさんは外からアースラのレーダー機能にハッキングを仕掛けられるほどの腕があるのだから、他にも手段はあったはずなのだ。

 

 彼女たちの行動にはどうにも不可解な点が多すぎる。他に目的があって、(もっと)もらしい言い分で覆ってとても重要ななにかを隠しているような、そんな胸騒ぎがする。

 

 知らなければならない。その『なにか』を知らないままでは、ジュエルシードを巡る一件の本当の意味での解決にはならないのだ。

 

「話は済んだよな。俺もなにか気づいたことがあれば伝える。それじゃ、俺はここで失礼するよ」

 

 胸に積み重なっていく不安感の正体を早く突き止めたい。

 

 調査をするためにもこの部屋から出ようと、リンディさんに一声かけてから俺は立ち上がった。いや、立ち上がろうとした。席を立とうとしたが、リンディさんに手を引っ張られて立たせてもらえなかったのだ。

 

 まだ用事があるのかとリンディさんを見遣ると、眉を(ひそ)めて俺を見ていた。

 

「ちょ、なにを……」

 

 くん、と強めに引かれる感触。リンディさんは俺の身体を引き寄せると、腕を俺の背後に回して、力強く、それでいて痛くはならないように調整された力加減で俺を抱き締めた。

 

 唐突なハグにあたふたしていると、リンディさんが口を開いた。体勢上耳元で囁かれることになってしまうので、多感なお年頃である男子高校生の心臓には大変悪い。

 

「徹君、怖い顔してるわよ」

 

「か、顔が怖いのはいいつもの、ことだっ」

 

「そういう意味じゃなくて、強張ってるってこと。言ったでしょう? 一人でなんでも背負いすぎないように、って。なにかあれば頼ってくれてもいいのよ。なにかあれば、相談してくれていいの。いつでも話聞くわよ」

 

「あ、はは……わかった。ありがとう、気が楽になった」

 

「本当にわかっているのかしら。徹君は物事の理解は早いけど、人の感情の機微には鈍いから不安だわ。みんな心配してるのよ」

 

「最近よく言われるな……。これ以上みんなに迷惑かけないようにするって、大丈夫大丈夫」

 

 リンディさんの肩を押しながら、俺は笑ってそう言う。

 

 俺のことを心配してくれている、その感情はとても温かくて優しいものだ。素直に嬉しいと思える。

 

 だからこそ、その気遣いに見合うだけの働きもしなければならない。甘やかされるばかりでは割に合わないのだ。

 

「……わかって、ないじゃない…………」

 

 リンディさんは小さく何かを呟き、腕を(ほど)いて俺を解放してくれた。

 

 独り言のようなボリュームの声はあまりにも小さく、俺の耳にまで届かなかった。

 


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