そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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邪魔になるものはすべて排除する

 フェイトとなのはから聞いた、攻撃を当てた時の感触や、俺が客観的に見たジュエルシードに関連する断片的な情報を紡いで得られた疑問と可能性。それは一番最初に現れた水龍と、なのはたちが取り囲んでいる水龍はスペックに差があるということだ。

 

 間抜けな俺は早とちりしてこれまで気づくことができなかった。

 

 九頭龍(くずりゅう)になる前の段階では蛇型が七体いて、龍型が一体いた。九頭龍になってからは蛇型は綺麗さっぱり一体残らず消え去り、水龍が九体、水の球に繋がった状態で現れた。

 

 この時点で既に数があっていない。ジュエルシード自体の数は九頭龍に変貌を遂げる前でも後でも変わらず九個なのに、操られている蛇型や龍型の数が、前者では少ないのだ。

 

 アースラにいた時の映像で俺は見ていた。ジュエルシードの二つが身を寄せ合って、息を合わせて鼓動を合わせ、一体の水龍を生み出すところを俺は見ていたのに、なぜこんなことに気づかなかったのか、不思議でならない。

 

 つまり、最初の水龍はジュエルシード二つ分の魔力によって構成されていたということだ。だから俺とユーノ、アルフの三人がかりの拘束魔法でも動きを止めることができなかった。膨大な量の魔力を供与されていたから、なのはの砲撃を凌ぐことができたのだ。

 

 だが、常軌を逸した突進力や防御力が最初の水龍よりも低下しているとはいえ、凄まじい復元力を有していることに変わりはないし、なのはとフェイトの砲撃で封印しようにも九つの龍の頭が束になって盾となるだろう。

 

 なによりフルパワーで砲撃するためにはチャージの時間を設けなければいけないが、その時間を稼ぐのがまず困難だ。水龍の魔弾は障壁貫通力が高すぎる。一頭の水龍が吐き出す魔弾でさえ容易く障壁を突き破ってくるのに、それが九つに増えて集中的に襲ってくるとなれば、チャージ中の二人を守りきることは、至難どころではない。不可能とすら断言できる。

 

 結論、なのはとフェイトの砲撃による封印という方法は空理空論と言わざるを得ない。

 

 とはいえ、打つ手段がないのかと問われれば、断じて否だ。たしかに水龍の復元力については目を見張るものがあるが、そんなもの復元させなければいいだけなのだから。

 

 そちらの案で進める為には、もう一つ実地のデータが欲しい。

 

《兄さんっ! そろそろこっちに戻ってくださいよぉ! 回避することに関しては兄さんの移動技術が一番適してるんですから!》

 

 ちょうどいいタイミングでユーノからの念話が届いた。

 

 相当追い込まれているのか、ユーノの声は大音量に加えて上擦(うわず)ったものである。

 

《ユーノ、龍に拘束魔法を使ってみてくれないか?》

 

《なんでっ、ですか! うわっ、とと……。一度龍相手に使って、動きを止められないことはっ、判明してるじゃないですか!》

 

《いいからやってみてくれ。違う結果が得られるはずだ》

 

 わかりました、とどこか不承不承といった色が声に滲み出ていたが、ユーノは実行してくれた。

 

 遥か遠方で淡緑色の光が瞬き、鎖と思われる一本の線が、九頭龍の九つあるうちの一つの首に巻きつく。ユーノが繰り出した拘束魔法の鎖はたった一本だけであったが、それでも水龍の動きを著しく低下させた。

 

《効いています……。やはり多少は御しきれてない感はありますが、それでもさっきの龍に魔法をかけた時とは全然手応えが違います》

 

《そうか、やっぱりな。ありがとう》

 

《ど、どういうことですか?》

 

《後から説明するから、もうちょい踏ん張ってくれ。あと少しで策が立つ》

 

《わ、わかりました……。でも、なるべく早くお願いしますよ?》

 

 そこで念話は切られ、遠方で龍に繋がれていた緑の線も消える。

 

 たった一体の動きを止めるだけのために拘束魔法を使い続けていてはリスクが上昇するためだろう。一体を捕縛しても、魔法を使うために静止しているところを他の龍に狙われる。一体の水龍を止めるだけでは意味がないのだ。

 

「よし、これでなんとかなる。封印できる」

 

 ユーノのおかげで、死ぬ気で頑張ったら龍を抑え込むことができるとわかった。これでピースは揃った。

 

 ジュエルシード二つの魔力で生み出された水龍相手には、拘束魔法は意味を成さなかったが、ジュエルシード一つで生成されている今の水龍であれば、難しくはあっても抑えられるはずだ。

 

 海水と魔力で構成されている水龍の身体を拘束し、その間にジュエルシード本体に接触する。可能ならば封印処理を行い、最悪でも放出される魔力の出力を低下させる。

 

 ユーノ、アルフ、なのは、フェイトの四人が九頭龍の動きを止めることだけに徹すれば、俺がハッキングでジュエルシードと相対するだけの時間を稼げるだろう。あの四人なら、きっと繋いでくれる。

 

 さて、そろそろこの一連の件を終わらせることにしよう。

 

 俺は足に魔力を漲らせ、高々と跳躍した。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 真正面から迫り来る、なのはの誘導弾より直径の大きな水弾を落ち着いて横に移動することで避ける。俺が回避した方向へと他の個体が水弾を放ったが、軌道を見切り、足場を再構築して水弾の反対側へとジャンプする。

 

 水龍たちの脳を(つかさど)っているジュエルシードは意外なまでに(さと)い。俺たちの動き、躱した時の速度からどこに移動するか予測を立てて、その先に魔弾を射出して確実に当てにくるのだ。

 

 しかし、俺に対してはその鋭い予測も無意味である。

 

 素早く動けば慣性で身体が流れてしまう飛行魔法と違い、俺が使う跳躍移動は――重力による負担を考慮から外せば――進行方向を思いのままに思い通りに変えることができる。

 

 飛行魔法が円を描くようにして曲がるのだとすれば、跳躍移動は直角に曲がるのだ。

 

 飛来する弾丸を避けるのに、これ以上適した移動技術はない。跳躍移動の思わぬメリットの一つだ。

 

 九頭龍から断続的に放たれる水弾を飛び跳ねて回避しつつ、俺は戦線に復帰した。

 

「兄さん! 作戦は思いついたんですか?!」

 

 水龍へ注意を払いつつ、俺のもとへとユーノが近寄ってきた。

 

 俺が前線に戻ったことを見て、なにか策を持ってきたと思ったのだろう。近づき過ぎては的になるだけなので、若干の距離を開けながら話をする。

 

 ユーノだけでなく、なのは、フェイト、アルフも徐々に接近してきた。

 

「ああ、現状で一番成功確率が高い手だと思う」

 

「早速教えてくれないかい? 攻撃されるばかりというのは疲れるよ」

 

「飛行魔法も魔力を使うのですから、やはり疲労が溜まってきます。打って出る為の魔力の残量を計算すると、それほど余裕はありませんよ」

 

「大丈夫だ。これで封印できなきゃ打つ手なしだからな。一発勝負だ。後のことは考えなくていい」

 

「緊張するようなこと言わないでほしいの」

 

「どうすればいいの、徹。砲撃は届きそうにないし、力を溜める時間もないんだよ? 頭を破壊してから封印しようとしても、封印する前に龍の頭が再生する」

 

「なに、小難しいことは考えなくていい。簡単な作戦だ。お前たち四人で、九本の頭が俺の邪魔をしないように動かなくさせといてくれるだけでいいんだ。それだけでいい。その間に俺がジュエルシード本体に接近、接触して魔力を送り込んで封印する。ほら、簡単だろ?」

 

 ぽかん、と四人は呆気に取られたように目を丸くして小さく口を開いた。

 

 九頭龍から放たれる魔弾のことまで頭から抜け落ちているらしく、動きが止まって水龍に狙われているところを俺の拘束魔法で引っ張って強制回避させる。フェイトに使った時と同じ術式の魔法。柔肌に傷が残りにくいソフトタイプの鎖である。お肌に優しい鎖を鎖と呼んでいいのかは謎だが。

 

「動かなくさせるって……四人で九体の龍を拘束し続けるなんて無理ですよ! 一人二体以上を捕まえておかないとならない計算じゃないですか!」

 

 身体を揺さぶられたことで、あと目と鼻の先を巨大な水の砲弾が通過したことで意識と危機感を取り戻したユーノが反論した。

 

「お前らならできるって。一人あたり龍二体を受け持って、余った一体は四人で協力して拘束する。めちゃくちゃがんばればいけるだろ」

 

「いけるだろ、って……投げやりな……」

 

「さっき試しにやってみたら拘束できたじゃねえか。それに一人で全部やれとまでは言ってないんだ。きつくなったら四人でフォローし合えばいい。がんばってくれ」

 

「……はい」

 

 ユーノはこれから味わうことになる途轍もなく大きな苦労を想像したのか、雰囲気がどんよりと暗いものになったが、渋渋といった風に首を縦に振った。納得してくれたようである。

 

「仮にあの龍たちの動きを一時的に止めれたとしても、そんなに長時間拘束し続けるなんてできないよ。その時はどうするんだい?」

 

 軽やかに右斜め後方に退避して、飛んできた水弾を事もなげにやり過ごしたアルフが問いかけてくる。

 

 これについては、俺はすでに答えを用意していた。

 

「封印し切る前に龍が鎖を解いたら、俺はその瞬間に全力で避難する。ジュエルシードの魔力を多少なり抑えられたらいいが、それすらできなかったら一からやり直しになるな」

 

「あたしたちの働き次第って言いたいんだね。いい性格してるよ、本当に」

 

 アルフは苦笑いを浮かべながら肩を(すく)めた。他に手段がないのだから、認めざるを得ないと判断したのだろう。

 

「この作戦、私たちは離れたところから龍の動きを妨げるだけだけど、徹は一人でジュエルシードに近づくんだよね……」

 

「……徹お兄ちゃんは危なくないの? 危なくないわけないよね? なにか失敗があったら怪我をする確率が高いのは徹お兄ちゃんなんだよ?」

 

 次はフェイトとなのはの二人が意見を述べた。なのはに至ってはやんわりとだが異を唱えているようにも聞こえる。

 

 俺の身を案じてくれているその気持ちはとても嬉しいが、贅沢は言ってられない。俺だって痛い思いや苦しい思いをするのは御免被(ごめんこうむ)るが、戦力的にこういう人員配置にするしかないのだ。

 

 

 俺にユーノやアルフ並みとまでは言わないが、二人に準じる程度に人並み程度に拘束魔法の適性があれば、俺がなのはの代わりに動きを止める役を引き受けてチャージする時間を稼ぎ、遠距離から砲撃による封印を行うという計画も立てれたが、現実問題不可能なのだ。俺のスキルではどう頑張っても、一人で水龍二体を抑え込むことはできない。

 

 拘束できる可能性が高い順に龍の動きを止める役割に割り振って、最後に余ったのが俺だ。封印作業は俺が担うしかない。

 

 理論立てて順序立てて説明すれば賢い二人のことだから理解してくれるだろうけど、悠長に解説している間、九頭龍がじっと待っていてくれるとは到底考えられない。

 

 忘れてはいけない、俺たちには猶予がないのだ。暴走状態や励起状態ではないので深刻なレベルとまではいかないが、こうしている間にもジュエルシードは僅かずつ力を増している。時が経つごとに、成功率は確実に低下していく。

 

 本当なら作戦の内容すら詳しく話さずにやって欲しいことだけを指示したかったところだが、上から押しつけるように命令するだけでは不信感が芽生える。連携が重要なこの場面で、チームワークに不和を生じさせたくなかった。だからこそ、時間を割いたのだ。

 

 だがもう、貴重な時間を浪費することはできない。

 

 なのはもフェイトも、俺が怪我をしないように、という配慮から反論していることは理解している。彼女たちの、嘘偽りない純粋な優しさからの言葉であることは理解しているが、理解した上で、その優しさを利用させてもらう。

 

 なのはとフェイトが、俺の身の安全を考えてくれた。その気持ちだけで、俺は満足できる。その想いだけで頑張る理由になるんだ。

 

「ミスした時は怪我することになるだろうな」

 

「それじゃあこんな作戦は……っ!」

 

「そんなもん、ミスしなけりゃいいだけだろ? 俺が怪我しないように二人とも頑張ってくれよ。信じてるぜ」

 

 俺は顔面に笑みを貼りつけて、二人の才気溢れる少女へと送った。

 

 なのはは小さな拳を握り締め、怒りか何かに顔を赤くさせながら、俺にじと目を向けてくる。あしらわれていると感じたのか、柔らかそうな――というより実際に柔らかい――ほっぺたを膨らませた。

 

 フェイトは目を伏せながら左手を心臓の位置にまで持ってきて、バリアジャケットに皺が寄るほど掴んだ。前髪が顔を隠しているせいで表情はわからなかったが、形の綺麗な耳が心なしか赤くなっている気がした。

 

「そろそろ動き出さなきゃまずいんだ。俺の言うこと、聞いてくれるか?」

 

 俺のお願いに二人はしばし口を(つぐ)んでいたが、数拍の間を置いてからなのはとフェイトは同時にこくり、と頷いた。

 

「そうか、ありがとうな」

 

 このままジュエルシードの融合が進めば、次元震やさらに上位の次元断層などが引き起こされてもおかしくはないのだ。未来も才能もある少年少女たちの輝かしい人生に、こんなところでピリオドを打つわけにはいかない。

 

 俺には、笑っていてほしい人が増えた。泣いてほしくない人も増えた。守りたい場所も、同じだけ増えた。

 

 ちょっと前まで家族と親友たちさえ幸せならそれでいいと思っていた俺に、大事な人がたくさんできた。

 

 その人たちを守れるのなら、俺はなんだってできる。心の奥からそんな感情が溢れ出してくる。

 

 これを覚悟と言っていいのかはわからないけれど、断言できることが一つだけあった。

 

 俺は、俺の大事な人のために、この世界を守りたいんだ。

 

 その為に、邪魔になるものはすべて排除する。

 

 伝承に登場する九頭龍がなんだというのだ。最後には人間に退治されるのが物語の定番で、世の理《ことわり》というものである。

 

「さて、ちょっくらあの危なっかしい代物を鎮めに行くとするか」

 

 状況は切迫しているが、だからこそみんなに届くよう音吐朗朗(おんとろうろう)たる声で言い放つ。

 

 重々しいシチュエーションでテンションまで重く沈んでしまっては、気分が暗くなってコンディションに影響するというものだ。気持ちだけは明るく前向きでいたい。

 

「まるで近所に買い物に行くような気軽さで言ってくれますね」

 

「徹がこれだから、一緒について行くあたしたちもそれほど気負いしなくてすむんだけどね」

 

「緊張する必要なんかないってことだ。いつも通りに精一杯頑張れば、いつも通りなんとかなるってな。みんな位置についてくれ。まず俺が最高速度で接近して、龍の頭が俺に向いて隙ができたところで拘束だ。そこからは耐久戦になるけど、なんとか粘ってくれ」

 

 作戦の概要を説明すると、一歩分ほどフェイトが近づいてきた。

 

「徹、あんまり無茶したらだめだよ?」

 

 フェイトに続くように、なのはもふわふわと浮かびながら接近する。

 

「徹お兄ちゃんは無理し過ぎるところがあるから心配なの。徹お兄ちゃんが失敗したら、わたしがなんとかするから安心してね」

 

「フェイト、ありがとう。俺だって痛い目には遭いたくないからな、注意する。俺が失敗することより自分が失敗しないように尽くせよ? なのは」

 

 全員に視線を合わせて一言ずつ言葉を交わしてしばし笑い合い、作戦開始に備えて相互間の距離を広げ始める。

 

 みんなと話して様子を見る限り、精神状態は良好、変にプレッシャーを感じている素振(そぶ)りもなければ、作戦の進行に支障が出るレベルで疲労してもいないようだ。俺がジュエルシードを封印するまで、拘束魔法に全力を注ぎ続けなければならない四人の魔力が持つかどうかが気がかりだが、そこは俺が素早く役割を(こな)せばいいだけである。

 

 九頭龍を中心として、その四方を囲むようになのはたちは位置についた。

 

 水龍のウォーターカッターが届かないぎりぎり射程外の場所で水弾を回避しながら、四人は俺へと目を向ける。俺の合図を待っているのだ。

 

 俺は襲い来る砲弾を跳躍して回避し、障壁に着地すると膝を曲げて力を蓄え、爆発させるように膝を伸ばして足場を蹴る。高速移動術、神無流(かんなりゅう)襲歩(しゅうほ)』による急速接近。

 

「作戦、開始!」

 

 遠くにいても、俺の言葉に返答する四人の声ははっきり聞こえた。力強さと頼もしさを伴っているその声に、不安な音などありはしない。

 

 視界の端では周囲の風景が引き伸ばされ、視線の先にある九つのジュエルシードだけが鮮明に見えた。

 

 四人には俺が動いて水龍の注意が逸らされてから動くように、と言っている。なので拘束魔法を発動する準備はしているだろうが、今はまだ鎖の一本も捕縛輪の一つも生み出されてはいない。

 

 だから、予想外の反応を九頭龍が見せたことで、俺の心中にかすかな焦りが(くすぶ)った。

 

「ちっ……イレギュラーには別の対処をするってのか……」

 

 俺は一番近かった一体の水龍の水弾を躱してから、ジュエルシードの懐に飛び込もうとした。元から俺を狙っていた個体の攻撃を回避しておかないと、接近中に攻撃をされる恐れがあるからだ。

 

 俺が近づいたことで、別のメンバーを狙っていた龍が俺に頭を向けて照準を合わせるそのタイムラグの間に、みんなに拘束魔法を使ってもらおうと考えていた。そうすれば魔法を展開する一瞬の隙に攻撃される、という可能性を限りなく低くできると判断したのだ。

 

 だが、九頭龍は俺の想像を遥かに超える反応速度を見せた。

 

 敵が接近してきたから反応した、などという可愛いものではない。俺が足場の障壁を踏み締めたのと同じくらいのタイミングで、近くを飛び回っていたなのはたちやフェイトたちを無視して動いた。九本の頭のうち、最初に撃ってきた個体を除いた残りの水龍八本全部が、ひどく暗い敵意の焔で眼球をぎらつかせながら、俺へと眼光を向けたのだ。

 

 まるでジュエルシードが俺を警戒でもしていたかのように、俺の一挙手一投足を(つぶさ)に監視していたかのように、俺の行動に対してあまりにも早すぎる対応を見せた。

 

 九頭龍の動きを見て慌てて四人が拘束魔法を展開して動きを抑えたが、それは水龍が、弾丸と呼ぶには大きすぎる魔弾を吐き終えてからであった。

 

「徹お兄ちゃん!」

 

「徹っ、逃げて!」

 

「作戦続行、そのまま抑えといてくれ!」

 

 作戦開始寸前に俺へと攻撃してきた個体は一斉射に間に合わなかったようで、口に魔力と海水を溜めていざ放とうというところで桜色の捕縛輪に首を絞められていた。

 

 視界一面に、光の届かない深海のような色をした砲弾が映る。

 

「まるで壁だな……」

 

 ジュエルシードまでの道を阻むが如く、俺の身体を食い破らんと八つの魔弾が迫る。

 

 水龍一体が放つ魔弾は単発、しかも連射はできない。だからこそ、遠距離にいて大人数で取り囲んでいれば、魔弾による攻撃は回避が容易く脅威足り得なかった。

 

 しかし逃げ場を塞ぐように、弾幕を張るかのようにして射出すれば欠点は失われ、直撃すれば一発で墜とすだけのパワーがあるという長所を活かすことができる。

 

 ジュエルシードが俺たちの回避行動を予測して攻撃してきた時に、ある程度知能があるのだろうとは思っていた。だがまさか、危険性を持った人間に対して優先順位をつけて、他を無視してまで俺に攻撃を集中させるとは思わなかった。

 

 機械的に近い相手を攻撃するだけではない。リスクとリターンの計算をして、なのはやフェイトたちよりも不自然な行動をした俺になんらかの危険があると判断して、手を打ってきた。

 

 厄介だが、俺へと攻撃したことによって結果的に拘束魔法を仕掛けられる隙は生まれ、拘束に成功した。攻撃されることだけは予想外だったが、そこを除けば(おおむ)ね作戦通りである。あとはこの場を俺がなんとか躱して凌ぎ切れば、それでなんの問題もない。

 

 今でさえ戦力はぎりぎりなのだ。俺程度の戦力であっても、墜ちてしまえば任務遂行が限りなく難しくなる。ここはなんとしてでも生き残らなければならない。

 

「少しでかいだけの射撃魔法がたかだか八発……回避できない量じゃない。そう……回避できないわけじゃない」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、這い寄ってくる恐怖を払う。

 

 視界を埋め尽くすような大きさと数とはいえ、水龍同士の距離の関係から迫ってくる魔弾には順番がある。

 

 先頭の魔弾を躱し、次の魔弾も回避して、それを計八回繰り返せばいいだけだ。俺の移動術ならば、それができる。

 

 襲歩による加速中に無理な挙動を取るというのは、大概に危険な行為だが、フェイトも水龍からの攻撃を回避し続けたのだ。ならば俺にできない道理はない。

 

 斜めに足場を展開して左右に鋭く身体を振り、時に上方へと跳躍し、時に頭上に障壁を構築してそこに手をつくことで急速に下方へ身体を落下させる。

 

「痛い、ことは痛いが……いつも食らってる痛みに比べればこんなもん、こそばゆいくらいだ」

 

 直径が大きく、弾速もあり、その上密集している魔弾群に身体の末端部に軽い傷を負わされたが、五体満足ですべてを回避し切った。

 

 慣性が全身に負担をかけて身体を軋ませるが、動けなくなるほどではない。疲労もあるけれど、疲れているのは全員同じだ。俺だけじゃない。

 

 落ちてしまった高度と速度を取り戻すべく、もう一度『襲歩』を使い接近する。

 

 追撃の恐れはない。九本ある龍の頭は四人が抑えてくれている。

 

 遮る物のない空路を突き進み、九頭龍の核にして頭脳、水の球に覆われたジュエルシードにようやく到達した。

 

 襲歩による速度と魔力付与による身体強化の力を右の拳に乗せ、短く息を吐いて気合いを込めて振り抜く。

 

 俺の打突はジュエルシードを守護する最後の防衛ラインである水の球に浸透し、弾き飛ばした。

 

 剥き出しになったジュエルシード九つに触れてハッキングを行使する。

 

「うっ……ぐぅっ……。お、もい……っ!」

 

 ジュエルシードを封印する上で、なのはたちには教えていない一つの危惧があった。

 

 ハッキングで封印するためには、封印までいかなくとも、放出される魔力を抑えるだけであったとしても、かなりの負担が脳にかかる。

 

 エリーの前身であるジュエルシード、励起状態に陥ったそのジュエルシードを街の中心で抑える時はたった一つであったのに、かなりの力を要した。俺の演算能力の限りを尽くして、やっと抑えることに成功したのだ。

 

 それでも俺はなんとかできると思っていた。楽観的に考えていたわけでも、自己陶酔に浸っていたわけでもない。(れっき)とした根拠のもとで、封印は可能であると俺は結論づけた。

 

 エリーを暗く冷たい檻から助け出した時とは、状況がまるで違うからだ。

 

 何度も使ったおかげで今ではハッキングにも慣れているし、九つのジュエルシードは励起状態よりも深刻度の低い強制発動状態。加えて俺自身の頭の回転も速くなったし、魔力だってまだ余裕がある。充分対処できると思った。

 

 だがそれ以上に、数という力は圧倒的だった。

 

 九つのジュエルシードはばらばらに抵抗するのではなく、俺を排斥するという一つの目的に従って協力している。

 

 どれか一つのジュエルシードにハッキングを仕掛ければ、他の八つが邪魔をする。九つすべてにハッキングを仕掛ければ、封印の処理に時間がかかる。

 

 しかもその身に溜め込んでいる純粋な魔力を常に俺へと放射してくるせいで、処理に集中することもできない。

 

 九頭龍の維持に魔力を回しているのだから、内部プログラムの改竄(かいざん)を防ぐ手はないだろうと(たか)を括っていた。俺の手抜かりだ。

 

「くっそ……少しは、じっとしてろよ……。……っ!」

 

 九つが密集し、一つの大きな宝石となりつつあるジュエルシードを左右から両手で掴んでハッキングを続けていると、ばきん、という何かが砕けるような音が耳に届いた。

 

 音の発生源を見やれば、首をしならせて強引に束縛を解く水龍がいた。

 

 一人当たり九頭龍の首二体を受け持つ計算では、一体が余ることになる。その一体をなのはたちは四人で拘束していたようだが、個人個人が担当している二体に集中するあまり、みんなで拘束していた一体への注意が疎かになったのだろう。

 

 そもそも一体を捕らえ続けることですらかなりの労力を費やすのだ。単純計算して二体と四分の一、それを一人で押さえ込み続けろという無理難題を吹っかけているのだから、とてもではないが責めることはできない。

 

 水龍は鎖や捕縛輪を破壊して束の間の自由を手に入れると、口を大きく開き、もう何度目かもわからない水弾を放った。

 

「耐えれっかな……無理、だろうなぁ……」

 

 俺の処理能力は、足場の障壁を維持する以外ではすべてハッキングに回している。水龍の魔弾を防ぐ密度の障壁を展開することはできない。

 

 防御できないのなら回避するしかないのだが、ジュエルシードの内部へ潜り込んでいる手を止めると一から操作がやり直しになってしまう。

 

 ここまできて最初からハッキングし直す時間も、魔力的余裕もない。水龍の一体が束縛から抜け出したことからも、四人の魔力が残り僅かであることを示している。回避することはできない。

 

 演算のリソースが許す限り魔力を身体強化へと回すが、障壁を張っていても簡単に貫いた水龍の魔弾だ、威力が軽減されるとは到底思えない。

 

 打つ手はなかった。

 

「腕が千切れても、肉が飛び散っても、意識だけは手放すなよ……俺」

 

 目を瞑り、覚悟を決めるしか俺にはできなかった。

 




一部、お前が言うな、と突っ込みたくなるところがありますが、シリアスにつき見逃してください。

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